暗殺者の絶対解。
ヌッラを睨みつける少年。
その少年に瓦礫に横たわってたメリナも、睨みつけられてるヌッラも、動揺してる。
今の今まで、気配を感じられなかった敵が今になって鮮明に感じとれてるからだ。
ヌッラを睨みつけてる少年は後ろに目をやらずに声を投げる。
「おい、“聖霊機関”の諜報員。
ここは一時的、俺に預からせろ」
「――!」
彼の口から言われたセリフにメリナは少なからず、驚く。
「待ちなさい!
あなたはどう見ても人族ですよね?
人族のあなたが“魔族化”した敵を相手取れるとは思えません!
早く、逃げてください!」
身体を横になったまま、メリナは逃げるよう促すも少年ことヒガヤは、その言葉をまるっきり無視した。
逆に――
「断る!
逃げれば、助かるのか?」
ヒガヤは今の自分にある、ありったけの気持ちで訊いた。
その言葉を聞き、メリナは無言になる。
「あなたは……」
「逃げたところで、目の前の怪物は俺と貴様を殺しにかかる。“聖霊機関”の諜報員を抹殺すれば、帝国に打撃を与えられるからな」
ヒガヤは“聖霊機関”の重要性を理解していた。
“皇族親衛隊”と“聖霊機関”。
二つ組織がライヒ大帝国を守護し、皇家を守護する絶対的な要でもある。要を壊せれば、国が瓦解する恐れを秘めてるからだ。
それに逃げたら、助かるなんてうそだ。
逃げるという選択自体が犠牲を孕んでいる。
大体、逃げても助かるの一時だけだ。
あのヌッラをここで仕留めなければ、なにもかも手遅れだ。
「助かりたければ、あいつを殺すしかない」
ヒガヤは二本の短剣を逆手に持って構える。その構えから二刀流もしくは双剣なのが見てとれる。
「貴様……何者だ?」
ここに来て、ヌッラは自身と相対する敵の名を尋ねる。
「殺す相手の名前を聞く価値があるのか?」
ヒガヤは真っ向から一蹴する。
「だけど、割り込んできた以上、礼儀はつくしてやる。
“白銀の黄昏”、“八王”の一角、ヒガヤ。
――貴様を殺す暗殺者の名だ」
ヒガヤは最低限の礼儀を尽くした後、ヌッラの視界から消えた。
「――!?」
(消えた!?)
ヌッラの視界からヒガヤの姿が消えていた。いや、消えていたというのは正確ではない。
部屋中を駆け回りだしたのだ。しかも、それは床全体を駆け回ってるのではない。
壁や天井など部屋中の至るところを駆け回っていた。
ヌッラの目ですら、その素早さを追いかけきれなかった。“静の闘気”を使用しても、ヒガヤの“闘気”を感じとれない。感じられないのではなく、感じとれない。
これは、明らかに異常である。
通常、“静の闘気”は相手の気配は“闘気”を感じて、次の攻撃や相手の感情を読み取ることできる。而して、いくつかの弱点が存在する。それは“静の闘気”の熟練度が低ければ、先読みも心理を読み取るにも限度というものがある。
他には、気配を殺すなり、心を閉ざしたり、という弱点が存在するが、“闘気”に関しては殺したり、隠したりすることができない。
“闘気”は日々の鍛錬と実戦でのみ成長する。閉ざしたり、殺したり、隠したりという芸当は並大抵の実力者じゃできない。
できるのは大英雄のみ。つまり、選ばれし者たちが辿り着ける境地ともいえる。
だが、しかし、世界には、このような人種がいる。
生まれながらにして、存在が希薄すぎる者が――。
希薄とは存在そのものがないようなもの、生きてることすら明確に感じられないもの、心を読み取れないもの、と言われている。
つまり、ヒガヤは存在が希薄だからこそ、ヌッラの“静の闘気”すらも感じとれなかったのか、と言われると少しだけ違う。
そもそも、存在感が希薄だからとて。大英雄クラスが持つ“闘気”では、存在感の濃さ薄さに関係なく、感じとれる。気配を探ることができる。
