幕間_次期会長となる生徒。
いずれ、訪れる未来に頭を悩ませるナルスリーだが、それはそれ。これはこれ、と。その時に考えればいい、と。
立ち返る。
「では、当初の予定通り、生徒会はルークスへの打診を、私はエスルト先輩に会ってみたいと思います」
「頼みごとの等価交換になってしまったけど、お願いできるかしら?
何か、きっかけを与えれば、あの子は伸びるから」
「はい」
と、ナルスリーはツグミとオボロを連れて、生徒会室を退室する。
彼女たちが退室したのを見計らって、ヒルデとエルダがリズにもの申す。
「ねえ、リズ。よかったの?」
「よかった、ってのは?」
「エスルトよ。彼女が自信を失いかけてる理由って…………」
「ええ、分かってる。
分かってるからこそ、私はナルスリーちゃんに任せた。乗りに乗ってるナルスリーちゃんにエスルトの気持ちを知るために――」
「あえて、任せたって言うの!?
リズ。あんたもあんたで汚い大人じゃない!!」
エルダはリズを貶す発言を出す。隣にいるヒルデも口には出さないだけで同じ気持ちを抱いてた。
「そうね。私も私で汚い人だと思う。でも、前政権時代に比べれば、まだマシよ!!」
リズが叫ぶように言い放つ言葉。それは自分たちが入学した頃、“ティーターン学園”は好き放題かつ学園講師陣も放任主義を貫いていた。
つまり、秩序なんて存在しない。無法地帯そのものだった。
第二帝都、貴族街。
その区画だけ、妙に空き家とか邸宅が密集してるのも前政権時代の名残であり、悪しき遺物でもある。
「私は今の生徒たちに前の学園生活に戻したくない。
あんな思いをするのは私たちだけで十分。だからこそ、前政権時代の遺物を排除し続けてきた。
学園講師陣の放任主義にも父様は、ようやく反応を示した。私はこれ以上、無辜の民につらい思いをさせたくないの!!」
リズの根幹にあるのは、民を愛する慈しみの心。
その心は、その在り方は、その道行きは――。
過去千年に及ぶ“ライヒ大帝国”の歴史において、歴代皇帝が辿り着かなかった境地であり、答えでもある。
その在り方を知ってるヒルデとエルダはバカにすることができなかった。
彼女たちも知ってるからだ。前政権時代の学園内情を――。
好き勝手にされる学園。風紀も秩序もかろうじてあった程度。
傷つけられる平民。蔑まれる平民。見下す上級貴族。哀しみに支配され、絶望し、自殺しようとする生徒の姿を見てきた。
非道な行いを認め、干渉すらしない学園に苛立ち、国の未来を、民の未来を、考えない卑劣な者たちを許せなかった。
だからこそ、彼女たちは立ち上がった。
自分たちの理想を叶えるために――。
誰もが悲しまずに安心して学園生活を送れる新秩序を立ち上げるために――。
その道が茨の道であろうと、リズは前を突き進み続ける。
だって、伝説の偉人は、どのような道であろうとも臆すことなく、歩んできたからだ。
不可能を可能にすることはできる。
この世界の種族には、それをやれるだけの力を持ってるからだ。
「ここで蹴躓いたら、今までの努力が無駄になってしまう!
また無秩序な学園に戻ってしまう!
