“聖霊機関”の天使。
神経を逆撫でにされてるプワール。
シーホからの一方的な戦いを終わらせる発言。
その発言が、どれほど傷口を踏みにじるかも知らずにいる。どれほどの屈辱なのかも知らずにいる。
それ故に血が沸騰する。
流れる血すらも無視して、“動の闘気”を全開にする。身体から漲らせる“闘気”のそれが彼の怒り度合いを示していた。
「……そうかよ……だったら、尚更……まだ終わりじゃねぇ……俺はまだ……戦えるんだからよ……!」
怒声を混じりの声が飛んでくる。
プワールは怒りを滲ませて、立ち上がる。
ただし、シーホが振るった“偉大なる十字架”によってできた傷は重く、もはや、左肩が動かせずにいた。
右腕一本で左肩を抑えてる。傷口からドバドバと出ていてもお構いなしに。
三本の左腕も“偉大なる十字架”の余波で使い物にならなかった。
なので、残り右腕二本で大剣を握っている。
しかも、もう左腕を再生するだけの気力と体力と“闘気”がない。
それもその通りだ。シーホが振るった“偉大なる十字架”は肋骨が砕け、左肺に骨が数本刺さってしまっている。
もはや、呼吸するのも困難なはずなのに、彼は意地と怒りだけで立ち上がり、シーホに剣幕を立ててる。
まだ子供のシーホからしたら、なぜ、そこまで戦いに固執するのか。なぜ、そんなに勝ちに拘るのか、分からなかった。
プワールは肩で荒い呼吸をしながら
「……どうした……何とか言えよ…………怖ぇのか……!?
言えよ……! 俺が怖ぇのかよ!? 親衛隊のガキ!!!!」
大剣を突き立てて、捲し立ててくる。
まさに、それは獣の咆吼そのもの。その態度に、まだ子供のシーホには意味が分からなかったが、一つだけ言えることはある。
「チッ――」
それは死をもって、敗北を告げるしかないということだ。
「……面倒くさいぜ、餌を喰らうのは……」
後味が悪そうな面と言動をするも、彼は気づいていなかった。
自分が口にした建前が本音を押し隠してることに――。
そして、その建前と本音にプワールも気づいていなかった。
ただ、勝負の、殺し合いの、戦いの、決着を付けたかっただけだった。
もはや、勝負がついてるのに、まだ戦いを望む餌に敬意すらも払わなかった。
「仕方ない、来なよ」
双剣を突き出し、構えた。
シーホが双剣を構えたのと同時にプワールは床を蹴って、駆けだした。
この一撃をもって、決着を付けるかのように――。
シーホの双剣とプワールの大剣が交差する。
互いの剣が、刃が交差する中、プワールは知ってしまった。
シーホの中に眠る怪物が――。
精霊が――自分を喰らおうとしてることを――。
そして、自らの最期を知る。
(チッ……このガキ…………自分の中に、とんでもねぇ化物を……棲みつかせやがって……クソ、腹が立つ……――)
プワールが最期の特効もシーホの一撃をもって討ち沈んだ。
彼の一撃で全ての腕が斬り落とされ、胸にバツ印を残す形で斬り裂かれた。
斬り裂かれたプワールは、その場で膝をつき、緩やかに倒れ伏していく。
斬り飛ばされた腕は辺り一帯に飛んでいき、床に落ちる。
プワールが地に伏せる前に瞳から光が消え、息絶えた。
彼が地に伏せ、絶命したことを“静の闘気”で使用しなくても、知れた。シーホは死に伏せたプワールに対し、こう言ってのけた。
「愉しかった。
“死旋剣”の一人、プワールよ」
死線を潜らせる戦いをしてくれたことへの感謝であった。
侮蔑や嘲笑など、そこにはなく、感謝の言葉であった。そう、それは自らの本能を、心を満たしてくれた敵に対する感謝の言葉でもあった。
シーホは死したプワールに背を向けて、その場を立ち去る。けれども、彼の影だけは不自然に黒く揺らめいていた。
揺らめく影は死したプワールへと伸び、ズズッと取り込まれていく。
そして、シーホが部屋を出た際、部屋に残されていたのはプワールと思わしき、骸骨だけが転がっていた。
“死旋剣”の一人、デスト・リュクシオン――戦闘不能。
同じく、“死旋剣”の一人、デゼス・プワール――捕食。
この二人の“闘気”を感じられなくなったのを、残りの“死旋剣”が気づく。
「次はプワールか」
「やれやれ、リュクシオンはやられて。プワールは戦死かよ」
「…………」
仲間の犠牲に怒りを滲ませるフィス。
仲間の死に寂しさを抱かせるテュード。
そして、仲間の死にも、犠牲にも、無関心なヌッラ。
ヌッラの反応に違和感を抱かせるは皇族親衛隊に異動された“聖霊機関”の一人、メリナ。
彼女はヌッラの無関心さ。その立ち振る舞いに疑問を抱かせる。
(おかしいですね。
仲間が死んだというのに、そういった気配が微塵も感じない。
まるで、感情そのものが失ってる? そもそも、彼に感情というものがあるのでしょうか?)
