継承×呼吸×進化_4
竜種“灼熱竜アルフィーリング”の固有権能は“加速”。彼女の権能を駆使すればあらゆる事象に干渉させるのができる。彼女の炎はフランの炎と違い、物質を加速させて生じる熱を流用しているだけ。
つまり、彼女の権能を駆使すれば、予想をはるかに超える破壊力を生み出すことが可能。
今回の場合、ユーヤは体内を焼き尽くす白熱温度に適応すべく体温の限界を超えるほど息を吸って空気を全身に巡らせる速度を加速させた。
まさに死の淵に立たされ、死に直面することで火事場のクソ力が……否、ユーヤの才能の片鱗を見せさせた。
「あ、アァアアアアアア――!!」
咆哮を上げるユーヤ。瞳に炎が灯り、聖剣の炎も白熱し、ルフスの首を焼き斬る気でいる。
「――!」
(こいつ、アルフィーリングの権能を使って体温を上げるのと同時に無限適応の適応速度を上げさせたのか!? これなら、白熱する炎にも温度にも適応することができる……まさか、この方法で――)
ルフスの意識が途切れ始めてきた。それはつまり、ユーヤが剣を振るう力が強くなってきた。
「グッ……まずっ――」
目が血走る彼がユーヤの頭蓋を握る力を強める。奇しくも呼吸術に関してはユーヤよりもルフスのほうが極めている。故に――
(まだ、気道が潰されていない……盛大に息を――)
彼は決死の覚悟で盛大に息を吸って腕の力と自身の体温を極限まで跳ね上げる。
「青いぞ、小童が!」
「んっ、アァアアアアアア――――!!」
雄叫びを上げるユーヤが無意識に禁断の加速を使用する。全身の血流が異常なまでに加速し、生命エネルギーを爆発的に加速させる。ドクドクとこめかみの血管から腕の血管、喉の血管が異常なまでに脈動する。
(腕だけじゃダメだ。全身の力を……“闘気”を、すべての力を……暴走させても……ここで――)
「ここで、討ち取ってやる!!」
ドクドクと血流が異常なまでに脈動する。しかも、逆流している節が見え隠れする。
今、ユーヤがしているのはアルフィーリングの固有権能を最大限に活かす方法だった。だが、それは同時に制御を見誤れば確実に死ねる方法でもある。
彼は今、“闘気”を暴走させ、攻撃の破壊力を上乗せさせる危険な方法なのだが――。
「ウォオオオオオオ――――!!」
雄叫びし続けるユーヤが振るう刃がルフスの首を半分も斬り込んでいる。
「――!」
(こいつ……まさか、アルフィーリングの――)
「――――――――!!」
彼の雄叫びが焼け野原一体に響き渡る。
彼の雄叫びを耳にするアヤとアルフィーリング。
彼女たちは今、ルフスがユーヤに負けるのを見る。
「ユーヤ!?」
「ちょっと、あの子! なんてことをやっているの!? まさか、死ぬ気!?」
驚きを隠せずにいるアルフィーリングと髪の色が黄白色となっている少女――アヤ。アルフィーリングの言葉にアヤが反応する。
「今、なんて言ったの? ユーヤが死ぬ?」
思わず聞き返してしまった。彼女の言い分からするにこのままだとユーヤが死ぬみたいな口ぶりだ。
「私の権能は“加速”。物体にかかる速度で熱を生じさせ熱や炎に変換させて攻撃するのだけど……この権能は世界最速の機動力を確保できる。でも、今の彼がしているのは極限まで“闘気”を暴走させて攻撃の破壊力を増大させる」
「“闘気”を暴走、ですって!?」
「もちろん、この方法は自分に行うものじゃない。相手に対して使用する方法よ。しかも、ルフスは今、熱崩壊を起こしている」
「熱崩壊?」
「フランの炎と豊穣神の加護に私の権能をかけ合わせた一撃。これを受けた者は強制的に加速し続け熱崩壊に至らせる。加速状態で使用しているから防御不能の技よ」
「防御不能……でも、ユーヤはそれを自分に……――!」
「ええ、このままだと彼の身体は魂ごと崩壊するわ! それだと私も……あれ?」
このとき、アルフィーリングはユーヤの身体を注視する。アヤもどうかしたのかと彼女に倣ってユーヤを注視する。
よーく見てみるとユーヤの身体がジュウジュウと傷が癒え始めている。全身に緑色の雷が迸っているにしては傷の治りが速まっているのはおかしい。
傷が癒えているのもそうだが、ユーヤの身体にまとわりつく青白い炎を見つける。
「青い炎?」
(見たことない炎……いえ、青い炎は学園の授業で生み出せる方法を見たし、聞いたことがある。でも、魔法や精霊の加護だけで傷を癒せるなんて……ありえない! 傷を治す魔法は聖属性! 炎属性が傷を癒やすなんて聞いたことがない!)
