五神帝×五大公爵公子×五人の皇女_7
イーゲルが告げる真実は、この局面を逆転しうる一手となる。
「おそらく、その少年は間違いなく彼女の転生者」
「……嘘でしょ? ユウトが……ドラグルだって言うの!?」
キララには到底信じがたい話である。ノイもイーゲルの言い分を信じきれない。彼とて信じがたい話であった。
「アルビオン。キミはどうして彼と契約することを選んだ?」
「……! そ、それは……」
答えがたいキララ。彼女もよくわからないのだ。なんとなく本能的にユウトを育て契約する道を選んだ。だから、ユウトがどう出生したのか知らない。ただ一つ言えるのは“ドラグル島”出身だってことぐらいだ。それ以外はわからない。
だけど、心の優しい少年であることは変わりない。
ユウトには、どこかリヒトと似た面影を感じたからだ。だから、彼女は初代皇帝の印綬を使ってユウトを皇族親衛隊へ配属するように要請した。
彼にはいろんな苦難が訪れたけども、幸いにもズィルバーと出会ったきっかけに彼の人生も大きく変わったと、キララは思っている。
そして現在に至る。
ユウトは今、謎の頭痛で容態が悪化している。このままだと日常に支障をきたす恐れがある。
「俺に考えがある。聞いてくれ」
イーゲルがキララとノイに提案を持ちかける。それは試練と関係ない提案だった。というよりも先に出た言葉が――
「すまない。最初に謝罪を言わせてくれ」
謝罪だった。今、“ギーガス山脈”の地下迷宮全体で行われている試練と、彼女の復活は関係ない話であった。
ここの試練は一種の防衛装置であり、侵入者に過酷な試練を与えて乗り越えるために“竜人族”が施したトラップであった。しかも、過去の大英雄が出やすくするように千年以上前の神秘を――空気を立ち込めておいたのだ。
彼の説明を聞き、キララが食ってかかろうとするもノイが制止させる。
「今はユウトくんの治療が優先だ。感情的にならないでくれ、キララ」
「ノイ……」
「キミがユウトくんを愛しているのはわかるけど、それとこれはお門違いだろ?」
「ハァ? な、何を急に言い出すのよ!?」
テンパりだすキララ。彼女を無視してイーゲルは語る。
「すでに試練は二つも乗り越えている。残るは三つだが、そこも問題ないだろ。東西南北の大将軍の血筋が加勢へ向かっている。ウロボロスの使徒も、史上最強の大英雄なら問題ないだろ。残る一つだが、問題なく解決できるはずだ」
彼は楽観的だが正鵠を射ている。これなら問題ないだろう。しかし、懸念点もある。それはズィルバーのタイムリミットだ。
彼は今、“神格同期”を使用している。“生体神格化”とも言える禁術で身体への負担が大きい。故にタイムリミットがあってもおかしくない。
しかして、ウロボロスの使徒が良からぬ行動を動き出したのでズィルバーも急ぎだしているような気がした。というより、“静の闘気”で気配を探っているとそのように動いているのがわかる。
故に――
「急がせないといけない。彼がもし彼女の魂を持つ転生者ならば記憶が呼び起こされるだろう」
「でも、記憶が戻ったとしてもユウトの人格が……」
「心配しなくても魂が発起するだけで記憶までは同調しない」
イーゲルは可能性の範囲内だが告げる。でも――
「でも、彼女――“ドラグル”がどう思っているかはわからん。とりあえず彼を祭壇へ――」
「祭壇?」
キララとノイは自らの主を抱きかかえたままイーゲルの後ろをついていく。
“ギーガス山脈”地下迷宮最奥部へ――。
ウロボロスの使徒がボコボコと膨れ上がるアシュラとクルルへ手を伸ばそうとしていた。
「なっ――!?」
ズィルバーは度肝を抜かれた。だが、さすが歴戦の猛者、大英雄と言えよう。瞬時に思考を切り替えて使徒を阻止にかかる。
「やらせん! “不滅なる英雄の太刀”!」
煌星の剣に帯びる“動の闘気”ならぬ“動の神気”の斬撃がウロボロスの使徒へ放たれる。
言い忘れたが、この世界の歴史上、剣士として最強なのは後にも先にもヘルトただ一人。逆説的にズィルバーこそ世界最強の剣士となる。同時に史上最強の剣士でもあるのだ。
神の加護を帯びた斬撃を受けた使徒は、胴体が両断されたけども手を伸ばす。故にズィルバーは二撃目を放つ。
