『憤怒』の死旋剣。
ズシン、ズシン、ズシン、ズシン……
と、大きな足音がヒロの耳に入ってくる。
而して、その足音が耳に入ってきたのはヒロだけではない。
ヤマトもリュクシオンもメリナもヌッラも……いや、この本拠地にいる誰もが耳にしているはずだ。
「――ッ!」
「なんだ、この足音は……」
「大きすぎない?」
“死旋剣”と戦ってるティア、ヤマト、シューテルは一瞬だけ、意識を外に向ける。
逆に“死旋剣”側も鈍い表情を浮かべる。
「こいつは……」
「おいおい……あんなの暴れさせるのはまずいだろ……」
「チッ……ヌッラの奴めぇ! 仕留め損ないやがって……」
テュードは足音の人物を暴れさせてることを危険視し、リュクシオンは味方であるヌッラに向けて雑言を吐いた。
「…………」
ヌッラも足音を耳にしただけで、「チッ」と舌打ちをする。
「あの筋肉……まだ死なないのか」
(厄介だ。
あいつを暴れさせるのは非常に危険だ。敵味方関係なく暴れられてはこっちが困る)
苛立ちを見せた。
その一方、ズィルバーとユウト、ユン、ハムラの耳にも大きな足音が耳に入ってくる。
「あ?」
「なんだ、この足音は……?」
「…………ッ!?」
(なんだ、このデカ物は……――)
ズィルバーは“静の闘気”と摩訶不思議な力を使用し、“獅子盗賊団”本拠地全体を見渡す。
見渡した際、ズィルバーは目にした。
真っ黒い肌をした巨人族に匹敵するほどの図体をした怪物の姿を――。
「なんだ……この、怪物は……」
タラリと汗を流すズィルバー。
ズィルバーが見た怪物はこのような場所で暴れられたら、それ相応の犠牲者が出かねない。
「冗談じゃない! あんなのが暴れられたら、困るぞ!!?」
「ズィルバー……なにを見たんだ?」
ユウトが真剣にズィルバーへ話しかける。
「この本拠地にはとんでもない怪物がいる」
「怪物?」
「しかも、それは……“魔王傭兵団”にいた狂巨人並のデカさだ」
「――ッ!? おい、そんなの暴れたら……」
「ああ。こっちの被害も甚大じゃない」
途轍もなく危険なことが起こりかねないとズィルバーは言い張る。
ズィルバーの話を聞いたユンはハムラの方に意識を向ける。
「ズィルバー! ユウト! 今はこっちの方を優先しろ!」
ユンの言葉にズィルバーとユウトはユンに目を向ける。
「確かに……」
「他のことを気にかけるほど、この女は弱くねぇ!」
二人はそう言いきり、ハムラへ意識を向けた。
ユンがハムラへ意識を向けるように言い放つ理由には別の理由がある。
それは――
(外の状況は分からねんが……今はタークたちを信じるほかない)
仲間を信じることだ。
人格ごとに信条が異なるのは普通。同じ考えに至ることなんぞ早々にない。
故に主人格の信条は仲間を信じきることにあった。
それならば、余計なことで意識を割かなくても十分だからだ。
さらにもう一つの理由がある。
(この程度の障害……お前なら乗り越えられるだろ? ターク)
胸中で語る男の名前を言うかのようにユンはタークを信じきっていた。
それは巨大だった。
それは真っ黒かった。
それは怪物だった。
人なのかと疑いたくなるほどの巨大だった。
怪物が歩む度に“魔族化”で知性が獣に成り下がった者たちが踏み殺されていく。
飛び散る鮮血。
飛び散る肉塊。
まさにそれはありを踏みつぶしているかのような光景だった。
巨大な怪物から逃げおおせてるタークたち。
怪物は歩む速度は変えていないが歩む歩幅が広すぎて逃れようにも逃れられないのが実情だ。
「マジでなんだよ。このデカ物は……ッ!!」
「そんなの私が言いたいぐらいです!!」
「ひとまず、広い場所へ移動しましょう。巨大な怪物のが中で暴れられたら、ユンから文句を言われるのが見え見えです」
エルラの判断は間違っておらず、タークも同じ考えだった。
「だが、どうする。あんな怪物を相手にするには建物から出るしかねぇ。
あんなデカ物を外に出すだけでも一苦労だぞ」
走りながら作戦を立てようとするタークたち。
と、そこに漆黒の怪鳥もどきが背後からタークたちに近づいてくる。
「おい、“豪雷なる蛇”」
一行の耳に凛とした声が響く。
一行が振り向けば、両腕を黒翼に変えたコロネと背に乗ったノウェムがそこにいた。
「なんだ、“九傑”?」
タークの態度にノウェムは訝しむも些事だと割り切り、伝えたいことを伝える。
「あのデカ物はなんだ?
