英雄。東の居城に入る。
耳長族の里の外れで修行していたズィルバーたち。
そんな彼らのもとにアルバスを連れたタークたちが近づいてきた。
「おっ、タークじゃねぇか」
最初に気づいたのはズィルバーのもとで修行していたシューテルであった。
彼が気づいたことで全員の動きを止めてしまう。
「ほんとだ。ユンとこの右腕じゃん」
ズィルバーも視線を変えて、タークたちを見る。
「ん?」
時にズィルバーはアルバスの後ろに隠れてついて来てる“小人族”の少女の姿が目に映る。
(小人族、だよな。
あんなに背が小さいのなら、そうだよな。
――にしても、あの蒼髪のボブカット。色白の肌を見るだけで誰なのかよく分かる。
あのバカ弟子……千年前よりも強くなってるじゃないか)
ズィルバーはアルバスの後ろに隠れ続ける少女を見つめ続ける。
彼を無視して、ティアは辺りを見渡す。
「あら?
シノとユンはどうしたの?」
ティアはタークたちにユンとシノがどこにいるのか訊ねれば、彼らは何やら言いにくそうな表情を浮かべていた。
これにはティアも疑問符を浮かべる。
小人族の少女を見つめてたズィルバーはティアの質問は耳に入っていて、目の端でユンの部下たちがなんとも言い難い表情をしていれば、おおよその見当がついた。
「どうせ、ユンがバカなことをして、シノに叱られてるんじゃないのか?」
当てずっぽうな発言だったが、正解だったようでタークたちが勢いよく首肯した。
彼らの頷きにズィルバーとティアはハアと肩を落とした。
「全く、変なところで天然さを見せるよな、ユンは――」
「彼に振り回されるシノが可哀想……」
ティアは振り回されてるシノのことを気にかけ、額に指を添える。
「俺もティアを振り回してしまい、毎度、申し訳ございません」
ズィルバーも自覚があったのかティアに謝罪するも
「いいわよ。もう慣れっこだし。
それにズィルバーの場合は“両性往来者”で女になった時、着せ替え人形にさせて鬱憤を晴らしてるから」
「俺の着せ替え人形のあれは鬱憤晴らしをしてるのか!?」
ティアが口に出した内容に動揺しつつ言い返すズィルバー。
「そうよ。あれでストレス発散してるの。
だって、ズィルバーって可愛いんだもん。
綺麗な服も可愛い服を着ないと、せっかくの美しさが損よ」
「それって、ティアが満足したいだけだよね!?」
問い詰めるズィルバーにティアは満面な笑みを浮かべて元気よく頷いた。
その頷きには二、三歩退いて、頭を痛める。
(改めて、満面な笑みを向けられると、俺にとって相当なストレスなんだが……)
彼にとってはストレスでも彼女にとっては気分転換にしか聞こえなかった。
ユンとシノのことを話していたのに、いつの間にかズィルバーとティアの話へと移り変わってる事実。
五大公爵家もそうだが、皇家もなにかと空気を変えるという意味ではズィルバーとティアもユンとシノに負けず劣らずであった。
なにが負けず劣らずかって? そんなのは簡単だ。
話題転換。話を如何様にして切り抜けるのかという誘導の仕方だ。
タークたちがズィルバーたちのもとへ来てから数分もしないうちにユンとシノが来た。
だが、表情では天と地の隔たりがあった。
心が晴れやかなであり、スッキリとした表情。満面な笑みを浮かべてるシノ。逆に心がどんよりと重くのしかかり、心身共に疲弊し、生気が抜けてるユン。
いったい、どんな説教すれば、このようになれるのかとタークたちの間で怖気が奔った。
全員、揃ったところでユンが気持ちを立て直そうとする。しかし、ズィルバーがポンと両肩に手を置いた。
「少し休め。
精神的な疲労は後々、響く」
「ズィルバー……」
「特に――」
ズィルバーは一度、間を置いて言葉を発する。
「彼女さんの説教は親よりも怖いからな」
「それは言えてる」
満場一致と言わんばかりの頷き合い。
これにはティアとシノもジロッと睨みつけてくる。
「ズィルバー。何か言ったかしら?」
「ユン。もう一回、怒られたい?」
「「…………」」
ダラダラと止まらない汗を流し続けるズィルバーとユン。
彼らの首には彼女たちが発する言葉の刃が添えられていた。
「い、いえ……」
「何も言ってないし。なにも考えていないから」
ブンブンと首がちぎれるのかというぐらいに左右に振り続けるズィルバーとユンにティアとシノは「ふぅーん」と見つめ続けたけども、素っ気ない態度を取った。
