託される意志と想い。
魔剣の刃に心臓を突かれたカンナはゴホッとくちから大量の血が逆流し、吐き出す。
彼は足を一歩ずつ下がりながら、敵を賞賛するのと同時に自分を嘲笑う。
「一手、足りなかった、か」
胸から垂れ落ちる血飛沫が地面に広がる。カンナは胸の傷に触れながら、言葉を吐露する。
「すまない。俺のエゴに付き合わせて」
「何を言うか。戦いにエゴなんて関係ない。正義も悪も戦いに理念を求めるのは無意味なものだ」
「それもそうだな。だが、そうとも言えない。貴様は私に謝罪すらしなかったな」
「一対一の勝負じゃなく、最後の最後でティアが出てきたことにか?
バカか。真剣勝負の場面もあるが、戦場に真剣勝負を求めるな。むしろ、戦士は戦場で死ぬことこそが花道じゃないのか」
ズィルバーの正論にカンナも「そうだな」と納得する。
「でも、子供の俺らに全力を出しちゃうとは惨めに思われるんじゃないか?」
「ちょっと、ズィルバー!?」
ここで、ティアが彼のもとへ駆け寄ってくる。カンナは駆け寄ってくる彼女の髪や瞳から洩れる魔力光を見る。
「それは難しい話だ。我らは呪いを持つ存在。加護を持つ存在は多かれ少なかれ、相まみえなければならない。
我々は未来から安寧を望むために戦い続けてきた」
カンナは生涯をかけて、世界の命運を、人々の未来を変えようと戦い続けてきた。
ティアはカンナが言ってることが分からず、首を傾げる。疑問を抱く彼女にカンナが警告する。
「女よ。貴様からこれから戦う相手は……かつて、我々が戦うべくして、戦わなければならない敵がいる」
「我々? それに、戦うべくして、戦わなければならない敵、って……いったい…………」
「それは俺の口から話せない。いや…………話したところで、信用できるはずがないからだ」
「私が聞いても、信用できない?」
「ああ、信用すらできないだろう。
何しろ、どこにいるのかも分からない敵をどう探す? どんな敵すらも分からないのに、どう対策する。
まずは、この世界の歴史を知るのだ。リヒトとレイの子孫よ……末裔よ…………」
ゲホッと血反吐を吐き出すカンナ。
どうやら、残された時間が短いと判断する。彼はティアを見つめる。徐々に純白の髪も艶のある黒髪へ戻っていき、右眼から洩れる魔力光も小さくなっていく。
「“無垢なる純白”に、白百合色の雷と魔力…………まるで、彼女の生き写しに思える」
「え?」
(生き写し? 私が、誰に……)
「髪の色を変え、“魔力循環系”を活発化させ、爆発的な力を発揮する“無垢なる髪質”…………彼女と違い、純白か。
どうやら、極彩色とは……“無垢なる虹”とは違うようだ……」
ガハッと血反吐を吐き出すカンナ。
そろそろ、時間がないと判断し、最後にズィルバーを見つめる。
「貴様は、最後まで……あの男の約束を果たす、つもりか?」
確認を込めて、訊ねる彼の口調にズィルバーは堂々と応えた。
「無論だ。かつて、我々が成し得なかった夢を果たさなくては…………これまでの努力が無駄になってしまうからな」
応えを聞き、カンナは後腐れもなく眠りにつけると悟る。
「なら、聞くまでもないな」
言ったところで、彼の姿が元の姿に戻っていく。
「どうやら、力の解放には活動限界があったみたいだ。
だが、俺の生存限界もないな」
カンナは自分の身体に癒着している鎧を無理やり引き剥がし始める。引き剥がす際、血肉が飛び散り、身体中に血だらけになる。
血だらけになっても、彼は鎧と槍をズィルバーに差し出す。
「…………なんのつもりだ?」
目を細め、訝しむズィルバーに彼は混じりけのない答えを言い放つ。
「持っていけ…………勝者が敗者の身ぐるみを剥ぐのは戦場での鉄則。武器と防具とともに死にゆくのもいいが…………どんな形であれ……有効活用してほしい…………」
死にゆく大英雄の、男の頼みを聞かされてはズィルバーも断る勇気がない。
「分かった」
「……ズィルバー!? いいの、もらっちゃって!?」
「構わない。こいつは最期まで自分の在り方を貫き通したいのだろ」
「自分の在り方…………」
「カンナにとって、絶対に譲れない“誇り”って奴だ。心して、受けとっておこう」
ズィルバーはカンナから手渡された槍と鎧を丁重に貰い受ける。命より大事な武器と防具を手渡したカンナはほっとしたところで、鼓動が徐々に弱まり、同時にボロボロと身体の節々から崩れ始める。
土塊のように崩れ落ちる敵を前に、ズィルバーは言い放った言葉は
