野生の勝負。
野生の勝負をしようとしてるヤマトとリュクシオンの二人。
そして、その二人が真の姿を見せる。
ヤマトが変貌した姿。その姿はまさしく、狼そのものだった。
色白の肌。狼を思わせる顔。尾から生える綺麗な尾。両手足から見せる凶暴な鉤爪。なにより、狼を思わせる鬣と綺麗な毛並みがヤマトの勇ましさをより強く強調させていた。
リュクシオンが変貌した姿。その姿はまさしく、豹であり、獅子そのものだった。
薄く浅黒い肌。獅子を思わせる顔。尾から生える毛並みのある尾。両手足から見せる凶暴な鉤爪。なにより、獅子を思わせる鬣と耳がリュクシオンの凶暴さをよく強く強調させていた。
二人の真の姿をお披露目されて、その姿をマジマジと見つめていたヒロは改めて、絶句する。
「すっご――」
(リュクシオンが凶暴な猫霊族なのは知っている。だけど、あの姿はなんだ?
“レグルス”? そんな名前……僕は聞いたことがない。
それよりも問題はヤマトだ。
本当に鬼族との半血族だってことは戦いの最中に聞いたけど……まさか、妖狼族だったなんて想像できるはずがない!)
ヒロは絶句するのは当たり前だ。
ヤマトの隠された種族もそうだが、リュクシオンが見せる姿はヒロが“獅子盗賊団”を勝手に抜け出したときとは別人だったからだ。
(確かに猫霊族の微かに残ってるけど……今はどこはかとなく、獅子を思わせる出で立ち。
いや、雰囲気は獅子そのもの。おまけになんだ……この異様なまでの“闘気”……さっき感じた異様な“闘気”と同じじゃないか)
ヒロは彼が放ってる異様な“闘気”に鳥肌を立たせている。
逆にヤマトはといえば――
「グルルル……」
獣じみた唸り声を上げた。
ヒロの発破でなんとか理性を取り戻せたが、妖狼族の側面。獣族としての側面を全開にすれば、本能が否応なしに出てきてしまう。
今も理性を総動員して、暴れ狂う本能を抑え込んでいる。
だが、それも一過性のもの。勝負開始のゴングが鳴れば、抑えつけられた本能は再び、解き放たれるだろう。
而して、理性が消えたわけではない。
ヒロの発破のおかげで理性を失うこともなく、獣族、鬼族の誇りはともかく、白銀の黄昏、“九傑”としての誇りを……ズィルバーとの忠誠心を損なわれずに済んだ。
「グルルルル……」
伸びるは鋭き犬歯。いや、犬歯だけではない。歯の全体が狼の如く、鋭い。
隙間からは冷気を思わせる白い吐息が漏れていた。
逆に獅子を思わせる出で立ちへと変貌した姿をするリュクシオン。
彼の口も獣を思わせる鋭き歯を並べてるが、隙間から洩れるのは獣の唸り声だけだった。
而して、両者の姿が差異が見受けられた。
ヤマトの場合は自分の身体に流れてる血の特徴がはっきりとわかる出で立ちになってるのに対し、リュクシオンの場合は魔族の一つ、魔人族の見た目のまま、生まれ持っていた獣族の力に、別の力を加えられた姿をしていた。
明らかに不自然すぎる。この純然たる事実を前に外野にいるヒロが違和感を覚える。
「ん?」
(おかしい)
彼女は思うのだ。おかしすぎる。彼がした行動も言霊もまるで、なにかに酷似してるかのように――。
おかしすぎる。彼の姿が明らかに獣族の変化とはまるっきり違うことに――。
(おかしい。おかしすぎる。
リュクシオンが僕らに見せた行動……見せた言霊……明らかにそれは精霊を呼び出す……)
ヒロは学園の生徒が精霊を呼び出す詠唱に酷似してたからだ。
この現象は純然たる事実。拭いようもない現実なのは確かだ。
精霊は人族にのみ、契約することが許されてる。それは千年前の偉人たちが成した偉業だからだ。
なのに、人族でもないリュクシオンが精霊を呼び出す詠唱ができるはずがないとヒロは推察する。
その推察は正しく、彼は自身の姿と力を見て、こう口にした。
「さすが、大昔に存在したとされる怪物の力……獣族の力とだいぶ似て非なるものだ」
その言葉にヤマトとヒロは訝しんだ。
(獣族の力とは似て非なるもの?)
(精霊のそれとは別物なのか?)
