英傑たちを止める守護神。
「カルネス……どういうこと……?」
ティアは再度、尋ねる。
なぜ、自分を[女神レイ]と重ねたのか。なぜ、[女神レイ]を知っているのか。なぜ、ティアが持つ“真なる神の加護”を知っているのか。
色々と問いたい気持ちを抑えて、問い詰める。
「カルネス……あなた、何を隠しているの?」
「お答えできません」
「カルネス!」
「できません!」
是が非でも答えようとするティアに、是が非でも答える気がないカルネス。
どちらも剣幕を立てては話が平行線になる。
意地と意地の張り合いにシューテルらも間に割り込めない。
それを木陰から見つめていた小鳥がいた。
エメラルドグリーンの神秘的な色合いをした小鳥。
小鳥の瞳を介して、ある女性が見つめていた。
「ハァ~」
深いため息を吐く彼女。
腰まで切りそろえたエメラルドグリーンの髪。花のヘアバンドを身に着けた女性。
白魚のような美しい肌質。炎のように燃ゆる赤い瞳。
見たもの全てが美人だと思って惚れ落ちてもおかしくない美貌を秘めている。
「困ったものね。大神全能神が動くとは…………」
「守護神様。女狐ハムラが口を滑らせようとしたからでは?」
「それもそうだけど、困るわ。大神を相手取る彼も……」
彼女は小鳥の瞳を介して、未だに神を斬ろうと志すズィルバーに頭を悩ませる。
「仕方あるまい。彼も我らを妬む男。彼女を死に追いやらせた我らを憎んでいても不思議ではあるまい」
「今更、謝罪したとて。許されることじゃない。それだけの罪を背負わなくてはならない。とにかく、千年前と同じ轍を踏まないためにも、我らは大神と戦わなくてはならない」
「そのために、生きとし生けるもの全てを利用しなければならないことは、滑稽にしか思えん」
「彼の誹りは浴びるほどに受ける予定よ。
彼の魂を宿らせた少年の魂に報いるために」
全ては千年前に企てた計画。その計画は成就せねばならない。而して――
「さすが、大英雄。私たちの企みを悉く打ち破っていく」
「さしものの彼も辟易しておいでであろう。試練にぶち当たってても這い上がるだけの成信力は持ち合わせていたな、彼は……」
「それはもう、私が選んだ男よ。彼の生き様を惚れ惚れしく思っちゃうほどに」
乙女のように頬を赤く染める彼女を窘める。
「程々にしておけよ。彼はキミすら敵意を持っているからな」
「そうね。でも、死なせるのは惜しいし。助けに行きますか。ミネルヴァ!」
ホーホーと梟が一羽。彼女の肩に止まる。
「大神の雷霆は気をつけろ」
「心配しなくても、大丈夫。私を誰だと思っているの?」
「史上最強の大英雄――シュバルツ・B・ヘルト・ライヒを愛してやまない阿呆だろ?」
「も~、私で遊ばないで! もういい! 行ってくる!」
彼女は粒子に包まれて姿を消した。
「程々にしておけよ」
念押しをするのを忘れない輩もいた。
「…………」
「…………」
いがみ合うティアとカルネス。
シューテルらがオロオロとする中、セロやラキ、レイルズらが大人として止めようとしたとき、一羽の小鳥が声を発する。
「待ちなさい、カルネス。いえ、“カルネウス”といったほうがいいかしら?」
「――!」
「――?」
『――?』
知らない声なのに、思わず、意識を傾けてしまう声に振り抜く一同。
視線の先にいたのは小鳥。
しかし、見たことのない色をした小鳥。
エメラルドグリーンの神秘的な色合いをした小鳥。
「――!」
カルネスは小鳥の色と赤い瞳を見て、並ならぬ殺気が“闘気”となって溢れ出す。
「何しに来た……貴様らは、どこまで私たちを愚弄する気だ!」
「愚弄とは人聞きの悪い」
小鳥は光りだし、粒子に包まれる。包まれる粒子は形を変え、一人の女声が姿を見せる。
「私は今でも、全種族を愛し、擁護しているだけなのに……」
「それは貴様らの思い込みにすぎない! 愛している? それは独りよがりの愛が私たちをどこまで傷つけたのかわかっているのか!」
荒々しく猛るカルネスの怒声は粒子が霧散し、姿を見せる女性へ向けられる。
その女性は神秘的な女性だった。意識すらしていないのに、無意識のうちに彼女をこの世で随一の女性だと思わされる。
大空を思わせるエメラルドグリーンの髪。天使族と思わせる白き翼。
傍らにいる一羽の梟を愛でるだけで天女だと認識させられる。
美しい、と――。
彼らは思って仕方ない。
むろん、彼女を知らない者たちは、そう思うであろう。しかし、カルネスは違う。
彼女は。いや、彼女の魂が叫んでいる。
(見惚れるな! 憎たらしく思え! 奴らの袂を分かつために――!!)