「しつこい。“不滅なる英雄の太刀”!」
放たれる斬撃が腕を斬り飛ばした。
「さすが、ウロボロスの使徒だな。全く……」
(時間がないというのに、持久戦じみたことを……)
どうしようかと思うズィルバー。思った矢先、左手に違和感を覚える。
「チッ……もう時間か」
(さすがに早いな。まあ、この子どもの形でやるのがおかしな話か……しかたない。煌星の剣だけを顕現することもできるから問題ないけど……)
彼は頭を切り替えて“神格同期”の変化を武器だけに留める。
そもそも――
(全身を“神格同期”するなんざ自殺行為だからな)
髪色が銀髪に戻るも瞳の色だけは両眼とも碧眼のままだった。
「ハァ~。さすがに守護神の力を全身にまとわせるのはキツい」
(不出来と言われたらそれでおしまいだな。まったく、無様だ)
内心、ため息を吐いた。彼はすぐに煌星の剣を見やる。
「剣だけでもマシだな」
フゥ~っと息を吐き、自然体のまま左手を掲げる。
「レイン! 来い!」
彼の叫びに応じるかのように彼女はため息を吐きつつ白い粒子に包まれ、彼の手に剣として収まる。
右手に煌星の剣、左手に聖剣を持つ。二刀流として構える。
ズィルバーは腰を深く落とすと身体を横に向けて、煌星の剣と聖剣を上段と下段に構えてウロボロスの使徒を見据えた。その姿は付け焼き刃じゃない。一本の剣を手にしたとき以上に彼/彼女に馴染んでいた。それもそのはず、その構えは遥か彼方の時代、千年前にリヒトに教わった最初の姿勢――本来あるべき姿のズィルバーである。
「久方ぶりに俺も本気で戦おう。彼女の魂が目を覚ましたというのなら守り通すのが英雄の務めと言えよう」
『それ、英雄の務めじゃないから』
レインからの手厳しい思念にズィルバーは目が泳ぐ。彼はティアを背に乗せている聖鳥へ声を飛ばす。
「聖鳥……いや、サンクトゥス。キミはティアを守れ」
彼は聖鳥を名前で呼んだ。かの鳳もズィルバーの後ろ姿を見てかつての主君が愛した大英雄だと悟り、「かしこまりました」と鳴き声で答える。
「なら、離れろ」
ズィルバーの声に応じて聖鳥は身体のサイズを少しだけ小さくし翼を羽ばたかせて移動し始める。上ではなく下へ――。
下へ向かう聖鳥を“静の闘気”で理解する。
「さて、レイン。聖属性の加護を回せよ」
『えぇ、むちゃしないでよ』
「わかっている!」
彼は両足に力を込め、地を蹴ってウロボロスの使徒へ接敵する。無造作に近づいたのではなく確実に使徒を消すために近づいたのだ。
「いくぞ。“神剣流”・“双剣ノ型”・“紫雷電・改”!!」
神速の剣閃がクロスするように伸びる。
ズィルバーが言われるがままに聖鳥はティアを乗せたまま目的の場所へ急ごうとするかと思いきや急旋回して回収しなければならない者たちの下へ急ぐ。
地下迷宮内を駆け回る聖鳥。雷速で移動するユンらの前にいきなり出現する。
「な、何だコイツ!?」
「こ、これって……精霊か?」
驚きを隠せないユンとユーヤの二人。シノとアヤは急に眠気に陥り、そのまま眠りにコケてしまった。急に眠りについたことはネルもフランもわからずにいたところへ、聖鳥が出てきたことに驚いている。
「おい、これって……不死鳥じゃねぇか?」
「こいつが不死鳥……なんて荘厳だ。フランに負けていないぞ」
「あぁ……ん? 背に乗っているの……ティアちゃん!?」
「なんで彼女が……」
動揺するユンとユーヤの二人だけど、鳳が鳴き声でシノとアヤを乗せろ、と催促する。精霊の動きを見てユンとユーヤはお互いに顔を見合わせ頷いた。
「わかった。シノを頼む」
「アヤをよろしく頼む」
二人は聖鳥の背にシノとアヤを乗せた。
「二人を頼む」
ユーヤのお願いとともに鳳が鳴き声で「承った」と返して翼を羽ばたかせて次なる場所へ目指した。
不死鳥の登場に驚いた二人だが、今、緊急事態なので不死鳥を信用できると思い預けたのだ。
聖鳥は二人と違う方向へ翼を羽ばたかせて移動し始める。ユンとユーヤは反対方向であり、向かう先は――
「もうすぐだ。俺の部下が未だに試練を頑張っている」
「急いで助けるぞ」
「あぁ!」
雷と炎の残滓がかすかに残っていた。
