水面下での派閥争い。
東部での一件はライヒ大帝国に及び、周辺国に多大な影響をもたらした。
“獅子盗賊団”の壊滅。
その全てが“白銀の黄昏”と“豪雷なる蛇”、“皇族親衛隊”による成果だと大々的に公表された。
いや、公表させられた、という方が正しい。
真実を隠蔽する。これはそうせざるを得なかった。
“獅子盗賊団”の壊滅だけでも、重大な事実なのを表立って公表するのは裏にとんでもない真実が隠されているからだ。
“血の師団”が裏で関与しているだけにとどまらず、さらなる強敵、いや、神敵――“オリュンポス十二神”の存在は歴史の闇に葬り去らなければならない。
知られてはならない事実。
戦わざるを得ない敵を前に問題が山積みだからだ。
しかし、偽らざる事実を見聞きした大衆と真実を知る者たちとで反応が異なるのもまた事実。
大衆は“獅子盗賊団”の壊滅に大いに喜ぶことだろう。
悪しき出来事。忘れ去りたい記憶。忌々しい思い出。絶望から立ち直りたい想いなど色々と込められていた。
吐き出した想い。忘れたくても忘れられない歯痒さ。晴らしたくても晴らせない歯痒さ。
いろんな想いが漏れ出し、大衆は、民衆は、怒りをぶつける相手が、あと少しだと浮足立つ。
だが――
だが、“魔王傭兵団”に続き、“獅子盗賊団”の壊滅は他の闇組織に大きな反響を与えた。
“大食らいの悪魔団”に、“ホワイトホエールファミリー”そして、“血の師団”。
いや、それだけじゃない。闇に通じる者たちが一斉にざわめきついたのはまた事実。
そして、新世代の台東の一つ、北の狼――“漆黒なる狼”もまた、その一つ。彼らも東の一件を楽観的に見ていなかった。
「どう思う、カズくん?」
“蒼銀城”、当主部屋にて。
城主となったカズ・R・レムア。彼は同席しているハルナの問に対し、こう答える。
「明らかに深い事情があったのだろうな」
「深い事情……」
「ああ」
カズの傍らにいる蒼き狼がスッと瞼を開く。
「今回の交流会は東方と、だ。東には“獅子盗賊団”の本拠地がある。本拠地つぶしに行ったのに、“獅子”ヴァシキの首が大っぴらに晒されていない。明らかに首を晒させない事情があったのか、あるいは――」
「大っぴらに出せない深い事情があった」
「ああ、しかも、ライヒ大帝国の根幹に至る闇深い事情があったとしか思わない」
「この国の、根幹……」
ゴクッと生唾を飲むハルナ。
「そもそも、俺たちは何も知らない。“蒼銀城”の配置の在り方、北国なのに地下水路が張り巡らせているのか。初代はなんのために、こんな大掛かりの仕掛けを施したのか」
カズの言葉にハルナは考えさせる。
「たしかに、キーがカズくんなのも気になる。ゲルト様がダメだった理由。何か理由がありそう」
謎が謎を呼んで、頭がこんがらがりそうになる。
「ひとまず、目の前の問題を解決しよう。今回の一件が国内外に大きな影響を与える。大イベントに差し障るかもしれん」
「――“決闘リーグ”」
「うん。あのイベントは次の生徒会長を決めるだけじゃない。次期皇帝を決める派閥争い。大帝国の未来を担うれっきとした大イベント」
「例年は次期皇帝を決める派閥争いにならなかった。でも――」
「北と東の闇が一掃されたことで派閥間の勢力図に乱れが生じている。この乱れは一日そこらで解決する問題じゃない。年単位で考えて動いた方がいい」
カズは事態を重く見て、静観する姿勢を取る。
「年単位、ね。それじゃあ、それまでにこっちもこっちで人員の追加と部隊分け。皆にやりたいことを増やすべきね」
「そうだな。俺だけでも限界だしな」
カズの一人称が“僕”から“俺”に変わっているとかはどうでも良く、カズは今までは自分が過労死してしまうのではないかと思っても仕方なかった。
ハルナもそれを気にかけて、人員の追加を念頭に置くことを決めた。
「じゃあ、そこの人選はハルナに任せる。っていうか、カインズ共はどうした?」
「皆、自分の得意分野を広げることに専念しているよ。あと、後進育成に勤しんでいるよ」
「後進育成する歳か?」
気になってしまうが、この際、無視することにしよう。そうしよう。
「やれやれ、前途多難だ」
