全能神に挑む英傑たち。
「“全能神”!!」
声を高らかに猛るズィルバー。
彼の手に握る魔剣――“天叢雲剣”には尋常ならざる“闘気”が纏っていた。
「“神大太刀”!!」
特大の神速の斬撃が大男めがけて放たれた。
「……………………!」
大男は十二分に間をおいてから放たれた少年が大英雄の魂だと見抜いた。
「そうか。貴様が……あの男か!」
迫りくる特大な斬撃を前にして、物怖じすらせずに眺める。斬撃が直撃する。
「……………………」
而して、斬撃が直撃したとしても、浅い斬り傷だが残っていた。
「チッ」
(やはり、真なる神の加護をじゃないと最大威力は発揮されない!)
「いい“闘気”だ。人族の限界を超えた力を振るうだけのことはある。
さすが、史上最強の大英雄だなぁ!!」
「全能神……」
宙に浮くズィルバーは神経を逆なでされた気分を味わいながら、敵の名を呟く。
彼が口にした名は“全能神”。
遥かな太古から世界を支配し、全種族の運命すらも操り続けてきた“統治派”のリーダー。
すべての神々の頂点に君臨する存在。
それに挑むのはライヒ大帝国の歴史上最強と言わしめる大英雄――ズィルバー・R・ファーレン。
否、シュバルツ・B・ヘルト・ライヒ。
[戦神]と語り継がれ、現代に転生されし大英雄の名だ。
大男こと全能神はズィルバーの身に宿る加護を見破る。
「ほぅ。“守護神”と“軍神”の加護か。貴様は神々に愛されているな」
「黙れ! 貴様らのせいで、どれほどの人が死に絶えたと思っている!! 外道共!!」
ズィルバーが発せられる激しい怒り。口調から察するにライヒ大帝国が相手にしなければならない存在こそが、全能神を含む輩だと理解させられる。
「なればこそ、貴様には絶望を抱きながら、死ぬがいい!」
杖先を天に掲げれば、ハムラに向けられた大雷霆がズィルバーへと向けられていく。
「ッ――!?」
(まずい。このままでは、あ奴が……)
ハムラは黒焦げになった身体にムチを打って、なんとしてでも、助けようとする。
蠢く暗雲から降り落ちるかもしれん大雷霆。
杖が振り下ろそうとしたとき、横合いから白きブレスが襲いかかる。
衝撃波と爆風が辺り一帯に飛び散る。
「誰だ?」
ゆっくりと顔を動かす全能神。視界の先に入るのは巨大な竜だった。
巨大な竜。否、白銀の竜。白き竜がいた。
それはかつて、空を支配していた白き竜。
咆吼は一つで山が消え、足音を一つ立てれば街が消え、翼を広げれば雲が消えた。
圧倒的な存在感、絶対的な支配者、対峙するだけで死とは何かを知ることができる。
人々は白き竜を恐れた。
恐怖は人々を駆り立てる。武器を手に入れた人々は白き竜の討伐に乗り出した。
そんな淡い期待を聞き届けた白き竜は非情をもって応える。
襲いかかる兵士を喰らい、街を破壊しては国を滅ぼすまでに至った。
それが幾度か繰り返した後、人々は刃向かうことをやめ、白き竜を崇め始める。
そうして、白き竜は“竜神”となり、圧倒的な破壊力をもって最恐を振りまいた。
時代が流れ、“竜神”は“アルビオン”と呼ばれるようになり、誰も手を出すことはなくなっていた。
そして、“アルビオン”もまた飽きたと言わんばかりに、西の果てにある島に巣を作り、外へめったに出てくることがなくなったのである。
“アルビオン”は自らの眷属たる“竜人族”を生み出し、“竜神信仰”を根付かせ、誰もが自らの存在を忘れないように仕向けた。
孤高にして、最恐と言われる“竜神アルビオン”。
それが今、千年の時を経て、ここに照覧する。
「誰かと思えば、“竜神アルビオン”……いや、キララか。
その背に立っているのは“大天使”ノイか。
ハッハッハッハッ。懐かしい顔ぶれだ!!」
高笑いする全能神。
「キララに……ノイ……あ奴らも生きておったのか……」
かつての戦友との再会に憂いに満ちるハムラ。
「スゲェ……」
「あれが…………“竜神アルビオン”」
ゴクッと生唾を飲み込むユンとシノ。対峙してすらいないのに、冷や汗が止まらず、鳥肌が立ち続ける。
それほどに圧倒的な存在感が放たれている。
『あれが、鬼騎士長の本気…………ノイさんの本気……』
心象世界でネルが息を呑んだ。
「ハハッ。さすが、キララさんだ。レイの身辺を守り通してきた女傑」
(あの頃のままじゃないか)
まさか、あのような姿で再会するとは思わなかったズィルバー。
(だが、相手は“オリュンポス十二神”の最高神――“全能神”。覚悟はいるぞ?)
