五神帝×五大公爵公子×五人の皇女_6
解き放たれる“闘気”。
発生源はズィルバー。彼から放たれる“闘気”が大気を歪ませる。
彼は決めた。
何を? 覚悟を――。
どうして? 簡単だ。見たからだ。
何を? 聖鳥を――。
聖鳥は彼女が愛し、契約した稀有な精霊。高貴な媛巫女のみに姿を現さない。その姿を現した今、彼は覚悟を決めなければならない。この後に待っているであろう結末から逃れるために――。
「仕方ない。俺も本気でやりますか」
ズィルバーの言動からレインは察する。彼の本気……つまり、なる気でいる。代償が重くのしかかってくる本気を――。
「ズィルバー! まっ――」
バリバリ――
右手の甲に刻まれし紋章が強く輝き出した。色は空色。つまり、守護神の加護を限界以上に輝かせている。
その輝きはただ輝きではない。己の命……否、己の魂を高次元の存在へ強制的に格上げする輝きである。
ズィルバーの魂は――千年前の大英雄の魂が転生した存在。その名は[戦神ヘルト]。この世界の歴史上、ライヒ大帝国初代皇帝に並び称され、三柱の一柱となった大英雄。
かの大英雄は幼少期から数多くの運命に導かれ、真人間の格から■■■の枠に収まった大英雄。
そう。かの大英雄はすでに竜種と魂融合を果たし、さらに原初の悪魔、その一柱を喰らったことで“聖帝レイン”と契約する前から化け物じみた強さを有してしまった。
しかも、“両性往来者”なる異能を持ち、二柱の神の力を有している。
人の身で“真なる神の加護”を行使すれば反動で身体が爆散する。而して、■■■なる神に近しい人間となった今、絶大な力を発揮できる。だが、代償が重くのしかかってくることに変わりない。
守護神の力が全身に浸透していく。歴史上、守護神の武器は槍である。
だが、その力を身に宿したズィルバーが得意とする武器は剣だ。故に彼女は千年前、彼に一振りの剣を差し出した。
その剣は煌めく星空のごとくすべてを見通せる剣を――。
その剣は“聖霊竜アルクェイド”が守護神に与えた剣でもある。
つまり、守護神はかつての主にその剣を返上したことを意味する。
そして、レインは剣の正体を知っている。否、姿形は知らなくても名前は知っている。
彼女の姉――“創世竜アルトルージュ”が生み出した二振りの神器に及ばずとも最高峰の聖剣にして宝剣――
「我、汝にその剣を捧げる。我、汝にその魂の同化を果たそう――」
言祝ぐ詠唱は竜言語でもなければ精霊文字でもなければ古代精霊文字でもない。言祝ぐ詠唱は古代竜言語。
“聖霊竜アルクェイド”が彼に教えた言語。神に捧げ、神に近しい力をその身に宿し、行使することを
許されし力だ。
「――汝、我が腕にその剣を現せ。汝、我が魂より具現せよ。汝、悠久の果より証を示せ。汝、煌めく星空よりその姿を現せ!」
ズィルバーの口から言祝いだ詠唱は全身に守護神の加護を同化させ、守護神そのものの権能を行使することができる究極の荒業。
――“神格同期”
空色の雷が全身に浸透していく。髪の色が変質する。大空を思わせるエメラルドグリーンの髪へ――。
左手に守護神の加護で形作るラウンドシールド。そして、右手はなにもない。剣も盾もなにもない。ただ呼び出すだけ……神なる剣を呼び出すだけ――
「来い、“煌星の剣”」
虚空に命じれば、空間が割れ、一振りの剣を現出する。姿を見せる剣がズィルバーの手にわたる。
「――!」
ウロボロスの使徒は身の危険を感じ、一気に距離を取る。
恐怖した。何に?
