英雄は事態の大きさを話す。
リズが伝説の偉人の強さを目の当たりにしたけど、まだまだ序の口だ。
「でも、レイ様は七人の中で一番弱かった。半血族だったのもあるけど、五体の“不死鳥”を契約してもリヒト様、ヘルトらには勝てなかった」
「初代皇帝はそんなに強かったの!?」
驚きの声を上げるティア。
「確かにリヒト様は規格外の強さだった」
「うん。それは言えている」
キララとノイもリヒトが強かったのを覚えている。レインも忘れることができなかった。
「リヒト様は強かった。“オリュンポス十二神”の最高神全能神も天使最強と言われる神の正義も原初の悪魔の一柱・原初の赤でも勝てないと言わしめたものよ。その強さはまさに今なき“創世竜アルトルージュ”様だった」
「………………」
(――創世竜アルトルージュ、か)
ズィルバーは意味深にも昔を思い出す。幼き頃、銀髪銀色の女性から教えてくれたのを朧気ながらに覚えている。
『ごめんなさい、兄様に言われてね。私はもうあなたとそばにいられない。でも、あなたと一緒にいてあげる。私の魂と自我はあなたの――』
朧気でもズィルバーは忘れられない。片時も女性の言葉を忘れなかった。
「…………?」
ティアはズィルバーがどこか遠くを見つめている気がした。でも、レインは話し続ける。
「さて、“七大天使”が味方になった以上、彼らの力を借りるのが得策よ。彼らの力は天使最高位の力。ノイさんは既にセラフィムの権能を与えられている。あとはシノアちゃんがセラフィムの権能を使いこなせるようにすれば問題ないわ。ユウトくんはキララいえ“破壊竜アルビオン”の加護を最大限に活用して人族の枠を超えないといけない」
「ちょっと待て!? それはつまり――」
「そう。ユウトくんを人族から“真人間”へ回帰させないといけない。シノアちゃんとユウトくんの違いは力への負荷よ。竜種の力は常人の身体に耐えきれない。耐え切るように身体を種族レベルから回帰する必要がある」
「種族レベルから回帰……それはつまり……」
「ええ。ユウトくんが人族か“真人間”かはわからないけど、“オリュンポス十二神”の加護を持っていて、多用していれば必ず身体がダメになる。下手をしたら、ユウトくんは若くして命を落としかねない」
「そのために私がフォローを――」
「竜種の力は強大すぎる。人族の身体には耐えられない。今すべきことはユウトくんを強くさせること。彼が“真人間”なら鍛えれば問題なく原初の悪魔と渡り合える力を得られる。ただし、人族だった場合、身体を一から見つめなさなければならない」
「レイン。シノアの場合はどうする?」
「シノアちゃんは普通に鍛えるしかない。レイ様の血をわずかに引いている以上、肉体面では“真人間”そのもの。天使の力を最大限に引き出させるしかない」
「天使……僕の力を……」
「セラフィムの権能を扱いこなさないとね。そう言えば、一緒にいる天使族のメリナちゃんと修行すればいいんじゃない。相手を“七大天使”にすれば、必要最低限は強くなるわ」
レインはズバズバと注文を押し付けてくる。キララとノイもさすがにそれは酷じゃないのかと思う。
「甘い。原初の悪魔の実力は“七大天使”とほぼ互角。本気でシノアちゃんのお姉さんを助けたいなら、今まで以上に強くならないといけない。それはもう神代の大英雄以上の実力! ティアちゃんだって狙う可能性があるのよ」
「え? 私!?」
急に話を振られて驚くティア。だけど、ティアが狙われるのは間違えようのない事実だ。
「レイ様が喰らった原初の悪魔は“原初の虹”。レイ様の血を引く者は異能の“無垢なる色彩”を受け継がれている。受け継がれた色で原初の悪魔が子孫に狙いを定める。現に原初の藍はマヒロ准将を依代にした際、最高傑作に劣るって言った。つまり、原初の藍は今でもシノアちゃんを狙っていることになる」
「シノアが……」
「原初の藍が言っていた原初の竜種というのはいなくなった竜種のことを指し示していたのね」
「同時に今のキララは相手にする気がないことを指し示している。竜種の末っ子だから力もあまりない印象を持たれている。もちろん、人型形態での技術レベルが卓越しているのは間違えない。でも、あくまで“真人間”との戦争で磨かれてきた経験と修練の積み重ねだけでキララ自身の権能をあまりコントロールできていない。それはあなた自身が一番良くわかっているはずよ」
レインの言い返しに言葉が出てこないレイン。
「権能?」
