騙し合いと駆け引き。
自らの勝利を宣言するシューテルの態度を前にしてもテュードは冷静だった。
彼が断続的に小口径の魔力弾を連発するも、シューテルは水属性の精霊の加護で吸収しては撃ち返すの連続だ。
ぶっ放し続けてる中で、テュードは目を細める。
「――――」
(……ジリ貧だな)
このまま続けてもジリジリと魔力あるいは“闘気”を消耗するだけだと理解する。
理解したからこそ、彼は思わず――
(このままわざとやられて、終わらせるのもありだな)
戦う気力が失せてきた。
そもそも、ソリ・テュードは普段から自堕落な生活を満喫したい異種族だ。
嫌なことはキッパリと言い切るだけのコミュニケーションは持ってる。基本は寝てることが多いけど、頼れるときは頼れる男であることに変わりない。
誰にも迎合せず、一人でいることを好む。“死旋剣”の中でも謎が多い青年の一人だ。
他人の死に関しても本来なら、興味が全然ない。だからこそ、「弔い合戦はガラではない」と言い切った。
それでも、テュードが強いことに変わりない。
その強いテュードですら、敵わないと思えば、消極的になり、敗戦に転じて、一人でコソコソと生きていこうかなと考え込んでしまう。
そんな彼に力を与えてる星獣――“子獅子プロキオン”が遠吠えをあげる。
『諦めるな』と元気づけてくる。而して、“プロキオン”は群れで生存する特徴を持つのに、テュードとは相性が最悪だった。
おまけに、“暴狼”と言わしめるだけの凶暴性もテュードのやる気なさで相殺されている。
しかし、ここで“プロキオン”が励ましに近い遠吠えをあげる。
ウォ~ン
『負けるはずがない。貴様が負けるわけない。我らは一人ではない、二人だ』という励ましだった。
「ッ!!?」
この言葉にテュードの心は揺らいだ。
(そうは言っても、あのガキ。けっこう強ぇぜ。“闘気”の熟練度もハンパねぇ)
『弱音を吐くな』
唸り声をあげる。
(しょうがねぇだろう。あのガキは四体も精霊を契約してるんだぜ。こっちは一匹だけだってのに――)
『一人ではない。強い奴に群れたくなるのが生物としての本能。
あの人族が、生物として強いというだけだ。ならば、貴様が奴より強いことを証明すればいいだけの話』
励ましてくる。
『我らが戦えば、相手がガキだろうと――』
「分かったよ」
テュードは零した後、立ち上がって、
「分かってる」
自分で自分を励ます。
『テュードよ……』
「しょうがねぇ」
ぼやく。ぼやいた後、両手に握っている銃が消え、魔力が――“闘気”が少し変化した。
シューテルは“静の闘気”でテュードが変化したのを気づく。目線を上に見やれば――
「……なんだ……あれ…………?」
テュードの弾倉と思える帯が光りだし、そこから何匹の狼が出現する。
狼の雄叫び。
おまけにテュード自身、丸腰になっていることにも気づく。
だけど、シューテルは冷静であり、現状を分析する。
「まずぃことになったな」
冷静に分析したからこそ、不穏な空気が立ちこめてることに勘付く。
すると、テュードはぼやいた。
「いくぜ、“プロキオン”」
相棒の名前を呟いた。
呟いた瞬間、狼たちが一斉にシューテルへ襲いかかった。
彼は迫り来る狼を剣で斬り裂くも斬り裂かれた部分から再び、狼が形成されていく。
彼は、それを見て、訝しむ。
「あん?」
(炎か? いや、炎だったら、あちぃし。燃えるはずだ。
にもかかわらず、狼共は熱くねぇ。ただ揺らめいてるだけ。正体が分からねぇと、対策のしようが――)
思ってる矢先、狼がシューテルの腕や足に噛みつく。
彼は引き剥がそうとするも、狼が光りだし、爆発する。
天井を吹き飛ばすほどの爆風と爆炎。
爆風から脱出するシューテル。
所々に焦げているが、ダメージが少ない。
少ない中、彼が狼を考察する。
(魔力……“闘気”の塊か? いや、そんなはずがねぇ。“闘気”を掌握するのは並大抵のことじゃねぇ。あんなのできるのはズィルバーぐれぇのものだ。
だから、テュードの技にはからくりがあるはずだ。ぜってぇに、そのからくりを解き明かしてやる!)
