神弓×余興×西方安定
この世界において最強の存在は六つ。
竜種。悪魔。天使。精霊。神々。そして、進化した真人間。その五つだ。
竜種はもちろん、世界最強と言わしめるだけの力を持っている。
悪魔は原初の悪魔が最強の一角に名を連ねている。
天使は始原の天使。つまり、七大天使が最強の一角に名を連ねている。
神々はオリュンポス十二神が最強の一角に名を連ねている。
精霊は五神帝。つまり、神級精霊のみが最強の一角に名を連ねることができる。
そして、進化した真人間。つまり、■■■のみが最強の一角に名を連ねることができる。
選ばれし者たちが世界最強の名を持つことを許される領域。それは歴史に名を残した大英雄ですらたどり着けない領域。
そう、選ばれし者たちが世界最強の領域に入ることを許されている。
そして、その選ばれし領域が今、西方の上空にて集結した。
一人は原初の悪魔の一柱・原初の藍。
一人は神級精霊の一柱・風帝ヴァン。
一人は■■■の一角・ユージ・R・ラニカ。
そして、ユージの魂と融合した竜種の一角・■■■■■■■■。
これらが今、一同に介する場面は早々にない。
「あら、誰かと思えば、ヴァンさんじゃない。アルブムと一緒にいた。見たところ、千年前よりも身体が成長し、レベルも世界最強と言わしめるだけの実力をつけたようね。そして、隣にいる少年は……――」
原初の藍はユージをマジマジと見る。否、ユージの魂をマジマジと見る。魂を見たことで彼女も察することができた。
「そう。あなたがアルブムの子孫ね。あいつに似た魂を持つ少年か。ご丁寧に太陽神と月神の加護を継承されているわけね。でも、まだその力を扱いこなせてはいないけど」
「うん。僕だってこの紋章の力なんて知らなかったし。知りもしなかった。僕はまだ何も知らない子供にすぎない。でも、子どもの僕でも西方をメチャクチャにする奴に容赦しないと決めている!」
ユージの感情に呼応するかのように“真なる神の加護”の一つ“太陽神”の輝きが強くなる。
燦々と照りつける陽光を受けてユージの身体から漏れ出す“闘気”が大きくなっていく。
「あら、これは厄介ね。太陽神の加護に呼応して身のうちに秘める“闘気”を引きずり出している。でも、丸腰で私と踊るつもり?」
「丸腰? バカを言わないでよ。僕が丸腰で来るわけないだろ! ヴァン! 僕に力を貸せ!」
「全く、アルブムに似て激情するな。いいともユージ。主の頼みを聞くとしよう」
ヴァンはユージの願いに応えるかのようにその身を風で包み込む。
「汝は我が剣。我は汝の腕なり」
詠唱を言祝げば、風に包みこんだヴァンはユージの詠唱に応えるかのように形を変えていく。
それは一本の弓だ。
装飾はない。細工もない。ただただ頑丈で靱やかな枝――三日月型をした木製の弓。
しかし、見る人がみれば、それが普通の弓ではないのはということに気づくだろう。
瑞々しい空気が弓を中心に渦巻いて、秘める力の強大さを証明するかのように輝いている。
“五神帝”の一角、風帝ヴァンの真の姿にして精霊剣の一振り――聖弓の姿だ。
聖弓はしばらく楽しむように宙を浮遊していたが、やがて、ユージの手元に収まった。
「これがヴァンの本当の姿……そして、僕だけの武器……」
(強度もいい。これなら僕が磨いてきた弓術が活かせる)
『最初に言っておくが、原初の藍に勝てると思うなよ』
「別に思っていないよ」
ユージは吹き荒ぶ風を手元に集めて鏃付きの矢を生成する。生成した矢を聖弓に携え、構える。
「僕だって勝てると思っていない。やるなら相手が満足するまで付き合ってあげるのがエスコートってものだろ?」
ユージは聖弓の弦を限界まで引き絞って原初の藍めがけて矢を射る。
『ちょっ――!?』
「あからさまね。そんな攻撃が私に通じるとで――」
矢の軌道が原初の藍を狙う以前に大きく逸れる。矢が明後日の方向へ向かっていくのを原初の藍は目で確認する。
「どこへ矢を放っているの? もしかして、アルブムよりも弓術が下手な――おっと……」
彼女が身体を大きく逸らせば、矢が連続して放たれていく。
「アハッ。どこめがけて射ているの? もしかして、ほんとに弓術が下手かしら?」
