力を持つ代償。
大きく姿が変わってしまったアヴジュラ。
彼の姿を目の当たりにしたユウトとシノア。二人は浅はかとはいえ、考察する。
「なんで、あいつの姿が変わるんだ?」
「知りませんよ。そんなの……」
問いかけたくなるユウトの吐露に「私に聞かないでください」と答えるシノア。
「別にシノアに聞いてねぇよ。逆に分かっちまう方が怖ぇわ」
「えぇ~、ユウトさんは私が全部分かるんですかぁ?」
「わかるかよ。少なくとも――」
(惚れた女の気持ちなんざ分かるわけねぇ)
フンッとそっぽを向くユウトにシノアはにへぇ~ッとほくそ笑みながら、からかおうとする。でも、それを抜きにしても、莫大な“闘気”の二つが消えたのを感じた。
「今――」
「バカでかい“闘気”が消えました…………」
「どっちが勝った?」
ユウトは目を閉じ、“静の闘気”に比重を置き、戦況を確認に務める。
「――――!」
確認を終えた彼はフッと僅かに笑みを浮かべる。
「ユウトさん?」
「ズィルバーとティア殿下が勝ったようだ」
「あの二人が――!?」
「おまけにティア殿下が美味しいところを持っていきやがった」
(ズィルバーにしては随分と貧乏くじを引いてるみてぇだな)
バカなユウトがバカな見解をするも勝ったことに変わりなかったのは事実だ。
それより、問題なのが一つ。
なぜ――
「なぜ、あのアヴジュラって奴の姿形が変わるんだ」
(おい、キララ。奴の姿を知ってるか?)
息を殺しながら、物陰から観察し続けるユウトは意識内でキララと会話を持ちかける。
『私も知らない。アヴジュラにあんな姿があるなんて…………』
(そうか。キララも知らねぇのか)
役に立てないと腹を立てたくなるユウトにキララが昔話を零す。
『アヴジュラはいくつかの異名が残されててな。“愛されし大英雄”。“授かれし大英雄”。そして、“神に近しき大英雄”と言われてる』
「あん?」
(“神に近しき大英雄”? なんだよ。この世界に神なんているのかよ)
『それについては教えん。それより、口は災いの元だ。バカなユウトには言ったって無駄だと思うけど、一応、忠告だ』
(バカは余計だ、っての)
キララとの会話で不機嫌になるユウトを余所にシノアも意識内でノイと会話してる。
(ノイさん。あそこにいる彼が姿を変えるなんて知ってました?)
『いいや。知らない。そもそも、アヴジュラが変身する話なんて聞いたことがない』
「あり得ない」と言い張るノイ。
彼とて、千年以上前から生きる天使族。だが、天使族といえど、半分は精霊となっているため、シノアの契約ができ、かつての力を取り戻し、彼女の手助けをしている。
(ノイさん。あの人の特徴について知ってますか?)
『アヴジュラはいろんな人から力を授けられた大英雄。
おそらく、見た目が大きく変わったのは、その力が起因するかも…………』
(フィスと同じように“星獣”を用いた“呪解”もあり得ますか?)
『いや、それはないと思う』
シノアの聞き返しをノイは否定する。
『あれは呪術によるものだけど、基本は“星獣”の力と異種族の力をベースとなる魔人族の身体に上乗せしてるだけで、神代の力を見かけ上、行使してるだけ。
でも、アヴジュラは千年前の大英雄。つまり、神話に生きた大英雄なんだ』
理由を付け加えての否定を述べる。彼の言い分が正しいのかどうかはシノアじゃあ判断できない。
だけど、ノイが何らかの理由で大事なことを隠してるのは彼女でも理解できる。
(ノイさんが秘密を隠してるのは気づいていましたけど、私に、それを聞く理由も権利もない。契約精霊だから。契約者に全てを打ち明かせなんて烏滸がましいと思っています。
でも――)
彼女はチラッと見た目が大きく変わってるアヴジュラを見つつ、思ってしまった。
(ノイさんもキララさんも……敵のことを知ってる。敵も二人のことを知ってる。
そして――)
シノアは手の甲を見つめる。甲には見たことがない紋章が光り輝いている。左手の甲に――。
右手の甲に刻まれた紋章は精霊刻印。それも、ノイと精霊契約した際に浮かび上がった紋章だ。
(気になるのは、この紋章です。シノ殿下もティア殿下も、ユウトさんにも見たことがない紋章がありました。いったい、この紋章はなんでしょうか?)