ならば、どのようにすれば、存在感が希薄でも、“静の闘気”から逃れることができるのか。
ヒガヤは生粋の暗殺者。元より、暗殺者の素養を持つ天性の気配操作を得意としてる。
つまり、“静の闘気”に関しては類を見ない素質を持ち合わせていた。
気配操作を重点に鍛錬をし続けたことで、彼は自力で気配を殺す術を身に付けた。しかも、それは“闘気殺し” なる技を修得した。
しかも、それは“静の闘気”を殺すことに特化した“闘気殺し”であり、“静の闘気”の使い手ですら、ヒガヤの気配を探ることができないほどだ。
そこに、“暗殺術”の歩法の一つ――“高次立体移動”を駆使し、縦横無尽に駆け回っている。
“暗殺術”とは歴史を持つファング家が継承され続けた技術であり、暗殺者の中でも秘匿とされている。
部屋中を駆け回るヒガヤを“静の闘気”を使用しての気配察知すらも意味をなさず、頼れるのは持ち前に視力のみであった。
「…………」
ヌッラは持ち前の動体視力でヒガヤの姿を捉えようとするも変幻自在、縦横無尽に駆け回ってるためか、姿を目の端で捉えきれない。
だからこそ――
「ハッ!!」
「――ッ!?」
ヒガヤから刃が走り、鮮血が飛び散る。ヌッラは振り向こうとした矢先、反対側から鋭い痛みが走り、鮮血が飛び散る。
「――――」
ヌッラは眉間に皺を寄せ、鼻を鳴らす。
(最初は右腕……次は左腕……その次は――)
動きが見えず、剣閃すらも弾けないでいる彼は触覚を頼りに先読みに入る。
先読みに入ろうとするも背中から鋭い痛みが走る。
(今度は背中……右頬――左脚…………)
次々に服が裂け、皮膚が裂け、血が飛び散る。全身に走る痛みが集中力を阻害し、先読みすらもままならない。
(おかしい……)
ヌッラは、ここに来て、おかしさに気づく。
(おかしい――)
ヌッラは自分の身体に痛みが走ることに不思議がる。
(私は既に――)
胸に鋭い痛みが走る。僅かに苦悶の表情を浮かべたヌッラ。ヌッラの皮膚の硬さは“死旋剣”の中で上位といえる。
それは“魔族化” する前から硬かった。彼は異種族の中でも特異な一族。既に、この世に存在してるはずがない種族とされてる。
しかも、ハムラによる“魔族化”によって、その硬さはさらに強まった。而して、その硬さは同じく、“死旋剣”の一人、デゼス・プワールには敵わなかった。
だが、鋼鉄を思わせる鎧を持つヌッラの皮膚をヒガヤは短剣で斬り裂いてる。
これは、異常なのだと、ヌッラは認識する。
その認識は瓦礫に横たわってるメリナも同じであった。
「――――」
彼女は縦横無尽に駆け回るヒガヤの技量もすごい。だが、なによりすごいのは鋼鉄の鎧を思わせる皮膚を斬り裂いてることだ。
(そんな……あり得ない――)
メリナは信じられない現象を目にしている。
彼女があり得ないと豪語する。彼女は死力を尽くし、ヌッラの皮膚に傷を与えたのに、治癒されてしまったのに、ヒガヤが振るう斬撃はヌッラの身体に負った傷は癒やせなかった。
「うそ、だ……――」
メリナはヒガヤが使ってる暗殺術に心当たりがある。なぜなら、“聖霊機関”ですら、警戒していた一家。ライヒ大帝国の歴史上、誕生させてしまった暗殺一家――ファング家。
かの一家はライヒ皇家ですら、危険に値すると認定され、“聖霊機関”で秘密裏に調査されてる一家。
ヒガヤが使ってる技術はファング家が編み出した“暗殺術”。
闇に生き、血を啜り、悪を貪る。帝国の闇を体現した一家だ。
(ファング家は古くから“血の師団”と秘密裏に暗躍してるっていう噂がある。
どうして、危険な集団が“白銀の黄昏”のメンバーに入っている。どうして、私を助けたというの?
