五神帝×五大公爵公子×五人の皇女_3
ユンとシノ。ユーヤとアヤ。
四人が地下迷宮内を移動している中、カズとハルナ。ユージとユリスの四人も地下迷宮内を移動している。
「とりあえず、部下の方へ向かうけどいいか?」
「うん。シャルルたちが心配だ。いくら強くても相手は過去の偉人。僕らが勝てる相手でもない」
「ええ。でも、試練ですから。内容次第では――」
「その内容が殺し合いだったらどうする? 僕だったら絶対に勝ち目がない」
楽観的に考えるユリスの一蹴するユージの言葉にカズもハルナも頷く。
「俺も同じだ。この迷宮内を移動するだけでも相当“闘気”を消耗する。一回、どっかで休まないと……」
「で、でも、一体どこで地下迷宮に水を流した以上、水没するのも時間の問題――」
「っていうか、どうやって水を流し込んで……」
ユリスは今になってカズが水を流し込んでいるのか尋ねる。ユージも同じ気持ちだった。
「ん? 簡単だ。俺は魚人族や人魚族と同じ力を持っているだけの話」
「はっ?」
「魚人族? 人魚族? それって海底深くに住んでいるという――」
「うん。ハルナ。漆黒なる狼にいるヒューガ。あいつが魚人族なのは知っているだろ?」
「知っているけど……それとこれとは別。カズくんが五百メル潜水できるのと話が――」
ハルナは今、とんでもないことを言い出す。カズが水深五百メルも潜れることに驚くユージとユリス。
「いやいや、人間が潜れるのは数メル程度……水属性精霊の加護があっても百メルが限界だよ」
「ユージ。勉強しているんだな?」
「逆にカズはなんで知らない? あっ、そっか。北方は農業するにも肥沃な部分だけで基本、狩猟や畜産が盛んだっけ?」
「あとは漁業だ。北には北の生き方がある。とは言っても、鮮度を保たせる方法も領地運営を学ぶにも時間が足りなくて……」
本当ならここにいる場合ではない。ないのだが、ライヒ大帝国全土で警戒脅威度が上がっている。地方貴族は互いに協力し合って対処せよ、との皇宮からお達しが来た。
冗談じゃないのが本音。だが、“教団”との一件以降、明るみになった問題への対処せざるを得なかったのも事実。それを子どものカズやユージだってわかっている。
「世の中が平和でありたいよ」
「それは俺も……いや、みんな同じだ」
平和であることが一番だと嘆いた。
「そんなの……」
「みんな同じよ」
シノとユリスも同じ気持ちだった。
「とりあえず、キミの部下を助けに行こう」
「言われなくても!」
先を急ぐユージたち。
ギーガス山脈の地下迷宮深部にて。ユウトとシノア、そして、イーゲルは地下迷宮維新部へ流れ込んでくる水に驚きを隠せない。
「おい、水没しねぇよな!」
「むろん、しないよ。“ギーガス山脈”は『剣峰山』よりも硬い鉱石でできた山脈。巨人族ではこの山を壊せれない。竜種でもないかぎり不可能。つまり――」
「つまり、上から流れ込んできた。やはり、このままだと――」
「いや、始まりの竜人族が造った地底湖がある。このまま地底湖へ流れていく」
「地底湖?」
「そんなものまで造ったかよ」
イーゲルの語りにユウトとシノアは絶句する。現に地下迷宮内に流れ込む水が竜人族の里の跡地に残された地底湖へ向かっていく。
枯れ果てた湖に水がたまり込んでいく。
イーゲルは地下迷宮全体を把握する。流れ込む水は山頂部の出入り口から来ている。しかも、その水は生き物のように地下迷宮全体を駆け巡っている。
(この水……いや、水流自体が生き物。まるで魚人族や人魚族の特徴……)
魚人族と人魚族。
海、湖などの海中で暮らす異種族。
この二種族は水を掴むという特異な能力を保有している。魚の特徴を身につけたのだから泳ぐことなんて当たり前と思われるが違う。彼らは水を掴み、蹴る、という行為をできる。
魚人族と人魚族は水中で呼吸できることもそうだが、寒冷地での適応能力が非常に高い。
水への抵抗が低く気泡を作って推進力を得る。体毛までもあり巨大遊漁に近い皮膚。空気を蓄える筋力を人族以上と聞く。まさに水中に特化した身体構造になっている。
これらの性質が魚人族や人魚族が水を蹴ったり掴んだりできる。
だが――
(“静の闘気”で気配を探るも魚人族や人魚族がいる気配がない。いるのは人族のみ。いや、この感じは真人間? 違う! これは■■■の気配――! しかも、これは海洋神の残り香……ってことはメランの系譜か。北の狼が――)
バリ――!
