帰還と水面下の準備。
ズィルバーがティアの心をへし折るために企てる。しかし、シチュエーションと覚悟はそれ相応ものだ。同時に後で、皆から酷いバッシングを受けることとなるだろう。
それを承知の上でズィルバーは密かに計画を打ち立てるのだった。しかも、ティアの目の前で打ち立てるのだから。バカなのか、肝が据わっているのか分からない。
そうこうしているうちに時が流れ、ズィルバーたちは“白銀の黄昏”本部。
つまり、“ティーターン学園”に帰還したのだ。
帰還してそうそう、ズィルバーは残った皆を集めた。
「俺たちが戻ってきて早々に呼び出されるとは思わなかっただろう。だが、今回は皆に告げておきたいことがある」
「東方遠征の帰還。東方で起きた事件は布施で報じられています」
ナルスリーが代表として挨拶をする。
「目を通しましたが虚報なのはすぐに分かりました。ですので、事実確認を先に行いたいと思っている次第です」
「俺も同じです」
「私もです」
ジノとニナ。“四剣将”の二人もナルスリーと同じ意見だった。すると、同じく“四剣将”の一人、シューテルが口にする。
「正直に言えば、俺たちは完膚なきまでに現実を味わわされた」
「現実を? シューテル。それはどういう意味だ?」
「どうもこうもねぇ。ありのままに言えば、俺たちは確かに“獅子盗賊団”を壊滅した。だが、それは形だけの壊滅だ。現実は非情だった」
シューテルの言い回しに三人は顔を見合わせ、続きを促す。
「過去の因縁っていうか、千年前の化物が東方貴族に喧嘩を売ってきた。しかも、現代では到底考えられねぇ技術で盗賊団の連中を強くさせやがった」
「考えられない技術?」
「呪術で異種族の力を強制的に分離させやがった」
『なッ――!?』
「それだけじゃねぇ、“星獣”っていう怪物の力を取り込んで強くさせる術を手にしていやがった」
「話を聞くかぎりでは到底信じがたいが、シューテルやティアの表情を見るかぎり嘘じゃないのはわかる」
俄に信じがたいが帰還してきた皆の面を見るかぎり、あながち間違いないのだろうとジノは判断する。
「とにかく、“星獣”っていう力は凄まじかった。俺らも精霊の力や今まで隠していた力でなんとか勝利できたものの“コレール”っていう怪物だけは勝てなかった」
「“四剣将”や“九傑”でも勝てない化け物がいたの!?」
「びっくり……」
“白銀の黄昏”でも上位幹部が相手をしても勝てない敵がいたことに驚くニナとナルスリー。
「そりゃ、俺もびっくりした。だが、現状、俺らじゃあ歯が立たなかったのは確かだ」
シューテルが敵わなかったと認めると、ルークスがバカにし始める。
「なんだよ、先輩たちと言っても無理なもんは無理なんだな」
罵倒し始める上に貶してくる。周りのヴァイスやブリッツが謝るように窘めるもルークスは謝る素振りすらしない。なので、ズィルバーが物申す。
「では、ルークスよ。キミだったら、どうする?」
「俺は負けるわけがない! 化物だろうと怪物だろうと力尽くで捻じ伏せるだけだ!」
現実味のない理想論を平然と言い放つ。現実味のないルークスは明らかに理想と現実をごっちゃ混ぜにしている感じが見受けられる。ズィルバーの目から見ても、この手のタイプは勝利しようが敗北しようが精神面で大きく揺らいだりはしない。むしろ、巨大な壁にぶつかった瞬間、言い訳し続けて二度と勝てなくなるのが明白だった。
つまり、ルークスは化物や怪物を相手にして敗北した瞬間、むさ苦しい言い訳するのが見えていた。ズィルバーはルークスに対して言えることは一つ。
「ルークス。悪いけど、今のキミじゃあ化物共を力で捻じ伏せるだけの力はない」
「なっ――!?」
真っ先に現実を突きつける。
「俺たちは北方で傭兵団に勝利した。その事実が心のどこかに余裕が生まれ、浮かれていたと言わざるを得ない。今やカズもユンも仲間を率いて徐々に力が強まってきている。俺たちもうかうかしていられない。故に俺から皆に言うことは一つ。一度、初心に立ち返り、己に足りないものを見つけよ。心が折れるほどの逆境に立ち向かい、乗り越えてほしい。今、俺が言うことはそれだけだ」
