幕間_黄昏の実務機関。
場面を一時的にライヒ大帝国、中央。
“ティーターン学園”。
“白銀の黄昏”こと風紀委員会本部にて。
風紀委員会には校内を見回りする実働部隊と書類を捌いたり、予算を取り決める実務部隊の二つに分けられている。
階級も“四剣将”と同じ権限を有してる。ただし、基本は学園内と委員会のみでの権限であり、学園外では効力を発揮しない。
しかも、実力に関しても必要最低限の武芸を嗜んでいるだけで、基本は事務処理に専念してる。
そして、今、ズィルバーとティアを含めた一部のメンバーだけが東部への遠征に赴いている。
残ったメンバーで委員会活動に専念してる。
最終決定権は“ズィルバー”と“ティア”だけであり、“四剣将”は、それなりの権限を有してる。
今、残ってる“四剣将”はニナ、ジノ、ナルスリーの三名。
彼らは実務部隊の面々と事務処理に当たっていた。
「しっかし、今年の新入生は問題ばかりを起こす。
特にルークス。
こいつはかなり危険だ」
ジノは資料を目に通し、危険思想を持つルークスを目の敵にしていた。
資料には、こう書かれていた。
ルークス・L・オンブルがしでかした問題の数々。
自らの正義のために気に入らない生徒への暴行事件。
それが男子だけではなく、女子にも被害を及ぼしてる。なまじ、カリスマがある分、慕ってる生徒もちらほらいるため、被害に遭ってる生徒が悪者扱いにされてる。
当然、これには学園側も生徒会側も頭を悩ませている。
「俺らの方でも、面倒を見てるが、こいつは俺らの言い分なんざ聞く気がないんだよな」
ジノが珍しく、他人の悪口を言う。ニナからしたら、珍しそうに見つめる。
(ジノがそこまで言い切る後輩なのね)
「ナルスリー。
お前が指導してる後輩らは?」
「皆、心がしっかりしてる。でも、ヴァイスくんはちょっと、頭が筋肉思考ね」
「脳筋かよ」
ナルスリーの柔らか表現をジノは真っ向からぶった切る。
「ったく、これじゃ、遠征組が帰ってきたら、なんて言われるか溜まったものだ」
「なんとか、改善策を講じないと」
うーんと頭を悩ませる“四剣将”の面々。
そこに、実務の一人――ルミ・N・レイシェード。彼女が具体案を提示する。
「お話し中、すいません。
私に考えがあります」
「聞かせてくれる」
ニナが話を促す。
「生徒会から通達があって、数年後には“生徒会戦挙”が控えております。
それに参加させるのは、どうでしょうか」
「“生徒会戦挙”、ね」
ジノはルミが出した提案の大本である“生徒会戦挙”を口にする。
「確かに、それが一番だが、実戦を積ませないと死ぬのがオチだ」
「それに、“生徒会戦挙”は基本、学園側も協力するリーグ制。
一見して、投票する流れに見えるけど、実際は派閥争いの場でしかない。
“白銀の黄昏”は――」
「現政権派閥と仲がいい。中立の立場を取っているが、現政権派閥と前政権派閥からしたら、“白銀の黄昏”を加えようと画策するはず」
「それだけは避けないとな。
そういや、ファーレン公爵家の執事さんから連絡とか来てるか?」
ジノは話を変えるようにルミに声を投げる。
「ルキウス様からはいくつか報告が来ております。
オンブル侯爵家に関して、調査報告書を送ってくれました」
と、ルミは報告してくれた。
彼女から手渡された封書を受けとり、ジノはペーパーナイフで封を切り、中身を目に通す。
目を通して分かったことは――
「おいおい、ルークス。
知らず識らず、前政権派閥に加担してるじゃないか」
「どうやら、両親は現政権派閥のようだけど、祖父母は前政権派閥ね」
「そのためか、家族間の空気が悪いみたいだ。
しかも、身勝手な行動で前政権派閥に加担したとなれば、会長さんも黙ってないだろ」
ジノは厄介なことになると危惧する。
その危惧を的中するかのように、ノーラ・D・カスターが報告する。
「生徒会からの打診が来ております。
近いうちに面談をしたい、と」
お達しが来てるようだ。
これには、“四剣将”も頭を悩ませる。
「とりあえず、残ってる“八王”と“虹の乙女”を動かして、情報収集とルークスの監視にあたらせて、学園に打診して停学処分か退学処分も念頭に置くわ」
「とりあえず、“白銀の黄昏”は中立の立場を取る。
