呪術による強化。
「あんまり、俺たちを舐めていると痛い目に遭うぜ」
その言葉は明らかにハムラを侮辱する言葉だった。
ズィルバーが投げた言葉を聞いたユンとユウトはなんと言えばいいのか困る表情を浮かべる。
漂う粉塵を“闘気”を流した剣で打ち払えば、眼前にハムラの姿がなくなっていた。
「いない……」
「倒した、のか?」
ユンはハムラを倒したのか思い込む。いや、思い込んでしまいたくなる。ズィルバーが放った今の一撃は直撃すれば、致命傷ではなくても多少なりとも傷を負っているはずだと思ってしまう。
それはズィルバーもユウトも同じであるのだが、心なしかズィルバーだけはハムラを倒したとは到底思えなかった。
何しろ――
「ん?」
(消えていない……)
“静の闘気”で気配を探る。
ズィルバーが探っている気配は当然の如く、ハムラの気配だ。
フゥーッと息をついて、“静の闘気”で気配を探ることに意識を向ける。
(あの女狐が俺の一撃で倒れるような奴じゃない。必ず、どこかに回避してるはずだ)
ズィルバーは“静の闘気”に意識を割いた。意識を割いたことで他が疎かになってしまった。
(この気配……呪術……? まさか――)
ピシピシと何かに亀裂が走る。
「ん? なんだ、この音……?」
ユウトが耳に入り込んでくる音に傾ける。
ピシピシと音が広がっていく感じがした。
(ユン! 真下!)
「――ッ!」
頭の中に直接警告するネルの叫びにユンはすぐさま、真下に目を向ける。
「おい! 下を見ろ!」
「え?」
「――ッ!?」
(そういうことか!?)
ズィルバーとユウトもユンに倣って、下に目を向ければ、三人を中心に、床に亀裂が走っていた。
「まずい……!」
「バラバラに散れ!」
ズィルバーの叫びにユンとユウトは床を蹴って、亀裂から逃れようとするも亀裂から走る黒い手がズィルバーとユウト、ユンの足に絡みついた。
「なッ――!?」
「なんだ、この黒いの――」
「見るかぎり気味悪いな」
(こいつは確か……呪術の類……)
『闇系統の魔術に類する気配が感じる……ズィルバー!!』
「分かってる!!」
ズィルバーは全身から漲る“闘気”を掌握し、放出させる。
「ハッ――!!」
猛った瞬間、黒い手が爆散し、床の亀裂を通じて、ユンとユウトの足に絡みつく手を吹き飛ばした。
ユンとユウトはなにが起きたのか呆気にとられたけども、床に亀裂が広がってるのを見て追撃がくると思い、すぐさま、亀裂が走っている範囲の外に出た。
ズィルバーも二人に倣って、亀裂の外から逃れた。
而して、一時的とはいえ、“闘気”を掌握したことによる体力の消耗は著しかった。
“闘気”の解放にはいくつかの段階があるのだが、“闘気”の消耗においては大きな差異がある。
“闘気”を発動させる段階であれば、肉体への負担は軽く、誰にでも習得できる利点がある。しかし、弱点として“闘気”を、魔力を練り上げるのに時間がかかる。
解放させる段階であれば、肉体への負担は増してしまうけども、常時、“闘気”を、魔力を練り続けることができる。
そして、掌握させれば、肉体への負担は凄まじく、心身共に大英雄クラスでなければ、すさまじい負担に身体が自壊する恐れがある。
しかし、全身に漲る“闘気”を制御下におけるため、相手がかけた術の類を無力化することができる。
それが“闘気”を極める最大の利点なのだ。
どれほどの強力な精霊と契約を結んでも、どれだけ異種族の能力に優れていようとも、“闘気”の熟練度で勝敗が決することがある。
世界とは“闘気”が、魔力が全てを凌駕するといっても過言ではない。
ズィルバーは既に“闘気”を掌握の段階に達しているが肉体面で成熟していないために体力の消耗が著しかった。
肩で息をついてるズィルバーにレインが心配の声をかけてくる。
『ちょっと、ズィルバー!? 大丈夫!?