彼は視線だけで二人に尋ねる。
彼の視線に気づいたのか、キララとノイは視線で返す。
『無論……』
『覚悟の上』
「…………」
二人が死ぬ覚悟があるのを判明したところで、ズィルバーは一息ついて、“闘気”を全開にする。
全開にするとはいえ――
(カンナとの戦いで消耗した体力までは戻らない。長期戦は不利。一気に仕留めるしかない)
剣を強く握る。
左右に位置するズィルバーとキララ、ノイ。
全能神は急に高笑いする。
『――ッ!』
とてつもない迫力が身体にのしかかる。
「相変わらずの神気だな」
『舐めるな! 全能神!!』
口を開き、“闘気”を、魔力を収束させる。
練り上げる塊は正しく、ブレス。ただし、“竜神アルビオン”のブレスとなれど、山を一つや二つ消し飛ばしかねない。
而して、貯めるまでに時間がかかってしまうのが最大の弱点。
それを敵が見逃すはずがない。
「甘いな。貴様のブレスを知らぬ我ではない!」
「じゃろうな」
「――ムッ?」
ズシッと巨体を弾く狐の尾がめり込む。
「……女狐風情が」
「――ッ! なんという重さじゃ」
尾で弾いたとはいえ、ほんの数メル。ハムラの尾での薙ぎ払いはあらゆる物を木っ端微塵にする破壊力を持っている。
その破壊力をもってしても、数メル程度しか弾けなかった。
「相も変わらずの硬さじゃのぅ」
「女狐風情……さっさと死ねい!」
「妾に気を向けていいのか?」
「ん? 何を――」
「“神戮”!!」
“闘気”と“真なる神の加護”を込めた一振りが斬撃となって全能神に叩き込まれる。
“剣蓮流”、“神大散斬”の派生技、“神戮”。
剣に“闘気”と別なる力をかけ合わせて振るう兜割。ただし、使い手の力量次第で兜どころか大地すら叩き割る威力を誇る。
「…………いい加減、出てこい。全能神。その程度で俺を騙せると思えるのか?」
「さすが、“守護神”と“軍神”に愛されし大英雄だな」
煙が晴れるとパックリと斬り裂かれた姿を見せる全能神。
「うむ。千年の時が経てば、我の力も弱まるか。
これも忌々しき皇帝の策略のせいだな」
「フッ。随分と弱気だな。全能神さんよぅ」
「煽るではない、お主は千年の時を経ても変わらんのぅ」
「黙れ、千年狐」
「褒め言葉じゃ」
「ズィルバー!」
いがみ合う二人の元へユンとレインが近づいてくる。
「急に飛び出さないで!」
「ズィルバー! あいつは何者だ!」
怒鳴るレインに、詰めかけるユン。二人同時に詰めかけると対応ができない。
「落ち着け、二人共」
彼はまっさきに二人を宥める。
「レイン。飛び出して悪い」
まず、相棒に謝罪する。
「ユン。あいつは世界の支配者だ」
「世界の支配者?」
「ああ、遥かな遥かな大昔から、この世界を支配し、生きとし生ける者全てを操り、ゴミのように使い潰してきた連中」
「ゴミ、って……」
ユンからすれば、信じられない事実を突きつけられる。
「嘘ではない。そこの女狐が大怪我にさせたのも、女狐が奴を知っているからだ」
「口の聞き方をわきまえろ。お主が妾を女狐と言う資格ないわ、変人奇人」
「褒め言葉としてもらっておくよ」
「褒めておらんわ」
「だろうね」