ファング家お抱えの暗殺者なら、私が“聖霊機関”の諜報員なのも見抜いてるはず――)
メリナが疑問視するのも当然だが、彼女は知られていない。
既に、ファング家はアルスを含める暗殺者を見限ってることを――。
当然、それはアルスを含めたヒガヤたちも知らない。知ってるのは“ティーターン学園”に在籍してるモンドスと“白銀の黄昏”の上層部、そして、学園生徒会のメンバーのみである。
見限った理由は知らない。だが、知らない方が幸せというのもある。
それ故にズィルバーはアルスたちにこう言ったのだ。
『俺は端っから殺し技の使い道を教えただけだ』
と――。
その真意を問われても構わないように。迷ってしまい、困らないために力の使い道を示してあげた。
それは、ズィルバーが千年前で培った経験から言える言葉でもあった。
そして、現実に戻り、ヒガヤはヌッラを圧倒している。
ヒガヤの異常性。存在の希薄。人族にしては、子供にしては異常ともいえる身体能力の高さ。
様々な要因と相俟って、ヌッラは少しずつ、自分の記憶を総出でヒガヤが繰り出してる技を解析してる。
(この小僧の剣筋は明らかに敵を疲弊させるために編み出された剣筋。
縦横無尽に駆け回る歩法。気配の殺し方。なにより――奇襲した際に口にした“暗殺術”……もしかしたら――)
傷を負い続け、血を出し続けるヌッラ。鋭い痛みで集中力が乱されていくかと思いきや、逆に痛みで脳が麻痺し、激痛を感じられなくなってきた。
しかし、それでも、幾重にも斬られ続ければ、失血死で倒れるのは明白だ。
(そろそろ、対処しなければ、俺の命も危ういな――)
血を流しすぎたのか、息を切らし始めてるヌッラ。
縦横無尽に斬りつけられて、身体中、血だらけになるヌッラ。
鮮血が飛び散る程度とはいえ、飛び散る量が多くなれば、身体を流れる血液量が減っていくのは自然。当然、待っているのは失血死だ。
ヒガヤは最初からヌッラの皮膚の硬さを分かっていた。
何しろ、メリナとの斬り合いでさえ、彼女が振るった無骨な蛇腹剣の刃に引き裂かれても治癒してるからだ。
ならば、短剣を振るう速度のみをあげて、攻撃も鮮血が飛び散る程度にさせれば、治癒速度を上回るのではないかと考えた。
もしかしたら――
(あの程度の傷なら、治癒する価値がないと、高をくくると思ってた)
彼の中でもヌッラの思考を読み切ったのだ。ヌッラにはできて、ヒガヤにできること――。
それは“闘気”を扱えるか否かだ。正確に言えば、“静の闘気”を扱えるか否かだ。
ヌッラは“静の闘気”を扱えず、逆にヒガヤは“静の闘気”を扱える。
当然と言えば、当然だ。
“静の闘気”は相手の気配を読んで、相手の行動を先読みすることに長けてる。だが、ヒガヤは“闘気殺し”という荒唐無稽な技を使用してるため、ヌッラはヒガヤの気配も心の内も読めない。
だからこそ、こうやって一方的かつ圧倒的にヌッラを追い込ませてる。
而して、ヌッラも“獅子盗賊団”・“死旋剣”の一人。そこいらの下っ端連中とは格が違う。
この程度の状況じゃ不利とは言えなかった。
「甘いな。
なんども斬り続けてくれたおかげで攻撃における貴様の行動パターンが読みとれた」
「――ッ!?」
ヒガヤは僅かだが、鋒が鈍った。
「…………!?」
(一方的な攻撃の最中で俺のパターンを読みきった、だと!?)
