脅威×啀み合い×激突
レインに運ばれる形でズィルバーが単身、大帝都へ乗り込んだのと同時期、“血の師団”の方でも世界が発する意志に気づいた。
「世界の色が変わった気がします。ウルド様」
「ああ、そのようだ。この“外在魔力”の波長……悪魔だな」
「しかし、悪魔はかつて“ライヒ大帝国”が滅ぼしたはずでは……?」
「悪魔に死は存在しない。だが、一度でも殺されると殺した相手に隷属するという大きな欠点がある。むろん、その欠点が露呈したとして奴らが殺されることはない」
「ですが、悪魔は殺されている。奴らに……初代五大将軍の手によって……――」
「そのとおり。だが、この感じからして千年を経て蘇ったか」
「悪魔は死なないが殺されて隷属されるか殺されて喰い潰されるかのどちらしかない。前者の場合、強き者に従うのが悪魔の性故に問題ない。だが、後者の場合、力もろとも悪魔の魂が強き者に捕食されて取り込まれたことを指す。そして、悪魔を喰らった怪物は悪魔同様、魂が死ぬことはない」
「はっ、まさか――!?」
レスカーは今になって、かの男が現代に転生できたのか理由を察せた。
「そのまさかだ。かの男もそうだが、ライヒ大帝国は禁忌に手を染めた国。あの国ほど闇深い国は存在しない」
ウルドがライヒ大帝国を敵視する理由は私怨だけじゃない。忌々しい連中をこの手で殺したかった。
だが――
「だが、この波長から見て、原初自らが復活と宣戦布告する気だ」
「原初?」
「悪魔の王の総称。千年前までは十人は超えていたが、今では十人も満たない。だが、その実力は並の英雄でも手こずる実力を持つ」
「それはつまり……」
「この私でも全力で相手をしなければならない」
化物クラスの実力だと言わしめ、レスカーはゴクッと生唾を飲んだ。
「ウルド様が全力を出さないといけない相手……」
(そんな相手を初代五大将軍は相手にして殺したというのか!? なんて化物だ!?)
吸血鬼族にも歴史がある。
正確に言えば、吸血鬼になった時期だ。古ければ古いほど力は強く、吸血鬼族での発言力が強い。そもそも、始祖もしくは真祖の次に強い。
特にウルドともう一人の吸血鬼族は千年以上の昔から吸血鬼族として活動している。その彼ですら、かの連中を相手にするにはそれ相応の準備が必要となる。
レスカーも千年前の吸血鬼族となって活動していた。アシュラとクルルも同じ時期に吸血鬼族になっている。
「レスカー。今回は手を出すな。どうやら――」
ウルドはわずかに目を細める。“静の闘気”で気配を感知する。史上最強の大英雄の気配を――。
「あの男が動き出した。レスカー。“静の闘気”で感知に専念しろ。千年前に隠された知られざる真実が今、語られようとしている」
「――わかりました」
ウルドに言われて、レスカーは“静の闘気”に意識を傾けた。
場面を変え、大帝都にある病院内にあるユウトら。彼らは不意に全身の皮膚を刺す禍々しい気配に気づく。
「何だ、この気配!?」
「姉さん!」
「クレト中将!」
「アイオ。本部に伝達! 非常事態宣言を発令! 国民の避難を最優先だ!」
「はっ!」
「クレト中将! 自分らも手伝います!」
「ああ、頼む」
上官への命令は絶対。それに従い、シーホとヨーイチ、ミバルが動き出す。
「おい、キララ。この気配……」
「ええ。どうやら、この部屋から、ね」
「まさか、姉さんが!?」
「シノア。落ち着いて」
ふるふると強張るシノアをノイがフォローする。ユウトはドアノブに手をかける。キララやクレト、シンに目を向ける。
「上官! 指示を!」
「シン」
「了解」
手持ちの武器を手にする二人。クレトがユウトへアイコンタクトを取れば、ユウトは頷きドアを開ける。
バンッ!
ドアを開けた途端、全身を駆け抜ける禍々しい残滓に悪寒が走る。
「――!?」
「ッ!?」
「ちゅ、中将!?」
「狼狽えるな! この程度で臆しては“皇族親衛隊”の名折れだ!」
クレトが発破をかければ、ユウトとシノアは空元気だけども頷き、部屋へ押し入る。
部屋へ押し入れば、信じられない光景を目の当たりにする。なんとマヒロが起きていたのだ。
なんで、とかではなく――。なぜ、起きているのか、だ。マヒロは容態が急変して倒れた。シノアともども不気味の印象を与えられた。その不気味さがここに来て、ますます増大した。
「クレト中将……」
「ああ、マヒロの髪色が藍色に染まっている……」
クレトは後ろにいるシンへ指信号を送る。シンもクレトの信号に気づき、アイコンタクトで答える。シノアは動揺が色濃く顔を出ているためか現状では対象外にしている。
(同じ組織に所属しているとはいえ、実姉を斬れ、というのは情が入って支障をきたす。ここは――)
(僕らがなんとかすべきだね。ユウトくん、わかっている?)