息が切れてるけど……!?』
(仕方ないだろ。“闘気”の掌握は未成熟の身体には相当な負担がかかるんだぞ)
『だったら、解放の段階で戦えば……』
(今までの敵だったら、そうだっただろう。だが、アキレスやハムラの場合は掌握の段階で戦わないと勝てる相手じゃない)
ズィルバーは胸中でレインと会話をする。
ズィルバーが見立てなくてもハムラは既に大英雄クラスの実力者。“闘気”なんて掌握しているに決まっている。
たいするユンとユウトは未だに“闘気”の解放に入ったばかり。つまり、英傑の道を踏み入ったことを意味する。
いくら、強くなったとはいっても“闘気”の熟練度が低いと敗北する可能性がある。
“闘気”は修練と実戦を繰り返すことで強くなる。しかも、極限の戦闘ではさらに開花する。
この局面においての唯一の勝機は極限状態による成長のほかない。
而して――
(それは大きな賭だけどな)
胸中で言ってる矢先に崩れた床からゆっくりと浮き上がってくるハムラの姿を目に収める。
「やるのぅ。その年齢で“闘気”を掌握させるとは……」
シュルシュル
うねる狐の尾に座るハムラ。
たいするズィルバーとユウト、ユンの三人はまだ戦いは始まったばかりと言わんばかりの“闘気”を漲らせていた。
而して、ズィルバーだけは息を切らしてハムラを見つめている。
息を切らすズィルバーにハムラは声を投げてくる。
「どうした、銀髪の異彩眼少年。いや、今は少女と、言った方がいいかえ?」
ハムラの言葉にズィルバーは徐々に息を整えていく。
「だったら、なんだ? 俺が男じゃないから戦う気がないって言いたいのか?」
挑発じみた言葉に同じく挑発で返すズィルバー。
「いいや。そうは言っておらん。妾はその歳で“闘気”を掌握させた技量に感服しておるだけじゃ」
(さすが、ヘルトじゃ。[戦神]の異名は伊達ではないのぅ)
ハムラはヘルトを高く評価する。
「……にしても、ベルデの子孫もおっかないものじゃ。この妾を殴り飛ばすとはあまりの衝撃じゃ。思わず、昔を思いだしてしまったのじゃ。
ベルデに蹴られたことをなぁ」
ハムラの物言い。それは完全に余裕を取り戻している。
最初はユンの真の力に圧倒されていたが、徐々に冷静さを取り戻していき、激昂していた自分を戒めたのだろうとズィルバーは推察する。
ハムラの瞳はユンの両肩と背中から洩れだしてる“闘気”と姿を納めてる。
「しかも、親衛隊の小僧……お主と刃を交えたとき、“闘気”……魔力の波長を見させてもらった。
まさか、あの巫女騎士長と契約を交わしておるとは……」
今度はユウトに声を投げ、キララと契約してることが気づかれてしまった。
ユウトはいずれ、バレると分かっていたので顔色一つも変えなかったが
(数度、交わっただけで、それが分かるのか。
ズィルバーといい、“闘気”の扱いが上手い奴はスゲぇな)
たった数回でそこまで見破られるとは想定していなかった。
ハムラはズィルバー、ユン、ユウトの順に目を向けた後、再度、ユンを見つめる。
「さて、妾の力も分かったことだろう。
早くしないとお主らの大事な仲間たちはフィスたちに殺されてしまうぞ?」
「どういうことだ?」
(女狐の口調……明らかに自分なんかよりもティアたちのことを気にかけている言い回しだ)
なにを企んでいるんだ、と警戒するズィルバー。
すると、ハムラは信じられないことを口にする。
「フィスたちは妾の呪術で異種族の能力を剣という形に凝縮させた上で“魔族化”させたのじゃ。
見た目は魔人族じゃが。異種族の能力は呪術で分離させたのじゃ」
「は?」
「何を……言ってるんだ?」
ハムラの言ってる意味が分からず、困惑するズィルバーとユウト、ユンの三人。
「理解できぬか?
それもそうじゃな。妾もこの千年、呪術の研究にとことん突き詰めたものじゃ。
呪術とは呪詛を体内に留めて、力に変換させる術じゃ。しかし、それは人族にしかできぬ芸当なのじゃ」
「はっ……?」
(人間にしかできない芸当?)