メリナは頭から垂れる血を舐める。
ヌッラも頬骨を掠めた弾痕と垂れる血を手で拭う。
銃弾による弾幕の攻防を既に十回はしている。
さすがのヌッラもそろそろ飽きてきた。
「さすがに、こうも同じ展開が続くと飽きがくる。
その銃器もいつまで使い続けれるか……」
彼は気づいていた。十数回にも及ぶ攻防の中で銃器が摩耗してることに――。
そもそも、帝国技術局が開発した発明品が試験段階で運用してる時点で消耗していないほうがおかしい。
それに気づかないメリナではない。
而して、メリナも詳しい全容を把握していない。
彼女に渡された発明品が特殊であることを――。
そもそも、帝国技術局とメリナが所属してる“聖霊機関”が密接かつ皇家の勅命で異動を許されてるのか。
“聖霊機関”。
それは“ライヒ大帝国”お抱えの諜報機関。
その構成員は絶滅したのではと目される天使族や雪女族などの稀少種の異種族だけで構成されてる。
人族や獣族、耳長族は所属されていない。
実際、メリナを含めた構成員のほとんどが天使族と雪女族である。
而して、世間一般には“聖霊機関”の存在は知られていない。
知られているのは帝国を守護する“皇族親衛隊”の上層部と“五大公爵家”ぐらいのものである。
だが、それでも、構成員の特徴は知られていないのもまた事実。
メリナは“聖霊機関”の中でも中盤ぐらいの実力者。
上位の諜報員――“七大天使”には及ばない。
“七大天使”――“聖霊機関”が誇る諜報員。
実力もずば抜けて高く、全員が全員、天使族という事実。
メリナは上位の者たちから目を掛けている諜報員でもある。
諜報員としてはまだまだ未熟だが、実力だけは確かなものがある。
何しろ、天使族の一人だ。
その能力、その資質、その才能は確かにあると“七大天使”の面々が自負してる。
“七大天使”には一人一人。コードネームが与えられている。
“神の正義”、“神の治癒”、“神の愛”、“神の光”、“神の守護”、“神の武威”、“神の鎮魂”。
その七つのコードネームが与えられる。
このコードネームは称号であり、“聖霊機関”に所属する全ての諜報員が目指してるものでもある。
いわば、諜報員の冠位ともいえる。
そして、“七大天使”が動く場合、大抵は皇帝直々の命令で動いてると思われてる。
しかも、“聖霊機関”は異動という理由に国家に反逆しうる組織、貴族にスパイという形で忍び込み、情報を集めることを命じられる。
国家を守るためならば、命に顧みることなく任務を遂行する使命を抱いてるからだ。
だが、メリナは未だに“七大天使”に遠く及ばない。
而して、“聖霊機関”は帝国技術局と密接な関係にある。
帝国技術局で開発された新兵器を性能実験という条件付けで貸し出すことができる。
そして、その成果次第で新兵器を正式に提供してくれることもある。
メリナも“聖霊機関”の諜報員として何度か実戦を経て、“帝国技術局”から正式に新兵器をいただいてもらった。
確認作業から改造作業までしてくれるというお墨付きで、だ――。
その正式に譲られた新兵器こそがメリナの装備――“七つの大罪”。
この装備はメリナ専用の装備であり、精霊の加護やら幻獣の加護が付与されている優れ物。。
なぜ、精霊の加護が付与されてるのかは分からないが、太古から伝わる技術を使用してるとメリナは“帝国技術局”の研究員から言われた。
詳細は教えてもらえなかったが、特殊な技術を使われてることだけは知ることができた。
たとえば、ヌッラめがけて弾幕を撃ち続けた銃器。
それは7.62ミリメルの火花を散らす投石機。
戦場において、過剰戦力と言われる大口径の弾丸がヌッラに放たれ続けてた。
“帝国技術局”の研究員の話によれば、8ミリメル、9ミリメルに代表される、兵士を負傷させ、戦闘不能にするための暴力じゃない。
これは、鉄と肉を吹き飛ばすために調整された今世紀最大の兵器。
その名は“嫉妬”。
“七つの大罪”から分かたれた新兵器の一つであり、“聖霊機関”の諜報員、メリナの専用装備。
而して、その銃弾でもヌッラに傷一つ付けることができず、おまけに連射し続けたことで銃身がいかれ始めてた。
そして、ヌッラが振るう剣閃によって生じる傷もメリナが纏ってる鎧で守られている。
いや、正確に言えば、メリナの身体に定着した。鋼鉄で組み上げられた装備である。
鎧にも精霊の加護が働いており、一時的とはいえ、物理法則を受け付けない。
要するに大いなる現象の前には無意味だということだ。だが、逆に大いなる現象には更なる大いなる現象をもってねじ伏せられる。
