五神帝×五大公爵公子×五人の皇女_5
今回、ティアがズィルバーに任せられているのはアシュラとクルルの足止めだ。
(足止めをする方法はいくらでもある!)
彼女が振り抜いた剣閃は二人の吸血鬼族の頸を飛ばす。しかし、ウロボロスの因子が強いのか肉が伸びて結合し、元に戻ろうしている。而して、肉へ戻す際、血が大量に撒き散らす。わずかに返り血を浴びるけどもさほど、ティアは気にしていなかった。きれいな肌が血で汚れるのも考えものだけど、今、戦場にいてきれいや汚いを気にしている暇なんてない。
多少、血や砂埃で制服や髪、肌が汚れても気にしない。気にするのは心と在り方であり、そこさえ汚れなければ問題ないとティアはいつも思っている。
「――!」
(血は飛び散るけど、肉が醜く膨らんで結合するとはね。ならば――)
「なら、その肉を粉微塵にするまで!」
彼女は二振りの魔剣を抜き構える。その構えを見ただけでどのような流派なのか見分けがつく。
「“北蓮流”・“剣舞”!!」
縦横無尽に斬撃が飛び散り、醜く膨らんで伸びている肉を斬り裂く。斬り裂く際、血しぶきが舞うもティアは気にすることなく剣を振り続ける。それでも肉は血を撒き散らしながら醜く膨らんで再生し続ける。
「まだ――! なら、“北蓮流”・“五月雨・剣舞”!!」
ただの“剣舞”ではなく、“五月雨・剣舞”で再生するウロボロスの因子に油断を生じさせる。
“五月雨・剣舞”は途切れがちに斬撃で斬り刻まれて延々と思わせるほどに斬り刻まれ続ける。
而して――
「ッ――!」
“北蓮流”の技を使っただけでティアの身体へ負担がのしかかる。
『ティアちゃん!? まずい。やはり、ティアちゃんは“北蓮流”の肌が合わない。基本はできていてもその上となると身体への負担が大きい――』
レインの焦りがズィルバーへ伝わる。
(なら、“剣蓮流”と“水蓮流”を……もしくは彼女だけにしか扱えない剣技を、流派を教えてやってくれ)
『え?』
レインが驚く。否、絶句する。ズィルバーが言わんとしていることの意味をすぐに理解できなかったけど、徐々に理解し始める。彼が言う“彼女の剣技”が何なのかをわからなくもなければ知らないはずがない。
『ちょっと待ってよ、ズィルバー。ティアちゃんに彼女の剣を使わせる気なの!? それはどうみても無茶よ!』
レインが言わんとする意味をズィルバーとて理解していないはずがない。わかっていて言っているのだ。故にズィルバーはティアに選択させる時が来たと思っている。
(レイン。キミは知らないと思うが、リヒトと彼女が使用した剣技や流派はライヒ皇家に代々伝わる剣術。巷で言われる王宮剣術や皇宮剣術と称されて親しい。だが、実際はあの剣術は皇族の血を引いていないと扱えない剣術でもある)
『たしかにそうだけど……でも――』
(忘れたのか? リヒトと魂融合した竜種が誰なのか――。彼女と魂融合した竜種が誰なのか――。知らんわけじゃあるまい)
『そ、それは知っているけど……でも! ティアちゃんに彼女の剣を使うのは早すぎる! だって、あの剣術は媛巫女流でしょ? おいそれと扱える代物じゃないわ』
(何だ知らないのか? 媛巫女騎士団の間で使用されていた剣術は元々、彼女が騎士団の面々に伝授された剣術で。元々は彼女本来の剣技だぞ)
『そ、そうなの?』
(ティアは紛れもなく、彼女の魂を持つ皇女。ライヒ皇家の血筋にして媛巫女の素養を持つ皇女ならば、あの剣術を使わせて問題ない。そもそも、ライヒ皇家の皇女や皇子は皇宮剣術を学ばされるはず……なのに、ティアがその剣を使わない理由はいったい……)
ズィルバーの中でふと疑問に思っていたのだ。
皇室出身の皇子、皇女も誰もが皇宮剣術を使っていない。失伝したのか。もしくは失伝されたのか。詳しくわからないが、ライヒ皇家は予想を遥かに弱まっているのは間違えなかった。
(レイン。ティアに思念を流せ。彼女の動きを……彼女の太刀筋を……彼女の力の使い方を――!)