だからこそ、私は立ち向かっていく。無理だと言われようとも、不可能だと言われようとも、私は、どんな壁を打ち砕いていく!」
揺るぎない意志。その意志は消えぬ炎であり、砕かれぬことのない鋼の意志そのもの。
而して、別の視点で見れば、頑固者としか見えない。
それは、ヒルデとエルダも分かっていた。
(リズが頑固者なのは、今に始まったことじゃない)
(付き合ってあげますよ。
たとえ、死ぬことになっても一生ついていくわ)
彼女たちも彼女たちで揺るがない意志を持っていた。
「エスルトにも揺るがない意志を持ってるんだけどねぇ~」
「ここはナルスリーに任せましょ。
同じ気持ちを抱いた者同士として――」
エルダは、ここにいないナルスリーに向けて、なけなしのフォローをするのだった。
一方、その頃、ナルスリーはと、いえば――。
「あなたたちは本部に帰っていなさい」
「ですが、ナルスリーさん」
「エスルト先輩になんて言われるか……」
「心配ご無用。先輩が抱いてる気持ち……私にもわかるから」
意味深な発言をする。その発言にツグミとオボロは首を傾げるもナルスリーは二人を帰らせる。
立ち位置的に言えば、同等だが、経験から実績で言えば、ナルスリーの方が上なので、二人も渋々納得し、引き下がってくれた。
それから数分、学園内を歩いてたら、件の人物を発見する。
学園にあるベンチに腰をかける一人の少女。
銀髪の少女。身長は百五十メルと小柄な少女。学園の制服を着てるからかスタイルがいいのか悪いのか分からないものの着やせする人なのだろうとナルスリーは独断で決め込む。
「エスルト先輩。お時間よろしいですか?」
ナルスリーはベンチに腰を下ろしてる彼女に声をかける。
失礼を承知で彼女は話しかける。肝心の話し相手――エスルト・E・テルヌス。彼女は顔を上げ、ナルスリーの顔を見つめる。
「あなたは“白銀の黄昏”の…………」
「その節は誠に感謝しております。
先輩のおかげで、後輩の高圧的な態度を止めていただき、ありがとうございます」
「権力を笠に過激な態度や発言をする生徒に注意しただけよ」
「それでもです。私たちも彼の行動には頭を抱えておりましたから」
ナルスリーとエスルトはルークスをネタに話をこする。
彼がいかに、学園内で問題行動をしているのかが如実に見てとれた。
「隣、いいですか?」
「ええ。いいわよ」
「それでは、失礼します」
ナルスリーは彼女の隣に座り、風景を眺める。
風景を眺めること数分、エスルトから話を切りだした。
「私に何か用?」
「何か、と言いますと――」
「惚けなくてもいいわ。
この際、先輩だとか、後輩だとか考えてなくていいから。
あなたが私のところに来たのは会長に頼まれて、でしょ」
「さすがです。先輩。
お察しの通り、私は会長に頼まれて、先輩に会いに来ました」
ナルスリーはすかさず、白状した。自分がここに来た理由をパッパッと打ち明かした。
「ご存じだと思いますが、会長は先輩を自分の後継人にしようと考えています。
ですが、先輩は自分より相応しい人物が生徒会長になるべきだと考えてる、ですよね?」
ナルスリーは失礼を承知でエスルトの心の内に食い込んでいく。
彼女も「ッ――」と息を詰まらせ、沈黙する。その反応が正解と言わんばかりにナルスリーは判断する。
「失礼を承知ですが、はっきりと申します。
ズィルバーは生徒会戦挙もとい、生徒会長になりません!」
ナルスリーは“白銀の黄昏”を代表して、代弁する。
「それは、あなたの考え?」
「いいえ、委員会の総意です」
エスルトはナルスリーの独断かと聞けば、彼女は黄昏の総意だと答える。
「正直に言えば、ズィルバーは秩序を保つことが得意な反面、政治とかは不得意な方です」
「だけど、彼は風紀委員をしっかりと運営してるじゃない」
「それは周りを頼ってるからにすぎません。ズィルバーはこと戦闘においては右に出る者はいないでしょ。それは委員会の誰もが認めます。
ですが、委員会の運営とか資金繰りとか事務仕事とかは四苦八苦してます。
いっつも、涙目になりながら、ティアや皆を巻き込んだり、押しつけたりしてます」
「それはそれで、嫌な上司ね」
エスルトはズィルバーのことを辛く評価する。
ナルスリーも否定はしなかった。
「だけど、彼は自分ができないことをひた隠すどころか、曝け出してます。自分ができないなりに努力こそしてるけど、手を貸してください、って――」
「それはそれで組織としてはどうなの?
生徒会とか、学園側から追求してこない?」
エスルトは自分が生徒会のメンバーを置いといて、風紀委員会の組織体制を聞く。
「追求はしてきますけど、委員会自体はまだまだなったばかりの組織ですから。組織体制を変えろ、というのは土台無理な話です。
むしろ、学園側は風紀委員会を追い詰めて、破滅を望んでいる。所謂、放任主義ですね。
私は学園側の対応に憤りを覚えています」
「…………」
エスルトは派閥が変わっても、体制が変わっても、運営側が変わってなければ意味がないと感じてしまった。
「どこまで行っても、学園側は旧体制ね。平和に浸りすぎてる」
エスルトは女性らしからぬ暴言を吐く。
口の悪さを指摘したかったが、ナルスリーも同意見なので、包みきれなかった。
「確かに、ここ最近になって、国全体で荒れ始めてるのは分かります。
前にズィルバーは言ってました」
ナルスリーはズィルバーが言ってことを口にする。
「この国は、ライヒ大帝国は千年という平和を満喫してしまった。
大きな戦乱を経験したことがない。戦争を知らない世代が犇めいている。
反乱はあっても、国家を転覆するほどの事件も皇家に仇をなす危険に晒されていない」
「国家転覆って……彼はまだ三年生でしょ!?