「さよなら。謙虚な大英雄よ。悔いが残らない人生を送れたのなら、安らかに眠りたまえ」
「謙虚さなど……なかったと思ったのだが…………」
「そうか? でも、キミの血と意志は今も生き続けているよ」
「ああ……それは…………誠に――」
最期の言葉を皮切りにカンナは土塊となり、風とともに消え去った。
かつての遺恨なれど、今あるのは敵への感謝と賛辞のみ。侮蔑や哀れみを抱かせる心など、ズィルバーにはなかった。
ズィルバーが聖剣を手に取ろうとしたら、レインが人型の姿になって、プイッとそっぽを向く。
「拗ねるなよ」
「拗ねてない!」
「意地を張るなよ」
「意地張ってない!」
思いっきり、駄々っ子になったレイン。彼女が拗ねる理由も彼が分からない訳がない。
「そんなに投げ飛ばしたのが許せないのか」
彼の文言にムカッときた彼女は怒鳴る。
「当然でしょ! いきなり、武器を投げ飛ばすバカがどこにいるんですか!」
彼女の怒鳴りにティアも間違ってないと頷く。
「ああでもしないと決定的な瞬間なんて訪れはしなかった」
「それよ! どうして、ティアちゃんが、あの場面、あそこにいたの!?」
レインからしたら、ティアがカンナを仕留めたことよりも、あの場面で連携が取れたのかがビックリしていた。
「うん?
何を言ってるんだ?」
ズィルバーはレインが言ってることの重要性やら意味やらが分かっていない。
さすがの彼女も彼の反応に項垂れる。
「だから、どうして、あの場面でティアちゃんにおいしいところを持っていかせたの?」
「ああ、それね」
ハアとズィルバーは息を漏らす。まるで、それは、簡単な理由、と言わんばかりの反応だ。
「簡単だよ。俺じゃあ、カンナを仕留められるとは思ってない。切り札を使えば、確実に隙が生まれる。
その隙を生ませるためにも、カンナの力を削がないといけない。
だから、俺がメイン、ティアがサブと言ったんだ」
「ティアちゃん! たったこれだけで理解できたの?」
レインはズィルバーの返答を聞き、ティアに本当か訊ねる。さしもののティアも「無理よ。無理」と答えることを彼女は信じていたが、返答は彼女の予想を遙か斜め上だった。
「ズィルバーだったら、あり得そうかな、って……」
「……………………」
レインはティアの返答を聞いたあまりに絶句する。
「なに、この二人…………まさか、こうなる展開を予想したの……」
何やら、化物を見る目を向けられる。だけど、ティアは端的な理由を話す。
「だって、ズィルバー。私の言うことを聞かずに無茶ばっかりするから。だったら、助けに入れるよう考えるだけじゃん」
(本当は紋章の力が、こうなる光景を視たからだけど…………言わない方がいいわね)
だけども、ティアの返答にレインはワナワナと震え上がる。
「な、なによ……あんたたち…………」
まるで、敵わないなにかを見てる目だ。
「もう、カップルとか恋人とか婚約者とかの関係じゃないよ。もう双璧を成すとかのレベルよ!?」
「なっ!?」
「おい!?」
あまりの表現にボンと顔を真っ赤に染め上げるズィルバーとティア。
「だって、そうじゃん。ティアちゃんとズィルバーを見てると、ヘルトとレイ様みたいじゃん!!」
「――!」
(おい、それは言うなよ!?)
ズィルバーは心が大きく取り乱してしまう。
「え? [戦神ヘルト] 様と[女神レイ] 様は愛し合っていたのですか!?」
信じられない過去を聞き、目を見開くティア。彼女は思わず、レインに聞き返す。
「愛し合っていたとかじゃないよ。レイ様はヘルトが無茶するたびにハラハラドキドキしていたから!!
リヒト様もレイ様がヘルトのどこに好かれたのか。全然分からないと首を傾げたんだから!!」
「信じられない……レイ様がヘルト様にゾッコンだったなんて……――」
「――――」
グサッと心にティアの言葉の刃が突き刺さるズィルバー。彼は未だに謎で気になっていたのだ。
(俺だって、聞きたいぐらいだ。レイが俺のどこに惹かれたのか。むしろ、知りたい気持ちだった。リヒトに聞いても、「自分の胸に手を当てて。考えてごらん」と一点張りだったし。
メランたちに聞いても無視を決め込まれて、打ちひしがれた気分だったんだぞ)
ズィルバーは今でも彼女の真意が分からず、心の中でモヤモヤが残る思いだったが、今は優先すべきことがある。
「とりあえず、戦利品をヒロにプレゼントすべきじゃないか?」
話の空気を変える形でズィルバーが別の話をぶっ込む。
「あら、どうして、ヒロに?」
「いや、役割わけをする際に言ったろ?
