眠りし狂人の覚醒。
敵に睨みつけられてるシーホ。
ポタ、ポタ、ポタ、ポタ
と、剣先から血が零れ落ちる。
「どうやら……ようやく、慣れてきた……お前の硬さに、よ」
シーホはそんな言葉を漏らす。
その言葉には、さすがのプワールも
「……慣れ……?」
(慣れ、だと……!? そんなもんで……この俺を斬れるってのか……)
動揺を隠しきれない。
「最近、感覚がおかしくてよ。
硬ぇもんや柔らけぇもんを斬りすぎてたから。
感覚がおかしくなって、調整が狂ってたみたいだ」
シーホは左の剣を軽く振るい、剣圧で床を軋ませた。
それには、プワールもさらに動揺が増す。
「ガキの俺が言うのもなんだが……ありがとう。
おかげで、調子が良くなってきた。
では、こいつで――」
右の剣を掲げるシーホ。
「――返させてもらうぜ!!」
床を強く蹴って、プワールに突っ込んでいく。
彼はシーホの突撃を躱そうにも躱しきれず、体勢を崩しかける。だが、すぐさま、体勢を立て直し、反撃に転じるもシーホの追撃にガードが間に合わず、左肩付近に剣閃が走り、傷ができてしまう。
「クッソ!」
シーホに流れをもってかれる中、プワールも負けじと左手をかざして、遠くに飛ばせる衝撃波を叩き込んだ。
その衝撃波は“動の闘気”でできており、並大抵の“闘気”でガードするところか、軽々と貫通してしまう。
而して、シーホは、と言えば――
「フンッ!」
声を発するだけで“動の闘気”でできた障壁を形成し、衝撃波を防ぎきってみせた。
「うそ、だろ――」
これには、プワールも脱帽し、消沈してしまう。
ギシ、ギシ
コツッ、コツッ
と、床を軋ませながら、シーホがプワールに近づいていく。
近づいてくる彼の姿がプワールの目には巨大な敵として認識し、恐怖で支配されていく。
「アァアアアアーー!!」
声を荒げ、突っ走る。だが、何も考えず、只々突っ走る。
貫手でシーホの目を潰そうとするも彼はヒョイッと軽やかに躱した。
躱した際、左の剣を逆手に持ち替えて、振るった。
「“北蓮流”・“十字架斬り”!!」
しかも、“動の闘気”を纏わせた強烈な一撃が剣閃となって光った。
剣閃が光り、プワールの胴体にバツ印の傷――クロス傷ができた。
“クロス傷”とは双剣、二刀流による斜め同時斬りをした際に傷つくことである。
シーホとプワールの戦い。
この二人の戦いは激戦となり、白熱していくかと思いきや――。
意外とシーホが優勢で、ことが進んでいた。
いや、一方的な展開となった。
床に飛び散る夥しい血。
シーホの双剣にも血がベットリと付着していた。
「ハア……ハア……ハア……――」
肩で盛大に息を切らしてるプワール。
それはシーホが繰り出した“十字架斬り”がすさまじいものだったことが物語っている。
それ故に傷もひどく、プワールの胴体に食い込むかのように斬り込まれていた。
激しい痛みで呼吸が荒く、汗を大量に流していた。
たいして、シーホは威風堂々と君臨していた。
ゴキゴキと首を鳴らして、双剣に付着した血を振り払った。
「おーい、俺みたいなガキに……ここまでいいようにされて、大人として恥ずかしくねぇのか?」
子供のシーホにいいように言われたり、挑発されたりしてる現状であった。
だが、実際のところ、少し違う。
シーホの中に眠る精霊の片方が加護として、彼に甚大な力を与えていた。
しかも、彼は未だに、それを気づいていない。
「おーい、生きてるのか?
それとも、死に損ねたのか?」
盛大に煽りに煽りまくっている。
これにプワールも完全にブチ切れる。
ギリッと歯軋りしてまで
「……バカが……俺が……死ぬかよ……俺が……テメエの……テメエ如きの剣で……!」
言い切る。途端、彼は怒りが浸透し、“動の闘気”が急激に上昇した。
この爆発的な上昇にシーホは心当たりがあった。
(これって、確か……キララさんとノイさんが言っていた。
“動の闘気”の解放、だな)
プワールの急激な上昇は“闘気”の解放だと判断する。
(厄介だな。この感じだと、不吉なことが起こりそうだ)
子供ながらに安直な考えをしてしまったシーホ。
その考えが後に後悔するとは思いもよらなかった。
「俺が……俺が……俺が……ッ俺が死んでたまるか!!」
声を荒げ、猛りに猛らせる。
まるで、沸騰した血を、“闘気”を爆発させるかのように――。
プワールは大剣を掲げる。
「祈り奉れ!」
掲げるどころか、咆吼を上げるかのように声を叫ぶ。
「――“アクルックス”!!」
詠唱があげた途端、大剣を中心に旋風を巻き起こす。
旋風は木くずを巻き上げ、竜巻となってプワールを覆い尽くす。
舞い上がる粉塵の影から見えるのは三日月を思わせる二本角。
竜巻、いや、粉塵、いや、旋風が収まると、プワールの真の姿が露わになった。
その姿は、頭に左右非対称の三日月のような二本角が生え、腕が昆虫の腕かのように硬い殻に覆われた四本の腕に変化していた。
その四本の腕には四本の大剣が握られていた。
その姿にシーホは思わず――
「腕が倍になってるじゃんか!」
(っつうか、なんだ?