歩く度に少しずつデカくなっているが――」
「ハッ?」
ノウェムが急に意味が分からないことを言われて、タークたちは惚けてしまった。
ノウェムもタークたちの心境を察する。
「惚けたい気持ちも分かる。だが、あのデカ物は獣に成り下がった者たちを踏みつぶす度に少しずつ大きくなっている」
「なに!?」
ノウェムに言われるまで気づかなかったタークたちが怪物に目線を向けば、確かに怪物が先よりも大きくなっていることに気づく。
「まさか……」
タークは後ろにいる怪物の特徴を直感する。
「どうやら、そのまさか、らしい……」
ノウェムもタークと同じ解答に至った。
「奴は敵を倒すか殺す度に図体が大きくなり、強くなっていく。移動している最中も“闘気”を調べていたが、デカ物の“闘気”が徐々に大きく、強くなっている」
ノウェムに言われて、タークたちは“静の闘気”に意識を割くと。
確かにノウェムの言うとおり、“闘気”が大きく強くなっているのが見てとれる。
「じゃあ、何か……あのデカ物は敵味方関係なく殺しまくれば、その分だけ強くなるっていうのか?」
タークがわかりやすく例えを言えば、ノウェムと「その通り」だと言わんばかりに首肯した。
聞きたくもない正解を知り、タークは胸中に苛立ちを募らせた。
「胸くそ悪ぃぜ」
盛大に苛立ちを吐き散らす。
「苛立ちを吐くのはいい。とにかく、今は――」
「――あのデカ物を外に放り出すの!」
次々と集まってくる仲間たち。
タークたちと追随する少女。
“虹の乙女”、ルラキが声を大にして言う。
「ノウェム先輩! 軒並みの雑魚は私たちとアルスたちで片付けました。残りは“死旋剣”のみだと思います!」
「戦況を教えてくれるか?」
ノウェムはルラキに詳しい状況を聞く。
アルスが所属する“八王”とルラキが所属する“虹の乙女”は主に諜報活動を任されている。
仕事としては“ティーターン学園”内で悪さをしている生徒の発見、調査を任されている。
その調査には内密で学園講師陣の内情も含まれている。“問題児”を毎年のように入学させる学園側の狙いを探るためだ。
その調査を任されているのが“八王”と“虹の乙女”だ。
アルスたちは生来、暗殺者として教育されているため、諜報活動はお手の物だった。
ズィルバーもアルスたちの能力と才能を生かすために諜報と情報伝達を一手に引き受けてもらっている。
それが“白銀の黄昏”お抱えの諜報部隊である。
ルラキが戦況を把握しているのはノウェムも知っている。知っている上で戦況を訊ねた。
「“死旋剣”は今、ティア副委員長、シノア部隊長、シノ殿、シューテル先輩、シーホ隊員、メリナ隊員、ヒロ先輩、ヤマト先輩が受け持っています」
「そうか。ヤマトはとことん暴れるだろうから。あいつは置いておくとして他は?」
「アルスたちは、あのデカ物を外へ誘導するために壁を破壊しているところです! “豪蓮”たちも始末した雑魚共を隅っこに追いやっています!」
ルラキが知っている範囲で判明している状況を聞き、ノウェムはタークに話しかける。
「そう言うわけだ。“黄昏”はデカ物を外へ誘導する。異論はあるか?」
「ねぇよ。それより早くしろ。デカ物の歩調が大きくなってきた!」
タークが急かすように言う。確かにデカ物の歩調がさらに広くなっているのを“闘気”で感じとった。
「確かに急いだ方がいいな」
ノウェムも危険だと判断し、ルラキに指示を出す。
「ルラキ! レイルズ殿に連絡して外へ避難するように言伝してくれ!」
「分かりました!」
ルラキはその場を離れ、レイルズのもとへと駆けていった。
ルラキがレイルズへの伝達に向かったのを見届けたノウェムたち。
ノウェムはすぐさま、意識を切り替え、巨大化しているデカ物に目を向ける。
「…………」
ノウェムは無言だが、その瞳はデカ物に向けられていた。
(どうやって倒す……外に出すことは私の賛成だけど……外に出したとて。どうやって倒すのか算段がなければ、力を浪費するだけ……何か、手を考えないと……)
ノウェムは冷静に、着実に勝てる算段を立てる。
ノウェムが勝てる算段を考えている中、タークたちのもとに“豪雷なる蛇”の部下たちが集まってくる。
「タークさん! どうしますか?」
「このままじゃあ、皆……」
部下たちは全滅してしまうと言われて、タークはブチッとこめかみに青筋を浮かべる。
「グダグダ言ってねぇで勝てる算段を考えやがれ! ユンが諦めてねぇうちに俺らが先に諦めるのは恥だと思え!!」
タークの叱咤が部下たちの間に走る。
「みっともねぇ面を見せて恥ずかしくねぇのか?