次に聖鳥が姿を見せたのは水龍に乗って移動しているカズとユージ。ハルナとユリスが急に意識を失い眠りにコケている中、足手まといになりかねない。そこへ、鳳が出てきたことに驚く少年二人。
「な、何だ、こいつは……」
「知るかよ。とりあえず急が――って、ティアちゃん!?」
「シノやアヤもいる……」
「どうして」
驚く二人にレンとヴァンが思念を送る。
『カズ。ハルナちゃんを聖鳥に預けて』
「はっ?」
『ユージ。ユリスちゃんを預けて』
「どうして、僕らは急いで――」
急いでいると言い返そうとしたが、鳳側が「急いでいるから早くしろ!」と鳴き声を上げながら言われる始末。
「っていうかなんか会話が成立していない!?」
「そもそも、精霊の知能高くない!?」
今更ながらに驚愕しちゃっているカズとユージの二人。しかし、レンとヴァンの言う通り、ハルナとユリスを聖鳥に預ける以外に代替案が出てこないのも現実だ。
「わかった」
「でも、ユリスに危害を加えるなよ」
念押しするユージ。それほどまでにユリスを愛しているのが手に取るようにわかる。聖鳥も「わかっている」と鳴き声で応じてくれた。鳳が問題ないと言われたら彼らも納得する他ない。
「頼んだぞ」
「ハルナをよろしく頼む」
ハルナとユリスを聖鳥に預け、カズとユージは次なる戦場へ駆け出した。鳳も二人とは反対方向へ翼を羽ばたかせて移動を始めた。
向かう先は地下迷宮の最深部。彼女を呼び起こすのに六つの魂の欠片が必要だということを――。
カズとユージは鳳の登場に驚いたが、今も感じているバカでかい“闘気”が気になっている。
「こいつはズィルバーの“闘気”で間違いない。っていうか、あのヤロー。まだ奥の手を隠していやがったのか」
「全く、僕らの予想をはるか上に行くよね。あいつは……」
だからこそもっともっと強くなれる目標が見出しやすくなる。
「しかし、相手も相手だな。平然と相手取って――と、言っているそばから見えてきたぜ」
「うん。この先にシャルルたちがいる。彼女たちを死なせるわけにはいけない」
「……だな。部下を死なせるなんざ最低のすることだしな」
二人は急ぎ、次なる試練へ直行した。
そして、そのシャルルたちはというと……
「ハアハア……」
肩で息をするぐらいに疲弊していた。彼女たちの相手は紫紺の騎士。はたから見ればかっこいい部類なのだが容赦のなさに嫌な男性と五人は認識した。
「まさか、過去の騎士が、ここまで強いなんて……」
「息が切れてしまいそうですわ」
「逆に向こうは未だに息一つ乱していない……」
「舐められているね」
「そうとしか言えない」
ハアハアと息を切らすシャルルたち“五騎士星”。このまま継戦しても無駄に体力を消耗するだけ、しかも、所々、血が流れている箇所もある。
「このままだと破傷風になるわね」
「それだけでいいが、蛆がわくかもしれん。なんとかして倒しきらないと……」
ハアハアと息を切らしつつも作戦を立てようとする彼女たち。
その彼女たちの努力を嘲笑う紫紺の騎士――トリストラム・F・メリオダス。かの騎士は剣を地面に突き立て待ち続ける。
「作戦が決まったか?」
問いかけるもシャルルが答える。
「残念だけど、そう簡単に決まらないわ」
若干、悔しがるように言い返す。シャルルの返答にトリストラムがボヤを吐く。
「たしかに実力がなければできることも限られてくる。残念なことだ。まだ幼い少年少女が、この試練を受けるとはなんとも罪深いものだ」
彼の言葉を何も言い返せない。事実なので、現実を受け止めるしかなかったとも言える。
「まあ、問題は他にもある。気がついているか?」
「何?」
ハアハアと息を切らしているシャルルたちにトリストラムはこう告げる。
「貴様たちはすでに、魔力中毒に冒されていることに……」
「魔力、中毒……」
「そうだ。大気に満ちる外在魔力を浴び続けて魔力中毒になっている。自分が気づいていない間にな」
「俺が保有する“神の加護”は“冥府神”と“豊穣神”。擬似的な不老不死をもたらすのだが、私の場合そこまで不死をもたらさない。言い換えれば死ににくくなる。という方が正しい。ただし、そうなる場合、私は指定した物質を大量に接種しなければならないという欠点がある」
「――! まさか」
