野生の勝負。②
ヤマトに思わず、礼を言ってしまったリュクシオン。
それを言いたくなるほどの経緯があった。
(混じり気もねぇ純粋な殺意――
こんな戦いなんざ本能に目覚め、破壊衝動に支配されたとき以来だな)
彼は自らの本能に飲まれ、衝動に支配されたときのことを思いだす。
いや、思いだしたのはそれだけではない。
遙かな太古から獣族同士が自然界で生きるために起きる戦い。
それは喰らい合うこと。
怒りもなければ、悪意もなければ、敵意なんぞなく、あるとすれば、生きるために喰らうだけの本能のみ。
戦乱の時を経てもなお、その本質は忘れることもなく、脈々と受け継がれてきた。
善も悪もない恨み恨まれることもない本当の野生の勝負。
獣としての本能が最大限に発揮され、頭からの指令よりも身体が無意識に反応する。
それこそが獣族同士の喰らい合いである。
ヤマトの口から吐かれた冷気を華に掠めたリュクシオン。赤く腫れてるとはいえ、致命傷には至っていない。
それ故に気がかりでもあった。
(……にしても、おかしいな。
口から息を吐くなんざ。獣族の中でも竜人族ができる芸当だ。
他の獣族だと“闘気”の弾ぐれぇしか吐かねぇ。だが、あのヤマトは口からブレスを吐きやがった。
だが、妙だ)
彼は不思議と違和感を抱き始める。
ヤマトの見た目は獣耳へと変化し、毛並みのある尻尾を生やし、鋭い鉤爪と牙を生やした姿。如何にも、猫霊族あるいは妖狼族、妖犬族の類なのは見てとれる。
而して、口から息を吐くのは竜人族のみの芸当。
無論、獣族限定で言えば、口から息を吐けるのは竜人族だけだ。
それは厳然たる事実だ。
だが、リュクシオンは忘れていた。
ヤマトが半血族であることを――。
彼女は鬼族と妖狼族の半血族。
鬼族とは竜人族が“魔族化”した果ての姿。つまり、鬼族に成り立ての場合、竜人族の能力をそのままに扱える。
そして、ヤマトは鬼族いや竜人族としての性質を色濃く受け継がれてる。
そこに妖狼族の瞬発力などが掛け合わされれば、もはや、並大抵の獣族では歯が立たないほどに潜在能力を秘めている。
ズィルバーがヤマトを白銀の黄昏の“九傑”に選出させたのは高い潜在能力を見抜いたからだ。
彼が“九傑”に選出する理由は各々でバラバラだが、共通して言えることは強い実力と高いポテンシャルを兼ね備えている者たちを選出している。
ヤマトが持つ能力は冷気に属する能力であるが、レムア公爵家の公爵公子――カズ・R・レムアが契約してる“氷帝レン”とも、同じく“九傑”にして、耳長族の血を引くノウェムの固有能力とも異なり、鬼族こと竜人族と妖狼族の血が掛け合わさったことで誕生した能力でもある。
故に、彼女の攻撃の全てに冷気を纏わせることも容易いのだ。
「ウルァア!!」
リュクシオンの右手の鉤爪がヤマトの頭に直撃し、床に叩きつけられ、めり込んでしまった。床に叩きつけられた衝撃で粉塵が舞い上がり、辺り一帯が土煙に覆われてしまった。
「ハッハハハハハハハハハ――――――――!!」
リュクシオンはその場で笑いをあげる。
「そんなもんかよ、ヤマト!!」
彼はすぐさま口角を吊り上げたまま、ヤマトを仕留めようと一直線に突っ込んでいく。
突っ込んでいく中で粉塵から伸びる棘突き金棒が視界に入り、彼はすぐに身体を横に逸らして、金棒の直撃を避けた。
なぜならば、金棒には少なからず、冷気が纏っていて、掠めるだけで赤く腫れあがるほどの霜焼けができてしまう。
腕を掠めてしまい、霜焼けができてしまうもヤマトとリュクシオンは振り返り様に追撃を仕掛ける。
彼女の金棒と左腕から生える刃がぶつかり合う。
ぶつかり合った衝撃で木くずを含んだ粉塵が舞い上がり、辺り一帯が土煙に覆われた。
土煙の中、ヤマトは突っ立っていた。だが、リュクシオンが突っ込んでいき、それを躱し、金棒を振るうも、躱されて、蹴りを食らい、金棒と刃がぶつかり合い、衝撃が生まれる。
二人の戦いを少し離れて見ているヒロ。
二人の戦いを見て、思わず形容したくなった。
「生々しくて、清々しい」
言葉を吐露した。
激闘を見てるヒロが吐露する意味。
それはヤマトとリュクシオンの中にある野生の獣としての本能が比較的に優れてることにある。
森の民たる耳長族には分からないことだ。
人族であれ。魚人族であれ。耳長族であれ。本能と衝動は持ち合わせている。これは千年以上前から存在してることだ。
ただし、獣族や魔族に比べれば、劣っているのもまた事実。
それ故にヒロが思わず形容したのが、今の発言である。
(怖がるな、とは言わない。
ヤマトの中に衝動があったことも言わない。ズィルバーが知ってたことも言わない。
理由はどうであれ。ヤマトがリュクシオンを倒せるなら、それで構わない。僕はそう思っている)
彼女は、この世界にいる全種族が本能と衝動を持ち合わせ、支配され、駆られる生き物だということをうすうす、勘付いていた。
勘付いてたからこそ、各々で折り合いを付けなければならない。
この世界に生きる全種族がいずれ、直面する大きな壁として――。
ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ!!
