“破壊”と“闘争”。
“闘気”に満ち溢れた剣を受け止めるティア。
それと同時刻、ある二人の戦いにも苛烈さが増し始めてきた。
「オラッ!!」
「オォッ!!」
身体を斬り刻もうとする鋭き鉤爪と身体を叩き潰そうとする棘突き金棒が衝突し、火花を散らす。
剣ではないとはいえ、刃を交える度に火花を散らし、お互い、身の内に秘める本能を刺激させられる。
「血が滾る……滾ってくる! ここまで熱い戦いは初めてだよ」
「ああ、雌ガキにしては大した馬鹿力だ……これはいたぶり具合が増すな」
ニィッと口角を吊り上げるヤマトとリュクシオン。
お互いがお互い。獣族と魔族の血を引いてるためか。血の気が多すぎるためか。闘争本能を止められずにいた。
異種族の中でも、とりわけ闘争本能が強いのは魔族と獣族だ。
いや、正確に言えば、魔族の中でも鬼族が闘争本能……破壊衝動に駆られやすい種族という特徴がある。
鬼族とは竜人族が“魔族化”した際に成り果てる姿。
その血を引くヤマトはとりわけ、“九傑”の中で戦いに対する衝動を抑えきれずにいた。
しかも、獣族全体で自らの力を誇示しようと本能に身を任せる種族が多く、優れた本能の持ち主は、とりわけ他の獣族とは一線を画する衝動に駆られるという遙かな太古から定められていた。
そして、人族に本能に身を任せる、あるいは、衝動に駆られやすい場合は魔族の中の一つ、魔人族が長い年月をかけて人族へと進化した場合がある。
ヤマトもリュクシオンも獣族と魔族の血を引いてる異種族。
自らの衝動に駆られ、目の前の獣を喰わなければ、心を満たしきれない。
それらの存在を遙かな太古から“救われない生き物”と揶揄されることも多々あった。
而して、“救われない生き物”だと言われようとも、その力。その強さ。その実力は危機迫るほどの強さを秘めていた。
千年前、本能や衝動に駆られる者たちがどういった感情、どのような理由に衝動に駆られるのか知るために研究したことがあった。
だが、いくら優れた研究者でも獣族やら魔族が本能や衝動に駆られるのか解明できず、果てには人族にも本能や衝動に駆られる者たちが出てくる始末。
このメカニズムを解明することもできずに一生を終えた研究者も多々あった。
しかし、そのメカニズムの解明の足がかりを手にした偉人がいた。
その偉人は[女神レイ]。
ライヒ大帝国の三神の人柱たる彼女が解明の足がかりを発見した。
きっかけは偶然。されど、偶然。偶然の発見が“救われない生き物”を制御する足がかりにした。
獣じみた唸り声を上げるヤマトとリュクシオン。
その唸り声を耳にし、目を向けたヒロ。
彼女の瞳に入るのは本能もしくは衝動に駆られそうになってるヤマトの姿だった。
「ヤマ、ト?」
彼女はヤマトの雰囲気がおかしくなってることに気づく。
ギュッと金棒を力強く握るヤマト。
グルルルッと唸り、雰囲気が人のそれではなく、獣のそれであった。
ヤマトの変貌にリュクシオンにニヤリと口角を吊り上げる。
「なんだ、オメエも俺らと同じじゃねぇか」
「グルルルル」
リュクシオンの言葉に唸り声で反応するヤマト。
彼女の雰囲気の変化からリュクシオンは「なるほど」と察した。
「どうやら、本能や衝動に駆られるのは初めてのようだな。
まあ、俺も本能や衝動に駆られたのはオメエぐらいの年だったからな。別に恥じることじゃねぇよ。だが、覚えておきな。
