1000年ぶりの再会。
“黄銀城”の屋根の上でズィルバーは居眠りをしていた。
だが、気持ちを整理が付いたとはいえ、ティアが目を覚ましていないのか、気がかりだったので、城内を歩き、一人、鍛冶場の横を通れば――
カン、カン、カン、カン
金槌を叩く音が聞こえてきた。
「…………」
(まだ、しているのか?)
彼は鍛冶場へヒョコッと顔を出せば、一人の少女がいた。
細く荒くない銀髪が、窓から差し込む日差しを受けて光っている。
顔は小さく、目はくりくりしていて、小動物を思わせ保護欲をそそる。
眉毛を隠すほどの、長さで前髪を切り揃えているため、幼さを更に助長させている。
瞳の色が鉛色のせいか、それとも無表情なせいか、冷めた印象を受けてしまう。
黒を基調とした旧時代の軍服。本来なら、袖がとても長く、手は隠れて見えない。だけど、今は鍛冶に専念しているため、服を脱ぎ、きめ細やかな白肌に見える。
低身長なのは、種族柄。“小人族”の血を引く少女。
小人族とは小柄の体型で、成人になっても身長は百五十メルが最高だ。
小柄な分、手先が器用で、生活に必要なものを一人で作ってしまうほどのたくましい体を持っている。
膂力も人族の倍近くある。小柄だからこそ、力が凝縮されていると考えてもいい。
重い鉄や石も軽々と運び上げ、おもちゃで遊ぶように軽快に仕事をやり遂げてしまうのだ。
特に鍛冶への執着がすごく、千年以上前の武具の大半は“小人族”が編み出したと言われても過言ではない。
ただし、聖剣や魔剣の類は“オリュンポス十二神”の二柱――“軍神”と“鍛冶神”が生み出してされている。
今、少女が金槌で叩いているのは、ズィルバーが仕留めたカンナの戦利品を鋳造し、鎌へと鍛造しているところだ。
だが――
「…………やれやれ」
(根を詰めすぎだな……全く、自分を追い込ませるのは俺譲りだな)
ハァとズィルバーは呆れている。
炉に金属を入れて、高熱の炎に燻されてを繰り返す工程をしている小人族の少女。
見た目の雰囲気は不思議な雰囲気を纏わせる少女。
ズィルバーは少女の名前を知っている。少女の名前はアウラ・N・グレイズ。
千年前、ヘルトの愛弟子であり、戦場で軍師として頭角を現した才女。小人族であったから、周囲から蔑まれていたところを、彼が救いの手を差し伸べて以降、忠義に厚い少女へとなった。
幾度の戦場を通して、軍略、兵士の扱い方、調略の仕方、武具作成に至るまで彼が手塩をかけて教えてきた。
ある時期は共に作戦を練るために意見交換をしたり、ある時期は技術を磨くために鍛錬をしたりと少女らしからぬ生活を満喫し、充実していた。
いわば、戦乱を知っている大軍師。而して、千年の月日は軍師としての才覚よりも鍛冶師の才覚ばかりが優先され、次第に貢献できる場が徐々に失われていった。
彼女は来たる日を待つために、自らを半精霊化させて、現代まで生き延びてきた。
全ては偉大なる英雄たちへの恩返しのために――。
カン、カン、カン、カン
ただひたすら黙々と作業に集中しているアウラを覗き見するズィルバー。
「おや、覗き見ですか?」
「っ――!?」
ビクッと彼は背筋を伸ばし、バッと振り返れば、初老の男性がいた。
初老とは見た目ばかり、尖った耳が特徴的な種族――耳長族。しかし、実年齢は千年以上の年を召されている。
「なんだ、アルバスか」
(びっくりさせやがって……)
ホッと胸をなでおろす。
「お久しぶりです、ヘルト殿。このような形で再会できるとは嬉しいかぎりです」
「すまなかったな。耳長族の森で再会の挨拶をしたばかりなのに……」
「いえいえ、あなたがどのような立場なのかわかっているつもりです」
アルバスはズィルバーが思っている真意をわかっているため、それ以上の追求はしなかった。
「ですが、こういった形で再会できました。アウラ殿もあなたとの再会を心から待ち望んでいたはず……」
「愛弟子だからな。人一倍に俺に会いたくたかったはずだ」
「それなのに、彼がここまできているのに、気づかないとは……全く――」
「なにかに熱中したり、集中したりすると周りが見えなくなるのはアウラの悪癖……全く、俺に似っちゃったなぁ」
「あなたも戦の勝利や鍛錬に集中するあまり、周りが見えなくなるのと同じですね。なるほど。このヘルトにしても、このアウラありというわけですか」
「褒めてないだろーが」
「はい」
「言い切りやがって……まあいい。今のうちに話すか。次に会える機会なんざ、早々ないだろうし」
「それがよろしいかと彼女もあなたに甘えたかったのだと思いますよ」
アルバスからの後押しを受け、ズィルバーは鍛冶場へ足を踏み入れる。
カン、カン、カン、カン
金槌で叩き続けるアウラ。
「フー。今日はここまで、かな」