シャルルは気づいたのだ。自分たちが敵の術中にハマっていることに――。
「その通り。すでに貴様らは私の術中にハマっている。故に大人しくここで死ぬことを願おう」
剣を突きつけるトリストラム。だが、場所が場所だった。
シャルルたちがトリストラムの試練を受けている場所は大自然そのもの。
生い茂る木々、切り立った山脈、そして大海を思わせる湖。まるで西方そのものを再現しているようだった。しかも、外在魔力濃度の高さから見るに千年以上前の空気が蔓延っているのは確かだ。
さて、話を戻せば、トリストラムがシャルルたちに剣を突きつける。このまま命を散らすと知り、諦めがつこうとした段階で……まさかの人物の声がした。
「ふーん。これは否ことを言うな。相手が動けなくなったらさっさと殺しちまえばいいだろうに――」
トリストラムの背後から声が飛んでくる。
「それを本気で言っているのか? かつて北の槍兵にも言われたが、同時もそうだが今も引いている。全く、デリカシーのない者だな」
彼は大剣を横薙ぎに振るえば、その者は身を翻して湖面に立った。そいつは黒髪黒目の美少年。その少年の顔にシャルルたちは見覚えがある。逆に右目から紺碧の魔力光と、右手の甲から同系色の雷が迸っている。何より右手に持つ蒼き槍が目に行ってしまう。
その槍も見たことないけど、その存在感はユージの弓に匹敵しうる存在感を放っている。
「何だデリカシーとは? 相手を舐めてかかることか?」
「違う。自分のスタイルで敵を倒すことさ。あくまで相手を弱らせてから嬲り殺すのが俺のスタイル。一撃で殺すなんて奴はメランみたいな奴のことを言う」
ある人物への罵倒をするトリストラムに少年はフッと不敵に笑みを浮かべる。
「なるほど。つまり、それは美男子の戦い方というわけかな?」
「貴様もたしかに美男子だが、人の評価や価値は美貌じゃない。オシャレかステータスだ!」
大剣を横薙ぎに振るい、衝撃波が斬撃となって少年の下へ向かっていく。しかし、少年は右手に持つ槍の穂先で見事に斬り裂いてみせた。
「何ッ!?」
「悪い悪い。キミは面白い男なんだけど、あいにく、時間がなくてね」
チャプンと少年は左手を湖水に触れる。否、掴んだ。掴んだ水を引っ張り上げる。天高く舞い上がる。
「さっさと消えてもらえるかな?」
不定形な水が徐々に形をなしていく。その形こそ――
「龍、だと!? まさか、貴様は――」
「おや? 俺のことを知らなかったのか? そいつは失礼したね。ライヒ大帝国北方を治めるレムア公爵家次期当主……カズ・R・レムア。メランってのは俺のご先祖様だよ!!」
「何ッ!? 奴の子孫だと!?」
(それに、あの色はまさか……)
「こいつの荒波に耐えられるかな? “生きる乱気流”!!」
激流が津波のごとくトリストラムへ押し寄せてくる。荒れ狂う水流が荒波となって大自然を侵食していく。当然、荒波に飲まれたトリストラム。しかし、同時に近くにいるシャルルたちも被害を受けるだろう。だからこそ、カズ自ら先陣を切った。自分へ意識が向けば、相方の意識が薄れていくからだ。
「ふぅ~。危なかった」
「…………え?」
ポカーンとするシャルルたち五騎士星。自分たちもあの荒波に飲まれる未来が見えていた。しかし、現実は違い、フワフワと荒れる水面に浮いていた。現実離れした現象に頭が追いつかない彼女たち。
「ったく、カズの奴……そんなおっかない技を使うなよ」
嫌味を吐く茶髪の少年。
「…………え?」
惚けるシャルル。彼女が顔を見上げると、助けに来てくれたと言わんばかりに目尻から水滴がポロリと流れ落ちる。
「ユー、ジ……」
彼女の呟きにララもホウもナルカもリンも助けてくれた少年の顔を見て、ポロリと水滴が流れ落ちる。
「団長……」
「私たち……」
涙あえぐ彼女たちにユージはそっと手を置いた。
「何も言うな。だから、泣くな。キミたちの頑張りは僕らがケリをつける。今は傷を癒やして待って――」
「おい、ユージ。こいつは俺が時間を稼ぐ。キミは部下を安全な場所に避難してこい。
疲労の回復は後回しだ。傷は応急処置までにしておけ。力を無駄に消耗するだけだ」
「だけど……」
「アホか、ユージ」
カズに食ってかかるユージへ彼が言う。
