プロローグ_それぞれの問題。
敗北。
勝利と対を成す言葉。
戦いに負けたこと。
戦いに負けて逃げること。
敗北者。
勝負・競争などに負けた者。
敗北には烙印が押される。
“負け犬”という名の烙印を――。
“黄銀城”。
屋根でくつろいでいるズィルバー。
彼は今回の敗北を身に沁みていた。分相応とかの話ではない。敵わない敵に挑んだとかの話ではない。
単純に、自分の力不足を身に沁みた。
世間一般の大人からしたら、近ごろの子供は調子に乗りすぎとか、ざまーみろとか言われることだろう。
而して、それがなんだ? 口先だけの輩は掃いて捨てるほどにいる。
そんな輩といちいち、相手にするだけ無駄だ。
一見して、くつろいでいるように見えていても、ズィルバーは今、己の行動を思い返していた。
(俺は……戦うことばかり考えて、戦術とか戦略を根本的に考えていたのか?
戦う、というだけなら、誰だってできる。だけど、戦術と戦略を立てられるのは誰にでもできるのか?
否、できるはずがない。戦略も戦術も才能ではなく、経験と知略を駆使してやるもの。
全く、転生して、何でも勝てると思い込んでいるなんざ、粋がっているガキと同じだな。
今頃になって気づくなんて、相変わらず、俺は一人で何でもかんでもできると思いこんでしまう阿呆――)
と、ズィルバーは自分の心の弱さに気づく。
「全く、今になって……気づくとは、な……」
(俺は、あの時からずっと、自分を追い込ませ続けた。全ては……彼女が…………レイが望んだ世界へ導くために……そのために、戦場を駆け回り続け、生き急いでいたのかもしれない)
ズィルバーは今になって、当時の自分の――ヘルトの人生を思い返す。
(俺は彼女の命を救いたい一心で戦場を駆け回り、戦いに明け暮れた。自分のすべてを投げ捨て、人生を擲ってでも彼女を助けたかった。酷使し続ける身体に嘘をつけ、彼女を助けるために、ただひたすら戦い続けた。
リヒトから少し休めと言われるほどに――)
ここで、ズィルバーは今、自分がすべきことを思い出す。
「休んでもいいんだな」
今頃になって、休息という意味に気づく。
(今まで、無茶をし続けてきたんだ。少しぐらい休んだって、誰も文句は言わまい。
ティアに迷惑をかけまくっていたんだ。彼女のわがままに付き合うのも吝かではない)
気持ちを改め、帰省後の予定をズィルバーは考え始めた。
一方で、ティアは今も意識を失ったまま、眠りについていた。
眠っている理由はわかっている。守護神が施した封印。
ティアが持つ真なる神の加護への負担を軽減するため。否、もう二度と使わせないために守護神はティアの力を封じた。
そして、その封印を解く鍵が彼女の寵愛を受けし、庇護者のみ。つまり、ズィルバーにしか封印を解くことができない。
当然、ズィルバーがティアに施された封印を解くわけがない。ならば、必然的に、ティアはこれから――。
「ティア様は“闘気”と剣術だけで生き抜かなければならない」
「要するに、ティアは多かれ少なかれ弱くなるっていうわけか」
「弱くなるとは限らない。人族の成長速度は理解しがたいものがある」
「随分と詳しいんだな。そういや、身体はともかく、魂、だっけか? カルネスも相当長生きしているんだろ?」
シューテルがティアを看病し続けるカルネスに声を投げる。
「ハァ……カルネスは現代の名前…………私の魂に刻まれし名前はカルネウス。
見た目通り、猫霊族と耳長族との間に生まれた半血族。
生まれながらにして、忌み嫌われる種族と扱われ、レイ様に拾われ、ヘルトの部下として、レイ様を守り続けた」
「それが今じゃあ、ズィルバーの部下で、ティアを守ってるってわけか。運命ってのがあるのなら、酷なことだな」
シューテルはやれやれと首を横に振る。
「そういや、ズィルバーは?」
「彼なら、今頃になって、自分の愚かさに気がつき、今後、どうしようか考えているところだろう」
「……辛辣だな」
「事実だ。彼はもう“白銀の黄昏”の頂点に君臨する御方。そう好き勝手に動かれては困る」
(少なくとも、もう二度と、あの頃と同じ二の舞いを味わわせたくない)
カルネスは内外問わず、ヘルトに無理をさせたくない思いがあった。
