内情×黄色い悪魔×喧嘩
軽めの昼食を食べることもできずに会議室へやってくるズィルバー一行。
クレトやシノア、ユウトなどの“皇族親衛隊”は東部の被害状況を確認するために一路、本部へと帰投することとなった。
したがって会議室にはウィッカー皇帝とガイルズ宰相と閣僚らが席についていた。
「お父様!」
「リズか!? エルダくんにヒルデくん、ティアも来ていたのか」
「ごめんなさい、お父様……ズィルバーが心配で……」
「いや、心配したくなるのも分かる。それよりもズィルバーくん。そして、“聖帝レイン”殿。キミたちに聞きたいことがある。既に聞いていると思うが東部にある“獅子盗賊団”のアジトで爆発が起きたらしい。レイルズが早馬を使って早急に報告してくれた」
「詳細は聞いていませんが話を耳にしました。して、東部は?」
「現在、次期当主のユンくんが配下を使って陣頭指揮を取っている。“黄銀城”の防衛にあたっている」
「北部の“蒼銀城”と東部の“黄銀城”は問題ないと思われます。しかし、一日も開けていないのに問題が立て続けに起きていますね」
「うん。明らかに悪魔の仕業だと私は考えている。ズィルバーくん、レイン殿。キミらはなにか分かるかね?」
「些細なことならどんなことでも話しても構わない」
ウィッカーとレイルズに言い寄られてはズィルバーとレインは顔を見合わせる。お互いに目を合わせた後、話し始めた。
「おそらく、“原初の黄”だと思われます。東にはネルがいるから“原初の黄”もそこまで茶々を入れてこないと思いますけど……ネルもだけど、ユンくんも大変ね」
「これでユンは次の“決闘リーグ”に観戦もしくは参戦すら難しくなった」
「どうして?」
ティアはズィルバーが聞き返す。ユンとシノが中央への召喚が難しくなった意味を尋ねる。
「“原初の黄”は傲岸不遜かつ暴れ馬の印象が強く、制御ができない悪魔だ」
「千年前、ユンくんの先祖・ベルデが“原初の黄”と喧嘩していたのを今でも覚えている。東部は異種族が対等に共存する地方。“原初の黄”の存在は当時を生きた者たちは恐怖を齎した。その恐怖の大王と喧嘩し続けてきたのがベルデよ。ベルデの子孫・ユンくんは“原初の黄”と喧嘩し続けないといけないから。牽制目的でユンくんとシノちゃんが残らないといけなくなる」
「喧嘩なんてしなくても話を通してくれれば――」
「“原初の黄”は気まぐれで交渉なんて不可能に等しい。それに“獅子盗賊団”の話を聞いたでしょ? “原初の黄”は平気で都市を吹き飛ばす大魔術を放ってくる悪魔よ。話し合いどころか本気で喧嘩しないと東部が平和にならない」
レインは交渉なんて無意味と言い切る。
言い切ったのと同時に地響きが発生した。否、いや、地面が揺れた。
「じ、地震!?」
「一体、何事だ!?」
「今までこんなことなかったのに……」
慌てふためき驚きを隠せないティアたち。しかし、同時期に東の方からバカでかい魔力反応を“静の闘気”で感知したズィルバー。
「この反応……東の方からだ……」
「この揺れはその反動ね……でも、一体、誰が……」
「そんなのあいつしかいない」
ズィルバーは東部への強襲をする輩は一人しかないと言い切った。
東部及び北部への強襲を目論みだす原初の悪魔。
悪魔や天使、精霊が住まう世界は異なっているが共通として三つの種族は肉体を持たない生命体であることだ。
悪魔の世界――悪魔界。
その悪魔界の一角で空間を開き、境界の向う側にある“黄銀城”へ大魔法をぶっこむ一人の少女が瓦礫の山に腰を下ろしていた。
「ふーん。先に宣誓布告したのは原初の藍か」
眩しい金髪に金色の瞳をした少女。境界の向う側にある“黄銀城”が爆発と同時に爆炎に飲まれる。
「さっき、“獅子盗賊団”とか名乗っていたアジトを破壊しちゃったけど、まあいいか。私の狙いは最初から一つ……ベルデの血筋を根絶やしにすること」
少女が吐露したあと、爆炎が晴れていく。晴れていく光景を目にした少女はチッと舌打ちをした。
「都市は無傷か。あのヤローの結界が発動されていやがる。この気配……“雷帝ネル”か……あの女が目覚めたということはベルデの子孫が覚醒しやがったか。北も大変じゃないか」
少女は悪態の表情を浮かべたまま、健在な“黄銀城”を見つめる。
金髪の少女が千年ぶりのいたずらを感知した悪魔たち。
