英雄の好敵手。強く在れ。⑤
人の原型を保てていないアヴジュラ。
豪腕が千本。
人馬とも言える馬の脚すらも肉体変化でズシンと足音を立てて、立ち上がる。
「図体だけはいっちょ前だな」
『デカければいいという話ではない』
四メル超えの怪物であることに変わりないが、腕の長さは怪物の図体並で、太さは大の大人一人分の太さだった。
「――――、――、――――、――――――、――、――――――!!!!」
大地を、大気を、世界を揺るがすほどの雄叫びをあげ、溢れ出る“闘気”が幽霊、背後霊を形作るほどのものだった。
「超常、万里圧壊、千里掌底天正!!」
もはや、肉塊を思わせる拳が雨のごとく、ユウトへ押し寄せていく。
「チッ――」
彼はとっさに“動の闘気”を全身に大きく纏わせ、腕を交差して受け止めにかかる。
逃げようにも逃げられない。拳が巨大で攻撃範囲が広すぎるために躱そうにも躱しきれない。
ボッゴン!! バゴン!!
拳を叩きつけた瞬間、大地が隆起し、地形が大きく変動するほど、大地が揺れ動く。
「アガッ!? うへぇ!? ギッ!! ブベ!? オェ!?」
右、左、前、後ろ、上、下、右上、左上、右下、左下と殴られ、叩かれ、押し付けられ、アッパーされ、虫の息になるまで、ただひたすら殴られ続けるユウト。
飛び散る鮮血が数多の拳に付着し、大地に飛び散り、隊服にこびりつく。
しかも、拳がまるで生きているかのように、軌道を変えてはユウトが逃れないように四方八方、前後左右上下、全てから拳の雨、あられを受け続ける。
「――、――――、――――――!!」
咆哮をあげる怪物。とどめと言わんばかりに手を重ねて、叩き潰すそうと身構える。
「――、――――…………?」
ふと、背後から斬撃が身体をすり抜ける。すり抜けた斬撃に違和感がないと思い、行動を再開しようとしたが
「――!!」
奇声なる咆哮をあげる怪物。悶え苦しみだした。
洗礼の刃が身体中を駆け回り、激痛をもたらす。
ハアハアと息を切らしつつ、シノアは淡黄色の雷を帯びた鎌を手にしたまま、聖言を言祝ぐ。
「天の使徒。七星、七つの金を言祝ぐ。
技と労苦、忍耐は知りしもの。悪なるものを許さず、偽善なる使徒を駆逐する。
而して、愛を失った哀れな使徒よ。定めに立ち返り、原初の理に従い、愛を知りしもの。
不浄に堕ちた獣を、愛ある道へ連れ戻そう――」
バリバリと雷が強まっていき、刃が怪物の胸を貫通し、突き刺さる。
突き刺さってもなお、シノアは聖言を言祝ぎ続ける。
「スミルナの使徒へ、導を残せ。
初めであり、終わりである者よ。死んだことはあるが生き返った者ものよ。次のように言われ――ブゥ!?」
聖言を言祝ぎ続けるシノアへ藻掻き続けていたアヴジュラが肉塊となった豪腕を振るわせ、確実に命を刈り取ろうとしている。
ガンッ!! ゴンッ!! ガンッ!! ゴンッ!!
ただひたすら、殴り続ける。
「汝の苦難、貧困を知り、外道なるものと知り、そしられていることも知る。
あぐぅ――」
「――、――――、――――――!!」
ガンッ!! ゴンッ!! ガンッ!! ゴンッ!!