(気を失わせて原因を究明すべきです)
ユウトもシノアの心の内を汲んで、マヒロの拘束に踏み切る。
ジリジリとマヒロへ詰め寄るユウト、クレト、シンの三人。だが、事態は予想の遥か上を行くのだった。
「あら、人間の分際で私に挑むというの? 身の程を弁えなさい。カスども」
「え?」
マヒロの口から飛び出たのが罵声だった。シノアはマヒロの口から罵声が飛び出すとは思わなかった。たまに休暇で愚痴を聞かされることがあっても罵声が飛び出すのは生まれてこの方聞いたことがなかった。
クレトとシンも同じであった。同じだからこそ、マヒロの口から罵声が飛び出すとは予想打にしなかった。
動揺を禁じえない一同にマヒロ? は絶対に見せない悪辣な笑みを浮かべだす。
「あら、そんなに動揺しちゃって?」
クフフと悪人に染まったような独特の笑い方に恐怖を感じさせる。ニィっと口角をつりあげる笑みにシノアは底しれない恐怖を感じる。自分の妹が想像するほど恐怖の顔を見て、マヒロ? は恍惚な表情を浮かべる。
「いい。いいわ。その恐怖に彩られた顔で見つめられるの……実にいい。まさに極上のスパイス。あぁ、やはり、恐怖は鮮度が一番。人間共が恐怖に彩られると気持ちが高ぶっちゃう」
アハーと恍惚さが増す彼女にシノアは自分の姉なのかと疑ってしまった。
シノアの激しい動揺を機敏に感じ取ったユウトはマヒロ? に警戒しながらも声を投げる。
「貴様、何者だ!」
「何者? 私が皇族親衛隊所属のマヒロ准将よ」
「嘘つけ。マヒロは北の一件で昇進して少将になった!」
「あら、そうなの。じゃあ、私はマヒロ少――」
マヒロ? がそう言い返そうとしたとき、一瞬にしてクレトが詰めかけ、剣が走る。
走る剣閃をマヒロ? は難なく躱す。
「あら、ひどくない? せっかく、自分の名前と階級を明かしたのに……」
「悪いな。マヒロは自分から昇進を断っている。どうやら、シンの嘘に気づけなかったようだな」
「あら、嘘だったの。全く、人間共はそうやって平気で嘘をついて騙すのだから」
「もう一度問う。貴様は何者だ?」
あっけらかんとしているマヒロ? へクレトが殺気を乗せて問い詰める。殺気をぶつけられているのに彼女はケロッとしていた。
「ふーん。人間にしては大した殺気を放つじゃない。でも、彼らとは全く及ばない。まさに大人と赤子の差ぐらいにね」
「彼ら?」
「おいおい、クレト中将は次期大将と目される上官だぜ。グレンも一目に置く上官を赤子呼ばわりとは酷ぇな」
ユウトとて皇族親衛隊の一員、上官を罵倒するのは重罪に値すると言い放つ。しかも、その実力は認めている。
「あら、そうなの。でも、私には人間の地位とか階級とかどうでもいいの。全く、大将軍レベルの殺気を放ちなさいよ。まあ、今の人間に無茶な要求するのもどうかしているわね」
アハハハと高笑いするマヒロ? ふと、彼女は手をグーパーグーパーする。どうやら、感触を確かめていた。
「アハッ。アハハハハハハ。ようやく、この身体に魂が定着できた。あぁ~、あの頃の姿で現世に顕現するの…………千年ぶりよ!!」
溢れ出す禍々しい力がマヒロの身体を包み込んでいく。それよりも気になる言葉が飛び出てきた。
「なっ――!」
(千年前? それって、つまり――)
ユウトはキララに声を投げる。
「おい、キララ。あいつを知っているか?」
「いや、私も知らない。そもそも、これほどの禍々しい力なんぞ見たことがない。これではまるで、リヒト様が仰っていた悪魔そのもの――」
このとき、キララはマヒロに取り憑いた敵の正体を告げる。キララの言葉に反応したのか敵は答える。
「はっ? 悪魔? 私をそんな低俗な弱者と一緒にしないで! にしても……リヒト……その名前を聞くだけで虫酸が走る」
ピシピシと禍々しい力の膜に亀裂が入る。
「あぁ~、忌々しい。その名前を聞くだけで殺したくなる」
膜が砕け散り、敵は姿を見せる。
藍色の髪をサイドアップにした藍色の瞳をした少女だった。見た目も童顔の女子を印象を持つ。だが、少女が放つオーラが……“闘気”が禍々しく嫌悪感を抱かせるものだった。