「これは……原初の黄様の……」
「あらあら、始めたのね、彼女は――」
フフッと微笑する白髪色白の女性がグラスに注がれた赤ワインを呷る。
「原初の藍様が肉体を得ました。ご判断は?」
「しばらくは静観しましょう。北部はあの彼女が動くでしょう」
赤いワインを呷る白き悪魔――原初の白。
一方、北方の首都――“蒼銀城”への強襲を目論む悪魔。
空色の髪に赤き眼に白い瞳、黒い瞳孔の少女。傍らに配下の悪魔を控え、玉座に腰を下ろして空間を開き、境界の向う側にある“蒼銀城”を眺める。
「あぁ~、メラン。あなたとの戦いは心が踊ったわ。もう一度、あなたと舞いたい」
恋する乙女のごとく愛しき人を憂う少女。少女こそ原初の悪魔の一柱――原初の空 。
「お嬢様。調査報告をします」
「何? 邪魔をする気?」
「報告により、メランの子孫が判明いたしました。“氷帝レン”の姿を確認しております」
「そう。あの女の力を手に入れ、“海神”の加護を持つ大英雄の子孫ね」
「いかがなさいますか? 東の方で原初の黄様が挨拶をし始めています」
「あら、そう。じゃあ、そろそろ動こうかしら? 原初の藍が開戦の狼煙を上げたものだし。遊びに行こうかしら?」
「ご出陣なさいますか?」
「ええ、あの寒空の激闘が待ち遠しくなっちゃった」
少女・原初の空 が席を立つ。
「さて、メランの子孫くん。麗しき踊りをしましょう?」
指先に大魔法を生み出し、ポイッと投げ放った。
途端――“蒼銀城”が爆炎に包まれるかと思いきや、パキパキと凍りついていく。
「あら、きれいな歓迎を受けちゃった。それじゃあ、ちょっと踊ってくるわ」
「お気をつけくださいませ、お嬢様」
北部では原初の空 。東部では原初の黄が動き出す。
さらに言えば、極寒の北海よりも北に氷の居城が建造されている。城主は悪魔であり、原初の悪魔が従者とともに戦況を見る。
「原初の赤様。“蒼銀城”と“黄銀城”にて原初の空 と原初の黄が遊び始めました」
「第帝都ヴィネザリアにて、かの大英雄の気配を感じます。おそらく、彼ならば、世界の状況を把握済みかと思われます。いかがなさいますか?」
真紅の髪に深みのある紅の瞳をした男――原初の赤。
配下のメイドも原初の悪魔・原初の青と原初の緑。二人のメイドもそうだが、王たる原初の赤も含め、既に受肉を果たしている。
「そうだな。受肉して十数年の年月が経過したが人族ども異種族ども低レベルの戦いをしていやがるな。ここらで真の強者の戦いを見せてやるかね」
「では、かの大英雄の下へ?」
「ああ、“聖帝”共々ぶっ飛ばしてやる」
真紅の髪をした悪魔が魔剣を片手に玉座から立ち上がる。
「では、原初の赤様――」
「門を開け。あいつの首をとりに行くぞ」
「「はい」」
メイドの二人が門を顕現させる。開いた門の先にいる敵を見据えて動き出した。
原初の赤が動いたのを悪魔界で見ていた原初の白しかり、濡烏色の髪に黒き眼に赤い瞳をした悪魔しかり。最強と目される悪魔の動向を見守る。
「クフフフフ。原初の赤が動きますか。あなたが動く理由は一つ……彼との再戦ですね。クフフフフ――」
「我が王――原初の黒様。原初の白様もこの戦況を見据えております。いかがなさいますか?」
「高みの見物といきましょう。原初の空 と原初の黄も遊び始めたようですし。ゆっくりと見物いたしましょう」
「御意」
「ですが、現代の人族も異種族も弱くなったものです。我々を超えうる強者がいてもらわないと話になりません」
「原初の黒様。失礼を承知で物申します。現代の者たちに王様方の希望を答えるのは難しいではないかと……渡りうるのは神級精霊の“五神帝”。天使の“七大天使”。そして、七体の竜種と魂融合している可能性がある七人の“■■■”しかいません」
「クフフフフ。そうでしたねぇ。私としたことが無理難題をふっかけてしまったようだ。ですが、原初の藍が引き起こした開戦の狼煙……本来なら、原初の紫がしたかったでしょうが……案外にも依代の異変に気づいた輩がいたとか……」
「確認したところ、“破壊竜アルビオン”の契約者と“大天使ノイ”の契約者が朧気に勘付いたとのこと……」
「最後の竜種に、ターバンの天使族ですか。クフフフフ。面白いことになりそうですね。おや?」
悪魔界全体が揺れる力の波動に原初の黒が気づく。