そう。アヤが知っている常識では炎属性が傷を治癒するなんて聞いたことがない。
「まさか、フランの権能が働いているの! 彼女がそこまでユーヤに気に入り始めるなんてね」
意外な反応を示すアルフィーリングにアヤは「ん?」と訝しんだ。
(気に入り始めた? どうして、精霊と人間は対等…………)
思い至ったところで、アヤは気づく。
(そもそも、精霊と人間が対等なはずがない。友好関係を築けたのは初代皇帝陛下の尽力によるもの。ユーヤの先祖様が精霊と仲良くしていてもユーヤと確固たる絆ができあがっていない。物心をついたときから首飾りを与えられてもそう簡単に絆なんて築けない……だから、今になって――)
アヤはようやくフランがユーヤのことを認め始めたと思い込んだ。
「しかし、あの無邪気なフランが素直にならないなんてツンデレなところもあるのね」
「え?」
アヤは今、アルフィーリングが漏らした言葉に驚きを露わにする。
(え? ツンデレ? 無邪気? “炎帝フラン”は普段からツンツンしている人なんですか!?)
目をパチクリするアヤに彼女が語る。
「フランは元来、無邪気な大精霊よ。幼少の頃はルフスに甘えて可愛がられていた。あどけない可愛さがチャームポイントだった。でも、ユーヤくんの前で甘えると大精霊の威厳が失われるでしょ? 素直なところを見せたくなくてツンツンしているの。可愛いでしょ?」
「か――」
(可愛い? か、可愛いのかな?)
アヤにはフランが可愛い美女に思えなかった。むしろ、厳しい美女にしか思えなかった。
と、言いたいところだが、フランの加護が何なのかアヤは知らなければならない。
「あの、フラン様の加護とは一体……?」
アルフィーリングに物申した。
「フランの加護は“浄化”。主の災いを祓い浄化する。傷を癒やしているように見えるけど、あれは浄化でユーヤくんの不浄を払っているだけ」
「傷を癒やさない? でも、あれはどう見ても傷を癒やしているようにしか――」
「残念だけど、傷を癒やしたり強化したりするのは聖属性の特権よ。もっとも“五神帝”なら他属性を扱えるけど十全じゃない。知っていると思うけど、炎属性は攻撃と防御に特化した属性。でも、フランの加護“浄化”もその一つ」
「あれが加護の恩寵……」
にわかに信じがたい表情を浮かべているアヤ。むしろ、アルフィーリングは彼女のほうがにわかに信じがたかった。
(私からしたらあなたのほうがおかしいわよ。そう容易く異能を発現するなんてありえない。これも才能かしらね。ほんとライヒ皇家は規格外の集まりね。いえ、そもそも姉様が愛した人間の一族ですね)
アヤを見て彼女は思った。実姉の愛情なのだと――。
ユーヤとルフス。
二人の戦いも終止符を打たれることとなる。
「アァアアアアアア――――!!」
猛る咆吼に呼応するかのように炎が、雷が、加護がユーヤをアシストする。ルフスの頸を獲ろうと刃が進む。フランが加護を働かせてユーヤにかかる不浄を祓っていた。
『まったく無茶ばかりする子供。昔の彼にそっくり』
(そうかよ。でも、ありがとう……助かった……)
ユーヤが思念でフランにお礼を言うと彼女は妙に照れくさい反応を返す。
『べ、別に……あなたのために、したわけじゃ、な、ないから』
(ん? なんで声がどもる? もしかして、フランって……)
『う、うるさい! さっさとあんなバカを倒しなさい!』
フランがギャーギャーと言い返している。ツンデレなのでは思いたくなるユーヤ。しかし、今は――
「アァアアアアアア――――!!」
吼える叫びに万力の握りが刃の進み具合を上げている。彼女の加護――“浄化”が後押ししている。浄化は炎属性の究極。攻撃と防御の究極。不浄を祓い力へ変える加護である。
フランがユーヤの中で起きている熱崩壊を不浄と判断して無力化し力に還元させた。その力がユーヤを後押しする形となった。
