千年妖狐。
ゴロゴロ。ピシャー!!
雷鳴が静まらない。空は雷雲に覆われ、未だに空は晴れることがない。
大英雄カンナ。同じく、大英雄アヴジュラ。
両名の死を知り、ハムラは唇を噛む。
「気づいておるか?
あ奴ら、やりよったぞ……!!
カンナとアヴジュラがやられよった!!」
戦友が消え去った悲しみが怒りとなって、“闘気”を爆発させる。
「うおっ!?」
「わっ!!」
衝撃波がユンとシノの二人に叩きつける。
「ズィルバーに、ユウト大佐か……スゲェな」
「ティア……シノア中佐……大したものね」
ハァハァと息を切らしつつ、二人は勝者として迎えた彼らを称賛する。
「ハァ……ハァ……」
思い起こされるはかつての記憶、千年以上前の記憶――。
「なるほど。これが妖狐と言われる所以か」
「お主も随分と若く、慎ましい男じゃのぅ」
「若いのはともかく、慎ましい、か。俺は慎ましいというより、潔いと言ったほうが正しかろう」
「どういうことじゃ? せっかく、話してみよ」
「俺はどれほど、頑張ろうと頑張ったとしても、その成果を他の者に与えている」
「それは与えたよりも、その成果を自分の成果にされとるだけじゃ。然らば、それはお主にとって、損な生き方よのぅ」
「そうでもない。成果を与えれば、その人となりがなんとなくわかってくる。そいつらと一緒に苦楽を共にするのも悪くないと思っている」
というカンナとの思い出を振り返る。
「見事な腕前……まさか、これほどの女傑がおられるとは」
「お主こそ、見事な弓術よのぅ。而して、お主は妙に力が漲っておる。まさに、溢れ出る盃じゃのぅ」
「素晴らしい着眼点。恐れ入る。私は色々と授かり続けてきた。それは成果も報奨も、何もかも、すべてを得てきた」
「全て、か。それは欲張り、強欲じゃのぅ」
「然り。私はただただ努力をしただけで、数多くの授かりものを得てきた。我が好敵手とは正反対。
だが、死ねば、授かってきたものは消えてゆく」
「ならば、なぜ、戦う? 授かってきたものを失いとうないのなら、戦わずに済むじゃろう」
「それは違う。私が授かってきたのは成果も報奨だけじゃない。散っていた命と想いを受け取っている。
彼らの想いを遂げなければならない。与えられ、得てきた者の責務だと思っている」
というアヴジュラとの思い出を振り返る。
そして――
「こいつが……獣族最強の女傑かよ」
「キツイなぁ」
息を切らす二人の人族。東部の民族装束を身に纏っていた。
「さすが、ライヒ王国の使者じゃのぅ。随分と勇ましく、若々しい。おなごの方も忍び装束でありながら、“闘気”の扱い方が一際上手じゃのぅ」
「うるせぇな。人を上から言うものいい……気に食わねぇ」
「同感。これから目指す世界に、その態度は気に食わん」
ボロボロになろうと、傷だらけになろうと立ち上がる。
何度、戦っても折れない心を胸に立ち上がり続ける。人の……人族の諦めの悪さを目の当たりにする。
「もう立つな。勝機がどこにあるのじゃ?」
「勝機がどこにもないと仰る気?
バカ言わないで、目指したい世界のためなら、何度だって立ち上がる!」
「目指したい世界のぅ。その世界とは何じゃ?」
「はっ! そんなの決まってる。
この世界の全種族が対等であり、互いに手を取り合っていける世界に決まってるだろーが!!」
男の物言いにハムラは鼻で笑う。
「詭弁じゃ。この支配された世界に全ての皆が手を取り合っていける世界じゃと?