警戒する二人だが、リュクシオンはそれを無視するかの如く、けたたましい咆吼を上げる。
咆哮は大気を軋ませ、辺り一帯の壁や床に亀裂を走らせる。
ヤマトとヒロも押し寄せてくる咆吼を前に自らの武器を盾にして受け止めるしかなかった。
だが、ビリビリと震動が身体を走る。
「な、なんだ……」
(お、音圧か? 叫び声だけで、こんな……)
咆吼にビビり、怯んでしまったヤマトにリュクシオンは床を蹴って、彼女に接近する。
しかも、接近してくる速度に彼女は
(は、速い!?)
目を見開かせた。
急接近した彼に動揺を隠しきれない彼女へ鋭き刺突が叩き込まれる。叩き込まれた衝撃で廊下の向こうまで飛ばされるヤマト。リュクシオンは目にも止まらぬ速度で彼女の背後を取り、間髪入れずに追撃を叩き込む。
追撃によって天井に叩きつけられるヤマト。
「く、そ……」
視線を下に向けるも彼の姿がなく、“静の闘気”で気配を探れば、後ろにいると判明し、すぐさま後ろを振り向くも彼は反撃の隙すらも与えずに追撃を続ける。
「オラァ!!」
声を荒げたのと同時にヤマトを殴り飛ばして、床に叩きつけた。
彼女を床に叩きつけた衝撃で粉塵が舞い上がり、視界が曇って見えなくなってしまった。故に彼は距離を取る形で廊下に降り立った。
「…………」
ジーッと見つめてるリュクシオン。
彼は鋭き眼差しでヤマトの位置を探っていた。
「どうした? そんなもんじゃないだろ?
出てこいよ」
と、言った矢先、粉塵が一つの機影が飛び出してきた。
「“雷鳴撃墜”!!」
棘突き金棒を薙ぎ払う要領で叩き飛ばした。
叩き飛ばされる一撃が顔面に叩き込まれ、口からも鼻からも血が垂れ落ちてくる。
金棒が直撃したにもかかわらず、彼は
「ハッハハハハハハハハハ――――――――!!!!!!」
笑っていたのだ。彼は足に力を入れて、踏ん張ることでヤマトの“雷鳴撃墜”に耐えきってみせた。
「いいぜぇ。ヤマト! なんだ、その目……そんな目が俺は気に食わねえんだよ!!!」
彼は叫んでるもヤマトの瞳は、眼光はリュクシオンに勝つ気でいた。
逆にヒロは今の攻防の間にヤマトとリュクシオン。双方の動きが辛うじて見えたが、反応すらできていなかった。
(なんて反応だ。
リュクシオンの動きもそうだけど……ヤマトの奴……獣族の力を解き放った途端、僕でも捉えることができない速度を見せやがって)
隠し通していた事実にヒロはショックを受ける。同時に彼女は自分の手がブルブルと震えて、怖がってることに気づく。
「ッ――!?」
(こ、これは…………怯えてる?
この僕が怯えてる?)
怯えてる事実に彼女は自身を憤った。
(この僕が怖がるなんて冗談にも程がある!!)
彼女は内心、自分自身にやり場のない怒りをぶつけてしまった。
だが、ヒロ自身は気づいていて、認めたくないと思っていた。
彼女が怯えてしまった要因は間違えなく、ヤマトとリュクシオンだ。二人から放たれる“闘気”を前に彼女の本能が恐怖を覚えてしまった。
而して、恥じることなかれ。
二人の“闘気”に当てられて、恐怖したのは至極当然のことである。
ヒロが怯え、震え上がったのは“根源的な恐怖”。生きとし生ける者。誰もが持っている感情のひとつでもある。
二人がぶつかり合う度に衝撃波が生まれ、辺り一帯に拡散させては壁や床に亀裂が走り、衝撃を受けてるヒロも恐怖に打ちひしがれたくなっていた。
「ッ――!?」
(ここで大声を張りたい気分だけど、それだと弱者に思えてしょうがない。堪えるんだ。
あの衝撃波を前にして、順応できるように心身共に強くするんだ)
ヒロは今、意味深なことを胸中に吐き出した。
順応する。それは恐怖だけにとどまらず、環境に順応することを意味する。それは生物において、極々当たり前に身についてるとされる感覚の一つ。視点を変えてみれば、順応とは野生に身を任せるとも取れる。
その感覚をヒロはフルに使用して、恐怖に晒され続ける環境に適応し、順応しようとしてる。
だが、それでもヒロですら、ビビってしまう要因がもう一つある。
(だけど、これって、本当にヤマトか?
