呪い×加護×代償
「“異能”とは“神の加護” の成れの果てだ」
ズィルバーの口から明かされた事実にジノ、ニナ、ナルスリー、シューテルは動揺する。
「何!?」
「ズィルバーとユン殿が持つ異能が――」
「――“神の加護”の成れの果て……」
「にわかに信じがてぇ」
「だろうな。俺も同じだ。だが、事実だ。異能ってのは呪いだ。その血筋に何世代、幾星霜の時が流れても受け続けていく忌々しい呪い。呪いから逃れる術がなく、その血が途絶えることでしか逃れうることができない苦痛の呪い」
「それはつまり、死――」
「なんて忌々しい……」
「ライヒ皇家と五大公爵家はそんな忌々しい呪いと戦い続けてきた」
「それも千年にも及ぶほどに……じゃあ、ティアやエリザベス殿下も呪いを――」
「ああ、受け継がれている。なにしろ、初代皇帝と初代媛巫女の家系。“真なる神の加護”を継承する過程、呪いも継承され続ける。ティアが持つ“無垢なる純白”も呪いとして受け継がれている。なんせ、初代媛巫女の異能と“真なる神の加護”を受け継がれている」
(ティアを見るとレイの面影を感じる。このままではティアは彼女と同じように異能と加護で死ぬ。だから、守護神は――)
「女神守護神がティアに施したのは加護の封印。神なる力を二度と使わないようにした。そうすれば、寿命が幾ばくか伸びる」
「寿命?」
「はっ、そういえば、お祖母ちゃんから聞いた話だと、数世代に一度、皇家の姫君は早世する噂を聞いたことがある」
「あっ、その噂は爺から聞いたな」
「私たちも故郷の道場の師範代たちから教えられたよね?」
「うん。聞いた」
「…………」
ズィルバーはジノたちの話を聞き、目を細める。
(やはり、皇家が早世するのは運命のようだな。全く、神々めぇ。どこまで俺たちを貶めれば気が済むんだ)
彼の中で“オリュンポス十二神”への憎悪が深まった。
「とにかく、ティアを含め、リズ殿下、シノやハルナも二十を超えてまもなく、早世する可能性が高い。しかも、皇家お抱えの治癒魔法使いでも未だに解決方法を見出だせていないだろう。だからこそ――」
「そうか。だから、モンドスの野郎を含め、闇の連中は皇家の命脈を絶ち、国家崩壊と国家転覆を狙ったってわけか。幸いにも、皇太子殿下は左遷されただけで、リズ殿下が崩御したとき、エドモンド殿下を祭り立てればいい。自分らはいい官僚につければ、御の字ってわけだ」
「なんともまあ、都合のいい考えだ」
「でも、その可能性が高い。だけど、闇の連中も前政権陣営も気づいていないことがある」
ここでナルスリーは重大な事実を告げる。
「呪いとは皇家全体に及ぶ。つまり、エドモンド殿下も呪いで早世する。連中はそれを知っているのか否か?」
「知らねぇだろ。知っていたら、こんなバカなことをしねぇよ」
ナルスリーの弁にシューテルが否定する。ズィルバーも同じ考えだが、別の答えを持っていた。
「正確に言えば、モンドス講師も闇の連中ですら知り得ない真実がある」
「知り得ない真実?」
顔を見合わせる四人。ズィルバーは淡々と説明する。
「ライヒ大帝国の地方都市を含め、大帝都の形が円形なのと都市の位置が十字架になるように建造されているのかわかる?」
「い、いえ……」
詳しい事情を知らない四人にズィルバーがわかりやすく説明する。
「北方の大都市――“蒼銀城”を訪れたときに気づいたと思うが、建物の配置も形も道路が放射状になっているのも居城が都市の中心に位置しているのも全ては魔法陣を描いている」
「魔法陣?」
「じゃあ、東方の街の造り方も魔法陣を描くように建築されているのか?」
「そう、都市そのものを魔法陣として展開するために建造された。そして、地方が統括されている土地そのものも魔法陣を展開する仕組みになっている」
「じゃあ、北方と東方は既に――」
「既に魔法陣が地方全域に展開された。これで北と東は呪いに蝕まれることがない。しかも、術式の基点を破壊しても無駄。魔法陣は術者とリンクしている。つまり、術者が死なないかぎり、魔法陣は常時展開し続ける」
「じゃあ、残り、西と南、そして、中央にも魔法陣が隠されているというの?」
