派閥争いと水面下の準備。
派閥争い。
広く言えば、対立派閥が足を引っ張り合い、組織運営をしづらくさせる意味合い。
そもそも、定義で言えば、組織で統一されているもの以外の在り方や主張に共通点のある者同士が集まって、意見の集約と統一された在り方の形成を図り、在り方もしくは政策の実現に向けての活動として、その組織を担当もしくは目標とし、組織交流におけるコミュニケーションの場を指す。
商会や社会における“派閥”は組織内において利害や意見などで結び付いた人々によって形成する集団を指す。
政治や執行部における“派閥”は集団のなかで、出身、資格、利害、主張、好悪などを共通にする者が、集団全体の動向に影響を与えるために形成した小集団。とくに政党内の私的な人的結合を、組織の合理的な意思決定、実際行動、人材配置を阻害するものを指す。
そして、派閥争いは何も足を引っ張り合うことだけを指さない。
「さて、地方に催促状を出さないとね」
「北方ならゲルト公爵卿。東方ならレイルズ公爵卿、ですね」
「いえ、ここは若き力……カズくんとユンくんに催促状を送って」
「え?」
「――え?」
これには、エルダとヒルデも反応にどよめく。
「どうしたの?」
リズが首を傾げるも、二人からすれば動揺するなというのがおかしな話である。
「いえ、何も……」
「そ、そうね……カズくんとユンくんに送るんだね。じゃあ、西方と南方はユージくんとユーヤくんに催促状を送るの?」
「ええ、そのつもりよ」
「どうして、普通ならセイや大人に頼むのが普通でしょ」
エルダとヒルデの疑問はもっともであり、この時点でズィルバーやカズ、ユンに頼るのはおかしいと思った。
「たしかに、本来なら、セイにお願いするのが筋だけど、彼女は東方支部の頂点に立ってもらわないといけない。そうなれば、実質的に後継人は長男のユンくんが指名される。北方は実質、カズくんが統括しているようなものだから、エスルトが会長になっても北方は安泰。東方もユンくんが統括する話だから問題なし。それに、エスルトを擁するメンバーもズィルバーくんが用立てするわ」
「ズィルバーが? どうして?」
「どうしても何も、さすが、姉弟よね。主君を立てることに関しては五大公爵家の中で人一倍上手だから」
「そうでしょうか、リズ様。それに主を立てるのは当然のこと。他の五大公爵家だって――」
「ほかは地方の特色に染まっている節がある。それでも皇家への忠誠心は忘れていない。逆にファーレン公爵家は皇家を補佐する関係上、政治に関することが多い中、中央貴族を取りまとめている。領地を持たず、政治ばかりに傾ける連中が多い。地方貴族をいびり散らす輩も多いのが特徴」
「前政権派閥は中央貴族を中心とした勢力。エドモンド殿下を崇拝していました」
「いえ、あれは崇拝というより、おだてて作り上げられた理想の皇帝ね」
「理想の、皇帝、ですか?」
皇家の内情に疎いエスルトにはエドモンド殿下が誰かが生み出した理想の皇帝と聞いても納得のしようがなかった。
「耳にしていると思うけど、エドモンド殿下陣営の貴族が僻地に飛ばされ、改易なされた話――」
「はい。その話は存じております。確か、“獅子盗賊団”に密告した容疑をかけられたとか……」
「そう。世間にはそう伝えられている。だが、実際は違う」
エルダが真実は違うと言い切る。
「真実は残酷。学園講師が密告したのを隠すために講師陣が学園長に内部告発し、皇帝陛下に直訴する形で反対派閥を僻地に追いやったという話――」
「え? 講師が密告した!? 講師陣が学園長に告発して、陛下に揉み消したというのですか!?」
「そうよ。しかも、目撃証言が複数の生徒、用務員が目撃しているから。まず、間違えない」
「その密告した講師が――モンドス講師……」
エスルトは一講師が悪の組織に情報をリークしていたことを知った。
「それじゃあ、陛下も宰相も黙っているはずがありません! 講師を処分しないと――」
「でも、証拠がない。全部が全部、状況証拠ばかりで物的証拠がなかったから。問い詰めようにも問い詰められない。モンドス講師もあの手この手で言い逃れしてくるから。溜まったものじゃない」
ハァと頭を抱えたくなるリズ。
