分析×休息×伝承
ライヒ大帝国南方上空。
上空では未だに激闘が繰り広げている。
「フッフッフッ」
散弾式の魔力弾を連発する原初の紫に対し、ユーヤは不慣れすぎる飛行で回避するのが精一杯だった。
「ヒェ~」
「ほらほら、僕を追い出すんじゃなかったの?」
遊び始めている原初の紫にユーヤは“聖剣”を手にしてもその力を活かしきれていない。
活かしきれていないのだが、致命傷になる魔力弾だけは捌いている。
『まだまだ及第点ね』
(ごめんなさい)
思念会話でフランから言いたい放題。でも――
(遊ばれているなら満足させて帰らせ――)
ユーヤが原初の紫の気を満足させようと考えた。だけども――
「ん?」
ふと、彼女が動きを止める。ユーヤはチャンスだと思い突っ込もうとするが――
『バカ! 止まれ!』
フランに無理やり身体を支配された。
『相手を見ろ。油断していると思えるか?』
(思いました……)
『バカが!!』
説教まで言われるほどに言いたい放題に言われるユーヤ。彼は経験値が浅い。浅いからこそできることを増やさなければならない。
ムーマ家に伝わる剣術は身に付いている。でもそれを活かせるだけの実戦経験が足りない。故に敵が隙だらけでもついつい突っ込んでしまいたくなるのが心情だ。
しかしフランが止めたことで幸いにもユーヤが加護を使うこともなく命拾いした。原初の紫の身体が徐々に綻び始めた。
「ん? 身体が……」
『もしや、肉体の維持ができなくなった?』
「え?」
(肉体の、維持……?)
ユーヤはフランが言葉にした意味がぜんぜん理解できていない。
『“闘気”を掌握すれば自由自在に扱える。“闘気”だけで肉体を作ることもできる。だけど、相当な集中力と器用さが求められる』
(嘘っ……強くない?)
『原初の紫……千年の間にそこまで上達したか』
フランは原初の紫の高さに脱帽する。
ボロボロと肉体が崩れ始める原初の紫。
「ふーん。どうやら遊びすぎたね。でも最初は殺そうとしたのはマジだから」
「俺としては帰ってくれると嬉しいよ。あと、二度と来るな! このナス頭!」
『ブゥ!!』
「――! あん? 調子に乗るな! このクソガキ!」
中指を立てる原初の紫。まるで子供と子供の喧嘩に思えた。
「うるせぇ! ナス頭はナス頭だ!」
「あぁ? 私にけんかを売っているの? クソガキ!!」
ギャーギャーとガミガミと言い散らかすユーヤと原初の紫。見た目からして子ども同士の喧嘩にしか思えなかった。
「さっさと帰りやがれ! このナス頭!」
「うん。帰ってあげる。でも次はキミを見るも無惨な姿にして衆目に晒してやる!!」
ボロボロと崩さっていく原初の紫。姿が霞んでいき消えていく。消えていくのを見届けるユーヤ。
「キミの死にゆく姿が楽しみだよ」
原初の紫はユーヤの死に様が楽しみで仕方なかった。
原初の紫が完全に消えたのを見計らってユーヤは盛大にため息を吐いた。
「つっかれたー」
ハァ~っと思いっきり息を吐く。もう子どものようにハツラツと――。
「お疲れ。あの悪魔と遊んで生き残っただけマシ」
精霊剣状態からもとの人型に戻ったフランがユーヤの両肩に手を置いた。本来ならお姉さんとして指導する場面だが原初の紫相手に生き延びられただけ良しとした。
「ひとまず今回は遊ばされた屈辱を味わった。次に雪辱を果たせばいい」
「うん……そうだな」
「その前にお互いより深く知り合おう。主が――「ユーヤでいい」――ユーヤが私を扱いこなせるためにも」
「うん。俺はようやくスタートラインに立てた気がする」
「スタートライン?」
フランはユーヤの言っている意味に想像つかない。
「ようやく……ズィルバーの背中がかすかに見え始めた。あとは俺が地道に鍛えるしかない」
(フランの言う通り、俺はまだ自分の力をよく知らない。そもそも俺に異能があるなんて知らなかった。だからよく知らないといけない。ムーマ公爵家の歴史を――)
ユーヤは自分を知る上でスタートラインに立てたと自覚する。追い抜く背中が果てしなく遠くても追い抜いてみせる自信が少しずつ持ち始めた。
逆にフランは追い抜きたい人物を知り、心の中で――
(険しい道を選んだ)
――と思わずにはいられなかった。
(一回体験させて自分なりの答えを見つけましょう。大丈夫よ。ユーヤの心は強い、はず……)
最後の最後で言い切れる自信がなかった。ユーヤはルフスの子孫。