ズィルバーが放つ守護神の神気に――
フゥ~っと息を吐き、レインを見やる。
「レイン。距離を取れ。聖鳥……ティアを守れよ」
「え、えぇ……」
レインが応じ、鳳は清らかな鳴き声で答える。ズィルバーは左手に装着しているラウンドシールドを消して自らの身体を強靭化させる。
「これで問題なく戦える。さて――」
タッ、と地面を蹴り、使徒へ肉薄する。無造作に近づき、剣を振り下ろす。
“煌星の剣”――。
“聖霊竜アルクェイド”が創造させた剣。湾曲した剣でもなければ、独特な形をした剣でもない。ただただ両刃直剣というシンプルな剣。しかし、材質は現代技術ではない再現できない材質かつ、星そのものの材質から鍛えられた一品。
まさに選ばれし者だけが扱える史上最高の一振り。
ただの剣、なのだが、使い手によって大きく化ける史上最高の一振りであるため、歴史上、ただの数度しか日の目を拝めなかった逸品。
しかも、使われた人間が後にも先にも[戦神ヘルト]以外にいない至高の逸品。
無造作に振り下ろされた剣を使徒が片腕で受け止めにかかるもものの見事に片腕が宙を待った。
切れ味上等。防げる道理なし。
刀身に“闘気”を流すだけで極彩色に輝き出す。それこそが、“煌星の剣”。
レインの精霊魔装――“聖剣”とは違い、彼の魂と溶け合い、癒着している神器である。
ズィルバーに片腕を切り落とされた使徒は、本能のままに顔面めがけて蹴りをかます。しかし、彼いや彼女の目には止まって見えている。
「見えているよ」
剣の腹と片腕で蹴りを受け止める。蹴りの衝撃がモロに来るも、ダメージを負っている素振りがない。
それもそうだ。
彼女は今、“神格同期”によって守護神の権能をそのまま行使できる状況だ。
もう一度、言おう。ズィルバーは今、守護神と同等の力を発揮することができる。
守護神の権能は世界最高峰の防御力と盾を得るのも、そうだが、身体能力の向上、はてには広大かつ俯瞰的な視野を獲得する。
広大な視野を彼女の視覚外の攻撃を俯瞰的かつ多角的に視覚情報として捉えることができる。
「見えているぞ? アシュラ、クルル」
「――!?」
「――なっ……」
後ろから挟撃しようとするもすでに見ていたズィルバーは剣で薙ぎ払うように振るっただけで肉体を粉々にさせた。
肉塊となる二人を無視して彼女は使徒へ意識を向ける。
肉が醜く膨れ上がり結合していく二人を見ずに彼女が告げる。
「覚えておけ。この剣を扱うには卓越した剣技を持ち合わせていないと真価が発揮されない。そして、守護神の加護を最大限に引き出すにも卓越した技量を持ち合わせないと、その強さを発揮されない。まあそういう意味では俺とキミらでは次元が違うことを理解できたかな?」
「グッ……」
「私ら、が……見えて、いたのか……」
グジュグジュと肉が結合し、再生されていくのだが、その再生速度が遅い。
それもそうだ。“滅界竜ウロボロス”は“オリュンポス十二神”を嫌っている。相性がすこぶる悪い。使徒もそうだが、“吸血鬼族”も“真なる神の加護”への耐性がないに等しい。故に、神の力を有する武器や剣技を受ければ肉の再生も遅くなるのは必然。
再生が遅くなる、ということはその間、血を垂れ流しになる。そうなれば必然と――
「く、そ……意識が…………」
「兄、さん…………」
血を失えば意識が遠のいていくのは必定。同時に戦線離脱したこととなる。
「さて、邪魔者は排除できた。あとは……キミだ、ウロボロス」
今の彼は対等という立場ではない。やや優勢という立場だ。そもそも、素体が下位始祖だったならば、対応が可能だ。しかし、上位始祖となれば、相手をするだけでも苦戦が必死だ。ましてや――
(真祖が動いたら間違えなく苦戦は必至。できるかぎり奴が弱まるのを待つべきだ。残念なことにウロボロスの因子が弱まれば必然と“吸血鬼族”の力が弱まる。生き延びるためにも八方手を尽くさなけ――いやいや、今は目の前の敵に集中しよう。このまま持久戦に突入されるとまずいからな)
ズィルバーは一番警戒しているのは持久戦。持久戦に持ち込まれた瞬間、敗北は必至。故に速やかに敵を殺さないといけなくなる。
(ウロボロスの使徒は、倒したところで再び起き上がる。それだけは避けなければならない。故に殺されなくてはならない。だから――)
「一気に仕留める!!」
使徒へ接敵し、剣を振り下ろす。無造作に近づいて振り下ろしているのに、その威力は絶大。
剣圧で大気が灼ける。灼けた大気が膨れ上がり爆発する。爆発した剣圧は衝撃となって辺り一帯に撒き散らす。その衝撃を外野となっているレインがマジマジと肌で感じとる。
「すごいわね」
(改めて、神なる力は異常ね。ズィルバーにここまで影響をもたらすなんて……でも、時間がないのは同じよ)
レインもズィルバーに勝負の決着を急がせた。
超絶技巧なる剣に使徒は、腕を斬り落とされ、両足を切断され、頸を斬り飛ばされる。残るは心の臓なのだが――。
ズィルバーは深々と見つめて観察する。
(妙だな。ウロボロスの使徒は、確実に心臓を潰せば消滅する、はずなのに、その心臓の鼓動が感じない。どういうことだ?)
ズィルバーですら理解不能な状況。しかし、状況は最悪な状況に陥ろうとしている。」
「――――――――!!!!」
「なっ――!?」
(何!?)
