覚醒×解放×企み
ヒリヒリと額をさするユーヤ。痛かったのか涙目になっている。
「…………」
「――まさか」
原初の紫とフランはようやく理解する。ユーヤはパンチをガードしたんじゃない。“動の闘気”で威力を減衰させたのだと――。
でもでも、原初の紫のパンチの威力は大の大人でも粉々に砕け散るほどの威力を秘めている。故に、威力を減衰させたとて頭蓋が砕かれてもおかしくない。なのに――。
(僕のパンチを受けといて額が赤くなるだけで済んでいる? ありえないだろ……)
到底信じきれていなかったが、原初の紫は自分で言っといてすっかり忘れている。
ユーヤが持つ加護と異能を――。
バリバリと緑色の雷がユーヤの額から迸る。右目から緑色の魔力光が漏れ出している。
「はっ!?」
(あの色は……豊穣神!? そうか。豊穣神の加護で傷を癒やしたのね。それに――)
(まさか、ルフスと同じ異能……“無限適応”で威力を減衰させた。継承された異能に救われるとは……悪運には強いな)
フランは主の悪運の強さにホッとする。
「いきなり殴るなよ。悪魔だからって調子に乗るな!」
どうやら、殴られたことが相当に頭にきたらしい。ブチギレ案件、という奴だ。
「南方は今、戦端が開かれそうになっているのにこうも問題を持ってくる、って言うなら……」
メラメラと“闘気”が燃えるように滾らせていく。
「俺の南方をメチャクチャにするって言うなら……誰だろうと叩き潰すぞ!!」
急に声を荒立てるユーヤ。荒立てる“闘気”が荒れ狂うように“紅銀城”へ浸透していく。
浸透される“闘気”が城の中心部へと広がっていく。広がる“闘気”に呼応するかのように城内の中心に位置する大広間の床に刻まれた魔法陣が光りだす。
光りだした魔法陣に呼応して“紅銀城”全域へと光の線が伸びる。伸びる光の線が街を取り囲む城壁内部に設置されている台座に注がれる。注がれた光に台座の魔法陣が光りだした。“紅銀城”全域で魔法陣が構築されたのと同時に南方全域で魔法陣が構築され輝き出す。
光が収まると南方全域で変化が起きる。
「何が起きた?」
「親父! 周辺の畑や自然が潤いだしたよぃ!」
「何を言ってやがるんだ? 南方は酷暑で畑が全滅していただろ?」
「それが急に土地が潤いだしたんだよぃ!?」
ある町を拠点にしているマフィア。構成員がボスに町周辺の農耕地に植えた作物が恵みをもたらしたかのように元気ハツラツと生い茂っていく。
青々と生い茂る大自然。
そこに実る果実。その果実は瑞々しく枯れ果てていた大地に潤いを与えてくれる。まさに、それは――命の芽吹き。
「「「――!?」」」
「あれ?」
「ここら一帯……自然に満ち溢れていました? レスカー様……?」
「いや、どうやら……」
レスカーは頬を引き攣ったまま言葉をこぼす。
「南方が完全に復活した」
「忌々しいことに……」
「中央を除く東西南北。全ての魔法陣が構築され起動した。これで地方は完全に地盤の強化が働き、相互連携が起きる」
「相互、連携?」
アシュラが言う意味が部下たちには理解が乏しい。
そう。ライヒ大帝国は中央と四方の魔法陣がある。全ての要たる中央の魔法陣を除き、地方の魔法陣は構築して起動すると使用者と並びに民たちへの恩寵もしくは恩恵を受けられる。
同時に魔法陣が接触すれば相互連携により力が大幅に強化される。
ライヒ大帝国地方全土に命が芽吹くように躍動感を感じさせる。
「何だ、今……?」
「身体が妙に軽く感じる……」
「お母さん、見て! 空が晴れていく」
「まあ、極北でも太陽が拝めるなんて」
「大地の恵みをここまで感じるなんて……」
「まるで抱きしめられている感覚」
「ママ。作物がこんなに生い茂っている」
「川の水もきれいになっている」
「これなら食べ物の奪い合いをしなくて済むぞ!!」
蒼銀城、黄銀城、緑銀城、そして、紅銀城。地方全ての魔法陣が構築され起動された。地方間の相互干渉により大地が潤い、自然が豊かになり、人々の生活も安定になる。
それこそがライヒ大帝国の千年かけて実現しようとした理想郷である。
そして、最後が国の中心・大帝都“ヴィネザリア”。皇宮“クラディウス”に眠る中央の魔法陣を起動させるだけだ。
しかし、魔法陣の起動は五大公爵家しかできない。ライヒ皇家は魔法陣を構築し発動することができない。
全ては初代皇帝レオス・B・リヒト・ライヒの企みだった。
東西南北。地方全ての魔法陣が構築され起動された。相互干渉により五大公爵家の四家。ラニカ公爵家、パーフィス公爵家、レムア公爵家、そして、ムーマ公爵家。四家の公爵公子に魔法陣を介して恩恵がじわじわと齎してくる。
「あれ? 身体が妙に軽くなった? なんで?」
「――ッ!?」
(まずい! まずいまずいまずいまずい! 四つの魔法陣が発動したことで相互干渉による力の恩恵を受け始めている)
原初の紫はゾワッとまずい状況に陥ったと感じる。
原初の悪魔とて急成長するかの種族だけは人一倍に警戒している。
(ほんとにあいつらの末裔は規格外。ここに来て、もし、あの化け物の片鱗を見せたら洒落ならない)
彼女は決意を固めた。
(どんな手を使ってでも、ユーヤを殺す!)
