人間の底力。
「…………」
その姿は忘れもしない。
自分に力を与えた乙女。
その力は忘れもしない。
自分に傷つけない絶対な盾を与えたのを――。
その顔は忘れもしない。
愛する人を失わせた元凶の一人であることを――。
「何しに来やがった! “守護神”!」
「何しに来たとは、ひどい言い草ね。私はあなたを助けに来たのよ!」
「黙れ! 貴様らが生きているだけで彼女がどれだけ苦しんだことか!」
「そうね。あなたが憎悪の怒り……復讐の炎に焼かれ、自らの命を投げ捨てさせるほど、憎ませたのは事実ね」
「――!」
だから? と一蹴する守護神の態度にズィルバーは底しれない怒りを露わにする。
神々と人間の違いは精神構造が違う。
同朋や家族、仲間が死に絶えたとしても、悲しむことがない。神は身近な死を目の当たりにしても、怒りを持たない。
ただ、はい、そうですか。という認識でしかない。だからこそ、憎まれ、妬まれ、死に追いやりたいほどの怒りを抱かせる。
神は人間ではない。ただただ、自然や現象、人々の理想と想いを具現化した存在と認識されている。
実際、いつから存在し、どこから来たのか。誰にも判明されていないのだ。
ただ、神は人族にだけ、力を与えた。
耳長族でもなく、天使族でもなく、獣族でもなく、魔族でもなく、人族を選んだ。
理由はわからない。理由を知らない。なのに、人族を選んだ。まるで、御しやすいかのように――。
それ故、神々は多くの種族から恨まれ続けた。そして、それは力を与えられた者たちも同義であった。
「――――――――」
底しれない怒りを抱かせるズィルバー。その怒りは、ただ怒っているのではない。殺したくて、恨みたくて、腸をえぐりたいほどの殺意を滲ませるほどの怒りだ。
底しれない怒りに満ちた瞳で見つめられても、守護神はフンッと鼻で笑った。
「私たちに怒りを向けるのはわかるよ。でも、今回ばかりはあなたの助けに来たの」
「どの口が言うか!」
「そうね。この口かしら?」
「貴様らは相変わらず……」
神々は人族だろうと耳長族だろうと獣族だろうと魔族だろうとおだてて、茶化して、場を乱すことが多い。
「でも、感謝しなさい。私のおかげでティア・B・ライヒの命を取り留めたのだから」
「ティアに宿った加護はわかっていた。わかっていたから使わせたくないと思っていた」
「かつての彼女と同じように……?」
「…………」
守護神が的確にズィルバーの心中を言い当てる。
ティアを老い先短くなり始めていた彼女と重ねてしまったことに――。
「まあいいわ。あなたの考えていることなんてわかる。それ故で話しておくけど、ティア……彼女には封印をかけておいた」
「――! まさか、加護の封印を!?」
「ええ、封印を解く方法は私の加護を持つあなただけにしか解くことができない。
もちろん、真なる加護よ。つまり――」
「俺にしか、ティアの封印を解くことができない」
「ええ。でも、彼女が自らの意志で打ち破っちゃったら、どうしようもないわ。ただし、彼女はこれから前に進むだけの時間と仲間が必要になる」
「…………」
ズィルバーは守護神が言おうとしている意味をわかっている顔をする。
「つまり、ティアだけじゃなく、彼女を含めた姉妹には、自らの力で道を切り開く覚悟が必要になる。それも、あなたが自ら望んで進んだ覚悟を、ね」
「…………そうしなければ、五人の皇女は自ら仮契約した精霊と本当の意味で契約したことにならない。その条件をあなたは知っているよね?
