増援×歴史の深奥×撤退
幾重にも交わる三叉槍と手刀。リーチが長すぎる三叉槍をカルネスは持ち手を短く持ち、原初の青と原初の緑の貫手、手刀、殴打に及ぶ体術を盾で受け続けては短く持った三叉槍で反撃に転じている。
だが、相手は原初の悪魔の二柱。歴戦の猛者たるカルネスをもってしても押し留めるのが精一杯だった。
「さすが、防衛戦に徹するのはキツイな」
「さすがに子供体型が仇になっていますね」
「それでは彼女たちを守りきれますか?」
「くっ――」
(確かにティア様だけに留まらず、リズ様、あいつの姉君を守り切るのは至難の業。ここを乗り切るには数人の手練れが必要……)
カルネスはこの状況を乗り切るには強力な助っ人が必要と判断する。ティアたちを守りつつ逃げ切る算段を立てるにはさらなる戦力が必要だと考えている。しかし――
(しかし、そう簡単に世の中は思い通りにいくわけがない。レイ様がそうだったように、あいつが世界を呪いたくなったように……そう都合よく世の中は回らないのを私はよく知っている)
ジリ貧の状況下でズィルバーは原初の赤と斬り結んでいる。
(さすがに赤い悪魔は史上最強の悪魔。世界が誕生する前の時代に生きる生命体……最強の竜種“創世竜アルトルージュ”と惜敗した実力者……アルトルージュがいなくなっていこう。名実ともに史上最強の名はエリュトロンのもの……今のあいつでも赤い悪魔を押し留めるのが精一杯……なんとか突破口を考えるしか――)
『――カルネウス』
(――! はっ! ズィルバー様!)
『俺は傲慢野郎を外へ連れ出す。キミはクソ真面目と自由っ気の末っ子を足止めしろ。それと“静の闘気”で気配感知をしろ。直に“七大天使”が来る』
(“七大天使”が!?)
『今回、天使連中も俺たちに協力してくれる。連中にクソ真面目と自由っ気の末っ子を当てろ。その間にティアと姉さまたちを連れて避難しろ。それに気がついたか?』
(――はい。この気配は騎士団長の気配です)
『そう。あの鬼の気配だ。鬼が来てくれるなら幾分かマシよ……』
(ズィルバー様。いえ、ヘルト様。あの赤い悪魔をお任せします)
『――無論だ。カルネウス。ティアを任せる。何としてでもティアを守りきれ!』
(――御意!)
カルネスは意識間でズィルバーと会話をしてそれぞれ行動に移す。
「――!」
ズィルバーは原初の赤と斬り結んでいたが場所と状況を考慮し、剣戟を受けるのではなく、回避に動き出した。停止世界で剣戟以外に身体を動かすのは至難の業。しかし、そのような至難の業を平然とやってのけた異常者をズィルバーは知っている。
ズィルバーも異常者からやり方を聞いているのですぐさま行動に移した。
「――!」
ズィルバーは原初の赤の剣戟を利用して後ろへ退き、聖属性魔法で閃光を放ち、会議室が光に包まれた。
「チッ――!?」
(ここで小細工を――)
舌打ちをする原初の赤。戦場において一瞬だけど視覚を封じればいくつかの行動を移せる。
バタン!! バタン!!