カンナはヒロの数十倍に強い、って……」
「うん。言ったね。あれ、ちょっと待って……カンナ、って人も目から光線を放ってたよね!?」
「ああ、“射貫かれる眼光”のこと? ヒロも使えるなら、譲ったっておかしくないだろ?」
「で、でも、武器はどうするの? ヒロは鎌を得意にしてるよ」
「そこは小人族に任せればいい。耳長族の森にもう一度、立ち寄る際、誰かに頼めば問題ないだろ?」
(っていうか、アウラに頼み込めば、ヒロ専用装備に鍛えてくれるだろ)
軽―く想像するズィルバー。だけど、ティアからすれば、「そんな簡単に済むの」と彼の考えが安直に思える中、レインが補足する。
「そういや、ネルの話じゃあ、アルバスに再会した際、「アウラに出会った」って言ってた」
「…………」
「アウラ?」
アウラが生きてたことにズィルバーは絶句し、彼女を知らないティアが首を傾げる。
「アウラはヘルトの愛弟子」
「愛弟子!? ヘルト様に弟子がいたの!?」
ティアからすれば、新事実を発覚し、記憶に刻み込もうとテンパってしまう。
「ティアちゃん。落ち着いて」
レインは真っ先にティアを落ち着かせる。彼女に落ち着かされ、ティアは「はい……」と気恥ずかしげに頷く。
自分が慌てふためいたことが恥ずかしいのか顔を赤らめたままだ。
「アウラは小人族だったんだけど、戦争で故郷を失って、王国に鍛冶職人と同時に学者として住みついた」
「鍛冶職人でありながら、学者をしていた!?」
ティアは頭の中で場違いな職種をしてることを想像して、信じられない顔をする。
彼女が想像してることがだいたい、理解できるズィルバー。彼からしても、当時のアウラは奇想天外にしか思えなかった。
(あぁ~、あのバカ弟子は繊細な腕前を持ちながら、学問の発展に邁進するアホだったなぁ~)
なんてことを思い出してる。なお、ズィルバーとティア、レインの三人は自分らの戦いは終えたので、一足先に皆がいる後方へ引き下がろうとしていた。
「アウラは当時から頭だけ優秀だった、って、ヘルトは言ってた」
「頭だけ? え、えぇ~ッと、それだと、他は全然ダメにしか聞こえますけど……」
「あぁ~、違う違う。他は全然ダメとかじゃなくて、とにかく、頭だけ優秀だった。
優秀だった、よ……――」
レインは千年前を思いだそうとするも、だんだん、表情が暗くなっていく。
「あ、あの~、レイン様?」
ティアがおそるおそる訊ねれば、彼女はブルリと寒気を催した。
「とにかく、変人だった。頭が別の意味でおかしかった」
「あの~、建前とは裏腹に頭が異常に聞こえますけど~」
本音が見え隠れしてると指摘するティア。実際、ズィルバーは無言のまま、告げ口もしなかった。
(実際、あのバカ弟子は考えの方向性がおかしかった。
どうすれば、あんな考えができるのか。リヒトもレイも俺ですら、知りたいぐらいだった。
今も生きてるなら、なりを潜めてるよなぁ~)
心中、常識人に成長してることを願うズィルバー。彼の想いは叶うか否かは天のみぞ知るとしか言えなかった。
ズィルバーとティア、レイン。三人が後方へやって来れば、シューテルらから手厚い歓迎を受けられるかと思いきや――
「なに、これ?」
「どうなってるの?」
「さあ……」
三人が目の当たりにしたのは、シューテルらと親衛隊と思わしき人と睨み合ってる光景だった。
彼らが睨み合ってる光景を目の当たりにし、ズィルバーはレインにカンナの槍と鎧を手渡してから割り込む。
「何をしてる?」
凛とした声音だが、声質がきつめなので、少々怒ってる素振りを見せながら、シューテルに声を投げる。
全員が声に反応し、視線が集中する中、シューテルがズィルバーに声を投げる。
「ズィルバー!」
「シューテル。なにが起きてる?」
「どうもこうもねぇ。親衛隊本部の大将さんがミバルやシーホらをバカにしやがったんだよ」
「ふぅ~ん。それだけじゃないだろ?」
ズィルバーは豪華な隊服を着てる女性に目を向けるも彼に戻して聞き返す。
「俺らをバカにしやがった。オメエやティアにまでバカしやがったんだぞ」
「だから、カルネスが怒ってるのか」