ルフスが肝心なときに大ポカをするアホだったのをフランは忘れることができなかった。
北の“蒼銀城”。
東の“黄銀城”。
西の“緑銀城”。
南の“紅銀城”。
地方全ての魔法陣が起動した。相互干渉により地方の地盤がより強固になったのをズィルバーが気づく。
彼は今、“ティーターン学園”・“白銀の黄昏”で優雅に紅茶を嗜んでいた。
「地方すべてが解放された。残るは中央のみ」
(リヒトが長年望んだ夢を叶えることができる。レイ。キミの死を無駄にしたくない。キミの意志は現代に受け継がれている。その灯火は途絶えさせない)
ティアが彼女の意志を受け継いでいる。ティア自身は彼女の意志を受け継いでいると思っていないだろう。でもズィルバーやレインはティアの志と在り方が彼女にそっくりだった。
(――にしても)
「まさか、“五神帝”が目を覚ましたとは……」
「ほんとね。フランから怒りの声が今も届いてきてウンザリよ」
「何がウンザリだ。自業自得だろ」
ズィルバーはレインが思念会話でレンとネルに話しているのを知っている。ついでにヴァンとフランにも自慢話をしていたそうだ。はっきり言って自業自得でしかない。
「しかし、原初も容赦ない。俺たちの動きを封じてきた」
「レンとネルによるとカズくんとユンくんは不慣れな力を多用して休養と修練に時間を使うそうよ。ヴァンとフランは一からユージくんとユーヤくんを鍛えるって話……」
「中央への召喚が難しくなるな。七大天使を動かすのもいいが皇家の犬を動かすのは危険だ」
(それに懸念点がある。皇族親衛隊に動きがあったシノア部隊が西方へ向かったらしい……)
「レイン。ヴァンに伝えてくれ。鬼に会ってこい、と――」
「いやよ。ヴァンもあの人を嫌がっているんだから……」
「つべこべ言わずにやれ。西には秘密がいまだに残っている。ユウトの力はいまだに謎だ」
(“ドラグル島”の出身と聞いているがあの島は基本、竜人族が多い。人族が少ないのに。ユウトが竜人族に勝っていることがおかしい)
ユウトの異常性をズィルバーは違和感を覚え続けている。
「ユウトくんのこと? たしかにあの子は異常ね。でもそこは気になること?」
「気になる。“ドラグル島”は誰の名前か知っているだろう? 竜人族の誕生が誰か知っているだろう?」
ズィルバーの言い返しにレインは黙りになる。
「たしかにあの皇女が命を落としたと聞いたときは私も驚いたわ。リヒト様もレイ様も驚いていた。あの鬼騎士長の慌てぶりは忘れもしないわ」
「あぁ~、鬼が暴れたときは驚いたもんだよな。竜人族が“魔族化”で鬼族を生み出す要因をなぁ~」
ズィルバーは当時のキララの暴虐さを抑えるのに苦労した。
「殺したのが吸血鬼族と聞いたときは鬼が吸血鬼族を皆殺しにしていく姿はまさに破壊神そのものだった。“破壊竜”の名は伊達じゃない」
「あのあと、独自に調査したのでしょ?」
「ああ、西方を任せるアルブムにお願いして調査してもらった。調査した中で“オリュンポス十二神”の一柱・“冥府神”の加護が喪失したらしい。そして最後の真人間も姿を消したとのことだ」
「最後の真人間?」
「うん。あの島は外海から閉ざされているから真人間がいまだに生き残っていた。でも吸血鬼族が根絶やしに動いた。あの皇女が最後の一人……生まれたての赤ん坊に力を託して遥かな未来へ飛ばしたと思う」
「未来へ飛ばした?」
「あの皇女の強さはレインも知っているだろ? “創世竜アルトルージュ”の実子。強いに決まっている。吸血鬼族なんて相手にならない。けど、なぜ命を落としたのか。そして力を託した赤ん坊が誰なのか。俺はユウトが赤ん坊の正体だと思う」
「つまりユウトくんがあの皇女の力を託した赤ん坊だってこと?」
「俺はそう思っている」
ユウトが異常な理由は皇女の力が継承されているとズィルバーは踏んでいる。
「嘘か真かかの確証がない。けど、あのキララを契約できたことは異常だ」
ズィルバーはすでにユウトが規格外な存在だと認識していた。ただの人間が竜種と契約できるのはおかしい。
シノアも天使族のノイと契約できたがあれはシノアが真人間の血統だからできたこと。ノイが半分精霊になったとしてもできないことだ。
「シノアとマヒロ准将の血縁は“聖霊機関”に任せればいいとして問題は皇族親衛隊だ」
「“白銀の黄昏”もよ。東の一件以来、各々で足りないところを見出して修練と勉強に励み始めた。あと実戦経験を積ませるべきよ」