彼女の中で疑問が渦巻き続けている。
疑問が渦巻き続けるのとは裏腹に見た目が大きく変わってしまったアヴジュラ。
その姿形は異質。その見た目は小さな角を生やし、首元まで伸びる髪。ただし、髪の色は黒から銀へと変わり、雰囲気も人間性を残しつつも、神秘的な風合いを醸し出している。
背後に弓の片割れが浮遊している。否、弓の片割れと形容していいのかすら分からない形状をしている。
周囲には球体が浮いていて、色合もバラバラだった。
なにより、気になったのは“闘気”だ。
ユウトとシノアも“静の闘気”を使用しなくても、不気味さ全開かつ異質に思えてしょうがない。
「化物じみてて怖ぇぜ」
「はい……」
二人は小声で話し合うも敵の異質さに恐怖を抱かざるを得ない。
異質なまでの“闘気”。物陰から見ているとはいえ、湧き出ている“闘気”で景色が揺らめいて見える。
敵が発する“闘気”を言葉として形容するなら、“真っ黒い何か”、“闇”、“混沌”のどれかに当てはまるだろう。あるいは、その全てが当てはまるだろう。
とにもかくにも、二人は物陰で観察したまま、心象世界でキララとノイに声を投げる。
(ノイさん。フィスさんの“呪解”と違うのなら、なんですか?)
『分からない。だけど、一つだけ言えるのはアヴジュラの中に内包していたなにかが、何らかの作用で反転したとしか考えられない』
彼は彼女の視界を共有して判断できる材料を集めつつ、助言してくれる。
(キララ。あいつはカイと同様に“魔族”になってるのか?)
『可能性があるかないかで言えば、ある方。ハムラがした呪術によるものじゃなく、本来の“魔族化”をしてる可能性が高い』
(“魔族化”…………確か、怒りや憎しみなんかで闇堕ちするって奴か)
ユウトは前にキララが教えてくれた内容をうろ覚えだが、思いだす。彼の返答に彼女は褒める。
『なんだ、私の教えを忘れずに覚えてたか』
(なんとかな。でも、アヴジュラが闇堕ちとかあり得るのか?)
率直な疑問を吐露するユウト。
『あり得ないこともないが、彼を知ってる私からすれば、あり得ないの一言よ』
(あり得ねぇのか。じゃあ、いったい、どうなってるんだよ。まさか、ズィルバーとティア殿下が相手してた敵がいなくなったから闇堕ちしたとか言うんじゃねぇよなぁ?)
意外にもユウトはアヴジュラが闇堕ちした原因を言っていた。
彼の答えを聞き、キララは一つの可能性にいたる。
『まさか――』
(キララ?)
心象世界でキララは信じがたい表情を浮かべてるのに、彼は小首を傾げる。
『ユウト。もしかしたら、キミの言ったとおりかもしれん』
(は?)
『今、言ったな。カンナを失った、と――。おそらく、それだ』
素っ頓狂な可能性にユウトは呆気にとられる。
(なに言ってるん? いなくなったストレスで闇堕ちした、ってのか?)
『そうとしか言えない』
(あり得ねぇし。バカだろ)
バカなユウトがアヴジュラのことを『バカ』と形容するのもおかしくない。誰かを失ったのなら、怒りを抱いても、憎しみを抱いてもおかしくない。だが、赤の他人に怒りや憎しみを持てというのはお門違い。
怒りや憎しみとは身近な人が失ったときに抱く感情。
家族、恋人、友人と理由こそ違えど、その人にとって最愛な人を失ったときこそ、我を失うほどの怒りや憎しみを抱くというものだ。
つまり、アヴジュラにとってカンナは最も親しく失いたくない間柄だったということだ。
バカにしたいユウトだが、改めて、怒りや憎しみを抱きたくなる原因を突き詰めるとあり得なくもないと受け入れたくなる。
(同情こそすれど、戦いには不要なものだ)
『ええ、そうよ。今はアヴジュラのことに専念し――ユウト。“静の闘気”を深めて!
