五神帝×五大公爵公子×五人の皇女_9
呼び起こされてはいけない力。
それは確実に存在する。
一つ目は異能。
五大公爵家には魂の根源に刻み込まれた異能がある。その一部分が表出したり、片鱗を見せたりする。
しかし、異能とは神の加護が変質した力であり、魂に刻み込まれることなどまずない。異能とは突然変異だと現代では広く浸透されている。
二つ目は真なる神の加護。
五大公爵家並びにライヒ皇家、否、選ばれし者にしか発現しない絶対なる力。圧倒的不利な状況でも一気に形勢逆転できうる力を秘めている。
しかして、神の加護は神代の神秘を色濃く継承し続けないといけない。つまり、神代から続く血筋を永久不滅に途絶えることなく存続し続けないといけないのが最難点。
三つ目は竜種。
選ばれし者にしか寵愛されるか魂を融合しないかぎり得られることも発現することもない絶対無敵の力の象徴。
五大公爵家とライヒ皇家は魂に深く刻み込まれているため、幾星霜の時を経てもその存在は不滅であり続けられる特権を得られている。
四つ目は原初の悪魔。
この力こそ本来、人間が持たざるを得ない力。
魂に根付くこともましてや溶け合うこともない最強の力。
原初の悪魔こそ最強である事実は幾星霜の時を経ても変わることはない。それは絶対的にして、普遍的な事実に変わりない。
つまり、その絶対的な力を人間が手にすることなんて永久にないのだ。断じて――。
でも、五大公爵家とライヒ皇家は絶対的な力を得てしまっている。それも魂の根強く根源の奥深くまで溶け合っている。
これら四つの力は本来、千年の時を経た現代において呼び起こされることもなければ、魂の奥深くで眠り続けなければならない力なのだ。
ましてや、外在魔力の濃度が低下した現代において、その絶対的な力が呼び起こされることなどまずない。否、ありえないのだ。
だけど、ズィルバー、カズ、ユン、ユージ、ユーヤの公爵公子も然り。ティア、ハルナ、シノ、ユリス、アヤのライヒ皇女も然り。ユウトとシノアも然り。
本来、目覚めることのない力が呼び起こされてしまった。
人間ならざる力を――。
絶対的な力を――。
神代以前の空気を浴び続けたことで魂の奥深くに根付く力が引きずり出された。
そう。神代以前の空気に――。
千年の時を経た現代において、神代の神秘が漂う空気なんて早々ない。それはもう耳長族が住まう森とか、北方の北海とか。西方の“ドラグル島”とか、カッディラ高原とか。世界各地に点在する地下迷宮とか。南方の大樹海とか、大砂漠とか。誰も到達し得ない禁足地でしか味わえない。
先住民しか持っていない特有の技能だ、と現代の化学者や考古学者は思われていた。しかし、現実は違い、失われてしまったのだ。魂の奥深くに眠ってしまい失われてしまったのだから……
故に――
カズが“ギーガス山脈”内部に充満する神代以前の空気を浴び続けたことで魂の奥深くに眠っていた力を根源から引きずり出される結果となった。
その恩恵で“白氷竜アルザード”の権能が色濃く出始めるわ、“氷帝レン”の加護が最大限に引き出されるわ、海洋神の“真なる神の加護”が色濃く出るわ、カズの魂と溶け合っていた原初の悪魔の一柱――“原初の灰”の絶対的な力が引きずり出される形となった。
「オラオラ!!」
獣の咆吼の如く一気呵成に攻め立てるカズの連撃。
「――!?」
(こいつ……動きが良くなっている!? だが、なぜだ!)
トリスはカズの動きが良くなっていると錯覚している上に動揺が隠しきれない。髪の色もそうだが、溢れ出る“闘気”の色が灰色に染まりつつある。
彼は懸命にアロンダイトでさばき続けるもかすり傷を負い続ける。だが、槍の連撃もそうだが命中精度が徐々に上がってきているのだ。
「――!」
このとき、彼は“氷帝レン”の加護を思い出す。
(そうだ。“氷帝レン”の加護は“神穿”! いかなる攻撃は全て貫く最強の矛……だから、致命傷になる攻撃が多くなっているのか。しかも、海洋神の加護が、あのガキの強さを最大限に引き出されている!)