“静の闘気”でわかる範囲でも禍々しく、大きく、濃く……魔族でも獣族でもここまでの“闘気”を放つことなんてできない。
まるで――)
彼女の視界に入るのはヤマトとリュクシオン。
棘突き金棒と鋭き鉤爪が交わる度にすさまじい衝撃波が生まれていた。
その戦いを見て、ヒロはこう評した。
(“死旋剣”同士で戦ってるみたいだ)
戦いが徐々に白熱化している。
而して、端から見れば、大人と子供では戦いどころか喧嘩にもならないだろう。
現に、北方の防衛戦争の際も一部を除いて、年齢層に乖離があったのは否めない。今回も年齢に一回りの差があるのに対等な戦いをしている者たちがチラホラだが存在している。
ガキンッ
甲高い音が部屋中に木霊する。
大剣と思わしき剣を振るうプワール。双剣を閃かせるシーホ。
何度も何度も斬り合ってるのに、未だにプワールの身体に傷一つできずにいた。
「やっぱ、硬さに関しては一際スゲぇな」
尊敬とか畏怖とかの物言いではなく、嘲笑とか煽らせる物言いでプワールを挑発するシーホ。
「負け犬が……弱ぇ奴はよく吼えるってのは、このことだな」
プワールもシーホに負けず劣らずにシーホを蔑んできた。
しかし、二人が刃を交える度に壁や床に亀裂が走っていく。
それを廊下で理性なき獣共を蹴散らしていたヨーイチ、ミバル、カルネスの三人ではなく、オピスとエラフィを倒したシノとシノアが“静の闘気”を介して、戦況を把握していた。
「まるで、嵐ね」
「シーホさん。随分と相手を貶してますね」
(どうして、そう幼稚なんでしょうか)
シノアは自身の部下の素行がひどいことに頭を悩ませる。
「剣がぶつかり合う度に壁や床に亀裂が走り続けてるし。部屋にある家具とかが紙切れのように壊れてる」
シノは“静の闘気”で現状を把握に努めてる。
「そのようですけど……ヨーイチくんもミバルさんも建物の外に出ていますし。メリナさんも“死旋剣”と思わしき敵と交戦中、ですか」
「うちの奴らも皆、外に出ちゃってる……っていうか、なに、このデカ物は――」
戦況を確認してる中、シノは今、自分の部下が戦ってる敵のデカさに圧倒されてる。
「人なんて踏みつぶせるぐらいのデカさをしてるじゃない」
「精霊の力でもありませんし。巨人族なのかと疑ってしまいますね」
(というより、あのデカさに“魔族化”となれば、傭兵団のところにいた“狂巨人”にそっくりですね)
シノアの頭の中には、かつて、討ち取った巨人族以上にデカかった怪物共にそっくりなのを感じていた。
なにより問題は――
(ユウトさんの“闘気”が徐々に、ここから離れていってます)
「ユンの“闘気”も荒々しくなったり、清澄になったり、大きくなったり、小さくなったりと“闘気”が百面相してるみたいで不気味よ」
シノも“静の闘気”でユンとハムラの戦況を把握に努めてるけども、こちらが劣勢ではないのか読み取っている。
「ティアの方もまずいわね」
「相手も徐々にエンジンを掛けてきたみたいですね」
“静の闘気”を介して、ティアとフィスの戦いを感じとってる二人。感じとってる中でフィスが徐々に調子を上げてきてることが理解できた。
「どこもかしこも戦いが白熱し始めてます」
「大将戦はさておき、“死旋剣”だけは、こちらの勝利に納めないと一気に戦況が悪くなるだけよ」
“静の闘気”を介して、戦況を把握した二人がまず思ったことは敵幹部を討ち取らなければ、この戦いに勝利したとは言えないことだ。
「東方貴族で組織された諸侯軍も長らく戦場を経験してないからペース配分も見誤ってる」
「皇族親衛隊東方支部も同じですね。理性を失った獣共の相手だけで精一杯のようです」
各々の状況を把握した二人だが、まず最優先にすべきことは
「ここやはり……」
「ティアの加勢に向かいましょう」
未だに“死旋剣”の一角と一人で対峙してるティアの手助けに向かうことにした。
シーホとプワール。
二人の戦いは白熱化していけばしていくほど、嵐が通ったかのように壁や床に亀裂が走っていく。
二人が剣を交える度に粉塵が舞い上がる。力任せに剣を振ってるとしか思えない戦いだった。
「やるじゃねぇかよ、親衛隊のガキ」
「そいつはどーも。俺も俺で強くなってるのか分からなくて困ってたぜ」
(少なくとも……あいつの鎧みたいに頑丈な皮膚を斬らないかぎり勝機が見えないな)
シーホはこの戦いの勝利条件は敵を斬ることしかないと踏み切った。同時に腹を括らなければならないことも分かりきっていた。
場面を戻して、ヤマトとリュクシオンの戦いはさらに白熱化の一途を辿っている。
棘突き金棒と鉤爪がぶつかり合う度に衝撃波が生まれては壁や床に亀裂を走らせる。
その衝撃波を前にヒロもヒロで身体に馴染ませようと必死である。
「ッ――!?」
(なんて戦いをしてるんだ。この二人は――)
驚きの束の間、彼女は周りの不自然さに気づく。
(おかしい……さっきまで僕の周りにいた下っ端共が軒並み消え去ってる。
二人の戦いの余波を浴びたせいで、この場から逃げおおせてるのか?)
