英雄の好敵手。強く在れ。③
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
ここに来ての反撃に度肝を抜かれるユウトとシノア。
「ッ――」
「痛っ――」
大木に全身を強打したためか、骨あるいは筋肉、筋を痛めたのかもしれない。
「アガァアアアアアア……」
うめき声を上げる二人。
受け身を取れる間もなく、全身強打したため、痛みに悶え続けていた。
「ッ――~~!?」
背が弓なりに曲がったり、猫背になったりを繰り返したことで、なんとか痛みに耐え続けていた。
本来なら、真なる神の加護が働く場面だが、使用せずに人としての痛みを実感してるユウト。
「あぁ、…………ガァ…………」
こらえにこらえ続けたことで、なんとか立ち上がることができたものの。
全身から絶え間なく、汗を垂れ流し続けてた。
汗。いや、ただの汗じゃない。脂汗。苦しいときや緊張したときに発汗する。今回の場合は苦しい時の場合での発汗だ。
全身を強打した痛みが脳に走り、脊髄に走り、神経を伝って、全身に渡っていく。
途方もない痛み、想像絶する痛みが二人に襲いかかった。
今はなんとか立てるまでに回復したものの限界が近いのは確かだった。
それは、敵も同じであった。
「はあ……はあ……はあ――――」
息をダエダエに垂れ流す。浅黒い肌も真っ青のように青白く、生気を感じさせない。
幽鬼が瞳に宿っている。明らかに死が目の前に近づいてるようだ。
荒い息を吐いたまま、敵の心境を悟る。
「どうやら、あいつも限界が近ぇな」
「思わぬ反撃を喰らいましたが……裏を返せば――」
「これ以上はやべぇー、ってことだ」
「ですね」
ユウトとシノア。二人は互いにアイコンタクトを取り、綿密な作戦を取らずに連携を取ることを選択した。
お互いに支え合い、お互いに協力し合う。お互いに背中を預け、目の前の強敵を討ち倒すことに専念する。
(お互いにメインとサブで動くぞ)
(はい! わかりました!)
一瞬のアイコンタクトでお互いにやるべきことを決めて攻めたてる。而して、攻めたてるのもそうだが、戦場での瞬時にアイコンタクトを取り、連携を選択することは極めて難しいことである。
それは長年に親しんだ熟年のコンビでも難しい芸当。それを年若き少年少女の二人がやってのけようとしている。ひとえに愛のなせる業とも言える。
「長期戦はもう無理だ」
「一気に仕留めます!」
二人は互いに息を合わせる。
同時に振りかぶる構えを見せる。
明らかに二人同時に行う同時技、合体技である。
「「行くぞ/行きますよ――“破局”!!」」
互いに呼吸を合わせ、振り抜いた一撃は衝撃波となって放たれた。
アヴジュラへ押し寄せていく衝撃波の塊。
「――!」
さしものの彼でも球を障壁に形状変化させても防げる代物ではないことを本能が理解していた。
しかし、本能が「躱せ」と命じられても、躱せる代物ではない。
何しろ、二人が使用した技は“巨人剣”。巨人族が編み出した山だろうと海だろうと貫くほどの威力を持つ“闘気”の破壊砲。
「――!!」
無論、山を貫く巨大砲を前に為すすべがないわけではない。
少なくとも、親衛隊の一般隊員なら――。
而して、相手は千年以上前、歴史に名を残した大英雄。迫りくる巨人剣を前にして、障壁を展開し、威力を減衰させる。
「ッ――!?」
威力を減衰させたとしても、反撃の手を緩める訳にはいかない。
巨人剣にはメリットもあれば、デメリットもある。
“巨人剣”のメリットは超広範囲かつ絶大な威力を出す反面。技を放った際、振り抜いた構えを維持しなければならないというデメリットがある。
さらに、もう一つのデメリットがあり、“闘気”をそれ相応に消耗してしまうのだ。
「ッ――!?」
だからこそ、アヴジュラは反撃に転じようとするも背中に走る傷が開きだし、構えを崩れてしまう。
巨大な一撃を見舞ったとはいえ、障壁を張って、なんとか耐えきった敵に苛立つ。