「仲間を、部下を信じろ。過保護がキミの悪い癖だ」
「……カズ」
「早くしろ。そろそろ出てくるぞ」
「――!」
カズの言葉に強く反応するユージら。すると、チャプチャプと水が引いていくも引いていく水から姿を現したトリストラム。
「さすが、メランの子孫だ。ここまで“海洋神”の力を扱いこなしている。しかも、我が力を無力化されている。まさか、貴様は……」
「さあな、俺は初代様の力を受け継いでいるが……俺の槍術は初代様と違うぜ」
槍を構えるカズ。バリバリと紺碧の雷が迸っている。
トリストラムことトリスもカズが持つ槍を見やる。
「その槍は……“神槍”か」
「おや? 知っているか。じゃあいくぜ」
カズは湖面を蹴ってトリスへ接敵する。穂先が彼の胸へ伸びるかと思いきや、既のところで身を反らして躱す。
「おっ……」
「浅はかすぎる。愚直、直線すぎ――グッ!?」
簡単に躱してみせるトリスだが、表情が苦悶の色が滲む。ユージらも「え?」と呆けている。だけど、ユージを介してヴァンは『ほぅ』と感心した呟きをする。
「…………」
トリスの目線を下にやれば、右脇腹に蹴りがめり込んでいる。口から血が逆流して吐く。
「こ、これは……」
「“海神脚”」
技名を口にするカズ。
「俺が磨いている足技。槍兵が槍以外を使わない理由がないだろ?」
「たしかに見事な蹴りだ。だが、所詮は子供だま――」
「“海神渦脚”」
蹴りの連打が渦を描くように蹴り込んでくる。トリスも蹴りの連打を、大剣を盾にして防ぐ。しかし、一撃一撃の蹴りが重く耐えるのでせいいっぱい。
「グッ……」
(なんて蹴りだ。子どもの蹴りでは――何!?)
トリスは“静の闘気”で気配を探る。すると、カズの身体がすでに人族の力ではない。しかも、真人間の身体構造でもなければ魂の構造も違う。つまり――
(まさか、この少年はすでに……メランと同じ? いや、まさか……)
「オラオラ、どうした? 随分と戦いに意識が向いていないじゃない?」
カズの怒涛の攻撃もそうだが、トリスが戦いに集中しきれていないのもある。
「戦いに集中してもらわないと困るよ。“海神蓮脚”!!」
紺碧の雷を帯びた左脚が大剣の腹に叩き込む。
“蓮脚”とは蹴りの殴打。しかも、海洋神の加護を帯びた蓮脚となれば、威力ともに衝撃もトリスの腕や身体を震動させ痺れ出してくる。
「くっ……いい蹴りだな。だが、この程――」
「喋っている暇なんてないぞ!」
左脚が帯びる紺碧の雷が強烈かつ球体をまとっていた。しかも、よくよく見ると“動の闘気”が大きくまとっている。
「――!」
(空気が震動している。まさか――!)
「オラッ! 喰らえ!! “海震爆裂脚”!!」
再び、左脚が大剣の腹に炸裂する。ただ炸裂しているだけじゃない。大きくまとっている“動の闘気”と“海洋神”の“真なる神の加護”が震動と衝撃波となって大剣を通じてトリスの腕や身体を衝撃が流れ込んでくる。
「くっ――」
苦悶の表情を浮かべるトリス。
「グッ……」
(重い……それに、身体が……まるで――)
トリスの脳裏によぎるは、かつて自分を追い込ませた北の狼の後ろ姿を――。
(メラン……)
ビキビキとこめかみに青筋を立てるトリス。カズの雄叫びの如く蹴りを上げる。蹴り上げられた勢いのままトリスは蹴り飛ばされ、大木に激突する。何本かの大木をへし折って巨木に亀裂が入り込むほど叩き込んだ。
パラパラと粉塵が舞い上がる。大量の水が大瀑布の如く水しぶきが舞う。
水飛沫が雨のように降り注ぎ、カズやユージらの戦いの汚れを洗い流す。だけど、ユージらは紫紺の騎士――トリストラムを蹴り飛ばしたカズにユージは目を見開く。
「カズ……キミ、そこまで強くなっていたの?」
「あん? いいや。俺もそこまで強くなってねぇよ。まあ場数の違いだ。って、んなことを言ってねぇでさっさと部下を連れて距離を取って戻ってこい」
「え?」
ユージはカズが最初に言った言葉と違うことに気づく。
「さすがに俺も野郎を倒せるだけの力なんざねぇよ」
見栄を張っていたのだと言い切ったのだった。
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