「この期に及んで、どの面下げて、姿を見せる!! “守護神”!!」
カルネスの怒声が女性の名を言い放つ。
「あ……守護神?」
「だ、誰?」
困惑する一同。
ノウェムとコロネがカルネスに尋ねようとしても、彼女が放つ“闘気”を前に声を投げることすらできない。
フフッと微笑む守護神はティアへ近寄る。
「可哀想」
「え?」
「“女神”の加護を受けし女神の写し身よ。その眼は多用することは許されない」
「な、何を――」
「故に――」
スッと彼女はティアの額に指を添える。
「神なる瞳を封じさせてもらう」
「え――」
撃ち抜いたかのようにバチッと電気が走る。
射抜かれたかのように彼女の頭が後ろへと行き、倒れようとする。
「ティア様!」
咄嗟に、カルネスがティアを受け止めれば、盾の紋章が瞳の中へ入り込んでいく。
「守護神……貴様は……今、何を……」
「感謝しなさい。彼女が命を散らすのを止めたのよ。あなたなら、その意味、わかるでしょ」
「…………」
守護神が言おうとしていることは、カルネスは嫌でもわかる。
彼女はティアの命を救ったのだ。未熟者が“真なる神の加護”を使えば、必ず、反動が来る。
その反動がどのような形で返ってくるのかは与えられた力次第になる。
「彼はずっと、ティアの身を案じていた。その娘が持つ力を知る以前から、その娘が彼女の生き写しなんだと悟らざるを得なかった」
「そのためなら、私は主君の命令に従い、ティア様を死んでも守り通す! それが、主君への恩返しであり、罪滅ぼしだ!」
カルネスは自らの魂が蘇ったとしても、成し遂げなければならない想いと覚悟がある。
彼女の言い分と瞳に宿る覚悟を見た守護神は微笑する。
「その覚悟……その忠義は未だ、折れないか」
目線を上にやれば、大男に折れずに挑み続ける少年らの姿を見る。
「さて、今を生きる若者たち。此度の戦は勝利でもなければ、敗北でもない。
手酷い痛み分けが関の山」
「まだ終わってねぇぜ」
強きに言い返すシューテル。
「いいえ。痛み分けよ。強がったってね。わかってるでしょ?」
「誰が、強がって――」
「いや、守護神の言う通り、無駄に命を散らすのは恥」
「だが、カルネス!」
「主君を見定め、ついていくと決めた以上、主君のために命を散らすことを誉れと思うな!!
