本能と理性。
(このままではヤマトの心が壊れてしまう!!)
ヤマトが間違った道を進んでしまうことを予期したヒロ。友として、仲間としてなんとかしなければならない気がした。
而して、ヒロが相手をしているのはリュクシオンの部下や理性を失った獣の如き、下っ端どもがうじゃうじゃいるからだ。
「鬱陶しい!」
声を荒げるヒロ。
荒げる彼女を衝くかのように彼の部下が告げ口をしてくる。
「さすがにこれだけの数を相手にしていれば、あなたとて限界が来ることでしょう。
でも、仕方のないこと。
あなたは未だに子供。精神では大人になっていこうとも見た目が子供のままではなにも救えないのですよ。力がないのと同じように、ね」
心を壊すかのように言ってくるリュクシオンの部下の言葉にピクッと反応するヒロ。
「力がなければ……なにも救えない?」
「そうだ。力なき者に、この世界を生きる資格などない。
ここ東部において、絶対なる掟が存在していることを知ってるはずだ。
貴様は――」
敵の言葉にヒロは口を酸っぱく教え込まれた。耳に蛸ができるほど説き伏せられてきた。
“強さこそ絶対”。
それが東部における掟。
「力がなければ、救える者も救えないのを貴様は知ってるはずだ。
貴様は誰よりも知っているはずだ。あのような人族のガキなんかよりも、な!!」
彼の部下は言ってもいけないことを口にした。
ズィルバーのことを悪く言ったからだ。
ズィルバーは確かに人族だ。
だが、ただの人族であらず。
それをヒロは初めて出会った時、知った。初めて刃を交えたとき、この男には敵わないと思い知らされた。
何か、秘密があるに違いない。何か、自分たちに話せない事情があるに違いない。
何か、歴史の一端を知っているに違いないと、ヒロはズィルバーを見て、そう思ったからだ。
いや、正確には違う。
大器晩成が多い人族が種族能力で上回ってる異種族を倒すなんてあり得ないからだ。
“闘気”の熟練度が高いからという理由でヒロたちが打ち負かされることなどまずなかった。
なにより――
(なにより、あの頃で一番強かったヤマトを軽々打ち倒したズィルバーに僕らが勝てるなんてできるはずもなかった。
技術的に攻めたててヤマトが敗北したんだったら、納得がいくけど、力尽くでねじ伏せられたのと見たときは驚きを隠せなかった)
だからこそ、ヒロはズィルバーに何かしら秘密があると踏んだ。
ヒロは昔からうそを見抜く観察眼に優れていた。優れていたからこそ、ズィルバーが何か隠してることも、もの知りすぎることも、何か理由があり、秘密として隠してるんじゃないかと思ったからだ。
而して、ズィルバーに観察眼が優れてることがバレて、検挙する際の事情聴取を任命するほどに信頼された。実力も彼は買っていた。
(確かに、僕は今まで、固有能力だけを優先して鍛え続けてきた。だからこそ、“闘気”という力を前に為す術もなかったのも否めない。
だけど、それを抜きにしてもズィルバーの技術力の高さに目を見張るものがあった。
膨大な訓練と戦闘経験を兼ね備えた人族はそうそういない。しかも、十代の子供で、あそこまでの戦闘経験を持ってることさえ異常ともいえる。
だからこそ、秘密があると僕は睨んでいる)
と――。ヒロはリュクシオンの部下と剣を交えながら、思っていた。だが、ズィルバーを悪く言うのは許されることではない。
「確かに、ズィルバーを人族の子供だと思えば、僕も大人しくついていくことはなかった。
でも、人族の子供だからという理由で僕がズィルバーの下に就いてると思ったんなら……大間違いだよ!」
「なに?」
ヒロの言動にリュクシオンの部下は訝しむ。
「それはどういう意味かな?」
「こういう意味よ! 炎よ!!」
魔法なる言葉を発した途端、彼女を中心に高熱の炎が広がっていき、彼の部下を狙うも周囲にいた理性を失った獣の如き雑魚共を巻き込み、諸共焼き尽くした。
「グルルルル」
唸り声を上げるヤマト。
「ハッ! 雌ガキにしてはスゲぇ力だが、単調だな」
リュクシオンは意図も容易く、ヤマトが振るう金棒を躱していた。
いや、正確に言うなら、彼女が振るう金棒など彼なら躱してしまうのは当然だ。
今、彼が口にしたのだ。
単調、だと。そう、ヤマトの動きが単調すぎるために躱すことが容易なのだ。
普段の彼女なら、巧みに棘突き金棒を振るい、単調な攻撃なんてするはずもなかった。
にもかかわらず、巧みに扱う繊細に欠けているのはひとえに本能や衝動に支配されてるからに他ならない。
「グルルルル……ガァアアアーーーー!!」
床を蹴り、片手で金棒を振るい、リュクシオンの頭を叩き潰そうとするも動きが単調すぎるため、軽々と受け流されてしまい、逆に彼女の喉元めがけて剣を振るってきた。
「ッ!?」
ヤマトは喉元に迫る刃に躱しきることができないと踏んだのか致命傷だけを避けて回避してみせた。
その行動に彼はニヤリと口角を浮かべる。
「なるほどな。生命の危機だけは直感で回避してるか。
どうやら、本能に支配されて、命知らずに突っ込んでくるバカじゃねぇようだな」
彼は普段通りに話してるようだが、ヤマトからしたら意味深に近い言葉に聞こえて仕方ならない。
しかも、彼は未だに表情に浮かべる笑みが消えていないからだ。
「なんだ? 俺が笑ってることが気に食わねぇって言いてぇのか?」
「違う、そうじゃない」
獣じみた声だが、彼女は彼女なりに会話を試みている。
「違うって言いてぇのか?