「自分が選んだから。駄々をこねない」
「…………はい」
カズは渋々、書類に目を通すのだった。
一方で、中央へ帰還命令を受けたシノア部隊。
此度の決定に不服を申し立てたい気持ちでいっぱいだったが、皇家の決定となれば、覆すことができない。
「納得いかねぇ」
「ユウトさん」
「まあ、真実を知っている俺らからすれば、不服だが、世間ってのは、この虚報を事実だと疑わねぇだろ」
「悔しいことに変わりないけどね」
シーホとヨーイチは皇家いや皇帝の決定に異を唱える気がない。
「それに事実を捻じ曲げてくれたおかげで世間様に俺らの敗北が知られなくなったってことになる」
「なんだよ、まるで、俺らのメンツなんてどうでもいいように聞こえるぞ」
「どうでもいい、ってより、うちらのメンツなんてゴミにしか思っていないだろーぜ」
ガミガミと噛みつくユウトをミバルが事実を述べつつ嗜める。
「だが、この決定に俺らだって不服だ。本来なら、真実を打ち明けるべきだが、時期的に公にできねぇんだろ」
「あん? 時期的?」
意味がわからないと噛みつくユウト。
「そうか。“決闘リーグ”」
「ああ、あれは“ティーターン学園”並びに大帝国全土に及ぶ大イベント。このイベントを控えている以上、情報を錯綜させて、皇家の信用を落としたくねぇんだろ」
子供ながらに大人じみた考えをするシーホ。
「じゃあ、時期に悪かったから。事実を隠蔽したってのか? 胸糞悪ぃぜ」
「胸糞悪ぃのは皆、一緒だ。だが、こう考えてみろよ。折角の機会だ。力を磨かねぇか?」
シーホが皆に提案をした。
力を磨くことに――。
「東部の一件で俺たちは自分に足りないものが判明した。俺らにしかできねぇことをしようぜ」
今よりも未来へ突き進もうと提案する。
「んなもん、決まってる。俺はバカだ。だが、バカにはバカなりに前へ進まねぇといけねぇ」
ユウトは端から前に突き進むことしか頭になかった。何しろ、彼は――バカ、だからだ。
「あぁ~、俺もユウトみてぇにバカだったら、いいのによぅ~」
「おぉ~、シーホ。俺を蔑ろにしてぇなら、いいぞ? 表にでろ」
「あぁ~、いいぜ。こっちもこっちでムシャクシャしていたからなぁ」
バチバチと睨みあうユウトとシーホ。
「また始まった」
「放っときましょう。喧嘩すれば、馭者に怒られるだけだし」
喧嘩腰になる二人を無視して、ミバルはシノアに提案する。
「部隊長としてはどう考えのつもりで?」
「考えも何も、私は部隊長として、学ばないといけないことがあります。あなたもお姉さんのもとで仕事の手伝いをして来れば?」
「いい。姉さんは今頃、クレト中将の下でこき使われているだろうからさ。それに私らの場合、事務仕事を叩き込まれないといけないだろ?
しばらくは修行しつつ、事務作業全般をしていくよ」
ミバルは他の上官の指示を受けつつ、事務作業全般をする予定でいた。
「むしろ、僕らの場合、学園の警備に回されそうに思う。“ティーターン学園”が催される大イベント――“決闘リーグ”は国内のみならず、国外の冒険者から貴族、王族が来訪する。学園の生徒には、国外から留学している生徒もいるからね。それに――」
「それに、学園へ訪れるのは王侯貴族だけじゃない。悪党連中も“決闘リーグ”に乗じて、闇カジノをしている場合がある、というわけね」
「うん。だから、僕らがすべきなのは、知識を身に付け、力を身に付けることだけ考えればいいんじゃないかな。もちろん、事務作業全般も身に付けないといけないけど――」
ヨーイチが考えうる未来を口に出せば、確かに有り得そう、とシノアとミバルは納得する。
「“決闘リーグ”……」
一人、話に参加せず、考えていた人物がいる。
そう、メリナだ。彼女は“決闘リーグ”での振る舞いを考える。
(おそらく、“決闘リーグ”で吸血鬼族……いえ、“血の師団”が必ず、動く。“聖霊機関”としては一網打尽にできるチャンスかもしれない。
でも、それは皇帝の決定が最優先される。それに――)
メリナは身を挺して守ってくれたヒガヤの姿が頭によぎる。
(彼への恩返しを――って、何を考えているの!? 私!?)