首を傾げるヒルデにズィルバーが説明する。
「竜種が持つ固有能力。この世に存在する竜種は八種。八体の竜種それぞれに固有能力・権能を持っている。“加速”“減速”“放出”“収束”“運動”“停止”“創造”“破壊”の八つの権能がある。キララさんは“放出”の権能を有している。“破壊竜アルビオン”なんだから“破壊”の権能じゃないのかと言うが竜種の破壊は概念や理を破壊しかねないんだ」
「どういうこと?」
「わかりやすく言うなら、ライヒ大帝国の南部は砂漠地帯が多いのは“裂空竜アルフェン”が暴れた果に生態系を破壊しただけにすぎない」
「何とも鬱陶しい生命体ね。竜種は――」
「だから、“オリュンポス十二神”や原初の悪魔、“七大天使”は竜種と戦うときは命をかけた。なんせ強すぎる。“闘気”の扱いが超一流すぎる。力の制御が完璧すぎて“静の闘気”で探っても見分けがつかん。それが“竜種”。あと、共通として言えるのは竜種が権能を行使すると瞳の色が金色になる。それは権能を行使する上で世界そのものに干渉することができるんだ」
「何? 竜種って神様なの?」
「捉え方次第だ。“破壊竜アルビオン”は竜人族に信仰されて“竜神アルビオン”の異名に変わったからな」
「竜種が神様なことに変わりないのね」
ティアは伝説の偉人と同等の竜種もすごいと思ってしまった。
「そうだな。さて、ティア。はっきり言うけど、キミの異能・“無垢なる純白”はレイ様の異能を受け継がれている。それは同時に原初の悪魔を引き寄せる。原初の白――レウコン」
「原初の白……」
「苛烈な悪魔で“闘気”の技量もトップクラス。気を抜いていると身体を乗っ取られないから気をつけろ」
「性格悪いわね」
「悪魔じたいは好戦的な輩が多い。そんな連中すらも恐れられているのが原初の悪魔……悪魔は精霊と同じように召喚することができるけど、対価を払わないといけないし。古生代以前の悪魔を呼び出したら、間違えなく死ぬと思え」
「古生種?」
「ティア。考古学の研究課題で俺が発表したよな? 皆、食い気味に聞いていただろ?」
「そ、そう言えば、そうだったわね。忘れていたわ」
ティアは顔を引き攣らせる。忘れていたなんて言われた暁には罰があるのが目に見えているからだ。
「まあいい。悪魔と精霊、天使は階梯が存在する。精霊と天使は後日な。三種の精神生命体は魔力限界がある。魔力が限界値に到達すれば研鑽あるのみ。長く生きれば生きるほど経験と知識を貯め込むことができる。
蓄えられた年数で実力が大きく異なる。悪魔の階梯は現代種、新生種、中生種、古生種、顕生累種、原生累種、太古累種そして、原初になる。
悪魔を従わせることもできるけど――」
「けど?」
ズィルバーはフワリと浮き上がり、皇宮の図書室の本を手に取る。ペラリペラリとページを捲る。
「悪魔を従わせるのは中生種までで古生種以前となれば、召喚されても命を落とす可能性が極めて高い。対価を払う際に命を払っている可能性が高い」
「なるほど」
「つまり、階梯が高ければ高いほど実力も跳ね上がる。特に悪魔は色ごとに実力がバラバラでね。同じ年代種の悪魔だからと言って実力異なることもある」
「悪魔に色ってあるの?」
「精霊の属性のように原初の藍や原初の白といった色に分けられている。色によって性格が違い、性格によって従わせることも可能だ」
「ちょっと待って!? 悪魔って従えられるの!?」
「おっと知らなかったな。えっとね」
パラパラとページを捲るズィルバー。
「悪魔は召喚した悪魔の色によって交渉が可能か不可能かを決める。ただし、大抵は交渉不可能部分が多い。あと、悪魔は強さを絶対とした考えをもとに動いている。何しろ、悪魔は好戦的な部類の精神生命体だ。強さを絶対とした考えである以上、強者に従う傾向にある。つまり、強者に惚れ込む傾向にあるというわけだ」
「じゃあ、初代様たちも――」
「いや、伝説の偉人たちは原初の悪魔を喰らってしまったことで悪魔に毛嫌いされてしまってね。直系の子孫も悪魔から目の敵にされている」
「質の悪い初代様ね」
「あぁ~、[戦神ヘルト]様のイメージが…………」
ティアの中でズィルバーのイメージが崩れ落ちていくのが見える。
「なので、ライヒ皇家と五大公爵家は悪魔に従うことなんて一生無理なんだ」
「「「「……………………」」」」
突破口すらも既に最初から詰んでいたのだった。