生徒会は既にルークスを停学もしくは退学を念頭に置いてる。ズィルバーとティアの姉さん方は、ここいらで学園の運営を大きく変えるつもりのようだ」
ナルスリーは盗み聞いたことを皆に伝えた。
「学園側も生徒会側もルークスには頭を悩ませてるようだな。
ここいらで膿を潰した方がいい」
「っていうか、こういうのは学園側がやることじゃないの?」
ニナが至極真っ当な疑問を漏らす。
「学園側……モンドス講師は元冒険者だが、“問題児”を“白銀の黄昏”に流してる。
どうやら、出る杭を潰して、厄介事を押しつけようという噂がもっぱら」
ナルスリーが盗み聞いた内容で答える。
彼女の返答にニナは鈍い表情を浮かべる。
「モンドス先生。若かれし頃は名の知れた冒険者として有名だったのに、講師になってダメダメじゃん。
技術を教えてくれるのは嬉しいけど…………」
「このまんまじゃ、晩節を汚すだけだっての」
ジノとニナからは辛辣な言葉が投げられる。
「ひとまず、生徒会には私が取り入ろう。ニナとジノは本部に詰めてくれ」
「ええ、任せて」
「ここはしっかりと守らんとな」
ナルスリーが席を立つと実務のツグミ・K・クロノスとオボロ・D・ココガラシが席を立つ。
「私たちもついていきます」
「代筆を請け負います」
「ありがとう。ついて来てくれる」
二人の心意気を買い、ナルスリーは委員会本部を出て、生徒会室へと足を向けた。
本部に残るジノとニナらは事務処理に専念し、羽ペンを走らせる。
「……にしても、うちもうちでデカくなったなぁ」
「今更?」
「ああ、今更だ。
だけど、急激にデカくなってるのは確かだ。
ズィルバーとティアのカリスマがあっての運営だ。俺らが卒業しちまったら、引き継ぎとかできるかねぇっと思ってさ」
羽ペンを止め、ペン入れに置いて、先の展望を口にするジノ。
その発言にニナはちょっとずつ大人になってるのを肌で感じた。
「意外ね。あんたがそんなことを口にするなんてさ」
「悪いか。俺たちの代やアルスたちの代は無理でも、これからの新入生たちに問題を抱えさせたくないからさ」
ジノは思わず、自分たちの不始末を後世に受け継がせたくないという思いが芽生えた。
彼の考え、思いを聞き、ニナも口にする。
「そうね。時代に合わせた制度改革を推進する組織運営も必要。
だけど、それを口にしてるより、まずは今、優先すべきことを片付けましょ」
「そうだな」
ジノは羽ペンを手にとって、事務処理を再開した。
ジノたちが事務処理を進めてる中、ナルスリーはツグミとオボロを連れて、生徒会室へ赴いていた。
「では、生徒会としてもルークスを停学もしくは退学を検討してるのですね?」
「ええ。その通りよ」
ナルスリーと面会してるのは生徒会会長――エリザベス・B・ライヒ。
現皇帝の長女にして、次期皇帝と目されてる皇女である。
「むしろ、こんな忙しい時期にごめんなさいね。
東部の問題に人員を割かれちゃって」
「構いません。ズィルバーからすれば、地方交流は考えておりましたから」
ナルスリーはズィルバーの考えを代弁する。
「あら、彼は、そんなことを考えていたの?
ヒルデとエルダの二人から、そのような話を聞かないから」
リズは後ろに控えるヒルデとエルダに視線をやる。
「学園の維持もそうですが、『国家の危機に直面した際、地方と連携を取って、これに対処すべきだ』、っていう彼なりの考えを持ってるそうで」
「そう……」
(国を想うのは一緒。だけど、現地で手を取り合うためならば、身を削る覚悟があるというわけね)
リズはズィルバーの覚悟と考えを十二分に理解する。
「じゃあ、ルークス・L・オンブルがまた、他の生徒に危害を加えたら、停学処分に踏み切りましょう」
「学園側からなんか言われません?」
「大丈夫。最近、お父様も学園の体制に疑問視していて、調査員を派遣したそうよ」
「調査員?」
ナルスリーは学園に、そのような諜報員が在籍してるのを知り得なかった。
「“白銀の黄昏”が知らなくても当然よ。
皇帝陛下は黄昏にも多少の警戒心を持ってるから」
「最近になって、鼠に見られてる節があるのを感じましたが、皇家から派遣された密偵でしたか」
自分らの実力、“闘気”をもってしても諜報員たちを見つけることが叶わなかった。ならば、ズィルバーはどうなのか?