彼はカズの先祖、メランの伝説を思い出す。
いわく、大英雄メランは海上戦において無敗伝説を残している。海上戦において無敵とされており、北海から侵略する敵国に大英雄メランの前で屍となった。
故に、北の狼という伝説を残した。
思い出される伝説を、今、目の前でマジマジと見せつけられる。
「ええい、忌々しい伝説を思い出す!」
「はっ! 初代様の偉大さを思い知ったのか? なら、その伝説を、俺の伝説として語り継ぎやがれ!!」
さらに攻撃の鋭さが増していくカズ。そして、ついに剣でさばききれなくなり、綻びが生まれ隙が生じた。
その隙をカズは見逃さなかった。
「見せたな、隙を――“氷神一閃突き”!!」
「――!!」
神槍に帯びる灰色の“闘気”と紺碧の雷が、槍が放つ冷気と溶け合い、鋭さが増す穂先となる。
一閃突きとは、クリティカルヒットさせる槍術の一撃必殺技。
“氷神一閃突き”とは、レンの加護が最大限に活かした一撃必殺技となる。
もう一度言おう。“氷帝レン”の加護は“神穿”。
必中の究極。貫通の究極。全てを貫く最強の矛。回避することも逃亡することもできない。
故に――
「グッ――!?」
カズが放った一撃はトリストラムの左脇腹を貫き深々と抉る。ガハッと口からとめどなく血を吐き出した。
「どうやら、躱しきれなくなってきたようだな。“静の闘気”で先が見えていても“神穿”の前では無意味!」
神槍を引き抜き、湖面を蹴って距離を取る。
ボタボタと血がこぼれ落ちる。湖面が赤く染め血溜まりが浮かび上がる。ゲホゲホと咳き込むトリス。
「貴様……」
血の気が引いた真っ青な顔でカズを睨みつける。
「おいおい、この程度かよ。かの大英雄ってのは……」
ニィっと口角を釣り上げ不敵な笑みを浮かべるカズ。ハアハアと息を荒げるトリストラムは少しずつ傷が癒えて再生し始める。
再生する身体をカズは注意深く観察する。
(俺の力といえど、少しずつ回復しているな。レン。作戦を立て――ん?)
このとき、カズは“静の闘気”へ意識を向ける。かすかに聞こえた音が湖面を通じて流れ込んでくる。
(レン。これはまさか……)
『あぁ、まずい。ヴァンが奏でる風の刃だ。タイミングを見計らって回避しよう』
(了解)
「どうやら、騎士といえど所詮、コバエだな。ライヒ大帝国の西方の騎士ならば……俺の攻撃に対処してくれると思うがねぇ」
カズは口数を増やして時間稼ぎにかかる。
「言うじゃないか、ガキ。貴様がまだまだ小童だということを身体で教え込ませないといけないようだな」
「やるのか? なら、相手になってやるよ!」
カズは湖面に手を触れるのと水属性の精霊魔法で大瀑布を発生させ、敵の視界を封じにかかる。而して、トリストラムは大英雄。この程度で目眩ましになると思っていない。
「言っておこう。この程度で私の視界を封じ――!?」
水霧を引き裂く刃。しかし、その刃は半透明で見えづらかった。水霧を引き裂かれたことで初めて気づく。
引き裂かれた刃がトリストラムの身体を引き裂く。しかも、鎧ごと――
「――!?」
鎧が切り裂かれたことに驚愕するトリス。でも、水霧ごしに声が聞こえてくる。
「ふーん。薄皮数枚切り裂かれた程度か……この分だともう少しフォルテで奏でるべきだったかな」
「ったく、隙を作ってやったんだからよ。一撃で仕留めろよ」
「そう言わないでくれ。これでも急いで――」
弦を弾く音が耳にしたのと同時に突風が生まれ水霧が吹き飛んだ。
「――駆けつけてきたから」
湖面から姿を見せたカズへ文句を言う亜麻色の髪と緑色の瞳を持つ少年。
トリストラムは初めて見る顔だが、少年の手に持つ碧色の弓は覚えがある。
「その弓……」
「ん? 僕の弓を知っているの?」
彼の口からこぼれた声に反応する少年。少年は手に持っている弓を見せる。
「知っているとも形こそ違えど、弓から発する力を忘れたことがない。“聖弓”……“風帝ヴァン”の本来の姿……」
「うーん。ヴァンのことを知っているとなると、この人は初代様の顔見知りなのかな?」
「さあな。顔見知りも何も相手は大昔の大英雄だ。初代様の顔を知っていてもおかしくねぇだろ?」
カズの返答に少年もそれもそうかと頷く。
「じゃあ、一応、自己紹介しておくよ。僕はユージ。ユージ・R・ラニカ。ラニカ公爵家の跡取りにして、伝説の大英雄アルブムの子孫だよ」
ユージは自らの名前を明かした。同時に身分も立場も明かした。どうせ、秘密にしたところでいつかは知られてしまう名前なのだ。
ならば、公開されても構わないスタンスを取るべきだと考えている。
「そうか。貴様がアルブムの子孫か……にしては……」
トリスはユージが持つ“聖弓”の形を見る。同時にユージの顔に浮かぶ赤い刻印が目に入る。
「“聖弓”の形が違うな。それにその赤い痣は……」
「ん? 僕は元来、弓術よりも音楽をこよなく愛していてね。僕の弓術は音楽との融合なんだ。それと、この痣は、母さん譲りの刻印さ」
「母親譲り……だと?」
「うん。それじゃあ、少し奏でようか――“大いなる風巫女の舞”!!」
「――! 何!?」
(その楽曲は――!?)
