鬼子と怪物。
プワールに腹を貫かれ、血反吐を撒き散らすシーホ。
貫かれた穴からも血がドバドバと流れ落ちてた。
下卑た笑い声を上げ続けるプワールだが、シーホの意識は一時的とはいえ、現実から離れ、心象世界に飛んだ。
その世界は無明に広がる闇の世界。
それは無限に広がる闇がシーホの心を体現してるのではなく、彼の中に根付いた精霊が自らの心象世界を生み出した。
「あっ、なんだ?」
(変な――)
『変な世界、だな、って思ったんだろ?』
「――!」
突如、シーホの耳に聞き慣れない声にビクッと大きく反応する。
その反応に、声が浮つく。
『おい、なんだよ。その反応は?』
『アハハハッ。
見た目が子供だからか。反応までも子供みたいだね』
その声は一つだけではなく、二つ聞こえた。
シーホにとって、初めてかつ未体験の出来事だったので、非常に困り果てていた。
それにすら、二つの声は機敏に反応する。
『ふーん。マジで子供のような反応をするんだな』
『アハハハッ。
ここまで子供じみた反応をされると、こっちも困るなぁ』
その声は明らかに子供のシーホよりも子供じみた声だったのだ。
「ってか、いったい――」
『誰だって言いたいの?』
『僕たち……私たちは……カストル、ポルックスとは異なった双子の怪人……』
『彼らが双星の大英雄ならば……僕たち……私たちは……双鬼の怪人……』
自らの存在を語るは謎の双子。
なぜ、双子だと分かるのか。自らを双子と言い切ってるからだ。
それ故に、シーホは話し相手が双子だと理解できた。
しかし、いくら、姿を見ようにも靄がかかって顔を見ることができない。
ここに来て、自分も少々バカなのが理解できた。
「なんか、俺もユウトのことをバカにできないなぁー。
いや、ユウトは俺以上のバカだから変わらないか」
シーホはなにげに仲間のことをバカにする発言をしていた。
だけど、双子の怪人。いや、双子の鬼子はシーホに大事なことを告げた。
『ひとまず、これでキミとの本契約は成立した』
『キミに与えられた致命傷は治しておいてあげる』
『ただし、自分に正直に生きることだ。
倒すべき強敵……喰らい尽くす敵を見定めよ』
『そして、自分が手にすべき女性を見定めよ。
自らの悪と正義を見定めよ』
双子がシーホの身体に触れた途端、彼の身体に違和感が起きた。
腹の違和感が消えてるのだ。
『いいか。傷との交換で契約じゃない。
主の危機に精霊が助けるのは当然のことだ』
『だけど、精霊の加護による治癒能力も限度がある。戦い方をしっかり考えるんだぞ?
でも、無理か。シーホはバカだから』
その言葉を皮切りにシーホの意識が現実に浮上したのだった。
謎の双子らしき二人に命を救われたシーホだが、プワールはそれを知らない。
全てはコンマの中で起きた出来事だからだ。
プワールは腕についた血を払い、外骨格に覆われた腕の中から大剣を取りだした。
しかも、新たに生えた二本の腕からだ。
「……終わりだぜ、親衛隊のガキ」
言い放ち、六本の大剣で構える。
それを聞いて思わず、シーホは「ハッ」と鼻で笑った。
「はははははははははははははははははははははははははははははは」
腹の底から盛大に笑い声を上げた。
「!?」
(ハッ?
なに、笑っていやがる。
とうとう、頭がぶっ壊れちまったのか?)
理解不能だと訝しんだが、彼は見たのだ。
シーホの腹の傷を――。
「いいね。最高気分じゃないか!!
こうじゃないといけない!!」
腹の底から声を張りあげ、自らの胸中に秘める思いを打ち明けた。
「なにが終わりなんだ?