息巻いてると狼が大群となってシューテルへ襲いかかった。
大群が彼に噛みついた途端、爆発した。
爆発している光景を眺めるテュードは技のからくりを呟き始める。
「……魔力弾じゃねぇよ。ただの魔力弾だったら、お前みたいに強い奴に致命傷を与える力はねぇさ。
自分自身の魂を分かち・引き裂き。同胞のように連れ従え、それそのものを武器とする。
それが、“プロキオン”の能力さ。俺は“魔族化”して、魔人族になっちまったが、元からそうじゃねぇから。安心しろ」
言い終えたところで、爆風が晴れると、所々、ボロボロになってたシューテルの姿が確認できた。
ハアハアと肩から息を吐いているシューテル。
(キツいなぁ~。“闘気”によるじゃないだけマシか。でも、キツいことに変わりねぇ~)
胸中とはいえ、悪態をつきたくなる。それは、テュードの能力もそうだが、別にあった。
(ったく~、ここまで運用が難いとは思わんかった。
ってか、ズィルバーの奴。こんなのを息一つ乱さずに扱えるとは恐れ入ったぜ。
あぁ~、ナルスリーから表情コントロールを習っといて正解だったぜ)
ここに来て、修行成果を実感していた。
しかし、疲弊してることに変わりないのは事実だ。テュードもそれを分かっているのか。
「……勝負あったろ。逃げりゃ見逃すぜ」
「そいつは嬉しいが、生憎、俺は二度と負けたくねぇんでな」
「……そうかい」
命乞いがあるかと聞くもシューテルは「舐めんじゃねぇ」と言い返されてしまう。
テュードは確実にとどめを刺すために、シューテルへ近づいていく。
「……仕方ねぇ。トドメって言葉は好きじゃねぇが……トドメといくぜ」
天井が壊され、入り込む陽光に照らされた床に足を踏み入れた瞬間、背後から不意打ちならぬ思わぬ奇襲を受ける。
背後からの奇襲。
テュードは目線を後ろに向ける。
「……な…………なん……だよ……こりゃあ……!?」
背後から鳩尾を突き抜かれた刃は陽光に照らされてできた影の中へと消える。
すると、影から出てきた姿にテュードは目を見張る。
なんと、影の中からシューテルが姿を見せたのだ。
テュードは振り向き様に「クッ」と痛がり、傷口に触れる。
その額には汗を流していた。痛みによる汗――脂汗を掻いていた。
しかし、その表情はなぜ、シューテルが二人になってるのかに意識を向けられるも、傷が走るのか“プロキオン”が声を投げる。
『大丈夫か?』
「なんとかな」
『なんとか、と言ってるが、やられてるぞ』
「ウルセーな」
『かっこづけるな。結構、ダメージをもらったくせに。我がガツンと仕留めてやろう!!』
「深追いするんじゃねぇぞ」
『分かってる。心配性にも程があるぞ』
「そいつはお互い様だ」
テュードは苦悶の表情を浮かべたまま、シューテルに問いかける。
「……なんだい、その技……影の中に潜るなんて巫山戯た技だ……まだそんなもん隠してたわけかい……」
問いかけに対し、シューテルは契約精霊の特徴を告げる。
「“水影鏡”」
技名を口にした後、シューテルは本心を語る。
「なにも隠してたわけじゃねぇよ。ただ、俺が契約した精霊が狼が四体だからか制御に時間を食っちまったってな。
だから、こいつらを扱うのは大変なんだよ」
シューテルは剣の片方を肩に乗せる。
「俺が契約した精霊、狼は四体。遙かな太古から四元素を駆使する、ってのが特徴でね。それを俺は“童の遊びを現実に見立てた”だけなんだよ。
ルールなんかは精霊さんに任せて、その縄張りに踏み入った者は全て、強制的にそのルールに従わされる。俺を含めてね。
“喰らい鬼”ってのは風の狼の能力を併用した技で、高いところへいた奴が勝ち。
“水影鏡”ってのは水の狼の能力を併用した技で、影を踏まれた方が負け。
勝ったら生きる。負けたら死ぬ。我が儘なもんでねぇ。狼同士喰らいあわなければならないとは、ね!」
シューテルはテュードの影に刀を刺す。彼はハッとなって、すぐにその場から跳躍する。
「おお、理解力が高ぇな」
賞賛せざるを得ない。
ジャンプして回避したテュードは腹の痛みを堪えながらも平静を保ち続ける。
(奴のことだ。多少なりともダメージを負っている。うまくいくものか)
「“喰らい鬼”」
彼は上を見やれば、シューテルが跳んで、真上を取っていた。
「言っただろ?