“アクルックス”ってのは!?)
シーホが驚くのも無理もない。
プワールの姿は“アクルックス”の姿そのものだった。
彼にとって聞き馴染みのない言葉。いや、単語。いや、固有名。
“アクルックス”。
正式な名は“十字アクルックス”。
千年以上前、世界に存在したとされる“星獣”の一体だ。
見た目が昆虫のような外見をしていて、人族だろうと、獣族だろうと、耳長族だろうと、魔族だろうと、精霊だろうと捕食する超危険な生き物だった。
昆虫の外骨格をもちながら、硬すぎる硬度をもち、“動の闘気”を極めた英雄であろうと砕くことができなかったとされる曰く付きの化物だった。
最終的には[戦神ヘルト]の手によって両断され、葬られたが――。
それまでの被害度合いは大国を丸ごと捕食し、滅ぼしたとされる伝説が残っている。
“十字アクルックス”は硬すぎる硬度を持った外骨格だけではなく――。
一度、捕まったら、逃げることができない鉤爪をもち、骨すらも砕く牙を持ち合わせていたと、古き書物に記されていた。
シーホは古き書物を読んだこともない。
キララやノイからそのような話を聞いてもらったこともない。
なにもかも、目新しいことばかりだ。
而して、目に見えて分かることがいくつかある。
(あの鉤爪は危険だな。
見た感じ、引き裂かれたら、一巻の終わりに思える)
と、観察して把握することができた。
だが、彼は気づいていなかった。
胴体に食い込むほど、斬りこんだ傷が完治していたことに――。
未知なる力――呪解を果たしたプワールはニヤリと口角を吊り上げる。
「……よぉ。
どうだ、“死旋剣”が見せる“真なる力”って奴をよ」
シーホに言ってやるも彼は無言のまま、プワールを見つめていた。
正確に言えば、プワールの“闘気”を見ていた。
「なんか言えよ、親衛隊のガキ?」
プワールはシーホに自分の姿を見せて、どう思っているのか訊ねる。
対して、シーホはニッと笑みを浮かべ、
「すごい“闘気”だ」
答えた。
彼は自分の双剣を見つめる。
「初めての経験だ。
異質な“闘気”ってのを浴びるのは初めてでよ。
こういう感じなんだな。“闘気”で刃が研がれていく感覚ってのは……」
刃先を見つめながら、そう言ってやる。
途端、ギリッと歯軋りし、呪解を果たしたのに、シーホから余裕が消えることがなかった。
なので――
「そうかよ」
ジャリッと四本の腕に持つ大剣を掲げる。
「だったら、斬ってみろ!
その研がれた刃って奴でよ!」
荒ぶる感情を抑制するどころか解き放つかのように叫んだ。
「望むところだ!」
シーホはプワールの軽い挑発に乗る。いや、挑発ですらない。而して、シーホは敵の誘いに乗り、無策にも突っ込んでいく。
無策に突っ込み、双剣で斬りかかるもプワールは大剣一本で受け止めてしまった。
これには、さすがのシーホも「ッ!」と言葉が詰まり、目を見開く。
「なんだ?」
逆にプワールはシーホの剣を受け、ニヤリと笑みを浮かべる。
「それが全力か?」
言い放った後、右斜め下から袈裟懸けを振るった。
振るわれた一撃はシーホの身体に纏っている“動の闘気”を軽々と引き裂き、身体を斬り裂いた。
斬り裂かれた傷口からブシャッと夥しい血が飛び散る。
しかも、振るわれた一撃で身体が浮き上がり、勢いのままに吹き飛ばされ、部屋の壁に叩きつけられる。
「ゲホッ――」
口から血を含んだ吐瀉物を撒き散らし、床に倒れ伏す。
「……随分と軽い剣だったぜ、親衛隊のガキ」
プワールはシーホに向けて、軽口を叩きこんだ。
床に倒れ伏すシーホ。
「……ハッ」
倒れ伏す彼を蔑むかのように睥睨するプワール。
「ピクリともしやがらねぇ……終わりかよ」
せっかくの殺し合いが終わってゲンナリする。
「……チッ」
盛大に舌打ちをした後、ジャリッと大剣を床で引き摺りながら
「……しょうがねぇ……残りもんの片付けといくか」
未だに“獅子盗賊団”の本拠地内部で戦っているズィルバーたちの片付けに向かおうと歩きだした。
だが、それが失敗だった。
歩きだそうとしたプワールの背後から“闘気”で形取られたなにかが背中に抱きつかれた。
「……ッ!?」
プワールはゾクッと背筋が凍りつき、全身から汗が飛び出た。思わず、振り抜こうとした矢先、鋭い斬撃が飛んできた。
咄嗟に、回避するもプワールの右腕の一本が切断された。いや、斬り飛ばされた、というのが正しいだろう。