煽ってくる。これは聖弓に武装しているヴァンも気になってしょうがない。
『ユージ。さすがに失望するぞ。これでは原初の藍の――』
「黙ってて。僕は今、準備をしているだけだから」
ユージは頭の中で構築した展開をもとに矢を射続けている。
弓術において一番に必要とするのは精密性、正確性もそうだが一番と必要とするのは空間把握能力だ。
ラニカ公爵家の歴史上、ユージは初代当主・アルブムを匹敵するか上回る空間把握能力を有している。そこへ風属性の補助に、“風帝ヴァン”の加護、そして、“緑銀城”で解放した魔法陣による空間把握補助まで加われば、答えは言わずもがな。
「キミ。僕の先祖様を知っているのに、その戦い方まで知らないなんて…………ずいぶんと頭が悪いみたいだね」
「あん? 何を言っている気? この私をバカにしているの?」
「別にバカにしていないよ。でも、怒っている僕の挑発に負けている時点で、キミは僕の術中にハマったんだよ」
「はぁ?」
『ん? どういうこと?』
原初の藍もヴァンもユージの言っている意味が分からなかった。
「僕って弓しか取り柄がなくてね。学問だったら神秘学と鉱石学が得意中の得意だけど、この際、どうでもいいや。僕はズィルバーのように剣が得意でもなければ、カズのように槍術が得意でもない。ユンのように体術なんて必要最低限しかできない。でも、僕にとって弓術だけが誰にも負けないって自負できる自信がある」
ユージはペラペラと自分の思いを打ち明かしていく。まるで、何を待っているかのような立ち振る舞いだ。
「だから、僕はただひたむきに弓術を磨いた。空の鳥を撃ち落とすのも、遠く離れた物体を射抜けるのも、密集地で正確に撃ち抜けるだけの腕前を身についたよ」
「ふーん。どうやら、アルブムと同等の視野の広さと空間認識能力が高いのね」
「うん。僕の腕前が初代様に届いているかは知らないけど、キミらは既に僕の術中にいる」
「あら、私があなたの術中にハマっている? アハハハ、御生憎様。私が人間に出し抜かれると思いで?」
「うん。思っているよ。今の僕は怒りで我を忘れているように思えるけど冷静だよ。冷静だからキミは周りへの気配りができていない」
「周り?」
原初の藍がユージの言葉に訝しんだのと同時に後ろから声が飛ぶ。
「い、インディクム、様……」
「何、どうかし……た……?」
後ろに控える配下の呼ぶ声で振り返る原初の藍。けど、振り向きざまに見てしまった。配下が矢に刺され貫かれ命を落とそうとしている。
「嘘!?」
『まさか、ここまで……』
原初の藍もヴァンもユージがここまでの力を発揮するとは思わなかった。
「僕も自分の力がここまで引き出されているなんて思わなかったよ。でも、ヴァンが教えてくれた。悪魔は肉を持たない生命体。でも、キミを見ると肉を持っている。つまり、受肉しているってことだろ? なら、肉を破壊すればいいんじゃないかな~、って思ってね」
「言うじゃない」
(冗談じゃない。悪魔は受肉した身体を守るために多重結界を常時貼っている。それを刺したり、貫いたりするもんか)
彼女はユージを観察する。
(見たところ、“闘気”の扱いが拙い。実戦経験が少ない。なのに、私の配下を刺し殺した。それはつまり、奴は私の身体を……――)
胸中で何かを言おうとしたとき、一筋の矢が原初の藍の腹を貫く。
「ガッ……」
(これは――)
「あっ、言い忘れたね。僕は口下手だったものだから。大事なことを言っていなかった。然るべき速度、然るべき時間、然るべき座標。弓術士が一番に必要なのは――それだけだよ」
矢の速度を理解している。
到達時間も計算できる。
到達座標を導き出せる。
故に子供のユージは計算したのだ。原初の藍らがいるであろう先の位置を――。
ユージの言葉から導き出される結論は――
「まさか、未来視――」
矢が原初の藍の身体に突き刺さる。
「ふーん。限定的とはいえ、先を見通せる目を持っているのね。いえ、“静の闘気”で確実性のある未来視を体得した、というのが正解かしら?」
「さあ? 僕もそこまで詳しくないよ。でも、ずいぶんと頑丈だね。矢に突き刺され、貫かれているのに……」
「お生憎様。私は物理耐性が高いのよ。でも、さすがにヴァンの加護を受けているだけはあるね」