「チッ。耐えきりやがった……」
「キララさんとノイさんの教えのもと、ぶっつけ本番でやってみましたけど、効果今一つですか…………」
ショックを受けるシノア。だけど――
「でも、まあ、あいつもあいつで疲れてきてるようだな。
見ろよ。障壁に使ってた球が維持できるだけ力がなくなって、消えちまった。あとは肉弾戦でケリを付けられる、ってものだ」
言い切るユウト。だけど、シノアからしたら、油断してはいけない気がした。
「ユウトさん……」
「わかってらぁ。なんか、手札を隠して――」
言おうとした矢先、二人は見てしまった。アヴジュラの中身を――。
「「――――――――」」
『『――――――――』』
アヴジュラの中身を見て、絶句する。
言葉が出てこない。なんて表現すればいいのか。ユウトとシノアでははっきりと言葉にすることができない。
言うなれば、混沌。渦巻いている。ひしめき合っている。叫び合っている。引っ張り合っている。せめぎ合っている。引きちぎろうとしている。と――。
形容しがたいおぞましい何かがアヴジュラの中に潜んでいる。
だが、潜んでいる何かは形をなしている。
獣の顔が浮かび上がっては飲み込まれて消えていく。
而して、特徴的な獣の顔をしていたからか――。
『『――!?』』
キララとノイが酷く動揺する。
「キララ?」
「ノイさん?」
『正気か?』
『許せんぞ。あいつらは…………』
酷く動揺していた次に来た感情は激しい怒り。
敵の憐れみもそうだが、敵を、あのようにさせた連中への強い怒りを抱かせる。
『人族の誇りをなんだと思っていやがる!!』
『ここまで大英雄を愚弄するか!? 憎らしい連中めぇ!!』
キララとノイ。
千年以上も前から生き続ける伝説。伝説の偉人ですら、激しい怒りを露わにするほどのことがアヴジュラの身に起きているのだと知る。
そう。彼らは目にした。アヴジュラの中で蠢いている獣の顔。その獣はユウトとシノアが知らなくても、キララとノイが知っている。
それは――。
『あれは……紛れもなく――』
『――“星獣”だ』
――“星獣”。星の名を冠する名前を持ち、特徴的な呼び名を付けられた千年前に絶滅した獣の総称。
その力は絶大。古き神秘の塊にして、神なる力を持っていたとされる獣。
それ故に人の身に有り余る力。手にしただけで、その身体は耐えられず、自壊することは間違えない。
而して、自壊するほどの力を、その身に宿し続ける方法がないわけではない。
“魔族化”。つまり、自らの魔族へ成り下がることで有り余る力を制御できるかもしれない。
かもしれない。――そう。可能性の話だ。本来、神なる力は人族だけに働く。他の種族には“毒”でしかない。
つまり、諸刃の剣なのだ。
数多の“星獣”を無理やり取り込まされたアヴジュラ。有り余る力を前に自我が保てなくなり、意識が混濁していたのだろう。
少なくとも、ユウトと激闘を繰り広げている間はかすかに残る自我を頼りに戦い続けた。
混濁する意識の中で自分が苦しんでいる姿を見せなかったのはひとえに感情を表に出せない性格と大英雄の矜持、誇りが敵に同情されたくない、という途轍もない意志が働いたからだ。
だが、それも儚き一瞬の夢。
カンナの敗北をきっかけに意志が揺らぎ、神なる力がかすかに残る自我を喰らい、心を闇に堕とし、“魔族”へと成り果てた。
而して、成り果てたとはいえ、魔族と転身した身体では神なる力など耐えきることができず、侵され続けている。
“毒”に侵され続ける肉体と精神に救いの手を差し伸べたのは――天使族の“浄化”。
穢れが洗い流され、混沌とする意識にかすかな光が照らされ、喰い潰された自我が、残り滓となって浮上した。
「ァ……あ、ガァ……――」
ハアハアと呼吸が荒いものの、意識がかろうじて取り戻された。
「まずは……、……ほ、褒めよう――」
表情は苦しいものの、彼は敵対する二人に対し、称賛の言葉を送る。
