英雄。敵の正体を知る。
ティアが述べた内容に挙動不審に陥るシノ。
「え?
街? 街全体がユンと呼応してる?
ど、どど、どういうことよ、ティア!?」
シノはティアに問い詰める。
しかし、今のシノは次々に起きる展開に頭が追いついておらず、てんやわんや、しっちゃかめっちゃかの状態であった。
なので、ティアがまず、すべきことは――
「シノ。
まず、落ち着きなさい」
「落ち着いてられるわけないでしょ!?
ああ、まずは街民に被害が及んでいないか。確認しないと……あっ、怪我人が出ていないか確認もしなけれ――痛っ!?」
慌てふためくシノの額に小突くティア。
「落ち着きなさい。
慌ててると些細なことを見落とすかもしれないわよ」
「でも、今ので民たちに被害が――」
「落・ち・着・き・な・さ・い!!」
慌てふためくシノの両頬に手を添えたティアがキツく詰め寄りかけ、迫力のある言葉にシノはコクッと頷いて、落ち着かせる。
彼女が落ち着いたところで、ティアはズィルバーに聞いてみた。
「ねぇ、ズィルバー。
これって、カズの時と同じよね」
「ああ。明らかにカズの時と同じだ。
と、すれば、この状況を敵が既に気づいてる場合だってある」
「敵に気づかれてるというの?」
「これだけ大規模な術式の場合だと、魔法陣の外にいる敵なら、気づかれることはないけど、魔法陣の内部。しかも、アルバスほどの手練となると、大規模の魔法陣が起動したのを気づかれてもおかしくない」
彼は自らの考えを述べた。
ズィルバーの弁を裏付けるかのように“獅子盗賊団”の本拠地。
テラス席で紅茶を嗜んでる黒髪の女性。彼女が紅茶を口に含ませて、味を味わってたところで、ふと、巨大な力を、その身で感じとった。
「――――」
彼女が口を噤ませ、彼方に瞼を細めて見つめていた。
「お姉様。いかがなさいました?」
そんな彼女に声をかける褐色肌の女性――フィスは女性が意識を別の方向に向けられてるのを気にかけていた。
「外がやけに騒がしくなってきたな」
「騒がしい、ですか?
私には、とても静かで穏やかに思えますが……失礼しました。
すぐにでも、調査隊を送ります」
フィスは女性の問いに素直な感想を述べるも彼女が少し細めた眼差しを向けられ、すぐさま、頭を下げて、部下を派遣させようと意見を促す。
「よい。お主に気づけなかったのなら、敵はかなりの強敵というわけじゃ。
この波長はベルデにそっくりじゃな」
彼女が口にした言葉の中に含まれた人物名にフィスは心当たりがあった。
「ベルデ、と言いますと……パーフィス公爵家初代当主を務めたと言われる――」
「そうじゃな。現代ではそう語り継がれておったな。
妾の時代ではベルデは“鬼神”と呼ばれておった。あやつの強さはもはや、鬼族そのもの。人族でありながら、鬼族を思わせる強さを秘めておった」
「私はそのような話を聞いたことがありません」
フィスにとって、ベルデ・I・グリューエンとは偉大な初代当主としての歴史が色濃く残ってる。
英傑、大英雄としての歴史はマイナーよりに語り継がれていた。
故に、女性との齟齬が生まれてしまったのだった。
「お主が知らなくても、致し方あるまい。長きにわたる時が経てば、歴史も大きく歪んでしまってもおかしゅうない」
女性はフィスを卑下することもなく、時代の流れを、その身を以て味わっていた。
「千年も経てば、あやつの伝説も薄れていくのだな」
「お姉様。この国では三神が信仰されていて、特に[戦神ヘルト]への信仰者が多いとされています」
フィスはライヒ大帝国の信仰事情を女性に話した。
「三神、か」
彼女も現代では、そのように信仰されてることを知り、時の流れをさらに強く感じることとなった。
紅茶を嗜み終えた彼女にフィスが新しい紅茶をカップに注ごうとした際、彼女がフィスの手を止めた。
「お姉様?」
「よい。紅茶を幾分なく楽しめた。