ニナはおそるおそる聞き返す。
「ああ、ある。しかし、魔法陣を起動させるのは五大公爵家のみ。しかも、“真なる神の加護” を継承されている者だけだ」
「マジか。じゃあ、ズィルバーは――」
「俺は中央の魔法陣を展開が可能だ」
ズィルバーは自ら中央に隠されている魔法陣を展開が可能だと言い切る。
(ただし、解放には順番がある。中央の解放は地方全ての解放が不可欠。でも、魔法陣の展開には術者の精神面が影響する。それはすなわち覚悟。是が非でも居場所を守り切るという覚悟が――)
ズィルバーは今、その時ではないとわかっている。だが、北と東が解放された以上、敵はおそらく、ライヒ大帝国に眠る力の規模を見抜いているだろう。だが、力の大きさまでは把握しきれていなかった。
「とりあえず、俺は俺でそろそろ準備に取りかかるとしよう。本来なら、ユウトとシノアにも話しておかないといけない重大案件だが、二人には契約精霊がいるから問題ないだろ」
ズィルバーはユウトとシノアを気にかけるもキララとノイがいるので問題ないと踏んだ。
ズィルバーの予想通りにユウトとシノアを含め、シノア部隊の面々は今、キララとノイから重要な話をしている。
「ここにいる部隊の皆だけに話す。よく聞いてほしい」
「どうしたのですか、ノイさん? そんなに改まって……」
「俺らに話しておかねぇといけねぇことでもあるのか?」
ユウトがキララに話を振る。
「ええ、重要な話よ。これからの人生を左右するほどの重要な話」
「これからの人生を左右する重要な話?」
顔を見合わせるユウトとシノア、メリナ、シーホ、ミバル、ヨーイチの六人。
「それはいったい……」
「まず、結論を言えば、ユウト、シノアちゃん。このままでは二人はいずれ、死ぬ」
キララが初っ端から結論をぶっ込んだ。
「は?」
惚ける一同。惚けるのが普通だ。普通、いきなり、死ぬと言われて、『はい、そうですか』と納得する人はいない。キララもそれを承知の上で――
「納得できないのもわかるよ。でも、事実。その訳を説明するわ」
キララは結論を言った上で理由を説明する。ノイはキララの配慮なさに呆れている。
「まず、簡潔に言えば、ユウトとシノアちゃんは既に“真なる神の加護”の保持者。つまり、人智を超えた力を有していることになる」
「あ、ああ……」
「はい……」
ユウトとシノアは手の甲に刻まれている紋章を見る。紋章は今、輝いていないが不気味なことに変わりない。
「端的に言えば、神の加護は人間に許された力じゃない。行き過ぎた力なの」
「俺が死の淵に苛まれてもかろうじて生きていられるようにか?」
「そう。普通、生物は簡単に死ねる。病だったり、自然の猛威だったり、殺されたりと生物は簡単に死ぬ。むろん、異種族もそれは同じ。どんなに生命力がすごくても運悪く死ぬことだってある。でも、ユウトとシノアちゃんが持つ力は一時的に死を遠ざけようとする。それは因果を捻じ曲げている」
キララは臆面もなく忌々しく言う。
「そうですよね。生き物はひょんな事で死にます。寿命の違いがあれど知的生命体も死ぬことに変わりありません」
「つまり、俺とシノアが持つ力ってのは奇跡みてぇなもんか」
「“奇跡”……言い得て妙ね。でも、奇跡じゃなければ説明がつかないのも事実。だけど、奇跡ってのは努力の積み重ねで成し遂げられる奇跡と偶発的に起きる奇跡、もしくは必然的な奇跡に分けられる」
「必然的な……」
「奇跡……」
六人は顔を見合わせる。ノイも奇跡の凄さには驚いたこともある。そして、奇跡には必ず代償を払わなければならないことも――。
「奇跡には代償を払わなければならない。大抵は努力や運気を代償にして起きることが多いけど、ユウトとシノアちゃんが保持している加護は努力や運気では話にならない。払われる代償は寿命。つまり、これから先の未来を代償に絶大な力を発揮させているだけにすぎない」
『ッ――!?』
キララは言った。ユウトとシノアに起きた奇跡は二人の命を代償によるものだと――。
故に、ユウトは気づく。
「だから、キララは俺にお前の加護を使えと言ったのか」