「まだ年若き身体で、ありながら…………“巨人族”の技を見事に披露した……、……いや、それだけ、じゃない…………片時の一瞬とはいえ、キミらは人の限界を乗り越えてみせた」
「――――!」
「今、言葉を――」
混沌としている精神で、言葉を発してる時点で、もはや、奇跡に等しかった。
「天使族の“浄化”のおかげで、なんとか、残り滓の自我だが、取り戻せた。
この感覚は…………ノイ、だな。千年の時を経て、戦友に助けられるとは……俺もヤキが回ったな」
フッと失笑するアヴジュラ。
だが、「うぐっ!?」と激痛が走ったのか、表情が苦しみだした。
「どうやら、俺が、この世でいられるのも限界に近いな……」
痛みが強まったのか、さらに表情が歪む。
「最後に、一つだけ、先達者、として……ッ…………助言、しよう……」
残る意識を振り絞って、アヴジュラはユウトとシノアに大事なことを告げる。
「何でも、かんでも……一人で解決し、なくて、いい…………常に、信頼しあえる、相棒……パートナー、と……乗り越えて、いけ…………グッ――」
「おい!?」
敵を心配するユウト。されど、アヴジュラは霞んでいく視界に映るユウトを、誰かと重ねた。
「慈悲、と慈愛に……満ちた少年よ…………キミなら、乗り越えて、いける…………ヘルトとレイ、の、ように――」
力を振り絞って助言するアヴジュラの言葉を片時も忘れないように頭に刻み込む。
だが、それも終わる。
残り滓の自我も完全に消え、あるのは無機質な人形。
戦い、暴れ、闘争のみが残された人類有害な怪物へと成り果てた。
人形と成り果てたアヴジュラの中からは夥しい獣の咆哮が木霊し続ける。
“星獣”の咆吼。
叫び声を聞くだけで不快な感情を込み上がってくる。
「ひでぇな」
「ゲスいですね」
ユウトとシノアは深い怒りを覚える。
アヴジュラが如何なる人物なのかは定かではないが、少なくとも高潔な男なのはわかった。短い一時とはいえ、話をしたことで、誰よりも誇りに準じ、礼節を重んじる御仁なのかが伺わされる。
そのような大英雄を“魔族化”させ、誇りすら踏みにじった暗躍者を許せなかった。
「許せねぇよ」
「ええ、あのような御仁を辱めた輩を断じて許せん!!」
煮えたぎる業火のごとく、深い怒りに支配される二人。
『ユウト……』
『シノアちゃん……』
『わかっていると思うけど、その怒りを深く深く秘めてちょうだい』
『アヴジュラの無念、慟哭、怒りを心に秘め、仇討ちをなそう。
でも――』
『今は――』
「ああ」
「ええ」
ユウトとシノア。キララとノイ。
主と契約精霊が真っ先に為すべきことは――。
「「目の前の敵を弔うこと!!」」
そう。誇りを穢されたアヴジュラを丁重に弔うことだ。
「――――、――――、――!!」
声にならない雄叫びをあげるアヴジュラ。
それは痛ましく、苦々しく、いたたまれない気持ちを抱かせる。
怪物に成り果てたアヴジュラの魂を救わんがために、怒りを心に秘めたユウトとシノア。
「おい、シノア。俺らの体力はもう少ねぇ。ぶっつけ本番の合体技で持久戦は無理だ」
「えぇ~、そうなんですか~」
シノアはユウトを煽りたい気持ちもあったが――
「そうですよね。私も私で、もういっぱいいっぱいです。必殺技も二回か三回程度が限界です」
「俺もだ。だけど、一つだけは違ぇことがある」
半分肯定し、半分否定する。
「俺に限界なんてものは端っから存在しねぇよ」
かっこよく言っているつもりが滑っている。
「ユウトさん。それはかっこよくもなんともありませんよ」
「うるせぇ。俺だって今更、後悔しているんだ。だがよぅ。もし、このまま大人しく退いちまったら、ミバルらはともかく、ズィルバーとティア殿下からなんて言われるかたまったもんじゃねぇぜ」
「――――」
シノアの頭の中では小馬鹿してくるティオの姿が映っている。
「確かに――」
イラッときたのか笑顔を浮かべていた。
「それは嫌ですねぇ」
笑顔を浮かべているも、目だけは笑っていなかった。
「――だろ?