彼女たちの視線から逃れた二人はほっと胸を撫で下ろす。
一方でシューテルたちもタークたちも自分たちの大将が皇女に尻を敷かれてる事実が拭いきれず、頭を悩ませてしまった。
逆にアウラとアルバスはズィルバーとティアを見て、かつてのヘルトとレイの姿を幻視した。
(おやおや――)
(あの二人を見ると、ヘルト様とレイ様が帰って、きたみたい――)
彼らから見れば、かつての友が目の前にいると錯覚してしまった。
すると、ユンは一度、息を吐いて、話題を変えるために声を発する。
「なぁ、そろそろ、“黄銀城”に戻らないか。
ここで鍛え続けても“獅子盗賊団”の拠点は森の外だ。
身体を馴染ませるためにも外に出よう」
ユンの提案にズィルバーも「それもそうだな」とぼやき、提案に賛同する。
「一理ある。ここにいても、自分の変化に気づけないからな」
ズィルバーの同意する弁を述べれば、皆、ユンの提案に従い、耳長族の里を出ることを決めた。
ユンの取り決めで“黄銀城”へ戻ることにした一行とは裏腹に、今回の事件を裏で暗躍してる者たちが漆黒の闇に包まれし空間に集まっていた。
闇に包まれる空間に灯る焚き火。
パチパチと火花を散らせ、炎を囲んで、此度の議題を話し始める。
「東に眠る大精霊……“雷帝ネル”が目覚めた」
男の第一声が取り囲む者たちにざわめきを起こす。
「ネル、ですか。
と、すれば、ベルデの子孫が彼女を復活させる段階に至ったということ」
フードを被りし女性はベルデの子孫がネルを復活させる段階にまで成長してしまったと認識する。
「これは由々しき事態じゃない。ねぇ、豊穣神?」
「ええ。乙女神。流れが完全に“奴ら”の流れに向いてる。
ここいらで攻勢に出なければ、私たちの目的も到底叶えません」
豊穣神となる女性が男性に反撃に興じるべきと提案する。
而して、そこに別の男性が反論する。
「バカを言え。ここで反撃に興じれば、あの男が対応されて、“奴ら”に流れを一気にもってかれる可能性だってある」
「――でしたら、海洋神。
あなたはどうするつもりで?」
彼の反論に豊穣神は彼なりの具体案を提示する。
「時期的に見て、学園では“決闘リーグ”が執り行われる。現政権は奴らの息がかかってると思っていい。
しかし、前政権は我らの息をかけられる可能性は十二分にある」
「つまり、私たちが援助をして、反対勢力の勢いをつけさせると、仰いたいのですか?」
乙女神が大まかな流れを述べると海洋神はその通りと言わんばかりに首肯した。
その考えに豊穣神も賛同しかける。
「確かに……それならば、“奴ら”の勢いを失速させる一手にはなり得ましょう。ですが、些か、懸念点があります」
けども、彼女には問題を提起する。
「前政権が私たちの手を借りるのかという話です。
彼らのリーダー的存在はライヒ皇家第一皇子――エドモンド・B・ライヒです。
しかし、彼は懐古派の企てが失敗したことで田舎の領地へ飛ばされてしまいました。
仮に、前政権が生徒会選挙への出馬を表明しても、彼らを信じる学園の生徒がいるのかどうか……」
勢力的に前政権が現政権に勝てる保証が皆無に等しかった。
「では、どうすればいいのだ?」
苛立ちを滲ませた口調で言い放つ海洋神の言葉にリーダー的存在の男が一喝する。
「――静まれ」
その一声で空気が一気に静まった。
「諸君らの言い分もよく分かった。我も打開する策を講じたが、ここは海洋神の意見を通す。
しかし、豊穣神の疑問も正しい。
故に、我ならば、こうする」
男は彼らに具体案を提示する。
男の具体案に彼らは盲点と言わんばかりに納得のいく頷きをした。
「確かに――」
「それならば――」
「さすが、全能神様――」
満場一致ということで全能神は女性に話しかける。
「女神よ。頼んだぞ」
「お任せを」
頭を下げて、女神なる女性は闇夜へと消え去ったのだった。
ユンの提案によって“黄銀城”へと戻ることになったズィルバーたち。
道中、東の森に棲まう魔物が襲いかかったけれども、シューテルたちとタークたちの手によって返り討ちに遭い、肉塊となって沈んでしまった。
肉塊となった魔物は随伴してくれた耳長族の森人が回収すると告げたのでズィルバーたちは気にすることもなく、首都の方へと足を進めていく。
“黄銀城”に進むこと半日ほど時間が経過した。
獣道を歩いてる最中、ティアたちは身体の違和感に気づきだす。
「あれ?