胸中、浮ついているメリナ。
(と、とと、とりあえず、大帝都に帰り次第、“聖霊機関”へ報告と確認に行かないと――)
メリナは皇帝への召喚を待つのだった。
そして、一番のネックは“ティーターン学園”、生徒会。現会長のエリザベス・B・ライヒ。通称、リズ。彼女は東部の一件で報じられた内容に目を通した。
「これは――」
「リズ」
「明らかに――」
「会長……」
報じた紙面を読んでいるエルダ、ヒルデ、そして、エスルト。四人には虚報なのがまるっきり筒抜けだった。
「お父様が真実を覆い隠すのもわかります」
「“白銀の黄昏”……風紀委員会はどうだったの?」
「ナルスリーさんも内容を見たとき、虚報だと気づいて、事実隠蔽しているのはわかっていました。それと、“白銀の黄昏”に委員長の一通が届いていたようで――」
「ズィルバーが?」
「はい。エルダ先輩。ズィルバー委員長の手紙の内容によれば、紙面に書かれる内容は虚報。時期的に鑑みて、真実を隠蔽するのが得策だと綴られており――」
「時期……“決闘リーグ”――!?」
「そっか。“決闘リーグ”で生徒会陣営の痛手にならないために――」
「全く、あの子は私たちのことを考えてなくてもいいのに……ほんとに世話のかかる弟なんだから」
プンプンとリスのように頬を膨らませるヒルデ。
「その割には嬉しそうな顔をしているようだけど、ヒルデ?」
「それはあなたも同じでしょ、エルダ」
嬉しげに微笑み合う双子姉妹。エスルトも二人の空気に割り込みたくないのを承知で報告する。
「会長。手紙には続きがありまして――」
「続けて――」
エスルトはズィルバーから届けられた手紙の文章を要約し、伝える。
伝えられた内容にリズもヒルデもエルダも呆然とする。
内容がシリアスなだけに処罰と処遇を考えさせる内容だった。
「一講師が子供を誘拐しないでよ。まさか、学園側もモンドス講師の問題行動に目を瞑っているのかしら?」
「なくはないけど、こんなのが大っぴらに公表したら、“決闘リーグ”どころじゃあなくなる」
「だからこそ、秘密裏に解決する必要がある。学園側に直訴しても秘密裏に解決してほしいと言われるだけ」
「だったら、私たちが解決しないと……」
「この真実をネタに学園側が“白銀の黄昏”を強請られては溜まったものじゃない」
「懐古主義というか、古びた思想を持っているというか」
「時代遅れの思想……未だに根強く残り続けているとは――」
「人族が一番優れている思想なんて無意味だと言うのに――」
「どうして、人族こそが絶対的な統治者と思っているの?」
エスルトは古くから根強く残り続けている思想。
人族こそが絶対的な正義であり、異種族は弱者であるという捉え方だ。
「この世に絶対的な正義なんて存在しない。その思想は自分らが弱者であることを認めたくない意志の現れ。心が弱いものは皆、その思想に取り憑かれていく」
「その点で言えば、ズィルバーはすごいね。武力と治世をもって、“問題児”を束ねちゃうんだから」
「我ながら、いい弟を持ったものね」
「自画自賛しない」
「「――はい」」
「でも、ズィルバーくんが為そうとしている道は覇王の道。覇道を志し、王道を捨てずに成し遂げようとする姿勢……普通、難しいことなのに彼はそれを為そうとしている」
「会長。そんなに難しいことなのですか?」
エスルトはズィルバーが進んでいる道が険しい道なのか想像できずにいた。
「そうね。口先だけなら簡単だけど、実際は難関の道。我らライヒ皇家も五大公爵家も長らく、王道を突き進んでいた。覇道を志す者なんていなかった。でも、今じゃあ、それすらも危うい状況。義をもって国を統制するのは極めて困難にある」
「エドモンド殿下の精力を軒並み弱らせたというのに、未だに牽制を続けている。力をもって国に統治しようという腹積もり」
「連中も懲りないものね」
「次の“決闘リーグ”はこれまでにないほど血を流すかもしれない」
リズが言う血を流すというのは流血沙汰になるどころか、死傷者が出る沙汰になると認識でいる。
「で、ですが、会長。これまでの“決闘リーグ”では流血沙汰になることはあっても死者が出るほどの騒ぎには――」
「それほどまでに世の中は混乱しているとも言える。だからこそ、私は決めなくてはならない」