殴られ続けても、ただひたすら、耐え続けて、聖言を言祝ぎ続ける。
「汝への苦しみを恐れるな。見よ、邪悪な心が、汝らのうちのある心をためす。
地獄へ迎え入れようとする。汝らは十日かの間、苦難に遭おう。死に至るまで忠実であれ。擦れば、命の冠を授けよう。
耳ありし者よ。天の使徒の声を聞け。勝者に別の死は訪れぬ」
ボタボタと血が垂れ落ちる。それでもなお、シノアはまだ、聖言を言祝ぎ続ける中で、ついに彼女の手に握られる鎌にほとばしる雷は、ここに極まった。
「愛を知り、悪を滅せよ――“|天使の愛は悪を滅却する《アンジュ・アムル・エファセ》”!!」
「――――!!」
鎌からほとばしる雷が洗礼の刃となって、全身の血管、骨、筋肉、腱、細胞に至るまで繋がりを断ち切り、数多の祈りとなって洗い流し続ける。
「――、――――、――!?」
けたたましい叫びとともに、全身の穴という穴から血が吹き出し、藻掻き苦しみ続ける。
而して、転がる反動を利用して、距離を取ったシノアは追撃の手を緩めないため。
「ペルガモンの使徒へ、導を残せ――」
聖言を言祝ぎ始める。
「――!!」
怪物が縫合し治した腕を振るい、彼女を圧死させようと動く。
「させるかよ!」
タッタッタッ、地を駆け抜け、純白の雷と“闘気”が巨大な竜の顔を、口を、咆吼を形作る。
「“暴竜の大咆吼”!!」
ユウトの口から紡がれる言語――竜言語から放たれる咆吼。
だが、それをベースにさらなる技へと昇華させる。
「“暴竜の大砲吼”!!」
巨大な竜の咆吼が大砲となって放たれる。ただし、放たれる技には欠点がある。
『いい。これは超至近距離に叩き込む技よ。外せば、カウンターをもらい、命がないと思え!』
「上等だぁ!!」
貫くかのごとく、突貫し、刃が肉塊を刺した。
貫いたのと同時に巨大な竜が怪物を飲み込んだ。
「消し飛べ!! “暴竜の大砲吼”!!」
超至近距離から叩き込まれる咆吼。
ミシミシと骨身に染みて襲いかかる。
ビシビシと剣に亀裂が走る。
「チッ――!?」
(ここに来て、武器が限界かよ!)
度重なる戦いの連続に剣の耐久性が脆くなってきていた。
(武器を守るために、力を弱めて死んだなんざ。恥じて死んでやる!! だったら、武器が折れようが関係ねぇ!! ぜってぇ、消し飛ばしてやる!!)
声を荒らげ、アヴジュラを肉片もろとも消し飛ばそうと剣に“闘気”を込め続ける。
「――、――――、――、――――――!!」
怪物が口角を大きくつりあげる。
「――!?」
(消し飛べねぇのかよ)
『わずかに再生速度が上回っている。もっと力を!!』
(わかってらぁ!!)
攻撃の手を緩めないために咆吼をあげ続けるユウト。
而して、それでは“闘気”どころか、喉が枯れてしまいかねない。
「――!」
(やべぇ、力が……)
『ここまでか』
ユウトの限界が近く、このままではせっかくの好機も水の泡となる。
「ユウトさん。まだですよ」
と、そこへ、聖言を言祝ぎ続けるシノアが近寄ってくる。
「限界なんて超えるためにあるんでしょ?」
ニコッと微笑む彼女のエールに彼は負け時と力が入り、技の威力が強まっていく。
「――諸刃の刃、邪悪な心を持つ証人が汝を殺めようとも、天への祈りを失われない。
汝に対し、責めることなかれ、疑うことなかれ。
而して、悔い改めよ。天は汝のもとへ歩み、自らの剣をもって、戦おう。
耳ありし者よ。天の使徒の声を聞け。勝者に新たな力を与えよ。新たな名を与えよ」
バリバリと淡黄色の雷が強まっていく。
「テテラの使徒へ、導を残せ。
燃ゆる炎、光り輝く脚を持つ天の子らよ。