ハッ。どうやら、徐々に本能に支配されながらも言葉を話せるほどの理性を取り戻し始めてやがる」
またもや、意味深な発言が聞こえてくる。
ヤマトはリュクシオンが自分を助けようとしてるようにしか見えなかった。
そこに爆発が起きる。
ヤマトとリュクシオン。二人は同時に後ろに目を見やれば、燃え上がるように炎が上がっていた。
「ッ――!?」
「チッ――!?」
全身から鳥肌が立つ二人。すぐさま、その場から飛び退き、ビクビクと震え上がった。
「なんだ!? 急に身体が、ふ、ふふ、震えて……」
目の前に燃え上がる炎を前にヤマトの身体が震え上がってる。
燃え上がる炎の中でドサ、ドサッと倒れていく音が聞こえてくる。
リュクシオンは――。彼は見てしまった炎に焼かれていく部下の姿を――。
「テメェ……」
憎らしげに炎を見つめる彼に、炎の中から声が木霊する。
「ふーん。本能や衝動に支配されるというのは俗に言えば、獣と近しい反応を示すのね。それなら、炎を見ただけでそこまでの反応を示さない」
次第に炎は小さくなっていき、鎮火していく。
而して、炎で焼かれたのは凄まじく、辺り一帯が煤塗れになった。
黒ずんだ床の上に華麗に降り立つ耳長族の少女――ヒロ・P・クシャトリヤ。
彼女は炎を見て震え上がってるヤマトを睥睨する。
「ヤマト! キミの力はその程度なの!」
「どういうこと?」
彼女の唸り声にヒロは何食わぬ顔で言い切ってみせる。
「ズィルバーを打ち負かそうとしたキミの力はその程度なのか!」
彼女の叫びがヤマトに、心に強く残る。
「確かに、キミは血の気が多すぎて、いつもいつも無鉄砲に突っ込んでしまうし、喧嘩腰になってしまう大馬鹿野郎だとは思ってるけど――」
「そこまで言うか!?」
「でも、キミの実力を認めてるから! ズィルバーはキミを“九傑”にしたんだろ!!」
「ッ――!」
ヒロに言われて、ヤマトの心を支配している本能とは別に理性が徐々に取り戻し始めてる。
「あんたが戦いに飢えてるなら……ズィルバーの方がもっと戦いに飢えとるわ!! バカヤロー!!」
ヒロの口から盛大に思っていたことを吐き散らした。その吐き散らした言葉がヤマトの中に強く残り、理性を取り戻す要因となった。
(ズィルバーが……僕より、戦いに飢えて、いる……)
彼女は徐々に自分がなんだったのか思いだしていく。
それはズィルバーと初めて出会って、それなりに時が経過した頃のことだった。
「なぜ、自分らを“九傑”っていう立ち位置にしたのかって?」
「うん……」
当時、ヤマトは同じ境遇に近かったノウェムやカナメとともにズィルバーに申し立てたことがあった。
「自分らを選出した意味を」と――。その理由を知らなくては納得のしようがなかった。
「ライヒ大帝国では異種族との差別化は少ない国として有名だけど、一部の者たちからは
差別すべきだ、という風潮が残ってる。
学園の風紀を守る組織の設立に僕らの力なんて必要ないだろ?」
ヤマトの質問に対し、ズィルバーは淡々と答える。
「大有りだ。俺は人族だが……ただの人族じゃない」
「確かに、キミは性転換で性別が変わる特異な人間。だが、人族であることに変わりないじゃないか!」
「そうだな。だが、人族だからといって、獣族や魔族と似通った部分は存在する」
「僕らに似通った部分が存在する?」
彼女たちはズィルバーが言う言葉の意味が理解できず、見つめ合うも彼はヤマトが問い質したい内容が違うことに気づいていた。
「それと、キミたちは自分たちを選出した本当の理由を知りたいんだろ?」
「う、うん」
「単純に実力がある。さらに言えば、芯がしっかりとした強さがある。
それは、どんなことがあろうと自分の心はブレることがない心の強さがな」
「心の、強さ……」
ズィルバーの言葉に心に強く残ったのか感銘する彼女たち。
