子孫×悪魔×余興
挨拶を交わしながら、剣を交えるズィルバーと原初の赤。和気藹々に見える二人をよそにティアたちは冷静ではなかった。
今、何が起きたのか。ティアたちにはまるで理解できなかった。“静の闘気”で知覚速度と感知速度を上げても捉えきれることができなかった。
超高速とかチンケな現象で片付けるのは難しい。なぜならば、周囲の空気に乱れはなく、物理法則にも異常が見られないからだ。魔法か別の何かと捉えるほうが正しい。
しかし、それを抜きにしてもズィルバーと原初の赤が何をしているのかはっきりとわからないと解決のしようがない。本来なら、割って入りたいところだけど、それを邪魔しないように二人のメイドが割り込んでくる。
「あなたたちの相手は私たちです」
「くっ……」
「侮らないでください。私たちを“オリュンポス十二神”にもひけは取りません」
剣を抜きたいところだけど、あいにくと武器を持ってきているのはティアのみ。しかし、今のティアは“真なる神の加護”を行使することができない。守護神によって加護を封印されている。つまり、今のティアでは二人のメイドに勝てないことを意味する。而して、逃げることが許されない状況ですべきことは一つ。
「私が相手にするしかないというわけね」
(悔しいけど、私じゃあ、この二人には勝てない。でも――)
ティアはフゥーっと息を吐いて、髪質が変わっていく。濡烏色の黒髪から艶のある白髪へと変化していく。
「ほぅ~」
「なるほど。髪質が変わる異能――“無垢なる色彩”。しかも、髪の色から見て、“無垢なる純白”ですね」
「しかし、それだけではないはず……あなたには彼女と同じ女神のかごを持っているはず……なぜ、使用しない?」
「――――ッ!」
(こっち情報は筒抜けというわけね)
タラリと汗が流れ落ちる。“真なる神の加護”が使えない状況を嘆く。
「言わなくても結構です。守護神によって加護を封印されたのは周知の事実です。むしろ、あなたを見ると彼女と重ねてしまうのが私の本音です」
「姉様。ここは私が……」
「バカを言わない、ティア。妹を置いて逃げるほど私は弱くないわ」
リズがティアの前に出る。それに追随してヒルデとエルダを出る。二人のメイドからすれば、三人に増えたところで烏合の衆に変わりない判断していた。だが――
「私もライヒ皇家の一員。あまり皆にも見せたくなかったけど……ズィルバーくんのおかげで私がこの力を持っていた意味がちょっとだけ理解できた」
「リズ。使うのね」
「あまり無茶しないでよ」
「ええ、わかっている」
ヒルデとエルダと言葉を交わしたリズは徐々に髪質が変わっていく。金色に輝く金髪から熱く燃ゆる真紅の髪に変化していく。瞳も金の瞳から真紅の瞳へと変化していく。
「姉様……?」
(姉様も私やシノと同じ異能を持っていた……?)
不思議にも思わないはずだ。エリザベス・B・ライヒがライヒ皇家の血を引く以上、異能を継承していなくてもおかしくない。そして、“真なる神の加護” を継承していなくてもおかしくないのだ。
バリバリと右手の甲に金色に光り輝く紋章と右目から漏れる金色の魔力光。ズィルバーとティアは知りえず、ヒルデとエルダしか知り得ない。リズの切り札――。
彼女の切り札を見た二人のメイドが思わず吐露した。
「真紅の髪に……金色に輝く紋章と瞳……」
「“無垢なる色彩”の一つ――“無垢なる真紅”。そして、金色に光り輝く紋章……“全能神”の加護を持つ皇家出身」
「なるほど。彼女の力を継承している者がいるなら、彼の力を継承している者がいてもおかしくない」
驚くことはあってもさほど警戒に値することでもないと認識している。しかし、リズが取る行動には目を見張ってしまった。
「ヒルデ、エルダ……気を抜かないで」
「ええ、わかっている」
「全力でいかないと勝てない相手なのは承知の上よ」
言葉を交わせば、ヒルデとエルダに金色の雷が伝搬していく。
「何?」
「え?」
「……何なの……?」
ティアは神の力がヒルデとエルダに伝播していることに驚きを隠そうと絶句する。
「さあ、悪魔たち。私たちの底力を甘く見ないでね」
リズが流れを持っていこうと動き出す。ヒルデとエルダも武器を携帯していなくても徒手格闘で迎え撃つつもりだ。
「ヒルデが前、エルダは後ろよ」
「「了解」」
リズを陣頭に陣形を組む三人。二人のメイドはティアよりもリズたちを見つめる。