生憎、俺の腹をぶち抜かれた傷は見ての通り、綺麗さっぱり治っちまった。
だが、それを抜いても俺らは対等のままじゃないか!!」
シーホは未だにプワールを餌と見做し喰らい尽くそうという姿勢を見せている。
ギュッと双剣を握り締める。
「はあ、喰らい合おうぜ。
“死旋剣”!!」
言い放ったのと同時に“闘気”で土埃が舞い上がる。舞い上がった土埃が両者の視界を覆い、姿形が見えなくなってしまった。
プワールが勇み足で駆けだしたが、すぐさま、身をしゃがんで、回避した。
しゃがんだのと同時に土埃を斬り払いかの如く、双剣の刃が走る。
身体をしゃがませる形で回避したプワールは隙だらけのシーホに大剣を振り上げる。振り上げた剣閃が身体を斬り裂き、鮮血が飛ぶ。
血が飛んだにもかかわらず、シーホは右の剣を振り上げる。
「――!」
(振り落としてきやがる!)
プワールも“静の闘気”を駆使して、相手の動きを読む。
彼は大剣一本だけでシーホの剣を受け止めようとするも振り落とされた剣の重みに押されてしまった。
「――!?」
(どうなっていやがる……)
プワールは違和感を持ち始める。
(シーホの力が徐々に増してやがる)
まずはシーホ自身の力が、基礎能力が向上してることだ。
戦いの中で基礎能力、身体能力が向上するのはザラだ。戦いの中で成長し進化するのはよくあることだと、プワールだって理解できるし。割り切れる。
だが、それでも能力の上昇や“闘気”の上昇にも個人差があるものの振れ幅が決まってる。なのに、シーホの振れ幅は異常だ。
一を学んで、いきなり、百以上に成長してるようなものだ。
(腹の傷もそうだ。
なぜ、治癒されてる。
気を抜いてたかは知らねぇが、“動の闘気”がゆるゆるだった。だから、奴の腹を貫けた。
にもかかわらず、その傷が治癒されるなんざ、とてもじゃねぇがあり得ねぇ。
“闘気”で無理やり傷口を抑え込んだと言っても信じねぇぞ)
次に違和感を覚えたのは、そもそも、違和感に気づいたのは腹の傷だった。
シーホの腹はプワールの新たな腕によって貫通された。
その感触は彼も覚えてるし。シーホもその激痛はちゃんと覚えてる。にもかかわらず、腹の傷は完治されていた。
明らかにシーホ自身で傷を塞いだ芸当ではない。
治癒系統の魔法を行使した痕跡も見当たらない。第三者。
つまり、シーホやプワールでもない第三者の手によって傷を治したとなる。
では、いったい、誰なのか――
(ガキの仲間か?
いや、気配を探っても奴の仲間なんざ感じられねぇ。
そもそも、このガキは俺との戦いに邪魔を入れないようにしていた。
だとすれば、精霊……つまり、精霊の力が……この土壇場で覚醒した、ってところか)
「ハッ!
随分と精霊に愛されてるみてぇじゃねぇか、人族さんよぅ!」
プワールは右脚の蹴りを振り上げ、シーホの左脇腹に入り、後ろへ退かせる。それでも、シーホの顔には次第に笑みを浮かべ始めてきた。
プワールは笑みを崩さずにいるシーホを不気味に思い、一気に攻めたてていく。
攻め立てるプワールにシーホは双剣だけで迎え撃つ。
シーホとプワール。両雄が相打った途端、粉塵が巻き起こり、辺り一帯が粉塵に包まれる。
包まれる粉塵から飛び出るプワールは壁を蹴って駆け上がっていき、装飾を大剣で斬り裂き、シーホめがけて蹴り飛ばした。
シーホめがけて落ちてくる瓦礫。いや、壁の装飾品。
「へッ――」
プワールはしてやった感を見せつけるかの如く、笑みを浮かべるも、シーホは笑みを崩さなかった。
サクッと装飾品を左の剣で突き刺し、真っ二つにする。
瓦礫。いや、装飾品を真っ二つにしたことで視界が晴れる。
粉塵と破砕物の向こう側からプワールが畳みかけるように襲いかかってくる。
数度に及ぶ斬り合いの末、一度、距離を取ったシーホとプワール。だが、次に切りだしたのはまたもや、シーホだった。
右の剣を振るえば、胴体が隙だらけなので、プワールの反撃をもろに受けてしまう。
反撃たる剣閃を受けてもなお、シーホの顔から笑顔が消えなかった。
これにはプワールもますます膨れあがっていく。続けざまに双剣を振るい続けるシーホを六本の大剣のどれかで受け止めては反撃で斬りつける。
斬りつけてもなお、シーホの顔から笑顔が消えず、絶えずに挑みかかる姿勢が異常に思えてきた。
(なんなんだ………ッ!! 俺の方が斬ってる!!