汝の技、愛、忍耐、奉仕、信仰を知る。汝の技は我らよりも優れていることも――
汝に対し、責めることなかれ、疑うことなかれ。
而して、悔い改めよ。天は汝を床につき、永遠の苦しみを与えよ。
天は汝らの心を探り記す。
耳ありし者よ。天の使徒の声を聞け。勝者に支配する権威を授けよ。
天へ明けの明星をもって、馳せ参じる。
汝らは天への祈り、天使の恵みを受け続けるがよい!」
雷がますます強まっていき、言祝ぎ終えた聖言が邪悪に堕ちた者、魔に堕ちた者、そして、“魔族”へ堕落した者をすくい上げ、かつての行いを、罪を洗い流し、健やかな眠りにつかせよう。
“大天使ノイ”の導きにより、悪魔はこの世から消え去るのだから。
悲しみには愛を。憎しみには慈しみを。堕落には救世を。失墜には恵みを。苦痛には安らぎを。罰には祈りを与えよう。
「――“|天使よ、邪悪な心を滅せよ《アンジュ・エファセ・ヨハン》”!!」
ブスッと突き刺さる刃が、力が、洗礼の刃となって内部へ襲いかかる。
「――、――――、――――――!!?」
繋がり続けた“星獣”の力が断ち切られ、砕かれた骨も裂かれた肉も繋いでいた糸が断ち切られた。
今まで肉と骨を繋いでいた糸が断ち切られた反動でブシュッ、ブシュッと血が吹き出し、流血が止まらずにいた。
「ユウトさん! 今です!」
彼女の叫びに応えるかのようにすぅ~っと目一杯息を吸い込む。
「追撃――“暴竜の大砲吼”!!」
超至近距離から叩き込まれる咆吼。
しかも、二撃目。
二撃目ともなって、ビシビシと剣に亀裂がさらに走る。
而して、巨大な竜がアヴジュラを飲み込んでいき、内部から肉と骨、腱、臓物を喰らい尽くしていく。
ガブガブと純白の雷と“闘気”が体内を駆け回り、喰らい尽くし、肉片もろとも消し飛ばしていく。
「――、――――、――――――、――!?」
断末魔の叫びを思わせる雄叫びが辺り一帯に喚き散らす。
ブシュッ、ブシュッと血が吹き出し続ける。
ビシビシと剣に亀裂が走り続ける。
怪物の消滅と同時に剣も完全に砕け散ることだろう。だが、それがどうした?
武器に愛着を持っていたとしても、その欠片が、魂が、新しき刃の一部となって受け継がれていく。
人の意志もまた同じ。受け継がれる意志。千年にも及ぶ大国が守り続けてきた約定も今、果たされようとしている。
今亡き友の願い、想い、友情は消えることはない。
同時に敵同士に紡がれた想いもまた、受け継がれていく。
「消し飛べ!! アヴジュラ!!」
竜の咆吼をあげ、何もかも飲み込んだ。
何もかも喰い潰されていく感覚を味わいながら、アヴジュラの魂は“竜神アルビオン”によって消え去る。
ピシピシと肉塊に亀裂が生まれ、純白の雷と“闘気”が漏れ出す。
肉体が崩壊するときが近い。
消え去る魂の中で、かすかに残っていたアヴジュラがキララに声を発する。
『キララ。貴様の主は……強くなるな』
『当然、私の主だからね』
フフンと胸を張る。
『ようやく、俺らとは違った答えが……世界が……見れる、かもしれ――――』
彼の最期の言葉を皮切りに――。
パリンと肉体が砕け散った。
砕け散る肉体。消失する魂。
霧散する巨大な“闘気”。
そして、パッキャーン、と砕けた刀身。
パラパラと崩れ落ちる剣をまじまじと見つめるユウト。
「…………」
「ユウトさん……」
シノアが彼の心境を慮じる。
「シノア。気にかけてくれて、ありがとよ。
むしろ、よく頑張ってくれたほうだ」
嘆き悲しむどころか褒め称えた。ここまで、むちゃばかりする主のために斬り続けてくれた魔剣に感謝の言葉しかなかった。