金棒と腕の刃でぶつかり合うたびに衝撃波が生まれては嬉々として高揚してるヤマトとリュクシオン。
彼女が金棒を振るうに対し、彼は殴打や蹴りなど体術のみで応戦してる。
刃を交える度に傷ができ、血が舞う。
野生の勝負に身を投じていく度にリュクシオンの中で一つの感情が芽生えた。
(気に食わねぇ……)
それは相手に対する嫌悪。いや、相手をズタズタに引き裂き、破壊しなければ収まらない衝動ともいえる。
(気に食わねぇ……)
勝負に身を投じていく度にヤマトの心情が、瞳に映る感情が読み取れていく。
(気に食わねぇ……)
ヤマトを見る度に彼の心を掻きむしられる。
(ここまで、俺とやり合っても、どっかで俺に勝てる気でいやがる……俺よりも強いと思ってやがる……!)
「見てるだけで嫌気が差すんだよ!!」
彼の手刀がヤマトの腹を突き刺す。
「ッ――!? ガハッ!?」
口から赤い吐瀉物を吐き出すヤマト。
腹から手を抜き、付着した血を払い落としつつ、彼は彼女にこう投げる。
「まさか、こんなもんで俺に勝ってると思ってるんじゃねぇよな?
この、俺によ!!」
咆吼を上げる彼の爪がヤマトに襲いかかる。
「ヤマト!!!」
ヒロが声を張りあげる。
獣族は本能に支配されやすく、衝動に駆られやすい。
世界中に存在する種族の中で獣の特徴、動物の特徴を色濃く反映された種族とされてるが、実際のところ、個人差があるとされている。
本能に支配されるというのは心なき生き物、理性が蒸発した生き物と恐れられ、種族ごとの里から追い出されることがあるとされている。
だが、稀に生まれたときから極端に、本能に支配され、衝動に駆られやすい者たちも存在する。
そういった人種は生まれて間もなく、獣族が信仰する神への供物とされている。
神への供物。獣族における神とはライヒ大帝国の最西端に位置する“ドラグル島”に存在するとされる“アルビオン”への供物を捧げよ、という種族信仰が存在する。
供物に選ばれてしまった赤子は祭壇に預け、神に捧げられ、食事も愛情も捧げられることもなく、一生を終えるとされている。
だが、それは千年前の話だ。
千年以上前は神への供物を捧げるために生け贄とされる心臓を捧げる信仰が存在する。
しかも、その信仰は生きてる獣族から心臓を刳りぬくという信仰が存在したとされる。
而して、種族信仰においても生きてる獣族から心臓を刳りぬくというのは悪だと断じられ、本能に支配されやすい赤子を生け贄として祭壇に預けるという信仰へと変化していった。
だが、祭壇に預けられ、生け贄として一生を終えるはずの赤子もいれば、そうならない赤子も存在する。
それは、その赤子など存在しなかったという方法だ。
存在することがない赤子は親に育てられることもなく、野に放たれ、自然とともに一生を終えるという選択を虐げられる、とされている。
そういった赤子は自然と共に生きていき、理性のある獣族ではなく、獣の如き獣族へと成長していく。
だが、そうやって生きていくうちに獣族における習性。発情期を迎えてしまう。
しかも、それは渇きとなって彼らの本能を刺激する。
理性のある獣族ならば、発情期に発生する渇きは小さく、弱いものだが――。
獣の如き獣族ならば、発情期に発生する渇きは大きく、強いとされてる。
渇きの強い者同士が集まっていき、互いに肉を喰らいあい、渇きを満たそうと血に染まる修羅への道を歩み出していく。
そうやって、魂が溶け合って、個を失っていき、本能に鋭き獣へと進化し、成長していく。
それが千年以上前に世界中に存在したとされる生物――星獣である。
星獣は既に消え失せ、現代には存在せず、もはや、誕生すらしないとされる。それが千年前から追加された新たな常識だった。
而して、現実は違っていた。
星獣というのはまた別の形へと進化を遂げた。
それは、獣としての進化ではなく、人の形を保ったまま、進化するという新たな道程であった。
