目覚めと帰省。
これからの先行きを考えていたノウェムとヤマトの二人らにつられて、ヒロも将来を見据えて、自分に何ができるのか考え始めた。
今まではズィルバーとティア、“四剣将”がいれば、問題ないと思っていた自分がいたことを自覚する。
頭の片隅に楽をしたい気持ちが根付いていたのだろう。
生き物というのは楽を知れば、一気に堕落する。堕落した生き物が再び、努力しようにもすぐに怠けてしまう残念な咎がある。
ヒロにもないと言い切れないが、根付いていたのは確かだ。
「楽を抜くには、自分をとことん追い込まなければならない」
(と、すれば――とてつもなく過酷な環境に身を置かなければならない。委員長に頼んで、一時的に外界と遮断する環境を用意してもらう)
ヒロは一度、己の精神と考え方を壊さなくてはならないと思い立った。
「苦しいけど、彼にできないことが、僕ができないとは言えない。やれるだけやって後悔しよう」
「そうだ。その環境にいる間は勉強に励もう。見識を深めなくては“白銀の黄昏”の顔に泥を塗る行為だ」
次々にアイディアが浮かぶヒロの頭を一度、覗いてみたくなった。
そこへ、吉報が届いた。
ティアが目を覚ました。
「なに!?」
「副委員長が!」
「それは良かった」
ホッと胸をなでおろす一同。
だが――
「でも、なにか吹っ切れた精悍な顔つきをしています」
「吹っ切れた顔つき?」
(そいつは妙だな。ティアが気を失っていこう。どこか、魘されていた。悪夢でも見ていたような)
シューテルは訝しんだ。
「とりあえず、ズィルバーの耳にも入っているはずだ。一応、帰宅の準備をしろ」
「はい」
部下に指示を送って、他のメンバーに中央へ帰宅する旨を伝達する。
ティアが目を覚まし、顔つきが変わるのは、どう考えてもおかしいとシューテルは踏んでいる。
彼はこう思った。
(あの守護神っていう女がティアに何かをしたとしか思えねぇな)
彼は神という存在を蔑視した。
(ティアの力を封印させたっていうのも胡散くせぇが、ズィルバーの反応を見るかぎり、そうだろうな。ったく、ズィルバーはティアのことになると過保護っていうか、心配性になる。
まあ、でも、惚れた女を心配するのは男としての本能って奴だ。否定はしねぇ。だけど、あいつのそれは、それ以上に思える。まるで、死なせたくねぇ強ぇ意志を感じる)
シューテルはこれまでのズィルバーの行動から想像するに――。ズィルバーがティアへ向ける感情は恋愛感情だけじゃなく、何か、特別な感情を持っているのは確かだ。
その感情がなんなのか、シューテルには分からない。いや、分からなくてもいい。いずれ、通る道。通る中で知ることになる感情だと思っている。
「全く、今回の戦いで自分の未熟さを呪うぜ。精霊の力を、加護を、祝福を引き出せるように俺自身がもっともっと強くならねぇといけねぇ」
(それはとてつもなく、険しい道なのは間違えねぇ。だが、俺は誰だ? 俺はシューテル・ファーズだ。次期“北蓮”として“北蓮流”の頂点に立つ。そのためには、己の限界を打ち破らねぇといけねぇ)
限界。つまり、壁をぶち破らなければならない。天才は巨大な壁にぶつかったとき、引き返して腐るか、ぶち壊して高みを目指すのかのどちらかしかない。
巨大な壁。それは、つまり、挫折だ。挫折を味わい、敗北を味わい、悔しさを味わい、己を恥じる。
敗北をバネに敗北の味を味わいたくないために、人は底しれない努力を積み重ね、強くなろうと殻を打ち破る。
技術を磨き、肉体を磨き、精神力を磨けば、強くはなれる。
(ズィルバーは精霊の力云々より、力も技術も精神も磨かれていた。気持ちの強さも見せつけられた。精霊も神っていう力も大事だが……そいつは可能性を広げているだけ。
己の力を高めなければ、最強には至らねぇ、ってわけか)
シューテルは自分が未だに半端者だと自覚する。
しかし、巨大な壁は一度、ぶつかった。
そう、シューテルは一度、挫折している。天才と称され、天狗になっていた少年はたった一人の少年の手によって敗北に期した。
完膚なきまでに打ちのめされた。力の差を見せつける形で――。
悔しかったであろう。
而して、少年は、ズィルバーはあえて、シューテルらの精神が壊れるほどの壁となった。
それはまるで、かつて、自分が味わった挫折を若輩たちに味わわせるために――。
「ったく、ズィルバーにしてやられた気分だぜ」
(なぁ、ジノ、ニナ、ナルスリー。
オメエらも今、死物狂いで修行しているんだろ?)