妾は此度の戦でなんとしても勝たなくてはならない。妾にも譲れないものができた」
「譲れないもの、ですか?」
フィスはカップを回収し、女性が口にした譲れないものとはなんなのか訊ねた。
「そればかりは教えられぬ。妾にとって、唯一無二の変化であり、成長なのじゃからな」
彼女の答えには、これまでに味わってきた時間の変化と心の成長が窺い知れた。
しかし、どのように心が成長したのかフィスには窺い知れない部分が多くあった。
と、そこに盗賊団のメンバーがテラスへ入り、女性とフィスに伝令を伝える。
「そうか。ご苦労だった。下がれ」
「ハッ――」
メンバーが下がれば、フィスは彼女に話しかける。
「お姉様」
「どうやら、戦の準備が整ったようじゃな」
「では、すぐにでも出発を――」
「待て。今、“黄銀城”へ侵攻するのはかえって危険じゃ。
ここは既に向こうの領域……こちらがへたに動けば、向こうも、その動きに合わせて、対応策を講じるはずじゃ」
「では、いかがなさいましょうか。このまま座して待つのはかえって危険かと思われます。いっそのこと、このアジト周辺に罠を張り巡らせるのが上策かと」
「それは上策でもなければ、下策でもないな」
フィスが女性に具申すれば、彼女は策ですらないと答えた。
「しかし、このまま座して待つのは死ぬようなものじゃ。ここは迎え撃つにしても、何かしらの準備をしておいた方がよいのぅ」
うーむと、頭を悩ませる女性にフィスが新たな具申を提示する。
彼女もフィスの新たな具申を聞き、その考えをよしとした。
「いいじゃろう。幾分、賭けに等しいが、成功すれば、一気に流れを持っていけるかもしれん」
よい働きじゃ、と言わんばかりに満面な笑みを浮かべる女性にフィスは頭を下げた。
「もったいないお言葉。もったいない笑顔でございます」
自分が受け止めるにはあまりあると行動を示した。
(あぁ~、お姉様。擦れば、その笑顔を私にだけ向けられることを――)
フィスは本心で女性の笑顔を独占したいと欲望に塗れていた。
(自分が男だったら、どれだけお姉様を愛してやまれないだ、と。常々、思ってしまうよ。口惜しい)
心の底に眠る愛欲がフィスの身も心も蝕ませていく。
女性はそれをよしとした。理由はどうであれ。フィスがさらに強くなれるのなら、自分をどう扱われても厭わない覚悟を示していた。
故に、彼女はフィスに問う。
「フィスよ。此度の戦で、お主は死ぬかもしれん。それでも構わぬか?」
「お姉様。構わぬ、とは?」
「もし、死ぬときが来れば、命ほしさに妾を差し出しても構わぬ。お主は、まず、生きることを考えよ」
女性はフィスにもしもの時は自分を差し出せ、と言う。その言葉に含まれる想いはフィスを大事にしたいという子煩悩。
いや、親として子供を守りたいという愛かもしれん。とにもかくにも、女性はフィスに生きてほしいと願う。
短い付き合いといえど、そこには愛があった。大切に想い合いたいと強い感情が芽生えていた。
しかし、女性の問答にフィスはムッと不機嫌さを醸し出させる。
「お姉様。その言葉だけは聞き入れたくありません。たとえ、お姉様が想っていても、このフィス。その命令だけは聞き入れることができません」
「なぜじゃ? 此度の戦は妾が胸の奥底に抱く私怨そのもの。黒き炎は“黄銀城”の全てを焼き尽くさぬかぎり、消えることはない。
しかし、お主ら盗賊団を利用し、死なせようとしてるのもまた事実。
できれば、フィス。お主だけは生きててほしいのじゃ。これは他ならぬ妾の本心じゃ」
女性は胸を割って、自らの本心を語った。
語られた本心を聞き、フィスは彼女の嘆願を拒否するかのように首を横に振った。
「なぜじゃ、フィスよ。短い期間とはいえ、妾はお主を――」
「お姉様」
フィスは間を置き、胸に手を置いてから本心を語った。
「お姉様。私にとって、お姉様は人生の転換点でした。あの時、お姉様が手を差し伸べてくれなかったら、私は未だに、あの男の下で惨めな思いをしていたことでしょう。