彼が視線を向けた先に見たのは
「ふぅー」
首や肩をゴキッと鳴らすシーホの姿があった。
「……まず、一本、ってところか」
「テメエ……」
(なんだ、今のは…………さっき、このガキから放たれた異様な“闘気”は――)
プワールは今さっき、背中に抱きつかれた何かを思いだす。
完全には見れなかったが、確実に人の形をした何かであったのは確かだ。
しかも、それは一つだけじゃなかった。
(少なくとも、感じとれたのは二つだ。
あのガキ……いったい、なにを隠していやがる)
プワールはシーホの中に眠る力に恐怖を抱かせた。
逆にシーホは自ら発した“闘気”の形に違和感どころか気づいてすらいなかった。
シーホの素振りを見て、プワールは思わず、悪態を吐いた。
「……死んだフリかよ。小せぇ野郎だ」
悪態どころか、侮蔑やバカにする言葉を吐いた。
「うるさいな。考えてたんだよ。
腕が四本もあったんじゃあ。どれかで双剣を受け止められるだけ。
それじゃあ、つまらなくなってしまう。だから、防がれないようにするのはどうすればいいのかってな。
だけど、考えてもいい手が思いつかないんだ。
だから、俺と同じ条件にすれば、対等にできるんじゃないか、ってな」
なんてことをシーホは言ってるけども、そこには少し矛盾があった。
それは腕二本にするため、斬り落とすということになるのだ。
だが、今の状況では、シーホはおそらく、全部の腕を斬り落としてしまう可能性が高かった。
「…………」
そして、それはあまりにも力尽くかつ強引な発想だ、ってことだ。
これには、さすがのプワールも
「……ハッ……」
盛大に鼻で笑った。
「俺と同じ条件にする、だぁ?
なんだそりゃ、下らねぇ。気にすんなよ。
どうせ、テメエの斬る腕は、その一本で最後だ」
さらにバカにする言葉を吐いた。
「いや、正確に言うなら……」
プワールは“闘気”を滾らせ、切断された腕の切断面から新しい腕が生えてきた。
「テメエは一本の腕も斬り落とすことなく、この四本の腕に斬り殺されて終わる」
感覚を確かめるプワールはグーパーした後――
「テメエが俺より――」
床を駆けだし、刺さった大剣を空いた手で拾い上げる。
「――弱ぇからだ、親衛隊のガキ!!」
拾い上げた後、一気呵成に大剣の猛威を振るう。
それはまさに、猛攻と言えよう。
少しでも気を抜けば、あっさりやられてしまうのは明白だった。
シーホも双剣と“静の闘気”だけで巧みに大剣の猛攻を捌いていた。
だが、その猛攻も、大人と子供の筋力差では敵うはずもない。なので、再び、壁にまで吹き飛ばされ、叩きつけられる。
「ハッ!!!」
プワールはシーホに向けて鼻で笑い飛ばす。
「軽いんだよ!!
ヒョイヒョイ飛ばされやがって!! 攻撃が当てにくくてしょうがねぇ!!
それとも怖くて逃げてるだけか! アァ!?」
シーホめがけて突っ込んでいく。
突っ込んでいく際、床に座り込んでいたシーホの蹴りがプワールへ伸びる。
「ハッ!」
彼は反射的に身体をよじらせ、躱すも体勢を大きく崩した。
体勢を大きく崩されたことでシーホから伸びる腕を回避できず、左側からわし掴まれて、床に組み伏せられる。
振り返り様にシーホが剣を振り下ろした。
振り落とされる剣をプワールは四本の大剣を交差する形で防いだ。
「……ぐ…………ッ」
力押しに振り落としてくるシーホにプワールは攻勢から守勢へと回された。
「なんだ?
この程度なのか、“死旋剣”って奴は?」
今度はシーホがプワールを揶揄と侮蔑を混ぜた言葉を吐く。
その言葉にはプワールも苦悶さえする。かと思いきや、突如、シーホの身体を腕が貫いた。
「ッ――!?」
喉から血が逆流し、ゴプッと盛大に血を含んだ吐瀉物を撒き散らした。
「馬鹿が……言ったろ。
テメエは一本の腕も斬り落とせやしねぇ」
シーホの腹から腕を引き抜いたプワール。
「ただ、俺の、この六本の腕で斬り殺されるだけだってな」
血に塗れた腕を見つけながら、言い放ってみせた。
ドプッ
と、腹に空いた穴から血が噴き出し、親衛隊の隊服を紅く染め上げていく。
終わりと言わんばかりにプワールは勝利の美酒に酔ったかのように盛大に、下卑た笑い声を上げるのだった。
だが、それは同時に、シーホの中に眠る力を呼び覚ますきっかけにもなった。