笑わせるな! それは思い上がっとるだけじゃ!」
「たしかに、この世界は何もかも支配されてる。人生も運命も未来も心も、何もかも、支配されてる。
そんなの誰だって、嫌に決まってる。自由であるべきだ! 人生も運命も未来も心も自由であるべきだ!」
「自由……自由、か。では、自由とは何じゃ?」
「…………」
ハムラが意外にも男の物言いに興味を示す。
「決まってる。自由ってのは、心が自由であることだ。
柵に縛られなくても、自分が成し遂げてぇことをやり抜いていく自由だよ!!」
「柵に縛られなくても成し遂げたい心の自由、か」
クスッと笑みを深める。
「あっ? 何笑っていやがる?」
「いやのぅ。面白い男じゃ。ならば、妾を踏み越えて、成し遂げてみるがいい。貴様らが望む世界とやらを!!」
「上等だぁ!!」
「後悔するなよ!!」
二人の男女、人族との思い出を振り返る。
振り返る思い出の中で自身の腕に刻まれた傷を見つめる。
雷傷。放射状……網状脈のように刻まれた傷。
雷に直撃し、焼け焦げた際に生まれる傷。別名――“リヒテンベルク図形”。
傷跡を眺め、かつての仇敵と似た面影を持つ少年と対峙するハムラ。
傍らにいる少女も服装を変えれば、共闘した女子に瓜二つ。
「運命とは――」
「ん?」
「運命とは粋なことをするものじゃ。千年の時を経てもなお、あ奴らに似た輩と戦うことになるのじゃから」
「先祖様のこと?」
「そうじゃなぁ。お主からすれば、ご先祖様じゃ。
さて、ここいらでお主に聞いてみたいことがある。ベルデの子孫よ。
憎らしい顔じゃが、お主に聞いておかんとなぁ」
「何をだ?」
胡乱な眼差しを送るユンにハムラはこう問いかける。
「お主にとって、自由とは何じゃ? 答えてみよ」
「はっ?」
いきなり、荒唐無稽な問いに惚けるユン。
「何をいきなり――」
「答えよ。この問いはかつて、お主の先祖に問うた文言じゃ」
「先祖が……」
「奴は奴。お主にはお主の自由があるはず。聞かせてもらおうか」
ハムラにしか知り得ない答え。その答えを抜きにベルデの血を引くユンに問う。
「自由、か」
宙に浮いている彼は目線を上にやる。
「…………」
(今まで、一度も考えたことがなかった。先祖が何を思い、何を知った上での自由を望んだのかは分からねぇ。
でも、一つだけ言える)
「柵だろうとなんだろうと、成し遂げてぇ夢を叶え続ける強ぇ心だ」
「成し遂げたい夢……そして、心か」
ユンの答えに目を細めるハムラ。
思い起こされるはかつての仇敵の言葉。
『柵に縛られなくても、自分が成し遂げてぇことをやり抜いていく自由だよ!!』
「そうか。成し遂げたい夢……心の自由……」
(血は逆らえんようじゃ)
「姿形だけではなく、異能も契約した精霊も似れば、思考も魂の在り方も似るものじゃ」
「あん?」
(魂の在り方?)
「時に聞こう。東部はもう種族間で対等になっておるか」
「…………」
ハムラの問いに一計を案じた後、ユンは答える。
「対等ってのは体裁だが、未だに過去の因縁が渦巻いているまま時が流れた。
東部だと対等に扱われても、他の地方だと上下関係があるとかないとかの話」
「そうか。あ奴らの夢は未だになされておらぬのか」
「ん?」
(奴らの夢?)
知り得ない反応を示すユンとシノにハムラは察した。
「ならば、見せてみよ。千年も続く国の悲願を。支配されし世界を、支配されし種族を、支配せし怪物から救ってみせよ」
「はっ?」
(支配されし世界? どういうことだ?)