「ただし、原初の悪魔も神級精霊の“五神帝”と天使最高位の“七大天使”の相手をするのは連中にとっても厄介でしかない。同時期に生まれているだけにお互いの手口を知っている。しかも、千年も安寧の世を築いてきたことで連中も裏でしびれを切らしている可能性もある」
「しびれを切らしている?」
「学園の授業で精霊契約の儀をしただろ?」
「うん。入学したて頃、最初にやらされたから覚えているけど……それがどうかしたの?」
「それは……」
ズィルバーはまたもやフワリと浮いて先程の本を元に戻して別の棚に置かれている本を手に取ってページを捲る。
「他の生徒やジノたちが契約した精霊は上級まで最上級になると身体への負担が大きく力を使用する際に消耗する魔力が限界値を超える場合がある。人族の身体は上位クラスの精霊と契約できるのは極めて難しい。だから――」
「だから、ジノやニナや皆が契約する精霊が蜥蜴や狼とかが多かったのね。不死鳥とか二角獣とかは契約できなかったんだ」
「一応、仮契約という形になっているけど、使用した力が許容限界を超えると別の方法で代用しようとする」
「別の方法?」
「人間と精霊は一心同体。使い手が死ねば精霊も使い手から離れて新しい使い手を見つけるまで精霊の森で暮らす」
「精霊の森?」
「東部の果……耳長族の里より東の森に生活圏がある。今じゃあ精霊の森へ行こうとする輩はいない。そもそも、精霊の森すら伝承とされている」
「そうね。精霊の森の伝承はライヒ皇家と五大公爵家に口伝で継承されているとお父様から聞いたことがある」
「確かにお父様も言ってた」
「うん」
リズの言葉にエルダとヒルデも同意する。ズィルバーは話を戻す。
「……で、だ。別の方法というのは使い手の魔力ではなく使い手以外の魔力で代用するケースが多い」
「つまり、搾取……」
「魔力を吸い取るぐらいならまだ優しい方だ。ものによれば、対象者の命を喰らうこともある」
ゴクッと息を呑むティアたち。
「だけど、精霊も天使もこちら側に味方してくれる以上、そう難しく考える必要はない。むしろ、悪魔を優先してもいいぐらいだ」
「でも、“オリュンポス十二神”というのはどうするの?」
「神々は動かない。大神全能神は東部であれだけの力を行使した以上、力が戻るまでに時間を要する。それに守護神が牽制をかけている中で裏工作するまい」
「神様っていがみ合っている?」
ティアは神々がいがみ合っていることも知らず、リズたちは神の存在すら知らなかった。
「“真なる神の加護”は“オリュンポス十二神”の力を行使することができる力なんだけど人間のみしか扱えない。ただし、人間と言ってもライヒ皇家と五大公爵家の血統のみ。つまり――」
「つまり、“真人間”にしか加護が継承されない」
「そういうこと。だから、ライヒ皇家と五大公爵家は人族の間では特殊なんだ。特殊な血統だからこそ、ライヒ大帝国は千年以上も維持し続けられている」
「自分らは特殊であり、平等と謳いながら隔絶した力の差が出ている」
「だから、“教団”っていう連中もライヒ皇家を恨んでいたかもしれん。自分らが蔑まされた異種族であり、“真人間”含め人族は選ばれた種族だと思いこんでもおかしくない」
「それじゃあ弁明もできないわね。ライヒ皇家に嫁ぎたい貴族が多いのも頷ける。皇家の血を手に入れれば、自分らの優位に立てるのだから」
「でも、その代償に神々の力に適合しない場合がある」
「適合?」
「絶大な力は大きな代償をもたらす。“真人間”の肉体も継承し続けるライヒ皇家と五大公爵家は身体構造も特殊なんだ。逆に人族は身体構造も“真人間”に劣っている。そのため、絶大な力に適合しない場合がある。たとえ、適合したとしても異能として発現されて悲運の死を遂げるに違いない」
「じゃあ、私とヒルデは……」
エルダとヒルデは自分の将来を危惧する。もしかしたら、死ぬのではないのかと心配していた。
「あっ、姉さんたちは問題ないよ。姉さんたちの場合は“真人間”の能力を十全に引き出せていなかっただけ。異能の強さに肉体と精神が追いついていなかっただけ」
ズィルバーはヒルデとエルダは問題ないと言った。
「異能は基本、“真人間”か“真人間”に連なる異種族のみ。だから、人族に異能は発現しない。発現するとしたら、“真人間”の血を引いているはずだよ」
ズィルバーは異能の発現は“真人間”のみにしか起きない。千年間、人族に異能が発現した記録がない。
「じゃあ、話を戻すけど、“オリュンポス十二神”の加護も“無垢なる色彩”も私やシノ、ハルナ、リズ姉様は持っているの?」