「いい手際だ」
パンパンとズィルバーは拍手を送る。
「…………」
そっとアウラは後ろを振り返れば、ズィルバーが近づいてくるのがわかる。
彼女は知っている、こちらへ来る少年の正体を――。
「…………先生?」
「俺をそんなふうに言うのはキミだけだよ。愛弟子」
「……………………」
ガシャンと金槌やらを落とすアウラ。彼女はうるうると涙をにじませ、ギュッと抱きしめてくる。
「…………バカ先生」
「千年ぶりだな、愛弟子」
よしよしとズィルバーは子供をあやすように頭を撫で回す。ギュッと力が増すアウラ。どうやら、予想以上に悄気げていたようだ。
無理もない。千年前、無茶ばかりをしているヘルトを気にかけ、休息を取ろうと具申する矢先に息をしていない彼を見たのだ。
徐々に体温が失われ、冷たくなっていく彼の身体を何度も揺さぶり、声をかけ続けても一向に返事がかえってこない。
死んでしまった。前々から休息を取らせるように言い聞かせていれば、こうならずに済んだのに、後悔した。
弟子を悲しませる師匠がどこにいる。いや、ここにいた。
ズィルバーはアウラを慰める権利と甘やかされる権利がある。
「あのとき、つらい思いをさせて悪かった。一人にさせて悪かったな」
「…………いいえ。先生がレイ様への想いを捨てきれなかった。レイ様を助けたい想いでいっぱいだった。それを止めれなかった私たちの責任……」
「責任なんてもんはない。あのときの死は俺の自業自得みたいなものだ。気にするな。それにいつの間にか、子供が作っていたとはな」
「…………! どうして、それを――」
「リィエルを見たとき、気づいたよ。弟子の子供だって、大体、名前に“グレイズ”がついていれば、すぐに分かる」
「……………………」
口で言い負かされたのか、親子関係なのがバレたのか、プイッとアウラはそっぽを向く。
アウラの名前にある“グレイズ”は小人族屈指の鍛冶職人のみが与えられる名前だ。
アウラは優れた鍛冶職人の才能を持ち合わせながら、軍師の才能を持つ天才児だった。
小人族らしからぬ行動の多さから種族を追放されたところを彼が拾って、ライヒ王国に迎えられたのである。
「リィエルを見たとき、思わず、弟子の顔を重ねてしまった。ポワポワとした印象。おちゃらけた印象。おどけた印象。どれもキミらしかった。だから、リィエルがキミの娘だと気づいた」
ズィルバーの口から明かされていくリィエルの秘密。
なんと、彼女は千年前の偉人の一人娘。つまり、アウラの実娘。
どういうわけか知らないが、中央へ移り住んでいたのだ。
「あの娘……無事?」
ギュッとアウラは服を掴んでくる。
「無事だ。今は俺の部下だ。弟子というわけじゃないけど、友だちもいる」
「…………よかった」
アウラは嬉しげにギュッと抱きしめてくる。
「でも、驚いた。キミが娘を手放すとは思えん」
ズィルバーはアウラの性格からして、部下だろうと友人だろうと実娘だろうと自分の教えや思考を教えこむ。それも狂気的に――。
アウラは愛情表現が苦手だ。どう接すればいいのか分からず、いつも、経典や古文書、指導書なんかを使って、会話に持ち込もうとしている。
彼もアウラの教育に難儀していたのを記憶している。その彼女が娘のリィエルを手放すとは到底思えない。
「急に……いなくなった……」
「え?」
アウラが口からこぼした。娘が、リィエルが急にいなくなったことを――。
「リィエルがいなくなったのは、四年ほど前、私は娘と一緒に食材を買い足すために“黄銀城”へ来ていた。そこで、偶然、エーミールさんとフィールさんのお母さんと出会って、立ち話をしていた」
「エーミールとフィール……ルアールとティナのお母さんか」
「うん。獣族だったけど、よく話してくれる優しい人だった。娘さんも一緒で目を離さない距離で娘たちは遊んでいた」
「だけど、ティナたちは中央にいた。ノウェムの話では、“問題児”の巣窟で怖がっていた三人を発見し、面倒を見始めたと言ったな。つまり――」
「つまり、誘拐された?」
「…………うん。ママ友の会話が長く弾んじゃって、帰ろうと思った矢先、娘の姿がなかった。エーミールさんとフィールさんの娘さんも同じように――」
「完全に誘拐だな。手を尽くしたのか?」
「うん。皇族親衛隊に行方不明の届けを出したけど、一向に返答が来ず……だから……」
「だから、耳長族の森でひっそりと暮らすことを決めたのか」
「うん」
ズィルバーは彼女が耳長族の里で暮らしているのかがわかった。
わかったのと同時に憤りを滲ませる。
「…………」
(と、言うことは、ルアールとティナ、リィエルを誘拐したのはモンドス先生か。親子の絆を平気で切り裂くか……あの外道がぁ!!)