“喰らい鬼”は高いところに行ったら勝ちだってな!!」
シューテルは真上から畳みかけるように斬り込む。
そこに狼たちが割って入り込む。シューテルも忘れてたと今頃になって思いだして踏みとどまる。
『大丈夫か?』
「なんとかな」
『そのわりにはボロボロだな』
「ウルセー」
痴話喧嘩まがいをしてるテュードと”プロキオン”の会話に茶々を入れる。
「おや、その狼、って喋れるんだ。っていうか、まるで、精霊と会話してるみてぇだな」
「知らねぇよ。そもそも、精霊と契約できて、会話ができるのは人族の特権みてぇなものじゃねぇのか?」
テュードは素直にシューテルがバカなことを言ってるな、と指摘した。
だが、“プロキオン”はテュードとは違った見解を示した。
『これは珍しいものだ。
まさか、一人の人族が複数の精霊と契約するとは存外、才能がいい、と見る』
「敵さんの獣に賞賛されるなんざ俺はどうかしてるんだかねぇ~」
『謙遜することはない。一人の人族が複数の精霊と契約できるのは大帝国の歴史上、片手で数えるほどしかおらん』
「は?
俺みてぇな天才は昔からいたのか?」
シューテルは“プロキオン”が意外と物知りだったことにビックリしている。
『我が知っているのは滅ぼされる前までのことだ。
千年前、神代と言われた世界で精霊は人族と手を取り合い、平和を望んだとされる。
“獅子神”レオス・B・リヒト・ライヒ。奴は精霊との関係を未来永劫保つために契約という枠組みをとった。
その初めての契約者が“精霊女王” セリア・B・レイ・ライヒ。媛巫女として生涯を終えた女傑。精霊の中で最も強く、気高く、美しく、とされた“不死鳥”を契約した』
“プロキオン”の説明の中でシューテルは些か、腑に落ちる。
「あん?」
(どういうことだ? “不死鳥”、って言いやぁ。
ティアやシノさんらが契約してる精霊だったよな。しかも、伝説とされる偉人の呼び名に些か、齟齬がある。いや、齟齬ってより、矛盾だな)
シューテルは勝手に結論づけるも実際のところ、そうではない。
ライヒ大帝国の歴史は歴史学者が幾たびの時間をかけて調査し、憶測し、発表された上で歴史を繙いていく。
“プロキオン”の話は学者の通説を真っ向から斬り伏せていく姿勢に見えた。
(俺は考古学を専攻してねぇから分からねぇけど……どうやら、ライヒ大帝国はデケェ闇を抱えてるみてぇだな)
確信がなくても、心のどこかで秘密を隠してるのが浮き彫りだった。
(ズィルバーは、この国の歴史を知っていやがる。レインさんもそうだが、彼女は精霊だからな。だが、ズィルバーは歴史の真実を知っていやがる。知られたくねぇ真相ってのを、な)
彼は自分の長が真実を知ってると踏み切るも、自分から話を切りだすことはできないと結論づける。
(まあ、あいつから真実を語ってくれるまで待つとしますかねぇ~)
彼がとった選択は待つことにした。ズィルバーの口から真実を語るまで待つ、と信頼することにした。
待つ、と選んだ以上、シューテルがすべきことは一つ。
「さて、ここからはオメエさんを倒すだけ。オメエが知りてぇことは、あの世でじっくりと相棒に聞くんだな」
殊勝な態度を見せていた。
だが、逆にテュードはシューテルの手口に困惑を極めていた。
(地に足を付けると、あの“水影鏡”ってのがある。逆に空中でやり合えば、“喰らい鬼”ってので空域を争うことになる。難儀な相手だ)
彼はシューテルを難儀な敵だと再認識すると“プロキオン”がテレパシーで語りかけてくる。
『おい』
(なんだよ)
『考えがある。敵の誘いに乗れ』
(何を言っているんだ!?)