「全くだ。あいつは自分勝手に動くからなぁ。リーダーとしてしっかりしてもらいてぇところだ。今回の一件で、みんなにどれだけ迷惑をかけたことか」
苛立ちを募りに募らせるシューテル。
「それを含めて、彼も考えてもらいたいものだ。全く、天然の女誑しは困る」
「あん? 女誑し? ズィルバーが?」
シューテルは意外な反応を示す。
「気づいていないのか? ノウェムやヤマトあたりがズィルバーに向けている視線ぐらい……」
呆れたと言わんばかりにカルネスが息をつく。
「普通に気がつくだろう。いや、シューテル……キミもキミで、人のことを言えなかったな」
「あ? 何だよ、その言い方は……」
不機嫌になっていくシューテルにカルネスは事実を言ってのける。
「そういえば、ライナが困りごとを抱えていたぞ。話でも聞きに行ったら、どうだ? “四剣将”……ズィルバーの次に皆を纏められる権限を持っているんだから」
「チッ。俺をパシリに使いやがって」
「キミが勝手にパシリだと思っているだけだろ」
カルネスもカルネスで辛辣なコメントを投げるのだった。
一人、部屋に残った彼女は未だに眠っているティアを見つめ続けている。
「…………」
眠りにつくティアの寝顔をカルネスは見続ける。
「ティア様……」
彼女の寝顔を見ると、記憶が蘇る。千年前、ベッドで眠りにつくレイの寝顔を――。
(レイ様……)
ティアとレイ。
少女期の二人がどのように過ごしていたのかをカルネスは知らない。否、ティアの少女期は知っていても、レイの少女期を知らない。
知っているのは、彼女が恋をしていた少年と後に皇帝となる少年と四人の少年らだけである。
どのように過ごしていたのか。どんな夢を語り合ったのか。皆がどのような想いで戦うことを望んだのかをカルネスは知らない。
(キララ騎士長なら、知っているのでしょうか。レイ様が戦いに身を置くことを決断した理由を――。
レイ様が彼に恋したのかを――)
未だに知り得ない彼女の想い。
それを知りたいのもあるが、今は知りえない過去の記憶。何より――
(主の命令は聞かなくてはな。彼は未だに自分のせいで彼女を苦しませてしまったを後悔している。お門違いと言いたいが、あの頃の私たちは彼を止める言葉がなかった。
彼もレイ様を愛していた。好いていた。恋していた。純粋な愛は裏返れば、底しれない怒りと憎しみとなって暴走する。連中からしたら、それが狙いだった。連中にとって、最大の脅威はリヒト様。レイ様。そして、五大将軍だった。将軍の一角を失えば、国は瓦解すると思っていた。それほどまでに、ライヒ大帝国は強くなりすぎた)
今に思えば、戦争に勝ちすぎたライヒ大帝国は手を付けられない強国へと成り果ててしまった。
千年帝国と言われているものの、単に思い通りに行き過ぎたとも言えた。
あの頃は皆が皆、必死だった。必死だったからこそ、千年帝国と言われるまでに平和な国。平和な世界を維持し続けてきた。
而して、千年の時を越えて、彼の魂が転生したことで、形だけの平和が崩れ始めた。
もはや、止まらないレールの上を走っているライヒ大帝国。もはや、試されている。
ライヒ大帝国が、ライヒ皇家が、五大公爵家が、全てが試される。
偽りの平和を打ち壊し、誰もが望む平和へ辿り着けられるのかを――。
過去との蟠り。吸血鬼族の復讐。獣族に秘められし、怒り。小人族、耳長族、天使族との嘆き。半血族が味わった苦しみ。そして、異能を持たされてしまった者たちの悲哀と絶望を――。
全てを解決しなければ、世界は再び、戦乱の世へと逆戻りする。
“オリュンポス十二神”はもはや、不要。これからは、全種族による平和のあり方を考える時代に到来する。
つまり、“オリュンポス十二神”を排除しなければならない。
千年以上前から続く“オリュンポス十二神”の仕組みを崩壊させ、訣別しなければならない。
故に、ライヒ大帝国は試される。如何様にして、全種族による平和を実現するのかを――。
(もはや、誰の思い通りにいかない時代へと到来する。おそらく、“オリュンポス十二神”にさえ、分からない結末が待ち受けている違いない。いや、もしかしたら、全てはキミらの思い通りなのかい?)