旧知の間柄を思わせる会話に首を傾げるユン。
「そういや、ユン。シノは?」
急に話を変えるズィルバー。
「話を変えるな、ズィルバー! シノは退がらせた。タークらをまとめてもらいたかったから」
「こっちもティアちゃんにみんなを任せたわ」
「そうか。なら、俺たちで時間を稼がんと、な!!」
ズィルバーは“闘気”を纏わせた剣で振るって、全能神に斬撃を叩き込ませる。
「やっぱり、“闘気”を込めただけの斬撃じゃあ、皮膚数枚斬る程度か」
「急に奇襲するなよ」
「ユン。奇襲とは急にやることだ」
正直すぎるユンに教鞭を執るズィルバー。
「さて、そろそろ、ブレスが放てそうだが、失敗されては困る」
「そうじゃのぅ。やることは決まっておる」
「つまり、俺らで気を引かせるの?」
安直な策にユンは不機嫌になるもズィルバーがポンと肩に手を置く。
「もとより、敵は強大すぎる。策を弄するだけ無駄」
「おい、普通、勝てない相手に勝つには策を弄するとお前が言っただろ」
「うん。言ったね。でも、それはお互いに実力を把握した上かつ敵の実力を把握した段階で策を立てる。
だけど、把握できない相手の場合、策を弄するだけ無駄。無為に時間を使ったことになる」
「だったら、俺らが強くなるしかない、ってこと?」
「まあ、それが理想だけど…………今回は思いっきりデカすぎる壁にぶち当たったから。足掻く以前に挫折を味わわされる、という方が正しい」
ズィルバーはあえて、挫折にぶち当たったと言う。でも、ユンはフンッと鼻で笑う。
「挫折なんざいくらでも味わってきた。そんなの……踏みにじっていけばいいだけの話だろ?」
「…………そうだな」
ユンの返答に意外な反応を示すズィルバー。
(……何だ、聞くだけ無駄だったな。あとは……ティアをなんとしてでも守れよ。
カルネウス)
宙に浮くズィルバーは地上にいる、かつての部下がティアを止めると信じていた。
「さて――」
彼が腕を差し伸べれば、レインが粒子に包まれたのと同時に一振りの剣が握られていた。
「さて、ユン。先に言っておくが、気を抜いた瞬間、死ぬぞ。
全能神は常識の埒外にいる化物。そこにいる女狐とわけが違う」
「そうじゃな。じゃが、ユンよ。お主が言うたな。あの言葉は…………ベルデがかつて、妾に言いやった言葉と同じじゃ」
「え……? おい、それは、どういう――」
「さあ、行くぞ! 気を抜けば、死ぬと思え!」
「ほら、行くぜ」
「ああ、もう!」
ハムラが先行し、ズィルバーとユンが追走する。
「来るがいい! 人間ども! そして、千年も生きる老兵共! 我が雷霆に焼かれるがいい!」
盛大な神気を解き放ち、敵をねじ伏せにかかった。
一方で、地上ではズィルバーの止めに行こうとするティアをシューテルとシノが羽交い締めで抑えつけていた。
「離して! ズィルバーを! ズィルバーを助けに行かないと!」
「落ち着け、ティア! たしかに、ズィルバーが急に怒りだしたのも単身、突っ込んだのも分からねぇけど……オメエが行かせるわけにはいかねぇだろ!」
「ティア。落ち着いて! 私だって、行きたかったけど、ユンが無理やり、みんなの面倒を押し付けられた!