シューテルは“白銀の黄昏”本部に残って頑張っている皆の姿を想像した。
実際、日々、事務作業をしている同輩や後輩の姿を見て、自分をしなければならないと自覚して、手伝い始めたことを――。
(今のままじゃあ、ダメだ。俺はもっと強くならねぇといけねぇ。そのためにも――)
シューテルは外の景色を見つめる。
「もう一度、爺に教えを請うかねぇ」
ハァと息を吐いた後、帰省する準備をするのだった。
目を覚ましたティアはパチパチとあたりを見渡した。
「私は……一体――」
「ティア様!」
カルネスが起きたばかりのティアに抱きつく。
「か、カルネス……く、苦しい……」
「はっ、し、しし、失礼しました」
おどけるカルネスにティアはクスッと微笑んだ。
「大げさね」
「すいません」
照れ隠しにカルネスは頬を赤くする。恥ずかしそうに顔を俯かせたまま、カルネスはティアに伝言を告げる。
「委員長からの伝言で、近日中に中央へ帰省するとのことです」
「そう」
(随分と早いわね)
ティアからしたら、早そうに思えるのだろうが――実際は――
「これ以上、東部にいてもやることがないということで、ティア様を残して、帰省することを念頭に置いていたようで――」
「――はい?」
ティアは今、聞きならざる言葉に惚ける。
「カルネス。私……どれくらい、気を失っていたの?」
「ざっと一週間近くです」
「そ、そんなに――」
ティアは自分がそんな寝ていたとはいざしらず、ズィルバーが自分を置いて帰省する計画を立てていた。
「ちょっと、後でズィルバーに詳しく聞かないと――」
「――詳しく聞かないといけないことか?」
このタイミングでズィルバーはティアが寝ている部屋へ押し入る。
「ようやく、目を覚ましたか」
「悪かったわね。寝すぎて……それよりも、ズィルバー! 私を置いて帰ろうとしたそうね! どういう――」
「バカか。俺とカルネスが残って、シューテルたちだけ先に帰らせようと思っていただけだ」
「…………そ、そうだったのね」
ティアは先走りに勘違いして、テレテレと顔を真赤にして俯いた。
「だが、起き上がりで、病み上がりのところで悪いが帰る準備をしろ。何かと課題が見つかった連中がいて、もう帰りたいとウズウズしている」
「皆、もうやることが見つかったの?」
「壁にぶつかって、ようやく、自分に何が足りないかを気づいて、足掻こうとし始めている」
ティアは壁にぶつかったのに意外にも早く、立ち直って前へ進もうとしている。
「…………すごいわね」
「ティア様」
なのに、彼女はずっと眠っていて、前へ進む決心がついていない。これからどうすればいいのかも道筋が見つかっていない。
「……………………」
ズィルバーはしょぼくれるティアに助言を送る。
「周りなんて気にするな」
「え?」
「一週間もあれば、シューテルやノウェムたちはどう壁を打ち破るか考える時間ができただけ。むしろ、早すぎたってのもある。大抵は十代後半か二十歳すぎてようやく、気づき、ぶつかるようなものだ。だから、ゆっくり考えればいい。これからどうすればいいのか」
「ズィルバー……」
「ひとまず、俺は中央に帰ったら、しばらくは羽根を伸ばそうと思う」
「え?」
ズィルバーが口にしたのは休暇だった。
「あんた、今、なんて言った?」
「ん? だから、しばらくは羽根を伸ばそうと思ってね」
「マジ?」
「マジ」
ティアが確認のために、尋ねたが、ズィルバーは本気で休暇に勤しみたいと思ったそうだ。
「ここしばらく、働き詰めだったからさ。ここいらで骨休めを兼ねて、羽を伸ばそうと思ってね」
「ハァ!? 委員会はどうするの!?」