レインは外だけではなく内側にも目を向ける。ズィルバーも同じであるがしばらくは学内を優先して外に目を向けない方針を取る。
「あの傲慢野郎と戦ったキズが癒えるまで大人しくしているつもりだ」
(身体づくりも大事だからね)
「さてみんなを集めて発令するか」
「発令?」
レインは、ズィルバーが何を発令するのか気になる。
「“白銀の黄昏”はしばらく風紀委員会として役割を最優先する。内部の雰囲気から内部精査をする、とね」
「学園の干渉をさせないため?」
「そう。学園講師陣からの圧力を受けないための底上げに目を向けることにした。俺だけのワンマンチームだと困るからね。ただし、次の“決闘リーグ”には選手として参加する方針を取る」
「委員会としてではなく?」
「もちろん会長を支持する方針で参加する。実戦経験を積ませるなら“決闘リーグ”が一番だからね」
ズィルバーは目下の目標を“決闘リーグ”に絞ることにした。
「だからティア。キミらもそれでいいね?」
ズィルバーがドア越しに聞いている彼女らへ声を飛ばす。ビクッとドア越しにざわついている気配を感じるもズィルバーは静かに待った。
「気づいていた?」
「ああ気づいていた。さすがに前々から言っていたが内部精査に入る。さすがに学園講師陣に好き勝手にされたくない。モンドス講師の好き勝手にさせたくない。これから独自路線に入る」
部屋の中へ入るティアとジノ、ニーナ、ナルスリー、シューテルの四人がズィルバーの考えを聞き入れる。
「ティア。リズ会長に告げてくれ。次の“決闘リーグ”への参加を。それと地方に手紙を送れ。それぞれのやり方で地方を守れ、という趣旨を――」
「ええ、分かったわ」
ティアはそう言い返して退室する。逆にジノらは誰が“決闘リーグ”に参加するのか気にかける。
「基本、全員と行きたいが大会期間は皇族親衛隊も警備に入る。しかし俺らは生徒を優先して警備しろ。学内警備を優先とする」
「了解。“九傑”にもそう伝えておく」
「でも“白銀の黄昏”を独自路線で進めれば反発が来ないか?」
ナルスリーは、学園講師陣からの圧力を気にする。
「心配するな。そのために内部を精査する。ナルスリー。キミが選別したメンバーで内部を精査しろ。キミの“静の闘気”なら見分けがつくだろ? なら任せられる」
ズィルバーから任せられた以上、ナルスリーも言うことはない。
「任せろ。その命令は全うするわ」
内部のガス抜きも必要だと思い、役職を与える。否、正確に言えば追加役職を与える。もともと任命した役職の他に役割を与えることで不満が解消されるだろう。
「それと事務を任せている彼女たちも参加させよう。身体を動かせてストレスを発散させる」
「じゃあ俺が伝える。普段任せっぱなしだったから労ってあげないと」
「私もそうしようかな? 宝物殿の金貨数枚使ってもいい?」
「いいだろう。気分を発散させるのも悪くない」
ズィルバーはニーナの提案を採用する。ジノが事務方を任せている貴族令嬢へ話を通しておく。
「でも問題は内部精査ね。難題だけど頑張るわ」
「手間を掛ける、ナルスリー。一応、ノウェムとカナメは声をかけておけ。“八王”と“虹の乙女”もな」
「諜報だな。任せておけ」
改めて役割を明確にさせる。すでに“聖霊機関”の諜報員が潜入している以上早めのうちに精査させておきたい。
「ナルスリー。くれぐれも内密に頼む。しばらく国内は荒れるかもしれん」
ズィルバーの吐露にジノ、ニーナ、ナルスリー、シューテルの四人は顔を一気に引き締める。
「風の噂だが、南方で吸血鬼族が不穏な空気を見せている。西方も“大喰らいの悪魔団”が吸血鬼族に唆されている噂だ。北と東も未曾有の災害を受けてカズとユンが休養している。このまま何もしていなければおそらく次の“決闘リーグ”でなにか大きな流れを迎えるかもしれん」
「大きな流れ……」
ズィルバーが言うからには必ず何かが起こるとジノたちは予期する。
「北と東も内部精査と組織強化に入る」
「こっちも組織強化だな」
「ああ、予定通りになるかわからないがしばらく鳴りを潜める」
ズィルバーの方針に“四剣将”も頷く。
(さて、これからどう動く? 地方も地盤強化に優先させるべき。次の“決闘リーグ”への参加も何かしらのアクションを送らないといけない。ここから長きに渡る冬到来だな)