今のテメエらをユンが見たら、なんて言われるか溜まったものじゃねぇぞ?」
「思いっきり、バカなことを言われるわよ」
「『えー、俺がいないとなにもできないのー? ごめんねー。俺が傍にいなくてー』って……」
エルラとユキネの口からユンが言いそうなことを口にする。
その言葉にイラッときたのか。
「言いそう……」
「ユンは平気で無理難題を吹っ掛けてくるからな……」
「あんな奴を総大将にしてる俺たちがバカらしくなってくるぜぇ……」
フツフツとイライラを募らせていく部下たち。
「それじゃあ分かってるな。ユンに思いっきりおちょくられて、ブチ切れたくなければ、やることは一つしかねぇだろ?」
「あんなデカ物……ぶっ倒してやるぞ!!」
『おぉー!!』
タークに言われるまでもなく、部下の一人の掛け声と共に一同、気合いを入れ直すのだった。
一方で勝てる算段を考え続けてるノウェムを乗せ続けてるコロネ。
すると、コロネの視線の先に見知った三人の姿が入る。
「コロネ!」
「こっちこっち!」
「…………ん」
手を振る姿からコロネはノウェムに声を投げる。
「ノウェムぅー。前……」
「ん?」
ノウェムは視線を前に向ければ、見慣れた友達の姿が入った。
「ルアール…ティナ…リィエル……」
「ノウェム。外へ行ける道はこっち!」
「急いで!」
「歩調が広くなってる」
三人の声を聞き、さらに危機感を強める一同。
「確かに急いだ方がいいな」
危機感を募らせる一同。
ここいらで誰かが囮にならなければ、全員が助からないと誰もが悟った。
故にノウェムは判断するしかなかった。
「おい。事実上ターク」
「なんだよ」
(右腕なのも今更だろ)
今更感をだすタークにノウェムは提案する。
「私とコロネで囮になる。貴様らは別ルートで外に出ろ」
自ら殿になるので外に退避せよ、という提案だった。
これに対し、タークは反論しかけたが、後ろから追いかけ続けるデカ物を前に悠長なことを言ってる場合じゃないのも確かなので、ノウェムの提案を引き受けることにした。
「分かった。ただし、無茶だけはするな。あくまで誘導に徹しろ」
「ああ。その通りだ!」
ノウェムはその言葉を皮切りにコロネは黒翼をはためかせ、漆黒の怪鳥に変化する。
「奴の視界を封じ、意識をこっちに向かせるぞ!」
「OKぇー」
怪鳥に変化したコロネは黒翼を羽ばたき続け、デカ物の視界を覆うように黒い羽が降り落ちてくる。
“九傑”の一人、コロネは妖鳥族の血を引く少女だ。
“白銀の黄昏”に入る前から実力は“問題児”の中でも一目を置かれるほどのものだった。
而して、その実力とは裏腹におつむの出来が悪く、作戦などの小難しいことを考えるのは不可能に近かった。
故に、こと戦闘においてはいつもノウェムと一緒に行動することが必然であった。
ノウェムは“九傑”内でも頭が切れる少女。
“ゲフェーアリヒ”時代から一緒に生活するのが当たり前だった。
“白銀の黄昏”になってからも二人の関係性が大きく変わることもなかった。
よって、ノウェムとコロネの間で意思の疎通は恙なく行え、ノウェムが考えてることは野生の直感で理解することができる。
コロネが展開した黒い羽のカーテン。
デカ物の視界を覆う黒いカーテン。
デカ物もいきなり、視界が見えなくなり、その場で地団駄してしまう。而して、地団駄しただけで足元が揺れ、別ルートで外に出ようとしているタークたちの足をもたつかせる。
「チッ。あのデカ物……」
小さい舌打ちをして、苛立ちを見せるターク。
だが、今は優先すべきことは外に退避すること。
せまい空間でデカ物を相手にするにはそれ相応の覚悟を強いられる。
(とにかく、今は――)
仲間の安全を最優先にするため、外に出ることを決意した。