なんせ、あなたは彼女が精霊と契約した時に交わした条件を聞いているのだから」
「……………………」
守護神が発し続ける内容がズィルバーの心に突き刺さる。
ズィルバーは知っている。ティアを含めた五人の皇女が仮契約した精霊――“不死鳥”を真の意味で契約する方法を――。
彼が知らないわけがない。知っているからこそ、明かすことができなかった。ティアをそうだが、シノ、ハルナ、アヤ、ユリスの五人は未だに仮契約したままの精霊――“不死鳥”。かの精霊を契約するに必要な望む証を見せていないといけない。
証は属性ごとに異なるため、五人の皇女が自らで証明しないといけない。仮にズィルバーが明かしたとしても、彼女たちが示さなければならないため、口にしたとしても解決できる問題ではない。
それ故に彼は口をつぐむほかなかった。
「…………」
なんとも言えない歯痒い思いが彼の心を苦しめる。
「悔しいぜ。なんの手助けもできないとは…………」
「それが人間でしょ? 全く、どうして、人間は非効率なのかしら?」
「貴様らのように俺らは割り切れないんだよ」
「そうね。人族も耳長族も獣族も魔族も割り切れない。割り切れないからこそ、痛みを知らなくてはならない」
「そうだ。知らなくては平和なんて実現できない。だから――」
(だから、俺たちは先の未来に生きる者たちが明るく元気で暮らせる世界を、未来を望んで、戦うことを選んだ)
「貴様らが……神なんざ不必要な世界を、未来を手にするために俺らは戦い続けてきた」
「神々との訣別。それこそがあなたたちの望み、ね」
守護神はズィルバー改め、ヘルトが望む平和な世界だと言い切る。
彼の想いを無碍にすることができない彼女は一息つく。
「全く、人間はどうして難題に立ち向かうのかしら」
「貴様らが俺らの目指す意義を理解なんざできるか」
「そうね。だからこそ――」
(だからこそ、私はあなたたちを愛おしいと思ってしまったのね)
守護神は雷霆を防ぎ、大男――全能神と対峙する。
「ひとまず、あなたはここまでよ。カンナとの傷が癒えていないまま、挑むのは自殺行為よ」
「うるさい。そんなの俺だってわかっている。わかっているからなんだ? 相手は俺を回復するのを待ってくれるのか?」
「それは無理ね。でも、それが英雄よね」
「そうだ。それが英雄だ」
――何をわかりきったことを聞いてくる、と尋ねるズィルバーに守護神は人間らしく、そっぽを向く。
「それじゃあ、行くわよ。あなたは今、軍神の加護が使用できる。でも――」
「わかっているさ。“闘気”と混ぜて使え、だろ!」
ズィルバーは全能神へ突貫していく。
「言っていることとやっていることが若干、無茶しているとしか思えないんだけど」
守護神は手をかざし、彼に補助魔法をかけていく。
(“身体強化”、“魔力強化”、“魔力障壁”、“耐属性防御”、“敏捷強化”――)
様々な強化を与えていく。彼女がしていることは、正しく、人間的であった。
(全く、人間にここまでの力を行使するなんて…………神の威厳なんてかなぐり捨てているわね。
それも――あなたたちの影響を受けたからかもね)
「“オリュンポス十二神”の一柱――守護神アテナの名において、我が加護を与えし、大英雄に喧嘩を売る罪は贖ってもらう! たとえ、それが大神であろうとも!」
「守護神。貴様……神の戒律を捨てる気か!」
「神の戒律なんぞ。この時代。いえ、この世界に不要なれば、我らの存在、力をなくして、人間は自らの道を切り拓ける意志を持っている!」
「くだらん。人族も獣族も耳長族も魔族も天使族も魚人族も人魚族も、全ては我らのコマでしかなく、ゴミでしかない! そんな輩になぜ、愛そうと思える」
「そう思想を持ち合わせた結果が、この時代に神の戒律も信仰も失われた原因だと知れ!
我らはやりすぎてしまった! この世界……数多の人間を操り、居場所を失わせ、混沌に陥れようとした……もはや、我らは害獣にすぎない! 神と名乗れぬほど、我らは堕落した!」
「黙れ! 貴様はゴミどもの悪性を見ておらんから言えるのだ!」
「黙るのは貴様だ、全能神! 善と悪すら理解できない外道に、神を名乗る資格なんざない! 貴様らは我らの悪性を巧みに操り、世界を混沌にさせたにすぎない! 吸血鬼族がいい例だ。奴らの憎しみ、怒りの炎は貴様らを亡き者にするまで消えることはない!」
ズィルバーが全能神の言い分を全否定する。
「たしかに、生きとし生ける物全て、正義と悪を持っている。痛みを伴うのはわかっている。わかっているからこそ、我らは正義と悪を持ち合わせたまま、平和を望み続けた。
貴様らがしたことは我らの悪性をただ助長しただけにすぎん。それは神でもなんでもない。ただの害悪でしかない!」
「…………ズィルバー!」
「小僧! 貴様ら人間は我らがいなければ、絶滅種に成り果てていた分際のくせに!」
全能神は言ってみせた。人族なんぞ、ゴミでしかないと。ゴミの命を弄びたいがために、他の種族を貶め、差別し、絶滅に追いやったのだと――。
「言うたな、全能神。貴様は今、言ったな。この世界に生きる全種族をゴミと蔑んだな!」
誘導尋問、誤導尋問かのごとく、ズィルバーが全能神を誑かしたかのように見えるが、実際、全能神自ら言い放った。
人族に力を与えたのは、命を救うためではなく、ただただ面白そうだから利用しただけにすぎないと言い切った。
「全能神! 貴様にもはや、かける言葉などない! 自らの行いを嘆くがいい!