少女は視線を明後日へ向ける。目を細めるとか仕草をしておらず、ただただじっと見つめている。
「へぇ~、あの性別不明野郎。まだ生きている」
少女の口から出る罵声にキララとノイが反応する。
(性別不明……)
(ヘルトを意味する言葉……)
二人がピクリと反応したのを少女は目の端で捉える。
「あら?」
少女は二人を見て意外そうな反応をする。
「へぇ~、原初の竜種――“アルビオン”に、無様にも私たちの甘言に耳を傾けたおバカさんの同族が生きているなんて意外ね」
「ッ――!」
「貴様、どこでそれを……」
少女が言ったことに動揺を隠しきれないキララとノイ。少女は意外そうな反応を見せる。
「あら、知らないの? ふーん」
少女はキララとノイの反応でおおよそ理解した。
「忌々しい……リヒトとレイは真実を隠蔽したのかしら? それとも歴史の闇……帝国の闇を明かされたくなかったのかしら?」
「!?」
「どういう意味だ。闇とは神じゃないのか?」
「はっ? 神? あんな我が物顔連中なんて眼中にないわよ。そういえば、おバカさんは神を殺したくて私たちに力を欲したんだっけ? あぁ~、今、思い出しても唆るわ。奴が懇願したときに抱いていた感情は実に美味だった」
アハハハと悪辣に卑劣に下劣に相手を蔑むことを大前提にした笑いをする藍色の髪をサイドアップにした少女。
「それにしても、あの精霊少女共も健在とは……忌々しいにも程がある。しぶといにも程がある。初代五大将軍がぁ!!」
ブチブチと感情を荒立てる少女。その禍々しい“闘気”が収まることを知らない。
「憎い。憎い。憎い。あんなメスガキを連れて、私たちを殺しに来た奴らが憎い」
感情が爆発し、“闘気”が荒れ狂い、窓ガラスが割れ壁に亀裂が走る。
「まずい! 感情の高ぶりで“動の闘気”が爆発する!」
「このままじゃあ、病院が――!?」
クレトとシンが非常に危険だと思っていた矢先、
「おや? 誰かと思えば、原初の藍じゃないか。今度、キミが喰われる番か?」
藍色の少女を黙らせる声が響き渡る。
インディクムと名乗る少女は血走った瞳を外へ向ければ、見知らぬ少年が宙に浮いていた。
銀髪碧眼と紅眼の異彩眼。ヘテロクロミアを持つ銀髪の少年。その手には剣が握られている。剣の名は“聖剣”。
伝説の大英雄、[戦神ヘルト]が所持していた精霊剣。インディクムからすれば見知らぬ少年。なのに、瞳に宿る感情は底しれない怒りと復讐心だった。
「ぬけぬけとまた蘇りよった原初の藍。また悪巧みでもしに来たのか? また大層なものを依り代にしよって」
「あら、これは驚いた。まさか、本当に転生していたとはね。忌々しい性別不明野郎が!!」
「その野郎に殺されたのは誰かな? また殺されたい? 今度は二度と蘇られないように粉微塵にしてあげようか?」
銀髪の少年――ズィルバー・R・ファーレン。
ズィルバーは聖剣に“闘気”を纏わせる。瞳に宿るのは冷徹。冷徹な眼光がインディクムを刺す。
「ほざきなよ。原初の銀を殺して喰らった貴様に言われる筋はない」
フワリと浮き始めるインディクム。“闘気”で練り上げた魔弾が少女の周りにあり続ける。
「全く戦うことしか能がない連中だ。いや、性格がひどかったから戦うように仕向けさせていたほうが正しいか」
「貴様ァ! 遺言はそれで十分?」
「遺言か? 口先だけならいくらでも言える」
その言葉を皮切りにインディクムは魔弾の総列を弾幕のごとく撃ち始める。ズィルバーは襲いかかる弾幕を前に漲る“闘気”が銀色へ変化した。変化した“闘気”を乗せた斬撃を振るって弾幕を消し飛ばす。
消し飛ばしたのと同時にインディクムがズィルバーを追いかけながら、魔弾を連射する。迫りくる魔弾を前にズィルバーは右目の碧眼から空色の魔力が漏れ出す。漏れ出す魔力と“闘気”を併用した簡易版“砕けない、最強の守り”を展開して防ぐ。
「“北蓮流”・“剣舞”!」
銀色の剣閃が、星々が煌めくかのごとく斬撃の雨が降り注ぐ。
「甘っちょろーい」
インディクムは魔弾を展開して見事に相殺してみせた。
