孤独に生きる男。
気を緩めたら、意識を失ってしまうという事実だけが、頭の中にこびりついていた。
左肩に刺さった氷の痛みも、切り刻まれた手足からも、麻酔がかかったように感じない。
頭痛を薄めるため、“闘気”を、集中を解いたところで、完全に電池が切れた。
「って、こんなところで、寝ないでよ!?
それでも、“白銀の黄昏”の“八王”の一角なの!?」
メリナが駆け込んできて、彼に寄り添う。
ヒガヤは心配させたくないので、手の一つでもあげて無事を知らせたかったが、指の一本も動かなかった。
「ねえ、ちょっと、聞こえる?
呼吸――呼吸はしているし、心臓も動いている……気を失っているの、よね?」
「まだ、気を失って、ねぇよ」
「……!」
メリナが身体に寄り添ってくれたからかだろうか。
頭から血が引いて、話せるぐらいの気力はあった。
「よかった……」
ほっと胸を撫で下ろすメリナ。
「じゃなくて!? ボロボロじゃないですか!?
なんで、あんな無茶をしたのよ!?」
今更なことをメリナは怒っている。
「なにを、今更……ってか。
お前だって、ボロボロだろー、が、お互い、様だろ?」
だが、ヒガヤが見ても、慌てているのは確かだ。彼の言い返しにメリナも口をつぐむ。
「だけど、今だから言えるが、全く以て、その通り、だ。
正直に言って、怖かった、ぜ」
ハア、と大きく息を吐いた。
メリナは呆気にとられ、笑みを零した。
「全く……今頃になって、そんなことを言うとは、困った人だね。
でも、どれくらい、怖かったか。聞きたいな?」
弄りにくるメリナにヒガヤはプイッとそっぽを向いた。
その態度にメリナはますます
「強がるところも意外と可愛げがあるね」
なんて、ころころと笑った。
ここに来て――
「ッ――」
痛みが意識を裂く。
「あぁー! そうだった! 今は治療が先でした!
肩の傷は……骨は折れていないな。良かった、これなら治せる。
他に痛いところはあるか?」
「――――――――」
「あれ? ねぇー、黄昏の暗殺者さん?」
『お前がいるなら問題ねぇだろ』と、そんな言葉を口にした気になって、瞼を閉じていく。
そして――
「フフッ、お休みなさい。
この戦いの功労者はあなたのもの。私は最後に手柄を取っちゃっただけ。
あとのことは皆に任せて、私たちはここで休みましょう」
メリナの言葉は優しく、安らぐような声音だった。
スヤスヤと眠りにつき始めるヒガヤ。その寝顔にメリナはクスッと微笑んだ。
(案外、可愛い顔をするのですね)
と、心が洗われる気分になっていたのだった。
“死旋剣”。
“獅子盗賊団”の幹部。十人で構成されてるも、五人が“魔族化”に失敗し、力を持つ理性なき獣へと成り果てたので粛清された。
“老い”ウール、“陶酔”ラヴィッス・マン、“狂気”フォリー、“強欲”アヴァール、“憤怒”コレールの五人が戦死したかと思いきや、“憤怒”コレールだけが執念深く生き残っており、今も理性なき怪物として暴れ回ってる。
生き残ってるのも“孤独”ソリ・テュード、“犠牲”サクリ・フィス、“虚無”ヌッラ、“絶望”デゼス・プワール“破壊”デスト・リュクシオンだけ。
而して、リュクシオンは戦闘不能。ヌッラとプワールは戦死という結果に終わった。
未だに戦ってるのはテュードとフィスの二人だけ。残るは古の妖狐――ハムラ。
太古の戦士――カンナとアヴジュラだけである。
コレールに関してはもはや、戦力として仲間のうちでは認識されていなかった。
獣に成り下がった輩を仲間とは認識しない。と、彼らにも誇りがあったようだ。
それ故に仲間の死に大きく心が揺れている者がいる。
「……………………」
“静の闘気”を使わなくてもわかる。
同胞が倒れ、死んでいく気配を、声を、心を耳にするだけで、一人の戦士の心が、戦意が、覇気が、“闘気”が弱まっていく。
「どうした?