だが、これにも多く歴史が積み重なっていった。
理性なき獣の如き獣族同士もしくは……を共食いさせて、魂が溶け合って、本能に鋭き獣のように人の鋳型へ進化するのは容易ではなく、また、仮に進化できたとしても獣の側面を強く出過ぎた獣族へと進化するどころか退化していた。
さらに言えば、獣族の新たな進化先として、“魔族化”により魔族へと堕ちていくことだ。
同時に獣の如き獣族が生まれてくるのが少なくなってる傾向に見られてきた。
これは長きにわたる年月によって獣族に脈々受け継がれる慣習が一変され、どのような子供であれ、愛情深く育てることが推奨されていった。
しかし、どれだけ愛情深く育てることが推奨されても本能が強い獣の如き獣族が生まれてしまうことだってある。
そのような赤子にも愛情深く育て続けてきたが、歴史や民族間の齟齬、家族との齟齬が生じて、一人勝手に路頭に彷徨うことだってある。
本能が強い獣族は現代において、不要とされた人種であり、表稼業の社会では生活することなんて裏稼業の社会で生活する羽目になるも、そのような子供でも、生きづらさを感じていた。
リュクシオンもその一人で現代の在り方が、獣族の在り方が違うと認識し、世界の中で孤立してると思い、身の内に秘める破壊衝動に駆られ、なにもかも破壊しなければ、気が落ち着かない質へと成長してしまった。
「気に食わねぇんだよ!!」
そんな彼でさえ、ヤマトの目が気に食わなかった。
愛情深く育てられなくても、仲間との時間の中で友愛という感覚を知り、前に進み続けてる気がしてる彼女に彼は底知れない怒りを露わにしていた。
彼の繰り出す手刀を彼女は棘突き金棒で弾き、追撃を受けてるけど、勢いまでは殺しきれず、身体をくの字にして、衝撃を殺していた。
「なに? なにが気に食わないんだ……半血族如きの僕が獣族のキミと対等なかおをされるのが気に食わないのか!?」
鼻で笑い、嘲笑してくるヤマトの言動にリュクシオンは怒りに駆られるどころか安い挑発を受け流して、彼女の腹部に手を刺した。
腹から来る激痛に口から喀血し、痛みに苦しむヤマト。
痛みに苦しむ彼女を彼は蹴り飛ばして、床に転ばせる。
「そんなの関係ねぇ!! オメエが獣族だろうが、魔族だろうが、半血族だろうが……俺を舐めた目で見やがる奴は一人残らず叩き潰す!!」
タッと床を蹴ってヤマトに接近していくリュクシオン。
ヤマトが床に転がっていく衝撃を殺し、受け身を取ってすぐさま立ち上がるも、リュクシオンは消えたかのように瞬間移動し、彼女の背後を回った。
「その手始めが……オメエだ、雌ガキ!!」
“闘気”を纏わせた鉤爪が伸び、斬撃の塊が形成されていた。
「……いくぜ」
口角を吊り上げ、とどめの一撃を刺そうとするリュクシオン。
ヤマトは手をついて、彼から距離を取りながら、それを見つめていた。
「なんだ、それは……」
問うように言えば、彼はさらに口角を吊り上げてこう答えた。
「こいつは俺の最強の技――“獅子の鉤爪”!!」
答えたものの、ヤマトもリュクシオンも既に身体がボロボロであり、大人と子供の戦いであっても、彼は手を抜くことを知らなかった。
いや、手を抜かなかった。
戦場に出た獣族は既に敵の肉を喰わなければ、生きてはいけない。誇りを失ってしまうからだと本能で気づいてた。
強さを追い求めるかぎり、敵だろうと味方だろうと肉を喰らわなければ、生きてはいけない。
しかも、必ずしも星獣に近しい力を手にすることができなくなった現代において、喰らうことは生きるためだと判断してるからだ。
そして、リュクシオンがハムラの手によってとはいえ、“呪解”なる力を手にしたのか。
それは同胞が彼にこう言ったからだ。
「……なんだと?」
「……諦める、と言ったのです」
「悟ってしまいました。俺たちは“呪解”という大いなる力を手にしても、更なる高みへは至れないと……」