「ズィルバーは調査員の存在に気づいてるのかな?」
「気づいてると思うわ。彼、“闘気”のレベルが異常なまでに極めてるし。
でも、彼は、おそらく、調査員の存在は気づいてるけど、どこの調査員までは判明していないんじゃないかな。
だから、尻尾が出るまで泳がせてるんだと思う」
リズの話をツグミとオボロが書き留める。何かあれば、報告する意志がありありと感じられた。
二人の率先した行動が功を奏するのかは神のみぞ知る展開となった。
「ついでに聞いておきたいことがあります」
「何かしら?」
「“生徒会戦挙”。
会長は誰を後継人にするつもりですか?」
ナルスリーはリズの真意を問う。
“生徒会戦挙”における後継人。
それを先に決めておかなければ、状況は流れるように流れていき、取り返しのつかない段階まで陥ったときの対処に困るからだ。
「急な話ね」
リズは目を細めて聞き返す。後ろに控えるヒルデとエルダも同じような視線をナルスリーに向ける。
「急でもありません。ルークスが知らず識らず、前政権派閥の息にかかってるかもしれない。
そうなれば、白銀の黄昏内部で分裂が起きるかもしれません。
それだけは避けておきたい。私は――」
「ズィルバーくんの顔に泥を塗りたくないってわけね」
リズはナルスリーが胸中に抱く想いを代弁する。代弁されてナルスリーはコクッと頷く。確固たる仲間思いを持つナルスリーを見て、リズは
(良い友達を持ってるわね。ズィルバーくん)
素晴らしい友情が育んでいることに嬉しく思った。
「現状で言えば、私はズィルバーくんを推す。他に生徒がいると言えば、いるんだけど……まだ力不足でね」
「力不足?
それは政治とかですか?」
「うーん。政治というより、単純な力ね。
ナルスリーちゃんなら、知ってるでしょ。
生徒会のエスルト・E・テルヌスを」
「知らぬ存ぜぬではありません。エスルト先輩には度々、感謝しております」
リズが口にしたエスルト・E・テルヌス。
彼女も生徒会メンバーにして、リズを慕っている生徒だ。テルヌス家は伯爵家の家柄でもあり、リズを支持する派閥の一つである。
「そうよね。
ルークスくんの問題を彼女が処理してくれてるからね」
「はい。エスルト先輩には感謝しております。
ですが、彼女は会長が気にするほどの実力がないのでしょうか?」
ナルスリーが率直な疑問を投げる。
「エスルトは私と違って、カリスマは持ってるけど、引っ張っていくタイプじゃなく、皆と共に歩んでいくタイプよ」
リズは自分とエスルトの違いを真っ先に告げる。
「確かに、エスルトは優秀な後輩よ。私も後継人を任せてもいいぐらいに――。
だけど、それじゃ足りないのよ」
「本能を抑え込む鋼のような理性と氷のような心を、ですか?」
ナルスリーはエスルトに必要なスキルを言い当てる。その答えにリズは頷いた。
「そう。エスルトはまだ心がダメで、追い込まれたら、追い込まれるほど、自滅しちゃうのよ」
「つまり、勝利というのを意識しすぎるあまり、身体に余計な力が入り、気持ちが空回りして、失敗しちゃうタイプってことですか?」
「そう。だから、エスルトには、どうにかして、気持ちをリセットさせる方法を見つけないといけないのよ」
ナルスリーが欠点を言えば、リズはその通りと言わんばかりに頷いて答えた。
「なら、全の心を持たせればいいんじゃ……」
と、ナルスリーが具体案を告げる。
彼女の具体案にリズは首を横に振る。
「それよりも前、エスルトに足りないのは自分ならできるっていう自信がないの。
生徒会を運営していく才能も実力も人望も持ってる。
なのに、それをやっていける自信がない」
「問題抱えこんでません?」
「それは言えてるよ。
でも、何か、きっかけを見つければ、あの子は伸びると思うのよね」
うーんと頭を悩ませているリズ。だが、ナルスリーから見れば、エスルトは既に現生徒会長に負けないぐらいの人望は持ち合わせている。だけど、自信を持てない理由が手に取るように分かる。
(おそらく、比較してるか、比較されてるの、どちらかな。
エスルトとエリザベスの間に隔たりがあるのを――)
何でもできてしまうリズと周りと協力し合って、問題を解決し、生徒の手助けをするエスルトとで隔たりを感じてる。
ナルスリーには、その気持ちがよく分かる。
自分が次期頭目として頑張っていこうと無理をしすぎたことを――。
エスルトが今、抱いてる気持ちを工面し、ナルスリーが立ち上がる。
「会長。
エスルト先輩のことは私に任せてくれますか?」
「あら、どうして?」
「私個人、エスルト先輩と話をしてみたくて」
建て前と本音を交えつつ、ナルスリーはリズに了承を求める。
「…………」
リズはナルスリーを見つめ、真意を踏まえつつ、考える。
(うーん。ナルスリーちゃんはエスルトの気持ちを汲みたいのかしら?