『いいから言うとおりにしろ!!』
作戦会議をしているのを知ってか知らずかシューテルは剣を突きつける。
「さあ、今度は、どんな遊びをしてんだ?」
「命のやりとりを“遊び”だなんて、あんまいい趣味していねぇな」
掛け声を合図に“プロキオン”の狼たちが一斉に動きだした。
動きだしたのと同時にシューテルも動きだす。
「“喰らい鬼”」
宙へと舞い、上から斬り込んでくる。
(食いついてきた)
テュードはシューテルが誘いに乗ったのを確認し、弾倉から魔力で構成した剣を二本、手にする。
二振りの剣を手にするテュードが高速移動でシューテルの背後をとった。
シューテルは振り返り様にテュードの斬り込みを防ぐ。
「悪いな」
テュードが攻めていく。だけど、シューテルの表情は崩れなかった。むしろ、笑みを浮かべていた。
「甘いな。“水影鏡”ってのは、精霊の加護でできる芸当じゃねぇ。“闘気”と剣術から編み出された技の一つだ。
俺はただ見様見真似してるだけだ」
「なに!?」
驚きの束の間、左脇腹に鋭い切れ込みが走る。
テュードは目線を下にやれば、剣を振り抜いたシューテルの姿が確認できた。
そして、自分が斬り込んでいたシューテルはなんだったのか。彼は目線を前にやれば、シューテルの姿は色彩を失い不透明な液体となって爆散した。
「水の……人形、だと……」
驚くを隠せなかった彼は痛みに堪えながら、足に力を入れて、後ろへ退く。シューテルも彼を追いかけようとするも、背中に悪寒が走る。
彼は後ろを振り返れば、“プロキオン”の狼が数匹いて――
『喰らいやがれ! 小僧!』
狼はシューテルの影の中に入る。
すると、影を起点に爆発が発生する。
これには、シューテルもまずいと思い、その場から離れようともするも爆発によって、それなり、いや、相応のダメージを負った。
爆炎が立ち上る中、テュードは
「“プロキオン”! 大丈夫か!?」
声を荒げる。
『ああ、問題ない』
狼は答えるも、その数はもう二、三体と片手で数えるぐらいしかいなかった。
テュードはチッと舌打ちをする。
『「チッ」とはなんだ? 意外と心配してたのか』
「黙ってろっつってんだろ!」
テュードは“プロキオン”のことを心配していた。と、そこに――
「“喰らい鬼”」
シューテルが頭上から攻めたてる。
「なに!?」
テュードが動揺するや否や、“プロキオン”が間に割り込んでくる。
『テュードよ』
あとは任せたと言わんばかりの三匹の狼がシューテルめがけて突っ込んでいく。
「……なっ……!?」
テュードはさらに動揺する。
狼が突っ込んでくるのを確認したシューテルは次なる手を出す。
「“旋風刃”」
瓦礫を巻き込んだ突風の斬撃が狼に直撃し、爆発する。
「――!」
テュードは煙の中を突っ込んでいき、シューテルに斬りかかりつつ、煙に声を投げる。
「おい、“プロキオン”!?」
煙が晴れていくと、そこには狼が一匹もいなかった。
「ぷ、“プロキオン”……」
テュードは“プロキオン”がいなくなったことに動揺を隠しきれずにいた。
全身ボロボロになってるシューテルは次なる言葉を打ち明ける。
「まいったぜ。さっきのは……あの狼どもが俺の影を狙ってたなんて……でも、確証が持てた。あの狼共は喰らいついたものにしか爆発に巻き込めねぇ。
つまり、俺以外に障害物があれば、そこで全ては爆発して消える」
特徴を解説しつつも、自分への卑下を述べる。
「だけど、さすがは狼だ。しぶとく俺の隙をついてきやがった。おかげで先の爆発にけっこうダメージを喰らったぜ。
だが、あのままガンマンスタイルをし続けてたら、俺を終始圧倒してた、ってのに……」
「どうして」とシューテルはテュードに問いかける。
「…………」
だけど、今のテュードは“プロキオン”を失った心的外傷がすごく――無言を呈した。
ここで、息を整えたシューテルがケリを付けようと
「さあ、これで一対一だ」
言い放つ。
この時、テュードが胸中で抱いたのが
(一人だ……)
孤独の言葉だった。斬り合いに乗じる両者だが、はっきりと言って、戦況はシューテルに傾いていた。
“プロキオン”の消滅。自らの“呪解”で得た同胞と共に、天寿を全うしようと語り合った仲。その相方が消滅にテュードは隠しきれない後悔があった。
それでも、戦場にいる以上、無感情に身体が動く。
死ぬのなら、ともに死に果てようと誓い合った同士がシューテルの手によって先に逝かれたことで、テュードの心には途轍もない大きな穴ができていた。
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