でも、ここで死なれたら、彼らの面目が立たないじゃない!」
涙ぐむシノがティアを抑えつける。
それでもなお、ティアは拘束を振り払おうと懸命に力を込める。
「だから、離して! 行かせてよ!」
「行かせるかよ。トップが死なれたら、誰が俺たちを束ねるんだよ!」
シューテルの罵声が彼女の心に突き刺さる。妄執に取り憑かれた彼女を振り払わせるかのように――。
そこへ、カルネスがティアの前に立ちふさがる。
「カルネス。退きなさい」
「できません」
「カルネス!」
「できません!」
振りほどきたいティアをカルネスが先に行かせないように立ちふさがる。
「ここから先へ通させません!」
断固として、先へ行かせないつもりでいる。だが、断固として先へ行くつもりでいるティアもまた然り。
「通して、カルネス!」
「なりません! これは委員長の命令です!」
「なら、その命令は私が破棄する! だから、退きなさい!」
「それはまかり通りません!」
ティアとカルネス。双方の言い分が平行線に走る。
「どうしても、お通りなりたいのですなら……」
カルネスは背に背負っている盾と槍を手にする。
「この私を倒してからにしていただきたい!」
是が非でも、主君の命を守り通すため、カルネスがティアの相手を買って出る。
「待て、カルネス!」
「落ち着け!」
ノウェムとヤマトが止めにかかる。
「無理だよぅ~、カルネスじゃあ、副委員長は止められないよぅ~」
コロネがカルネスではティアに勝てないと言い切る。
普段、のんびりの彼女ですら、カルネスがやろうとしていることが無謀なのだと理解している。
「無謀は百も承知。でも、副委員長――いえ、ティア様をここで死なせるのは真っ平ごめん」
(もう二度と……――)
『ケホケホ……ごめんね。身体の弱い私のそばに居続けて…………彼をあそこまで戦いに身を置かせてしまって……ごめんね』
(――彼女を……レイ様と同じような末路を辿らせたくない!)
失われることのない記憶が呼び起こされる。
かつての主君を暴走させた要因を――。かつて、守るべくして守れなかった屈辱を――。
かつての主君を先に死なせてしまったことを――。かつて、守りたかった人を先に死なせてしまったことを――。
未だに悔いていた。
止められなかったことを。別の手がなかったのかを。そして、偉大なる主君らを先に死なせてしまったことを――。
悔やんでも悔やみきれなかった。
「……カルネス?」
ティアはカルネスが自分に対する振る舞いが露骨に近かった。
『絶対に通させない! 通りたければ、私を殺してからにしろ!』と不退転の決意と不屈の闘志に燃えていた。
「――!」
(今まで、感じたことがない迫力……)
「本気、なのね?」
「当たり前です。彼に託された使命はなんとしてでも、遂行します。我が主君が……大神と戦っている今、ティア様を彼のもとへ行かせません!」
「大神? カルネス。あなたは何を――」
ティアが問おうとしたところで、雷霆が轟いた。
轟いた雷霆は地響きを起こした。
「なっ――!?」
「地響き!?」
「雷を落としただけだぞ!?」
シューテル、シーホ、タークの三人が声を発する。
カルネスは後ろに目をやる。
「雷鳴を轟かせただけで、大地を揺らすか、大神めぇ」
『なっ――!?』
雷が落ちたのではなく、雷鳴が轟いただけで大地を揺らした。
それは、つまり――
「なんて力……」
「ズィルバー……」
「ユン……なんて、無茶を……」
次元が違う。その一言に尽きる。
「ズィルバー!」
ティアは左手の甲に刻まれし紋章を輝かせ、左目から漏れる白百合色の魔力で戦況を見渡そうとした。だが――
「――!?」
ズキンと頭に激痛が走った。
「ティア様!?」
血相を変えて、カルネスがティアに近寄る。
「無理をなさらないで。ゆっくり呼吸をしてください。その紋章の力を使わないでください!」
「でも――!?」
「なりません! 今のティア様は似すぎています!」
「似てる? 私が、誰に?」
スッと輝きが収まり、目から漏れる魔力も収まった。
カルネスは涙をこぼしながら、ティアに泣きつく。
「レイ、様に――」
「え?」
今、カルネスは「レイ様」と口にした。その言い草はまるで、[女神レイ]を知っている口ぶりだ。
「カルネス……どういうこと……?」
ティアは隠しきれない動揺が広がっていた。
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