奴の方が血を流してる!!
なのに、なんで、こいつは斬っても斬っても斬り返してきやがる!?)
ここに来てのシーホの異常性。
もし、ここに同部隊のメンバーがいても不思議に思われることだろう。
それも当然だ。
今のシーホは本能に駆られてるかのように、戦いに身を置き、戦いを興じ、悦を見出そうとしていた。
これはまさに本能や衝動に駆られ、支配された獣の如き獣族と同列だった。
獣族や魔族が色濃く出てしまう本能や衝動というのは人族にも出てしまうこともがある。
だが、大抵はいくつかの要因が絡んでくる。
一つは環境による要因。
これは生まれ育った環境で無意識のうちに本能や衝動に駆られ、獣の如き獣族へとなっていくパターン。
もう一つは精霊と契約することによって引き出されるパターン。
他にもいくつかのパターンがあるが大抵の場合は、この二つのパターンしかない。
前者の場合は環境が変われば、落ち着きを取り戻し、理性を持って力の扱いを学んだり、強くなったりする。
後者の場合は危険なことが起きる。
それは契約する精霊によって理性が弱まり、本能が強まったりする。そうなれば、獣の如き獣族へとなっていってしまうパターンだ。
いや、より正確に言えば、契約者の中に眠る本能を刺激され、それを第一に考えてしまう傾向だ。
さらに言うならば、両者の場合だと、極めて危険なことが起きる。
それは人族でありながら、獣族や魔族のように本能や衝動に支配され、契約した精霊によって、理性が完全に吹っ飛んでしまう場合がある。
今回のシーホの場合は明らかに後者だが、身近には前者と後者の可能性を内包した怪物が存在してることをシノア部隊は知らない。
だが、シーホの異常性にプワールは恐怖を駆り立てる。
同時にシーホから漲る“闘気”が徐々に形を成していく。
“闘気”を巧みに使いこなせるのは大英雄クラスの実力者だけだ。それ以外の者たちは漲る“闘気”に形にさせることが精一杯である。
而して、“闘気”を形にさせるだけでも上出来だと――。
キララやノイがいれば、そう言うだろう。
シーホの身体から漲る“闘気”が形を取ってる姿は二つの角を生やした髑髏であった。
それだけでも恐怖を感じとったプワール。
(俺が最強。
俺が最強――)
「最強だッ!!」
声を荒げ、床を蹴って、シーホに突っ込んでいく。
シーホの身体から漲る“闘気”で形を取ってる二つの角を生やした髑髏が意志を持つかのように近づいてくるプワールの方へ向かっていく。
「目障りなんだよ!!!
さっさと死ね!!!」
両腕で持つ六本の大剣を振るい、シーホの首筋を斬り裂き、漲る“闘気”が一斉に霧散し、ブシャッと一斉に血飛沫が舞った。
シーホは首筋から零れ落ちてくる血を触れ、傷口の感触を確かめる。
「あぁー。クソッ……これじゃあ、本当に死んでしまうな」
確かめた折、自分の死が近づいているのを実感する。
彼は未だに流れ出る血を抑えながら、思わず吐露した。
「……嫌だなぁ……死ぬのは」
血が止まろうと止まらなかろうとシーホは傷口から手を放して、続けざまにこんなことを吐露した。
「やれやれ、しょうがないなぁ。
久しぶりにやってみようかな。“北蓮流”の構えって奴を――」
吐露した言葉があまりにも意味不明すぎてプワールが「…………………なんだと?」と言ってしまう。
「皇族親衛隊に入隊して間もなかった頃、バカユウトと交えて、グレン中佐に嵌められて、“剣の構え”ってのを習ってた」
シーホの脳裏に映るのは皇族親衛隊に入隊させたグレンから強制的に剣術の指導をさせられた頃の映像が流れ込んでくる。
『まだまだだな。ガキ共』
『クソッ……力尽くなら、俺の方が上だってのに――』
『お前の場合は竜言語を扱えるだけスゲぇんだぞ。
そこに剣術も合わせれば、竜言語の脅威もさらに増していくってものだ。
そこんとこをしっかり理解しろってんだ、バカ!』
『バカバカ言うなァ!』
ユウトとグレンが言い争ってるのを横目にシーホは
(なぜ、俺も連れられてるんだ)
内心、連れてこられて、迷惑を被ってたのを今でも覚えてる。
「どこか性に合わなかったし。
“三蓮流”の凄さを聞いても、伝説の偉人の真似事をしてるみたいで納得できないところもあったが、“北蓮流”っていう剣技だけは納得できた」
シーホの中で納得したこと。それは――
「知ってるか?
