英雄の友、本性を現す。
解き放たれる雷の奔流。
いや、“闘気”が雷に変換され、奔流となって解き放たれた。
それは途轍もない奔流。まるで、“闘気”の怪物が目に前に出現したようなものだった。
而して、“豪雷なる蛇”の面々は解き放たれる雷いや“闘気”に心当たりがありまくりだった。
「おい……この“闘気”って……」
「え、ええ……彼、よね?」
「は、はい……この“闘気”はユン様です!!?」
タークが漏らす声にエルラとユキネがユンだと言い切る。
だが、二人も二人でこれがユンなのか疑ってしまう。
「本当にこいつがユンなのか?」
「初めて出会った時とは……」
「はっきり言って、別人ですぅー!? こんなバカでかい “闘気”!? 感じたことがないです!!?」
タークたちですら、今、肌で感じる“闘気”が本当にユンなのか疑ってしょうがなかった。
肌で感じてる“闘気”ははっきりと言って、ズィルバーが本気になったと言われても納得してもおかしくない。
“豪雷なる蛇”の面々も“白銀の黄昏”の総帥なら。それぐらいはできてもおかしくないと思っている。
而して、現実は大気をビリつかせる“闘気”の発生源はユンだということだ。
この“闘気”には蜘蛛族の戦士――ツチグモですら、二の足を踏まされる。
「チィ……なんて力だ…………」
ツチグモはもう部屋としての形を成していない一角を見つめる。
既に雷の奔流は消えてるものの肌をピリつかせる“闘気”は静まっていなかった。
(そうだ。それでいいんだ)
ツチグモにはわかる。
ユンが更なる高みへと上っていることだ。その高みとはまさに、真の英傑へと駆け上がる道だった。
(貴様はそうあるべきなんだ。貴様はただひたすら駆け上がれ。行く手を阻む敵をねじ伏せろ。道半ばで倒れた奴のことは気にするな。乗り越えていけ。踏み抜いていけ。その道の行く先にこそ、貴様が、この東方を統べる王の椅子が鎮座している。
俺に見せてみろ! 俺様を倒して見せたユンの道って奴をよ!!)
ツチグモは願った。協力関係にある状態だが、ツチグモの中では一目でユンには勝てないと悟らされた。
単純な力。図体のデカさなら蜘蛛族の戦士であるツチグモの方が勝っている。
それは異種族であるタークたちにも言えることだ。而して、そんなタークたちですらユンの麾下に加わった。
単純に力といった話ではない。ユンの中に秘める存在感に恐怖したからだ。
その恐怖は“黄銀城”の一階広場で対峙したとき以来の恐怖だった。
ドクン。
パリパリ……
ドクン。
パリパリ……
全身が脈動するのと同時に全身に稲妻が迸る。髪の色も変質していく。
艶のある藍色の髪の毛が稲妻の如く走る金髪へと変化していく。
ユンの異様な変化にゾクッと寒気が走る。
「おい……ズィルバー…………」
「すさまじいな」
(もしかしたら、ユンの“人格変性”はベルデの“人格変性”よりも上かもしれん。
怒りに身を任せたというより……)
(自分の力で別人格を叩き起こしよった。いや、妾の力で呼応するよう、あえて無我夢中に突っ込んできとったかもしれん)
ズィルバーとハムラはユンが自らの意志で“人格変性”によって分かたれた別人格を叩き起こした。
全身から稲妻が迸り続けるユン。
「…………はあ……」
息をつく。
(いけるか?)