「レイ様の血を引いているかぎり持ち続ける。何より、レイ様の魂が系譜として受け続ける」
「魂?」
「言ったろ。初代様を含め、最初の七人は既に原初の悪魔を喰らったことで魂が不変した。進化した代償で肉体が耐えきれずに突然死した。病だったり、過労だったりと色々ね」
「死に方が雑いわね」
「うるさい。話を戻すとハルナやシノだけにとどまらず、ユリスやアヤも神々の加護と“無垢なる色彩”は継承されている。それは当然、五大公爵家の直系の子孫。俺やカズ、ユン、ユーヤ、ユージも神々の加護と独自の異能が継承されている。俺が持つ“両性往来者”もユンが持つ“人格変性”。カズが持つ超感覚もそうだ。あと、カズは魚人族や人魚族並の海遊速度と水中呼吸もできる」
「ちょっと待って……カズくん。海の中を泳げるの?」
「カズの先祖・メランは海中で泳げる。とは言うけど、メランが持っていた“海洋神”の加護は海上または海中、極寒において無敵の力を発揮する。さらに言えば、メランは“停止”の権能を持っていた」
「“停止”……それって、竜種の……」
「ああ、“白氷竜アルザード”が持っていたとされる権能だ。アルザードは力を解き放てば、辺り一帯は極寒地帯になると聞く。北部の果てにある北海もかつては“白氷竜アルザード”の住処だったという有力な説だ」
「いや、有力というよりもカズくんはその“白氷竜アルザード”の権能を……」
「おそらく、持っているよ。竜種の権能は」
「「「「え?」」」」
(とは言っても、今の仮説はメランがアルザードと仲良しだったらという話だ。だけど、昔、メランは――)
ズィルバーはかつて、メランが話していたのを思い出す。
『俺がまだ物心がついたときよ――』
酒に酔った勢いでペラペラと喋りだすメランを思い出した。白髪の美人お姉さんが面倒を見てくれたのを忘れられなかったかと明かしてくれた。
(まあ、十中八九、俺やレイ、リヒトやメランも竜種と仲良くなった果に魂が融合して進化した “真人間”へとなってしまった。今更ながら俺たち七人は子孫に多大な迷惑をかけてしまったかもしれん。責任転嫁をする気がないけど、“オリュンポス十二神”、原初の悪魔、“七大天使”が世界の覇権争いをしなければ、こうならずに済んだ未来があったかもしれない。今更に思えるが、これがおそらく、最初で最後のチャンス。神々も悪魔も天使も一掃してほんとうの意味で安寧の世を築ける気がする。“創世竜アルトルージュ”が生きていれば、新たな世界を生み出せたはずだった……)
ズィルバーは今の世界を生み出した者の一人として責任を果たさなければならない。肉体は今を生きるはずだったズィルバー・R・ファーレンの身体だけど、その魂はヘルトの魂そのもの。本来の魂が自分の人生を切り開いてほしかった気持ちがあった。
(リヒト。キミが生きていたら、何を思っていた? 今の世の中を変えたいと思っていたか? でも、世の中はそう簡単に回らないものだな。いや、簡単に回ったらそれはそれで面白みがないか)
ズィルバーは本を閉じて本棚に戻した。
「じゃあ、そろそろ出ようか。悪魔や神々と戦うにしても準備に時間を要する。急がば回れとも言うし」
「それを言うなら、急いては事を仕損じるでしょ」
「そうだった。今日は色々ありすぎて疲れたかもしれん」
「そうね。シノアのお姉さんが悪魔に憑依したことさえも驚きなのに、ここへ天使とか神々とか知らないことの連発で頭の整理が追いつかない」
「とりあえず、庭でお茶でも飲まない? 学園へ戻っても夕方になるからさ」
「そうね。昼を過ぎちゃったし。お茶でも飲みましょう。気を張り詰めすぎるのもよろしくない」
エルダはリズの考えに賛同し、レインとキララ、ノイを連れて皇宮の図書室を出る。
しかし、世の中はそう簡単にいかないものだった。
「リズ様! クレト中将! 大至急、報告したいことが――」
息を切らす親衛隊の隊員が図書室前へとやってくる。
「何があった?」
クレトが受け持つ。
「会議にて判明した事実を確認したところ、“皇族親衛隊”本部に魔法陣と思わしき痕跡が発見しました。それと東部にある“獅子盗賊団”のアジトにて爆発が発生したとのことです」
それは原初の悪魔がライヒ大帝国への宣戦布告にも思える狼煙だった。
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