フランが子孫へ後押しをしたことでルフスの手に握る“聖剣”も力を失うこととなる。まさに世代交代を意味する。
刃がルフスの頸を獲る寸前まで迫る。燃え盛る炎を、意志となってユーヤに継承される。
「――“幻夜一閃”!!」
腕を振り向いたのと同時に頸が宙を舞う。
誰の頸が? 男の頸が――。
どのような? 大英雄の頸を――。
誰が討ち取った? 新世代が――。
どのような? 未来の大英雄が――。
撥ね飛ばされたルフス。彼の意識は途切れる最中、振り抜いたユーヤを見る。彼の姿を見ると若かれし自分を想起させた。
(あぁ~、まさか、無意識でアルフィーリングとフランの加護が働くとは……まあ、でも……これで――)
彼は頭上を見やる。曇天とした空だが、妙に晴れやかな気分を味わう。
(ようやく、これで俺の役目を終えた。あとは未来に託そう。頼んだよ……ヘルト――)
キラキラと粒子となって消えゆくルフス。頸と胴が徐々に霧散していく。霧散した粒子はユーヤの下へ向かっていき、魂と融合いな、戻っていく。
「…………」
消えゆくルフスを見届け、自身の中に入っていくことで悟る。
(そっか。初代様は俺の中で生き続けている。初代様の意志を受け継ぎ、南方を守っていくんだ!)
決意を改めて固める。固めるのだが――
「あれ?」
フラッと身体が崩れだす。なぜか急に身体が崩れだしたか。答えは明白。
――反動。
ユーヤが代々ルフスから継承されてきたのは“豊穣神”の真なる神の加護、“灼熱竜アルフィーリング”、“炎帝フラン”、そして、|■■■■の力。それも無意識で行使した結果、身体への反動が一気に重くのしかかってきた。アルフィーリングと魂融合を果たして、■■■へ進化したとしても身体が進化に対応しきれているはずがない。
「ちょっ――!?」
アヤが急ぎユーヤの下へ駆けようとした。もし、そのまま倒れ込んだら余計にダメージを負ってしまうと思い急ぐも――
(間に合わない――)
焦りだす。
しかし――
「まったく、無闇矢鱈に全開にするから。反動が一気に押し寄せる。フランの浄化はあくまで不浄を祓っているだけで反動までは取り払うことはできん」
ユーヤを優しく受け止めたのは先程、霧散して消えたルフス張本人だった。
(しかし、アルフィーリングの権能を無意識とはいえ、あそこまで加速させるとは……しかも、白熱温度を無限適応に順応させるとは恐れ入ったよ)
ルフスですらできなかったことをユーヤは恐れることもなく見事にやりきってみせた。
しかし――
「竜種とオリュンポス十二神の加護は子供の身体に耐えきれるはずがない。本来なら十年単位で耐えきるようなものを……まだ十代だろ? まったく無茶をするとは……寿命を削っちゃいないよな?」
彼はユーヤが未来を捨ててまで今を優先したのかと思った。しかし、現実は違う。
「大丈夫――」
ボォッと聖剣から炎が上がり、紅髪紅眼の美女が姿を現す。
「ユーヤは寿命を削っていない。異能が異常なまでに発動している。無限適応が異様なまでに彼に適合している。今は反動で気を失っちゃったけど……」
「そっか」
ホッとしたところでルフスの身体がほんとうの意味でキラキラと粒子が霧散し始めた。
「消えるの?」
「いや、彼の中に眠るだけ……俺らの魂は幾星霜の時を経ても転生するように術式が組まれている。ヘルトの場合は別だけど……俺たちは子孫の中で居続ける。うーん。居続けるとは違うな。寄り添い続ける、かな」
消えゆく中でルフスはフランにアドバイスする。
「フラン。キミも正直になれ。子孫の前で素直にならないと絆が育まないよ」
「大きなお世話よ! あなただってユーヤ相手に頸チョンパして!」
「コラッ! 下品な言葉を言わない!」
消えゆくルフスへギャーギャー喚くフラン。そんな彼女へルフスが軽くチョップする。