「ヒロやコロネ、リエムらにも言っておけ。キミたちはどんなことがあろうとブレることがない本当の強さがあるってことを――」
というのを思い出すヤマト。
「そ、そうだ……」
彼女は本能と理性の狭間の中で自分が誰なのかを思いだす。
「ぼ、僕は……あんなクソ親父……のような……自ら、獣に、成り下がらない……」
彼女は頭を抑えながら、支配されかかってる本能や衝動を懐柔しようとしている。
「ぼ、僕は…………」
ヤマトの脳裏に流れ込むズィルバーとともに在り続ける情景。
いつの日にかは自らの想いを告げ、遂げたい感情がある。
「僕はヤマト・J・オデュッセイア!! ズィルバーに認められた女傑だ!!」
自らが誰なのか、存在を証明するかのように宣言するヤマト。
理性を取り戻した彼女を見て、ヒロは「やれやれ」と首を横に振る。
「世話のかかる奴だね」
「ヒロ……迷惑をかけた……このお礼は必ず返すよ」
返礼を述べるヤマトにヒロは顎に手を添えながら
「期待せずに待っているね」
信頼してるとは思えない返答だった。
ヤマトも「アハハハハ」と苦笑いを浮かべていた。
逆にリュクシオンはヤマトが自らの理性で本能を抑え込んでみせた。いや、懐柔してみせた。
「チッ……あの雌ガキ……」
(自分の意志で本能を飼い慣らしやがった)
実際に、理性が自らの本能を……強すぎる衝動を抑えるのは彼でも不可能だとされてる。
故にリュクシオンは本能を全面的に出し、獣じみた性質を自らの力にした。
それはヤマトと同じなのだが、彼女の場合は獣じみた性質というより、魔族と獣族の性質。いや、より正確に言うなら、鬼族と獣族の性質を十二分に発揮できる力が解き放たれようとしていた。
同時にヒロは自らの力である炎を出したとき、ヤマトもそうだったが、リュクシオンも本能に従って距離を取っていたのをしっかりと見ていた。
(まさか、リュクシオンもヤマトと同列だったとは思わなかった)
彼女は彼を睥睨していた。
生き物とは、獣とは本来、炎に弱いとか、恐怖を抱いてるとか、という定説があるとかないとか聞いたことがあるのを思いだすヒロ。
(まさか……そこまで引き出されるというの…………本能に支配されると…………)
彼女はリュクシオンを見て、思わず、そう思い込んでしまった。
逆にリュクシオンはヒロなど目もくれずにヤマトを見つめていた。
「驚いたぜ……まさか、自分の意志で、自らの本能を懐柔するなんざ…………そうそうできることじゃねぇ」
「その言葉は僕が本能に飲まれて、理性のない獣に成り下がると思ってた、と言いたいわけ?」
彼の言葉にヤマトはそう言い返した。
「ああ。そう捉えてもいいぜ。
何しろ、基本、誰もが本能に支配され、衝動に駆られ、獣の如く暴れ回るのが常だ。
獣族の間じゃあ、一種の反抗期みてぇな奴だ。発情期とは全然違ぇ。
とりわけ、オメエは半分が鬼族だ。反抗期ってのはよく遅い時期に起きるのが普通だ。
それが普通の獣族と同時期に反抗期に訪れたってところを見るに……案外、獣族の血が色濃く残ってると思った方がいいぜ」
「ふーん。つまり、僕は……その反抗期って奴が過ぎ去ったというわけかい?」
「人に寄っちゃ、そうだが……世の中には長い年月をかけて反抗期を過ぎるのを待つ奴だっている。
大抵、そういった奴は頭がバカだから。自分が反抗期になってることを気づいてねぇことが多い」
彼の話を聞くかぎり、ヒロとヤマトの中で若干、一名だけ該当する人物が思い浮かんでしまった。
「ねえ……ヒロ…………」
「言わないで。僕も今、同じことを思っていたから」
(あぁー。ノウェムの心労が思い悩まれる)
二人はここにいない仲間の身を案じ、同情してしまった、と思い込んでしまったことにしておこう。
「だが、俺にはそんなことはどうでもいい」