ズィルバーもしばらく鳴りを潜める考えをしていた。レインとの対話もそうだが、彼女との同調と次なる段階へのステップアップが必要だと気がしたからだ。
ズィルバーの魂と融合した■■“■■■■■■■■■”の存在。
そして、レインが伝達する■■は今、ライヒ皇家と五大公爵家の公子に受け継がれたと――。
(頼むぞ、レイン。■■は精霊に手を貸してくれる。そして、千年の時を経て表に出るタイミングを待ちわびている。依代ではなく同調させてその力を最大限に発揮させるように修練を励め、と――)
ズィルバーがカズたちに伝えることは一つ。
■■を認識した今、進化する時が来る。そう――。
真人間から■■■へ進化を――。
(あの傲慢野郎も俺たちの進化を毛嫌いしている。それは全能神とて同じ。今は耐え時だ。しばらく鳴りを潜める。ただし、西と南だけは自由にさせよう)
ズィルバーは西と南だけは好きにさせる展開を思考する。
(西は“■■■”。南は“■■■”がいるけど、アルブムとルフスの魂が残っている。ユーヤとユージのパワーアップが必須になる。フランとヴァンがそれに気づかないはずがない。“五神帝”はそう簡単に制御できない)
原初の悪魔もそうだが、始原の天使、竜種そして“五神帝”。精神生命体いな世界の種族の中で最高位の力は本来、人の身にありあまる力。
いや違う。人族の器にはありあまる力は耐えきれない。それは獣族、耳長族、魔族、魚人族いや全種族に対応する。
しかし唯一適応できる種族が存在する。それこそが“真人間”なのだ。
真人間の進化は人族でも他の異種族でも一生できない。その力を制御する術を知らない。
真人間から堕落して吸血鬼族になった第三始祖から上の上位始祖ですら耐えきれない力だと理解している。
故に真人間の異常性を誰よりも知っていた。
ライヒ皇家、五大公爵家が存続し続けるかぎりライヒ大帝国は不滅の国家なのだ。
故に――
(この千年間。俺たちはただ眠っていたわけじゃない!)
ズィルバーはいつの日にか来る平和な世界を実現すると、誓った。
そして今、西の“ドラグル島”で吸血鬼族も原初の悪魔もオリュンポス十二神ですら想像し得ない事態が巻き起ころうとしている。
それはそれは遥かな大昔。
“創世竜アルトルージュ”が真人間との間に生まれた子供。
最初にして最後の史上最強の子供。
“ドラグル・ナヴァール”が誕生した。幾星霜の時を経て、千年前に姿を消した。
彼女が消えたことは千年前を生きた者たち全員が驚き確認を取らせたほどだ。
その力は覚醒すれば並の英雄どころか大英雄すらも超えうる力を秘めている。
そしてその力は趨勢を決めるほどの大きな力だ。
もし、その力が覚醒とした時、その者は真人間から■■■へと進化することだろう。
頂点に至れば世界の均衡が崩れることは間違えない。
なぜなら子供に授けられた力は親の力だけにあらず。世界が誕生のと同時に、できた二振りの聖剣。いな魔剣。どちらでもいい。
二振りの剣がある。
一振りは自らの力を受け継いた人間に。もう一振りは自分の子に与えた。
その剣は五神帝も原初の悪魔も始原の天使もオリュンポス十二神も知っている。しかしその姿形を知らない。その名を知らない。知っているのは融合した人間と同胞のみであった。
ズィルバーは紅茶をすすりながら思考する。
(もしユウトが彼女の力を受け継いているならあの剣の所有者はユウトだ。そしてキララはどう決断する。受け入れるか切り捨てるか。まあ俺としては受け入れるに一本だな。あの怒り様は姪っ子大好き愛がハンパなかった)
見えすぎている答えを胸中に吐露した。
(でも彼女の存在もあの剣ももはや伝承だ。あのキララは懐かしいと言うだろうな。あの剣は数多の聖剣魔剣なんて比じゃない。俺の“聖剣”と渡りうる力だ。そしてもう一振りの剣……あの剣が今どこへ流れたのかわからない。でも……リヒトの志を継承しているリズ様なら必ず呼び起こす。時が来るまで待とう。今は次なる転換期へ向けて準備をするときだ)
ズィルバーは東方から帰省する前にも同じ考えを再度確認する。長きに渡る冬が到来する。次なる舞台は“ティーターン学園”が開催される“決闘リーグ”。その時まで待とう。
そして、場面はライヒ大帝国西の果て“ドラグル島”へと変えていく。
To be continued
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