なんで、そんなことがわかるの?」
「さあ、そこまでは私にも分かりません。ですが、彼の契約精霊、レインさんの話では――。
ここ最近で起きてる異変は過去千年の歴史が倦んだ膿が滲み出てる。
今はまだ、氷山の一角。ここから先、さらに大きな戦乱が巻き起こる、と――」
「今までのが氷山の一角!? しかも、まだ大きな問題が孕んでいる!?」
現代を生きるエスルトからすれば、大帝国の歴史にどれほどの膿が孕んでいるのかたまったものではない。
それは、ナルスリーとて同じだが、“白銀の黄昏”でズィルバーと長く共にしていると見えてくるものがあった。
「ズィルバーは、この国が大好きなんです。だからこそ、この国を立て直そうと思ったんだと思います」
「それは委員会のリーダーとして? 貴族として?」
「両方だと思います。ズィルバーはファーレン公爵家の次期当主。
人格もあるし、実力もあります。ですが、バカで女心が分からない一面もあります」
「部下から言われるとは深刻な問題」
「はい。言い返せません。ですが、国を、学園をよりよくしたい想いは一緒です。
なので、打ち明かしてください。先輩が踏みとどまってる原因を――」
ナルスリーはエスルトに心の内を打ち明けようと促す。
彼女が問い詰めるのを前にエスルトは表情を変えずに沈黙してるも――。エスルトとエスルトで思うところがあるのか。
気持ちをポロポロと吐き出されていく。
「私が踏みとどまってるのは、さっきも話したとおり、ズィルバーくんが私を差し置いて、生徒会長になるのかな、って思ってた次第よ」
「ですが、それは――」
「そんなのは建前にすぎない。本音を言えば、前政権派閥が妙に勢いづいてるのが怖くなってね」
「前政権派閥が?」
(そのような情報は“八王”からも“虹の乙女”からも一報が来てない)
「風紀委員会が知らないのも仕方ないよ」
「あれ? 顔に出てました?」
「思いっきりね」
ナルスリーは思わず、自分の不備を真に受ける。
“水蓮流”の剣士は顔や腕の仕草から相手の動きを読み解くことために、“静の闘気”をとことん、極め続けてる。
なのに、エスルトに見透かされてしまったことにショックする。
「心配しなくても、ナルスリーちゃんは表情に揺らぎなんてないよ。
でも、微かな揺らぎと瞳の動きから興味があるのが分かっただけ」
「…………」
エスルトに言われて、ナルスリーは自分の修練の仕方の問題点に気づかされた。
「それで、前政権派閥には、そこそこ名の知れた生徒がいてね。その生徒らに闇討ちとか仇討ちとか考えそうだから」
「前政権派閥、と言えば、エドモンド殿下の派閥でしたよね」
「そう。特にイーゲルっていう生徒は過激でね。前政権の後任として指名されたけど、現会長に大敗北を味わわされた」
「先輩もメンバーの一人として?」
「私も派閥の一人だけど、学年が違うから。一つ下のリーグに出場して、優勝してるわ」
「さすがですね」
「ありがとう。おかげで会長は現在の立場に至った。でも、向こうも向こうで何をしてくるか分からない。
私たちの画策で敵派閥に逆風を与えてるけど、向こうも向こうで画策してる」
「“白銀の黄昏”に鼠を入れてることです、よね?」
ナルスリーの告げ口に彼女は驚く。
「気づいてたの?」
「ズィルバーが今回、メンバーの大半を待機させたのか。それは内部から破壊する輩がいるのを勘付いたようで、私とニナ、ジノに全権を預けてまで、東部遠征に行きました」
「まさか、そこまで見抜けるとは……」
(ファーレン公爵家の次期当主にして、“白銀の黄昏”の総帥…………見かけによらず、内情もスパイがいるかもしれないと思い、部下を残せる判断力………………とてもじゃないけど、できることじゃない!?)