奴が何か呟いてる!』
「――ッ!?」
彼はキララに言われ、“静の闘気”を深め、アヴジュラが発する言葉を聞き取ることに集中する。
「しゅ……い……こ、……せ……を――」
「チッ」
(聞き取れねぇ)
途切れ途切れに聞こえて、腹立つユウト。だけど、苛立つ気持ちを抑えて、聞くことに専念する。
(集中……集中……余計な雑念は、斬り捨てろ…………)
気持ちを落ち着かせ、気配の察知に専念する。
「粛……この、世――を――」
「……………………」
(徐々に聞き取れてきた…………っていうか、気配を全然感じねぇ。声や言葉に感情ってのがあるはずなのに、奴の声の節々に感情が読み取れねぇ……)
彼は、この時、意味深な発言をする。
苛立つ気持ちを抑えつつ、ユウトは聞くことに専念し続ける。
「粛清、この世界、を――」
「あん?」
(粛清……?
なんだ、いきなり、嵐や雷のような災害じみた雰囲気に…………――――)
この時、全身に寒気と怖気が奔る。
「まさか!?」
「ユウトさん?」
総毛立つユウトを見つめるシノア。彼は彼女の手を掴み、急ぎ足で洞穴から距離を取る。
「ちょっ、ユウトさん!? 急に、なにを――」
手を握られて彼女の顔は赤面する中、ユウトの顔は青ざめていた。
「いいから。こっから離れるぞ!」
「ゆ、ゆゆ、ユウトさん!? だから、なにを!?」
「さっきからアヴジュラの雰囲気がおかしいんだ。まるで、嵐や雷みてぇな災害が言葉を発してるみてぇだ!?」
「……え?」
彼女は彼が意味分からないことを言ってるようにしか聞こえなかった。
「だから、奴から気配を感じねぇんだ! さっきまで無表情だったけど、言葉や動きの節々から感情とか気配が読み取れたのに――。今の奴は感情すら読み取れねぇんだよ!!」
「え……」
シノアは素っ頓狂にも呆けてしまった。その時――
頭上が明るくなる。視線を上にやれば、色合がバラバラな球体があった。
「まずい――!」
悪寒が走ったのかユウトは彼女を抱き寄せて、前へ転がり込む。身体を張って、彼女を死んでも守り通そうとする。
二人が転がり込んだのと同時に甲高い音。歯軋りする金属音。いや、不協和音がざわめいた。
音はすぐに鳴り止んだが、追撃が来るのではないかと、ユウトは覚悟するも一行に追撃がくる気配がないので、身体を起こせば、信じられない光景を目の当たりにする。
「なっ――」
(なんだ、こりゃ――)
彼が目にしたのは抉られた大地。今の攻撃で大地が球状にめり込んでいた。いや、抉られていた。
そこにあった動植物を跡形もなく、消し去られてる。
「デタラメか」
(これじゃあ、剣やとかで応戦するとかの話じゃねぇ。近づけるか近づけねぇかの問題じゃねぇか)
敵のデタラメさに気が滅入りそうになるユウト。
『さすがに、これは参るわ』
(キララ……)
キララですら、敵の――アヴジュラの容赦のなさに気が滅入る。
『あからさまに人なのか疑ってしまいたくなる』
彼女も明らかにアヴジュラから人間性が失われてるのが不可解で仕方ない。むしろ、気になってしまう。
(キララ。こいつは“魔族化”によるものか?)