オメエは既に“救われない生き物”の一員だ」
彼は伝えた。
その苦しみからは逃れることができない。一生苦しみ続けなければならない。その戒めを、軛を解き放たれることはないと言外に伝えている。
ヤマトは彼の言葉の意味が分からない。いや、伝わっていない。
あるのは身の内に秘める本能に、衝動に身を預けることしかできなかった。
彼女が取る行動にリュクシオンは鼻で笑った。
「ハッ! 本能に、衝動に駆られやがったか。
半端物だな。同類ではあるが、それじゃあ“魔族化” も近ぇな」
彼はヤマトを見て、自分らと同類になるのは分かったが、失敗する空気になるのが読み取れた。
彼が言ってることの意味が分からないヒロ。
「どういうこと!? なんで、ヤマトが“魔族化”するってのが分かる!? リュクシオン!」
ヒロは声高に彼に疑問を投げる。
自らが戦ってる敵すらも忘れるほどに――。
ヒロの声が耳に入ったのか。リュクシオンは目線を彼女に向け、理由を語ってくれた。
「オメエは知らねぇだろーが。俺たち獣族には多かれ少なかれ。本能ってのがある」
「本能……」
「それが獣族固有の力になったり、思想だったり、存在理由だったりするんだが……」
「だが?」
「大抵は理性が本能を上回って、その力を抑制されるってのが多い。
だがな。稀に獣族の中でも他を凌駕するほどの本能や衝動を持つ奴が生まれる。
そいつは理性なんかでは抑え込めれず、暴走することがある」
「――ッ!? そんなことって!?」
「しかも、“魔族化”によって魔族に堕ちた場合は本能や衝動が強まる傾向にあるってのを……ハムラの婆から聞いた。
おい、ヒロ……この女……あの魔王の娘なんだよな?」
「ああ。ヤマトは“魔王カイ”の娘だよ」
「なら、魔族の血を色濃く受け継いでいる。しかも、鬼族となれば、その抑え込めれる本能や衝動は相当なものだ。
オマケに獣族の血を引いてから本能や衝動をさらに強めてる。
こんな実例なんざ初めての経験だ」
リュクシオンですら、ヤマトの存在は極めてレアケースだと言い切る。
「まあ、人族の中にも本能や衝動に駆られる奴はいるって話だ。そいつらは大抵、先祖返りってのが相場が決まってる。オメエらの中にも衝動に駆られる人族が出たら、気の毒だな、と慰めるしかねぇな」
彼はヒロに対して、“白銀の黄昏”に対して、同情するほかなかった。
「ヤマト……ヤマト!!」
「ウガァァアアーー!!」
獣の如く吼え続けるヤマト。
ヒロの声が全然に届いていない。
「ヤマト!!」
「ガァァアアアアアアアアアアーーーーーーーー!!!!」
猛り上げる獣の咆吼。
ビリビリと大気を震撼させ、ピシピシと壁や床に亀裂が走る。
リュクシオンはヤマトの本能や衝動の特性を見抜く。
「なるほど。どうやら、オメエは“闘争”っていう本能に支配されかけてるのか。
こいつはしかも、これまで血を滾らせるほどの戦いをしていねぇと見た。
“白銀の黄昏”のリーダーはあえて、この雌ガキにそうさせたのか。はたまた偶然か。
どっちにしろ。俺には関係ねぇことだが、ここまで原初の根幹を見いだせる獣族なんざ見たことがねぇ。魔族でも見たことがねぇ。
半血族だからこそ、成せる業ってところか」
ニタリと口角を吊り上げて、ヤマトを見つめるリュクシオン。
「くぅッ!」
(ヤマトが本能や衝動に駆られる人種だったとは夢にも思わなかった。ズィルバーはヤマトがこうなるのを知っていたのか?