なにか開く音が耳に入ってくる。
「――?」
(何だ、今……音が――)
タッタッタッ
続けざまに駆けていく足音が聞こえてきた。光が徐々に収まっていけば、視界が良好になる原初の赤一行。彼らが真っ先に気づいたのはズィルバーの姿がなかったことだ。
いや、ズィルバーだけじゃない。カルネスやティアたちの姿もなかった。
「――! 奴らは!?」
「やられましたね。原初の赤様。申し訳ございません。取り逃がしました」
「いや、野郎。部下と念話して分裂する作戦を立てた。俺たちは二手に分かれるために……」
原初の赤はズィルバーの狙いに気づき、してやられた感が否めない。
「いかがなさいますか?」
「どうもこうもねぇ。俺は野郎を追う。お前らは女共を追え!」
「「はい」」
原初の青と原初の緑は原初の赤の命令を聞き、扉から出ていったのであろうティアたちを追いかけだす。逆に原初の赤はズィルバーを追いかけるために窓から外へ出た。
しかし、実際は違って逃げ出したのはズィルバーだけでティアたちは会議室に隠れ潜んでいた。
「行ったか」
「最初は驚いたけど、どうにかなるものね」
「テーブルの下に隠れて息を潜めることになるとは……」
「これもズィルバーのおかげね」
「でも、今のは――」
「これは聖属性魔法の“聖者の外套”。敵から逃れる魔法……なんとか原初の青と原初の緑から逃れただけ上出来」
カルネスは周囲を警戒しながらテーブルから出る。
(ズィルバーが原初の赤を誘き出した。二人のメイドの相手は私じゃない)
「ひとまず、ここから離れましょう」
「お父様!」
「うむ、そうだな。ガイルズ!」
「はっ! すぐに親衛隊を動かし、住民の避難を優先させます」
ウィッカーの声にガイルズは従い、行動に移す。
「では、ここから離れます」
「待って! あの二人をどうする気? 私たちを見つからなかったらすぐに戻ってくるわ!」
ティアは原初の青と原初の緑が戻ってくることを危惧する。リズとヒルデとエルダも同じ考えだった。
「それは大丈夫。“七大天使”が動き出した今、クソ真面目と自由っ気の末っ子は天使に集中する」
「どうして、そう言い切れるの?」
ティアはカルネスの言葉が信じきれずにいた。
「詳しい事情は後で話します。とにかく今は避難を!」
カルネスの声に従い、ティアたちは会議室を出る。
一方で窓から皇宮クラディウスを出た原初の赤はズィルバーを探す。
「チッ――どこに行きやがった」
(さっきの閃光は目眩しにすぎねぇ。俺を誘き寄せる罠でしかねぇ。とすれば、野郎はこの近くに――ッ!)
「“神剣流”・“初ノ型”“紫雷電”!」
レインの加護“神速”を受けた神速の突きが原初の赤へ向かう。
「おっと……」
身を翻して突きを躱す原初の赤。しかし、今の一撃は確実に腕を破壊しに来たと理解する。
「やるじゃねぇか。“聖帝レイン”の力は“神速”。奇しくも竜種の一角“聖霊竜アルクェイド”の権能が“破壊”。爆発的な破壊力をもたらすにはうってつけだ」
「さらに言えば、聖属性は万能属性。攻撃・防御・回復・補助にも対応できる。まあ、今回は回復と補助に全神経を集中させている」
「だろうな。今までになく充溢した“闘気”が違ぇな。おっかねぇ野郎だぜ」
「よく言うよ、傲慢野郎。未だに本気を出していない癖に言うよね」
ズィルバーは最初から原初の赤が本気を出していないことに気づいている。そもそも、ズィルバーは原初の赤の本気を知っている。
(そもそも、俺は傲慢野郎の本気を知っている。千年前、俺は一度、傲慢野郎と戦った……結果は奴の活動限界に陥って引き分けたままだった。俺としては世界の広さと同時に歴史の深淵を理解した。歴史の深淵――。歴史を知るために世界各地を回った。回ったことで俺は……いや、俺たちは知ったのだ。世界の成り立ちを……異種族が生まれた意味を――)
ズィルバーは原初の赤の戦いをきっかけに武人でありながら歴史研究家の道を歩み始めた。時には戦場を駆け回り、時には遺跡を巡って歴史を集めまわる日々を送っていたのだった。
「そういや、受肉して間もないんだろ? 満足に戦えるのか? 現代じゃあキミの相手になれる奴なんていないぞ?」
「はっ? 言うじゃねぇか。お前こそ転生して数年で満足に戦えたのか? お前の実力はそこらの大英雄じゃあ相手にならねぇよ」
「…………」
原初の赤も原初の赤でズィルバーの本気を知っている。ズィルバーいやヘルトと死力を尽くして戦った。ヘルトは当時、自分の魂が既に高位の生命体になっていることを知らなかった。
原初の赤は知っていたのだ。竜種が自ら決めた真人間の魂と融合し、人格を寄り添う形で新たな生を受けたのだと――。
(全く、自然現象の塊が人と融合するなんざ聞いたことがねぇ。アルトルージュの決断もそうだが、残りの竜種も協力するとか頭がおかしいぜ)
原初の赤からすれば竜種の思考回路が理解できなかった。
(しかも、竜種と融合した野郎共の思考回路もとっくの昔に人間の枠から外れていやがった)
竜種の思考回路が異常なのは原初の悪魔と七大天使そして五神帝の間では有名な話だった。その竜種と魂で融合した七人の真人間もまた思考が真人間よりじゃなかった。いや、正確に言えば、人間味のある真人間へと進化していた。