「“問題児”ばかりを“白銀の黄昏”に平気で押し付けて、自分は素知らぬ顔で悠々自適にしているのなら、とんだクズ野郎ね」
「でも、それはもうおしまいかもね」
ヒルデはモンドス講師も年貢の納め時だと言う。
「え? なぜですか?」
「先日、カズくんが学園を通じず、皇家と五大公爵家のみに書状が送られてきた。“魔王傭兵団”の本拠地を再度、調査した折、捕縛していた身寄りのない異種族の子供をモンドス講師へ送り届けられるという紙面が発見した」
「会長、今の話――」
「本当よ。ズィルバーくんとティアも知っている。それに書状の内容によれば、“白銀の黄昏”にいる“問題児”の大半はモンドス講師が無理やり連れ去ったという話だし。傭兵団が秘密裏にモンドス講師を仲介役に奴隷商売をしていたのなら、帝国経済に大きな損害を与えかねない。それだけでも、闇のブローカーをしている痕跡があったのなら、世界経済にひっくり返る可能性だってある」
闇。
ブローカー。
裏社会で非合法な商売をしている“闇商人”のことを指す。ライヒ皇家、五大公爵家が調査しても、捕まるのは下っ端ばかりで大物とも言える商売敵や仲介役が一向に捕まらない始末なのもまた事実。
「“問題児”の出処もそうだけど、誘拐事件が公に捜査されていないのも見るに、皇族親衛隊内部に闇に通じる内通者がいると考えた方がいい」
「親衛隊に裏切り者がいるというのですか!?」
「おそらく、地方の支部だけじゃなく、本部にも内通者を忍ばせているに違いない」
「近いうち、私がお父様に話して、“聖霊機関”に諜報員を派遣してもらうわ」
「“聖霊機関”……皇家直属の諜報機関……」
「ええ、メンバーが全員、異種族。身寄りのない子どもたちを引き取って諜報員として育て上げたの」
「へぇ~。ちなみに“白銀の黄昏”にも“聖霊機関”の諜報員が忍び込んでいるよ」
「え?」
「リズ! どうして、それを話さなかったの!? 帰ってきたら、ズィルバーに――」
「ああ、大丈夫。彼から前に言われたの。『俺たちを調べるのはいいですけど、諜報員の育成はしっかりしてください。あと、選任もしっかり考えてください』とね。見事に見破られているのよ」
「あぁ~、ズィルバー。とっくに見つけていたの。ご丁寧に教育から人選まで事細かく、言われているとは……」
「さすが、私たちの弟……」
まさか、“聖霊機関”の諜報員を見抜いてしまうとは恐れ入り、教育に手を回されるとは思わなかった。これにはさすがのリズも何も言い返せず、煮え湯を飲まされたのだ。
「おまけにカズくんの“漆黒なる狼”やユンくんの“豪雷なる蛇”にも諜報員を紛れ込ませたら、突っぱねられた」
「さすが、最近の後輩は危機管理意識が高くない」
エスルトはナルスリーを含め、後輩たちの危機管理能力の高さに絶句する。
「私も思う。全く、どっちが生徒なのかと思い知らされる気分よ」
リズも同様にズィルバー含む若き獅子たちの危機管理能力の高さに辟易している。
「まあ、後輩たちの意識の高さには困るけど、“聖霊機関”にライヒ大帝国に蠢く闇を一任させる」
「それが妥当ですね。闇に手を出せば、小さな痛手ではすみません。何かと準備が必要です」
「とにかく、今は時間が必要です。“決闘リーグ”への準備と並行して、取り掛かってちょうだいで無策で突っ込むほど、敵はバカじゃないわ」
「わかりました、会長」
「私たちができる仕事、ですね」
リズ、ヒルデ、エルダの三人は頷きあった。
だが、それだけで本当に大丈夫なのかとエスルトは心配な気持ちがほんの少しだけあった。
ちょうど、その頃、第二帝都を目前に控えて、一夜を明かす予定にしたズィルバー一行。
ズィルバーは先日、カズから送られてきた書状に目を通していた。
「……………………」
目を通す中でズィルバーは目を細める。
(やはり、“魔王傭兵団”も“血の師団”が一枚噛んでいたか。“獅子盗賊団”の一件といい、モンドス講師にも絡んでいるとなれば、帝国中枢にまで吸血鬼族の脅威が迫っているのなら、狙いはおそらく――)
「ライヒ皇家と五大公爵家……」
ズィルバーは野営の準備をしているシューテルたちの姿を横目に物思いに耽る。
「吸血鬼族……“血の師団”か……」