「なるほど。近距離中距離遠距離の三つに分けた陣形……理想的ですね。オーソドックスの陣形を敷きますか」
「しかし、驚きました。全能神の加護を他の二人に伝播する事例は後にも先にもない。では、始めましょうか原初の緑」
「ええ、原初の青。ヘマをしないように」
「それは私のセリフです」
二人もリズたちに危機感を募らせ、戦いに臨むのだった。
場面が変わり、東部。
秋の見頃が迎えそうな季節に到来しようとしかけた東部の上空では青白い稲妻と黄色い閃光が交錯する。
「チッ……」
「ふーん。ベルデの子孫と言うだけあってなかなかにして強いね」
(しかも、まだ潜在能力が未知数だし。成長すれば、私と渡りうる力を持っている。持っているんだけど、気に食わない)
金髪の少女が凝視するは対峙する少年の左手。左手に刻まれた紋章から漏れる朱色の雷が気に食わなかった。
「ねぇ、私を前に“真なる神の加護”を使わないでよ。鍛冶神のかごを使ってさ」
「黙れ! 勝手に俺の縄張りに喧嘩をふっかけてきたクソ野郎が」
「私をクソ野郎か……ほんとにベルデそっくりの言い方だね」
「俺を先祖と当てはめているようだが、キミは誰? 顔も見たことがないけど?」
「ああ、そうだね。私だけ知っていてキミが知らないじゃあ不公平すぎるね。それじゃあ、自己紹介するよ」
少年・ユンと相対している金髪の少女は自己紹介する。
「私は原初の悪魔の一柱――“原初の黄”」
「クサントス……黄色か」
「そう。私は黄の王。数多の悪魔の頂点に君臨する王だよ」
「うーん。クサントスって呼びづらいな……」
「は? 呼びづらい? 何を勝手に言う?」
(っつうか、東部の結界がキツすぎる。ちゃっかりベルデの呪術すらも継承していやがる。向こうでも楽しげに遊んでいやがるしよ)
原初の黄は北部と中央で同族が余興を楽しんでいるのを肌で感じ取っている。逆にユンはうーんと頭を捻らせている。
「なんか呼びづらいんだよな。なんか馬の名前みたいでさ。もっとこうカッコよさを追求したほうがいい気がしてさ」
「は? カッコよさ? 何、意味の分からんことを言っている?」
「だって、クサントスっていう名前自体がキミのカッコよさを無駄にしている気がしてさ」
「言っとくが。私に名前なんざねぇ! “原初の黄”ってのは原初の悪魔の総称にすぎん。悪魔は古ければ古いほどとてつもなく強い。わかったか?」
「ふーん。とりあえず、悪魔だってことはわかった。強いのもわかった。俺の街に魔法をぶっこむ奴だからな。とりあえず、ぶん殴りたい気持ちもあるけど……まあいいや。名前は後日、考えるとしよう」
「考えるなよ! あぁ~、もう調子が狂う奴だな」
ポリポリと頭を掻く原初の黄にユンは今更ながらの自己紹介をする。
「あっ、そうだった。俺はユン。ユン・R・パーフィス。キミが言うベルデの子孫だよ」
「ああ、言われなくても分かる。見た目も性格も異能も契約精霊も何もかも同じだな」
「俺を先祖と重ねるのは自由だけどさ。なんで攻撃した?」
ユンはようやく本題に入り、原初の黄に攻撃した経緯を聞く。
「なんてことはないよ。単純にちょっかいをかけてみただけだ」
鼻で笑いユンを挑発してくる。お遊びで攻撃されては世の中が平穏になるどころか……
「おい、原初の黄」
「なっ――」
彼女がユンの言葉に応じようした瞬間、きれいな顔に拳がめり込んで殴り飛ばされる。しかも、綺麗に鍛冶神の力を纏わせた一撃を叩き込んだ。
「“鍛冶神の右拳”」
「この……わたしのきれいな顔をよくも――!!」
「確かに綺麗で美人だけど、シノに劣るな」
「は? 私が人間により劣る? って、シノ?」
好戦的に剣幕を立てる原初の黄だが、シノという名前に首を傾げた。
「ああ、あの女の子孫か。確かにあの女の直系筋は生まれながらに美人の血統。キミの花嫁にはもったいない女だ」
「ふふーん。俺もシノはもったいないと思っている」
ユンは未だにネルを精霊武装にさせておらず、己の力で原初の黄を殴り飛ばした。
「そういえば、北と中央で激しい気配を感じるな」
ユンはようやく世界の変化を感じた。
「今、気がついたのかよ」
「いや、キミの名前をどうしようかと考え凝っちゃって――」
「考えるなよ。私の名前なんざもらっても嬉しくとも何ともねぇ!」
照れ隠しに原初の黄が頬を紅潮してそっぽを向く。ユンも原初の黄が照れているとニヤついた。
「うわ~、照れてやがんの」
