急変×予兆×悪魔
伝説の偉人の闇部分を知り、ゾッとするユウトたち。だが、このとき、彼らに不運が齎される。
「おい、シノア!? ここにいるか!」
急ぎ足で来たのか息を切らしているグレン。その後ろには第二帝都支部長、シンも息を切らしていた。
「どうしたのですか、グレン大佐。シン支部長も」
「大変な自体になった。シノア。マヒロさんが倒れた!?」
「え?」
「だから、マヒロの容態が急変しやがった!? 今、大帝都の病院で治療を受けている」
「姉さんがどうして急に――」
「分からねぇ。急にぶっ倒れやがった。他の隊員から聞いても昨日までは平然としていたからマヒロが倒れたことに本部内で動揺が広がっている」
「今、衛生兵が伝染病の疑いを視野に考慮して各隊員に健康チェックが入っている。とにかく、急いで病院に来て、マヒロが倒れた以上、シノアも同じになるともかぎらない。すぐ、病院へ」
「は、はい、わかりました!」
「俺らも行くぞ!」
ユウトもグレンに打診すれば――
「んなもん、わかっている。未知の病状だからな。知恵袋が必要だ」
グレンはキララとノイに目をやる。目的は端っから二人の知恵が必要みたいだ。
「そうだね。一応、病状を確認しないとなぜ、容態が急変したのか。そこから見るべき」
「シノアちゃんのお姉さんの身辺は?」
「今、アイオが調査している。もうそろそろ結果が出てきてもおかしくない」
ユウトたちはグレンとシンとともに部屋を出て、大帝都にある病院へと向かった。
しかし、彼らの動向を見つめる一人の少女がいた。
「フフッ、フフフ、フフフフフフフフフフフフッ」
不敵にも口角をつりあげ表情を歪める笑みを浮かべていた。
「千年の時を経て巻かれた種が発芽した。あとは…………私たちが乗り移って支配するのみ……待っていなさい。ライヒ大帝国。そして、殺してあげる、憎き初代五大将軍!!」
浅はからぬ因縁。底しれない憎悪。全ては怨敵を討滅さんがために、千年の時を経て、悪魔が今ここに降臨しようとしていた。
大帝都にある病院へ到着したシノア部隊。グレンとシンに連れられ、マヒロの病室前に来た。病室前の椅子にクレトとアイオが座っていた。
「クレト中将! 姉さんは!?」
「今は容態が安定している。髪の毛先が藍色に変色し始めていた」
「え?」
シノアはノイへ振り向く。ノイはマヒロに呪いが発現した可能性を鑑みる。
「アイオ殿。シノアのお姉さんに異変がなかった。髪の色以外で……」
「いえ、特に……そういえば、汗を流そうと服を脱がした際、背中に入れ墨があった」
「入れ墨?」
「見たこともない入れ墨……見た印象が禍々しかった」
「禍々しい入れ墨、ね」
「とにかく、診てみましょう。私が行くわ。シノアちゃんもおいで」
「はい……」
シノアは返事するものの弱々しかった。無理もない。実姉が倒れれば、家族として心配するのは至極当然の反応だった。
病室へ入ったのを見計らって、ノイがグレンとクレトに話しかける。
「グレン大佐、クレト中将。キミらはマヒロ准将の経歴を知っている?」
「あっ? マヒロの経歴? シノアじゃなくてか?」
「シノアもそうだけど、マヒロも気になることがある。僕が言うのも何だけど、千年の歴史を持つといろいろな意味で闇深い。だから、この際、膿を除去するとはいかなくてもマヒロが倒れた原因を調べないと」
ノイの言い分も最もであり、なぜ、マヒロが急に倒れたのか気がかりだったのも確かだ。
「グレン。貴様の部隊の女子を貸せ。確か、同期だったはずだ」
「ああ、サユユとミート、シグミはマヒロと同期だ。それを言えば、アイオもそうだろ」
「むろん、アイオからも聞く。身近にいたお前ならわかることがあるはずだ」
クレトはアイオに話を振る。アイオは顎に手を添えて昔を思い出そうと賢明に努力する。
「確かにマヒロは同期に“皇族親衛隊”を入隊しています。入った頃から不思議かつ不気味な印象がありました」
「シノアも初めて見たとき、私も姉さんと同じ感覚を味わった」
ミバルもアイオに便乗する。アイオもミバルの言葉に頷く。
「妹の話は私も聞き、一度だけシノア部隊長の顔を見ました。初見だったのに印象が残っています。姉と同じような不気味な印象を――」
「不気味、か」
「僕らには何も感じなかった。グレンは?」
「俺も感じなかった。これは女の勘って奴かもな。女の勘は当たるからな。疑るだけ無駄だな」
グレンは信じる信じない以前に主観的だけども女の勘をバカにできなかった。
「とりあえず、サユユとミート、シグミを呼ぶか」
「頼む」
グレンは席を外した。ノイはうーんと頭を捻った。ユウトが声をかける。
「おい、どうした? 頭を捻っているが……」