「ゆくゆく共に歩んでいきたかったが、寿命なら致し方あるまい。だけど、剣の意志は新しい剣に宿っていく」
「そうですね」
彼女は砕け散った刀身の破片を回収し、ユウトに返す。
「だけど……勝ったんだな」
「はい」
巨大な敵に辛くも勝利を収めるユウトとシノア。
「…………」
「…………」
立っているのもやっとな二人は息を吐いた瞬間、バサリと横たわる。
「つっ、かれたぁ~」
「ホントですね」
ゼーハーと息を切らす二人。
ゴロゴロと未だに雷鳴が轟いている。
「備えますか?」
シノアが次なる戦いに備えるか尋ねる。
「無理だ。俺らはもう、戦うだけの力なんざ残ってねぇよ」
潔く無理だと言い切る。
戦場で曖昧な回答は逆にみんなを混乱させるのを本能で理解しているユウト。
彼のようにはっきりとした物言いがかえって気持ちが楽なる。
「潔い、ですね」
「うるせぇ。シノアは戦えるのか? さすが、部隊長だな」
「バカを言わないでください。私だって……とっくに限界です」
彼女も彼女でとっくに限界だった。
「――にしても、シノア。お前が使ったのなんだ?
聞いたことがねぇ詠唱だな」
「あっ、あれは……ですね……」
切り札を知られてしまい、てんやわんやになる。
そこに救いの手を差し伸べたのはー―
『ユウト。シノアちゃんが紡いだ詠唱は“聖言”』
「“聖言”? まるで、聖女の祈りじゃねぇか」
『聖女か、どうかは知らないけど……“聖言”は天使族だけが発せられる言語よ』
「“竜言語”と同じか?」
『有り体に言えば、そうね。でも、おいそれと扱えるものじゃないわ。言語を習得しても戦闘で扱えるかは訓練と経験が必要よ』
「…………確かに」
ユウトは聖言を言祝ぎ続けていたシノアもアヴジュラの猛攻を受け続けていたのを思い出す
「理解するのと使えるのとでは、話は違ぇからな」
キララが言わんとしていることがよく分かる。
(俺も俺で、“竜言語”を使えるようになるのに、めちゃくちゃ実戦を積みまくったからな)
思い出されるはドラグル島での日々。
キララに厳しくしつけられたからか。“竜言語”を理解することだけはできたけど、使えるまでに竜人族を相手に戦いまくった記憶が残っている。もっとも、彼にとって、町民から食べ物を盗んで、貧しい子どもたちに恵んでいただけにすぎなかったが――。
『とにかく、実戦で扱えるのは天使族でも、ごく一部。大半は“聖言”の意味すらも分からず、ただただ、言葉を発している輩が多い』
「それは“竜言語”も一緒だろ?」
『然り。逆に言語を理解すれば、人族だろうと扱える』
「俺やシノアのように、ってか?」
わかりやすいたとえを言えば、キララは「その通り」と答えてくれる。
「まあ、とりあえず……疲れた…………」
「えぇ~……そう、ですね…………」
二人は続きを発することもなく、スゥスゥと寝息を立てて、眠りについてしまった。
継戦への備えもせず、ただただ、疲れたので眠りについた。
いそいそと懐に身を潜めていた古竜姿のキララと子リス姿のノイは、やれやれと思う反面
「お疲れ様」
「あとは大トリのみ」
ゴロゴロと雷鳴が静まらぬ空で激闘を繰り広げている三名。
千年以上のも生き続ける妖狐――ハムラ。
東方貴族総本山、東方公爵――パーフィス公爵家の公爵公子、ユン・R・パーフィス。
ライヒ皇家、姉妹皇女の一人、シノ・B・ライヒ。
この三名の激闘が未だに終わらずじまいだった。
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