ケラケラと笑うユン。逆に原初の黄はイラッときた。
「死にてぇのか?」
「口調が荒くなっている。どうやら、先祖様にも名前をあげようかって煽られたんじゃないか?」
「うるせぇな。口調が良かろうが悪かろうが関係ないだろ?」
徐々に口調が荒々しくなる原初の黄。
「確かに口調が悪いのは俺も同じだけど――」
フッとユンは微笑んだところで両腕に稲妻が走る手甲が装着された。
「いこうか、ネル」
声を投げたら彼女から返答してくる。
『ようやくか、待ちすぎだ。あと、原初の黄と喋りすぎ! 全く、ベルデと同じね』
「悪かった」
バチバチと電気が迸る手甲を見る原初の黄は懐かしき気配を感じ取る。
「懐かしいな、“雷帝ネル”。今は大人しい性格か。主にそっくりで性格が変わるよな?」
煽ってくる原初の黄だけども、ユンは顔色を変えず、ネルも声色も変えなかった。
「主そっくりと言うけど……そのそっくりさんに言いようにされている悪魔がどの口を言っているのかな?」
襲撃を受けているのに原初の悪魔の一柱・原初の黄を煽るユン。しかし、その顔は紛れもなく戦いになるのを予感していた。
「まあいい。“雷帝ネル”の精霊武装をしたのなら、もう言うことは一つだ」
「だな。あの手この手で誑かしたことを謝罪するよ。じゃあ、もう始めようか」
「ああ、いい、ぜ――!」
その言葉が合図となり、原初の黄が一気にユンの眼前へ急接近し拳を振り出す。
「――!!」
ユンも原初の黄が眼前まで急接近したことに驚いたがさほど、驚いたわけではない。
「まあ、これぐらいはできて当然だよね」
腕を振るって拳を弾くのだった。原初の黄の初撃を弾いてみせたが違和感を抱く。
(なんだ、今の……? 一瞬だけ時間が止まったような……)
謎の違和感が拭いきれなかった。
『今のはまさか……』
(ネル。なにか知っているか?)
『まさか、原初の黄がとんでもない技術を習得しているとは……』
(とんでもない技術?)
『詳しくは……と言っているそばから追撃が来たよ』
ユンは原初の黄の連撃を捌きにかかる。原初の悪魔というだけあって規格外の強さを見せつける原初の黄。ユンも敵がまだ本気を出していないのを気づいている。彼女もユンが未だに手の内を明かしていないのを気づいている。
(ネルの力は“雷”。その特徴は攻撃に特化した属性。単騎性能に関しては随一の能力……しかも、神級精霊のネルならその性能は世界最強クラス……だが、使い手が少々未熟というだけか。――にしては、私の攻撃をよくさばけるな。この技は言われてできる代物じゃねぇぞ)
訝しむ原初の黄をよそにユンは一度、距離を取って息を吐く。
(やはり、頻繁に起きているな。時間が止まって見えることが……)
ユンは無意識に原初の黄と同様の技術を未熟でも扱いこなしていた。
(ネル。あいつは何をしたんだ?)
『あんたも大概、異常だから』
ネルからの言葉が辛辣だった。
(ひどくない!? しまいには泣くぞ!!)
泣きが入るユン。ネルはユンを無視して原初の黄が何をしたのか説明する。
『手短に言うとは時間停止を使用している』
「はっ? 時間停止?」
思わずユンは口走ってしまった。原初の黄も動きを止めてしまう。
『声に出さない。時間停止っていうのは禁断能力の一つ。“オリュンポス十二神”でも扱えない技術……悪魔や天使、精霊、竜種ぐらいにしか芸当……もちろん、“闘気”と武芸を極めた大英雄なら扱えるかもしれない絶技の一つ。ユン。あんたは既にベルデとの修行の中で停止世界での動きを可能にしているわ』
(そうか。だから、時間や空間が止まっていたのか。ってか、悪魔も天使も精霊も呆れた力を持っているな)
『その呆れた力に対応できるあんたも呆れるわ』
皮肉を言ったユンにネルが皮肉で返した。とにかく、言えることは一つ。
(この分だとズィルバーも停止世界ってのに動けるのだろうな)
『ええ、彼なら普通にできて当然よ。むしろ、それを知られていない方がいいわ。停止世界というのは言葉通りにすべての動きが停止されている。一撃でも喰らえば確実に命を落とす』
(いわば、諸刃の剣、か……)
ユンは宙に浮いたまま、浮遊している原初の黄を見つめる。
(相手はとてつもない手練……俺が引き留めていたほうがいい――ッ!? これは……北の方から――)
ユンは視線を北に転じる。北部の方から強力な力を感じられる。
(これは、カズの……あいつも本気で戦っているのか?)
