強さを追い求めて。
ヤマトとリュクシオン。二人して、譲れない思いを口にした。
それはただ、彼らが心に決めたこと想いとかではなく、絶対になさなければいけない想いを抱かせていた。
「グルル…………」
(僕は、あの時、完全に本能に支配され、衝動に駆られるかのように戦い続けてただろう。
でも、そんな僕を救ってくれたのはヒロだけじゃない。ここに来た皆を裏切る行為に等しかった。
たとえ、皆が僕を本能に支配され、衝動に駆られたとしても逃げずに受け止めてくれるかもしれない)
ヤマトは頭の片隅で恐怖した。
受け入れてくれる想いと同時に切り捨ててしまう恐怖が拭いきれない。
二面性の感情を抱かせながら、ヒロの発破で彼女は忘れてならない想いを思いださせてくれた。
それは生物としての本能。雌としての本能。雄への求愛本能である。
ヤマトは“ゲフェーアリヒ”時代、ズィルバーに敗北して以降、彼の強さに惹かれ、並ならぬ想いを抱かせていた。
思春期の女の子が抱く感情。好きという感情。
而して、好きというのも友愛からくる好きと、一匹の雄という恋愛からくる好きとは意味が異なる。
思春期の女の子が抱く、好きという感情は友愛か恋愛かが分からず、かき混ざった感情だ。
ヤマトに流れる獣族の血が、このズィルバーをつがいにしろ、と告げてくる。手に入れろ、と告げてくる。血を残せ、と告げてくる。
荒れ狂う感情にヤマトは自分がおかしくなりそうで困り果てていた。この感情の意味が分からなくては前に進めない気がしたからだ。
それをヒロの発破のおかげで目が覚め、自らに抱く感情の意味を知れた。
(ありがとう、ヒロ……僕は本当の意味で自分と向き合えそうだ。
この感情を胸に僕はズィルバーとともに在り続ける)
自らの感情に区切りを付けたヤマトはギュッと金棒を握り締める。
「キミの言うとおりだよ」
「あ?」
「キミは言ったじゃないか。僕を手始めにするって……それは、僕も同じだ!」
床を蹴って、リュクシオンへ接近していくヤマト。
彼も彼で爪を奮い立たせ、斬り刻みにかかる。
「キミの言うとおり。僕の本能はキミを倒せ、と叫んでくる!
キミを倒さなければ、成し遂げたい想いを叶えられることができない!!」
叫んだ。
バリバリと黒き雷が金棒に帯びる。“動の闘気”を極限まで研ぎ澄ませた際に起きる現象。
今のヤマトの姿は間違えなく、亡き父――カイに瓜二つであった。
「“雷鳴”――」
迫り来る棘突き金棒を見て、リュクシオンは自らの敗北を悟った。
「――“撃墜”!!」
金棒が彼の顔面に殴りつけられ、衝撃が重く襲いかかる。
強烈な一撃と衝撃に意識が飛びかけるリュクシオン。彼が脳裏に過ぎったのは食い散らかした同胞の成れの果て。喰われることで自らの運命に終止符をつけた者たちを彼は思いだす。
「く……そ…………」
グラリとバランスを崩し、仰向けに倒れ伏した意識が飛んだリュクシオン。
ハアと大きく息を吐いて、姿勢を崩すヤマト。姿も獣族の特徴が引き出された姿から人の姿に戻ってしまった。
金棒を杖がわりにして、なんとか立ってるのが精一杯だった。
ハア、と息を吐き続けるヤマト。前へ歩きだそうとした瞬間、足元がもたれつき、バランスを崩す。
バランスを崩して倒れそうになった彼女の腕を掴んで助けたのは理性なき獣に成り下がった雑兵共を蹴散らしたヒロであった。
而して、彼女の肌や服には返り血が付着しており、苦戦していたのが見てとれる。
「立てるか、ヤマト?」
それでもヒロはヤマトに声を投げる。
「立ってるのが精一杯だ」
ヤマトは意地を張らずに自分の状況を正直に話した。
「そっか。とりあえず、ここから離れよう」
「ああ……そう、だね……」
ヤマトとヒロはここから離れることにした。
ヒロはヤマトの肩を担ぎながら、思わず、こんなことを問いかける。
「ところでさぁ~、ヤマト」
「なに?」
ニタリとしてるヒロの問いかけにヤマトは戸惑いつつも聞き返す。
「さっき、キミが言った。『成し遂げたい想いを叶えられることができない』って言ってたけど……それはもしかして、ズィルバーへの恋心?」
「ッ――!?」
ニタリ顔で言ってくるヒロにヤマトは顔を赤らめ、言葉を詰まらせる。
彼女の反応から「図星だね」と言われて、彼女はますます顔を赤くする。