リズは今、選択しなければならない別れ道に立たされていた。
“王道”か“覇道”かを――
王道とは“徳”によって、“義”によって、本当の仁政を行うこと。
覇道とは“武力・権謀”によって、借り物の仁政を行うこと。
“徳”とはバランスのとれた理性や尊敬や信頼、正義や勇気や赦免などを意味する。
“武”とは一方的な暴力や恐怖や裏切り、陰謀や処罰などを意味する。
はたまた、覇王の道を突き進むか。
世を治めるためにリズはいくつかの選択肢を進むかに苛まれる。
徳によって世を治める王道か。武によって世を治める覇道かを――。
「会長」
エスルトを含め、ヒルデもエルダもリズの選択を気にする。
「エスルト……そう悲観しないで。私はもとより、ライヒ大帝国の次期皇帝を目指すもの。民を愛し、民に血を流させない! 力によって制する野蛮な輩を、義によって制してみせよう!」
「――!」
「…………」
「…………」
エスルトはリズが宣言した言葉に感銘を受け、その志を受け継いでいく意志を固める。
逆にヒルデとエルダは心配する素振りを見せる。
「やっと決まったね」
「もう優柔不断なのも困りものね」
「えっ? 優柔不断!?」
「いつも迷惑をかけてごめんね、エルダ、ヒルデ」
「えっ? えぇ~!?」
エスルトが知りもしなかった。エリザベス・B・ライヒが実のところ、優柔不断な姫君だったことに――。
「か、会長が、優柔不断――」
「あら、知らなかったの」
意外な反応をするリズ。キョトンした素振りをするリズにエルダとヒルデがフォローする。
「エスルト。リズは面の皮が厚い……」
「だから、自分が悩んでいる姿も迷っている姿も全然一目に見せない。知っているのは五大公爵家の一部のみだから。皇帝陛下も知らないはずよ」
「じゃあ、弟君も……妹君も……」
「ええ、ズィルバーくんもティアも皆、知らないわ。知っているのは五大公爵家の中でもエルダとヒルデ、東方のセイあたり……だから、皆、私が決然としているように見えるけど、実際はどうすればいいのか分からない。まだまだ甘ちゃんの皇姫に変わりない」
リズは自らの口で明かした。自分が優柔不断で、わがままな皇女様だと――。
「でも、それはもう終わり。いえ、“教団”との一件から遠回りしていたのかもしれない」
リズことエリザベス・B・ライヒ。彼女は決断する。
中途半端な覚悟を折られたぐらいで、また優柔不断に迷って、皆に迷惑をかけてしまう。それではダメだと何度も言い聞かせてきた。
それでも心は甘えたままで、また自分の足で歩くのを諦めようとしていた。
だが――
ズィルバー・R・ファーレン。ユン・R・パーフィス。カズ・R・レムア。といった若き世代が台頭してきたところにこれから引っ張っていく世代が歩みを止めていれば、一気に追い抜かされていく。
「余はもう迷わない。余はもう惑わされない」
まるで、自分を叱咤するかのように言い放ち、宣言する。
「余はエリザベス・B・ライヒ! “ティーターン学園”の頂点に立ち、ライヒ大帝国の未来を担う次期女帝である!」
「――会長」
「余の進む先に阻む障害は全て排除する。それが私の進むべく道である!」
この先、様々な感情が渦巻く心は正常ではなくなる。何を優先すべきなのか、わからなくなるだろう。だから、
――踏み潰していく。
余計な感情も、優先事項も全て潰していく。
リズが覚悟を決め、宣言した以上、生徒会員のすべきことは一つ。
「会長の背後は私たちが守り抜きます」
「会長は前を向き続けてください」
「会長。私は会長の意志を継ぎ、“ティーターン学園”をより良い学園運営をしていきます」
三人が自らの意志をもって宣言する。リズを守り、意志を受け継ぐことを――。
「ありがとう、皆……」
こうして、“ティーターン学園”生徒会執行部の結束力はより強固となった。前政権陣営でも打ち破るのは難しいことだろう。
さらに、各地方の若き力がリズにつけば、自ずと現政権へと勢力図が傾くことになる。
しかし、まさか、あのようなことになるとは、このとき、誰もが思わなかった。
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