彩虹竜アルトゥール×初代媛巫女×五人の皇女_3
二人の吐露に賛同するかのようにハルナたちに頷いた。なぜなら、彼女たちも身体の奥深くから力が湧き水のごとく溢れ出ているからだ。
「確かに力がいつも以上に発揮できそうな気がする」
「っていうか、ここまで力が湧き上がってくることなんてあるの?」
ハルナの言う通り、ここまで力が湧き上がることなんてまずない。あるとすれば、魂と融合した存在が彼女たちの力を……潜在能力を引き出したのだろう。むろん、才能の片鱗を引きずり出しただけなのだが――。
だけど、ティアたちはそれに気づいていない。
そして、シノアを運ぶノイ、ティアたちを乗せる“不死鳥”は次なる戦場へ向かった。
――で、現在に至る……
“不死之羽衣”を身にまとった五人の皇女に、“天霊之鎌”を手にする一人の少女。
六人がたった一人の男と相対している。それは大英雄“クレティアン・T・ウェールズ”。彼と相対している。否、彼を倒して、すべての試練を完遂させる。
同時に、ある者たちの計画が一つずつ完遂されていく。
ギーガス山脈に眠る封印が、幾星霜の時を経てすべてが解き放たれる。史上最強にして無敵とも言われる“竜種”の封印が解き放たれる。
放たれた“竜種”は魂と融合し、現世に姿を現したことに変わりない。
そして、融合した彼らはいずれ、全知全能の近しい力を得ることになるだろう。
「未来を見通せるというのは素晴らしいことね」
「くっ……」
絶対なる視点を見た。否、未来を見通せる視点を持つティアにクレティアンは苦悶の表情を浮かべる。しかも、“祭祀神”の加護による運命支配で回避することなぞ不可能。
つまり、クレティアンはハルナたちの攻撃を受け続けなければならない。否、捌き続けなければならない。
回避できないのなら捌き続けなければならない。鈴の音を鳴らす剣で――
「…………」
ティアは未来視でなく“静の闘気”でもなければ独自の観察眼でクレティアンが持つ県を見続ける。
(何かしら、あの剣……妙に力が放っている……いえ、持っているわね)
「おや、気になりますか? この剣を……あなたたちが運命を支配して攻撃必中なのに捌き続けられるのを――」
「ええ、その通り。そもそも、その剣は何かしら?」
「そうですね。聖剣もしくは魔剣と言いましょう。我が剣は聖剣“紅薔薇之剣”と言います。かつて我が王から賜った聖剣。目が見えない私に王は音を奏でる力を与えてくれた」
「――?」
(与えてくれた? まるで剣に後付けしたみたいな言い回しだけど……)
ティアは小さなことが気になってしまった。しかし、クレティアンが振るわれる斬撃がくるも彼女がまとっている“不死之羽衣”が傷を治癒してくれる。弾くのでなく傷を癒やしてくれる。“不老”という力はティアたちを若々しく保ってくれる。
まさしく、“風帝ヴァン”の加護と同義である。
でもヴァンと違うのは精霊階梯だ。
“風帝ヴァン”は神級。
“不死鳥”は帝級であることだ。
故に、治癒できる範囲にもかぎりがあるのである。
それが精霊階梯の差なのだ。
完全治癒。否、不老長寿。否、究極の延命こそが“風帝ヴァン”の加護――“神命”。
階梯の差がある分だけ与えられる効果が大きく変わる。故に、階梯・階級の差は大きいのだ。
しかして、差が大きかろうが、聖剣が振るった斬撃を受けても“不死之羽衣”の前でほぼ無傷でクレティアンに見せつける。
「悪いけど無傷よ」
「さすが、“不死之羽衣”……彼女が身にまとっていただけはある。数多の属性に防御優位となる衣となる。もっとも、キミらの衣は各属性だけに防御優位する。だが他の属性への防御優位とならん。あくまで守られている、という認識と考えてもいい」
クレティアンは語る。彼はティアたちが身にまとっている羽衣を見て分析した。
逆に――
「“残雪鎌”!!」
“動の闘気”を帯びた“天霊之鎌”を振るったシノア。振るわれた斬撃が飛んでクレティアンへ伸びていく。
しかし――
「ぬるい」
彼は“紅薔薇之剣”を鳴らして“闘気”の斬撃を砕いた。
「――!」
(砕いた!?)