僅かに動揺が走る。その動揺が空気に伝わったのかヌッラは剣を振るって、剣閃を防いだ。
「僅かに動揺した。僅かに剣が鈍った。
なるほど。まだ若い。こういった揺さぶりには経験不足と見える」
「チッ――」
攻撃を防がれたことでヒガヤは追撃を行わず、すかさず、距離を取って、ヌッラの出方を見る。
だが、距離を取ったことが間違えだった。
「心が乱れてるぞ、小僧」
「ガァ!?」
鋭き剣閃を短剣で受け止めることなど不可能に等しい。しかも、人族と“魔族化”した異種族では筋力に差がありすぎるため、受け止めれるはずがない。
部屋の壁に叩きつけられるヒガヤ。叩きつけられた衝撃が全身に走り、血を吐く。
床に倒れ伏せ、起き上がろうとするも、全身に走った痛みで身体中の骨が軋み上がる。
「ぐっ……」
(まずい……“動の闘気”してなかったから。全身に痛みが――)
身体に走る激痛がヒガヤの集中力を欠かせる。
「ハア……ハア……――」
肩で息をするヒガヤに、斬り傷だらけのヌッラが睥睨する。
「どうやら、“動の闘気”を纏っていなかったようだな。
何カ所か骨に罅が入ってるな」
「…………」
ギリッと歯を食いしばるヒガヤはヌッラを睨みつける。
「なにを睨む。この程度ならば、俺じゃなくても見抜けるぞ」
誰もができることをヒガヤは見抜けてなかったと遠回しに言われた。
「なるほど。どうやら、貴様は生粋の暗殺者のようだな。
相手の力量は読み取れても、相手の心境を読み取れきれなかったようだな。自分を卑下しても構わないが、無意味なことだ
単純に言えば、貴様に足りなかったのは強敵と戦ったことがない故の経験不足。
それが貴様の弱点だ」
ヌッラはヒガヤの弱点を見抜く。同時に彼は敵がこれまでどのように生きていたのかがはっきりと分かってしまった。
「貴様は暗殺者として貴族や格下ばかりを殺してきたようだが、自分より強い敵と戦い抜く経験と度量を持ち合わせていなかった。いくら戦闘経験は積んでいても、逆境や死の危機に瀕する修羅場を潜り抜ける経験を積んでなければ、せっかくの努力も無意味となる」
ヌッラはヒガヤに必要とするスキルと経験を告げるのだった。
「あと、貴様は心がなっていない」
最大の弱点を指摘されるのだった。
「……………………」
ギリッと歯を強く食いしばるヒガヤ。
それが弱点だと言わんばかりに指摘された。ヒガヤ自身、気がついていなかった。
自分があまりにも傲慢だったことに――。
それすらも見抜いたヌッラは痛みで悶えるヒガヤの顔面に蹴りを叩き込む。
「がぁッ!?」
ヌッラに蹴られ、頭から壁にめり込むヒガヤ。ヌッラはすかさず、彼の脚を掴んで、引っ張りだし、床に転がせた。
ヒガヤの頭から蹴られたときの衝撃と痛みで血を流してた。
「ハア……ハア……――」
と、息を荒げる彼にヌッラは彼の腹に脚を乗せ、踏みつける。
「この俺に傷を与えたことは認めよう。
だが、貴様の技術は既に見切らせてもらった」
「見切っ、た、だと?」
「そうだ」
踏みつける力を強め、痛みに悶えるヒガヤを見つめる。
「貴様の技は“暗殺術”と言われるファング家に伝わる殺し技。
元来、敵を殺すために編み出された“暗殺術”とされてるが……実際のところ、少し違う」
「ちが、う?」
ゲホッと血反吐を吐き出し、口内が鉄の味で支配されるヒガヤ。
「歴史ある暗殺一家――“ファング家”。
俺は見た目こそ若そうに見えるが、それなりに生きていてな。ファング家がかつて、“教団” と手を組んでたことを知っていた」
「――――は?」
ヒガヤはヌッラが言ってる意味が分からず、惚けた声を発する。
(な、何を言ってるんだ?
ファング家が……俺が憎んでる“教団”と……?)
信じられないことに頭が追いついていない彼だが、ヌッラは関係なく知ってることを発し続ける。
「“教団”は“ファング家”と手を組み、国家転覆を考えてた。
だが、失敗に終わってる。“皇族親衛隊”と“聖霊機関”、冒険者との連合軍によって壊滅された。
無論、その真実はライヒ皇家の箝口令を敷くことで闇に葬られた」
ヌッラは語りつがれていない真実を明らかにする。
「――――――――」
ヒガヤはヌッラの言ってることが全然理解できず、絶句のあまり、言葉を発せずにいる。
「貴様の心意も分からなくもない。だが、事実だ。
そして、“ファング家”はライヒ皇家並びに五大公爵家の首を獲るためならば、実子だろうと直属の部下だろうとゴミのように扱う卑劣極まりない一家、と噂されてる」
彼に告げられた事実を前にヒガヤの心はバキッと亀裂が走るのを感じた。
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