「チッ……厄介な人種だぜ、人族ってのは……」
「今更だろ? 人族いや進化した真人間の末裔の底力をキミはその身をもって味わったじゃないか。真人間に引き分けた憐れな傲慢野郎……」
「このガキが……」
「それと早くしないとクソ真面目と自由っ気の末っ子が危ないよ?」
「あ? 原初の青と原初の緑を心配しろってのか? あいつらがあんな人間共に負けるわけ――」
「いいや、俺が言っているのはティアたちのことじゃない。天使と戦っても大丈夫なのか?」
「それはどういう――ッ!?」
その時だった。帝都外で爆炎が立ち上る。黒い狼煙が立ち上り、激戦が繰り広げているのが分かる。
何より感じ取れる“闘気”が原初の青と原初の緑のものだったからだ。否、二人だけじゃない。さらに七人の“闘気”を感じ取れる。しかも、それは原初の赤が知っている気配だった。
「この気配は天使族だと? しかも、ただの天使族じゃねぇな。こいつは――」
「七大天使……今回、天使は俺たちに手を貸してくれた。どうする? 精霊のみならず七大天使すら味方につけた俺たちと戦うか? 戦うのなら俺は止めやしないがな」
ズィルバーは聖剣を原初の赤に突きつける。ハァとため息を漏らす原初の赤。彼ならば、五神帝だろうと七大天使だろうと相手にならないが竜種を相手となれば話が違う。既に気づいていた。
原初の青と原初の緑の方に七大天使のみならず最後の竜種・“破壊竜アルビオン”の気配を感じ取っている。
「おいおい、マジかよ。このタイミングで破壊竜かよ。マジで面倒くせぇな」
原初の赤は苛立ちを吐き散らすのだった。
一度、場面を変え、原初の青と原初の緑はというと――
「ッ――!?」
「原初の青!?」
「よそ見とはずいぶんと余裕ですね」
「くっ――」
大帝都外に強制移動。いや、空間転移をさせられた原初の青と原初の緑。
そもそも、空間転移は時間停止と同様に禁断の術であり、誰もができる芸当ではない。扱えるのは天使族と悪魔、精霊、神々、そして、竜種のみ。
しかし、精霊は時間と空間の権能を行使するには神級か帝級の精霊のみ。最上級精霊は扱うにも認識することができないので難しいのだ。
天使族も悪魔も時間と空間の権能を行使できるが認識できるのは原初の悪魔と七大天使のみ。オリュンポス十二神は神故に時間と空間の権能を行使することができる。
そして、神の加護を受けている人間否、真人間も扱えるが“真なる神の加護”の保有者のみであり、普通に神の加護を与えられた者たちでは行使することができないのだ。
故に、“真なる神の加護”の保持者のみが時間と空間を認識することができる。
認識できるということは扱えることと同義である。しかし、認識するだけの感覚器官を養わければならないため、必然的に契約精霊が補助することとなる。
「さすが、ノイさんですね。ドンピシャに敵の下へ移動できました」
「気を抜くな、シノア。相手は原初の悪魔の二柱。僕らの常識を遥か上を行くのを忘れないで」
「キララもよく女二人を帝都外へ飛ばせたな」
「原初の青と原初の緑は面識がある上に原初の中では下から数えたほうがいいレベルの強さ。出し抜く程度なら私でもできる」
キララは原初の青と原初の緑が原初の悪魔の中で弱いと言い切るけど、増援に駆り出されたシノア部隊と本部の将校たちからすれば、格上であることに変わりない。
「しかし、驚いた。七大天使がかつて私の部下だった者たちだったとは思わなかった」
「お久しぶりです、騎士団長」
「ヤッホー、キララさーん。元気だったぁ?」
「感動の再会と言いたいですけど、ここは亡き王・リヒト様の命令に従いましょう」
「とりあえず、団長。指示を――」
懐かしき部下に言われてはキララもやれやれと頭を振る。
「全く、貴様らは私がいないと何もできないのか。ならば、私の指示に従え! 巫女騎士共! あの悪魔二匹を倒せ!」
「「「了解!」」」
七人の白き翼を生やした天使族が原初の青と原初の緑へと向かっていく。
原初の青と原初の緑も七大天使が千年前に存在した“巫女騎士団”の面々だったとは思いもよらなかった。
「キララ。知り合いか?」
「ああ、千年前、レイ様を守護するために組織された巫女騎士……当時は真人間だったと聞いていたが、なるほど。千年前から天使族として活動していてリヒト様の命令を忠実に従っていたというわけか」
キララは詳しい事情を知らずに彼女たちを部下としてこき使えと言われたのを覚えている。詳細を聞かないでほしいと言われたのかがようやく理解できた。
「天使族なおかつ、七大天使であることを気づかれたくなかったというわけか」
今亡き友にしてやられた感を味わうキララだが、今は目の前の敵・原初の青と原初の緑に集中すべきだと切り替えた。
「ユウト」
「ああ、キララ。力を貸せ」
「仰せのままに」
キララは小竜の姿に変化し、ユウトの懐に忍び込む。すると、ユウトの右手の甲に刻まれた紋章が純白に光りだす。
「「ッ――!?」」
(あの紋章は……)
(神々とは違う紋章……まさか!?)