ズィルバーは目線をカルネスに向ける。明らかに不機嫌です、と言い切ってる雰囲気というか、迫力だ。
それより、気になったのが――
(あれが皇族親衛隊本部の大将? あのレベルの“闘気”で大将? ユウトが目指してる大将のハードルがこんなに低いとは思わなかった)
好敵手に対し、同情すら抱かせる心境だった。
心中、呆れるも、このまま、不穏な空気のままだと気が滅入るし。親衛隊と軋轢が生まれるので、そこそこに落ち着かせるよう専念する。
「カルネス。下がれ」
彼の声がカルネスに届く。彼女は顔だけ彼に向けるも再び、女性の方に睨みつかせる。
彼女の態度にズィルバーは溜息を吐く。
「カルネス。下がれ」
「でも、委員長。この女は――」
「聞こえなかったのか? 下がれ、と言ってる! キミの怒りももっともだが、下がれ。
キミの優先事項はなに?」
彼に言われ、カルネスは周囲を見渡せば、レインの隣にティアがいることに気づき、リーダーの命令を全うするため、彼女の護衛に入った。
ティアの護衛に入るカルネスを見て、親衛隊の女性が揶揄する。
「今、戻ってきた彼女を守るとは…………随分と命令重視の雌猫だね」
「カルネスは忠実だ。忠実に俺の言うことを聞いてくれただけ。
そもそも、カルネスの性格と能力から鑑みて、ティアを守らせるのが得策だと思っただけだ。
それすら理解できない差別主義者の駄狐風情に言われる筋合いはない」
明らかに彼女をバカにする発言を咬ます。ビキッとこめかみに青筋が伸びる女性に彼は更なる罵倒を咬ます。
「おいおい、この程度の挑発で感情的になるとか、随分と沸点の低い妖狐族だな。
別に妖狐族全体を悪く言う気はない。妖狐族にも理解のある奴もいるからね。だけど、差別主義者の妖狐族なら、話は別だ」
ズィルバーは女性に対し、自ら述べたことを取り消すように言い放つ。
「俺のことをバカにする程度なら、どうでもいいが…………部下や仲間、“白銀の黄昏”をバカにするのなら、話は別だ。
皇族親衛隊本部ってのは、上にいけば行くほど、頭の硬い連中がいっぱいいるのか?
これじゃあ、皇帝陛下に面目が立たない。俺が言うことは一つ。自分が言ったことを撤回してくれるのなら、これ以上はなにもしない」
一方で、女性はズィルバーをジロリと観察する。まるで、値踏みするかのように観察されていた。
「なるほど。貴様がアーヴリルの息子か。噂じゃあ、男でも女でもない化物じみた異能を持ってるとか。
全く、見てるだけで気味が悪いな。人族には性別すら人格すら見分けられない野蛮人が多いことよ」
「あなたねぇ!」
彼女の発言にレインはカチンとしたのか感情を発露する。而して、ズィルバーは平然と言い返してやる。
「その野蛮人に絶滅寸前まで追い込まれた妖狐族が言ったところで、なんも靡かないねぇ」
火に油を注ぐ言い回しをする。
「このガキィィーー」
女性はズィルバーに憎らしげに見つめ、今にでも痛めつける気でいるのか。メラメラと“闘気”を滾らせている。
而して、彼からすれば、女性の“闘気”の度合いから今まで妖狐族の特性と魔術にかまけた中堅者の実力だと見切りを付ける。
(英雄の領域に片足すら付けていない。英傑になれる素質を持ちながら、その殻を破ろうとしない。
その程度の実力に愉悦を感じたのだろう)
「その程度の実力で、その程度の“闘気”で、俺を痛めつけようとしてるのなら……甘いな」
「……なに?」
ズィルバーは遠回しに「未熟者」と言い切り、同時に「自分の方が強い」と言い切る。
親衛隊の女性――ラキの“闘気”を受けてるのに、彼は平然としている。むしろ、彼女を無視する素振りすらする。
完全に舐められてると実感したのか。激情に駆られ、顔を真っ赤に染める。
「この、クソ、ガ――」
感情を発露するのと同時にバカでかい爆発音が爆炎と爆風となって、彼らに襲いかかる。
「おい、また、爆発かよ!?」
「まずい!? 爆風そのものが熱風だぞ!?」
「このままじゃあ――!?」
動揺が、驚きが広がる中、ズィルバーは平然と押し寄せてくる熱風を眺めていたのだった。
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