これは真理である。
そして、メリナの身体に定着してる鎧こそ、“七つの大罪”の一つ――“強欲”。
八百年ほど前に悪逆の限りを尽くした貴族の領主が所持してた拷問器具。
自らを欲するままに、欲望のままに、悪逆の限りを尽くし、時の皇帝に公開処刑されてこの世を去った際、押収した物の一つである。
その押収物を“帝国技術局”の研究員が改良に改良を施し、鎧として生まれ変わった物だ。
この鎧は身に付けた人間は無数の棘で突き刺す死の鎧。
純潔を証明するなら、この中に収まるがいいという謳い文句を添えて。
生き残るのは闇に堕ちることなく、前を見続ける真なる英傑。死するのは闇に堕ちた人間である。
故に、この鎧を身につけた者は“死ぬまで自由になる日は来ない”曰く付きの呪われし装備である。
この鎧に包まれた者は、自らの死をもってしか自由になれない。
而して、どのような装備にも良い点と悪い点が存在する。だが、それも身に付ける者の解釈によって大きく変わるものだ。
メリナが身に付けてる鎧は生け贄として死ぬときまで閉じ込められる。
それが悪い点。しかし、その悪い点も解釈次第で大きく意味が変わる。
“使用者が死ぬまで外すことができない”。
裏を返せば――
“使用者が死ぬまで壊れない”
という意味となる。
それ故に、鎧を身につけたものは、いかなる攻撃を受けても死ぬことがなく、内側からの“闘気”の搾取、魔力搾取のみでの衰弱死だけが鎧を破壊することができる。
それはどのような劣悪環境下においても同じである。
精霊の加護の前ではいかなる劣悪環境も頭を垂れる。何しろ、内部に勝る責め苦はないのだから。
“強欲”を装着した者が辿る末路。それはこの上ない衰弱死のみである。
使用者の魔力が尽きないかぎり、死して闇に堕ちた獣と証明されないかぎり、最低限の生命活動を保証する最強の聖なる護り。
ヌッラはメリナが身に付けてる鎧を注意深く観察する。
「…………」
フーッと目を細めるように観察した後、一つの結論に至った。
「なるほど。
貴様の、その守りは並大抵の攻撃能力では無意味だと理解した。
“動の闘気”をより大きく纏わせたとしても外傷に効果がない。だが、内臓の損傷には耐え切れまい」
十数回の攻防の中で鎧の弱点を看破してみせた。
看破したからには、メリナの身体に定着してる鎧を破壊する方法も限られている。
メリナの身体に定着してる鎧、いや、甲冑は“帝国技術局”お手製の特別品であることが――。
それ故に破壊には、それ相応の“動の闘気”を纏わせるか、より巨大で強固な力で相殺しなければならない。
そして、ヌッラには持ち合わせていた。
その強固で“壊れない”という精霊の加護を打ち砕く概念を持ってた。
なので、無駄に“闘気”を、体力を消耗するわけにはいかない。
必殺の一撃を確実に見舞うため、相手の武器を使えづらくした。
対して、メリナはヌッラの言葉に感情を取り乱すどころか、冷静であった。最初は子供ながらに感情の起伏を突かれて、自分が所属してる組織を見抜かれてしまったが、戦闘の最中に冷静さを取り戻し、いつも以上に冴え渡っていた。
だからこそ――
「――だから、なんです?
その弱点を見抜けたとて。それに対応する術をあなたは持ち合わせているのですか?」
強気な姿勢を示し、挑発までしている。
メリナは銃器が使えなくなっても気に止めない。
確かに、銃器も主武装だが、使えなくなったところで問題ない。
むしろ、いつ換えるか、タイミングを計っていた。
十数回にも及ぶ銃撃戦では、いずれ、どこか不具合が起きるのは明白だった。
彼女にとっても、本命はこの後に呼び出す武装である。
「精霊の御名において、“第一の欲望”よ、来よ」
自らに向けて、詠唱する。
銃器による制圧は不可能だと判断した。
であれば、刃を散らす白兵戦の時間だ。
メリナの手元に来るのは無骨な長大な蛇腹剣。
それはシノアとの模擬戦のときに見せた蛇腹剣だ。
牙を抜いた天使の鉄槌。
メリナに与えられたものは銃と甲冑だけじゃない。
“七つの大罪”。
“傲慢”,“嫉妬”,“色欲”,“怠惰”,“憤怒”,“強欲”,“暴食”。
それは七つの欲望にして、七つの大罪。
この世界の生き物の誰もが持ちうる原罪にして、大罪。それを武器として結晶化したのが“七つの大罪”である。
人族が計算に計算をかけて、時間に時間をかけて、完成された精霊兵装である。
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