「原初の黒様。お気づきでしょうが……この反応は……」
「ええ。原初の空 が楽しげに踊っているようですねぇ。せっかくの余興を見てみたいものですが……ここは我慢しましょう」
「観察に行ってもよろしいですか?」
「やめておきましょう。せっかくの余興を邪魔されては原初の空 からなんて言われるかたまったものではありません」
原初の黒は配下の悪魔に厳しめの言葉を投げる。
「ですが、原初の黒様。原初の赤と同様、あなた様も彼との再戦を望んでおられ――失礼しました。出過ぎた口を……」
「いいですよ。あなたの言う通り、私も彼との再戦を望んでいます。ですが、今は原初の赤に譲りましょう。原初の藍と原初の紫は本来、南と西を任せる悪戯っ子。私たちが出る幕もありません。むろん、原初の白もまた同じように――」
原初の黒の決定に配下は何も言わない。ただ主が決めたことを忠実に守ることを是としている。
「さて、戦況でも見ましょうか……おや?」
原初の黒は水晶玉越しに戦況を見ようとした矢先、面白い光景に出会す。
それは原初の青と原初の緑と相対しているティアとリズの二人であった。
「クフフフフ。まさか、あの男とあの女の力を持つ者とこうして目にするとは……クフフフフ――」
深い笑みを浮かべる原初の黒に配下の悪魔が気にする。
「原初の白に伝えなさい。リヒトとレイの力を受け継ぐ者が現れた、と――」
「はっ! ただちに」
スッと姿を消す配下の悪魔を見送ることもなく、原初の黒は水晶玉越しに戦況を眺めるのだった。
時間を巻き戻し、東部から強大な力の反応を“静の闘気”で感知したズィルバー。それと同時に北部でも強大な力の反応を感知した。
「今度は北の方から強大な力の反応が……」
「これは……原初の空 !? もう、まさか、原初の悪魔が強襲してきたの!?」
「…………」
(いや、これは余興だな。ただただ顔合わせと遊びに来たという感じだろ。じゃなきゃ……――)
「――ッ!! レイン!」
ズィルバーはすかさず、レインへ声を飛ばす。すると、彼女は白い粒子に包まれ、聖剣となってズィルバーの手に収まる。
「――――」
ズィルバーはウィッカーとガイルズの背後を見据える。
「ず、ズィルバーくん!?」
「ズィルバー!?」
「ズィルバー! いくら、会議室だからといってお父様に刃を向け――」
「――来るぞ」
「……え?」
「来るって――」
リズが言いかけたところで虚空から門が出現する。音もなく気配もなく予兆もなく突如として門が出現する。“闘気”ですら感知できなかった。ティアとリズ、エルダ、ヒルデは武器がないので扉の前へ逃げる。ウィッカー皇帝陛下とガイルズ宰相猊下もティアたちと同様に扉の前へと移動する。
そして、ズィルバーは聖剣を手にしたまま出現した門を見据える。見据える先に感じられる強大な力を――。
「まさか、キミが来るとは思わなかったよ。史上最強の悪魔。原初の赤・エリュトロン。原初の虹が消えた途端、キミが悪魔界の天下を取ったのかな? もしや、原初の黒と原初の白と仲良くお茶でもしていたのか? 原初の悪魔としては似つかわしくないね」
「ほざけ。転生したかと思えば、いい身分じゃねぇのか? “聖帝”共々ぶち殺してやるよ」
門を潜り出てくる三人の悪魔を凝視するズィルバー。真ん中の赤き悪魔は知っている。かつて、ヘルト時代に何度も殺し合った同志だ。だけど、問題は両隣の青と緑の悪魔だ。まさか、この二人が赤き悪魔に仕えるとは予想しなかった。
「こいつは驚いた。クソ真面目と自由気質の末っ子ちゃんが傲慢なアホに仕えるとは――」
『これは私も驚いた』
ズィルバーの言葉にピクッと反応する青と緑の悪魔。彼の言葉に原初の赤が急に笑い出す。
「カハハハハ。驚いたか。原初の青と原初の緑が俺の部下になったことに……」
「驚くもなんも原初の赤。キミが強いんだから。キミが二人を従わせてもおかしくも何ともないよ。だけど、まさか、プラシノスと|ガラノス《自由気質の末っ子ちゃん》だとは思わなかった」
「その言い方……原初の銀を喰らった英雄の言い方とは思えません」
「いい気になるな。人間風情が……」
原初の青と原初の緑。二人のメイドがズィルバーに因縁をつけてくる。
「お前らも相変わらず、仲が悪いな。おい、ズィルバー。原初の銀と同じ色の名前になるとは思わなかったが性格までは変わらなかったか」