(――! この青白い雷鳴……“雷帝ネル”の残り香――! しかも、鍛冶神と伝令神の残り香――! ということはベルデの系譜か。東の蛇も来るか。西の馬に、南の鷹……そして――)
ズシン!
全身に重くのしかかる巨大な“闘気”。漲る“闘気”が形状を変えてギーガス山脈の地下迷宮内にいる全員に重くのしかかる。
『――!』
「な、何だ……」
「この“闘気”――」
肌で、身体で感じているユウトとシノア。二人の目の前には黒銀色の竜がいると錯覚する。
「――――」
ゴクリと息を呑むイーゲル。
(この気配……この“闘気”……間違えない。史上最強の大英雄――ヘルトの気配! 間違えない。滅界竜にも匹敵しうる圧倒的な力……人間とは思えない進化し続ける大英雄。だが、この感覚は――)
彼は今、戦いを始めている男の“闘気”を探っている。
(漏れているな。無意識に漏れる“闘気”……いや、掌握した“闘気”を意識的に垂れ流しにしている。“聖帝”が加護に変換しているのか……でも、おかげで敵の正体がわかってきた。だが――)
イーゲルは男が相手をしている禍々しい“闘気”の正体に気づき始めた。気づいたからこそありえない、信じられない顔になる。
「あの……イーゲルさん?」
「ズィルバー、か? だが、この力は――」
ユウトは好敵手が今まで感じたことがない力を放っているからだ。
而して、イーゲルだけは違和感があった。
(ありえない。ありえないぞ。この禍々しい“闘気”は……間違えなく怨念や恨みなどの真っ黒い思念の集合体。しかも、それが人格の消えた吸血鬼族の身体を依り代にしている。だけど、この気配は――)
イーゲルが感じる違和感。その違和感は北の果にいる悪魔王も“静の闘気”で感じ取っていた。
(チッ……ヤベェことになったな。なんとか別次元に追い返せよ、あのヤロー)
悪態をつくほどの問題だった。
悪魔王とイーゲルが感じる危険な存在……禍々しい“闘気”と相手をしているズィルバー。
彼は今、腰に巻いているポーチから二つの香水を取り出し、交互に嗅いで性別を変えている。
(チッ……まさか、あいつの気配とは思わなかったぞ。あぁ、もう身体に来る)
ズィルバーは二振りの魔剣を手にして掌握した“闘気”を常に練り込んで“静の闘気”と“動の闘気”を常に展開している。
しかも、二つの香水を交互に使用して性転換を繰り返し続けている。
つまり、自発的に異能を――“両性往来者”を発動させているのだ。
『ちょっと、ズィルバー!? 性転換を繰り返していると身体が自壊するよ!』
(んなことはわかっている。だが、守護神の加護じゃないと防御が間に合わないし。軍神の加護じゃないと攻撃が通らない)
「なんという屈辱を味わわされていることか……」
フゥ~ッと息を吐いて距離を取るズィルバー。彼はティアのところまで退いた。
「ズィルバー!」
「ティア。“闘気”はすでに解放しているか?」
「ええ、いつも練り込んでいるけど……つまり、この敵は“静の闘気”と“動の闘気”を展開しないと――」
「いや、ティアは“静の闘気”だけを展開しておけ。“静の闘気”は気配を探り・感知することに特化しているのと同時に力の流れを明確にわかりやすくなる。その分、技術が上達しやすくなる。ティアは剣術と体捌きの上達に専念しろ。ついでに思考も休めるな。いいな?」
「え、えぇ……」
ティアはズィルバーの言う通りに動く。だけど、彼の目と言動が自分を守っている、感じがした。
「しかし、見た目はあのときの吸血鬼族なのに感じる“闘気”が、あの化け物かよ」
「化け物? ズィルバー。なにか知っているの?」
ティアの質問に彼は苦い表情を浮かべる。まるで、それは思い出したくない記憶だったようだ。
「こいつは“滅界竜”の残滓……」
「滅界、竜……?」
ティアが口をこぼした言葉にズィルバーの顔色はますます苦々しくなる。まるで、忘れたい記憶だったようだ。
すると、レインが思念となってティアの脳裏に語る。
『ティアちゃん。“滅界竜”ってのは竜種であって竜種じゃない』
「竜種であって竜種じゃない? どういうこと?」
「奴はすべての魔獣・星獣の祖と言われていて、その強さは、あの傲慢野郎がやり合って世界そのものが壊れかける化け物だ」
「世界が壊れ……そんなこと……」
「実際、五神帝は成熟していた頃に戦ったけど恐怖が拭いきれないと言うらしい」
「レイン様が……」
(そうだよな、レイン)
『…………えぇ、奴は忘れたい記憶。理性も感情もない怪物よ。あんなのが存在しているなんて許されない。アルトルージュ様に言いつけたけど、かの御方も知らなかった』