「オメエら、さっさとこっちから出ろ!」
「急いで!」
「“白銀の黄昏”に助けられてることを忘れるんじゃねぇぞ!」
「急がないと、あのデカいのに踏み殺されてしまいます!」
ターク、エルラ、ナギニ、ユキネの四人が必死こいて部下共を外に出す。
「あのー、俺たちは……」
ユキネのもとに集まってくる二学年“問題児”。
つまり、ユンたちの後輩にして、“豪雷なる蛇”のメンバーが指示を仰いでくる。
「あなたたちも一緒に外に出なさい! それが難しいなら、敵の物資がどこにあるのか探してきて」
外に出るか内部調査の二択を迫られた。
後輩たちは一度、顔を見合わせ頷き合った。
「自分らは内部調査をしてきます!」
「シノ副委員長の戦いが終わり次第、治療にあたります」
「ユキネ先輩。ご武運を」
後輩たちは別ルートで“獅子盗賊団”内部を調査することにした。
ユキネも外に出て、建物に押し潰される心配をなくした。
タークたちが外に出たのを確認したノウェムはコロネに声を飛ばす。
「コロネ! 私たちも行くぞ!」
「りょーかーい」
間延びた声に調子を狂われそうになるのがコロネの悪癖だが、ノウェムはそれを注意しなかった。
(これがコロネだからな)
割り切っていたからだ。
コロネは黒翼を羽ばたかせて、アルスたちが作ってくれた出入口へと急いだ。
逃げる蠅を追うかのようにデカ物はノウェムとコロネを追いかけ始める。
ズシン、ズシンッ!!
すさまじい足音を立てながら、二人の後を追いかける。
足音を立て、腕を伸ばしてくるデカ物。
ノウェムは目線を後ろに向け、状況を確認する。
「――ッ!?」
(腕を伸ばしてきた……!? 確実に私たちを握り潰す気だな)
「コロネ! スピードを上げろ!」
「任せてー!」
黒翼をはためかせて、速度を上げた。
而して、いくら速度を上げようが、デカ物の手の大きさと腕の長さの前では無意味に等しい。
(クソッ! デカ物だからか。腕も長い上に手も大きく、通路が狭いから逃れる範囲なんて限られている)
このままでは握り潰され、殺されるのは確実だと言わんばかりにノウェムは表情を歪める。
「コロネ! これ以上は難しいか?」
「難しいよー!!」
コロネもデカ物がここまでとは思っておらず、これ以上は速度を上げられないと言外に言ってくる。
「これ以上は無理か」
ノウェムはコロネに負担をかけさせる場面ではないと理解しておる。ならば、自分ができるかぎりの手を尽くすべきだと考えていた。
辺り一帯が暗くなっていた。ノウェムは後ろに目を向ければ、既にデカ物の手が迫りきっていた。
「しまっ――!?」
ノウェムは一瞬の気の緩みと敵への意識が抜けていた自分に叱責する。
(すまない……コロネ……)
ノウェムは自分と同じように握り潰される親友のことを思ってしまう。
而して、握り潰される未来も杞憂に終わった。
突如として唸り声を上げるデカ物。
腕を押さえて、その場で地団駄する。
「――ッ!」
ノウェムはいきなりのことで呆けてしまったけども、気持ちを切り替えてコロネに声を発する。
「今のうちだ、コロネ!」
「うん!」
コロネも間一髪、命を救われた恩に報いるために黒翼をはためかせて、出入口へと急いだ。
その場で地団駄を踏んでいたデカ物は怒りで我を忘れているかの如く、咆吼を上げ、歩調を広げてノウェムとコロネを追いかける。
そして、二人が外に出たのと同時に建物の一部が崩落し、デカ物が外界に姿を見せた。
その姿はまさに化物といっても過言じゃない巨大さ。
巨人族なんて生易しいと思わせるほどのデカさ。
漆黒の巨人。
こう形容するほかなかった。
“狂巨人”、と――。
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