動揺するシノア。でもノイが思念で語る。
『“闘気”で音波を発して防御している。“闘気”の質で負けているから砕けただけ』
(――!)
「ほんとに規格外ですね」
『いや規格外じゃない。あれでも弱い部類。正直に言えば、僕でも勝てる。あのキララだったら瞬殺できる実力者だよ』
(勝てるって……それはあくまでノイさんの基準で……)
『いいや。シノアでも勝てる部類だ。そもそも、クレティアンはヘルトもアルブムも歯牙にもかけないで殺したからだ』
(――!? つまり、今の私たちなら勝てる、ということ?)
シノアは理解する。自分たちなら勝てるという事実に――
「――でしたら」
シノアは地を蹴って鎌を振るう。
「“残雪大鎌”!!」
大きな斬撃を放ったシノア。しかし、クレティアンは――
「無駄ですよ。今の私は生前よりも強くなっていますから」
自分が強くなったと言いだす。
「――!」
理解しがたい。度し難いの物言いにシノアは動揺するよりも“おかしい”印象だった。
(どういうことですか、あの男はすでに死んでいる人。強くなることなんてありません)
『それは僕も同感。クレティアンが強くなるなんてありえない。あくまでもブラフ。ハッタリ。ネゴシエーションの可能性が高い』
ノイもクレティアンが急激に強くなるとは思えない。ならあるとすれば――
「その剣があなたを強くさせたという感じかしら?」
シノアが強くなった経緯を打ち明かした。
「おやおや、そこに気づくとはなかなかの目がいい。そのとおり、聖剣・魔剣は所有者に絶大な力を与える。言うなれば“闘気”を増大させられる。正確に言えば“内在魔力”の増大。使用する力が増大します。増大した“闘気”を扱えるだけの技量が必要となりますが……」
「そうでしたか……」
(ノイさん。今の話は……)
『うん。“神器”いや聖剣・魔剣は使い手を選ぶ傾向にある。まあもっとも武具が持ち主を選ばなければならないがな……』
ノイが語るようにその事実は間違っていない。間違っていないが、ノイは語る。シノアに大事なことを――
『でもシノア。キミだって僕という“神器”を、聖剣・魔剣を手にしていることに変わりない。同時にキミの技量が試されているのも事実。
いい? 今のシノアは赤ん坊に武器を持たせているのと同じだということを重々に理解してほしい』
ノイが冷たく忠告する。否、警告する。
(わかりました)
シノアも重々承知した。
「ですが、いくらあなたが強くなったと言っても私が負ける道理なんてない!」
彼女は高をくくってクレティアンに鎌を振るって斬撃を放った。
しかし――
「無駄だということがわかりませんか」
やれやれと言わんばかりに頭を振るクレティアン。彼が振るった剣が音の波紋となって斬撃を粉々にさせた。
「――!」
「いくら武器の性能が良くても使い手の技量が弱ければせっかくの武器がただの武器へと成り下がるだけ」
そう。それが正鵠を射抜く発言だった。
(確かに彼の言う通り、私はほんとうの意味でノイさんを理解していなかった。ただただ契約していただけの主にすぎない。ノイさんが保つ属性を真に理解していなかった)
「ええ、そのとおりです。今もなお未熟者。ですが、いつまでも子どもじゃありません! 私は皇族親衛隊部隊長! いずれ、皇族親衛隊すべてを統括しまとめ上げる女! この程度の難敵を前にして逃げることなどしない!」
高らかに宣言するシノア。ノイに言われたからではない。彼女が自ら宣言した。ユウトがどんどん先へ進んでいく姿を見て彼女の中で大きな焦りと迷いが生まれていた。
そこへ姉・マヒロが原初の悪魔の一柱――“原初の藍”に魂を喰われ二度と帰ってこない人になったと知り、嘆き悲しんだ。
ミバルもメリナもシノアに掛ける言葉が見つからなかった。
ユウトですら彼女に声をかけなかった。いや、声をかけられなかった。誰かを失う痛みは現代において天寿を全うして亡くなるか自然に住まう動植物もしくは魔物に殺される以外に命を落とすことがない。