カルネスは窓から見える東部の景色を眺める。
沈もうとする夕日を見つめ、彼女は思う。
(この展開すらも、キミらの思い通りだとすれば、恐ろしい。やはり、早すぎた。生き急ぎすぎた……)
カルネスは玄人の境地に至ったかのように達観する。
尊敬する方々が偉大すぎることに――。
その頃、東部の支配者――パーフィス公爵家。その公爵公子――ユン・R・パーフィス。彼は今、壊滅した“獅子盗賊団”の宝物庫に置かれていた金銀財宝から食料庫に置かれていた物資を根こそぎ回収した。
はたから見れば、略奪という形になるものの、盗賊団と一戦、交えるだけでも資金繰りに困る貴族も出てきてしまう。そんな貴族にユンが略奪した金銀財宝や物資を配分して、提供した。
彼の決定に父親のレイルズ、姉のセイが「それでいいの?」と身を乗り出して心配する。
「今回、俺たちは手痛い損害を被った…………東の果ての森を含め、地形が大きく変動している。
農作物の被害、自然の生態系が崩壊しているはず。戦争ってのは、戦いってのは、必ずしも崇高なものじゃない。悲惨なもの。今までの生活ができない恐怖がつきまとう。先祖は、その恐怖と戦いながら、パーフィス公爵家を残し続けた。
なら、俺たちが残し続けたものを先へ残さないといけない!」
ユンはバンっと机を叩く。
「俺は初代当主の意志を受け継ぎ、東部を屈強な地方にする! もう二度と、このような惨劇を生ませないために!」
揺るがない覚悟を瞳に宿らせるユン。彼の覚悟を目の当たりにして、レイルズは二の句が継げなかった。同時に、ユンの成長に感慨深く感じた。
「父さん。現当主なんだから、徴兵してくれた貴族諸侯へのお礼を送るべきだ。手を貸してよ」
「むろん、今の東部の問題をお前に押し付けるか。東部の未来を背負うお前は今、すべきことをしろ」
レイルズはユンを部屋から追い出し、為すべきことを成してこいと言われてしまった。
「…………」
(俺が為すべきこと……そんなの決まっている――)
彼はギュッと拳を握り、廊下を駆け抜けていく。
駆け抜けていく彼の後姿を見届ける東方貴族諸侯は万感の思いで涙を流していた。
「おぉ~、ユン様ぁ~」
「なんて、器の広い御方……」
「度量が深すぎます」
大の大人がみっともなく、盛大に涙を流していた。そんな彼らを見て、ネルはやれやれと首を横に振るのだった。
場面を変えて、キララとノイは“オリュンポス十二神”に敗北したことを気に病んでいないが、一つの異能に着目した。
それは“無垢なる色彩”。
“魔力循環系” を自在に使いこなせる異能の名称だが、継承される異能でもある。
「“無垢なる色彩”。最初に異能として発症したのはレイ様だった」
「当時、リヒト様、ヘルト様らは動揺した。重臣の間では忌むべき力だと揶揄され、レイ様を亡き者にしようと計画したこともある」
「だが、それもリヒト様とヘルトらが力を合わせて、解決したと聞く。以来、レイ様は人前で異能を使わなかったと聞く」
キララとノイはレイが持っていたとされる異能――“無垢なる色彩”について、詳細を知らされていなかった。
「でも、レイ様の異能は特異的だったのは確かだ。レイ様が異能を使えば、髪質が極彩色に煌めいた、と――」
「媛巫女騎士団の私でも知らなかった。おそらく、カルネウスは知っていたのだろう。知っていて、口に出さなかった」