確実にユーヤを殺すことを決意する。フゥ~っと息を吐き、タッと床を蹴った。
「え?」
ユーヤが呆けた一瞬をつくかのように原初の紫の貫手が眼前まで伸びる。
「ユーヤ!」
フランが主を守ろうと腕を伸ばす。しかし、そう容易く命は刈り取ってくれない。
「――!?」
ブシャーっと血飛沫が舞う。ユーヤは左目を捨てる代わりに原初の紫の貫手を躱す。
「へぇ~、ギリギリで避けたね」
(でも、僕の力はこんなものじゃな――あっ、そうだった。ユーヤの異能は――)
彼女は肝心なところで大事なことを忘れていた。ユーヤの異能を――。
ユーヤが継承された異能は“無限適応”。ユーヤが摂取した力へ適応する異能。
適応する、ということは敵の能力の一端を知ることできる、ということだ。
「毒、か……ずいぶんと容赦ないな」
ジュウジュウと左目の傷が治癒され、元の状態に戻っていく。
緑色の魔力が漏れる。豊穣神の加護がユーヤに働きかけ傷を癒やしていく。
「あぁ~、僕の悪い癖。キミの異能をすっかり忘れていたよ。でも、それを抜きにしても僕に勝てるかな?」
原初の紫は身体が透けていき、霞んで消えていく。
「――外か」
ユーヤは、魔法陣を介して敵の位置を把握する。
なら取る行動は一つ。
「フラン。俺とキミはまだ絆が浅い。今まで首飾りを愛でるだけだった。だから、ここからは手を取り合おう。俺に力を貸してくれ」
ユーヤはフランへ、手を差し伸べる。
「ええ。私の答えは言うまでもなく、決まっている」
フランは差し伸べた手を掴む。
「汝は我が剣。我は汝の腕なり」
精霊詠唱を言祝げば、彼女の身体は、炎とともに粒子となって霧散する。
ユーヤの手には炎の粒子が集まり、形を成していく。
それは、一本の剣。
炎の剣。紅い一振りの剣――ピジョン・ブラッドのような美しく透き通った紅刃、柄は黄金で陽光を浴びれば、さらに輝きを増すことだろう。
業火の炎が刃先から噴き上がる。
この剣は、ライヒ大帝国の歴史上史上最強の攻撃能力を持つ“炎帝フラン”の真の姿・“聖剣”。
ライヒ大帝国に伝わる歴史書に記されている。
“五神帝”の真なる姿は武器である。
“聖甲”。
“聖弓。”
“神槍”。
“聖剣”。
“聖剣”。
五つの精霊剣。精霊武装を手にするのは“五大公爵家”のみである。
今ここに、五つの精霊剣がこの世に顕界した。
紅き剣を手にしたユーヤは、単身で外へ退避した敵を追いかける。
窓から飛び出して――。
南方、“紅銀城”上空へ舞い上がるユーヤ。
眼下を見やれば街の外は青々しくと生い茂っている。南に目を向ければ砂漠が広がっていた。
広大な砂漠。最南端に広がる砂漠は千年以上前の遺跡が今も眠りについている。
しかし、今はそれを問うている暇はない。正面へ目をやると敵が上空に浮いている。
「やあやあ待っていたよ。僕の宿敵ちゃん」
「恋人でもない。俺がキミに言うのは、敵だ! 俺の南方を邪魔する、穢らわしい敵だ!!」
「言うじゃない。この人間が……」
原初の紫は、愚弄する少年を睨みつける。その手には紅き剣がある。剣から漏れ出る炎。
火。
それは赤く燃ゆる。
炎。
それは決意を示す。
焔。
それは歴史を紡ぐ。
「いくぞ、悪魔!」
「来るがいい! 人間!」
何もかも焼き尽くす炎を纏わせ、ユーヤは駆けていく。敵を屠るために――。
東西南北。地方全ての魔法陣が構築し起動された。
この現実は原初の紫を除く全ての原初の悪魔に知れ渡る。
「チッ。地方が覚醒したか」
「いかがなさいます?」
「動きたくても動けねぇ。残るは中央の魔法陣のみ」
「潰しますか?」