(ハムラの話によれば、ヴァシキを始末したのは、レスカーの仕業だと聞く。要するに、連中からしたら、“獅子盗賊団”はもはや、不要と判断されて始末された。残りの構成員もハムラの手によって使い潰すつもりでいた。あの女狐が別れ際に教えてくれたから間違えないのだろう。
だとすれば、闇の中枢に位置しているのは紛れもなく、“血の師団”……今までは下っ端や幹部連中が動いていた。だが、その中でもアシェラやクルル、レスカーといった上級幹部が動いているのも事実。
連中が動くとなれば、必ず、親玉がいる)
ズィルバーは北方と東方、二つの事件の背後には“血の師団”が絡んでいるのは紛れもない事実。それに――
(それに、カズが持ってきてくれた書状の内容から見ても、モンドス講師も紛れもなく黒。だが、その彼もいずれ、消されるのは事実、か。その前に証拠を掴まないといけない、か)
ズィルバーは早めにケリを付けないと真実が闇に葬られてしまう危険性を留意する。それがわかっていても、確実と言える証拠が見つかっていないからこそ、モンドス講師を陥れずにいる。もどかしいと感じつつも少しずつ調査と精査をしなければならないと思っていた。
国の歴史が長いと栄光の裏には闇が渦巻いている。闇に対抗する準備と力が必要だ。
今のズィルバーには力があっても準備が全然足りない。いや、力もまだまだ足りないと思われる。
力とは武力だけを指し示さない。財力、人脈、人員の豊富さなどの多岐にわたる。謀略を張り巡らせる知力も必要となれば、知識を蓄える学も必要となる。
――と、すれば、ズィルバーの前に前途多難の壁がもりだくさんにある。
しかし、すべての壁にぶち破る必要はないと思っている。
(そのためにも、皆に総合的な底上げが必要不可欠。東部での一件が皆に活力をもたらすことだろう。事実隠蔽は致し方ないと思うが、時期が時期だけにしばらくは鳴りを潜めるか)
ズィルバーは先を見据えて、着々と準備に入ることを選んだ。
「ズィルバー、何をしているの? もうすぐ、第二帝都だからって、気を緩めちゃダメでしょ」
「ん? ああ、悪い悪い。少し考え事をしていただけだ。野営の準備は?」
「もうとっくに終わったわ。全く、皆に任せて自分だけゆったりしてるなんて、気を緩めすぎというか、リラックスしすぎよ!」
「むしろ、急ぎすぎてたぐらいだ。少しは肩の力を抜け。張り詰めすぎるのも良くない」
気を楽にしろ、とズィルバーに言い返されてしまう始末。
「どうしたの? 東方遠征を終えたばかりなのに……」
「終えたからこそ、見えていたものが見えなくなった。いや、逆に見えなかったものが見えてきた」
「ん?」
「壁にぶつかり、屈辱的な敗北、挫折を味わう。挫折を知らぬものに前へ進めると思うな。挫折を知ってこそ、自分が未だに歩んでいないことに気づく」
「歩んでいないことに気づく? じゃあ、私たちは歩んですらいなかったの?」
「いや、違う違う。本当に進みゆく道が見定まっていなかった、だけの話」
「私が望んでいる進みゆく道?」
「そう。今までのティアやシューテルたちはたしかに道を進んでいる。でも、それは凡人の道だ」
「凡人の道……」
「凡人の道……凡人と一緒に歩んでいる道。でも、そこで確実に壁にぶつかる。いや、殻にブチ当たると言ってもいい」
「壁……挫折とかそんな感じ?」
「うーん。挫折も壁のように思えるが違っていて、挫折は道半ばで崖に直面し、足踏みするか立ち往生するのが挫折。壁は“心の壁”さ」
「“心の壁”?」
「想い。夢。願い。望み。在り方。精神、などだ。想いが強ければ強いほど、人は今までの何倍ものの力が発揮する。でも、戦士の俺の場合、壁とは“妙手の壁”――」
「“妙手の壁”……」
「達人や英雄の道へ踏み出す壁、と捉えてくれ。その壁の前で藻掻き苦しみ打ちひしがれて断念する奴も道誤って悪の道へ堕ちる奴もいる。誰もが凡人の道を歩む果てに英雄へ続く壁にぶつかり、断念する輩。あるいは、その壁すら見えずに一生を終える輩。そして、壁を打ち破り、英雄の道へ駆け上がっていくかのどれかだ」
「ふーん。でも、ズィルバー。どうして、あなたは壁や殻を心や妙手の二つに分けたの?」
「妙手は武の道を志すのを指す。でも、心は想いを遂げたり、夢を叶えたりする場合に指す。ここで先程の話に戻る」