トリスはユージが音を奏でる前に接敵する。まるで、曲を奏でるのを阻止するかのように――。
しかし、ユージに意識が向ければ自ずとカズへの意識が疎かになるのは明白。
「おいおい、俺への意識が薄れているぞ?」
「――!? しまっ――」
「“鎧通し”!!」
鎧をも貫通する一撃がトリスに炸裂する。しかも、神槍による刺突なので回避することができない。ユージへ意識を向いていればカズへの意識が疎かになるのは明白だ。
「――!」
当然、トリストラムも意識外だったので槍の刺突を受けるのだが、問題は刺された箇所だ。
カズ自らがえぐった左脇腹。左脇腹に突き刺さる神槍の穂先。
突き刺さる痛みに、表情を歪めるトリス。身体中が焼き切られる痛みに悶え苦しむ。
「おのれ……」
えぐられた箇所に追撃する攻撃はまさに傷口に塩を塗る行為に等しかった。
しかし、横からの追撃を受けたせいでバランスを崩したことに変わりない。つまり、ユージへ向けられた攻撃もなくなるということだ。
「僕への意識が逸れたね」
「しまっ――」
「“大いなる風巫女の舞”前奏曲――“風巫女が祈る生誕の舞”!!」
ポロローン
聖弓の弦を弾く。弾かれる音が世界を作り――出さなかった。
(世界の塗替えは周囲の魔力を大量に取り込む。これは“大いなる風巫女の舞”の特徴なのか……もしくは僕個人の性質なのかわからないけど、僕個人……自分の身体がよくわからない。でも、ここに入ってから妙に調子がいい……)
弾かれた音色が風の刃となってトリスの首を獲りに放たれる。
迫りくる風の刃にトリストラムはアロンダイトを盾にして受け止めにかかる。
「グッ……」
(重い……風の刃にしては重い……それだけ、“闘気”が込められている)
剣で受け止めた際、ユージが奏でる音色が風の刃に“闘気”がこもっているのを理解する。
ボタボタと左脇腹からこぼれ落ちる血が湖面を赤く染めていく。
「“大いなる風巫女の舞”……まさか……シーヴァ一族の者に出会えるとは思わなかったぞ……」
「シーヴァ一族?」
「僕の母さんは生まれつき痣持ちだった。父さんはそんな母さんに惚れ込んでいた。“大いなる風巫女の舞”は母さんから教わった舞踊曲……」
「舞踊曲……っていうか、“大いなる風巫女の舞”ってなんだよ……」
カズは知らない単語が次々に出て困惑する。困惑する彼にレンが思念を飛ばして説明する。
『“大いなる風巫女の舞”……それは西方に伝わる舞踊曲。“裂空竜アルフェン”様が、半血族に伝授された……ヴァンを敬うための舞踊曲よ』
「え?」
(ヴァンって……ユージが契約した精霊の名前じゃないか)
カズはユージをチラリと見る。顔の右半分を赤い入れ墨が浮かんでいる。見たこともない入れ墨だがどこか力強さを感じられる。
(今までのユージとは違った迫力を感じる。っていうか、シーヴァ一族ってのは……あんな入れ墨が浮かぶのか?)