弟子の娘を誘拐し、弟子を悲しませた罪は重い。
(いくら、異種族だからとて。それを理由に差別し、隔離するのは言語道断。先生にも異種族を差別する理由があろうが、それを幼いリィエルたちに押し付けるな! 大人の身勝手さが、皆の心を傷つけるんだ!!)
ギリッとズィルバーは底しれない怒りで歯を食いしばる。
「アウラ。リィエルが今、“黄銀城”にいる。せっかくだし、会いに行ってこい」
「………………でも」
「家族に逢えなくて、寂しい思いをしているのは、アウラだけじゃない」
「――!!」
アウラはズィルバーが言おうとしていることを察する。
「会えるうちに会ってこい。次に会えるのかわからないんだからな」
「……………………うん」
彼女は弱々しくうなずき、鍛冶場を出ていく。
一人になったところで、ズィルバーは外へ声を投げる。
「アルバス」
「アウラ殿が私のところへ来た折、どこか暗い表情をしていたのは今でも忘れられない。なにしろ、リィエル殿の出産に立ち会ったからな」
「キミが? 意外だな」
ズィルバーが意外な反応を見せる。
「リィエル殿は人族と小人族の半血族……アウラ殿が悲しんでいる顔とリィエル殿がいないとくれば、自ずと想像できた。
不器用なお方でも娘を溺愛していた。その娘が行方不明となり、誘拐されたとなれば、心が傷つくのは想像できる」
「誰だって、失っていけない感情は愛。しかも、親子愛だ」
ズィルバーは転生される前、つまり、ヘルトの記憶を思い出す。
彼は親の愛を受けることもなく、孤児となり、逃げ続ける日々を送っていた。来る日も来る日も各地で戦の飛び火に遭い、死んでいく日々。痩せこけた彼が最後に逃げおおせた国こそが、ライヒ王国。
そこで孤児として、一生を終えるのだと思った矢先、リヒトとレイに拾われて、九死に一生を得る形となった。
愛情は宝石よりも勝るものはない。それをやすやすと踏みにじることはズィルバーにとって万死に値するに等しかった。
「この話もそうだが、モンドス先生は人をなんだと思っていやがる。ゴミ、家畜にしか思っていないのか?」
「それをまとめる風紀委員会すらも彼からすれば、ゴミ山の大将にしか思っていないのかもしれないな」
「ふざけやがって。今年もそうだったが、“問題児”を押し付けるのが恒例行事にさせる気か。厚かましい野郎だ」
ズィルバーからしたら、モンドス講師がもはや、教師として任せていけるのだろうか。
「たしかに、剣術指南において、優れているところはある。いや、だいぶ、おちゃらけているから優れているのかと言われれば、わからないけど……」
「褒めているのか、貶しているのか、どちらかにすべきでは?」
褒めて落とす発言にアルバスは辛辣なコメントで返した。
「とにかく、そろそろ世代交代すべきじゃないか? 時代に沿っているとは思えない。差別主義は今の時代にあっているのか?」
ズィルバーはアルバスに時代の風潮を訊ねる。
「差別主義はここ数百年、ありませんでした。ですが、“教団”との一件以来、風潮が差別思考に変化しつつあるのは確か。東部は問題なくても、他の地方は異種族への差別主義者は少数だが存在する」
「“教団”……ヴァシキやカイ、リンネンとかがいたという組織か」
「はい。噂では“血の師団”が一枚噛んでいる話もある。私としては“オリュンポス十二神”も絡んでいる可能性が高いと見ている」
「両者ともにライヒ大帝国への恨みがあるな」
「“血の師団”……吸血鬼族の頭目、シカドゥ。奴がいつ動くのかわからない以上、私も下手に動けない」
「いや、ここは“聖霊機関”とやらに任せよう。今は力を蓄え、磨くときだ。今回は前哨戦。世界の未来を決める戦いの前哨戦。いや、序章にも至っていないかもしれない。ならば、機が熟すまで待とうじゃないか。それぐらいはできるだろ?」
ズィルバーはアルバスに問いを投げる。
「もちろんです。待つことに慣れましたので……千年……ようやく、我らの悲願が成就できる。その時が来るまで、待ち続けます」