いえ、それなら、前の段階で気づいてたはずだから。どこかエスルトを自分と重ねちゃったのかしら?)
憶測ではあるものの、リズはナルスリーの考えを汲み取る。汲み取った上で彼女は決断した。
「じゃあ、お願いしてみようかしら?
ナルスリーちゃん。
あなたはあなたなりにエスルトを励ましてあげて」
「はい。分かりました」
リズの了承を得られた。
エスルトの件に関してはナルスリーが受け持つことで了承したが、まだまだ問題が山積みだった。
「エスルト先輩は私が受け持ちますが、“生徒会戦挙”の方はどうするのですか?」
「もちろん、私たちも参戦するわ。
エスルトも生徒会長になりたくて、私に『生徒会メンバーになりたい』って、直談判してきたぐらいだし」
「勢いというか、前向きすぎますね」
リズの話を聞くかぎりだと、エスルトが自信をなくすのはあり得ないと彼女は思ってる。だが、ナルスリーには、どこか別の要因が絡んでる気がしてならなかった。
「そうね。あと、現政権派閥が参戦するとなれば、前政権派閥も、こぞって参戦するわ」
「そうなると、どこか、巨大な勢力を後ろ盾になった瞬間、流れが変わりそうです、よね?」
「そう。
基本は派閥を支持する貴族だけど、一番のネックは風紀委員。
つまり、“白銀の黄昏”をどっちかの勢力に迎え入れた瞬間、戦挙の流れを一気に持っていかれる」
「しかし、ズィルバーからすれば、へたに介入すれば、学園ないしは“第二帝都”の風紀が維持できないという目もあります。
それに、黄昏だけでは――」
「もちろん、ズィルバーくんも私も学園の維持、街の風紀を正すことを第一に考えている。
だけど、それは黄昏だけの話よ」
ここで、リズはあえて、“白銀の黄昏”を強調させた。その言葉の意味にナルスリーはすぐに気がついた。
「ま、まさか……」
「そう。
中央だけじゃないの。“生徒会戦挙”で会長に就任すれば、地方の学園支部会長も派閥に都合のいい会長に配置することができる。
それは――」
「つまり、国を挙げての一大行事――」
ナルスリーは“生徒会戦挙”の規模のデカさと人員の多さ、そして、味方に引き入れる勢力差に度肝を抜かれる。
「これは、つまり、一つのミスが勝敗を大きく左右するといっても、何らおかしくない」
「そう。
だから、私も前政権派閥も必死なわけ。
前政権派閥はエドモンド義兄様の派閥だけど、昨今の不祥事で軒並み、力を削ぎ落とされてしまった。
だから、“生徒会戦挙”全てを捧げてくるに違いない」
「会長も会長で、全力で立ち向かわなければならない、ですか」
「そう。それにこれは、遠回しに皇帝を決める選挙みたいなもの。
だから、皆、こぞって“生徒会戦挙”に意識を向けざるを得ない」
「そして、その“生徒会戦挙”の題目として開催されるのが――“決闘リーグ”」
ナルスリーは時期に合わせて、開催される大会を口にする。リズも間違ってないと首を縦に振る。
「でも、それは国内情勢が落ち着いてから。
北も東も南も西もゴタゴタでしょ。
まずは地方の問題を解決してからよ。そうじゃなかったら、とてもじゃないけど、大会を開催できないわ」
「ですが、大会を開催するにあたり、主催するのは皇家、でしょうか?」
ナルスリーは主催者を前もって訊ねる。
「もちろん、そりゃ皇家よ。皇家が主催するに決まってるじゃない」
至極当然な物言いで言うリズに彼女は少々ゲンナリする。
(もしかしたら、私たちに、しわ寄せとか護衛とか警備とか任されるの、かな――)
いずれ、くる先行きに頭を痛めるのだった。
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