「加護を受けている? 面白い冗談だね。確かにヴァンは僕に絶大な加護を与えている。でも、それは風を螺旋状に渦巻かせたまま軌道を操作させただけ。矢が突き刺さったのはヴァンの恩恵じゃない」
「な、に……」
彼女は到底信じがたい現実を目の当たりにする。確かに原初の藍の耐久性能は高い。それはユージも認めている。でも、それだけが戦いの全てではない。それは彼女も理解している。故に身体に突き刺さった矢を引き抜いた。
しかし――
「い、インディクム様……」
「わ、我、らも……」
息絶え絶えの配下が主に助けを求める。彼女は後ろへ振り返り様に手を差し伸べる。
「この程度で死に絶える奴なんて私の配下にいらない」
凍てつく眼光に、絶対零度の声音が配下の悪魔に突き刺さる。
「お、お待ちください!?」
「もう一度、チャ――」
「ゴミはいらないの。死ね」
ギュッと手を握った瞬間、グシャグシャと配下の悪魔を捻じ曲げて肉塊へ変えさせた。配下の最期を見たユージは原初の藍に問う。
「いいの? 部下だったんだろ?」
「は? あいつらはただの雑兵よ。腹心は今も悪魔界でお茶の用意をしているわ」
「でも、部下は大事しないと……」
「はぁ? 人間の身体を器に受肉した雑魚なんて所詮、雑魚よ。あなた程度に殺される奴なんて私から見れば、ゴミでしかない。悪魔も人間もゴミのように湧き上がり続ける」
ユージは彼女の言葉を聞き、怒りを募らせて感情を爆発させたかった。
『落ち着け、ユージ。悪魔にとって日常茶飯事。気に病むこともない』
ヴァンに諭された。ふと、気になった。
「ねぇ、受肉した身体はどうなるの?」
「ん? あぁ、ゴミは配下共々死んだわよ」
原初の藍は受肉された人間も死んだと言い切る。同時に自分の手で殺した事となる。ユージは死んでしまった配下の成れの果てを見て顔をわずかに歪める。
彼女も彼が人間だと実感する。
「そうよね。アルブムの子孫と言っても所詮、人間の生き死になんて見たくないか」
「当たり前だ。人間は生き死に慣れてはいけない。通常、人間は人を殺せば、冷静じゃなくなる。そこに理性があり、普通の行動ができなくなる。でも、慣れてしまった人間は平然と人を殺してしまう。僕の先祖は殺すのを承知で戦い続けた果に慣れてしまった。僕は今、それを学んだ」
「そう。あなたは人を殺さないとでも?」
「できれば、そうしたいけど……僕は西方を統べる領主となる以上、覚悟を持たなければならない」
「なんの覚悟かしら?」
「切り捨ててきたものを背負っていく覚悟だ!」
原初の藍が聞き返せば、ユージは殺してきた者たちを背負っていく覚悟だと明かした。
彼の返答に彼女は笑いたくなるが、笑わずただただ見つめる。ユージの顔を……覚悟を決めた戦士の顔を――。
「そう。あなたもそんな顔をするの」
(厄介な子供ね。覚悟を決めたときはとことん強くなった……ここは退くべきね)
「じゃあ、続きを――」
「あら、ごめんなさい。せっかくの余興を満喫したかったけど、ここらで退陣するわ」
原初の藍がいきなり退くと言い出した。ユージも逃げる気でいる彼女を追い立てたい気持ちに駆られるも……
「あっ、そう。だったら、とっとと帰ってくれる? それと僕の西方から出ていけ!」
ユージは再び、風で形成した矢を携え、構える。
「ええ、そうするわ。しばらくは悪魔界で静養している。でも、あなたとはまた踊りたいわね」
「僕はゴメンだね。二度と来るな!」
矢を放つユージ。原初の藍へ向けて放たれるも彼女はパチンと指を鳴らした後、身体が霞んでいき消えていく。
「子供相手に本気になったら大人気ないし。ある程度、成長したら再び踊りましょう。じゃあね、ユージくーん」
消えゆく身体で原初の藍は最後にそう言い残した。敵が消え、気配を探るも彼女の気配は感じられなかった。
「逃げたのは確かだね」
『そうだな。ひとまず、戻ろう。無理をしすぎた。私の加護が働いているとはいえ、子供の身体には負担が大きい。“五神帝”の加護は通常の精霊の加護とは隔たりがあるからな』
「うん……僕も疲れた……」
ユージも必要以上に緊張していた。中央の“ティーターン学園”の地下迷宮では味わえなかった死線の空気を味わい、気持ちがいつも以上に昂り緊張の糸を張り詰めすぎていた。