“帝剣流”――“戦いなる帝剣の太刀”!!」
“動の闘気”と“軍神”の“真なる加護”をかけ合わせた真紅の斬撃。
受ければ、如何なる敵であっても、傷を負うことは間違えなし。たとえ、それが神であろうとも――。
「小癪。貴様程度の斬撃で――」
「“|破滅をもたらす竜神の息吹”!!」
白き巨竜――“竜神アルビオン”が放つブレス。
大気を揺るがし、大地が隆起し、森林は地層ごとひっくり返る。
「くだらん。この程度で――」
「この程度がなんだい?」
「――!!」
全能神の遥かな上空から魔法陣を展開する“大天使”ノイ。
「天の理は我を示す星の輝なり。地の理は我を示す星の息吹なり。人の理は我を示す星の愛なり。
傷つけられた天使の怒りを知れ! “大天使の大雷霆”!!」
前後上下左右。四方八方から襲いかかる大技。
「小癪。我が力の前にひれ伏せ!」
「妾はひれ伏したくないのぅ……“神戮”!!」
「っていうか、色々、気になることがあるが、言えることは一つ。
人間舐めんじゃねぇ!! 借りるぜ、ズィルバー!! “神戮”!!」
“闘気”だけで練り上げた斬撃。“闘気”と“鍛冶神”、さらに“雷帝ネル”の雷が合わさった一撃が斬撃となって放たれた。
如何に大神ゼウスといえど、集中砲火を受ければ、傷の一つや二つはできてもおかしくない。
そう、集中砲火を受ければの話。
「小癪」
袖振れば、襲いかかるすべての攻撃が一斉に吹き飛ぶはずだった
「ぬるい」
「あら、ぬるいのは、どちらかしら?」
フフッと不敵な笑みを浮かべる守護神。
彼女が手をかざせば、全能神の力も弱まりを見せ始める。
「気づいたのかしら?」
「力が弱まっている……」
「そう。私たちの力は弱まり続けている。千年前から、ずっとね」
「何?」
「気づいていない。気づかなかった。この国――ライヒ大帝国、東部で力を振るえば振るうほど、彼に莫大な活力、精力を与えていることを――」
「だから、何を――」
メキッ、メキッ
顔面に拳がめり込んでいく全能神。
それだけではない。めり込む拳の威力が徐々に増してきている。いや、増し続けている。
「な、に……」
「“壊せ、雷鳴爆拳”!!」
金色の雷霆を纏った拳が全能神の顔面に炸裂する。
めり込んだ拳に吹き飛ぶ様も見てみたいものだが、さすがは大神。吹き飛ぶどころか、蹈鞴を踏むだけに収まった。
「――――」
息を切らすことはないが、口端からツゥーっと血が垂れる。
「よし! 一撃が決まったぁ!」
グッと握るユン。
「いやいや、大神相手だと陽動も全力で行かないと無理だね」
「でも、全力を出す相手にふさわしいと思うけど?」
「それは言えとるのぅ」
『叛逆を決めた守護神の手を借りていることが釈然としないがな』
キララは今、重要なことを口にした。叛逆。それは今ある体制からの脱却。つまり、神々の支配から脱却を意味する。
「さて、舐められている人間から一撃を見舞われた感想は?」
「気分が悪い。殺す。滅する。破壊する。何もかも、この世界にゴミなど不要!」
バチバチと電気が帯び始める全能神。
「消し去ってやる! 古き遺物よ! 新しき遺物よ! そして、守護神よ!