「羽根を伸ばすと言っても、学業に専念するって話で、委員会仕事はちゃんとするさ」
「あんたね。委員会の運営するのが、どれだけ大変なのかわかってるの!?」
「わかっているさ。これでも、組織運営の知識は持っている方だ。でも、軍隊と組織の運営は点でバラバラだ。だから、一から再編し、やり直そうと思う」
「やり直す? もしかして、“白銀の黄昏”を解散させる気?」
「そうじゃない。一から作り直す。実働だけじゃなく、実務の方にもしっかりとして人員を配置する。最終的な裁量権は俺とティアで受け持つが基本、運営はジノやシューテルといった幹部に任せようと思う。
幹部育成と士官育成は時間がかかる。場数と経験が必要だ。今まではなんとなくで階級社会でなあなあだったけど、この先を見据えて、学外での育成と拠点を作るべきだ」
ズィルバーは先を見据えた組織づくりを念頭に置き始めた。
「シューテルたちも今の自分に足りないものを考え始めている。ならば、明確に自分に必要なものを見つけさせるのも大事だ。武芸だけじゃなく、娯楽に手を伸ばしておいても悪くないだろ?」
「娯楽……つまり、音楽や芸術に手を付けて、資金を集めるの? でも、課外活動は……」
「何事も時代には変化が必要だ。今のままだと、これから先の敵に対して、後手にまわざるを得ない。だから、先手を取れるように社会へ身を投じれる術を手に入れないといけない」
ズィルバーは今までは武力だけでなんとかできると思っていたけど、これでは無理だと悟り、別の視点からアプローチをかけるつもりでいた。
「それにそろそろ落とし前をつけないといけない」
「落とし前?」
「そうだ。これから体制を変えようと考えている合間にも、モンドス先生に荒らされるのは困る」
「荒らされる?」
ティアからすれば、モンドス先生が問題を起こすには見えなかった。いや、見えないからこそ、恐ろしいというのもある。
「どんな事情があるにしても、誘拐を平気でやるクズ野郎は、これからの時代にいらん」
「誘拐って、まさか!?」
「そのまさかだ。ティナとルアール、リィエルは誘拐されていることが判明した。皇族親衛隊に行方不明届が出されているかはわからないが、誘拐事件が起きたのは事実だ。リィエルはアウラの娘だ」
「なっ――!? リィエルがアウラ殿の娘!?」
「本人に聞いたから間違えない。今、親子の再会をしている邪魔をする気はない。だが、これ以上、誘拐沙汰を起こしているのなら、余罪を追求し、学園から追い出そうと思う」
「追い出すのは、些か、やりすぎじゃない?」
ティアからすれば、やり過ぎに聞こえるが、カルネスにしては、それぐらいは当然だと思っている。
「ティア様。目の前で愛し子をいなくなれば、誰だって心を痛めます。それも同じ帝国民なら、尚の事、人の考えは千差万別といえど、初代から続く誇りを穢すのは言語道断」
「それに、ライヒ皇家とか、五大公爵家とか、身分なんて関係ない。人族が優れていて、異種族が劣等種なんてことはない」
ズィルバーは神々が人間を選んだのは、ただただ利用しやすかったからだけにすぎない。
「俺からすれば、力では獣族が優れている。文明では小人族が優れている。魔力の扱いでは耳長族が優れている。人族は全てに劣っている。劣っているからこそ、無限の可能性に満ち溢れている。だからこそ、傲慢になってはいけない」
ズィルバーは傲慢というのを堕落だと思い、他の種族を貶すことになる。場合によっては同族からも貶される。それだけは避けないといけないと考えている。
「…………」
ティアはそこまで先を予測することができず、一人しょぼくれる。
「ティア様」
カルネスが心配げに見つめる。