ハムラが言ってることに理解できず、困惑を極めるズィルバーたち。
「しかし、異種族が呪術を行使すれば、異種族の固有能力を肉体と武器に分離することができるのじゃ」
「何を言ってる?」
「分からぬか。
本来、呪術は人族と異種族とで用途が異なるというのじゃ。もっとも、妾もこの千年かけて、ようやく気づけたことじゃがな」
ハムラの言葉が理解できずにいるズィルバー。
ユンとユウトはハムラが言ってる意味すらも理解できていない。そもそも、呪術とはいつから存在するのかも現代では解明されていない術の一つだ。
「呪術とは呪詛を体内に留める技術は精霊と契約でき、精霊と対になる力だからこそ、体内に留めることができる人族独自の技術じゃ」
「ネル。そうなのか?」
ユンは思わず、声を出したままネルに問いかける。
『確かに、呪術は精霊と反目し合っている。
共存できない力よ。それを逆手にとって、呪詛を体内に留める技術を編み出したのが“隠密集団”の長よ』
「……そう、か」
ユンは自分だけの新技術かと思いきや、過去、千年前には既に確立された技術だったのかと知る。
而して、ハムラは手を見つめてるユンに声を投げる。
「じゃが、独学と閃きだけでその技術に到達できる。お主の才能はバカにはできぬ。
而して、妾のような異種族では呪詛を体内に留めることができるのじゃ。呪詛を体内に留めるだけで呪いが身体中を駆け巡り、想像を絶する痛みを伴うのじゃ」
この結果を得られるまでに数々の実験を繰り返し続けたのがハムラの口調と雰囲気が察せられる。
「しかし、研究をする中で答えに至ったのじゃ。呪術とは本来、その種族が持つ固有能力を肉体から分離させる技術じゃとな」
ハムラはいくつかの実験と過程を踏まえた上で、その結果に得られたのを自らの口から語った。
而して、その実験のために数多の異種族の命を奪い続けたことであるのが想像に難くない。
「くだらんな」
「なんじゃと?」
ズィルバーがつい口に出た言葉にハムラが反応する。
「くだらなさすぎる。ここはライヒ大帝国。人族と異種族の仲を深めようと努力し続ける国だぞ。
そんな国で悪辣な実験を繰り返したってのか?」
ズィルバーの言葉で反応するユンとユウト。
「確かに……」
「まさか――!?」
ユンとユウトもここまで来て、ハムラが非人道的な実験を繰り返してきたのだと理解させられる。
罪のない者たちの命を奪ったハムラに殺意を抱き、殺意がこもった目で睨みつける。
殺意が向けられてるハムラはクスッと妖艶な笑みを浮かべる。
「知らぬ。ここまでの過程で利用した命なんぞ、妾には関係のないことじゃ」
「外道がァ!!」
ズィルバーは声を荒げるのと同時に身体に漲る“闘気”を爆発的に解放させる。
その凄まじさにハムラはますます妖艶さが増していく。
「よいのぅ。荒々しくも清澄な“闘気”……お主を見ているとかつての大英雄を彷彿させるのじゃ」
「かつての怪物?」
ユウトは訝しむ。
「――[戦神ヘルト]じゃ」
ハムラの口から明かされた怪物の名前にユンとユウトは言葉を詰まらせる。
二人からすれば、なぜ、ズィルバーから放たれる“闘気”が伝説の偉人と彷彿させるのか見当がつかなかった。
「じゃが、そんなことはどうでもよかろう。
お主らの部下は妾によって力を切り離された部下共に殺されるのだからな」
クスリと深い笑みを浮かべるハムラにズィルバーとユウト、ユンの三人は鈍い表情を浮かべる。
「ティア……」
「シノア……」
「シノ……」
三人は敵と交戦してるティアたちのことを思い浮かべた。
一方、ティア、シノア、シノの三人は魔人族と成り下がったフィス、オピス、エラフィと交戦していた。
その中で“犠牲”の名を冠する“死旋剣”――サクリ・フィスと剣を交えているティア。
ティアは剣を納め、抜刀する姿勢を見せる。
「――――」
フィスは目を細め、ティアの構えから技を推測する。
(抜刀……“剣蓮流”に似てるな……)
そして、ティアは剣を走らせる。
「“剣蓮流”・“神朧太刀”!!」
居合抜刀の剣がフィスに襲いかかる。迫り来る剣閃を前にフィスは心を落ち着かせる。
「速い……だが――」
(斬られることはない)
フィスは中が空洞の剣でティアが振るう剣閃を刃で走らせるようにして回避した。かと思いきや――
「そこまでは読んでいた――“剣蓮流”・“神太刀流”・“二連・神剃刀”!!」
流麗な動きに合わせて、二枚目も剣閃がフィスに襲いかかる。
「――ッ!」
(なんて流麗……ここまで剣に身を捧げた女は初めて見た。
しかも、齢は私よりも半分下だというのに――)
「たいしたものだ」
フィスは剣の腹でティアの剣を受け止めた。
蹈鞴を踏む足取りを足に力を入れることで踏ん張らせた。
而して、ティアは蹈鞴を踏んだ足取りに違和感を持ち始める。
「今の……」
いや、正確に言えば、既視感であった。
「今の動き方……」
(どこかで見たことが……)
一見、変わった足取りに思えるが、ティアからすれば、どこか見覚えのある足取りだった。
ティアが訝しむ眼差しをフィスに向ければ、
「どうした?」
フィスがティアに声を投げる。
「私の動きに、どこか違和感でもあるのか?」
「うーん」
と、ティアは頭を捻らせる。
(今の彼女の動き……どこかで見たことがある気がする……どこだったかしら?)