だから、逃げずに戦おうぜ。ボロボロになっちまったら、後でみんなからどやされそうぜ」
ニッと溌剌な笑顔を向けられて、シノアはポッと頬を朱に染め、そっと視線をそらす。
「ん? どうした、シノア?」
「い、いえ、何も――」
オロオロし始めるシノア。ユウトは首を傾げる。
どうしたんだ、という心境だが、わからないので後回しにした。
(い、言えないじゃないですか……ユウトさんの顔がかっこよくなったなんて…………)
照れ隠しに一目惚れした人が急にカッコよさを見せられてはギャップにキュンと萌えてしまったのだった。
『……………………はぁ~~』
ノイは長い長い間をおいて、深い深いため息を吐くのだった。
『困ったものだね』
なんとも言い難い重病に侵されたものだと彼はポロッとこぼす。
普段はおちゃらけて、バカな振る舞いをするが、ときおり見せる。鬼気迫る表情に胸を打たれることがしばしばある部隊長。
ときおり見せる鬼気迫る表情で見せる笑顔。その笑顔を向けられれば、大抵の女はズキューンと胸を打たれることだろう。
現に、部隊長の姉、准将も同じような弁を述べた。
「あぁ~、ときおり見せる鬼気迫る表情からの笑顔はかっこよすぎて、心臓が破裂しちゃいそう~」
キャーキャーとときめきにときめいていたのを部隊長は未だに憶えている。
最初は准将が「恋に走りすぎているなぁ」って思っていたが、今なら――。
(今なら、あの人の気持ちも理解できます)
深みにハマってしまった同類となった。
トリップしかけているシノアを無視し、ユウトは剣の刃を見る。
かすかに罅が入っているだけで斬るのに支障をきたさない。むしろ――
「“闘気”で刃が研がれていくみたいだ」
ポロッとこぼれた言葉にピクッと反応する怪物。
「アァ~~」
言葉が出ず、うめき声をあげるだけとなったアヴジュラに同情こそすれど、情けをかける謂れがない。
ここは戦場。情けをかければ、誇りを穢すこととなる。そのためならば、自らを悪と断じて、斬って捨てる所存だった。
だが、敵は大英雄を素体にした“星獣”の集合体。つまり、“神なる力”が密集している状態。
その力はおそらく、上空で未だにユンと激闘を繰り広げている妖狐ハムラをも上回ることだろう。
確実に――
「確実に仕留めるには、一気に勝負をつけるしかねぇな……」
勝負をつけるには超短期決戦というほかなかった。
「っつうわけで聞いているか? シノア!」
「ふぇ!? あっ、ひゃい!?」
「全然聞いてねぇな。こっからは時間との勝負だ。一気に勝負をつける」
「つけられなかったときは……?」
「……その時は俺らの最期だ」
時間の猶予もなかったのだった。
「いくぜ、シノア」
「ええ」
もはや、時間の猶予もない二人が、一か八かのギャンブル。賭けに出た。
二手に分かれて、挟撃に動く。
二手に分かれる際、アイコンタクトを取った。
(このまま、ズルズルと戦ってちゃあ、埒が明かねぇ。とっておきがあるなら、使って一気に仕留めるぞ!!)
(あるんですか? ユウトさんに、とっておきが?)
(なかったら、こんな事は言わねぇよ!!)
「命は燃える人は病む。血肉は脆く智慧すら熔ける。
なれば、静かに立ち帰れば救われる故郷があろう――」
紡がれる誓言は“聖言”。天使族のみが使える洗礼詠唱。
バリバリと鎌の刃に淡黄色の雷が纏われる。
「――!」
淡黄色い剣閃が走り、アヴジュラの身体に刺さる。
しかし、傷口からは血が出てこず、痛みに苦しんでいる様子が見受けられない。
「刺したり、貫通したりする意味はない。ですが、ノイさんの力は内部から浄化する。
我が祈りは永遠の愛に満ちている――“失われし愛を取り戻せ”!!」
浄化の刃がアヴジュラの内側を這い回る。
「ガッ、ガァ…………」
うめき声をあげ、焼き尽くされる痛みに悶え苦しむ。
「ガッ、ガァアアアアアアーー」
シノアの命を刈り取るため、背後に残された球で錐状に変え、串刺しさせようと放つも――。
「させねぇ!!
“北蓮流”――“聖なる十字架”!!」
純白の雷が纏われた斬撃が正面から叩き込まれた。
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