「そっか。そっか。そっか……委員長に惚れてるのかぁ~。
それは強敵だね。難敵だね」
「分かってるよ。ズィルバーはモテる男だ。ティアだけじゃなく、ノウェムだってズィルバーに恋してるのだって知ってる。
でも、それがなんだって言うんだ。誰かを好きにし、恋をするのは間違いだと言うのか?」
「別段、間違っていない。
でも、難敵であることに変わりない。まあ、頑張りなよ。応援してるから」
ヒロはヤマトの恋が実ることを願ってるもヤマトとヤマトで切り返す。
「そう言う。ヒロはどうなんだよ」
「どう、って?」
「だから、ズィルバーに好いてるのか、って話」
彼女の切り返しにヒロは淡々と答える。
「僕は委員長のことは友愛としか思っていないんだ。僕には僕で恋してる人がいるから」
答えられて、ヤマトは「ふーん」といいことを聞いたっていう面をする。
「そっか。そっか。ヒロが好きな人って、リエムのことだったのか」
「なっ、なんで、知ってるの!?」
「気づかない奴はいないよ。ヒロがリエムに特別な意識を向けてることに」
「ッ――!」
まさか、仲間に気づかれるとは思っていなかったヒロは顔を赤く染め上げる。
ヒロはしどろもどろになりながらも食ってかかる。
「う、うう、う、うるさいな。僕が誰を好きになっても文句はないだろ!?」
「別に文句はないよ。でも、意外に隠してそうに見えて、恋愛には正直だから。つい、ね」
フフッと含ませる笑い方にムーッと頬を膨らませるヒロ。彼女はさらに食ってかかろうとしたが――
ドゴン!!
ドゴン!!
二つの衝撃音が耳に入る。
「そうだった。ここはまだ戦場だった」
「一つ目は……シーホと、こいつは……プワール!」
「“死旋剣”か。もう一つは外からだ。
でも、この禍々しい“闘気”は…………」
ヤマトの意識は外に向けられる。
「ノウェムとコロネに、“八王”に、“虹の乙女”に、豪雷なる蛇の面々の“闘気”……この禍々しいのは“魔族化”した巨人族…………コレールだ」
「“魔族化”した巨人族……ってことは狂巨人か。まずいな」
「うん。ヤマト。走れる?」
「まだ歩くのが精一杯だ。とりあえず、急ぎ足で行こう」
「そうしようか」
二人は次なる戦場へ向けて、歩きだした。
場面を変えて、ある部屋では皇族親衛隊の隊員、大尉にまで昇格したシーホ。彼は今、“死旋剣”の一人、デゼス・プワールと斬り合っていた。
苛烈な斬り合いを楽しんでいるシーホとプワール。
子供と大人という体格差で力と力で拮抗している。
シーホは力押しでプワールを大剣ごと上へ打ち上げられた。
打ち上げられた彼は「へへッ」と含み笑いをして、大剣を手放して、楕円状のリングを鎖のように繋げた鎖を持つ。
鎖を持った途端、ブンブンと振り回し、竜巻を巻き起こす。
その竜巻は窓を割り、床に亀裂が走り、ガラスの破片や木くずが巻き上げる。
巻き上げた木くずやガラスの破片が砂塵かの如く、目眩ましとなり、シーホの視界を封じる。
竜巻が目眩ましとなって、プワールが大剣をシーホめがけて投げたことに彼が気づいていないと思い込んでる。
だが、実のところ、シーホは“静の闘気”で大剣が投げられてくることを気づいていた。
彼は今でも、上官相手に実戦訓練をしたり、鍛錬をし続けて、“闘気”の練度を上げていた。
シーホにとって最大の好敵手は同部隊に所属してるユウトもそうだが、一番は“白銀の黄昏”、“四剣将”の一人、シューテル・ファーズである。
彼を倒し、検挙するのがシーホの最大の目標である。
それ故、“闘気”の練度をそれなりに上げていた。
だからこそ、大剣の刃を紙一重で躱し、刀を床に突き刺し、右手握る剣を手放し、楕円状のリングを掴んで、引っ張って手繰り寄せる。
プワールはシーホがグンッと引っ張られる反動で、彼に引き寄せられた。
引き寄せられたところでシーホはプワールの頭を左手で掴んで、床に叩きつけた。
床に叩きつけたのと同時に剣を突き立て、剣先をプワールの頭に突き刺そうとした。
しかし、彼はすんでの所で身体を捻らせることで躱してシーホから距離を取った。
ここに来て、シーホはプワールが取った行動に子供ながらに疑問を抱かせた。その抱かせた疑問を言葉にして吐いた。
「おい、なんで避けたんだ?