「どの口が言う。傲慢なアホが……見ない間に傲慢さが増したんですか? さすが、自信過剰な王様だこと」
ズィルバーはやけに原初の赤を嘲笑う。
「テメェ……」
原初の赤は嘲笑するズィルバーを睨みつける。
「殺されたいのか?」
「抜かせ、また俺にボコボコにされたいのか?」
嘲笑し返す原初の赤。しかし、その評定はイライラと怒りに満ちた顔をしている。逆にズィルバーはニィッと口角を少しだけ釣り上げる。
「はっ? 前回と同じだと思うなよ。今回は俺だけじゃねぇぞ」
「プラシノスと|ガラノス《自由気質の末っ子ちゃん》だけだと言いたいなら笑わせるね」
ズィルバーは気づいている。北と東に原初の悪魔が強襲しているのを……
「ああ、もしかして、西と南のことかい? それだったら、無理だね。だって、原初の藍と原初の紫はアルブムとルフスの末裔にしか興味がない。それは原初の空 と原初の黄も同じ。唯一の気がかりがこの状況を見ているであろう原初の黒と原初の白がどう思っているのかだな。わかっているんだろ? この状況を見ているのを……」
ズィルバーの言葉通りに原初の赤も原初の黒と原初の白が見ているのを知っている。知っているからこそ、何も言わなかった。言わなかったのなら、やるのは一つ。
「んじゃあ、そろそろ、始め――」
「――!!」
ズィルバーと原初の赤はこのとき、“闘気” を使わなくても世界の状況を把握する。
「どうやら、北と東は派手な幕開けをしているな」
「だが、これでメランとベルデの末裔は釘付けにされた。中央へ来れることもなくなったな」
「そいつはどうかな」
「何?」
ズィルバーの言い方に原初の赤は訝しんだ。
「この千年、俺たちが何もしていないと思ったか?」
「あ? 何を――!?」
「「――!?」」
ズィルバーが言った意味がすぐに気づく原初の赤と原初の青と原初の緑。
「何だ? 急に原初の空 と原初の黄の力が弱まっただぁ?」
「なぜ、急に……」
「…………まさか――」
「わかったようだね。そう、原初の悪魔がいくら強くても実体できるか曖昧な状態で戦えば、それはそれで命取りさ。また喰われて勢力圏を変えられたくないよね?」
ズィルバーのあえて強調するような含み的な言い方に目を細める原初の赤。
「でも、原初の悪魔と言えど、力が減衰する程度、消滅するまでには至らない。でも、力を減衰した上に肉体を維持するために“闘気”を消耗する以上、呑気に余興を楽しめるわけないよね?」
「たしかに俺や原初の青と原初の緑と違い、あいつらは受肉すらしていねぇからな」
「チッ。いつの間に受肉しやがった。大量の人間を食ったのか」
「あぁ、十数年前、“教団”を唆して、大量の人族を集めて召喚魔法で呼び出してくれたからな。お礼に喚び出した連中の命をもらったけどな」
「悪魔の言葉に耳を傾けるとは……魔族も堕ちたものだ」
「はっ。魔族の誕生を知っている貴様が言う口か」
「黙れ、傲慢なアホ……キミらはさっさと帰れ。俺は忙しいんだよ」
シッシッとジェスチャーするズィルバー。原初の赤からすれば舐め腐った態度を取るズィルバーにイラッと来るがいちいち感情的になってはきりがないので無視した。
「んじゃあ、忙しい、ってんなら、もっと忙しくしてやるよ」
剣閃が煌めく。
どこから取り出したのか原初の赤の手には長剣が握られており、それがズィルバーの首筋に向かって振り下ろされたのだ。
原初の赤の剣技は神速というに相応しい。今から“静の闘気”で感知能力を上げ、動いたとしても間に合わないとティアとリズ、エルダ、ヒルデは思った。この後に来る惨劇から目を背けようとしていた。
しかし――
次の瞬間、澄み渡るような音色が響いた。
「「「――――ッ!?」」」
十代半ばの少年が手にした剣をいつの間にか、原初の赤の剣を受け止めていたのである。ズィルバーはいつの間にか右目から空色の魔力光が漏れていた。右手の甲に刻まれし守護神の加護が空色に輝いている。
「さすが、原初の赤。全能神すらも危険視するだけのことはある」
「へぇ~。こいつを受け返すか。やはり、お前はしぶてぇ野郎だ」
そんな挨拶を交わすズィルバーと原初の赤だった。
感想と評価のほどをお願いします。
ブックマークとユーザー登録もお願いします。
誤字脱字の指摘もお願いします。