なのに、ここ数年で変わった死に方をする者たちが多くなっていた。
“魔族化”なんかが最たる例だ。
そもそも、魂を喰らい尽くす生命体なんぞ知り得ない。そしてズィルバーの口から明かされた事実。
悪魔と天使に魂を喰われた生命体は命を散らす。なぜなら魂を喰らって、力を糧にする。しかも、喰われた魂は二度と蘇ることがない。
確かに強すぎる魂の持ち主ならば逆に悪魔を喰らうことができる。でも原初となればとてつもなく強くないと喰らい負けるのを彼は知っていたからだ。
原初と始原、神級の精霊は強すぎる魂の持ち主じゃないと適応することも喰らい潰すこともできない。
それをズィルバーが一番知っている。
彼の口からマヒロはもう無理だと言い切る。レインもキララもノイも無理だと言い切った。
もう助けられない、と――。
その事実を知ったとき、シノアは意識を失うほどの精神的な負荷が大きかった。ズィルバーはそんな彼女に掛ける言葉がなく淡々と席を外したほどだ。
だけど、ズィルバーは一縷の望みを告げる。
「とてつもなく低い可能性だが、“原初の藍”を力ずくでねじ伏せて屈服させれば欠片ほどの魂が残っているかもしれん」
「なら――」
「しかし、あくまで万に一つ可能性だ。仮にねじ伏せたとしても依代になった肉体だけが残るだけ。“原初の藍”の性格上、マヒロ准将が生きて帰ってくる可能性なんざほぼゼロだということを忘れないでほしい」
かすかな希望を与えつつ絶望へ突き進むぞ、と告げた。
「なんせ、原初に挑むというのは大英雄級でも限られた人間にしかなし得ないのが現実だ」
「限られた、人間……」
「過去数千年の歴史を見ても原初に太刀打ちできた人間はリヒト、レイ、ヘルトたちだけだ。あとは有象無象の大英雄だった。それほどまでに原初は生きた年数が違う」
「生きた年数が……」
ズィルバーは遠回しとはいえシノアに残酷な現実を突きつける。
「今のキミでは“原初の藍”に牙を剝けることすらできないよ。ノイさんの真の力を引き出せていない半端者には――」
「――!」
残酷すぎる現実を突きつけられて何も言い返せないシノア。ユウトが食って掛かりたかったが、“原初の赤”と剣撃を交えたズィルバーの……実力を目の当たりにして打ちひしがれていた。
壁にぶち当たったユウトにキララは掛ける言葉がない。なんせ、彼女はかつて暴れん坊だった頃、ちょくちょく兄姉や原初、始原らにボコボコにされた記憶がある。その記憶があるせいか原初の強さも始原の強さを人一倍知っている。
そもそも、“原初の赤”の強さを一番知っていると言える。
「っていうか、鬼騎士団長。キミが一番“原初の赤”の強さを知っているだろ」
「本音を建前で隠さないでくれる?」
「なんのことやら」
「……チッ。たしかに赤は非常に強い。アルトルージュ姉様とアルクェイド姉様に敵わなくても他の姉様や兄様らと互角を演じた……」
「ん?」
ズィルバーは首を傾げる。
(そうか。あいつはどこか力加減というかふざけ半分な一面がある。まあ強すぎるからってのもあるけど……あいつは強みを抜きにしても“個”の強さが異常だったからな……)
彼は精神世界、魂の世界とはいえ彼女の本質を知っている。知っているからこそキララの言い分に否定を入れたいが、事情を知らない彼女に言うのも釈然としないので口にしないでおいた。
「おい、どうした?」
「いやなんでもない。とにかく、鬼騎士団長の力を引き出せないと奴に“原初の藍”は倒せない。それだけは肝に銘じろ」
と、言葉を皮切りにユウトとシノアは気持ちの浮き沈みが激しくなった。
今まで壁にぶち当たったとしても、それを突き破れるだけの力があった。しかし、今回は違う。
あまりにも大きすぎて分厚すぎる。厚すぎる壁を前にして二人は立ち往生してしまった。同時期にティアもハルナたちもその壁にぶつかってしまった。