ズィルバーが皆に言えることはそれだけ。心が折れるほどの絶望を味わい、どん底から這い上がってみせよ、ということだ。
リーダーからそう言われれば、部下は従わざるを得ないのもまた事実。
それも組織において、絶対の掟だ。
「さて、個人個人の方針は決まったが、問題は“白銀の黄昏”の方針を決めなければならない」
「組織の方針?」
「ああ、“白銀の黄昏”はこれまで表向きは風紀委員会として名目で動いていたが、今は風紀委員として役割を全うしていない。そのため、組織内のチームを再度、能力や将来性に合わせて割り振っていこうと思う」
(それにいい加減、学園講師陣からの圧力を抜け出さなくてはな)
ズィルバーは一瞬だけ、目線をルークスらに見やる。
「それに伴い、メンバーを追加募集。並びに既存のメンバーを追放処分をする予定だ」
『――!?』
この言葉にティアたちの間に動揺が広がる。
「追放?」
「それって、“白銀の黄昏”から追い出すということ?」
「そうだ。追放処分を下すメンバーはあくまで少数だ。大人数を総入れ替えする気はない。あくまで、“白銀の黄昏”を一つの組織として運営するにあたり、邪魔者を追い出すだけの話だ」
ズィルバーはあえて公言するのは狙いがある。それは学園講師陣から送り込んだ内通者を追いだすことで機密情報の漏洩を防ぐメリットがある。
ズィルバーがあえて公言した理由にすぐに気づいたティアと“四剣将”の四人。
(ズィルバーの奴。あえて公言することで内通者をあぶり出す気か)
(明らかに皆の中ではルークスが内通者と疑っているけど、私からすれば、彼はひときわ目立つだけで内通者にしては働けるかと言えば、無理なぐらい。むしろ、ルークスはおとり。私たちの意識を向けさせるカモフラージュ。本当の敵をあぶり出す気だ)
ニナとナルスリーはズィルバーの意図を汲み取り、何事もないように平然としていた。
(この状況でそれを言うってことは本気だな)
(本気で間引く気か。今の“白銀の黄昏”は間違った方向へ肥え太っているのは間違えない。本気で邪魔者を排除して、新しい人員を入れて、再編する気!?)
(おそらく、ズィルバーの真意を理解できているのはティアと“四剣将”の俺らぐれぇだ。“九傑”でもわかっているのはちらほらってところだろ)
(ズィルバーの狙いは一体……)
ジノとシューテルは“白銀の黄昏”の状態を踏まえつつ、踏襲する気でいるのはわかったが、ズィルバーがここに来て、動き出したのかが分からずにいた。
(ズィルバー。狙いはわかるけど……本気で相手にする気?)
ティアもズィルバーの狙いはわかっているけど、その先に控えている問題に首を突っ込む気でいるのか心配でいる。ズィルバーが首を突っ込もうとしている問題。その問題は明らかに“白銀の黄昏”だけじゃなく、学園いや国全体に波紋を呼びこむほどの事態になるとティアは予想していた。そうなれば、被害を受けるのは自分だけにとどまらず、“白銀の黄昏”全体に飛び火する可能性がある。飛び火した影響で“白銀の黄昏”が瓦解する可能性だってある。ズィルバーもそれに気づいていないほど、バカじゃないはずだと、皆、想いたい。
「…………」
むろん、ズィルバーも“白銀の黄昏”に飛び火したり、瓦解させたりするほどバカじゃない。だからこそ、彼が取った行動は一つ。
(さて、邪魔者はどう動くか見させてもらおう。俺も俺で動かせてもらうぞ)
彼は内心、ほくそ笑む。全ては掌の上で踊らされていることを気づかせないために――。
同時に、ズィルバーがこれから取る行動は後で必ず、皆からお説教を食らうのは間違えなかった。
ズィルバーが宣言した言葉に“白銀の黄昏”内部で小さな波紋が起きている。
「ズィルバー。なぜ、このようなタイミングであのようなことを――」
「委員長には委員長なりの考えがあると思う。ティア殿下と“四剣将”が彼の目論見に気づいていないはずがない」
「必ず、反応がある。むしろ、上層部の五人は気づいていた。“白銀の黄昏”に忍ばせた内通者を燻り出すために――」
ノウェムが切り込み、ヒロとヤマトが独自の見解を述べる。
「妾も同じじゃ。じゃが、時期もある。このタイミングで組織内部が混乱し、敵に隙を与えかねん」