たとえ、お姉様が私に「生きろ」と言われましても私はお姉様のために、この命を燃やし尽くしたいと思っております」
赤裸々に語った本心に、女性は心を打たれてしまう。心を打たれてしまった自分を呪いたくなってしまった。
(なんて、美しいものじゃ。そんな美しいのを妾は――)
女性は自らのうちに秘める復讐という炎が恨めしく思う。
故に、女性は思う。かつて、自分を打ち負かした男が抱いた気持ちを――。
(主君のため――。主のために自らの命を捨てる覚悟……戦場に出る者において、一番必要とする覚悟。敗北して誇りを失うよりも、死して誇りを抱いたまま、使命を全うする覚悟。
かつて、妾が持ち得ずにして、敗北に期したもの……それを今になって抱くことになるとは――)
「なんとも、運命とは酷なものじゃな」
女性は自分に卑下したのだった。
東部の居城――“黄銀城”。
その城に眠られた力。封印された力が解き放たれた。力が解き放たれた影響なのか。ユンは窪みから手を離してもなお、東部全域の状況が情報として頭の中に一斉に流れ込んでくる。
「ッ――!?」
一斉に流れ込んでくる情報の渦に頭が、頭脳が、脳が防衛本能を引き起こし、彼の意識がショートしかけた。
「ユン!?」
グラッとよろめくユンにシノが駆け寄り、その身体を支える。
「すまん……シノ」
姿勢がぐらついたユンだが、初めての広大かつ膨大な情報を一気にその身で体感したことで脳が拒否反応を示した。
故にユンの意識は一時的にショートしたともいえる。しかし、彼もベルデとの修行を経て、脳へ送られる神経伝達を幾ばくか制御することができた。
一時的とはいえ、制御させたことで脳への負担を抑え込むことができた。
だが、その技量が拙く、それを扱う身体的な年齢が未熟であることが最大なる欠点でもある。
脳と神経にかかる負荷が膨大すぎると得られる当人の魂に多大なる損害を被ってしまうことだろう。
而して、ユンは“人格変性”なる異能を持ってる。その異能は人格が分けられている。いや、より正確に言おう。
魂が分けられている、と定説した方が正しい。
世間で言うところの夢遊病に等しいと言われるかもしれない。一つの身体に複数の魂を、人格を有するということ。
これを魔法学的、異能的に言えば、“魂分割”。
異能と言われれば、異能と言えようが、厳密に言えば、異能ではない。
“魂分割”とは一つの魂を人格的あるいは性別的、あるいは魂そのものが分裂するという現象にすぎないからだ。
いわば、異能の原点とも言われる現象と言えよう。
ユンも魂を“魂分割”の一側面、人格的に分けられたために、どちらが主人格というわけでもないのだ。
だが、“魂分割”にはいくつかの欠点が存在する。
一つは膨大な情報による負荷が計り知れないということ。これは心的要因が関わってるのではないかと言われてる。
もう一つは魂が斬られてしまった場合、力が分散してしまうという事例が挙げられる。
ユンの場合だと、膨大な情報による過負荷が肉体的にも精神的にも深刻なダメージを負われてもおかしくない状況。なのに、彼になんら変化がないどころか、立ち眩みだけで済まされたのはひとえに“人格変性”の恩恵ともいえる。
時に莫大な情報は肉体よりも精神よりも魂に深く影響を及ぼす。その場合、精神が拒絶反応を示すことがある。だが、ユンの場合、彼には“人格変性”という異能がある。
荒々しい人格が穏やかな人格を守ったと言えよう。
『全く、危なっかしいぜ』
(お前……)
ユンは自己意識の中でもう一人の自分と対話する。
『情報ってのは時に取捨選択しろ。
俺たちと同じだ。学園事情や内政に関してはオメエの役割だ。危なっかしい事は俺に任せてよ』
(だが、お前だけで勝てない場合があるし。内政でもお前にしかできないことがある。お互い、場合によりけりだが、一蓮托生だろ?)