「うーん。僕もキララもライヒ大帝国が王国時代の中頃……つまり、リヒト様がヘルト様を含め、初代五大将軍が戦火を広げる時代だった。今に思えば、ヘルト様も初代五大将軍の面々は桁外れの力を持っていた」
「それって、俺やシノアと同じ……」
「いや、あの頃はまだ片鱗を使えたというだけ、それを抜きにしても彼らは強かった」
「キララも知らねぇのか?」
「キララも僕より前に来ていた。けど、彼女はレイ様の護衛する騎士団の長をしていた。キララでさえ、リヒト様の人柄に惹かれたのもあるけど、何より強かった。とにかく強かった」
「強ぇと連呼していやがる」
「確かに」
「うん」
ユウト、シーホ、ヨーイチの三人が過去の偉人が強いと言い続けるノイに突っ込む。
「“闘気”の練度もすごかった。だけど、それ以上にヤバかったのは精霊の加護がなかったのに異常なまでの力を持っていたこと」
「あの、精霊が人間と契約するのを決めたのはいつ頃ですか?」
メリナが率直な疑問を投げる。
「王国が大帝国と改名する頃合い……建国期の終わり頃。その頃に初代五大将軍はレインやネル、レンらと契約し始めた。ヘルト様が史上最強であり、世界最強の大英雄と隣国の誰もがそう言っていた」
「改めて思うと伝説の偉人ってのはスゲェな」
ユウトは過去の英雄の偉大さに辟易している。でも、所詮、過去は過去だ。いちいち、気にしては意味がない。意味がない中でアイオがふと気になったことがある。
「話を変えますけど、マヒロの背中にあった入れ墨の形が六芒星だったと思います」
今のアイオの情報からノイは一縷の可能性へ至る。
「六芒星……まさか――」
「どうした? 急に思い悩んだ顔をして――」
「いや、もしかしたら、悪魔が関わっている可能性が高いと思って……」
「悪魔?」
「悪魔とは何だ?」
シンとクレト、アイオは悪魔の存在を詳しく知らない。
「悪魔は肉体を持たない生命体。いわゆる、精霊と同じ。ただし、人間とは敵対していた」
「敵対していた? まるで悪魔は駆逐された言い回しじゃないか」
「ああ、悪魔はヘルト様を筆頭にメラン様、ベルデ様、ルフス様、アルブム様の手によって狩り尽くされたと聞いている」
「名前を聞くだけでも伝説に名を残した偉人じゃん」
「ですが、そのような話は聞いたことがありません。[戦神ヘルト]の逸話にも描かれていない」
アイオもティアに負けない[戦神ヘルト]の信者。信者だからこそ、歴史の奥深くに隠された真実に気づけずにいた。
「そういえば、歴史書に書かれていたなぁ。[戦神ヘルト]はある時期を境に人が変わったように敵に容赦をしない殺戮者になったって――」
「それはレイ様が大きく関わっている。でも、それ以前に彼らはなにか重大な真実を隠したに違いない。その真実が何なのかはっきりさせないと――」
ノイは“ライヒ大帝国”に蔓延る闇の強大さを物語る。
すると、そこへ病室からキララとシノアが出てきた。キララが首を横に振る。どうやら、キララも知らない症状で、どのように処方すればいいのかすら皆目見当がつかなかった。シノアも悲痛な面持ちにユウトは胸の奥でズキッと痛みが走る。
「無理か?」
「ええ、私でもどのように対処すればいいのかわからない。未知の病……まさか、千年以上も生きる私にもわからないとは思わなかった」
「それは僕も同じだから。自分を卑下するな」
「そうね」
ノイの言葉にキララも納得する。だが、未知の病に対処のしようがない現実を突きつけられる。何もできないもどかしさがこの上なく味わわされる。
而して、マヒロが未知の病にかかったのを世界が黙っていない。否、世界そのものが彼らに呼びかけるのだ。
そして、それは五大公爵家に連なる者たち。彼らがそれに気づかないはずがなかった。
「ん?」
北方の“蒼銀城”。
カズはふと、空を見上げる。空に浮く雲の動きが早く、世界が “五大公爵家” に何かを伝えようとしている気がした。
「なんだ? この禍々しい気配は――」
「この気配は……」
カズの隣で狼の姿になって暖を取っていたレンも世界が何かを発していることに気づく。
「カズ……今は北方に着手して……」
「内情に目を向けろ、っていうのか?」
「うん。どうやら、千年の時を経て、“吸血鬼族”とは違った勢力が動き出した」
「メランが言っていた。『自分は罪深き人間だ。子孫にまで押し付ける酷い人間』って……」
「罪深い?」
「ええ、おそらく、レインもネルも知っているわ。キララは知らないと思う。なんせ、メランもレイ様もこの秘密だけは明かさなかったから」
「秘密?」
(何だ、秘密って……初代はいったい、なんの罪を犯したんだ?)