お前、頑丈なんだろ? それなのに、避けたということは自分の中で危ないと思ったからだ。
どうも、“魔族化”していい気になってるだけの大人にしか俺は思えなくなってきたのか?」
シーホは安い挑発を投げる。
しかも――
「あと、頑丈なお前にも斬れる場所があるんだな」
言葉を投げれば、プワールはその場で跳躍した。
「寝言を言いやがれ!! 攻撃を躱すのは闘争本能だ! 斬れる場所もなにもねぇ! テメエの剣じゃ俺は斬れねぇ!! それが全てなんだよ!!」
真上から叩きつけるように大剣を振るえば、木くずで粉塵が舞い上がる。
だが――
「……皇族親衛隊に入隊してると、いろんな奴に出会う。俺はまだガキだが……俺程度の剣じゃあ斬られることがないと言ってくる連中が多かった。
だがよ……」
粉塵が晴れるとシーホは左の剣で大剣を受け止める姿をプワールは目にする。
「目と喉を斬られた種族にまだ会ったことがなくてね!」
声を荒げながら、右の剣をプワールの喉に突き刺した。
喉を突き刺されたことでギャリギャリと金属音を奏でながら、大剣が左の剣からずり落ちていく。
「ガフッ」
と、少しだけ口から血を流しただけだった。だが――
「チッ」
盛大に舌打ちをさせられた。
「何遍言わせれば、気が済むんだ?」
侮蔑するように言葉をシーホに投げる。
言葉を投げられるシーホも僅かに目を見開く。
ズボッ!!
プワールの蹴りがシーホの土手っ腹に入る。しかも、先の尖った靴先が刺さったことで身体に激痛が走った。
「グゥッ!?」
喉に逆流してくる血を無理やり飲み込んだシーホ。
激痛で顔を歪めながらも彼はプワールめがけて声を飛ばす。
「喉まで硬いのかよ。
これは参ったぜ」
なんて軽口を飛ばしてくる。
「ハッ!」
プワールはシーホの態度が気にくわなかったのか。言動が気にくわなかったのか。はたまた、その両方が気にくわなかったのか。
「納得がいかねぇだろ? 喉を突かれて死なねぇ奴なんざいねぇ。そう思ってるんだろ?」
プワールはシーホの剣を掴み、喉に刺さった傷口を見せる。
剣の先が刺さった程度でしかなかったのだ。
「その通りだ」
彼はシーホの疑問も軽口も淡々と答えた。
「喉を刺されて死なねぇ奴なんていやしねぇ。だが、俺は死んでねぇ。俺の皮膚に阻まれただけだなんだよ」
プワールは自らの喉元を見せつける。
「わかるか? それがテメエの底だってことだ、ガキ」
言い放つもシーホが返しはフンと鼻で笑ったことだけだった。
彼に笑われたことが気にくわなかったのか。
「なに、笑ってんだコラァ!!!」
声を荒げて、再び、シーホの土手っ腹に蹴りを叩き込む。
しかし、その蹴りもシーホは軽々と掴んでみせた。
「悪い、悪い。嬉しくてよ。つい笑ってしまった」
「つい、だと?」
「ああ。ここ最近、自分より強ぇ敵ばかり相手をしてたからか。硬ぇ敵とは何度か相手をした。
だから、つい、嬉しくなった」
シーホは右の剣をプワールに突きつける。
「これでさらに斬れる楽しみを見いだせるってものよ」
見事な挑発ともいえる言動を言い切った。
「だから、斬れねぇって言ってんだ!! 馬鹿が!!」
プワールもプワールで挑発で返した。
シーホとプワールの斬り合いがさらに増していく。
しかし、シーホは気がついていなかった。自分の中に眠ってる精霊が徐々に目を覚まそうとしてることを――。