もし、知っていたら、途轍もなく悪童だぞ。ヤマトの戦いに関する執念はすさまじいものだ)
「ヤマト!」
声を張りあげて呼び続けるヒロ。
そこにリュクシオンの部下が痺れを切らして、彼女に襲いかかった。
「くぅッ!」
(こんなときに――)
彼女は次から次へと襲いかかってくる敵にも意識を向けなければならない。
而して、ヤマトも気になってしょうがない。
「ああ、もうー! だったら!」
ヒロは鎌に“動の闘気”を大きく纏わせる。
「一気に片を付けてやる!」
自棄になるのだった。
ヤマトの変貌は“静の闘気”を通じて、“死旋剣”と戦っていた他のメンバーも気づかせることとなった。
「この“闘気”は……ヤマト!」
フィスと剣を斬り結んでいるティア。
「なんだぁ? ヤマトにしてはやけに獣じみてるじゃねぇの」
テュードと相対してるシューテル。
二人とも、ヤマトが放つ異様な“闘気”に困惑していた。
彼女が放つ“闘気”に味方だけではなく、敵も感じとっていた。
「どうやら、リュクシオンを相手にしてる奴は私たちに匹敵する本能や衝動を持っているようだな」
「ヤマトは魔族と獣族の血を引く半血族よ。
獣じみててもおかしくないわ」
「そういう意味ではない」
ティアの言い返しにフィスはやんわりと否定する。
「既に気づいてると思うが、私は魚人族と人魚族の半血族だが、とりわけ本能や衝動が強い部類だった」
「本能や衝動が強い?」
「先、貴様は言ったな。獣族と魔族は本能や衝動に駆られやすいと……その通説は間違っていない。
それは思想であり、能力であり、存在理由でもある。
この在り方になぞらえて、“死旋剣”が存在する」
「“死旋剣”が? まさか、あなたも他の誰にも持たない本能や衝動に駆られるというの?」
ティアはフィスが本能に支配されたり、衝動に駆られたりを想像して忌避感を示す。
「いや、さすがに本能に支配されることはない。私はこれでも利己的でな。衝動に駆られ、獣じみた行動はしない。
だが、リュクシオンは違う。あいつは見た目に合うかの如く、規律を重んじない男だ。
自分を貶す敵は殺し、自分を治してくれた相手に恩を返す男だ」
「確かに獣じみてる」
ティアはフィスの話からリュクシオンを獣じみてると言い切った。
「あいつは猛毒など効かず、本能を準じて戦う男……確かに獣じみてると言えよう。だが、あいつを相手にしてる少女が気がかりと言えよう」
「どういう意味よ」
ティアはフィスが言ってる意味が分からず、疑問符を浮かべ、訝しむ。
「そのままの意味だ。リュクシオンと戦ってる相手は本能に支配され、衝動に駆られようとしている、と言っている」
「ヤマトが!?」
ティアからしたら、ヤマトが本能に支配されるとはとても想像できなかった。
而して、フィスは自分の体験談を交えて、本能や衝動が呼び起こされる経緯を話し出す。
「私の経験から言えば、本能とは全種族が生まれ持っている生命の根源あるいは魂の本質、原初の理と捉えていい。人族は魂の本質として精霊が力となって契約する、と――。
ハムラ様が仰っていた。而して、異種族の大半が引き出される固有能力……種族特性とは異なった力。その者たちが生まれ持つ本能に起因した固有能力となって発露する」
「そういうことね」
(だから、ノウェムが氷雪能力に長けた魔法を得意とするわけ。ヒロに至っては炎に特化した能力だった。
精霊に至っては同じ分類でも属性が異なってるって、授業で聞いたことがある。
精霊の分類も属性が異なるのは契約者の魂の本質を読み取ってるというわけ……)
「なるほど。千年以上も生きてると、そういった事情も詳しくなるというわけね」
ティアはフィスの話から自分なりに解釈して呑み込んだ。
「そして、人族にも本能や衝動に駆られてしまう者も存在する」
「人族にも?」
「そうだ。ハムラ様は人族の場合だと、魔人族が長い年月をかけて、血が薄まっていき、子孫に繁栄される」
「所謂、先祖返りって奴ね」
「そうだ」
ティアとフィスは戦いの最中で本能やら衝動やらの話し合っている。
「それで、本能や衝動を呼び起こされるのはいつ頃の話なのかしら?」
いつ頃の時期に全ての種族は本能や衝動に駆られるのを体験するのかをフィスに問い質した。