「そう。精霊は人族に悪影響を及ぼさない。そもそも、精霊と人族が契約し合う関係になったのはリヒト様とレイ様のおかげ。人族の血を引く御二方だったからこそ、人族は精霊の加護による奇跡が起きても代償をしなかった」
「だけど、ユウトくんとシノアが保持している加護は別だ。その加護は使えば使うほど寿命を削る。このままだと二人は二十歳を過ぎた頃に天命が尽きる」
ノイもはっきりとユウトとシノアにこのままでは死ぬと告げた。さらに別の問題も教えてあげた。
「しかも、問題は別にある。“神の加護”は何世代に渡って人間を呪い続ける」
「呪い……」
ノイが“呪い”という言葉を強調する意味。それは今後の未来に直結するとシノアは直感した。
「まず、知っておいてほしい。“異能”とは突然変異とかではなく、未来永劫に渡って継承され続ける呪いの塊」
「呪いの塊……」
「身近にあげれば、ズィルバーくんの“両性往来者”はヘルトの系譜。ヘルトも生まれながらに“両性往来者”の異能を持っていた。おそらく、ヘルトの父母祖父母あるいは先祖が“乙女神”の加護を受けていたと思う。神の加護は確かに絶大な力。でも、使いすぎると呪いとなって子孫へ反映されていく」
「じゃあ、ズィルバーはこのままじゃあ、性転換し続けるのか?」
「あるいは性別の判定ができなくなるかもしれん。それが“異能”という恐ろしい呪い。これは薬や魔術で対処できる代物じゃないし。“闘気”でも対処できない。そして、忘れないでほしい。呪いとは血の系譜でのみ受け続けられている。いい、呪いは血の系譜でのみ受け継がれる」
「呪いは血の系譜のみ……」
「そう。シノア。つらいことを言うけど、キミも血の系譜で呪いを受け継がれている」
呆ける一同。言われた当人もユウトもミバルもメリナらもシノアが呪いを持っていることを驚く。
「驚いた?」
「そ、それは驚きますよ。私が呪いを持っているっていう証拠があるのですか!?」
シノアはノイに証拠もないのに言わないでほしいと突っ返した。
「証拠はある。シノア、キミは東方遠征で異能を発現したね。髪の色が変わる“無垢なる藍染”……それも異能であり呪いだ」
「……そんな――」
「残酷なのはわかっている。でも、それを隠し通したまま死なせるのは僕にとって忍びない。だから、選ばせてあげたいと思っている」
「選ばせたい?」
ノイが言おうとする選択肢とは一体――
「呪いを受け入れて短い人生を謳歌するか。呪いと戦って栄光ある未来を手にするか。そのどちらかだ」
「言っておくけど、呪いは“加護”の成れの果て。“加護”の力が働いている。下手をしたら、シノアちゃんのお姉さんも若くして死ぬ可能性が高い」
「マヒロ准将も!?」
「呪いは血の系譜で継承される。それは普遍的な事実。血が通っている以上、シノアのお姉さんも二十歳を過ぎた頃に命を落としかねない」
「そ、そんな……ね、姉さん……」
残酷な事実に意気消沈するシノア。ノイも残酷なのを承知の上でシノアに訊ねる。
「シノア。キミのお父さんかお母さんもしくはキミの親族は皇室に入っていた?」
「ど、どうして、そんなことを?」
「シノアの異能――“無垢なる藍染”は僕が生きているかぎり皇家でしか発現していない。仮にも僕は千年、国内で生きている。皇室が秘密裏に子供を追い出しているならともかく、“無垢なる藍染”を含む異能は皇家にしか発現しない」
(そもそも、“無垢なる藍染”を含め、レイ様の異能が派生した異能。彼女の異能は“無垢なる虹”。七色の虹。極彩色に輝いた髪質だった。その異能が現代まで流れ着き、皇女並びにシノアにも発現した。この事実から見ると、シノアとマヒロはライヒ皇家の血を引いている)
ノイはシノアとマヒロが早死する未来だと告げた。たとえ、それで契約関係が失われたとしてもノイはそれを受け入れる覚悟をしている。と、ここでメリナが隠された真実を告げる。
「“皇室親衛隊”には知られていないけど、“聖霊機関”内では既に知られていることが一つだけある。“教団”が流したデマ情報で貴族もしくは皇族に異能を持った子供を忌み子として処理されていた時期があった。おそらく、その時期にシノアとマヒロ准将の父母もしくは祖父母が皇家から追放されたのかも……」