「うーん。内通者はルークスじゃないのぅ~?」
「おそらく、彼はフェイク。おとりだと考えていい。情報漏洩をしている輩を排除するために組織内部に揺さぶりをかけた」
リリーとリエムも独自の見解を述べつつ、組織再編にかかろうとしているのが見て取れた。
しかし、彼らも気づいていない。ズィルバーがしようとする行動と、これから起きる事態に誰もが予想打にしなかったことを――。
そして、“白銀の黄昏”に潜り込ませた内通者――。
モンドス講師並びに闇の世界の重鎮の息がかかっている内通者――。
前政権派閥の息がかかっている内通者――。
彼らは今、ズィルバーが公言した言葉に動揺が広がっている。
「まさか、奴は我々に気づいている?」
「いや、そんなはずがない! 奴は戦闘ばかりに能がない委員長」
「だったら、すぐにでも、ルークスをおとりに我々は生き残るか。奴にバレて追い出されるか――」
「ひとまず、モンドス先生に言伝を送ろう。指示を仰がなければ――」
「前政権派閥にも話を通しておいて、いつでも迎え入れる用意をしてもらえば――」
「いや、下手に動けば、奴の目に入る。今は静観するのが筋……ここは身を隠すべきだ」
内通者は下手に動くのではなく、身を潜めて時が流れるのを待つのが筋だと言い切る。
同志は「確かに」とこぼして、妙な納得感に包まれていた。
しかし、納得感のある空気に包まれている内通者も気がついていなかった。
「…………」
息を潜め、闇と同化し、気配を消して一行を見つめている輩がいることに――。
「…………」
(まさか、内通者があいつらだったとは――委員長並びに上層部に報告しなければな――)
スッと輩は闇に溶け込み、姿を消すのだった。
その頃、ズィルバーが公言した“白銀の黄昏”追放者を選出するにあたり、メンバー内で動揺が広がる中、ズィルバーはジノとナルスリー、ニナ、シューテルを交えて、意見交換を行う。
「ズィルバー。ティアを外しての俺たちに話ってのは何だ?」
シューテルが“四剣将”だけを集めた理由を訊ねる。
「簡単だ。内通者を炙り出すために、誰かが囮にならないといけないだろ? 連中にとって最大の障害は俺とティアだ。俺は“白銀の黄昏”のトップにして戦闘能力が桁外れに高い。ティアはリズ殿下陣営を加担している。
連中にとって最大の勝因は現政権陣営にダメージを負わせること。俺かティアがいなくなれば、“白銀の黄昏”内で波紋が生まれ、内部分裂が起きるのが明白」
「たしかに、それは言えてるけど、ティアに話すべきの――」
ここでナルスリーはズィルバーの狙いに気づく。
「まさか、あなた――」
「そうだ。俺が囮になって連中を誘き出す」
『――!?』
ズィルバーが取ろうとする選択に四人に動揺が広がる。どう考えれば、自分が囮になろうとするのか意味が分からなかった。
「文句が言いたくなるのもわかるし。事情を聞かせろというのもわかる。最近になって色々と問題が起きては敵を増やしすぎたのもある」
「増やした原因はズィルバーにあるだろ?」
「否定はしない。だからこそ、このタイミングを使って敵の意識を俺に集中させる。そうすれば、“白銀の黄昏”も内部の問題に集中できるだろ。最終決定権はティアに任せるようにしておく。だが――」
「ティアへ唐突に預けられれば、彼女が動じるぞ。それを承知の上でか!?」
「むろん、承知の上だ。本来なら、俺がトップに動いて問題を解決させたいが……予想以上に内通者の息が食い込んでいる。情報が漏洩されれば、“白銀の黄昏”だけじゃなく、リズ殿下を追い詰めることになる。そうなれば――」
「“決闘リーグ”で現政権陣営に歪が生まれて、地方との統制が取れなくなる、というわけか」
「ただでさえ、後任が若干、精神面がまだ幼い。そこへ派閥体制が崩れると一気に瓦解するかもしれない。下手したら、学園の運営が大きく響く――ッ!?」
「いえ、それだけじゃない。ライヒ大帝国の未来が危うくなる。ただでさえ、前政権陣営が政権下に置かれていた頃、悪人共をのさばっていた。平気で嘘をついて目を瞑っていた。再び、戦乱に戻れば、皇家も政治も危うくなる!?」