「ちょっ――!?」
(嘘でしょ!?)
ウロボロスの使徒が取った行動……それはズィルバーとレインの度肝を抜いてしまった。
一方、ズィルバーの“闘気”の異常な変化にユンやカズ、ユージ、ユーヤ、ユウトの五人がひときわ強く感じた。
「なっ――」
(何だ、この“闘気”……これが――)
(ほんとにズィルバーか? 急に別人と感じるぐらいに――)
(“闘気”が変わった。量もそうだが、質が桁違いだ……)
(っていうか、この感じ……どこかで――)
五人の同様もそうだが、気になるのは他にある。ズィルバーの婚約者――ティアが眠りについたように、ハルナやシノ、ユリス、アヤ、シノアの五人が急に意識を失い眠りについた。
四人の皇女が意識を失うのなら説明がつく。だが、シノアが意識を失うとは思わなかった。
シノアが皇室出身という話を聞いたことがない。ユウトも知らないことだ。
でも、シノアは皇室出身の皇女らだけが持つ異能――“無垢なる色彩”を有している。
本来、“無垢なる色彩”は皇室出身ないしは彼女の血を引いていることが大前提。つまり、シノアには彼女の血を引いているのと同じに彼女の魂の欠片を有していることとなる。
だが、問題はズィルバーの変化だ。
彼の身に何かが起きていることを意味する。だけど、ここまで異質な変化を現代人は知らない。でも、千年以上前から生きている者たちには異質な変化を知っている。
「これは……噂程度に聞いた……“神格同期”という奴か?」
「……“神格同期”? 何だそりゃ?」
「“神格同期”!?」
「“神格同期”だって!? まさか、あいつ……」
イーゲルが産物程度の呟きにキララとノイがひどく反応する。そして、顔つきもみるみる悪くなっていく。
「あのバカ……武器どころか全身まで変化させたのか!」
「ただでさえ、あの武器は非常に強力。なら、武器だけでも……」
意味がわからないことを言い出す二人にユウトは「はっ?」となる。二人の言っている意味が全然わからない。
二人が言う武器とは何か。全身とは何か。そもそも――
「“神格同期”ってのは何だ?」
ユウトの疑問にイーゲルが噂程度に答える。
「噂話だが、“神格同期”というのは人が神と同等の力を発揮できる、っていう噂だが……」
「そんなものじゃない。“神格同期”ってのは人が神の権能をそのまま行使できる危険極まりない手段!!」
「それって、危険なのか?」
ユウトの疑問にノイが答える。
「“オリュンポス十二神”の加護は人間に絶大なる力を発揮する。ただし、反動で大きい。反動は得られる加護によってバラバラだけど……守護神の場合は一ヶ月以上の全身筋肉痛と、一時的の視力低下」
「視力って、目が見えなくなるということか?」
「うーん。違うよ。動きの認識能力が低下する。いわゆる動体視力が低下する」
「ってことは、体力の消耗が……」
「色んな側面で弱まってしまうというわけ……」
ノイの説明を聞き、ユウトはズィルバーがとてつもない賭けに出ているのだと知る。それよりも気になるのが……
「武器、ってのは何だ?」
今の話を聞くかぎりズィルバーにはまだ切り札があるように聞こえてくる。
「リヒト様やヘルトらは神々から神器を授かっている」
「神器?」
「星の核から鍛え上げた聖剣・魔剣でね。精霊契約を果たして体得できる精霊魔装と違い、神器はとてつもなく強い」
「つまり、ズィルバーは神器を持っているのか? っていうか、神器ってのは一度も見たことが――」
「ユウト。キミは見ている」
「え?」
キララがユウトに神器を何度か見ていると告げる。彼が何度か神器を目にしていることに――
「アヴジュラやヘクトルも神器を持っている。神器というのは魂に癒着しているため、所有者の意思で顕現することができる」
「じゃあ、神器ってのが歴史上に――」
「うん。出ていないし。書物にも記されていない。神器の所有を巡り、戦乱が拡大する恐れがあった」
「戦乱……それだけ、神器ってのはスゲェのか?」
「すごいなんてものじゃない。現代にまで残され続けている聖剣・魔剣よりも等級がずば抜けていい」
「聖剣……魔剣……俺やシノアが持っている武器?」
「そう。キミたちが所持している聖剣・魔剣は“オリュンポス十二神”が神器に真似て生み出した紛い物・模造品……でも、性能に関しては質が高い。現代において質が高いのは事実」
「質が高ぇのか。ってことは“竜皇女”も神器を持っていたのか?」
ユウトが吐露した疑問にイーゲルが答える。
「もちろん、彼女にも神器所有者。“創世竜アルトルージュ”が赤子だった頃の彼女に与えたとされている」