原初の青と原初の緑はユウトの右手の甲に刻まれた紋章を見て目を見開く。
「まさか……」
「竜種に見初められた人間――!? バカな竜種に見初められた真人間は後にも先にも竜皇女のみ――!」
「そうね。竜種に見初められた人間との間に生まれた異種族こそ竜人族。その元祖にあたる竜皇女は子孫繁栄のために西と東の果てに里を築き、自らは西の果てに住み着いて一生を終えた。その名を知っているでしょ?」
薄緑色のツインテールをした少女――ヴァダーがレイピアで連続刺突をする。
「――ドラグル・ナヴァール」
「そう。いつの日にか騎士団長が住まうようになった“ドラグル島”こそが竜皇女の末裔が住まう島なのよ!」
知られざる真実に原初の青と原初の緑のみならず、キララやユウトたちも驚きを隠せない。
「“ドラグル島”の誕生は竜種と人間の間に生まれた子供が住んでいた、から……」
「ドラグル・ナヴァール……兄の一粒種だったな。会ったことはないが彼女のことは私も知っている。だが、島の由来が彼女に関係しているとは思わなかった。さすが、私の部下……いや、七大天使の力を得たことで博識になったようだな」
「それよりも俺たちが割って入れる隙があるのか?」
ユウトは今か今かとウズウズしていた。しかし、今のユウトの実力ではヴァダーと原初の青と原初の緑の間に割って入れない。そもそも、原初の悪魔と七大天使の戦いが高度すぎて割って入れない。
「悔しいですけど、見ているだけが精一杯です……」
「速すぎて目が追えない」
「見て! 大帝都上空でズィルバーくんが敵と戦っている!」
ヨーイチに言われて、ユウトたちの視線が大帝都へ向く。すると、上空でズィルバーが誰かと戦っているのがかろうじて見えた。
「ズィルバー!」
「誰かと戦っている!」
「こっちもこっちで速すぎて目が追えねぇ」
ユウトたちは大帝都上空で戦っているズィルバーと赤い悪魔の戦いを目で追えなかった。否、正確に言えば――
『違う。あいつ……あんなこともできたのか……』
(改めて、あいつは化け物だ。ヘルト!)
キララは改めて、ヘルトのレベルが規格外かつ異次元なのを目の当たりにした。
原初の青と原初の緑も七大天使と応対しながら一瞬だが上空を見やる。
「さすがに赤い悪魔も彼には苦戦を強いるのかしら?」
ヴァダーが挑発してくる。しかも、見え見えな――。
「その程度の挑発で私たちが動じません。原初の赤様が負けるとは思っていません」
「むしろ、彼が負ける姿が目に浮かびそうです」
彼女たちも挑発してくる。
「見え見えの挑発に乗らないよぅ」
「ええ。私たちを相手にいつまで顔色を保てますかね」
煽り返す七大天使に二人はクスッと微笑む。
「あん? 何がおかしい?」
「私たちに意識を向けすぎでは? 北と東の状況が気づかないほどに耄碌しているとは……天使族の名折れですね」
二人の切り返しに七人の騎士のいずれかは顔を顰める。
「確かに北と東も状況が悪そうです」
「ああ、もう仕方ねぇ。おい、私らの何人か北と東に向かうぞ」
「じゃあ、私とスヴィが東に向かう」
「北は私とグロムが行くわ」
「任せるわ、この二人は私とカリア、ポーだけで十分よ」
ヴァダーが返答すれば、七大天使は頷き合い、三つに分かれて行動に移した。とは言っても移動には空間転移を使用した。
全ては原初の青と原初の緑の狙いだとしても七大天使は動じなかった。なんせ、依代の肉体は真人間かつ戦場を駆け回った歴戦の猛者だ。千年間磨き上げた技量は衰えることはなかった。
「さあ、戦況を変えるわ――」
「では、そろそろ、ここらで御暇しましょう」
「え?」
「ええ、敵の戦力も把握したことですし」
途端、原初の青と原初の緑が意味のわからないことを口にした。
「逃げる気!」
「ええ、逃げさせてもらいます。目的は既に済みましたので」
「なんですって? それはどういう意味――」
ヴァダーが続きを聞こうとするも二人は空気に溶け込むように姿を消したのだった。
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