『わかったわ。でも、私が見た限りだと限界がある。あんたの記憶も見せるよ!』
(いいからやれ! 思念を共有させろ! ティアに新しい選択の道を――)
このとき、ズィルバーとレインが思念を同調させ、記憶を共有させる。彼らが見てきた彼女との思い出、記憶を――。
奇しくもその記憶が、ティアの魂と同調していた彼女の意識、思念を呼び起こすきっかけを与えることとなった。
『ティアちゃん! 聞こえる?』
(――! はい、聞こえます!)
彼女はレインの呼びかけに応じる。レインがティアへ流す記憶は歴史上、誰も顔や姿を見たことがない伝説の媛巫女だった。
『今、流している思念は私たちが今まで見てきた彼女との記憶……』
(記憶? これが……記憶? いったい、誰の……え? この人ってもしかして……)
ティアが記憶にいる耳長族に似た女性の顔を見る。
極彩色に煌めく金色の髪。ドレス甲冑に身を包んだ女性。何より顔つきがどこかティアに似ていた。
(この人は……いったい……え? 何、あの動き……見たことない。でも、あの動きを見ているとどこかゆとりがあるような……基本に忠実で無駄のない洗練された……運び方……まるで、リズ姉様に似た……)
『そう。これはライヒ皇家に代々伝わる剣術よ』
(剣術……はっ!? 皇宮剣術! 昔、皇宮にいた頃、必須教育で教え込まれた剣術……まさか、レイン様が生きてこられた時代からあったなんて……)
『正確には違うわ。この剣術は“媛巫女流剣術”。媛巫女騎士団の間で流行っていた剣術。その本質は皇宮剣術に似ているの。とは言ってもこれは彼から聞いた話。でも、ティアちゃんは彼女の力を持ち、その動きを再現するだけの土台が着実にできあがっている。だから、できるはずよ。ティアちゃんにしかできない剣術……ヘルトもできなかった“媛巫女流剣術”を――!!』
(――! 私にしかできない剣術……)
このとき、ティアの中で葛藤が芽生えていた。
無理もない。ティアは根っからの[戦神ヘルト]の信奉者。ヘルトの剣を、思想をこよなく好んでいる彼女へ人生相談ならぬ人生選択をさせられていた。
たしかにティアはヘルトの剣はできてもそれはできているだけで、極めることはできない。むろん、“三蓮流”を捨てろとは言っていない。ただ、今のティアではいずれ大きな壁にぶち当たることは間違えない。前回は“真なる神の加護”のおかげで危機を乗り越えたにすぎない。だが、ティアは今、その加護を行使できない。故に今、レインから突きつけられた選択が後の彼女の運命を大きく左右することは間違えない。
『ティアちゃんがヘルトのことをこよなく好んでいるのは知っている。でも、この先彼の剣を使い続けても必ず壁にぶつかるし。その壁は間違えなく乗り越えない壁。限界を悟る。だけど、彼女が進んだ道……彼女が選んだ道……そして、彼女が選んだ力がティアちゃんに大きく合致すると思う』
(…………)
ギュッと剣を強く握るティア。本当は気づいていた。自分がとてつもなく遅れていることを……だから、手当たり次第に模索して自分を良くしようと頑張っている。
でも、結果が伴わない。世の中、大器晩成型の子どももいる。だけど、昨今の世情を見るにそうも言っていられないのも実情だ。
今、レインが指し示す道はティアにどのような影響をもたらすのか分からない。わからない道を進めるだけの勇気が見いだせない。
(……ほんとにその道が私の人生を変えるのでしょうか?)
彼女は心の本音を吐く。その本音を聞いてレインは何も言えなくなる。
而して、ティアの魂の奥底にいる彼女が、今の彼女を見て納得するのだろうか。否、しない。なぜなら、ティアはすでに彼女と違った道へ少しずつ進み始めているからだ。
『――大丈夫よ』
(え?)
『あなたは私のようにならないし。私と同じ道を進んでも私と同じ結末にならない――』
(あなたは……?)