「ちょっと!? この世界が支配されている、って、どういうこと!?」
鬼気迫る物言いでシノが問いかける。
「言葉通りじゃ。かつて、世界は十二の怪物によって統治されておった。
其奴らは全種族を巧みに操り、魔族へ憎しみを募らせ、天使族、獣族、耳長族の迫害。
人族を利用して、国同士で相争わせた。お主らが知らぬ歴史の一端。
かつて、リヒトやレイ、ヘルトらが敵対し続ける勢力じゃ」
「――――」
「…………」
ユンは絶句し、シノは呆然する。
知りもしなかった事実に鳥肌が立つ。
「ネル。知っていたか?」
ユンは心象世界で契約精霊ネルに震えた声が尋ねる。
『知らないとは言わない。でも、“五神帝”は知らなかった。ベルデが何か、巨大な敵と戦っている感じがあった。
見えざる敵。正体も知れない敵と戦い続けてきた。
いえ、おそらく、知っていたんだと思う。知っていたから、ベルデやリヒト様、レイ様は“五神帝”を封印した。
自分らが成し遂げられなかった夢を次の世代に託すために、叶えなくてはならないために――』
「このライヒ大帝国は存続し続けてきた」
「――――」
シノは自分の身体に流れる血と使命を改めて知る。
「…………おい、ハムラ。お前らが戦っている敵ってのは何だ? 答えろ!」
強きに猛る物言いに彼女は口を開こうとはしなかった。
「それは言えぬのぅ」
「誤魔化す気か!!」
「それは違うのぅ。妾を含め、この帝国が相手をする敵は、それほど強大なのじゃ。それは正しく、神の――」
神の――、と何かを言いかけたとき、天から雷霆が降り注ぎ、直撃する。
「――、――――」
「おい、ハムラ!?」
「えっ!? な、なに――!?」
突如として、降り注いだ雷霆。
最初はユンがしたのでは、とシノは振り向くも彼自身も驚いた顔をしていたので、違うのだと理解する。
理解したところで、一体、誰なのだという面持ちだ。
しかも、千年以上も生きる妖狐を一撃で黒焦げにさせる雷霆など、相当な“闘気”を込めなければできない。
つまり――
「今の雷霆を放ったのは――」
「明らかに格上、ってことに――」
言の葉を言おうとした矢先、上空から圧が重くのしかかる。
「ガァ――!?」
「キャ――!?」
驚くやいなや、なんの予兆もなく、天から重圧がのしかかってくる。それはまさしく、骨を軋ませ、罅が入りそうになるほどの重く息苦しく感じさせる。
「…………まさか、あ奴が……」
ハムラも動揺を禁じえない。
天空轟く雷鳴。
そして、大森林を震動させる存在感。
まさに、大自然と敵対しているような感覚に陥る。
「なんだ……これ――」
「息が、苦し――」
立つのも呼吸するのもままならないユンとシノ。
それは、少し離れたユウトとシノアも同じであった。
気を失い、泥のように眠っていた二人も身体にのしかかる重圧に目覚めさせる。
「あ、ガァ――」
「こ、これは――」
息が詰まる二人。だけど、二人の相棒だけは違った反応を示す。
『この気配……』
『この神気……』
底しれない怒りをにじませる。
怒りというのなら、彼も同じであった。
「……………………」
天より重くのしかかる重圧がティアだけにとどまらず、シューテルら、タークら、ミバルらにも襲いかかる。
ただ、ズィルバーだけは重くのしかかる圧を前にしても、途轍もない怒りを抱かせる。
抱く怒りは“闘気”となって、湯気となって大気を歪ませる。
「――――!」
「ず、ズィルバー?」
滅多に見せない。いや、初めて見せる彼の形相。怒りに満ちた形相を――。
「なぜ、来た――!」
血がにじむほど、手を強く握る。にじみ出る血が大地に滴り落ちる。
「今更、何しに来やがった!!」
彼の怒声が空へと消えていく。
怒声と同時に稲妻が雷雲全体に広がっていく。
「喋りすぎた、女狐風情が――」
雷雲から響き渡る声。いや、それは声ではない。脳に直接語りかけるテレパシーのようなものだ。
而して、その声は重く、魂に震わせる迫力がある。
目の前に対峙すらしていないのに、強大な力が目の前にいる迫力を感じさせる。
「…………」
(やはり、この声は――)
燃え盛る炎のごとく、“闘気”がズィルバーの身体から溢れ出る。
「――!」
「ッ――!?」
「これが…………」
初めて知る。ズィルバーが未だに本気を出していなかったことを――。
初めて知る。ズィルバーがいまだかつてないほどに怒りに支配されていることを――。
初めて知る。ズィルバーが頂点に君臨するだけの相応しい力を持っていることを――。
「――――」
「なん、だと……」
(これがファーレン公爵公子の……ズィルバー・R・ファーレンの本気だというのか!?)