「痛っ!」
「痛くないだろ……ったく、ひとまず子孫を助けてやってくれ。アルフィーリングも内側から手助けできるけど日常面は無理だ。キミが手助けしてやってくれ」
「それはいいけど……あなた……自分の剣術をどう継承させる気?」
「ん? 心配するな。俺が我が子に教えたのは“呼吸術”の“日ノ型”だけで、残りの型は当時の部下たちが編み出した剣術。部下たちは後世に残すため書物に記して“紅銀城”の図書室に収蔵されている」
「だけど、千年前よ。虫に食われたり文字が滲んだりしても……」
「おっと、正確に言うと城の魔法陣が発動していないときは図書室の一角は見えないし、存在していない」
ルフスが意味のわからない、荒唐無稽の言葉を言いだした。
「ど、どういうこと?」
呆けるフランに彼は「あれ?」となるも「ああっ……」と思い出す。
「そうだった。書物を隠したのはフランが封印したあとのことだったからな」
彼は過去を思い出し語りだす。
「南方の魔法陣は俺が構築した。それは知っているだろ? あの魔法陣はアルフィーリングの加速をモチーフに構築した。流れる。止まらない。変化する。変わりゆく時間を表した。魔法陣が起動している間に俺が築き上げた技のすべてを書物に記した。記した書物を図書室の一角に所蔵して隠蔽した」
「どうして隠蔽を?」
「敵にバラしたくなかった」
「敵に――? はっ! 原初とオリュンポス十二神!」
「原初もそうだが、オリュンポス十二神を意識して隠蔽した。連中はどこまでいっても危険な生命体。出し抜くには神々の加護を使われた痕跡を消しておかなければならない。だから、すべての魔法陣を俺たちの命と連動するように仕掛けた。ヘルトの場合はその仕掛けをする前に神々の謀略で命を落とした。だから、リヒトが仕掛けた。魔法陣を俺たちの命と連動した。でも、ヘルトが構築した魔法陣は俺たちが構築した魔法陣が起動したときに彼自身で発動したとき、俺たちが目指す理想郷を実現させる。それこそが――」
ルフスが語る理想郷――。それは千年前、かつてのみんなが望んだ未来なのだ。
「かと言って――」
「フラン。キミだって何度も転生し続けたのを封印させたのは、俺たちが相手にできなかった大戦が起きるからだ。その言葉の意味はキミが重々理解しているだろ?」
ルフスの言葉に一言も言い返せないフラン。それが事実だと戒めるために――。
二人の話をアヤは横耳でただただ聞いていた。
(大戦? 戦争でも起きるというの?)
彼女の中では生まれて初めて血と死を見るということになる。離れて見つめるアルフィーリングは時代を変える大戦が起きるのを予期していた。
霞むほどに粒子が霧散し始めていたルフス。彼がフランへ最後にこう言った。
「フラン。子孫を頼む。あいつも生きているが、南方を任せられるのはキミだけだ」
「――ルフス」
「それに、“竜皇女”の魂も幾星霜の時を経て蘇る。残りの竜種もメランたちの子孫と融合を果たす。その時こそ、世界はほんとうの意味で新しい時代を迎える」
「新しい、時代……神代いえ原初から続いた戦乱が終えようとしている……」
「千年にも及ぶ閑散期は終わる。ここから先は人類が連中と戦う時代が来る。それはおそらく、ライヒ大帝国だけにとどまらない周辺各国を巻き込む大戦が起きる」
「――ルフス。どこで始まるの?」
フランは彼に大戦がどこで起きるのか尋ねる。
「彼女の未来視によると……」
言いかけるタイミングで霧散する速さが速くなった。
「ルフス!」
「……落ち着け。遠くない未来……中央の学園にて戦端が開かれる……」
「中央の学園?」
ルフスの言葉にフランは首を傾げるもアヤは言葉の真意を見抜いた。
「まさか……」
(“ティーターン学園”で戦端を? って、街の中心じゃない!? 第二帝都で戦端を開く!? 国の中枢じゃない!)