シーホ。正確に言えば、シーホ・ルゥナー。
ライヒ大帝国の平民出だが、特異的な才能を持って生まれてしまった人族でもある。
その点で言えば、ヨーイチも同様に特異的な才能を持って生まれてしまった人族でもある。
シーホはユウトと異なり、二つの精霊を有してる。
いや、より正確に言えば、一つの精霊が二人一組となって有してると言った方が正しい。
それ故に、彼は双剣という武器を好んでしまっている。
これは、“白銀の黄昏”にいるビャクとルアとは全然異なる。
彼女たちは血縁から、血族から双子が生まれやすい家系であって、契約する精霊が二人一組ではない。
シーホが特別であることを先んじて記しておこう。
これは、当人も気づいていない。
自分が契約しようとしてる精霊が二人一組であることに――。
では、シーホが特異的な才能を有して、生まれたのか。それは人族の中でも特殊な民族の血を引いてるからだ。
それは、千年以上前から脈々と受け継がれてる血族でもある。
それ故に、プワールの斬り合いの最中、彼が疑問が生まれ始める。
しかも、それは少しずつに、なお、確実に生まれてる。
(けっこう、力が残ってるじゃねぇか)
シーホが剣を振りかざす姿勢を取る。
「バカが。なんと言えば分かる。テメエの剣は俺に斬れねぇ、って――」
プワールは左腕をかざして、振り下ろされる剣を防ごうとするも切れ込みが入り、僅かに血が飛び散った。
ピタッ、ピタッ
血が滴り落ちる。
プワールが僅かに動揺してる中、シーホは自分の剣を見ていた。
「…………」
ジッと自分の剣を見続けるシーホにプワールが訊ねる。
「……どうしたよ? 急に斬れたもんで自分でビビってんのか?」
彼は腕にできた傷をペロリと舌で舐める。
「だがよ。一回くらいのまぐれで勘違いすんじゃ……」
と、言ってるけども、シーホは
ヒュンッ、ヒュンッ
剣を数回素振りしていた。まるで、力の加減を調整しているように――。
ブンッと双剣を振るえば、旋風が巻き起こり、空気が僅かに一変する。
その気配を“獅子盗賊団”の本拠地の外で狂巨人と戦っていたヨーイチが感じとった。
「あれ?」
(これって――)
彼はシーホの変化の機微を“静の闘気”で感じとる。
感じとったことで、察することができた。
(どうやら、ここからがシーホくんの本領発揮だね)
思わず、笑みを零してしまった。
軽く素振りを終え、肩慣らしを終えたところでシーホが
「おい、もう一回、来てみろよ」
指でクイッと軽く挑発してきた。
プワールは彼の挑発に激情し、ギリッと歯を食いしばらせる。
「調子に乗んじゃねぇ!!!」
跳躍して、大剣を振り上げて、シーホめがけて、一気に振り下ろした。
それをシーホは双剣で受け止める。
一見すれば、プワールが優勢に思える現状。だが、現実は――
「ヒッ」
ニィッと口角を吊り上げるシーホ。
「あん?」
訝しむプワールだが、次の瞬間、ミシミシ、と大剣に亀裂が走っていく。
「なっ!?」
目を見開くのと同時にシーホが双剣を振り上げると、大剣の鋒と血が舞った。
大剣の鋒が床に突き刺さり、プワールの顔には綺麗に横一文字ができていた。
「くそ……ッ」
と、悪態をつくプワール。
彼はシーホを睨みつけていた。
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