「おそらく、リヒト様とヘルトが口止めしたのだろう。あの二人は心配性なところがある。特に、ヘルトじゃレイ様のことになると人が変わるからな」
「うんうん。あいつのレイ様に対する行動というか、感情が熱かった。っていうか、彼はわかりやすかった。レイ様への想いが一際強かった」
ノイはヘルトがレイへの想いが強い理由に気づいていた。
「綺麗だったからねぇ。あのまま、成長すれば、傾国の美女になっていたはず……――」
「ああ、あのまま成長していけば、間違えなく、大帝国の歴史に名を残すほどだった。いや、[女神]と名を残されても――」
キララはレイが[女神]として歴史に名を残したとしても、不本意な残し方に到底許しがたかった。
「それは僕も同じだよ。レインもネルもレンだって、そうだ。でも、彼女たちは理由を知らないからね」
二人は今、現代を生きる者たちが信じたくもない事実を口にした。
[女神レイ]に関する歴史は嘘偽りだらけだということを――。
「レイ様に関する情報、真実を全て、シャットアウトし――」
「かわりに別の事実で上書きして、真実を揉み消した。レイ様の死は悲惨なもの。センシティブな事情だけに、リヒト様が揉み消さざるをえなかった」
「全ては計画のため、とはいえ、レイ様が倒れ、死へと進んでいく姿を見れば、見るほど……彼はどんどん、苛烈に過酷へと進んでいく一方だった」
「一時期、彼は魔族を酷く妬み嫉み恨み蔑み……地獄を与えたこともあった。メランもベルデもルフスもアルブムもさすがに、彼の狂気に恐怖し、止めなくては躍起になったころもあったな」
「うん。でも、今は別の問題に当たろう。彼が狂気に落ちるかはわからないけど、優先すべき問題は継承された異能――“無垢なる色彩”」
ノイは気がかりなのが、“無垢なる色彩”のことだ。
「本来、レイ様の異能が継承されるのなら、血筋的に皇家筋のティア殿下、ハルナ殿下、シノ殿下、ユリス殿下、アヤ殿下の五人だ」
「いや、エリザベス殿下も含まれ――」
ここで、キララは確証もない事実に思い至る。
「まさか、な――」
「キララ?」
彼女はとても信じがたい表情を浮かべる。
「にわかに信じがたいが、私たちはなにか根本的な問題に気づいていなかったかもしれない」
「根本的な問題?」
「千年の時が流れれば、いろんな問題に直面したはず。私が“ドラグル島”で引きこもり、ノイが世界を放浪していた間、皇家や五大公爵家に何らかのアクシデントがあったとしても不思議じゃない」
「だとすれば、彼はとっくに、そこに気づいて、学園の考古学を専攻した」
(全く、キミは僕らのはるか上を行く。だから、リヒト様は彼に大参謀の位を与えたかもしれない。アウラも彼を慕うのもわかる)
ここで、ふと、ノイは気になったことを思い出す。
「ところで、アルバスとアウラは?」
「あの二人は“黄銀城”に来ている。カンナの武具と鎧を新たな武器にするために、彼が呼んだそうだ」
「ふーん。それと、親衛隊は?」
「親衛隊も“聖霊機関”もしばらくは静観ね。敵が神々となれば、あらぬ諍いをしている状況じゃないし。何より、そろそろ、学園の政権を握る祭りがある、と言って、大忙しいらしいから」
「ふーん。千年も経てば、仕来りも行事も変わるか」
ノイは改めて、時間の壮大さを実感する。
「全くね」
キララも同じであった。
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