ユウトはアヴジュラの感情が失われてるのは“魔族化”による弊害かと訊ねる。
『分からない。少なくとも、“魔族化”で理性を失い、凶暴性が増すという事例は千年前でも何度も見てきた症例の一つだけど、人間性が失われる話は聞いたことがない』
キララも千年前の知識や経験を照らし合わせても見たことのない症例と言い張る。
ここに来て、厄介な敵が、より厄介な敵へと変貌したことにユウトは苛立つどころか逆にスッキリしたい気分になる。
「厄介な状況が、より深まったところで、厄介なことに変わりねぇな」
吐露すれば、「むぅ~! むぅ~!」と息苦しい声が近くから聞こえる。
「ん?」
今になって、彼は思いだす。彼女を――シノアを抱き締めてたことに――。
「プハァ~」
息苦しさから解放されるも、彼女の吐く息が妙に艶めかしかった。
「…………」
本来なら、ここで「あっ……」と吐露すべきなんだが……彼女が、シノアが艶めかしい吐息をしたために、少々、困惑してしまう。
「ユウトさ~ん。急に抱き締めないでくださ~い。息苦しかったし~。
私を~息止めに~挑戦するために~全力で~~胸板に~押しつけたのですか~~?」
完全に艶めかしく言葉を吐露する彼女。口ではそう言っても本心じゃあ別の気持ちを抱いてる違いなかった。
(ほんとーはー……ユウトさんに、手を握られたり~抱き締められたりして~~嬉しい気持ちでいっぱいでしたぁ~~。
全力で胸板に押しつけられてぇ~息苦しかったけど~~ユウトさんの匂いを間近で堪能できて~良かったしぃ~~サイコーの気分だった)
明らかに本心ではユウトに抱き締められ、気分最高潮になっていた。
逆にユウトはシノアの艶めかしさを目の当たりにして、思ってしまった。まだ、十代前半なのに、誰かさんの気持ちが分かってしまいたくなかった。
(なんで? ここはぶん殴られるところだろ……)
『シノアちゃん。このタイミングで惚気るとかマイペース……いえ、肝っ玉が……これも違う。“恋は盲目”って感じね』
(俺は嫌な気分だ。なんで、子供の俺が大人の気持ちを理解しなければならねぇんだ。
なんで、俺がグレンを同情しねぇといけねぇんだ)
戦場の真っ只中なのに、敵よりも味方でストレスが溜まるとかどうかしてるとしか思えなかった。
と、気持ちを切り替えて、ユウトは心象世界でキララに話しかける。
(キララ。“魔族化”で人間性が失わねぇなら、別の力が働いちまって、ああなった、っていう可能性はねぇのか?)
『別の力……別の力ねぇ…………』
彼女は一考する。今もアヴジュラはボーッと突っ立ったままだ。おそらく、ユウトとシノアが動かなければ動かないと踏み、ユウトは綿密に策を立て直す。
彼がアヴジュラを注意深く観察してる間にキララは熟考する。
熟考する中で彼女はあり得そうな可能性を吐露する。
『なくはないが――』
(なんだ? 可能性があるのか?)
『可能性というより、もしも、だ』
キララはなくもないが、決してあり得ないことが起きてると濁しつつ話す。
『ユウト。持ってるな。真なる神の加護……』
(ああ、持ってるぜ。“魔王カイ”と殺し合ったとき、目覚めた力のことだろ?
シノアも持ってるじゃねぇか)
彼は左手の甲に刻まれた紋章を見つめる。今もなお、若紫色の雷が迸り、輝き続けている。
「ったく、なんで、俺やシノアだけに、こんな力があるんだか……」
『さあ、そこまでは私も分からない。だけど、アヴジュラも神の加護を持って生まれた大英雄。あんたらと同類、ってわけ』
「ケッ。あいつも俺やシノアと同じって訳か」
(胸くそ悪ぃ)
『ズィルバーとティアもユンとシノも同じ。あのカンナやヘクトルですら、神の加護を持って生まれてしまった人族』
(人族……?)
「なんだよ。この力は俺ら人族にしか持ってる言い方じゃねぇか」
キララとの対話の中でユウトは自分が持ってる力は人族だけの特権に聞こえて仕方なかった。
『そう聞こえてしまってもおかしくないが、事実。その通りだ。
千年前、初代皇帝リヒトも初代媛巫女レイも初代五大将軍も皆、真なる神の加護を持って生まれてしまった。
その力は人族だけにしか扱えない。異種族、つまり、魔族や耳長族、獣族、魚人族、人魚族、小人族、巨人族ですら、その力を持つことを許されなかった』
キララは言葉の節々に悲しみが滲み出ていた。
『異種族が真なる神の加護を手にすれば、どうなるのかは分からない。だが、あの時代は神代末期。人が世を、歴史を紡いでいく時代でもあった』
古き時代が終わり、新しき時代が始まろうとしていた。だが、今の世も古き時代の力が動いてるとキララは言う。
彼女は考察を交えて、アヴジュラの様子を告げる。
『奴はおそらく、“魔族化”で魔族へと成り下がった。ただ、神の加護は魔族が使用することを拒絶する。つまり――』
「力を使おうとすれば、代償を払わなきゃいけねぇ、ってわけか」
『おそらく、ね……』
言葉を濁すキララ。彼女は今、昔を思いだしたのだろう。かつて、[女神レイ]が体調を崩すことが多かったのも、[戦神ヘルト]が若干、暴走しかけていたのも、今、言及した通りではないのかと疑ってしまったからだ。
(ん?)
「キララ?」
ユウトは相棒が妙に悲痛な面持ちをしてたことに訝しんだのだった。
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