彼女は事の大きさを理解し皇帝陛下に進言しなければ、と思った。ルフスも彼女の動揺を見て察した。
「どうやら……彼女の未来は…………少しずつ――」
最後に何かを言いかけたところで消え去ったルフス。霧散した粒子はユーヤと一つとなった。
「ユーヤ!」
アヤが駆け寄って容態を見るも
「スゥ……スゥ……」
規則正しく寝息を立てて眠っていた。彼女も眠っているとわかった瞬間、ほっと胸を撫で下ろす。途端、ヘタリとその場に座り込んだ。
「あれ? 緊張が抜けて……膝が…………」
「張り詰めた糸が切れちゃったか」
「あっ……フラン、様……」
「様はいい。よく頑張ったね。髪も戻っているよ」
「え? そうなんですか?」
アヤはフランに言われて自分の髪を見る。黄白色の髪が黒髪に戻っていた。
「髪の色が変わる異能なんて初めて聞いた……」
「レイ様が持っていた異能。あなたはレイ様の血を受け継いでいる証拠。誇りなさい。将来、彼女のように美人になると見た」
「女神様に!?」
アヤは自分が伝説の女性になれると夢見て嬉しそうに頬を緩ませた。
「ええ。レイ様の意志はあなたにも、あなたの友人にも受け継がれていく。もちろん、美貌もね」
フランはアヤの髪を撫でる。
「だから、自分が決めた正義と想いを胸に秘めて前へ突き進みなさい。ルフスやレイ様でも届かなかった未来を掴み取るために――」
「女神様でも届かなかった未来――」
手をギュッと握るアヤ。過去の偉人でも届かなかった未来を掴み取る意志の現れであった。
と、その時――
バリバリ――
濡れ羽色の雷が彼女の右手の甲から漏れ出た。いきなり雷が出てビックリする彼女。しかし、フランは右手の甲から漏れ出た雷と紋章に見覚えがあった。
(あのとき、ルフスやヘルト、レイ様、リヒト様は口にしなかった。いえ、教えてくれなかった。歴史の真実を知り、精霊……とくに五神帝には話さなかった。私たちの心を守るために……ほんとに優しすぎですよ。みんな……)
死んでいったみんなの顔を思い出すだけでも涙が零れ落ちそうになる。
「あれ? フラン様……泣いていま――」
「泣いていない!」
「えっ、でも……」
「泣いていない。いい? 私は泣いていない? わかった?」
「あっ、はい――」
有無を言わせぬ迫力を前にアヤは何も言えなくなる。ひとえに彼女はフランがツンデレキャラじゃないのかと疑いたくなる。でも、未だに残っているアルフィーリングはフランに語りかける。
「フラン。もうそろそろ試練が終わる。魂の世界も綻びが始まった」
ボロボロと世界の崩壊が近かった。崩壊が近いのを知り、アヤはどうしようと慌て始める。彼女が大丈夫と語った。
「崩壊、と言っても心象風景が現実へ侵食させているだけで、ユーヤくんがルフスを倒したことで起点を失っただけ。だから、私たちにそれほど影響を及ぼしていない」
彼女が語る。それと同時にボロボロと世界が崩壊し目に入るのは薄暗い大広間だった。
「ここはギガース山脈の……」
「地下迷宮だね。他の方も――ッ!」
フランが今、厄介な気配を感じ取った。アヤもユーヤを介抱しながら“静の闘気”で気配を感じ取った。
「何――!? この禍々しい気配!?」
ゾクッと背筋を強張らせる。ユーヤもスヤスヤと寝息を立てていたがパチッと目を覚まし起き上がった。
「何だ? この禍々しい気配……これは…………」
目を細めるユーヤが頭上を見やる。迷宮の上層部に邪悪な気配を三つ感じ取る。
「二つは邪悪だけど……最後の一つはここまで禍々しいか? 吸血鬼族の感じがする」
上達した“静の闘気”で禍々しい気配の正体を言い当てる。でも、ユーヤもどこまで信じていいのか判別がつかなかった。
ふと、その時――
「――!」
ユーヤはひときわ強い存在を感知する。
(今の……まさか、ユージ? 風がまるで穏やかすぎる……)
自分が友達なのかと疑いたくなる気配を感じ取った。
その件の少年はというと――
「これが初代様の……」
ギュッと手を握る少年。その隣に金髪碧眼の少女がクスッと笑みを深めていた。
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