「気にするな」
ズィルバーがティアの肩に手を置く。
「羽根を伸ばそうとした折、やるべきことが見えただけで、ティアも肩の力を抜けば、見えてくる」
「でも、私は……今、皆の役に立てるか……」
「役に立てるかどうかは自分で決めるんじゃない。皆が決めることだ。あまり考えすぎるな」
「ティア様。このカルネスがティア様の傍に居続けます」
「カルネス」
婚約者に、部下に心配され、励まされて、彼女も少しずつだが、元気を取り戻し始めた。
「そう、ね。私もできることを増やしていかないと……」
「なら、ひとまず、考古学の知識を増やすついでに、女子力でも上げたら?」
「――ッ」
ここに来て、ズィルバーがティアの弱点をつく。
「さすがに学食での食生活は困る。栄養が偶に偏る。それだけは死んでも避けてほしいかな。俺の花嫁だしね」
ズィルバーはあっけらかんとした物言いであえて、強く強調させた言葉を吐露する。
「――――」
ティアも彼にそこまで言われてしまえば、反論する余地がないので、死物狂いで女子力を磨きにかかる。
「剣術を磨き、学問を身に付け、女子力を磨く。注文は多いが、女子力は時間の合間にしてけばいい。ニナやナルスリーと一緒に女子力を磨いていけばいい。こういう時に友人を頼るべきだ」
「じゃあ、ズィルバーもジノとシューテルと一緒に頑張れば? 事務作業ぐらいはできてもらわないとね」
ティアもティアで仕返ししてくる。
「むろん、しばらく、羽根を伸ばすつもりでいるから。そうするつもりだ。逃げたりしないよ。そろそろ、学園の大イベントを控えているし」
「大イベント……はぁ、“決闘リーグ”ね」
ティアは目前に控えている大イベントに頭を痛める。
「俺たち、“白銀の黄昏”からも何名か選出しないといけない可能性だってある」
「でも、リズ姉様のことだから。後任はいると思うけど……」
「後任がいたとしても、その後を考えないといけない。後進育成はそう簡単にできるものじゃない」
「――そっか」
ティアも今になって、自分らの現状を思い出す。
「それに、東部の一件は既に中央の耳に入っているはずだ。まずは“白銀の黄昏”の信用崩壊を未然に防がないといけない」
「組織の解散を阻止するためにも、私たちも根回しをしないといけない、ってわけね」
「いや、既に始まっているかもしれない」
「…………」
ティアとカルネスは最悪な事態を想像し、顔を青ざめる。
「ジノとニナ、ナルスリーだけで対応しきれるかわからない以上、俺たちもすぐに戻らないとな。だから、早く、帰省する準備をしろ」
「事を起こすにも、さっさと帰らないといけないわけね」
ハァとティアは息を吐いて、ベッドから降りる。
「俺もひとまず、帰省する準備をする。すぐに挨拶とか先に済ませておけ。事態は一刻を争う」
「わかったわ」
ズィルバーに言われて、ティアは本拠へ帰省する準備に入った。
そして、ズィルバー率いる“白銀の黄昏”一行はユン率いる“豪雷なる蛇”との挨拶をそこそこに交わし、馬車に乗って、中央へ帰省するのだった。
ユンもユンでしなければいけないことが山積みだったらしく、別れの挨拶をする余裕がなかった。
しかし、別れ際、ズィルバーと交わした約束は――
「次に会うのは――」
「ああ、“決闘リーグ”の時だ」
お互いに握手を交わした後、それぞれ為すべきことを為す努力をし始めるのだった。
為すべきことを為す。
今はそれしかなかった。
だが、東部の一件でライヒ大帝国全土に及ぶ事件になるとは、この日、誰も思わなかった。
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