ユンは胸中……自己意識の中で眠る、もう一人の自分。荒々しい別人格に呼びかける。
ユンの呼びかけに対し、もう一人のユンはといえば――
『ああ、いつになく、力が充実してる。目の前にいるハムラは俺たちの想像を遥かに超えているな』
(ああ。だから、お前を叩き起こす必要があった。
お前、俺の負の感情を感じとって起きるじゃないか)
ユンは分かっていた。
自分の中にある“怒り”という感情がトリガーとなって、もう一人のユンが目覚めてることに――。
(だから、交代するぞ。俺の戦い方じゃあ、“闘気”の消費を抑えることしかできない。それに――)
『オメエの火力じゃあ、あの防御力を突破できねぇ、って言いてぇんだろ?』
(ああ)
ユンは幾度なく突っ込んだことでハムラの尾による自動防御に阻まれ、拳が届かないことに頭ではなく、身体と本能で理解させる。
ユンも比較的、頭を使う方だが、それは戦闘だけの勘であるため、頭の出来が多少悪い。
而して、それは穏やかな人格、大人しいユンだからこそできる芸当ともいえる。
もう一人のユンにはその道理が通用しない。
ユン・R・パーフィス。その“人格変性”から顔を見せる別人格は本能のみで戦う人格である。
そして――
「ガァアアアアアアアーーーー!!!!」
咆哮とともに完全に人格変貌を遂げたユン。
雷が閃く金色の髪。全身に稲妻を迸らせる。稲妻の如き、金色の瞳が多尾を展開するハムラを睨みつける。
「あぁー。主人格様に言われて、顔を出してみれば、スゲぇ女狐じゃねぇの」
グキグキと首を鳴らし、ハムラを睥睨するユン。
ユンの変化を改めて見るズィルバーと初めて見るユウト。二人ともユンの変貌に思うことは一つ。
(絶対――)
(――同一人物とは思えん!)
――だ。
言動が荒く、口調そのものが荒々しい。雰囲気も穏やかで皆をまとめ上げる人格者から他を圧倒させる暴君にしか思えない。
なにより、特筆すべきなのは――
(なんという“闘気”じゃ。
先ほどまで清澄じゃった“闘気”が荒々しく、野蛮さが物語っておる)
全身に帯びる稲妻と他に“闘気”の波長がまるっきり違っていた。
それはユンが装備してる雷帝ネルも同じであった。
先ほどまで落ち着いていた雰囲気も猛りに猛る雰囲気へと変貌してた。
肌を掠める雷にズィルバーとユウトは鳥肌を立たせる。
「なんて“闘気”だ」
『ネルの雷もすごい……やっぱり、人格が変貌したときのネルの火力はすさまじい』
「それは使い手も同じだろ?」
ズィルバーとレインはユンとネルは似たり寄ったりの関係だと思って仕方ない。
「スゲぇ……これがパーフィス公爵公子の…………」
『正確に言うなら、“人格変性”の力だ。
“人格変性”は人格だけが入れ替わるのではなく、“闘気”の波長までも変えることができる。
ただし、身体への負担がすさまじく、“人格変性”に耐えられるようベルデが長い年月をかけて血を交わらせたのだろう』
「血って……まさか……だがよ」
ユウトは脳内で語るキララの言葉に頬を赤くする。
ユウトとて思春期の少年なのだ。その手の話を聞くだけである女のことを妄想して顔が赤くなってしまう。
キララもユウトが年頃の少年かつ惚れている少女の顔を知ってるからか。クスッと妖艶に微笑む。
『ユウトもまだまだ子供だな。この状況で彼女のことを想像するとは青春してるな』
「う、うう、うるさい!?」
キララに弄られ、ユウトは声を荒げ、黙らせようとしてる。
『兎にも角にも、かの一族の血を交わらせたことでパーフィス公爵家は“人格変性”に耐えきる身体を手にしたのだろ』
キララはキララなりの結論を述べる。
全身から稲妻が迸るユン。
金髪に、金色の瞳。
見た目だけではなく、雰囲気までも変貌し、同じユンなのかと疑いたくなるのがズィルバーとユウトの本音だ。
そんな二人とは裏腹にユンはネルに語りかける。
(おい、ネル。いけるか?)
『誰にものを言ってるの?
身の程を弁えな、ユン!』
主が主なだけに、精霊も精霊である。
口調が荒々しく、雷での答え方が雑だ。
品のない答え方に今のユンは気にすることはなかった。
(一気に仕留めるぞ)
『いいわよ。電気による神経伝達を早める。途中で身体が悲鳴を上げても嘆かないでよ』
(ハッ。身体が資本なんだ。そんなの鍛えれば、どうってことはねぇだろ?)