「…………」
タークは自分らの主が目指すべき好敵手の立ち位置が遥かに格上だと実感させられる。
「…………」
シーホも同じであった。部隊のエースが牙を剥く相手が次元を隔てた怪物だと実感させられる。
『――!!』
すると、上空の雷雲から、ソレが姿を見せる。
石膏で形作られた彫像を思わせる真っ白い大男。
背中に金色の光背を装着、杖の先には雷霆と思しき電撃が迸っている。
知っている者がいれば、必ず、誰なのか分からせられる。
「――――」
姿を見た途端、ズィルバーの怒りは最高潮に達する。
彼の瞳に宿るのは憎き怨敵を斬らなくてはならない怒りに満ちあふれていた。
「な、何だ、あれ……」
「この、鳥肌は……何……」
「見ている俺らが死にそうだ」
初めて見るティアらは取り乱しそうになる感情を、唇を噛むか、皮膚をつねって感情を抑えつけている。
子供の彼らでそうなのなら、大人のレイルズらも恐怖に支配される身体をなんとか奮い立たせることが精一杯だった。
大男は世界を見通す目で周辺を知る。
「ふむ。どうやら、奴は、あそこか。
ほぅ、この“闘気”は“竜神”に“大天使”か。懐かしい。しかし、今は――」
大男は目下のハムラに目を向ける。
「女狐風情が我らのことを口にするのは憚れる。ここで死に絶えるがいい!」
杖を天に掲げれば、雷雲が蠢き始める。
「――!」
(まずい。大神の大雷霆が降り落ちれば、ハムラが死ぬ!!)
“静の闘気”による先読みでハムラが焼死するのを知り、腰に収めている剣を抜いて、そのまま、宙へ跳んだ。
蠢き続ける雷雲。
来訪者による雷撃で黒焦げになっているハムラの表情は酷く歪む。
「まずいのぅ」
(大神めぇ。大雷霆を放とうとしておる。このままでは、妾どころか、辺り一帯が焦土と化してしまうぞ!?)
起こるべくして、起こる未来に苦々しい表情だった。
「まずい……」
「ど、どうするの!? ユン!」
「こうなったら、俺が“雷返し”を――」
「無理よ! 死んじゃう、って!?」
無理だと豪語するシノ。逃げようとするもユンは断固として拒否する。
「無駄だ! いくら、逃げようとも、あんなのが落ちたら、俺ら全員、どうあがいたって死ぬだけ! だったら、あがきにあがいてやるしかねぇだろ!!」
バリバリと全身に電撃を帯び、降り落ちてくるであろう大雷霆の軌道を逸らそうと試みる。
「…………」
彼の姿は正しく、英雄の気迫そのもの。どのような絶望に直面しようとも、自らの力で迎え撃ち、喰らいつくさなければ――
「俺が、東部を守るんだよ!!」
自らの気迫に答えるかのように“闘気”がより大きく、より強くなっていく。而して、気迫と“闘気”もユンに負けない少年がいた。
「全能神!!」
上空へ跳んだズィルバーが姿を見せるのだった。
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