「竜種も知らなかった? そんなことって……」
「知ったときには後の祭り。本能のままに破壊活動をし続けて災厄を撒き散らした。奴がバラまいた災厄の因子が野生の魔物を変質させて魔獣や星獣へ生まれ変わらせた」
「生まれ変わらせた? 星獣って前に神々が関わっているって……」
「それは間違っていない。神々も奴と戦った。だけど、歯牙にもかけずに返り討ちに遭った。しかも、生み出した獣全てを変質させて星獣へ生まれ変わらせた。連中からすればこの上ない屈辱だった」
「屈辱……」
ズィルバーの言い方もそうだが、“オリュンポス十二神”ですら“滅界竜”の存在を嫌っていた。
『実のところ、奴は千年前に次元の彼方へ封印されたの。ヘルトやリヒト様、レイ様、みんなが総出で魔獣・星獣を駆逐した。あっ、星獣の遺材がアステリオンの宝物庫に収蔵させた』
「だから、現代では再現できない素材が置かれていたのですね」
『神々がアステリオンを宝物庫の門番にさせて現代に至るまで閉じ込めたのもある。ヘルトが宝物庫を取り返そうと躍起になっていたのも事実』
「そうだったの」
ティアとレインが思念と言葉で会話している。逆にズィルバーは当時のことを思い返す。
(“滅界竜”が強かったのもそうだが、あの強さのせいで俺たちは疲弊したのも事実。国も人も自然も大きく損害を被った。再生するのにどれほどの年月が必要だったことか。神々が邪魔して再生するのに膨大な時間を要することとなった――おっと、今はそんなことじゃない。今は目の前の奴に集中しよう)
ズィルバーは気を取り直して敵を見つめる。禍々しい“闘気”なのはそうだが、問題は見た目だ。見た目はかつて自分が倒したフェリドリーという吸血鬼族にそっくりだった。
そもそも、吸血鬼族は死ねない異種族。真祖の血の濃さと経験の長さが強さに直結する。というよりも真祖は――
「――!」
このとき、ズィルバーは吸血鬼族の生誕秘話を思い出す。
(そういえば……レイン。そういえば、ノイさんの話だと、あの真祖は確か……)
『え? 真祖? そういえば、吸血鬼族の頭は…………』
レインもハッとなり同時にザワッと背筋が凍りだした。
『そうよ! 吸血鬼族も元を正せば“滅界竜”の因子を取り込んで変質しているじゃない!』
(そうだ。しかも、真祖は魔獣や星獣に殺された人たちの怨念を大量に取り込んだという話だ。そこへ“滅界竜”の因子を取り込んだ、ってノイさんが言っていた。つまり――)
『あの化け物は真祖へ至ろうとしている? でも、そんなの……』
(いや、それはない。あの竜の因子は千年前で完全に駆逐している。それに吸血鬼族の始祖の序列は年数と血の濃さで決まる)
「血の濃さ?」
ティアがズィルバーへ問う。彼女もレインの思念から二人の会話を聞いていた。
「吸血鬼族は前に話したと思うけど、連中は死にかけた身体に血を与えられることで吸血鬼族へ変生する。その際、身体中に巡る血が“滅界竜”の因子と溶け合う。その溶け合う濃さで始祖の序列ができる。その因子が濃ければ濃いほど“滅界竜”の力を発揮されるのだが――」
「だが? どうしたの?」
「あの野郎は間違えなく俺が殺したフェリドリーに相違ない。だけど、感じる“闘気”が全くもって別物。因子が濃くないのに上位始祖ばりの濃さを出している。やはり、怨念を取り込んでいるな」
「怨念を取り込む? ハムラが使ったっていう呪術のこと?」
ティアは怨念を取り込むから呪術を連想してくれた。
「呪術とは違い、忌み地や墓場に眠る残留思念、未練が怨念となって取り込む術が存在する。ただし、その術はとっくの昔に消失している」
「消失?」
『非人道的な術で多くの人命が失われたわ。その危険性故に隣国から攻め滅ぼされて失われたわ。その技術が吸血鬼族の間に継承されているなんて思いもよらなかった』
「そうでもない。吸血鬼族の上位始祖は大半、千年以上前に存在し続けている。消失された術を知っていてもおかしくない。下手したら使い続けてもおかしくない。現に十数年前に“教団”と戦乱になった際、死傷者が出たと聞く。その残留思念が、傲慢野郎の受肉や進化以外に使われていてもおかしくない」
「言われてみるとそうよね。じゃあ、上位始祖の技術を下位始祖が使えてもおかしくないよね?」
「おそらくな。俺が奴を殺したと思ったけど、殺される前か直前に術を行使して生きながらえた線が濃厚だな」
「でも、それだとなんで今まで静観していたの? 復活できるのならその場で起き上がればいいんじゃあ……」