罵り合うのに喧嘩になることはない。
これがユンとネルの関係なのだと他者からそう思われることだろう。
そのようなことを言ってる間もなく、稲妻に変化が起きた。
今までは放出するかのように解き放たれた“闘気”が身体に漂着するかのように帯びている。
“闘気”の変化を機微に感じとったハムラは警戒を強めるもハムラの動きに反応したかの如く、視界からユンの姿が消えていた。
一瞬にして、ハムラの懐に入ったユン。
両手に帯びる電光が閃いた。
「――ッ! アァアアアア――――!!?」
電気を浴びた途端、身体が弛緩し、動きがのろまになる。
ハムラが尾を使役しようとした瞬間、ユンの拳が閃き、顔面に炸裂する。
声をあげることも尾を使役することも許されない。
一つ一つの動作の機微を察知してはユンが条件反射でハムラの動きを封殺する。
拳の一つ一つが弱くても、纏ってる“動の闘気”が大きければ、破壊力は累乗。
反撃を喰らい続けるハムラも身体に悲鳴が走る。
(なんじゃ、この反応の速度は……とても人族の限界を超えておる……妾の目でも捉えきれぬ!!?)
ハムラの目でも“静の闘気”でも補足することができず、困惑する。
それは外野で見ているズィルバーとユウトも同じであった。
「なッ――」
(なんだ、この速力は!?
“静の闘気”で捉えきれねぇ!?)
「マジか」
(単純な速度なら俺よりも上。いや……もしかしたら、ベルデよりも上かもしれん)
ズィルバーとユウトの目から見て、一見、ユンの身体能力が飛躍的に上昇してるように見えるが、実際のところは違う。
(気がついてるか、レイン?)
『なんとなくだけど……気づいてるよ。ユンくんの反応の速度が人族の限界を超えてる、よね?』
ズィルバーとレイン。
端から見れば、ユンの身体能力が向上してるように見えるが、そうじゃない。
神経の伝達速度が非常に速すぎる、と読み取った。
(まさに“静の闘気”殺しってところか。反応で対応するんじゃなく、反射で対応する。はっきり言って、大きすぎる力だ。
あと、ユン。その状態はあと何分持つ?)
ズィルバーは気づいていた。
今のユンの“闘気”の使い方に――。
反撃を与え続けているユン。
(“神威”。こいつを使えば、俺の身体能力と反応速度が飛躍的に上昇する)
『分かってると思うけど……それは諸刃の剣だ。終わった後の反動がすさまじいぞ』
荒々しく、男勝りな口調だが、ユンの身体を案じてる素振りを見せるネル。
(分かってる、さ!)
『ほんとーかな』
ユンが使用してる技は“神威”。またの名は“備え続ける電光”。
身体に電気を帯びさせ、神経と筋肉のみを何十倍にさせる技。
肉体の限界を超越し、大英雄ばりの動きを見せる恐ろしい技。
而して、肉体の限界を超越し、超人の動きを再現すれば、必ず、身体のどこかがクラッシュする。
ユンとて。その条件は当てはまる。
ただ、神経の伝達速度のみを超速かつ反射でのみにさせれば、肉体の負担を限りなく軽減することはできる。
使用者であるユンに――。血の気が多く、荒々しい人格のユンに細やかな制御などできるはずもなく、必然的にネルが細やかな制御をすることになる。
だが、それでも限界というものが存在する。ネルの力をもってしても、ハムラになにもさせず、封殺させ続けることは不可能。
その不可能を可能にしているのが右手の甲に光る山吹色の紋章。紋章の真なる神の加護によって神経の伝達速度を極限にまで向上し、制御する術を得させる。
まさしく、ユンのために存在する紋章なのだ。
ユンの右手の甲に光る紋章の色も右目から洩れる魔力の色に対峙するハムラは知っている。憶えている。
かつて、自分を負かした男と同じ色に輝き、洩れているからだ。
ユンが使用している技――“神威”は大きく分けて二つに分けられる。
自らの意志で身体を動かせる“電光石火”。
自らの意志に関係なく、相手の動きに合わせて、反射で身体を動かせる“疾風迅雷”。
この二種類に分けられる。
この二つの技の違いは自らの意志で技を制御しているか否かの違い、発動する条件は“神威”を発動後、自らの意志で技を選択するところにある。
そして、今、反撃の手を緩めずにハムラの動きを封殺させているのは明らかに後者の技である。
ユンの反撃を一身に受け続けているハムラはと言えば――
(どういうことじゃ……なぜ、動きの初動だけでここまでの反応ができる。なぜ、ここまでの力を出せるのじゃ)
胸中で動揺を隠し切れていない。
しかも――
(総合的な力に関しては確実に妾の方が上じゃ。にもかかわらず、こうも一方的に嬲られるのは初めての経験じゃ)
攻撃の手を緩めず、一方的にユンの拳を受け続けるハムラ。
(深いのぅ……“闘気”という奴は……)
ニタリと口角を吊り上げるハムラ。
「――ッ!?」
ゾクッと背筋を凍らせ、鳥肌が立ち上がるユン。
(女狐……この状況で笑みを浮かべるか、面白ぇ!)