穏やかな人格が荒々しい人格を説き伏せる。
これには、彼も一杯食わされた面を浮かべる。
『参ったねぇ。そんなことを言えるようになっちまうとは……』
やれやれ、と首を左右に振りながら、闇の中へと消え去った。
ユンは自己意識から現実に戻れば、シノに抱き寄せられてることに気づく。
「ユン!? 大丈夫!?」
「大丈夫だ、シノ……ちょっと、立ち眩みしただけだ……」
「ちょっとどころじゃないでしょ!! とりあえず――」
「――何があった?」
シノの声と重なるかのように広場に入ってくる一人の男性。
彼はパーフィス公爵家現当主――レイルズ・R・パーフィスである。
レイルズはシノに抱き寄せられてるユンの姿を視界に納める。
「ユン!? 大丈夫!?」
彼の後ろから出てきた一人の少女がユンの体調が悪そうに見えたので、すぐさま、彼のもとに駆け寄った。
外野で静観してるズィルバーたちだが、ユンのもとへ駆け寄っていく少女。深みかがった藍色の髪をした少女は知らなかった。
「ティア。あの人は――?」
「セイ・R・パーフィス。ユンの実姉で。彼のことを人一倍に溺愛してるお姉さんよ」
(まるで、姉さんたちと同じだ)
ズィルバーの胸中に抱くのは自分の双子の姉であるエルラとヒルデのことを思い浮かべた。
「セイさんはお姉様の派閥で、姉様が生徒会長に就任した際、東部の支部会長に就任になった東部でも実力のある方よ」
「あぁ~、姉さんから聞いた。あの生徒会戦挙のこと?」
「そう。会長選と同時に開催される“決闘リーグ”で優勝した際、次期会長が決まるって話よ。
そういえば、時期的にも近いわね。姉様の任期が二、三年で終わるって言っていたし」
「そうなれば、生徒会も後継人を指名されるってわけか……」
(指名されないことを祈ろう)
ズィルバーは自分が生徒会長の後継人に指名されないことを祈るばかりであった。
一方、皆から心配されるユン。
「大丈夫なの、ユン?」
ペタペタと触診してくるセイの手を煩わしそうに思うユンだが、心配かけたのは自分なので、好きなだけ触らせることにした。
このような行動、態度を示してるから姉妹から溺愛される始末であることを彼は知らない。
「大丈夫だよ、姉さん。
父さんも心配かけてごめんなさい」
「ユン。お前、一体何をした?」
レイルズは理由を問わせようと見つめてくるのが“静の闘気”を使用しなくてもわかる。
「この城に秘められた力を解き放っただけです」
「この城の力? この“黄銀城”には秘めた力があるというのか?」
レイルズは初耳と言わんばかりの態度を取る。
「知らないのも分かります。俺も同じでした。でも、耳長族の里に行ったことで俺は初代様に会いました」
ユンは急に変なことをほざき始める。
「初代様に、会った……?」
「初代様っていうのは、私たちのご先祖様?」
セイは確認するようにユンに物申せば、ユンはその通りだと言わんばかりに首肯した。
彼の頷きにレイルズはとても信じることができなかった。
「ば、バカな……初代様は千年以上前の偉人だ。そのような御方とどんな方法で出会ったというんだ」
「耳長族に造らせた聖域にいました。いたと言っても、思念という魂の存在でしたけど、俺は初代様に出会い、力の使い方やいろんなことを教えてくれました」
ユンは自らの意志で念じれば、雷が轟かせて、一人の女性が虚空から姿を見せる。
轟く雷鳴。煌めく雷鳴を体現するかのような金髪。開かれる瞼に映り込む金色の瞳は果てしなき雷鳴を思わせるかのような透き通っていた。
端から見れば、大精霊の風格を見せる。しかし、その風格も先まで眠っていたのか瞼をこすっていた。
「もう、ユン。もう少し寝かせてよ」
「少しは緊張感を持てよ」
「仕方ないじゃない。ベルデと本気で殺し合えば、眠くもなる」
「それでも、大精霊としての風格を持てよ」
緊張感すらも見せないネルに呆れて肩を落とすユン。
ユンがネルを呼び出したこともそうだが、目の前に精霊が出現したことに、レイルズもセイもどう判断すべきか分からず、呆気にとられていた。
「ね、ねえ、ユン。この人は誰?」
セイはユンを呼び捨てで話しかけるネルが気にくわない表情で見つめ始めた。
最初は呆気にとられたけども、溺愛するユンへの接し方に不機嫌に思い、ムッと睨みつけてる。
「あなたこそ、誰よ?」
ムッとユンに寄り添ってる少女に嫉妬の眼差しを向けるネル。