「俺たちは獣の如き獣族として生きてから、魔物や獣、獣族を喰らって千体近くを超えたあたりから力の増大よりも違和感を生まれ始めた。
捕食と合わせて、“呪解”なる力を得たとて……これ以上は無意味だと悟った」
彼らはリュクシオンに向かって、そう言い放った。
言い放った理由に彼はハッと鼻で笑った。
「くだらねぇな。
諦めたければ、オメエらは勝手に野垂れ死ね。俺は行くぜ」
彼は更なる高みへ登ることを決意を示していた。
彼の意志を止めるどころかむしろ、感謝すら示す同胞たち。
「構わない。だが、行くのなら……我らを喰っていけ」
といった言葉が投げられた。
獣の如き獣族は同じく獣の如き獣族に喰らわれると自らの可能性を断ち切ると明言してるようなものだった。
“弱肉強食”。“強さこそ絶対”。という理念が東部に広がってるのは、それが理由でもあった。
「我らは既に高みへ進めぬ人種。それはもう判ってる。故に我らの進化はここまでだ」
「……腰抜けどもが」
「悟ったと言ったはずだ。“呪解”なる力を手に入れたとて。更なる高みに進める者とそうでない者とは……おそらく、獣族として生まれた頃、いや……あるいは生まれてくる以前から分かたれていたのだと、そう悟ったのだ。
獣族として存在した瞬間から進める力に限界があったのだと……我らはここまでが限界だ。お前は更なる高みへ進める者だと……だから、我らを喰っていけ」
同胞たちはリュクシオンに自らの血潮を捧げるのだった。
リュクシオンは吼えながら、左の爪先に伸びる巨大な爪の刃をヤマトめがけて放った。
迫り来る刃に彼女は真正面から棘突き金棒で受け止めようとするも、巨大な力――“闘気”同士のぶつかり合いに火花を舞い上がる。火花が舞い上がりながらも、後ろに退いていき、しまいには金棒が弾かれ、刃がヤマトの身体を突き刺さった。
「ハッハハハハハハハハハ……終わりだ! 雌ガキ!!」
(反吐が出る雌だ)
彼は口ではケリを付けようとしてるも胸中ではヤマトを罵倒している。
「オメエは俺に敗北する運命なんだよ!!」
(どいつもこいつも腰抜けの連中だ。
いいだろう。
喰らい尽くしてやる。俺の血肉となって、未来永劫、その先を見続けろ!!)
「この俺が……この俺様が……獣族の王だ!!」
自らをもって王だと主張し、矜持をもって、ヤマトを殺しにかかる。
而して、それは覆される。
ピシッ、ピシッ
と、亀裂が入る音が耳に入る。
パキッ、パキッ
と、なにかが砕かれようとしてる音が耳に入る。
「“凍てつく鏡”」
パリンとなにかが砕け散った。
その音に耳を傾けるヒロとリュクシオン。
二人が目にしたのはほぼ無傷でいたヤマトの姿だった。
「チッ……」
彼は舌を打った。
「守っていやがったか……」
悪態を吐き散らす。
砕け散った氷の鎧から跳び上がるヤマト。彼女は金棒をぐるん、ぐるん、と回しては冷気を纏わり付いていく。
跳び上がった彼女を視線で追ったリュクシオン。
「“凍てつく残波”!!」
「ウラァ!!」
彼は右の爪先から伸びる巨大な爪の刃をヤマトめがけて放つも冷気を纏わせた金棒の斬撃と衝突し、ビキビキと爪の刃に亀裂が入り、粉々に砕け散った。
自慢の最強の技を粉々に打ち砕いたヤマト。彼女はそのまま突っ込んでいき、冷気を纏わせた金棒をリュクシオンに殴りつけ、床に叩き伏せた。
床に叩き伏せられた彼と反対に着地したヤマト。彼女はハアハアと息を切らしながらも金棒を片手に構えていた。
「負けるのは……貴様だ。僕には……負けられない理由があるんだ!!」
かっこよく決め台詞を吐いた彼女に離れて見ていたヒロはグッと親指を立てていた。
(かっこよく決めやがって……)
微笑んでしまった。
しかし、リュクシオンとて。まだ諦めることはない。彼は床に手をついてまで立ち上がる。
「その言葉……そっくりそのまま返してやるぜ」
荒い息を切らしながら言うのだった。