頭の中で疑問や謎でいっぱいになっていく。
(彼女の動きというか、足運びというか、どこか水面歩行しているみたいな……)
「ん?」
ここでティアは胸中に言った言葉を思いだす。
「水面歩行……」
(まさか――)
ティアはフィスの動きから一つの可能性に思い至り、剣を強く握る。
(試してみる価値はあるわね)
上段構えをしていたティアがここに来て中段構えを見せる。策略ありと思わせる構えだが、フィスからすれば――
「面白い」
と呟いた後、ティアの策略を乗ることにした。
フィスは床を蹴って、ティアに接近する。
振り下ろされる中が空洞の剣。ティアは剣の刃で走らせて受け流す。
刃で受け流す際、フィスの“闘気”を絡みとる。
「とった! “水蓮流”・“流水”・“五月雨”!!」
絡めとった“闘気”を自身の“闘気”に変換させ、カウンターに興じるティア。
迫り来る刃を前にフィスは冷静な顔つきかつ冷静に見つめていた。
逆にティアもフィスを見つめてる。
カウンターを繰り出してもなお、平然としてるフィスの出方を見る。
(さあ、どう躱すのかしら?)
ティアはフィスの出方を見る。
ティアの誘いとは裏腹にフィスはフッと口角を少しだけ吊り上げる。
「その程度の攻撃で、この私の本性を暴けると思うな」
「えっ?」
「“渦回し蹴り”!!」
右脚を軸に左脚の踵がティアの脇腹に叩き込まれる。
グラッと体勢を崩すティア。回し蹴りを受けただけとはいえ、ティアからしたら尋常じゃないダメージを負いかける。
回し蹴りを受けた反動で壁に打ちつけられるティア。
「うぐっ!?」
(今の一撃……今の動き……やはり……)
ティアは攻撃を受けてしまったけども、フィスがどのような種族なのか見抜いた。
壁に叩きつけられたティアは床に倒れ込むかと思いきや、左手で床を叩いて、後ろに宙返りして退いた。
而して、脇腹に叩き込まれた一撃は重く、呼吸が少し荒かった。
(危なかった……咄嗟に“動の闘気”を大きく纏わせたから致命傷にならなかった問題なかったけど……衝撃を浸透させる技……そして、あの動き……間違えない。フィスの種族は――)
ティアがフィスの如何様な種族なのか判明したのと同時にフィスはティアの技量に感服するほかなかった。
「あの娘……」
(蹴りを受ける直前、“動の闘気”を大きく纏わせて、致命傷を避けた……いや、あの動きは初めての対応ではない。
どこかで見たことがあるような対応の仕方だ)
フィスもティアが自分の技への対応の良さに訝しむ。
訝しむ眼差しを受けて、ティアは呼吸を整えながら話し出す。
「あら、解せない面持ちね。
私が初見の動きなのに対応されたことに……」
ティアの問いかけにフィスは沈黙する。その沈黙は肯定であるかのようにティアは受けとる。
「正直なところ、私も驚いている。
魚人族が魔人族になるなんて聞いたことがないから」
「なぜ、私が魚人族だと分かった?」
「動きよ」
「動き?」
「身体に染みついたものなのかしら……もしくは種族的な癖なのかしら。あなたの足運びが水面歩行をする動きに酷似していた。私は実際、魚人族と出会ったことがあってね。
その時、魚人族の足運びを見たのよ。水面を滑らかに動く姿を――」
ティアは防衛戦争後、“蒼銀城”で初対面した魚人族のヒューガからフィッシャーの特徴を聞き、動きを実際、見せてもらったことがある。
「なにより、今、見せた“渦回し蹴り”がその証拠……あれは魚人族が編み出したとされる“魚人武芸”……そんなの扱えるのは魚人族と人魚族だけよ」
ティアは経験に基づく推理のもと、フィスの種族を言い当てる。フィスもまだ齢十代の女子に見抜かれるとは思わなかった。
「バレては仕方ない。ならば、それを踏まえて戦えばいいだけの話だ」
ギュッと剣を握るフィス。
剣に“動の闘気”が帯びていく。
「――ッ!」
(雰囲気が変わった)
警戒心を強めるティア。
「気を抜くと――」
瞬間、ティアの視界からフィスの姿が消えた。
「――死ぬぞ!」
「えっ――?」
ティアめがけて両断するかのように剣が振り下ろされた。
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