険悪ムードを展開しかけるもユンがズバッと空気をぶった切る。
「姉さん。ネルは俺の契約精霊だ。あんまり、精霊と関係を悪くしないでくれ」
「むぅー、でもー」
「でも、じゃない。ネルもだ。彼女は俺の姉さんだ。仲良くしてくれ」
「むぅー、分かった」
ふて腐れるセイとネルだが、雰囲気というか空気感が互いに納得していなかった。
互いに納得していない空気の中、ズィルバーが横から割り込む。
「妙な空気感で申し訳ないが、ユン……今、キミが手にした情報は東部全域の情報じゃないか?」
その言葉にユンは言葉を詰まらせる。
「その沈黙は肯定ととらせてもらう。それでなにを知ったか。教えてくれる?」
荒唐無稽な言葉に聞こえるズィルバーの話だが、ユンはハアと息を吐き出す。
「なんで、分かるんだよ」
ジト眼を向けられるもユンは再度、息を吐いて、ズィルバーの質問に答える。
「ああ。わかるよ。東部全域の状況が……」
ユンは明後日の方向に顔を向け、なにかを見つめてる。
ズィルバーとユンとの会話を横耳で聞いてるティアたちは「何を言ってる?」と空気感を醸し出す。
レイルズですら、内容の本質を読み取れずにいた。
ただ一つだけ言えることがあった。
(私とて、鍛えてはいる。鍛えてはいるけども、今のユンに勝てる見込みが少ない)
レイルズとて、数多くの修羅場を潜り抜けた猛者だ。そんな彼でも、今のユンに勝てる方法が思いつかない。
今のユンはレイルズの予想を遙かに超えるほどに強くなっていた。
予想を超える成長に驚きを隠せずにいるレイルズ。彼の視線を浴びつつもユンは視線をズィルバーに向け、東部の状況を伝える。
「“獅子盗賊団”の本拠地に感じたことがない“闘気”を感じとれる」
「感じたことがない“闘気”?」
目を細めるズィルバー。彼は詳細を訊ねる。
「禍々しく、真っ黒い“闘気”……でも、波長は人族じゃないな。ユキネのような“魔族”よりじゃない。むしろ、タークより……“獣族”だ」
「“獣族”、か」
(“獣族”でも特徴が大きく変わる)
ズィルバーは胸中で疑問が広がる。彼の疑問に答えるかのようにユンは感じたことを話し続ける。
「この波長は……十尾? 狐、だな」
「狐?」
「“妖狐族”だな」
シノが思わず、漏らした疑問をシューテルが答えてくれた。
「多分、その狐がヴァシキを殺したんだと思う」
「狐の特徴はわかるか? わかる範囲でいい」
ズィルバーが特徴を訊ねる。
「黒い髪に……白い肌……黒っぽい服を着てる…………黒い瞳が特徴、かな」
いくつかの特徴を挙げられ、ズィルバーは今まで戦った相手の記憶を総動員させる。
「うーん。どこかで聞いたことがあるような、ないような……」
「むしろ、そこまで調べ上げるあなたの記憶力がすごいわよ」
頭を捻らせるズィルバーに、ティアが冷静なツッコミを送る。
「また、見えた。左腕から左肩まで伸びる雷傷がある」
ユンが供述した最後の情報がズィルバーの中でカチリとピースが嵌まった。
「雷、傷……」
「ズィルバー?」
同時にネルと小鳥姿になっていたレインも人の姿に戻って顔を見合わせる。
「ネル。もしかして――」
「あの女狐……まだ生きてたの……」
敵の正体が分かってしまったレインとネル。ユンたちは話の急展開に追いつけず、置いてけぼりを喰らう。
「ちょっと、あんたたちだけで納得しないでよ」
シノが割り込んでくる。
「ごめんなさい。でも、相手があの女なら、東部を攻め込むのも分かるわ」
「忌々しい……復讐心に燃えすぎ」
敵の正体が完全に分かったことでネルはユンに事情を話す。
「ユン。あなたのおかげで敵の正体は分かった」
「分かったのか、ネル!?」
「ええ。心して聞いて、ユン。これはベルデの血を引くパーフィス公爵家にとって宿命の相手……」
「宿命の相手……」
ユンを含めたパーフィス公爵家の血族は逃れられない宿命を背負わされていた。
「おそらく、“獅子盗賊団”っていうのを壊滅させ、自分の軍隊に変えたのはハムラ」
「ハムラ……?」
セイは敵の正体を聞き、首を傾げる。
「千年以上前から生きる妖狐族で……かつて、ベルデが完膚なきまで倒した女よ」
ネルの口から明かされた衝撃の事実がユンたちの中で駆け抜けていく。
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