ティアの意識が刹那の間に何処かへと飛んでいた。
いつまでも、このままじゃダメだと自分に言い聞かせる。強くならないといけない。弱い自分のままは嫌だった。
(強く……強く……強く……)
何事にも動じないほど強くなりたいと願う。
母親のような――鋼の心を。
ティアは母が美しい女性だったということを聞いている。
その血筋は“剣姫”と呼ばれた女帝――第三十一代皇帝まで遡る。
魔族を退け、北方の端まで追いやることに成功した稀代の聖女であり、その功績をもってライヒ大帝国の歴史に名を残し、“剣姫”として崇められることになった。
そんな先祖をもったからか母は勇ましく、第三十一代皇帝の特徴でもある“無垢なる純白”までも引き継いでいた。現在はその異能はティアに継がれ――その“力”も同じように引き継がれている。しかし、それが歯車を狂わせた。
すべてが崩れてしまったのだ。
大事な人はみんな、自分の前から消えていく。
母は“教団”の脅威からティアを守るために死に、教育してくれた人たちもまた彼女のために死んだ。
自分が生まれたせいで……みんなの人生を狂わせてしまったと後悔している。
『自分をそこまで責めることはありませんよ』
思考に横槍を入れられて、ティアは目を開いた。
(え?)
草花が咲き誇る色鮮やかな光景が眼前に広がっていた。
穏やかな風が吹いている。清められた澄んだ空気が肺を満たしていった。
先程まで胸の奥底で燻っていた負の感情が急速に消えていく。
(…………)
言葉が出てこない。けれど、夢だということは実感できた。
それでも夢と現実の狭間にいるかのような、曖昧な感覚が身体を駆け巡る。
(な、なんで、ここは……だって、もう――)
自分でも理解しがたい感情の発露――喜怒哀楽が一斉に心の内で爆発した。
唐突な激情は全身を駆け抜けて、破裂しそうなほどの激痛を伴い、耐えられなくなったティアは殻に閉じこもるように身体を抱きしめた。
『無理はしないほうがいいですよ』
背中に優しい重みを感じた。
背筋をなぞるかのように、柔らかな感触が痛みを取り除いてくれる。
「落ち着きましたか?」
気遣うような声に反応して顔を上げれば、金髪碧眼の美しい女性が腰をかがめてティアを見ていた。風に煽られて気持ちよさそうに泳ぐ金色の髪、その隙間から覗いたのは先の尖った耳であった。髪先が極彩色に煌めいていた。それ以前に何処かで見た顔に、ティアの心中は落ち着きをなくして騒いだ。
(えっと……耳長族?)
『父親は真人間です。母は耳長族ですけどね』
(えっと……ここどこなの?)
ティアが質問を投げれば、顎先に人差し指をあてながら耳長族は唸った。
『ん~、とっても深い場所です。普通であれば来られない場所とでも言いましょうか』
そう言って、彼女が手をかざせば、なにもない空間から聖鳥が姿を現した。
『この娘ったら相変わらずヤンチャなんですね。あなたの気が滅入っているからと、無理やり連れてきてしまったようで、ほんとに変わらないんですから』
女性は優しげに微笑むと聖鳥の頬を撫でた。しかし、聖鳥はかつてティアにそっぽを向かれていた。未だに呼んでも契約してくれないので困っている。なのに、女性が撫でるとクルルと鳴き声を出している。
高位の精霊となれば気難しくてめったに人に懐くことのない。でも、聖鳥の行動にティアは驚きで目を見張った。
(もしかして、あなたはこの娘の……)
それならば、先程の既視感も納得できる。
聖鳥の使い手なら――
(いえ、精霊と契約して過去の使い手の記憶が見えるなんて聞いたことが……)
『そう。私はこの娘の元主』
認めつつも、女性は困ったように曖昧な笑みを浮かべる。
『でも、違います。ここは“領域”じゃない、もっと別の場所です』
(……だったら、どこ――)
言い終える前に、彼女の白い指がティアの口をふさいだ。
『もう、あなたは知っている。だから言わなくてもわかりますよ』
彼女の指先が口から胸まで滑り落ちて、広げた手が胸元に押しつけられる。
『ねっ?』
と、純粋で純朴な満面の笑みを向けられては何も言えなくなり、その優しさに隠れ潜む真意――理由もわからないままティアは頷いていた。
『きっと、あなたなら道を切り拓くことができるでしょう』
女性がティアに聖鳥を手渡してくる。別れを惜しむように鳴き声をあげていた。それを優しく解きながら彼女はティアに微笑んでくる。
『ズィルバーくんとレインをどうぞよろしくお願い致しますね』
まるで挨拶をするように気兼ねなく放たれた言葉。しかし、確かに内包された切実な想いはティアの心を締め付けてくる。
『千年待ったんですよ。ほんとに長い、とても気が遠くなるほどの年月でした』
晴れ渡る空を見上げ、遠くに想いを馳せながら、女性はどこか安堵した表情を浮かべた。なぜ、そのような顔をするのかティアには全く理解できない。それでも、彼女が何を想い、何を抱き、何を憂うのか、ただそれだけがティアの心奥を焦げ付かせる。
『でも、ようやく“背中”を捉えることができました』
だが、捕まえることはできない。彼の隣を歩むことは不可能に等しい。そんな心の声が聞こえたのか、彼女はティアに優しく微笑んでくる。
『何を仰るのです。あとは追い抜くだけでじゃないですか』
(え?)