「赤子のガキにスゲェプレゼントするもんだ。じゃあ、その神器も……」
「彼女の神器は彼女の魂と溶け合って一部となった。彼女の死後、その魂は幾星霜の時を経て転生されると思う」
「転生……」
ユウトは“転生”というキーワードにドクンと身体の内側から脈動し始めた。
「しかも、彼女は“竜人族”の始祖……彼女にしかない特殊能力がある」
「特殊能力? 何だよ、その皇女ってのは神の加護を持っているのか?」
「いや、持っていない。彼女は特異体質で、物質体と精神体が溶け合っている身体をしていた」
「物質体と精神体が溶け合っている? 何だよ、“竜皇女”ってのは“竜人族”じゃねぇのか?」
ユウトの口から出てくる疑問にイーゲルは淡々と答え続ける。
「先ほども言ったが、“竜人族”の始祖が、“竜皇女”だ。彼女は“竜種”の血を引く娘。竜種の力を引き継いだ関係上、肉体を持った精神生命体として生まれてきた特殊例。それは“破壊竜アルビオン”……キミなら知っているはずだ」
イーゲルはキララへ視線を向ければ彼女は苦々しい顔を浮かべる。
「キララ……」
ノイも心配な表情で見つめてくる。ユウトも心配な表情を向ける。彼女はハァとため息を吐いた。
「確かに私は姪が死んだと聞いたときひどく荒れた。せめての供養として父母の墓と同じ場所に眠らせようと亡骸を回収しようとしたが、すでに遺体は消えていた」
「消えていた? 死んだんだろ? だったら、遺体があってもおかしくないだろ?」
「そう。本来ならないとおかしくない。でも、私は悟った。あのとき、泣きじゃくったけど姪は“転生”の儀式を行ったかもしれん。死の間際に――」
「はっ?」
(死の間際に“転生”の儀式をしたってのか? ありえねぇだろ。普通に考えたら死ぬのが常識だぞ)
ユウトの心の声を聞き、キララが答える。
「残念ながら千年以上前は悪魔や天使、精霊が蔓延っていた時代だったから。現代の常識がないに等しかったの。それと、姪がもし転生先に選ぶとするなら、自分を崇めていたこの島――“ドラグル島”以外にないと思う」
「この島の誰かが……“竜皇女”の転生先、だってのか?」
(なら、すぐにでも――ッ!?)
――と、すぐに行動を移そうとした矢先、頭に鈍い痛みが走る。
「ッ――!?」
(クソ……こんなときに頭痛かよ……)
鈍痛に顔を顰めるユウト。彼の異変にキララが気づき駆け寄る。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
問題ない、と言い返すも顔色を見れば大丈夫じゃないのが一目瞭然。
「大丈夫じゃないでしょ? 顔色が悪いわよ」
「ちぇ、キララは隠し通せねぇか。さっきから急に頭が痛くなって……」
「頭痛? でも、顔色が少し悪いぐらいだから……鈍痛ね。でも、ここへ来たときは体調悪くなかったはず……どうし――」
「ぐぅ――!?」
キララが軽く診察して原因を特定しようと頭を働かせる中、ユウトの容態が徐々に悪化していく。
「ユウト!? ノイ!」
「ちょっと診せて」
彼の容態の悪化にキララはノイにバトンタッチして診てもらうことにした。その間、キララがシノアを抱きかかえる。ノイがユウトの容態を診察する中、イーゲルはユウトを見て驚いた表情をする。
(まさか、この少年に――)
「どう?」
「うーん。これはただの頭痛じゃない。ユウトくん自身に何らかの不況を来している。詳しく調べるにも、ここだと――」
ノイがキララへ振り向いたとき、イーゲルの顔を見る。その顔は驚いている。ユウトを見て驚愕の表情を浮かべている。
「どうした? そんな驚いた顔をして……」
「イーゲル? ユウトに何をする気? さもなくば私が……」
凄まじい“闘気”ならぬ“竜気”を放つキララ。彼女が放つ“竜気”を前にしてもイーゲルは臆することなくユウトを見たまま告げる。
「おそらくだが、その少年は、この島の出身かい?」
「え? そうよ。ユウトはこの島で生まれ育った皇族親衛隊隊員よ」
キララがユウトの過去を話す。その過去にはユウトの出生が語られていない。
「では、彼の出生も名前も知らないんだな」
「そうね。それが何?」
イーゲルが言わんとしていることがわからないキララ。
「理解が追いつかないか。その少年こそ……彼女の意思を、魂を受け継ぎし者。つまり、彼女の魂の転生先は、その少年――ということだ」
イーゲルが告げた真実。その真実が、この局面を一気に変えうる決定打となった。
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