ズィルバーは先程、壁を“心の壁”と“妙手の壁”に分けた。心とは想いや願い、夢だけに留まらず、在り方や精神につながる。
「世の中、いくら想いが強かろうが、夢が凄かろうが、精神が子供で未熟だったら、爆発的な力もただの火事場のクソ力と同じ」
「いえ、火事場のクソ力も大人になっても同じだと思うけど……」
ズィルバーの弁にティアがやんわりと否定する。しかし、彼の意見を否定する要素はそれぐらいしか見つけられなかった。
「とにかく、全員が全員。ようやく、英雄への道に通じる壁に直面した。シューテルの話を聞くかぎり、無限に成長し続けたであろうコレールを前で奮闘することすらできなかった時点で凡人では相手にならないということだ」
「凡人って、シューテルたちは並ならぬ才能を持っているけど……」
「たしかに、それは否定しない。あいつらは紛れもなく天才だ。天才だからといって壁にぶつからないのはおかしな話だ。今までできていただけで通じるほど世の中は甘くないことを思い知らされただけの話だよ」
ズィルバーはまるで体験してきたかのような言い回しでティアに話している。その言い回しは自分にも返ってくるが、ズィルバーは無視して話を続ける。
「だから、今回の失態は本部に詰めているジノたちにも包み隠さずに話す。そして、今のままでは、どれだけ足掻いたとしても勝てない敵に一生勝てない」
ズィルバーは言う。彼も今回の敗因はわかっていたからだ。
「俺は強くなりすぎた。いや、強すぎた。強すぎたからこそ、精神が揺さぶられることがなかった。いや、鍛えすぎたの間違えかもしれない」
「ズィルバー……」
「英雄の道を進もうが精神構造は人であることに変わりない。常人と同じように敗北したら悔しいし二度と立ち上がれなくなるかもしれない。敗北した悔しさをバネに二度と負けぬように己を鍛え続ける。それが常人だろうと英雄だろうと変わらない。しかし、例外な化け物もいる。肉体面でも技術面でも精神面でも強すぎる輩がな」
「それって、ズィルバーのこと?」
ティアは遠回しにズィルバーを指し示す。
「俺は後天的だ。例外な化け物は先天的に全てにおいて強すぎるということだ。そういう奴にかぎって、自分より強い敵に負けても心になんの変化もない。変化がなければ、次に同じ敵と戦っても同じように負けている。そして、本人は自分がなぜ、同じ敵に負けているのかわからないままでいることだろう」
「どうして、全てにおいて強いのはいいことでしょ?」
「確かに全てにおいて強いのは長所だ。とても素晴らしいことだろう。だが、全てにおいて強いことが長所となれば、短所にもなる。その輩は弱さを知らないからだ」
「弱さを、知らない……」
「そうだ。もう一度言うが肉体面と技術面を磨けば強くはなれる。それはどんな人間でもできることだ。しかし、精神面は弱さを知らなくては本当の強さを手にすることができない」
ズィルバーはあえて精神面を強調してティアの頭の片隅に残そうとする。
「屈辱的な敗北や絶望的なまでの力の差を実感して負けたくない、追い抜きたいという想いは時として何倍ものの強さを生み出す。ティアも心当たりがあるんじゃないか? 目から鱗が落ちるほどに成長した輩を――」
「…………」
ティアの頭から呼び起こすのはシノが再会した時と“獅子盗賊団”壊滅作戦に動き出そうとした時と見違えるほどに強くなっていたのを――。
「ティア。強くなりたかったら、本当の意味で弱さを知るんだ。そして、自分の心を折るほどの強敵と戦い、抗い続けるしかない」
「でも、どうやって――」
ティアにはどうやって心をへし折るほどの難所にぶつからせ、弱さを知れるのか分からずにいた。むろん、それはズィルバーも承知の上だ。承知しているからこそ、あえてティアに困難の道を進ませようと企てる。かつて、彼女が歩もうとした道であり、伝説の偉人たちも歩みたかった道でもある。
しかし、ティアに困難の道を歩ませるとなれば、それ相応のシチュエーションと覚悟が必要となる。
それも下手をしたら、二人の関係が悪化するかもしれないほどの覚悟を、だ。
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