「カズ。これから起きることは“ライヒ大帝国”に蔓延る闇そのもの。“吸血鬼族”が可愛く思えるぐらいに」
「…………」
カズの黒き瞳に動揺の色が映る。だが、不吉な予感を感じたのは確かだった。
「――!?」
バッと急に空を見上げるユン。ユンも同様に世界が発する意志を感じ取った。ネルも反応して空を見る。
だが、他にも気づいている人がいた。ユンへ挨拶に来たアルバスも同様の反応をするもハァとため息をついた。
「まさか、千年の時を経て、奴らが動き出すとは……」
「奴ら? アルバスさん。何を知っているのか?」
「はい。この気配は千年前、ベルデ様、ヘルト様……初代皇帝と媛巫女、五大将軍が滅ぼした敵でございます」
「敵?」
「残党が反旗を翻したこともありましたが、リヒト様らが駆逐した敵。そして、ライヒ皇家と五大公爵家が千年にも及ぶ歴史を持つ所以も駆逐した敵にありました」
「俺やズィルバー、カズ、ユージ、ユーヤの家に関わる話なのか?」
ユンがアルバスに問い返すと彼はコクッと頷いた。
「はい。ライヒ皇家と五大公爵家がなぜ、千年にも及ぶ歴史を持つのか。なぜ、国土を広げるに至ったのか。なぜ、地方都市が中心に位置するのか。なぜ、居城が都市の中心に位置するのか。疑問が浮かび上がってくることでしょ」
「そういや、父さんも建設業者に都市改修の提案を皇家に提出したけど、却下されていたのを嘆いていたなぁ」
ユンは幼少期、レイルズが嘆く姿を見たことがあった。
「色々と疑問がありましょうが、その理由が少し解き明かされていきます」
アルバスは千年にも及ぶ歴史の闇、歴史の真実が今、この時をもって解き明かされていく。
「“オリュンポス十二神”、“血の師団”が動き出せば、奴らも呼応して呼び起こされた。食い違った歯車は止まりません。パーフィス公爵家次期当主殿。貴殿の代でその問題にぶち当たってしまったことを私が代表で謝罪します」
アルバスがユンに頭を下げる。下げる理由が分からなくても、原因が過去にあることだけはわかった。
「全く、初代様は一体、どんな罪を犯したんだよ」
やれやれとユンは頭を掻くのだった。
カズとユンと同様にユージもユーヤも同様の気配を感じ取ったようにズィルバーも世界の意志を肌で感じ取った。
「…………」
(これは……この禍々しい気配は――)
古き時代の来訪者が続々と蘇り、目覚め、呼び起こされている。
「全く、厄介な連中が蘇りやがって……」
(そんなに喰われたいのか? キミたちは……)
ズィルバーはフフッと口元を歪める。まるで、それは獲物を喰らう獣そのものだった。だが、世界が発する意志から見て、禍々しい気配の正体にズィルバーは心当たりがあった。
(こいつは原初――しかも、藍色だな。ってことはシノアか。やれやれ、まずいな。ノイさんもキララも悪魔の存在だけは話しても顛末や真実は話していなかったな)
頭を掻くズィルバー。
(まあ、でも、ちょうどいい機会だ。また連中に恐怖を叩き込ませるか。いや、そうすると犠牲が半端ないな。連中の性格がとにかく、酷い)
「うーん。回り道になるが連中を黙らせる方法を考えないといけない」
(連中は伊達に長生きしていない。その実力は“オリュンポス十二神”に匹敵する。連中の動向を探るためにも利用するものは利用しないとな)
ズィルバーは悪巧みを考えるのだった。
「ズィルバー! この禍々しい気配!?」
悪辣な笑みを浮かべようとした矢先、レインが姿を見せる。
「わかっている。厄介な連中が呼び起こされている」
「呼び起こされている? 蘇っているじゃなくて?」
「レイン。忘れたのか? 連中に“死” なんてものは存在しない。ノイさんとキララには連中を殺したとしか話していない。実際は生きているし。今もどこかで悪巧みしていることだろう。レインも覚えているだろう。
連中の性格がひん曲がっていることに――」