ボーッとしちゃって…………戦いに集中できてねぇようだけど?」
(仲間の死……同胞の死…………いなくなる同志が、彼の心を揺らがせている)
敵と対峙してるシューテル。
シューテルが戦ってる相手は“死旋剣”の一人、“孤独”ソリ・テュード。
テュードは仲間の敗北と死で心が大きく揺らいでしまった。
敵であるシューテルの問いにテュードは目を閉じる。これには、シューテルも疑問符を浮かべ、
「どうした?」
聞き返してしまった。
「仲間、か?」
彼の脳裏には“獅子盗賊団”のボスがまだ、ヴァシキだった頃、ギスギスとした空気ではあったものの、それなりに仲間と楽しめてたのを思いだす。
「何でもない。気にするな」
昔を思いだすも、シューテルに対して、なにごともないかのように答える。
彼はハアと息を吐いてから部屋の外に意識を配る。
塵となって消えていくヌッラ。骨の骸となったプワール。全身の骨がボキボキに折れて気絶してるリュクシオン。
やられていく仲間たちにテュードの心は徐々に大きく揺らいでいく。
「なぁ……」
揺らぐ心で彼はシューテルに問いかける。
「あんたらの切り札ってのは、皆、あのぐらいスゲぇのか?」
「え?」
「「あのぐらいスゲぇのか」って聞いてるんだが」
それは、仲間の“死旋剣”を倒したヤマト、シーホ、ヒガヤとメリナのことを指していた。
彼の問いかけに対し、シューテルはというと――
「そうだね。切り札ってのは、皆の奥の手みてぇなものだからな。
皆、それなりにスゲぇし、強ぇと思うよ」
少し曖昧な答え方をした。
「そうか。
それじゃあ、今、気絶してるリュクシオンを倒した女の子とあんたとじゃあ、どっちの方がスゲぇんだ?」
テュードはヤマトとシューテル。どちらの切り札が強く凄いのか訊ねてきた。
「どうかな。
オメエの仲間を倒したヤマトは“九傑”の一人とはいえ、異種族で才能に溢れてるからなぁ。
そう遠くないうちに追い抜かれてしまうと思うぜ」
と、シューテルはヤマトのことを高評価した。
彼の物言いにテュードは察した。
「そうか……じゃあ、今は……あんたの方が強ぇし、スゲぇってわけだ」
テュードはシューテルがヤマトよりも強いというのを口にする。彼の言い分にシューテルは多少なりとも驚くも、理由はなんとなく察せた。
(仲間を失ったせいで、弔い合戦をする腹づもりか)
「意外だな」
シューテルは思わず、思ったことを口に出した。
「なにがだ?」
「オメエさん。仇討ちをするタイプには見えねぇからさ」
シューテルが言い放った言葉――。
それは、仇討ち。敵討ち。弔い合戦。
つまり、仲間の無念を晴らそうとする意識の持ち方に驚いた。だが、それには自らの強調に抱いた怒りを撒き散らす意識いや性格、いや想念が必要だと思われる。
シューテルはテュードが仲間の敵討ちをするタイプとは思えなかったからだ。
生物において、全種族において、仲間が死んで、感情が、心が揺らがない奴なんていやしない。
前者は仲間の死で苛立ってぶちまけるタイプ。後者は仲間の死で心が揺らいでしまうタイプの二種類が多い。
それで戦意やら心の持ち方やら意識が強くなる者。逆に戦意も心も意識も大きく揺らぎ弱くなる者。
この二つパターンが多い。
シューテルの目から見ても、テュードは仲間の死に揺らぐタイプにしか思えない。少なくとも、弔い合戦をするタイプではない。
だが、同時に危険性を孕んでいる。
それは一人になればなるほど、力が増大してしまう、ということだ。
この危険性はあまり見られない症例だが、仲間意識がなさそうに見えても、実際は仲間意識があって、失う恐怖を味わいたくないために信じられない力を発揮することもある。
「あんまし聞きたくないけど、傷心中?」
「まあ、そんなところだ」
シューテルの質問にさえ、あっさりと答えるテュード。
安易に心が読まれたというより、読まれやすかったというのが正解だと思われる。
シューテルは“静の闘気”を使用していない。使用してないからこそ、テュードが単純であることと、それ以上に化物じみた強さを秘めてるかもしれない、ということだ。
「そっか。そいつは悪かった」
シューテルは彼に謝罪を送った。
「でも、やる気になってくれたんだろ?」
という問答にテュードは剣を鞘に納める。
「……ああ。あんたらの切り札ってのが見てみたくなった」
「ん?」
(剣を納めた……?)