剣を無造作に振るい、剣圧で辺り一帯に立ちこめる黒煙を消し飛ばした。
ヤマトとヒロはそれぞれの武器を盾にして、衝撃に耐えきった。
「す、すごい……」
「剣圧だけで黒煙を消し飛ばすなんて……」
ようやくとなって力の差が多少なりとも出始めてきた。
「“魔族化”した魔族……いや、獣族の力ってわけか」
「ああ、そうだ。俺は元獣族。ハムラの手によって“魔族化”したが……実力に関していえば、本気にすらなっていねぇ。
ついさっきまでフィスの部下共が“真の力”、“真の姿”で対抗しようとしたようだが、奴らの“闘気”じゃあ、よくて十数分程度しか保たねぇ。
だが、“死旋剣”ってなれば、話が変わってくる」
「うん。“死旋剣”はヴァシキが掻き集めた選りすぐりの精鋭。異種族で構成された部隊。
“三王”の次に強いとされる部隊だが……実際のところ、ヴァシキが下卑た考えで構成された部隊さ。
異種族だけで構成されてるからか。部下の人族から妬まれることなんて、よくあったし。妬まれ、蔑まれ、傷まれていく彼らを見て、悦を得ようとした部隊。
だから、彼らはヴァシキのことをよくは思っていないんだ」
ヒロが“死旋剣”の成り立ちを語り、全員が全員、ヴァシキのことをよくは思ってないどころか死ねばいいとさえ思われていたと語られる。
その話を聞き、ヤマトはこう思った。
(なんだよ、それ……それじゃあ……)
彼女の頭に過ぎったのは幼少の頃の自分。
自分の父である“魔王カイ”から受けた仕打ち。“鬼の娘”として受けてきて仕打ちと同じだった。
「まるで、自分の居場所なんてないようなものじゃないか」
「ッ――!!」
ヤマトが口にした言葉にリュクシオンが反応する。
「あん? オメエ、今、なんて言った?」
「だって、そうじゃないか。腫れ物のように扱われて、“憎むな”というのが無理な話だ。キミらが“魔族化”を望んだのは今まで味わい続けてきた痛みは……呪いは……種族の在り方を……本質をねじ曲げてまで解き放たれたからだ。
悲涙。慟哭。憤怒。憎悪。それら全てを享受しなければ、自らを魔族に成り果てることなんてないはずだ」
ヤマトはカイがそうであったように理由なくしては力を求めたり、種族を変えたりしないと思ってるからだ。
而して、彼女が告げた言葉は自ら、この道を進んだリュクシオンへの侮辱に等しき言葉だった。
「ふざけたことを抜かす雌ガキだぜ」
「侮辱したのなら、謝罪しよう。僕はカイを見て、そう思ってしまったことを許してくれ」
戦場で頭こそ下げなかったが、自分なりに誠心誠意の謝罪をした。
だが、リュクシオンにとっては気にくわなかった。
(気に食わねぇ……その在り方が……その考えが……その精神が……その心が……)
「クソが……気に食わねぇぜ! どいつもこいつも…………ぶっ壊してやる!!」
なにに気にくわなかったのか分からない。だが、ヤマトが取った行動の全てが彼にとって、途轍もなく不愉快なものだった。
激しい憤りを感じさせる。“闘気”で大気が歪んで見えてるのをヤマトとヒロは気づいていた。
「許さないのなら……気にくわないのなら……それでけっこう! 僕は、僕の存在を証明するためならば、己の武威をもって、キミを倒そう!」
もはや、語り合うことはない。
残ってるのは獣としての喰らい合うことだけだった。
「軋り上がれ――“レグルス”!!」
精霊の解放をしてるかのように叫んだ途端、リュクシオンの持つ剣が悲鳴を上げる。
同時に見た目が大きく変貌し始める。
ヤマトの中に流れる血が、本能が目覚めたことによって本来の力を覚醒したようだった。
今、ここに獣による野生の勝負が始まろうとしていた。
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