『それがシーヴァ一族よ。かの一族は風をこよなく愛する一族。風。つまり、ヴァンを愛する一族でもある』
(ふーん。風属性精霊の王たる“風帝ヴァン”を愛する一族……か。なんとも運命的というかロマンチックというか……)
カズはユージとヴァンがいいコンビになりそうだと予感した。それはお互い様のようでカズとレンも二人に負けないベストコンビになりうる可能性があった。
もっとも上には上がいる。
むろん、それは――
(ズィルバーとレインには勝てんよ)
『あの二人は長くて絆が深い。あの二人の前に敵う輩なんていない。それも……ユージくんもそろそろ変化が起こりそう』
「ん? 変化?」
カズはユージに目を見やる。すると、ユージの“闘気”もそうだが、髪の色が変質し始めている。
亜麻色の髪と緑色の瞳が碧玉の髪と瞳へと変質し、“闘気”の色も碧玉に変化し始めていた。
「はっ?」
(どういうことだ? ユージの髪や瞳の色が碧玉に変わって……)
そう。カズと同様にユージも髪と瞳の色が変質した。なぜ、変質したのか。それは簡単だ。ユージも“ギーガス山脈”の地下迷宮の空気を浴び続けたことで魂の根源に眠る力が呼び起こされたからだ。
その最たる例が“裂空竜アルフェン”。かの竜種がアルブムの魂と呼応するかのように呼び起こされた。だけど、それだけじゃない。ユージの魂の根源から呼び起こされたのがある。それが――髪と瞳が変質させた要因……“原初の碧玉”の力が呼び起こされる。
むろん、それだけじゃない。今ここに七体の竜種が揃った。それだけじゃない。
七人に喰われし七体の原初の悪魔も今ここに呼び起こされようとしていた。そして、五体の不死鳥もまた目覚めようとしていた。
だけど、それに気づいている輩はいない。いるとすれば、彼ぐらいのものだろう。
だが、その彼も今、戦闘中につき気づいていても頭の片隅に追いやられていた。
よって、カズやユージの変化に気づいていなかった。後で気づくということとなる。
今、ユージの雰囲気が大きく変わっていた。それは見た目という話だけではなく“闘気”が変質したのだ。
変質した“闘気”がヴァンに影響を及ぼすのかわからない。というより、天使と悪魔、精霊は相性が最悪だ。お互いに三竦みの関係にある。
しかし、唯一の例外なのが、“竜種”なのだ。
カズとユージも精霊と悪魔の素養を持ち、“竜種”の素養を持つスーパーハイブリッドの人間。
故に、“原初の碧玉”の力がヴァンに影響を及ぼすことがない。むしろ、いい方向へ影響を及ぼそうとしている。
そもそも、“原初の碧玉”ないしは悪魔は魔術を得意とする種族。しかも、“原初の碧玉”自身は風属性と得意とする傾向にある。よって、“風帝ヴァン”の恩恵をより強く発揮することができる。
むろん、原初の悪魔と同化したカズもユージも絶対的な力を発揮する反面。消耗が著しく早くなる傾向にある。もちろん、全力全開で力を出し続ければ確実にノックダウンすることだろう。
だが、二人には相棒がいる。相棒が見事に“闘気”を制御している。無駄に体力を消耗させないように――。
というよりも、カズもユージも……別のところにいるユンもユーヤも神代以前の空気を浴び続ける経験を味わったことがない。その味わったことがない経験が、刺激が、彼らに大きな変革をもたらしたことに変わりない。
それはティアたちも同じだ。彼女たちも大きな変革をもたらしたことに変わりない。神代以前の空気を浴び続けてきたことで彼女たちも変化が起きている。異能たる“無垢なる色彩”がより強くより濃く出始めたのだ。そこへ不死鳥が目を覚まし始めたのだ。
ティアに至っては異能と同時に真なる神の加護の一柱――女神の加護が覚醒している。今は守護神により封じられた。封印を解き放つには守護神の加護保持者によって解放されなければならない。
加護保持者。つまり、ズィルバーの許可なくしてはその力は発揮されることは永久にないことを示す。しかして、ハルナたちは違い、未だに真なる神の加護を発現しても覚醒しているわけじゃない。ならば、対応もできようというものだ。
だが、今回の場合は違う。なぜ、違うのか。
彼女たちは否、ティアは間近で強力な神代以前の空気を浴びたことで不死鳥を呼び起こすきっかけを与えることとなった。
それが、ウロボロスの使徒であったのだった。
ウロボロスの使徒そのものが神代以前の怪物であり、神代の空気そのものでもある怪物なのだ。
その怪物を相手にしているズィルバーも神代の空気を浴び続けているのだが、彼の場合、すぐに順応してしまったので何ら支障がなかったけど、他の者たちは違うので致し方あるまい。
だが、他の者達は違う。
神代の空気を浴び続けたことで身体に異常を来す者が出てきたのだ。
異常を来すと言っても体調を崩す程度の軽いものなのだ。
「ん?」
ユージは風と“静の闘気”を使い気配を探っていると、シャルルたちに違和感が起きていることに気づく。
「どうした?」
「シャルルたち……“闘気”の流れがおかしい……」
「はっ? どういうことだ?」
ユージが口にした言葉にカズは訝しむもトリストラムは当然の物言いで言い出す。
「当然だ。彼女たちはとっくの昔に、この領域の空気を浴び続けていた。神代の空気を浴び続けることは現代人には不可能と言えよう。外在魔力中毒になっておかしくない」
「外在魔力中毒?」
「俺らは問題ないが?」
「貴様らに問題なくても、彼女たちには中毒症状を引き起こさせるほどの外在魔力濃度が非常に高いのだ」
「だから、息切れをしていたのか」
(となると、僕が間違いだったのかな?)
ユージは自分が離れたことを悔いる気持ちが湧き上がってきた。
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