「それだけじゃない。“血の師団”の闇もより一層深みを増すだろう。だからこそ、俺はあえて、囮になって単独行動を取る。そうすれば、“内通者”も吸血鬼族だけじゃなく、闇に生きる連中も俺への行動を注視せざるを得ない。皆も内側を注力できる。今は“白銀の黄昏”を強固な組織にする再編だけを考えてくれ。俺がしばらく、連中を意識させるよう取り計らう」
「でも、ティアが納得しないわよ」
「今はしなくてもいいし。怒られてもけっこうだ。今のティアは未だに心が折れていない。絶望を知らなくては希望を見いだせない。故に俺が取る行動は一つ」
「自らを囮になって姿を消し、ティアの心をへし折る…………」
「ズィルバー。それでも、婚約者か!?」
ジノがズィルバーに詰めかける。彼がやろうとしていることは、とてもじゃないが人として最低なことだと言いたいようだ。むろん、ズィルバーとて百も承知でこのようなバカげたことをしようとは思っていない。
全ては――
「全てはティアのためだ」
「なんだと……」
「今のティアは俺のことになると人が変わる。誰だって、好きな人が被害を受けると人が変わるようにティアは今、俺のことになると人が変わるし。俺のために全てを尽くそうとするだろう」
(レイのように――)
ズィルバーはティアの後ろ姿が、命を賭そうとするレイの後ろの姿に酷似していた。それに――。
ティアを含め、ハルナ、シノ、ユリス、アヤの五人に共通しているのは仮契約している精霊が“不死鳥”。だとすれば、ティアを含めた五人の皇女様は確実に――
「ティアが今のままでは早死する」
『――!?』
「早死ッ!?」
「ズィルバー。それはどういう意味だ!? 詳しく説明しろ!」
「…………まさか、な」
「シューテル?」
事情を知らないジノ、ニナがズィルバーに問い詰める中、シューテルは憶測に至り、ナルスリーが彼を見つめる。ズィルバーもシューテルの反応が答えを物語っていた。
「シューテル。キミが思っている通り、ティアは既に“真なる神の加護”を保持している」
「“真なる神の加護”?」
「あの摩訶不思議な力のことだな。確か、ズィルバーやユン、あの部隊のエースと部隊長を持っていたな」
「そうだ。この力は人族だけに発現する超越した力だ。ただし、俺やユンはともかく、ティアの場合は神なる力を保持してしまった」
「神なる力?」
「ああ、俺もユンもカズも人族に似つかわしい力を有しているのは間違えない。だが、ティアの場合は違う。ティアが得た力は“目”だ」
「目?」
「眼球?」
「…………まさか、ティアが得た力って――」
ナルスリーはティアが得た力が何なのか見抜いた。
「そのとおりだ。ティアが得た力は“視る目”だ。しかも、それは“この世すべてを見通す力”だ」
「この世すべてを見通す、力――」
「そいつは地平線の彼方まで見通せる力なのか?」
「正確に言えば、世界の事象の全てを見通せる力だ」
『…………』
ズィルバーの話を聞き、四人は呆然する。無理もない。世界のすべてを見通せるなんざ、人間に許された力ではないのだ。
「さらに言えば、事象というのは時間と空間。つまり、過去、未来、現在の全てを見通せることになる。まさに――」
「まさに、神なる力だ。とても人族が持つべき力じゃない」
「さらにティアは数度か視る力を行使した形跡がある。しかも、無条件下で、だ」
ズィルバーは無条件という言葉を強調させた意味、その意味をナルスリーはすぐに察する。
「もしかして、ティアは知らない間に代償を払っている」
「そう。ティアは代償を払っているのを知らずに使っていた。むろん、代償という話においては俺もユンもカズもユウトやシノアも同じ。何かしらの代償を払っている」
「具体的には?」
ナルスリーが力を使う際の代償を訊ねる。
「俺の場合は性別の曖昧さがより顕著に出るだろう。何しろ、異能が“両性往来者”。“真なる神の加護”と“異能”は共鳴し合うこともある」
「共鳴し合う?」
小首を傾げるニナ。ズィルバーは大事なことを告げる。
「“異能”とは“神の加護” の成れの果てだ」
とんでもない事実を暴露するのだった。
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