奇しくもその先には待ち受けるのが、選ばれし者が立つ領域。つまり、大英雄級に片足を突っ込めるのだ。
そして、夢の中で悲しみに憂う彼女たちに、ある女性の助言を聞き、気持ちを新たに覚悟を決めた。その上でシノアは告げた。
目指すべき道を、たどり着くべき頂きを見据えて突き進むのみだと――
しかして、クレティアンからすれば……
「ほぅ。大層な目標を掲げますね。ですが、大英雄級に入ったところで私に勝てると思うな!」
彼の気迫にシノアは鳥肌が立った。
「――!」
(これが……)
『これが大英雄の気迫……“闘気”だ。今、キミはその“闘気”に晒されている。つまりその気になれば彼はキミを“闘気”だけで制圧することができる。それだけの力の差がある』
(では、ユウトさんはどうして……)
『彼が勝てたのはもはや奇跡に等しい。あのレベルとなると手加減していたか。もしくはキララの力に圧倒されて勝利できたかの二択になる』
(ではズィルバーは……)
『彼の場合、他を圧倒するだけの力を持っている。だから問題ない。でもキミも同じに領域に入った今、目の前の迫力に臆されているようでは掲げた目標なんて夢のまた夢だよ』
「上等!」
ギュッと力強く握るシノア。意気込むシノアに水を差すティアたち。
「大層な目標じゃない、シノア!」
避ける隙を与えない四方と上から仕掛ける。クレティアンも“静の闘気”と“紅薔薇之剣”の音を頼りにティアたちの位置を正確に把握する。
「私の逃げ場を封じつつ逃れられない攻撃を仕掛ける。良い判断です。ですが――それに見合う武器でなければ意味がない!」
彼が“紅薔薇之剣”で横一閃した瞬間、衝撃波がほとばしり彼女たちを一斉に吹き飛ばした。しかもその衝撃だけで彼女たちの得物が粉々に砕け散った。
「――!? う、そっ!?」
(“蛮竜”と“天羽々斬”が折れた!?)
「私の細剣が……」
「砕け――」
ティアたちに動揺が走る。彼女の空気を機敏に感じ取るクレティアン。得物が砕け散ったのを知り、砕けた理由を告げる。
「武器が壊れましたか。それもそのはず……あなたたちが持っていた武器の階梯は良くて最上級か上級の武具。たしかに聖剣・魔剣と遜色がない。ですが、私の“紅薔薇之剣”は神級の武具。しかも、その性能を十全に引き出されている。力の差は明白。最初から勝負がついていたのです」
再び絶望の淵に追いやられたティアたち。いや彼女たちだけじゃない。シノアも同様に危険水域と言える。いくらノイの真なる姿――“天霊之鎌”を手にしていても勝てる保証がない。
クレティアンの“闘気”に当てられたのもそうだが、全てにおいて劣っている現実を目の当たりにされた。
戦況を見つめていたメリナですらティアたちの増援は心から嬉しいけど勝てるという保証がないのも事実だ。
明らかに空気が変わった。
それをヒリヒリと感じ取っている。
「……」
(万事休す……このままでは――)
敗北を直視した瞬間――形成が大きく変化した。
「全く、粋がるじゃないか。王に仕えた騎士さん?」
ティアの口から出る言葉に意識を傾ける。しかし、それはティアの口調ではなく別人の口調だった。
「かつて彼女に手も足も出ずに敗北した騎士が随分と粋がる」
ティアの口調もそうだが穢れなき白い髪が燐光を強める。
「え?」
「ティア?」
「どうし――」
パタリと意識を失うハルナたち。
「え?」
シノアが驚く。彼女も急激に睡魔に襲われてそのまま意識を失う。倒れかけようとした彼女の足がその場で踏みとどまった。
「シノア?」
メリナが彼女に声を掛ける。だけど、彼女の口から出た言葉に恐怖が走った。
「ふぅ~。今の私だと彼女たちを制御するのは骨が折れそう」
シノアと思わしくない口調が漏れ出た。
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