「答えは出ている。神々の加護に妨害され、復活が遅れた可能性が高い」
「え?」
ティアはズィルバーの説明に矛盾が生じる。“滅界竜”は“オリュンポス十二神”なんぞ歯牙にもかけない存在なのに、眷属が加護に妨害された。どうみても矛盾している。
「いや、矛盾していない。“滅界竜”は“オリュンポス十二神”の力を脅威と見做していた。だから、神々が力を使う前に返り討ちにした」
「つまり、防衛本能が働いた、というの?」
「平たく言えば、そう言うこと――」
結論を言う。
「じゃあ、ズィルバーは常に性別を変えているのはどうして?」
「…………」
(やはり、ティアも気づいていたか。俺が自発的に性転換を繰り返していることに――)
「あぁ、俺は意図的に異能を行使している」
「異能……“両性往来者”を!?」
「うん。俺がいつもポーチを巻いているだろ。中身は香水が入っている。この香水はフェロモンが入っている」
「フェロモン香水? それが性転換に関係するの?」
「あぁ、大きく関係している。“両性往来者”の発動条件は二つある」
「二つ?」
ズィルバーないしヘルトが持つ異能――“両性往来者”の発動条件は二種類ある。
一つは大気の外在魔力。つまり、月齢期による外在魔力の変調により性転換が起きるパターン。
もう一つは異性のフェロモンを取り込んで欲情すれば無理やり性転換を引き起こせるパターン。
ただし、この場合だと常に異性を連れ添っておかないといけないし。取っ替え引っ替えにフェロモンを嗅いでいて余計な争い事を引き起こしかねない。
そこで編み出したのが異性のフェロモンを濃縮した香水を浴びることで性転換させる方法を――。
だが、この方法は保持者にただただならぬ副作用が生じる。
「俺は今、フェロモンを嗅いで無理矢理性転換している。止めようとか考えるなよ」
ズィルバーはティアが言おうとしたのを予測し口ずさむ。
「――! で、でも、それだと身体が――」
「今はレインの加護でなんとか反動を中和いや緩和している。悪いけど奴を滅ぼさないといけなくなった」
「滅ぼさないといけない、って……あそこまで危険な存在なら私も……」
「もちろん、ティアの力も必要だ。だから――」
このとき、ズィルバーは“静の闘気”で敵の気配を感知する。
「チッ……間の悪いタイミングで……」
目線を横にやれば厄介な二人組のお出ましだった。
「これは……」
「って、なぜ貴様がここにいる?」
吸血鬼族の少年少女が姿を現した。
「アシュラとクルル……何でここに、とは聞かない。俺らの邪魔をするなら容赦せんぞ」
「容赦も何も僕らの邪魔ばかりしやがって……だけど、問題は別にある」
「なぜ、貴様がここにいるフェリドリー。貴様はあのとき、そこの男に殺されたはずだろ?」
クルルがフェリドリーを問いかけるも彼は一向に答えない。彼女は不審に思うもズィルバーが告げる。
「無駄だ。そいつはすでに“滅界竜ウロボロス” の呪いに支配されている。どうあがいても答えないよ」
「“滅界竜”……」
「――“ウロボロス”?」
ズィルバーの答えにアシュラとクルルは訝しむ。否、訝しんだ瞬間、ドクンッ! ドクンッ! 二人に異変がおきた。
「――!」
「何!? ズィルバー! 何が起きているの!?」
「やはり、余波を受け始めている」
「余波? それって、まさか、“滅界竜”の?」
「あぁ、奴が放つ禍々しい“闘気”を浴びたことで吸血鬼族の血液に含まれる因子が呼応した」
ズィルバーは見ただけで憶測を説明する。その憶測は正しく、アシュラとクルルは“滅界竜”の禍々しい“闘気”を浴びたことで因子が暴走しかけている。
「ティア。無理難題になるが、キミがあの二人を相手にしろ」
「え?」
いきなり死刑宣告を受けるティア。彼女の実力だと第三始祖とどっこいどっこい。むろん、相手がまだ本気を出していなければの話であり、本気を出したらティアでも相手にならない。
「いいか。“闘気”を解放し、常に全力戦闘に入れ。それに頭を使え。使わないと勝てない相手だぞ。力押しで勝てる相手じゃない」
彼は端的に要点を告げる。
「ちょっ――」
「いいな。キミの役目はあの二人を抑え込め!!」
彼はそれだけを告げて地を蹴ってフェリドリーもどきへ突っ込んだ。
「ちょっ、ズィルバー! あぁーもう! やればいいのでしょ!」
ティアも魔剣を抜いて暴走しかかっているアシュラとクルルへ駆けるのだった。
感想と評価のほどをお願いします。
ブックマークとユーザー登録もお願いします。
誤字脱字の指摘もお願いします。