目を細め、戦況を見つめるユン。予想を超える敵の脅威に全力で立ち向かわなければならない状況に陥っている可能性があるとユンは理解する。
「なりふりかまっている暇はないか」
バチバチと稲妻を迸る両腕。ユンもなりふり構わずに敵を――原初の黄を追い返すことに専念しなければならないと判断した。
ユンは覚悟を決めた。敵の脅威を再認識して初手から全開で行くしかないと判断した。
(一気に勝負をつけるか)
『原初の黄が相手だと難しいけど、そうするしかない』
ユンは両拳に青白い稲妻のみならず、朱色の雷を纏わせる。敵もユンが本気になってくれたと察する。
「私相手に本気になるのか?」
「仕方ないだろ。東部を危機から守るためには俺が強くなって全力でねじ伏せるしかないだろ」
正論をかますユンに原初の黄も何も言い返さない。否、言い返す気もない。相手が全力を出してくれるなら無問題であった。
「いいぜ、ねじ伏せてみろよ」
「じゃあ、そうさせてもらうわ」
力があるかぎりユンは果敢に敵をねじ伏せにかかった。
一方の一方。
北方ではというと――。
北部は“蒼銀城”一帯だけ猛吹雪に見舞われていた。季節は夏が過ぎ去り、秋へと進もうとしている季節だが、北方では季節外れの猛吹雪に見舞われていた。否、見舞われているのではなく、強制的に猛吹雪を発生させていた。
住民からすれば、そろそろ収穫時期なのに猛吹雪に見舞われれば、収穫が遅れて厳しい冬を通り越せなくなる。故にこの時期の猛吹雪は恨みたくなるのも分かる。
しかし、猛吹雪を発生させないといけないのも民たちはわかっている。突如として“蒼銀城”への強襲はさすがに予想もできない。
北方にて最強の戦士が敵を追い返すのに猛吹雪を発生させても致し方ないというものだ。
耳に音が入るほどに吹雪いている。“蒼銀城”全域で猛吹雪。その上空では二つの影が不連続性に斬り結んでいる。
刃を交えるのはカズと空色の髪に赤き眼に白い瞳、黒い瞳孔の少女。
片や、北方最強の戦士にして大英雄メランの子孫。片や、原初の悪魔の一柱――原初の空。
両者ともに別次元の戦いを繰り広げている。
その戦いを居城で見つめているハルナを含めた“漆黒なる狼”一行。
彼女たちはカズが時折、敵と不連続に斬り結んでいることに驚きを隠せない。本来なら、首を傾げたいところだが、何が起きているのか口では到底説明できない事象を目の当たりにしているため、驚きを隠せずにいる。
彼女たちを抜きに猛吹雪が見舞う上空で敵と刃を交え続けるカズ。
刃を交える中、レンが脳内でアドバイスする。
『カズ。敵は原初の悪魔の一柱・原初の空よ』
(原初の空?)
『千年前、メランに喧嘩を吹っかけ続けてきた敵よ』
「つまり、僕の敵というわけか」
『そうよ』
(あと……――)
カズは神槍で原初の空の攻撃を弾き続ける中、疑問に思ったことをレンに尋ねる。
(毎度毎度、時間が止まっている気がするけど……これは何?)
『時間停止よ』
(時間停止? それって読んで字のごとく、時が止まっている?)
『そう。何もかもが停止した世界よ。停止世界じゃあ全ての分子の動きが停止するから。攻撃を受けたら死ぬと思って』
(つまり、攻撃を捌き続けるしかないというわけか。萎えるな)
『文句を言わない、って……どうやら、原初の空もカズとの踊りに不満足みたいよ』
「はっ? 踊り? おいおい、僕と踊ってそんなに楽しい?」
カズはついポロッと口に漏らした。カズの言葉が耳に入ったのか原初の空が答える。
「はぁ~。まさか、メランの子孫が私の踊りに興じてくれないなんて寂しい」
「勝手に攻め込んできて、その言い草はひどい。それと僕はカズ・R・レムア。好きに呼べ」
「じゃあ、カズで。でも、カズは私と遊んでくれないの?」
「ふざけんな。こちとら忙しい時期なのに喧嘩を吹っかけてくれるじゃない!」
カズからすれば、傍迷惑に思っていた。しかし、原初の空からすれば楽しんでもらえないとますます調子に乗っちゃうとか抜かし始める。
「頭がおかしいのか、キミは!!」
『原初の空はメランに熱中していたわ。メランも彼女が邪魔でしょうがなかった』
「やっぱり、頭がおかしい奴だ」
カズは原初の空をアタオカ認定するのだった。
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