主君に仇をなす敵を近づけさせないのが、部下がすべきことじゃないのか!!」
『――!!』
カルネスが言い定めるそれは、主君の命だけではなく、誇りを汚さないことだ。一端に強がって命を散らす輩は青二才だと言い切る。
「粋がるのはいい。ただし、命を無駄に散らす行為はするな! 相手は“神”。今まで戦ってきた魔族だろうと獣族だろうと天と地ほど隔たっている力の差がある」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
カルネスに突っかかるシューテル。
「このまま、おめおめと逃げろというのか!」
「それは僕らのプライドを傷つける!」
ノウェムとヤマトは否定する。逃げることを断固拒否する。
「一度、主君に負けて屈辱を味わったキミらに聞くだけ無駄ね」
カルネスは肩を落とす。目線をタークらに向ければ、逃げる気なんてこれっぽっちもなかった。
「守護神。貴様がここに来たのは、主君を守りに来たからだろ?」
「わかっているじゃない。ちなみに、私と軍神の加護を与えたのは誰か知っているでしょ?」
「それぐらい、私がわかっていないと思っているのか?」
カルネスは言うまでもなく、主君――ヘルトだとわかり切っていた。
「でも、今の彼は私らの力を扱えるだけの器ができていない」
「わかっている。あの方の異能は使い方をミスれば、身体への負担が尋常じゃない。
そもそも、異能は“呪い”。貴様らが与えた力を回収してこなかったのが原因だろ!」
守護神に指をさすカルネス。彼女は言った。異能とは“神の加護”の呪い。
「与えられた力?」
シノが復唱し、自分の手の甲を刻まれし紋章を見つめる。
「これが……神の力、なの……」
その顔には恐怖が宿っていた。
「あら、あなたも持って――」
守護神がシノを見た途端、悟ってしまった。
「…………」
(なるほど。彼女の魂は五人の皇女に分かたれたのね。してやられた。
それとも、これもあなたの企みかしら?)
チラッと彼女はカルネスを見つめるも自分に睨まれたままだった。
「あなたの疑問に私が答えない。聞きたければ、キララとノイ、彼に聞きなさい」
「彼?」
守護神が口にした「彼」にカルネスが目を細める。
「じゃあ、大神を止めに行かないとね」
翼を羽ばたかせて、空へと舞い上がったのを見たカルネス一行。
彼女が見えなくなったところで、親衛隊本部大将ラキがカルネスに質問を投げる。
「一つ聞かせろ。奴は何者だ」
「…………」
ラキの問いにカルネスは間を置く。気持ちの整理をしていた。
(今、話せば、リヒト様とレイ様との計画を気づかれる恐れがある。でも、ティア様がああなり、全能神が姿を見せた以上、知らぬ存ぜぬを貫くのはかえって失礼だな)
気持ちの整理と同時にラキへの問いをどう受け流そうか考えていた。
(当たり障りぐらいなら問題ないな)
「あの女は守護神。この世界の神の一柱」
「神……その一柱…………」
「とてもそう思えねぇな」
シューテルは守護神が神とは思えなかった。
「たしかに、そうだが……事実だ。この世界は“オリュンポス十二神”が支配している。それも千年以上前からだ」
「千年以上!?」
「っていうか、カルネスはなぜ、それを知っている?」
ユキネが驚く中、ノウェムが神々の存在から世界の仕組みを知っているのか気になった。
「ノウェム。その質問は全て、答えることができない。だが、答えられるのは私の本当の名は“カルネウス”。
死した魂を神々によって現代へ生まれ変わった」
「はっ?」
カルネスが今、とんでもないことを暴露した。
「あなた……死んでいるの?」
シノがおそるおそる聞けば、カルネスは嘘偽りなく頷いた。
「私は一度、死に神の手によって、再び、この世に蘇った。カルネスと名乗っていたのは、記憶を封じられていた」
「死者を蘇らせて、記憶まで封じるなんざ…………」
「人の所業ではないな。まさに、神の所業」
「…………」
カルネスが胸の内を明かし、ノウェムやらシューテルやらから同情されるもラキはそうではなかった。
「隠し事が多いな。なぜ、語らない?」
「語らないではない。語れない、だ」
「なぜ、語れない?」
カルネスとラキの間で、不穏な空気が立ち込める。
「簡単だ。知れば、神の怒りに触れる」