皇家の暗部、闇に精通するメリナだからこそ知り得る情報。その情報は親衛隊も知りうるべき情報なのかもしれない。
「それじゃあ、シノアの両親は元皇族だったのか!?」
「ライヒ皇家は初代様から続く血を由緒正しく継承され続けてきた。でも、“教団”がデマを流して“異能”を持つ子供は国を害する悪だと浸透させ、異能を持つ忌み子を排除してきた噂がある。もし、仮に血の命脈を断つためにデマを流したのなら、“神の加護”の成れの果てが“異能”なのを知っていなきゃいけない」
メリナは今までの話を踏まえると“教団”がデマを流すにしても、その情報を知らなければならない。つまり――
「今なき“教団”はどこでその情報を仕入れたのか。あるいは――」
「誰かが情報を流した、だね」
メリナが口にした話からノイが的確に答えを告げる。
「僕の予想だと考えうるのは“血の師団”。つまり、吸血鬼族。古い連中は千年以上前から吸血鬼族として活動している。実力なら折り紙付きだし。“神の加護”の成れの果てが“異能”なのも知っている」
「吸血鬼族……忌々しい連中。“オリュンポス十二神”より厄介じゃない。連中は神を怨敵と認定しているけど、人間も毛嫌いしているはずよ」
「毛嫌い?」
「吸血鬼族の殆どは始祖の血を取り込んで死した異種族へと変貌した人間。しかも、戦場で死した人間ばかりを吸血鬼族にしている。現代でもそうだけど、清々しい気持ちで死ねるのと未練たらしく死ぬのと恨みを抱いて死ぬとでは話が違う。吸血鬼族になるのは基本、恨みを抱いて死ぬ連中ばかり。戦場で死した人間を吸血鬼族にするのは簡単だし。人間への逆恨みが強い」
「吸血鬼族は基本、恨み妬み嫉みなどの負の感情を呪いとして蓄積する。蓄積した年数で、その強さが変わる。まるで、悪魔連中と同じね」
「悪魔? ちょっと待ってください!? 悪魔って、実在するんですか!?」
ここで驚愕な新事実がユウトたちは度肝を抜かれる。
「実在するわ。何しろ、悪魔も吸血鬼族もしくは“オリュンポス十二神”と同じくらいに生きている。唯一、対抗できたのは天使族だけど天使族も数が激減している。現代じゃあ対抗できる措置なんて知らない人が多いし。そもそも、悪魔なんて眉唾物、夢物語やお伽噺の産物だと思われているだろうし」
「そもそも、天使族も文献でしか知りもしない種族。“堕天使族”ともなれば、実物を見れる機会なんて極稀。話では聞いていたけど、“魔王傭兵団”にいたとされる“堕天使族”はよく生き残れたと褒めるべき」
「そういえば……」
ここでヨーイチは何かを思い出す。
「“大食らいの悪魔団”は悪魔と関係あるのかな?」
「“大食らいの悪魔団”……裏社会に精通している闇組織……リンネンは裏社会でも名のしれた怪物だと聞きます。まさか、悪魔の力を――」
「いや、それはない」
メリナが最悪な事態を想定するもノイが一蹴する。
「悪魔は基本、肉体を持たない上に顕現するにも依代が必要になる。それも肉体を定着させるために必要な依代を作り変えなくてはならない。出来上がった依代に定着させるためにも時間がかかる」
「つまり、悪魔は精霊と違うのですね」
「一言で言えば、その通り。でも、精霊と悪魔で違いがある。精霊は人間と契約したのに対し、悪魔は魔族と契約することができる」
「魔族……魔族!」
「たしかに、吸血鬼族も魔族に属している悪魔と契約して吸血鬼族として生まれ変わってもおかしくない」
「だとすれば、シノアもマヒロ准将が持つ異能にも関係が――」
「それも千年前に調べたよ。だけど、悪魔との関係や魔族の関係から出てこなかった。そもそも、悪魔はライヒ大帝国を毛嫌いしている。なんせ、初代五大将軍全員で悪魔の依代になりそうな人間を殺したから。悪魔もライヒ大帝国と事を構えたくないのが本音」
「うわぁ~」
ユウトたちは伝説の偉人の闇部分を知り、ゾッとするのだった。
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