現に、原初の藍と配下の悪魔らを限定的な未来視で死傷させた。あの場面はユージにとって未踏の経験だった故に今を生き残れていることを心より嬉しく思った。
敵がいなくなったのを実感した瞬間、緊張の糸が切れ、どっと疲れが身体に重くのしかかる。
「あ、れ?」
宙に浮いているユージはフラッと体勢を崩し、そのまま地上へ真っ逆さまに落ちていく。
このままではユージは“緑銀城”の街に落ちて転落死する。
「全く、意識を失うなら先に言ってくれ」
ヴァンがいつの間にか人の姿に戻ってユージを受け止めた。
「そもそも、五神帝の加護は人族の身に有り余る。自分の血統と頑強すぎる身体に感謝しないと」
“五神帝”の加護は唯一無二の加護と言える。
聖帝レインの加護は“神速”。
氷帝レンの加護は“神穿”。
雷帝ネルの加護は“神威”。
と、属性ごとに唯一無二の加護が与えられる。
風帝ヴァンの加護は“神命”。
無限に等しい生気を与え続ける。そもそも、風精霊の加護は空中戦を可能にさせる加護だが、神級精霊となれば話が変わる。
神命は瑞々しい生気を契約者に与え、不治の病さえも治して、永遠なる若さを与える摩訶不思議な力を持っている。時の権力者が望んでも得られなかった力が、ヴァンの加護には備わっている。
現に人族の平均寿命が四十代と短かった時代に、一人の男が七十代まで生きたという記録が残っている。
その男こそ、ライヒ大帝国の初代西方大将軍にして、ラニカ公爵家初代当主アルブム。
彼は爵位を二代目に譲るまで政に関わり続けた。長期政権を築き上げて西方の堅牢恭子にし、国家の土台を盤石なものとした立役者だ。
そして、現代において、“風帝ヴァン”を契約した人間はアルブムの子孫・ユージをおいて他にいない。彼はこれからも若々しい姿を保ち続け、幾度もの困難に立ち向かい打ち砕いていくことだろう。
それも全てはヴァンの加護によるものだ。
「ひとまず、今回は痛み分け。キミはまだ私を使いこなせていない。ゆっくりと修行しよう。時間はたっぷりある」
ヴァンはユージを抱いたままゆっくりと下降していく。
失った体力を回復することはない。傷をつけることもない。それはまさに――。
その時――風が吹いた。
穏やかな風が戦場になりかけた西方を通り過ぎていった。
死臭も、悪臭も、ありとあらゆる臭いが消えて、清涼の空気が満ちていく。
思わず行動を止めてしまうほど、気持ちのいい風は濁った心を洗い流していく。
「なんとも心地の良い風……」
(懐かしく思う。西方に襲った未曾有の災害を乗り切ったときも同じような風を感じた……今に思えば――いや、やめよう。そう深く考えることはない)
「風は人の心を洗う。そうだな、アルブム」
風で髪がなびくもヴァンは気にもせずに降りていった。
そして、一陣の風は北方、東方、中央、そして、南方へ吹いた。
「今の風……」
「まさか、ヴァンが……」
「そう。ヴァンが起きたのね。あとは――」
レン、ネル、レインはヴァンの復活を感知する。歯車が加速し始めたことを――。
「ん?」
(今、風が吹いたな)
「南西から……ユージか?」
「西からの風……ここまで心地いい風は久しく感じる」
(そうか。ヴァンが目覚め、西方の魔法陣も起動したか。残る魔法陣は二つ――)
ユン、カズ、ズィルバーも西方からの風を肌身で感じ、世界の変化をしる。
残る南方も西方の風を受けて命の芽吹き、炎の芽吹きが鼓動し始める。
その火は心。その炎は魂。その焔は意志。
その赤は武威を示す。その朱は美貌を示す。その紅は恐怖を示す。
五神帝の一柱。ライヒ大帝国の歴史上史上最強の攻撃能力を持つ“炎帝フラン”が今、ここに新たな主・ユーヤの呼びかけに応じ、目覚めようとしている。
千年の年月を経て、ライヒ大帝国に五神帝が覚醒し、未曾有の危機を救う歯車が加速的に回りだす。
そして、南方の魔法陣が解放されたとき、最後の扉が開かれる。
中央に眠られし魔法陣への扉が開かれたとき、初代皇帝レオス・B・リヒト・ライヒが施した封印が解き放たれることだろう。
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