「頼んだぞ、アルバス。さて、俺も俺で動きますか」
ズィルバーは鍛冶場をあとにする。
一方、アウラはリィエルと親子の対面をしていた。
「…………リィエル」
「………………お母さん」
ギュッと抱きしめ合い、涙を流し合う。
「ごめん、ね。寂しい思いさせて……」
「……うん、うん……皆に助けてもらった。だから、大丈夫」
ポロポロと涙をこぼしながら、慰めあっているアウラとリィエル。
ルアールとティナも家族の対面に涙を流し、再会を喜び合う。
三人の感動の再会を眺めているノウェム。
「……良かったな」
貰い泣きしかけるノウェムは目尻の涙を拭う。
「いいねぇ。家族との再会というのは……にしても――」
ヤマトは不愉快極まりない発言をする。
「モンドスはどうして、ここまでのことをする」
「たしかに、一歩間違えれば、懲罰処分が降されるはず……まさか――」
ノウェムはありえなくもない可能性に至る。
「モンドスの行動を容認している講師陣もしくは王国上層部がいる」
「全員が全員、そうじゃないと思うけど、一定数はいると思う。ここいらで間引いたほうがいいかもしれない。今回の戦いに乗じて、何かしら動きを見せるはず」
「――と、すれば、ここで手を拱いてはならんな」
ヤマトとノウェムは本拠地への帰還する考えを念頭に置く。
「でも、ティアが未だに目覚めていないんだろ? 移動はどうする?」
「ズィルバーとカルネスに任せよう。今回の一件で、あの二人の秘密が徐々にわかってきた。
“オリュンポス十二神”……」
「ここに来て、さらなる強敵が出てくるとは……全く、“吸血鬼族”のこともあるのに、神様が相手をする暴挙なんて、常識的に考えて無理だけど、ズィルバーはやりかねないんだよね」
「それに、ズィルバーとティアが持つ不思議な力の正体もわかっただけ、僥倖」
「まさに、絶対的な力……そんなの、誰もが望んだ力じゃないだろ」
「それは、ズィルバー自身がわかっているはずだ」
ノウェムとヤマト。二人は自分の頭が持つ力の存在を知れたことが僥倖に思えた。
だが、しかし――
「でも、ズィルバーの“闘気”の熟練度はずば抜けている。何より――」
「“闘気”の扱い方が“九傑”や“四剣将”と天と地ほど隔たっている。おそらく、“闘気”を、魔力を掌握させている。私たちとは数ランク上の領域に足を踏み入れている」
「僕らがそこに至るには弛まぬ努力が必要。もちろん、才能もそうだけど……」
「才能だけではなく、努力が必要。ならば、もう一度、一からやり直す必要がある」
ノウェムが口にした“一からやり直す”というのは――
「もう一度、一から鍛え直すという意味?」
「ああ。今回の戦いで多くのことを学ばされた。むしろ、北での防衛戦は出来すぎていた。北の狼共のおかげで、うまく制することができたようなもの。ズィルバーの策略があってこそだ。私たち自身、何もなし得ていない。力は増していても、知略や戦略といった意識の低さが物語っていた。
学園で学問を積んだとしても、それを活かしきれなければ、ただの飾りにすぎない」
「悔しいね」
悔しさを滲ませるノウェムとヤマト。
「そのためにも――」
ノウェムはティナらに目を向ける。
「まず、大事な友を守れる知略を身に着けなければならない。いや――」
「自分にあった力を身に着けなければならない」
「それも、漠然と見識を広めるんじゃなくて、深めていく。自分の得意分野を広げて深めていく。
ズィルバーは自分の得意なことをわかっているから。今までも、あのように行動できた。今の私たちでは到底できない。増やさなくては自分ができることを……そして、深めなくてはいけない」
ノウェムが口にした事実は前途多難であることに変わりない。だが、それを活かしきれなければ、大事な友を守れないと彼女は実感したのだった。
今のままでは、自分らはいつまでも敗北者のままだと――。
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