ユンは反撃の手を緩めず、果敢にハムラを殴り続ける。
ハムラの身体に走り続ける電撃。
ハムラは電撃を受け続けてもなお、身体が動かせずにいた。いや、動かさないでいた。
(まだじゃ……まだ、この身体がユンの電撃になれてはおらぬ。
而して、“人格変性”……異能すらもあの男に似るとは思わなんだ。まさしく、血筋というものじゃな。
千年の時を経てもなお、妾の前に立ち塞がるか……ベルデよ)
ハムラの瞳にはユンの姿がベルデの姿と重ねてしまった。さらに過去の情景に浸れるだけの余裕があるのを知れたユンはさらに反撃に苛烈さが増していく一方だった。
(“疾風迅雷”!!)
トドメと言わんばかりの肘鉄が胸部に炸裂し、“獅子盗賊団”の本拠地の外に叩き出された。
ハアハアと荒い呼吸をしているハムラと全身に稲妻を帯びさせているユン。
而して、最初から全力攻撃を繰り出し続けていれば、“闘気”の消耗の尋常ではない。
“闘気”切れではないが、“神威”を維持するだけの“闘気”が残っていなかった。
「げっ……」
(もう切れたのか。“闘気”の消耗が半端ねぇな。“疾風迅雷”は――)
『何を言ってる。それだけ動いて、身体に反動が来ていないのがおかしな方……“闘気”が切れたのと同時に身体が痺れて動けなくなってるのが常識。
なのに、反動がないなんて雷耐性にも程がある』
ネルが言ってることはもっともなことだ。
ユンの先祖――ベルデ・I・グリューエンも雷耐性を持っていた。
而して、それは生まれつきであるも落雷の最大出力を使用した際は数秒の間、身体が弛緩して動けなかったことをネルは知っている。
ユンとて例外ではない。
ユンが使用した“疾風迅雷”。条件反射を高めるために落雷に匹敵するほどの負荷を身体に与え、雷速ばりの反射速度を出していた。
そうなれば、ユンもベルデと同じように数秒間、身体が弛緩して動けるはずがないと、ネルは気にかけていた。
現に、ハムラは外に放り出されてるけども、身体が弛緩して指一本も動かせないでいた。
而して、ユンは落雷の最大出力を使用しても平然と身体を動かしていた。
それがあまりにも異常だってことをユン本人が気づいていない。
ユンは肩を回しながら、ハムラを見つめ続ける。
「さすがにチクッときたな。こいつは日になんども扱える代物じゃなさそうだ」
「――なんじゃ、と……?」
今のユンの発言に唖然とするハムラ。いや、ハムラだけじゃない。ズィルバーとユウトもハムラと同じ反応を示していた。
(チクッと、痛がっただけ、じゃと?)
(それはつまり、前に――)
(落雷を浴びたってことに聞こえるぜ……)
三人とも今のユンの発言から「雷なんてへっちゃらだぜ」と言わんばかりの口ぶりに寒気が走る。
ハムラは未だに弛緩する身体が回復するまでの時間稼ぎに言葉を繋げる。
「お主……昔、雷でも打たれた経験があるのか?」
という問いかけに対し、ユンは淡々と答えてくれた。而して、その答えを聞くだけでもユンが持つ雷耐性が異常なのも頷けた。
「物心をついた時、雷雨の支配した空に間違って、中庭に出ちまってな。あん時の俺もどうかしていたぜ。初めて雨を体験していたら、雷に打たれちまって死ぬ思いをしたぜ。
まあ、雷に打たれる心地よさを知っちまってな。それ以来、雷雨の日は外に出て、雷に打たれ続けたものさ」
異常性癖に思える口ぶりにハムラは全身に鳥肌が立ち、寒気を覚える。
「…………」
呆然としているが、胸中ではユンの異常さを垣間見る。
(どんな生活をしたら、そんな身体を手にするのじゃ。
打たれ強いとかレベルじゃない。明らかに拷問訓練をしているようなものじゃ)
ハムラはベルデとは別の意味でユンに恐怖を覚えた。
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