『悩むのはいいことです。でも、歩みを止めないでください』
風に弄ばれる髪を止めもせず、ただ女性はそこに立ち続けている。縫い止められているかのように、その場から一歩も動こうとせず、ただティアを優しく眺めていた。
『大丈夫。あなたならきっと彼らを救い、助けることができます』
目の前にいるのに、何故か彼女の気配が遠ざかっていくのを感じた。
(ま、待って!)
急速に視界が狭まっていく。鐘を打ち鳴らすかのように激しい頭痛に襲われる。
それでもティアは歯を食いしばって耐えた。
多くのことを語り合いたい。多くの思い出を教えてもらいたい。自分の知らない“ズィルバー”という少年のことを聞きたい。
懸命にティアは手を伸ばしたが虚空を掴むだけ。
(お願いだから待って、まだ聞きたいことがたくさんある!)
もがいて、あがいて、何度も虚空をすくい上げながら、ティアは手を伸ばし続ける。
かくして数多の光芒が差し込む世界で、さまよい続けた手を彼女は優しく包んでくれた。
そこにいるのが当選のように、いつでもその場にいると主張するかのように、とても穏やかな笑みで、当たり前だと言わんばかりに、ティアの手をしっかりと握りしめてくれた。
(どうやって、助ければ、彼は――ズィルバーは……ズィルバーは……)
どんどんティアから遠ざかっていった。いや、本当はいつまでも見守ってくれている。そんな淡い期待を抱く自分もいた。理解できない感情の発露――制御できない気持ちを抱き続け、怒りと悲しみが絡みついた激情の行方をティアは持て余している。何を信じればいいのか、何を嘘だと断じればいいのか、何の道を突き進めばいいのか、もうティアには判断ができなかった。
だから、喉から絞り出すようにティアは掠れんばかりに叫んだ。
(もう、どうすればいいのかわからない!)
『殴ればいいです』
(…………ほぇ?)
想像以上に斜めの答えが返ってきてティアは間抜けな声を出した。
『彼の癖なんですけどね』
彼女は微笑みながら両方の口端に指を当てた。
自分のそんな仕草を恥じるかのように、照れくさそうに頬を紅く染めながら彼女は笑みを形つくる。
『目論見通りに、狙い通りに進むと、どんな状況下でも笑う癖があるんです』
彼女の照れ混じりの笑い声が木霊する。
尾を引いてどこまでも心地よい音色となって世界を震わせた。
『千年待ったんですもの、殴るのに遠慮はいりませんよ』
優しげな顔から一転して、怒りを滲ませた女性を最後にティアの視界が暗転した。
(待って!)