「神の怒り? 神など、おそるるに足らん」
「怒りの矛先は貴様だけに留まられない。貴様の家族、友人……貴様の関わる全ての者たちが対象。その対象を抹殺するためなら、周りの人間が死んでも構わないのが連中の在り方だ」
「…………」
「それは無辜の民を見殺しにするということか?」
「ああ。神の怒りに触れるとは、そういうことだ」
カルネスが具体的ではなくても、神の恐ろしさを口で説明する。
「そして、この世界は選ばれし者と選ばれなかった者に分かたれている」
「選ばれし者?」
「神に愛され、神々の祝福を受けた者……祝福は加護となって絶大な力を与える」
「加護、ね。その加護は紋章として浮かび上がる。ついでに言えば、加護を受けた者は必ず、悲運な最期を遂げる」
「えっ……」
シノは自分の手の甲に刻まれし紋章を見つめる。いつ、死ぬかもわからない呪われた力に恐れを抱き始める。
「怖がるのもわかるが……それは千年前までの常識。現代じゃあ、悲運な最期を遂げるとは思えん」
カルネスが窘める。
「で、でも……」
弱気になるシノ。
「なんせ、神々の力は徐々に弱まりを見せている」
「弱まっている? あれだけの存在感を放ちながら?」
意外な反応をするノウェム。
「驚くことじゃねぇ。神々の祝福を受けられるのは人族だけ……耳長族、獣族、魔族なんざ、連中からしたら、害悪でしかない。
むしろ、あの時代は魔族に虐げられた時代。家畜のように扱われた人族を世界の支配者に仕立て上げるために絶大な力を与えた。ただし、それは欲深さを助長し、世界を混沌に陥れる計画なんだよ」
「チッ……俺らはただのコマだって言いてぇのか」
「なるほど。だから、獣族は蔑まれた歴史の背景。人族が栄光を得続けた歴史の背景には神がいた、ということか」
怒りを吐き散らすタークと歴史の背景に神々の存在があると理解するラキ。
「仮に、神の力が絶大なら、なぜ、今まで動かなかった?」
セロは千年の月日を経て、動き出したのか気になってしょうがなかった。
「動かなかったわけじゃない。連中はライヒ大帝国を中心に様々な企てをし続けてきた。何しろ、この国は千年帝国。千年の歴史を築いてきた巨大な樹木。栄枯盛衰。盛者必衰。ありとあらゆる経験を蓄え続け、時代の芽を守り続けてきた。ただ、神を打倒するために――」
「神を打倒するため……」
「そのためなら、私は、この命を惜しまない」
カルネスは自らの命を擲つ姿勢を見せる。
「だが、今は――」
彼女は頭上を見やる。上空では未だに全能神に挑み続けるズィルバーの姿が見受けられる。
(バカな主君を止めないとな)
主君を重んじる心があった。
降り落ちる雷霆。
直撃すれば、肉体だけではなく、精神だけではなく、魂までも痛みに悶えかねない威力を秘めている。
威力を秘めているのだが、ズィルバーは目を細める。
(やはり、大神の雷霆は、あの時より減衰している)
『減衰、って、あれで威力が弱まっているの!?』
レインが驚きを隠せずにいる。
「全能神は“オリュンポス十二神”の最高神。本来なら、威力が強まってきてもおかしくない。
だが、さすがに千年の月日が経過すれば、奴とて弱まるのは必定。いずれ、勝機が――」
『ズィルバー!』
「――!」
上空より、とてつもない気配がすると思えば、最高神、全能神が頭上にいて、ズィルバーめがけて拳を振り落とす。
雷霆を纏った拳を受ければ、確実に命を落としかねない。一瞬の油断が命取りなのはわかっていた。なのに、刹那の一瞬をつくかのように怪物は少年を殺しにかかる。
「消えされ、遺物風情が!」
雷霆の拳を前に彼は間に合わないと悟る。
而して、その一撃は彼に届くことがなかった。いや、届かなかった。防がれたのだ。
神気で形取った盾に――。
空色に迸り、雷を見て、ズィルバーと全能神は目を見開く。
「この盾は……」
「“アイギス”――まさか!?」
驚きの束の間、女性がズィルバーの肩に触れる。
「全く、無理、無茶、無謀な状況だろうと挑む姿勢は、いくつになろうと変わらないわね」
「貴様は――」
目線を後ろに見やれば、エメラルドグリーンの髪をした女性が浮いていたのだった。
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