彼女はそう思い込んでしまう。
実際のところ、その通りであり、獣に成り下がった下っ端共であっても、獣であるという事実に変わりなく、本能でヤマトとリュクシオンが危険で相手にしてはいけない、近づいてはいけないと恐怖した結果、その場から立ち去ったのだ。
ヒロは彼らの理由なんぞさておき、この場から立ち去ったことには褒めた。
(理性よりも本能に忠実なのは認めるよ。今の二人に近づくのは自殺行為だしね)
彼女は下っ端共の心境を代弁した。
何度も何度もぶつかり合っては衝撃波が生まれる始末。
衝撃波を利用して距離を取るヤマトとリュクシオン。ヤマトは未だに衝撃波に身体を慣らしてる最中、リュクシオンは既に衝撃波に身体が適応し、距離を取ってる間に体勢を立て直して、追撃を仕掛ける。
「もらったぜ、雌ガキ!!」
咆吼を上げながら、突貫していく。ヤマトは棘突き金棒で弾こうとするもそのまま衝突し、壁に激突した。
土埃が舞う廊下でヒロは目にした金棒と鉤爪で鍔迫り合いかのように拮抗していた。
「どうやら、獣族の側面を全開にすると身体能力が飛躍的に上昇していやがるな。
普段は鬼族の側面を全開にしていたのか。はたまた、普段から両種族の側面を出していなかったか。
どっちでもいいが、なによりだぜ。ただの雌ガキだったらと思うとつまんねぇからな!!」
ほざきながら、左手でヤマトの頭蓋を砕こうと伸びていく。
伸びる手を彼女は条件反射で掴んでみせた。
「雌ガキだったらと思うとつまんない、だと? …………ふざけるな!!」
声を荒げるヤマト。激昂する彼女の心情を露わにするかのように“動の闘気”が強まっていく。
強まっていく“闘気”に合わせて、彼女はリュクシオンを弾き飛ばす。弾き飛ばした際に
“動の闘気”を纏わせた衝撃波が彼の身体を貫通した。
「ガフッ!?」
口から喀血するリュクシオン。
「随分と僕を雌ガキとして見過ぎるみたいだ。
だったら、僕が言うことは一つだ。つまらないんだったら、その姿を解くんじゃないぞ!!」
「チッ――」
ヤマトは壁を足場として利用し、蹴って、一気に彼に接近する。接近しながら、“動の闘気”を纏わせた金棒が振るわれる。
彼もただではやられはしない。
薙ぎ払われる金棒の一撃を左手で掴んで衝撃を受け流す。
金棒を掴んだまま、リュクシオンはヤマトの脇腹に右脚で蹴りを叩き込んだ。
「グゥッ……」
蹴りの衝撃が内臓に響き、多少の血が口から吐かれる。
口から血を吐かれるも彼女は開かされた口から冷気が漏れる。
「“凍える氷河”!!」
至近距離からブレス攻撃を彼に叩き込ませようとする。
「ッ――!?」
(息吹だぁ!? 獣族の側面とは思えねぇ能力だ)
彼は全身の力を抜き、後ろに倒れ込むように身を屈ませて回避する。
彼女の口から吐かれた冷気を回避してみせる彼だが、完全には回避できず、鼻先を掠める。
「ッ――!?」
鼻先を掠めただけでリュクシオンの脳に激痛が走った。
(鼻先を掠めただけで赤く腫れやがった。あの雌ガキが放った冷気は並大抵のブレスじゃねぇ。
元々、龍じゃなきゃ、ここまでの威力は生まれねぇ)
彼はヤマトがただの獣族と魔族の半血族ではないことが読み取れた。
「……にしても――」
ニィッと口角を吊り上げるリュクシオン。
(ここまで気分が爽快になるのは初めての経験だぜ。
今までの戦いでも、ここまでの開放感を味わえたことがねぇ。あの雌ガキが気づいてるか知らねぇが俺に向けられる剥き出しの殺意。
敵を喰い殺すことのみに特化した殺意。これほどまでの殺意はガキの頃、経験したとき以来だ)
と心境を語る彼。
ヤマトがどのような種族なのか。この際、どうでもよく。敵を喰い殺すことしか考えてなかった。
「ここまで来ると礼を言いたくなるぜ」
彼は彼女に感謝の言葉を投げた。
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