手を伸ばすと、女性は最後の最後でプレゼントを送った。
『では、今回のプレゼント。私と出会えたことをきっかけに私の技と剣をプレゼントします』
(で、でも、どうやって……)
ティアにはどうやってその力を引き出せるのか分からない。女性は聖鳥へ声を投げる。
『いい加減にわがままを言っちゃダメですよ。この娘が願っているのに手を貸さないのは精霊恥知らずです。大丈夫。この子が教えてくれます』
(でも、私は一度も……)
精霊と本契約を結んでいない。だから、聖鳥を呼び出せずにいる。心の声が聞こえたのか彼女はなるほどと頷き、顎先に指を当てた。
『大丈夫。もう私を認識した今、あなたならこの子を呼び出せます。そうすれば必然と――あら、もう時間ですか。では、この子を見たら彼も否が応でも本気になりますよ』
っていう言葉を最後に暗闇に包まれたティア。
何度も手を伸ばすと同時に倦怠感に襲われた。身体の重みを感じて、一瞬、息をつまらせたが喉を押さえてティアは顔を上げる。
「痛ぅッ!?」
力任せに動いたせいか、鈍い痛みがこめかみに奔った。頭を押さえるようにして立ち上がれば、清らかな鳴き声がティアの身体をすり抜けていく。
同時に、驚きの声が聞こえ、肩に誰かが手を触れてくる。
「……大丈夫?」
ティアが横目で声の主を確かめればレインが覗き込んできていた。
「れ、レイン様?」
「なにか見たの?」
いいものを見たと断言できる。
「……優しい夢だった」
すべてが優しく包みこまれる――そう、母親に抱きしめられているような、安心感が胸に広がっているのに気づいた。
ティアは心中に宿る情愛の想いを冷めさせたくないと胸元を握りしめる。
彼女が誰なのか、いったい、どうしてあんな夢を見たのか、雲を掴むような希薄な感情が胸の中で渦巻いている。けれど、いくら考えたところで答えは出てこない。
ティアは諦めるように姿を現してくれた鳳――聖鳥の顎先を撫でる。
「ありがとう。私の声に応じてくれて……」
清らかな鳴き声が、辺り一帯に響き渡る。
聖鳥
否、大精霊不死鳥。かの精霊は帝級精霊だが、稀有な存在として有名だ。
高貴な媛巫女のみに契約しないとされている。高貴な媛巫女と言えば、語弊はある。だが、単純に考えて清らかな心を持ち合わせていないと契約させることすらない。
清らかな心。純粋無垢な心でなければ、不死鳥は姿を現さない。最も気高く稀有な精霊なのだ。
澄み渡る声がティアを優しく包み込む。
「ありがとう」
聖鳥を呼び出しただけで疲れがどっと押し寄せてきたのか。遠のくように体毛に身体を預けた。
「レイン、様……」
「大丈夫よ、安心して休みなさい」
レインは次の句を告げず、聖鳥の背にティアを乗せて、ズィルバーを見やる。
頼れる背中にティアは微笑みかける。
「おやすみなさい」
心地よい体毛に包まれながら、ティアは再び闇の世界に飛び込んでいく。あれほど恐れを抱いていたのに、今はなぜか幸福がその位置を占めている。
漠然とした気持ちではあったが、耐えきれない悪夢は見ないような気がしたのだ。
今はぐっすりと眠れそうな予感があった。
ティアは完全に意識を夢に委ねる瞬間に、声が聞いた気がした。
慈愛に満ちて、穏やかな声質で、痛みを癒すような言葉。
どこかで、誰かが、もう大丈夫と言う声がした。
ティアが安眠したのを見てズィルバーは心の何処かでホッと胸をなでおろした。
(良かった。気持ちよさそうな顔をしている。どこか気持ちが吹っ切れたようだな。目の下の隈もなくなりそうだな)
彼も最近、ティアの寝覚めが悪いのを気にかけていた。レインの話だと時折、悪夢を見て心が疲弊していたとのこと。最近では悪夢を見たくないのか寝ずに勉学や修練に励んでいる姿が散見した。彼も気にかけていたが、聖鳥の登場により、理解させられる。
(そっか。キミが彼女を助けてくれたんだね。ありがとう)
聖鳥へ向けて感謝の念を送る。
同時に彼も覚悟を決めなければならない。
(聖鳥が出てきたら俺も本気にならないといけないじゃないか。嫌だなぁ~。キミに殴られるのは……いや、ティアにビンタされるよりグーパンチされるのが嫌だなぁ~。しょうがない)
「俺も本気でやりますか」
スゥ~っと目いっぱいに空気を吸い込んで掌握した“闘気”を全解放する。
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