「いや無理だ。中央へ飛ぶにも地方を突破しねぇといけねぇ」
苛立ちを募らせる原初の赤。ビキビキとこめかみに筋ができていく。
原初の青と原初の緑も到底許しがたい状況だと把握している。
「俺が動くのも悪かったが地方全部に奇襲を仕掛けたのがいただけねぇ」
「しかし、原初すべてが協調できるものではありません」
「前回、無理に協調した折、リヒトとヘルトの策略で痛い目に遭ったのをお忘れですか?」
原初の青が主に意見する。主こと原初の赤も千年前に手酷い屈辱を味わわされたのを忘れていない。
「チッ、しばらくは静観する。残りの連中に伝えておけ」
「仰せのままに」
主の命令に二人の給仕が頭を垂れて答えた。
悪魔が気づいたのなら吸血鬼族も気づかないはずがない。
「こいつはしてやられたな」
「あぁ~、南方に行かせているレスカーたちが心配だね」
“血の師団”の第二始祖の二人。
ウルドとスターグは、この展開は予想しなかった。
「地方の魔法陣が起動し干渉し合っている現状。悪魔も好き勝手に動けないだろう」
「それでも、原初の悪魔が地方公爵公子を抑えてくれるだけ十分だよ」
スターグは国家地図にコマを置いて、状況を把握に努めている。
「確かに状況は、我々に大きく不利と言えまい。しかし、それに乗じて企むのが、あの男だ」
「奴、か」
「そうだ」
ウルドは中央へコマを一つ置く。
「中央は奴と“白銀の黄昏”が陣取っている。地方はしばらく中央への召喚は不可能だろう」
「相手に傲慢の彼をぶつける?」
スターグが具体的な考えを告げる。でも、ウルドは首を横に振る。
「奴はしばらく動けん。動けるのは自由気ままな黒か、己の理のために行動する白ぐらいだろ」
ウルドは中央へ攻め込むのは黒と白のみ、と言いきった。
「でもでも、黒と白も赤と同じで奴にしか興味を持っていないよ。それは僕らも同じだけど」
スターグは自分の狙いがたった一人だと言い切る。
「たしかに、奴に俺たちは大敗を喫した。多くの仲間が死んだ。いや、奴に殺されるだけ幸せとも言えるか」
「でも、死ねない者もいるよね。僕らもそうだけど、レスカーくんたちも」
「未練がましく現代まで生き延びているとも言える。いや、生き汚く醜くなっているだけかもな」
ウルドは愚かな種族だと卑下する。
「うーん。このまま死を望むのもいいけど……死ぬに死にきれないな」
スターグは真昼の太陽を眺めて告げる。
「さて、奴はどう動く?」
ウルドは明後日の方向へ目をやる。奴とはいったい誰なのか。はたまた奴はどのように動くのか。それとも、黒と白が赤のように動くのか。はたまた赤が再び、攻めてくるのか。もしくは南方がすぐに何事もなかったように退散するのか、のいずれかだ。
「南方が静まれば、こっちの計画も進められる」
「あのときの失態はしない。奴の動き次第で状況が一変する可能性があることを忘れるな」
ウルドは失敗をした瞬間、吸血鬼族の計画は水の泡になることを忘れていけない。
「もちろんわかっている。だから、南方にいるアシュラとクルルを西へ向かうようにレスカーを送らせたんでしょ?」
スターグがウルドの懸念を言い当てつつも問題ないと言い切る。
「でも、事態は大きく変わった。このままじゃあ西へ行かせる算段がなくなるかもしれ――」
「ウルド様。スターグ様」
二人の吸血鬼族の下へ部下が報告へやってくる。
「報告します。南方におられるレスカー様から原初の紫が撤退。しかし、ムーマ公爵公子が著しく体力を消耗した折、当初の計画へ着手が可能だこと」
「じゃあ、南方はレスカーに任せよう。アシュラと、クルルは?」