貴様らを消し去ってやる! 今、ここで、この森一帯を消し炭にする!」
強まっていく電気のはずが強まることがなく、逆に――バチン! と霧散したのだ。
「何!? なぜだ!?」
(なぜ、力が弱まる。いや、力だけではない。我の存在そのものが、この地から、この国から阻まれている)
「なぜだ!?」
動揺を隠しきれない全能神。
「ようやく、気づいた。我々は既に、この地から、この国から、この世界から阻まれようとしていることを――」
「どういうことだ、守護神? 貴様らは一体、何を企んでいる!?」
「私たちは何も企んでいない。ただ、手助けした。彼らが望む世界を叶えさせるために――」
「何?」
(望む世界、だと? 一体、どうやって……)
全能神は未だに気づいていない。既に神すらも掌の上に踊らされる駒にすぎないのだと――。
全能神は未だに気づいていない。既に、その力は失いつつあることを――。
全能神は未だに気づいていない。既に種族の底力を目の当たりにしていることを――。
「あなたは……いえ、あなたたちはいつまで立っても、世界が自分の思いどおりに動いていると思っている。だから、人間に舐められる。だから、吸血鬼族の企みすらも気づかない。
全ての始まりにして、全ての終わりが、どこなのかも知らないあなたたちに――」
守護神は重要なことを意味深に語る。
全ての始まりにして、全ての終わりが、どこなのか全能神とて知らないはずがない。
知らないはずがないのに、動揺している。
「なぜだ……なぜ、人間風情が! これほどまでに我らを謀り、愚弄するか!」
「謀りはしない。あの時代ではできなかったことを、この時代だからこそ、できることだってある。なにしろ、私たちは強すぎた。偉大すぎた。
貴様が民を扇動し、ライヒ大帝国を攻め続けたとしても、彼らの底力は我々の想像を遥かに超えていた。
忘れたの? ああ、もう忘れたか。自分らにとって、不都合な事実なんて忘れちゃうのも神々の良いところよね」
神々の長所を、短所のごとく、守護神は悪く言う。
「貴様……人間のどこがいいというのだ!」
「どこがいいのかなど関係なくない。彼らの勇ましさ、雄々しさ、猛々しさ、全てが美しく、愛おしく、慈しみたいと思った。
だからこそ、私たちは、かの男の考えに賛同した。
崇高なる皇帝。偉大なる皇帝。神に等しき皇帝。
全能神。キミの加護を持ち、“ライヒ大帝国”の祖となった男を知っていよう」
「…………レオス・B・リヒト・ライヒ」
「その名は初代皇帝……ライヒ大帝国における最高神……」
「…………」
(そう。考古学者の間で、リヒトは全知全能の神として記されている。いやはや、神なんざ、あいつには似合うまい)
ズィルバーは胸中で亡き義兄を悪く言う。
「彼女が命を賭してまで、千年先の未来を見通し、世界平和がなされる未来を見通した媛巫女を知らぬわけがない」
「…………セリア・B・レイ・ライヒ」
「女神の名前……未来を見通す、って一体……」
「千里眼。過去、現在、未来……この世界の全てを見通し、運命すらも知り得る絶対なる力。
故に、その目を持つものは純粋かつ清らかで高貴な乙女にしか扱うことが許されない」
(だから、ティアが選ばれたんだろうな。レイの面影を感じたのも、そのせいか。
彼女と同じように清らかで高貴な乙女だったのだから。純粋という意味合いでは少しわかりかねぬ部分はあるが、まあいいだろ)
ズィルバーは改めて、彼女の意志はティアに受け継がれたのだなと悟った。
「だからこそ、あなたは人間の底力を痛感する」
「何を――」
言葉を言いかけたところで、全能神に異変が起きる。
キラキラと身体から粒子が漏れ出した。
「…………まさか――」
「どうやら、身体を維持するだけの魔力が切れかけているわね」
「なら、お前はなぜ、維持できている!?」
「あら、私の加護の寵愛しているのは誰だったか知っているでしょ?」
「――――」
ジロリと全能神がズィルバーを睨む。
「してやられたか。憎き大英雄共!」
怒りを吐き散らし、全能神は身体を霧散させ、姿を消し去った。
たった今、一難は去った。だが、彼らが受けた傷は計り知れなく、埋めることのない傷――敗北という名の傷を味わわされた。
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