「大抵は十代。つまり、今の貴様の年齢に全種族は体験する。だが、そこには別の要因も含まれる」
「別の要因?」
フィスが伝えてくる要因がヤマトを本能や衝動に駆られたのだと、ティアは無意識に直感した。
「本能や衝動とは戦いの中で発現することが多く、長きに渡って戦いを味わっていない場合だと、その兆候が出やすい、とハムラ様は仰っていた」
「そういうことね」
(確かにヤマトは“魔王傭兵団”との戦争以来、激戦ともいえる戦いをしばらく味わっていなかったわね。
それが本能を呼び起こす発露になった)
「全く、難儀なものね……本能ってのは……」
ティアは悪態を吐きつつも獣族らを困りものと遠回しに揶揄した。
「そうとも言える」
言葉を皮切りにティアとフィスは再び、刃を交わした。
「ウワァァアアアアーーーー!!」
獣如き遠吠えを上げるヤマト。
彼女が振るう棘突き金棒は受けるだけでも甚大なダメージを負うことだろう。
而して、ヤマトが相手をしているのは“死旋剣”。
しかも、本能や衝動に駆られても忠実に従っている猛者だ。
本能に支配されたり、衝動に駆られたりするヤマトと雲泥の差だ。
だが、それでも――
「力は増大してるな」
「グルルルル」
両者の間に火花を散らしてる。
今のヤマトの膂力でも素手や鉤爪で応戦するのは不可能だと本能的に直感したリュクシオンは腰に携わる剣を抜いて応戦していた。
「なるほど。理性をギリギリまで捨てていやがるな。
いや、無意識に本能が線引きしてるってわけか」
優れた洞察力でヤマトの心境を見抜いた。
彼女が未だに理性の欠片を残していることも、越えてはならない最後の線に踏みとどまってることも――。
「いいぜ。理性と本能の狭間で葛藤する姿なんざ誰しもが経験することだ!
オメエはなんのためにここに来た?
俺たちを倒しに来やがったのか? 盗賊団をぶっ潰しにきたのか?
違ぇだろ!!?
オメエらはここに戦いに来たんだ! 誰しもが戦いてぇと本能が叫んでるから俺たちに戦いを挑みに来たんだろーが!!
自分の方が正しいと正論ぶってるだけに過ぎねぇってな!!」
「グルルルル」
ヤマトはただ唸り声を答えてるが、本心では「それは違う」と言い張るだろう。
「違わねぇよ。
人族だろうと異種族だろうと関係ねぇ。遙かな昔から、そう定めてるにすぎねぇ! 戦う理由がこれ以外にあるか! 来いよ!!」
「ガァアアアアアアア!!!!」
ヤマトは咆吼を上げながら、金棒を振るう。
まるで、自分の正義を正すかの如く、敵を叩き潰し、自らの価値を、存在を証明するために――。
「オラァアアアア!!」
リュクシオンも自らの価値を証明するかの如く、剣を振るった。
ヤマトもリュクシオンも本能で理解していた。自らの存在を証明する方法が敵を倒す以外にないと――。
自らの心を満たすには自らの衝動をもって満たすしかないと――。
本能とは全種族が持つものであり、自らの存在を証明し、心を満たさないといけない衝動である。
一度でも、衝動に駆られた者は自らの本能に従い、戦いをし続けないといけない人種。たとえ、満たされたとしても、衝動に駆られないともかぎらない。
そして、心を満たす衝動も全員が全員異なっており、誰もが同じ方法で満たされることがない。
それが同時にその人が持つ存在理由となる。
「ウォオオオオオオーーーー!!」
「オラァアアアアアーーーー!!」
互いに獣の咆吼を上げ、刃を交えるヤマトとリュクシオン。
自らの心を満たすために戦いを追い求めないといけない人種である。
そこに救いなどなく、誰にも止められないことから“救われない生き物”と言われてる。
ヤマトが本能に支配され、思うがままに戦い、感情任せに力を振るえば、それはいずれ、心が壊れていき、人としての生き方を薄れていくことだろう。
ヒロはそれを懸念しており、「どうすればいいのか」と困り果てていた。
(どうする? どうする? どうする!?
どうすれば、ヤマトを本能から解き放たれる!?)
どうすれば、本能を抑制するかを考えていた。
それは同時にヒロ自身が懸念していたこと――
(このままではヤマトの心が壊れてしまう!!)
友として、仲間として助けなければいけない気がしたからだ。
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