「ひん曲がっているより、悪辣で卑劣で苛烈で下劣な性格が多いだけだと思う」
「レイン。キミの表現は大概だと思うぞ」
レインの表現にズィルバーは苦言を呈する。
「ひとまず、いつでも剣になれる準備だけをしておけ。出てくるのはレッサーとかグレーターとかアークとかじゃない。感覚から見て、藍色……しかも、禍々しさから――」
「“原初の藍”――インディクム!」
「だろうね。とにかく、場所は大帝都。大帝都を壊されるのは困る。止めに行くか」
ズィルバーは貧乏くじを引いたと思いつつ、席を立って、レインとともに大帝都へ急ぐのだった。
「ズィルバー? いる?」
ティアが部屋に入るのと入れ替わりで――。
世界が発する意志は五大公爵家のみならず、ライヒ皇家にも感じさせる。
「――!」
(何? この禍々しい気配……方角から見て大帝都! いったい、大帝都で何が起きようとしているの?)
生徒会室で事務処理に明け暮れていたリズことエリザベス殿下は世界が発する意志を機敏に感じとる。
同様にヒルデとエルダも世界が発する意志を機敏に感じ取る。
「リズ……」
「ヒルデ、エルダ……あなたたちも感じたのね」
「はい。いったい、何でしょうか。この禍々しい気配……」
「このような気配なんて生まれて初めて感じます」
ヒルデとエルダは肌身に感じる禍々しい気配に怖気が走った。しかし、同室にいるエスルトには気づくことなく、なぜ、顔を青ざめているのか首を傾げる次第だった。
(会長も先輩方もいったい、どうしたのでしょうか?)
疑問も抱くこともなかった。エスルトには世界の異変に、世界の意志を感じ取れていなかった。
否、エスルトだけではなく、ライヒ大帝国、否、全世界の誰もが気づいていなかった。世界の意志がこれほどまでに危険だと発しているのに感じ取れている素振りが一度もなかった。
だけども、ティア、シノ、ハルナ、ユリス、アヤの五人を含め、カズとユン、ユーヤ、ユージは気づいていた。否、どこか不快感を味わい、どこか悍ましい感覚を味わった。
しかし、禍々しい気配に関して対処できるのは誰ひとりとしていない。彼を除いて――。
レインに抱っこされている形で大帝都へ急ぐズィルバー。彼の表情はいつになく険しいものだった。
「レイン。わかっていると思うけど……」
「ええ、大帝都についたら、すぐに剣になるわ。相手が相手だもの。そんじょそこらの精霊じゃあ相手にならない。対抗できるのは“五神帝”かキララとノイさんだけ……大抵の精霊は蓄積されている年数・熟練度が足りていない」
「ああ、そうだ」
ズィルバーはレインが急加速で大帝都へ向かっているのに加速感が身体にかかっていない。細心の注意を払って聖属性魔法を行使して身体へかかる負荷を軽減している。
「ったく、連中に対抗できるのは精霊のみ。本来、精霊ってのは耳長族の特権だった。俺たちが永続的な盟約を結んだばかりに蓄積の少ない精霊が増え始めた」
「今更でしょ。あの時代は魔族や悪しき人間の手によって精霊は絶滅しかけていた。それを救ってくれたのがリヒト様やレイ様、あなた、皆のおかげで現代まで生き延びることができた。それに天使族が絶滅しかけた原因も知っているでしょ?」
レインの問いにズィルバーは顔色を鈍くする。
「ああ、堕天使族になって脅威になったから元を潰す道を選んだと、あのときは口にしたが、実際は連中に唆された人間が天使族を皆殺しにしたのが真実だしな」
真実とは時に残酷な結果を突きつける。それ故に真実を隠蔽するのが人族の……いや、生きとし生けるもの全てがやってしまうことだ。
俗に言う、保身に走ったとも取られるが、現実は連中の存在を知ると国が成り立たたくなるのを恐れたからだ。
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