二刀流の構えってのは、剣を両手で構えるよりも斬撃の速さが速くなるんだってよ」
ニィッと口角を吊り上げるシーホに対し、プワールは「あん?」と鼻で笑った。
「……何を言ってるんだ、テメエ? そんなの……」
舐め腐ったことを言ってる彼に対し、
「そんなもん……」
と、大剣を強く握り、
「わかりきってんだろうが!!!!」
吼えながら突っ込むかのように、プワールは床を蹴った。
床を蹴って駆けるプワールに対し、シーホは突っ立ったまま、迎え撃つ姿勢を取った。
「……分かりきってないだろーさ。
知らないだろ、どのくらい……動きに秀逸さが出るのか」
腰を落として身構えるシーホ。
その姿勢は十字架で斬り伏せる気でいた。
そして、くりだされる。
二刀流の構えからくりだされる剣閃の速さが桁違いだったことを――。
「“北蓮流”・“偉大なる十字架”!!」
光速に匹敵しうる剣閃がプワールに襲いかかる。
しかも、それはプワールが六本の大剣を振るおうとした矢先、炸裂したのだから。
その剣閃はプワールの身体に致命傷を負わせるほどの深い切れ込みと威力が秘められていた。
部屋中を照らした閃光が弱まり、剣を振り下ろした姿勢を保つシーホ。
構えを、姿勢を解いた彼がまず見たのは息を切らしながら、床に這いつくばっているプワールの姿だった。
床にはドバドバと血が垂れ落ち続け、水溜まりの如く広がっている。肩から息を吐いており、“闘気”と並ならぬ気力だけで意識を保ち続けていた。
「……へぇ」
シーホは思わず、感心するほどの言葉を吐露する。
「まだ生きてるのか?」
という言葉を吐いてしまっても至極当然のことだった。
シーホが振るった“偉大なる十字架”。今の一撃には渾身の“動の闘気”を纏わせた一撃だった。
その一撃をもってしても、プワールの命どころか、意識すらも刈り取れなかった。
それは安易にプワールの身体を覆う皮膚の硬さが規格外だと物語っている。
こればかりはさすがのシーホも呆気にとられてしまった。
「あぁー、マジかよ」
肩すかしの気分を味わわされる。
「呆れた。
頑丈にも程があるだろ」
敵の頑丈さに天晴れと言うほかなかった。
「クソッ――」
プワールは完膚なきまでにねじ伏せられた事実に悔しがる。だが、それ以上の屈辱を彼は味わわされる。
「じゃあ、もういいや」
なんと、シーホがプワールと戦う気がなくなったのか。この場から立ち去ろうとする。
「……ま、待て!」
立ち去ろうとするシーホに荒げた声を飛ばす。
「なんだ?」
「どこに行きやがる……! まだ終わってねぇだろうが……!!」
まだ戦おうとする意志を見せるプワールにシーホは呆れた眼差しを向ける。
「ああっ。今ので終わりだ。
俺は戦えなくなった餌にトドメを刺す気がない」
シーホは喰らう価値がないと判断したかのように言うもプワールからしたら神経を逆撫でされてるのと同じであった。