疑問を生じてしまう。
「しかし、あんたらの切り札ってのは、とんでもねぇな」
と、ぼやき始める。
「まあ、それは俺たちも同じか」
自分に揶揄する。傷心に、やる気に、揶揄。明らかに支離滅裂に見えるのはなぜだろうか。それは、普段のテュードの態度がそうなのだろうと物語っているとしか思えなかった。
堕落、怠惰、やる気のなさ。戦う意識の低さ。
強すぎる故のやる気のなさとも言えよう。そんな彼がやる気を見せるのはシューテルの切り札に興味が湧いてるからに過ぎない。つまり、単なる好奇心だけで身体を、魂を突き動かしてる。
「……………………」
(変わった奴)
という認識しかなかった。
だけど、気になることもある。
「なんで、剣を納めたんだ? もう戦う意志がないってか?」
シューテルはあえて安い挑発を飛ばす。
「安すぎる挑発だ。誘ってるとしか思えねぇな。
だが、戦う意志がねぇわけじゃねぇよ。俺はちょっと変わっててな」
「ん?」
(変わってる?)
「俺は“半血族”でな。妖狼族と魔人族を引いてる」
「へぇー」
(“半血族”。異種族同士の混血、ね。
そういや、ヤマトやムサシ、コジロウあたりも“半血族”だ、ってったな)
「ハムラの呪術で与えられた“魔族化”ってのは魔族の一つ……魔人族にさせる術だ。
“呪解”ってのは、それぞれの力の核を刀剣の姿に封じたもの。つまり、力の解放は、それぞれの真の力と真の姿の解放を意味する。
だが、元から魔族だった場合は、その効力が発揮せず、魔族ではない異種族の力を刀剣に封じ込められてしまう。だから――」
「だから、刀を鞘に納めなければならなかった。
本来の力を分かたれたため、一度、一つに戻らなければならねぇって訳か」
事情を察したシューテルにテュードは「さすがだ」と褒め称えた。
「あと、真の力と真の姿ってのは、遙かな昔に存在したっていう“星獣”の力でな。
そんな呼称も存在も歴史も知り得ねぇから。怖くて使えなかったんだよ」
「ん?」
(“星獣”?
あん? どっかで聞いたことがあるなぁ)
シューテルはこの時、テュードが口にした呼称に聞き覚えがあった。
だが、それも束の間、テュードが力を解き放つかのように“闘気”を垂れ流す。
「蹴散らすは牙なり――“プロキオン”!!」
なる解号ならぬ精霊詠唱を言祝ぐ。
途端、煙が彼を包まれていく。
煙に包まれていくテュードを前にシューテルも覚悟を決めたかの如く、精霊を呼ぶ詠唱を始める。
「Wenn die Blume blüht, die Poesie eines Tänzers。Wahnsinn ist ein Leichenschmetterling。其は炎なり。其は水なり。其は風なり。其は雷なり。
目覚めきえよ――“全なる狼”!!」
詠唱されし言語は精霊文字。
精霊を仮契約をした際、使い手の力量に応じて、精霊側から召喚する際に必要な詠唱を文字で教える。
精霊を呼び出す詠唱をすれば、シューテルの周りに綺麗な鬣をした狼が虚空から出現する。
しかも、その総数は四体。四匹の狼が主たるシューテルの周りに集まってくる。
そして、煙が晴れ、姿を見せるテュード。
その姿はオオカミの毛皮のようなコートをまとったガンマンスタイルのカウボーイを思わせる姿。
二丁拳銃スタイルから見てとれるのは
(どうやら、中距離と遠距離専用の武器みてぇだな。
泣き所は近距離戦闘か)
冷静に分析をしていた。
見てくれが大きく変わったからかシューテルの周りに集まってる狼たちが「グルルル」と唸り声を上げる。
「おぉー、元気はつらつだな」
気合い十分と見て取ったのか嬉しげに笑みを浮かべる。逆にテュードから見たら、
「いやいや、どう見ても、同族嫌悪だろ」
と、敵対意識をもっての威嚇だと思われた。だが、同時にテュードはシューテルの才能に度肝を抜かれる。
「しかし、驚いたぜ。複数の精霊を契約するなんざ聞いたことがねぇ。
ライヒ大帝国の歴史でも類を見ない症例じゃないか?」
「そうか?