「ほぅ~、千年ぶりに蘇ったわりには随分と芸達者になったじゃないか?」
「ふん。貴様こそ、喰らった原初の銀の力を見事に制御しているじゃない」
「はっ、戦場に出ていれば、自ずと力の制御ができるというもの。それに俺は皮肉にも守護神に愛されているからな」
「はっ。神々に選ばれたからと言って調子に乗る人間を何人殺してきたことか」
「その人間に殺された人の言葉じゃないよね? あぁ、喰われた同胞をねぎらっているのか。インディクムって意外と優しいんだ」
ズィルバーがあの手この手で敵をおちょくり腹立たせる。実際、インディクムはズィルバーの挑発に怒りを露わにしていた。
「この~、人間がいい気になれば……」
「おや、随分と感情が荒ぶっていますねぇ」
『ズィルバー。ちょっと言いすぎじゃない?』
レインがズィルバーを窘める。
(仕方ない。依代になっているのがマヒロ准将。シノアの姉だ。死なせるのはまずい)
『でも、ズィルバー……インディクムの依代になった以上、もう――』
(わかっている。もう戦うということはできないだろ。だけど、生きているだけ儲けもの。インディクムは性格こそ問題ありまくりだけど、依代の“闘気”を吸い取る権能がある)
『あなたの異能“両性往来者”を補助している力もそうなの?』
(俺が喰った悪魔は原初の銀。性転換によって発生する“魔力循環系”の乱れを安定するために喰った。原初の銀の権能は神々の権能に似通っている側面がある。その権能だよりもあったと答えておく)
『そういうことね』
レインは悪魔も神々に似た力を有しているのを理解した。
(そもそも、インディクムを含め、悪魔共は性格が酷いにひどかった)
『同じ言葉を連呼しているわよ』
(事実だ。連中は色で分けられているが始まりの悪魔だけは桁違いに強かった)
『始まりの悪魔?』
(そういえば、レインには悪魔と戦ったことがあっても詳しいことを教えていなかったな。せっかくだ、教えておこう)
ズィルバーがレインに敵の詳細を教えようとした。その時、背後から魔弾が放たれた。ズィルバーは弾き返そうとしたが質の低い魔弾に目がわずかに見開く。
(インディクムのじゃない!)
剣閃が走り、魔弾を斬り払う。斬り払った向こう側には黒き眼に藍色の瞳をした皇族親衛隊がいた。いや、皇族親衛隊が黒き眼をしている時点でいささかおかしいというもの。瞳の色を見てすぐに察した。
「なるほど。既に親衛隊はインディクムの手に落ちていた、というわけか」
独りでに納得する。
「インディクム様。ご無事ですか?」
インディクムのもとへ数体の悪魔が近寄る。服装とコートの階級から見て高い階級なのがわかる。
「おいおい」
(見たところ、准将から中将までもインディクムの配下になってやがる。しかも、魂までも悪魔に喰われてやがる。こりゃ――)
『哀れとしか言えないわね。悪魔に喰われた魂は元に戻らない』
(ああ、しかも、当の本人は明らかに不機嫌だ)
「誰が助けろ、って言ったよ。貴様らは皇族親衛隊に忍び込んで、この国の力を削ぐのが使命だろうが! 役立たずはいらねぇんだよ!」
荒々しい口調のままに配下の悪魔を罵倒するインディクム。
「も、申し訳ありません!」
顔を青ざめる配下へインディクムは手を掲げる。
「役立たずはもはや、不要。死ね」
「インディクム様!? ど、どうか、チャ、ンスを――」
弁明を言おうとした矢先、悪魔の一人がインディクムの手によって処刑された。ズィルバーは憐れむどころか靡くことなく見届けた。
「チッ、邪魔者のせいで興が削がれた。でも、腕は落ちていないどころか、更に強くなっているようだね。感心感心」
「黙れ、メスガキ。さっさと帰れ!」
「うん。そうさせてもらうね。この依代は最高傑作より劣るけど使えるからもらうね」
「返品しろ、と言いたいがとっくに魂を喰い潰したんだろ?」
ズィルバーの言葉にインディクムは返答すらしなかった。彼女は答えることもなく姿を消したのだった。
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