「はっ、アシュラ様、クルル様は西方へ向かいました。なお、中央におられるビャンコ様とラアド様から“皇族親衛隊”・シノア部隊が西方へ向かい出したとのこと――」
「…………」
ウルドは“ドラグル島”で相対した少年少女を思い出す。ノイとキララの気配をしたのをウルドは覚えている。
「あのときの子どもたちか。忌々しいことだ」
「どうする、アシュラとクルルじゃあ苦戦は必至だよ」
「スカトラとルーチェを送れ」
ウルドは追加の人員を向かわせることを決定する。スターグも追加人員の選出に問題ないと判断する。
「ノノヤじゃなくていいの?」
「奴はアシュラと仲が悪い。この仕事には不向きだ。それにノノヤはまだ奴から受けた傷が完全に癒えていない」
「そうだね。彼は奴に致命傷を負った。しかも軍神の加護と相まって体組織が完全に崩壊された。やはり、神の加護は吸血鬼族にとって脅威そのもの」
「天使と悪魔が介入してきた今、ライヒ大帝国は今まで以上に強固になる。千年前、強固な奴らに敵わず敗走した。だが、今回は違う」
ウルドは前回の二の舞いを甘んじる気はない、と言い切る。
「でも、あの国は手強いよ。“五神帝”に“始原の天使”、“竜神アルビオン”までいるんだ。相手をするだけで苦戦必死だよ」
「それに竜皇女の子孫が生きているのかもわからない現状、大っぴらに部下を動かせない」
スターグは敵戦力を告げ、ウルドは懸念点を告げる。
「問題点がありまくりなのに計画を実行しないといけない虚しさ。ひとえに――」
「王も苦渋の決断なのだろう。何しろ、向こうには“大天使ノイ”がいる。ノイと王は刃を交えた関係……」
「うーん。やっぱ、色々問題ありまくりだね」
スターグはこの計画の成功確率が絶望的に低いと示唆する。ウルドも百も承知で決断した。
「問題というより懸念点がある。竜種だ」
「…………」
ウルドは最大の懸念点“竜種”を口にする。スターグも目を細めて聞く。
「竜種の存在を知っているのは第三始祖まで第四始祖以降は存在すら知られていない。行方をくらましてから千年は経過した」
「うん。僕なりに調べたけど竜種が消えたのには理由があるはず。まあでも、“竜神アルビオン”は別だよ」
「スターグ。彼女は破壊の意志そのもの。それに奴は他の七体がいなくなった理由を追い求めているだけだ」
ウルドはキララが今も生きている、ワケを言う。スターグも承知の上で言っている。
「僕の結論は一つ。あの七人だと思う」
スターグが言う七人とは、ライヒ大帝国の歴史に語り継がれた七人のことだ。
初代皇帝、初代媛巫女、そして、初代五大将軍である。
「あの七人の力はどうみてもおかしかった。もしかしたらと思う」
スターグは奴の転生も一枚絡んでいる気がしてならなかった。ウルドもそこは気にしていた。
本来、精神生命体を取り込んで、その力を我が物にできない。何しろ――
「悪魔と天使は自我が強い。吸血鬼族の僕らでも取り込める気がしない」
「そういえば、フェリドリーがそういった研究をしていたようだが不可能な研究をよく手に染める」
ウルドは消滅した部下を揶揄する。
「ひとまず、ライヒ大帝国は一時的とはいえ安定した。目的遂行のため闇に潜む」
「レスカーが南。アシュラとクルルが西。ビャンコとラアドが中央。北と東は回収済み。残るは西と南か。やはり――」
「その考えはまたの機会とする。いいな?」
ウルドが話し合いをそこまでにして次の行動に移すことにした。全てはライヒ大帝国を滅ぼすために――
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