エスルトはズィルバーがとった行動に恐怖を滲ませる。通常ならば、内情やら内部精査をするなら、トップが残って、精査させるべきだ。
今回は東部への遠征があると言えど、遠征組の部下に任せるのが普通だ。
ズィルバーは、その普通を覆すかのように部下を連れ、少数精鋭で東部へと遠征に向かった。
彼の行動は仲間を信じきれている行動とも言える。
その行動にはエスルトもどこか負い目を感じてしまっている。而して、ナルスリーが彼女の負い目を指摘する。
「言っときますけど、ズィルバーは戦場や戦時下において、花を開くようなタイプです。政治とか領地運営とか組織運営は不向きと言えます」
「それはそれで、ダメなんじゃ……」
「逆にエスルト先輩は戦時だろうと平時だろうと自分の力を発揮させるだけの力を持っています。
それは実力だけじゃありません。いえ、実力とは語弊ですね。正確に言えば、戦闘能力です。
先輩は会長にもズィルバーにも戦闘能力では及びません。ですが、先輩は組織運営に関しては会長よりも上だと思います」
ナルスリーの見立てとはいえ、エスルトにはリズを超えうる資質を持ってるのを自覚する。
「無理よ。私には学園を運営するだけの力なんて…………――」
「本当にそうでしょうか」
「え?」
自信なさげに悄げてる彼女が一喝する。
彼女は気づいていない。エスルトを慕い、ついて行きたいと思ってる生徒たちの声を――。
「先輩ご自身が気づいていません。慕ってくれてる生徒たちの声を――」
「私を慕う皆の声……――」
「先輩はまだ、“闘気”の扱いが不慣れだから気づいていないと思いますが、今も物陰や茂みに潜んで、私とエスルト先輩を見つめてる生徒の視線や声が聞こえてきます」
「え?」
ナルスリーが物陰や茂みに目を見張れば、ビクッとビクついた気配を感じとれた。
「皆さん、もう隠れなくても大丈夫です。
皆さんからの暖かなエールを送ってください」
彼女から一声を受けて、ゾロゾロと物陰から茂みから学園の生徒たちが姿を見せてはエスルトのもとへ集まってくる。
続々と集まってくる生徒を前にエスルトはオドオドと、しどろもどろに困惑する。
集まる生徒からは第一声が飛んでくる。
「エスルト!
生徒会を辞めないでくれ!」
「あんたしかいないんだよ。今の学園を維持できるのは!!」
「俺たちはもういやなんだ!! 前政権時代の非道さも止めもしない学園講師陣も、もういやなんだ!!」
「頼む、辞めないでくれ!!」
「私たちにはあなたが必要なの!!?」
と、皆の声がエスルトに届いていく。
「皆……――」
彼女も皆から慕われてることは分かっても、自分はまだ生徒会長に相応しくないっていう負い目を抱かせている。
「でも、私じゃあ……」
エールを送られても、彼女は未だに気持ちが波に乗り切れていない。
「諦めないでくれ!」
「心、折らないでくれ!」
「私たちにはエスルトしかいません!」
生徒皆が彼女を励まそうと尽力する。
それでも、覇気を感じられないエスルト。そんな彼女に元気を取り戻させる女子生徒二人が近づいてくる。
「全く、うじうじしてるところは変わらないなぁ」
「自分が愛されてるってことに気づかんか!
このバカ者!」
励ますどころか一喝もしくは罵声してくる。
「――――」
エスルトもその声にグサグサと心に刺さったのかますます悄げて縮こまってしまう。
「だから、ここで縮こまるな!
ほんとに小心者だな」
「いい! 小心者がここまで皆に愛されるか!」
「でも、私は会長や風紀委員長には……――」
「あの二人と比較するな!」
「そもそも、会長も委員長も元からカリスマ性があるタイプ!
あなたとは全然人種が違う!
だけど、あなたは生徒が苦しんでいる姿が嫌で会長について行くと決めたんでしょ! だったら、会長の想いを報わなくて、どうするの!
あなた、ここにいる皆をまた苦しい思いを味わわせたいの!」
二人の女子生徒――レシュル・G・ハッシュとアレン・S・バイン。
彼女らの言葉がエスルトの心に強く響く。
「大丈夫よ。あなたが困ってる状況だったとしても、私とアレンがいる。
ここにいる皆がいる。だから、自分一人で全部抱え込まなくてもいい」
「それに、私たちの下には頼りがいのある後輩がいるじゃん。
学園の秩序を守ってくれる優秀な委員会がさ」
レシュルとアレン。二人がナルスリーに目線を送る。
向けられてるナルスリーは騎士の礼をとる。
「何なりとお任せください。“白銀の黄昏”は影ながら、生徒会を支援していただきます」
にこやかにフォローしてあげた。
ナルスリーのにこやかさにエスルトは心を打たれたのか。急にやる気を出し始めた。というより出されてしまった。
「ああ、もう!
皆して、私がそこまで言わされたら、黙っていない!
こうなったら、前政権派閥だろうと時代遅れな講師陣だろうと、全員返り討ちにしてやるわ!!」
ものすごい意気込んでしまった。
その意気込みに慕ってる生徒たちも便乗するように声を猛る。
「前政権派閥に打ち勝ち、次の生徒会戦挙で私が生徒会長の座をものにする!!」
エスルトは皆に鼓舞され、自らの意志でリズの後継人になると宣言するのだった。
ナルスリーは自分の力がなくても、彼女は立ち上がることできると確信した。
だが、逆に、ナルスリーのおかげで委員会に媚を売ることができたと思えば、よしとしよう。