そう聞こえ、そう見えてるのなら、嬉しいかぎりだぜ」
シューテルはあえて、自分が複数の精霊を契約してる天才だとテュードに認識させる。
「だけど、このまま戦わせるのもいいが、カッけぇ姿を傷つけたくねぇからな。
いいもんを見せてやるよ」
「いいもん?」
疑問を転じるテュードにシューテルは次なる詠唱を始める。その詠唱は限られた天才にしかできない芸当であった。
「er ist der König der Wölfe。Das ist ein Wolf, der mit dem Leben spielt und es frisstJetzt ist es an der Zeit, das Leben des Feindes auf der Grundlage des Blutpakts, des Pakts des Lebens, zu verschlingen.!!」
「マジか……」
(こいつ……あの歳で、精霊の深奥に至ってるのか――)
精霊の深奥。それは精霊そのものを武器として実体化させることだ。
所謂、精霊剣である。
精霊剣は“五神帝”の特権ではなく、精霊を契約した人族ならば、誰だって扱える技法だ。
限られた天才にしかできない芸当ではなく、誰にでもできる芸当だ。精霊の加護を、恩恵を受けつつ、武器として扱える技法。
而して、その制御は果てしなく高度なため、限られた天才にしかできない芸当、という括りにされてる。
言祝がれる詠唱に従い、四匹の狼が霧散し、シューテルが手にする二振りの魔剣に纏っていく。
「“四狼の青龍刀”」
形を変化させていく。それは二振りの青龍刀のような形状となった。
二丁の拳銃に対し、二振りの青龍刀。どちらも二刀流をベースにした戦い方を好むスタイルとなっていた。
「こいつはスゲぇ。精霊ってのは持ち主の武器に纏ったりするんだな」
テュードは精霊の武器化にする事例は初めてのことだった。
「ん?
ああ、俺の狼ちゃんは狼だからさ。普通に“闘気”で武器化させても攻撃性能は上がらねぇんだよ。
そもそも、精霊の強みは加護を与えること。加護ってのは、精霊階梯で大きく異なるからなぁ。
俺の狼は上級。並大抵の魔法を抵抗が可能。
だけど、ズィルバーの相棒、レインさんの加護は桁違い。
なにしろ、精霊の最高位。神に等しき力を持ってる。与えられる加護も人智を超えてらぁな」
シューテルは自分が契約した精霊から得られる加護は序の口だと言い切る。
「まあ、精霊について講義しても仕方ねぇな。これから死ぬ奴に話す義理はねぇよ」
はっきりとした物言いで叩き潰すと言い切る。
「抜かしな、小僧。お前さんには俺を倒すのは無理だと思うぜ」
「やってみなきゃ、分からねぇだろ?」
すかさず、シューテルは奇襲を仕掛ける。
太刀での両断。
テュードは並外れた膂力で後ろへ回避する。
「喋り終えたところで斬りかかるか? 随分――…………」
「“旋風刃”!!」
両手の刀を振るい、回転することで風を起こし、風がテュードの周りに覆われ、視界を遮る。
シューテルは床を蹴って、宙へ舞い上がる。それは真上から斬り込むかのように――
「“喰らい鬼”」
技名なのかもわからない言葉を口にする。
しかし、テュードは右手の銃を上に向け、銃口から弾丸ならぬ高密度の魔力弾を撃ってきた。
そして、左手の銃はシューテルが移動してくる先に向ける。
案の定、銃口を向けた先にシューテルが高速移動で姿を現す。
「……続きを話すぜ。
――随分、余裕がねぇ真似するんだな。らしくないぜ、小僧」
「いやー、本当は最初の一太刀で殺るつもりだったんだけど……あれを躱すとは“呪解”は伊達じゃねぇな。それに、こんな反撃をするとは恐れ入ったよ」
「そりゃ、どうも……」
「……にしても、その手の銃……魔力か“闘気”に込めて撃たれてるのか?」
「…………そうだ」
「…………別のなにか、撃てるのか?」
「……撃てねぇよ」
巧みな言葉で手の内を探り、能力の良し悪しや弱点を探り合ってる。
テュードが撃てないと言い切るもシューテルから見れば――
「うそはへたじゃねぇか?
ここまできて隠してたって意味がねぇじゃねぇか」
若干、揶揄する。
「……こっちのセリフだぜ。わざわざ、やりたくもねぇ上に面倒くせぇ“呪解”をしたんだ。
嫌でも、お前の契約精霊の真髄を見させてもらうぜ」
すかさず、テュードは右手の銃で高密度の魔力弾を放つのだった。
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