森の外へ向かっていく度に身体が軽く感じる」
「言われてみると、そうね。
いったい、どうして……」
不審がる彼女たちにズィルバーが端的に答えてくれた。
「そりゃ、劣悪環境に身体が馴染めば、外界が軽く感じるのも当然だよ」
「当然、って言われても――」
「言ったろ。この森の大半が神代の空気をそのままに残り続けてる。
重く感じた空気から現代の空気に戻れば、自然と身体が軽く感じる。ただし、それは体感的なもので肉体に影響が及んでいない。
魔力……“闘気”の制御が前よりも格段に良くなってる程度の違いだよ」
「程度の違い、って……」
「よくもまあ、そんな考えができるものね」
ジト眼を向けられるズィルバーだが、彼は飄々とした態度で軽やかに受け流されてしまった。
一行は森を出て、その足で“黄銀城”へと向かっていく。
東部の居城は首都の中心に位置する。
なぜ、中心なのか。なぜ、東よりも居城を構えなかったのか。いくつもののなぜが過去何百年と研究され、疑問を提唱し、調べ続けてきたことか。
而して、いくつもののなぜも結果、なんの成果も上げられずに答えを得ることはできなかった。
多くの歴史研究家。多くの魔法陣研究家の間で度々に上げられる議題の一つである。
その答えをユンは先祖――ベルデ・I・グリューエンの口から聞かされた。
なぜ、“ライヒ大帝国”は規則正しいポイントに首都を構えたのか。
なぜ、第二帝都に“ティーターン学園”を設立させ、地下迷宮に存在してるのか。
なぜ、首都の中心に居城を構えなければならなかったのか。
いくつもののなぜ、ベルデの口から明かされ、その内容を一言一句、聞いたユンは戦慄が走った。
“ライヒ大帝国”の創立から領土を奪われずに存続し続けることができたのは伝説を生きた英雄によるものだと――。
その答えを聞いたユンは多くのなぜを解答するかの如く、パーフィス公爵家の居城“黄銀城”へと向かっていく。
城に到着し、家臣から出迎えられてもユンは彼らを無視して、その足で向かった先は、かつて、タークたちと一悶着した広場であった。
「いったい、ここになんの用があるんだ? ユン?」
「まっ、見ておけ」
ユンはそのまま、広場の中央へと進んでいく。
一方で“黄銀城”、当主部屋にて。
パーフィス公爵家の家臣がレイルズにユンが帰還してきたことを告げられた。彼からしたら、ユンが帰還するのが早すぎると焦りを見せる。
(早い――早すぎるぞ!? ユン!?
本来なら、決戦前日に戻るよう頼んだはずだ)
レイルズとしては決戦の前日に“黄銀城”へ戻るよう約束した。故にユンが早く戻られては決戦が近いと敵に知られてしまうと危険視していた。
「おい、決戦まであと、どれくらいだ?」
「あと、五日です」
「あと、五日か」
(息子たちが耳長族の森へ向かったのが五日前。折り返しの段階で戻ってくるとは余程のことがないかぎり、急ぐこともないはず……)
ユンの行動が読めないレイルズのもとに別の家臣が報告を入れる。
「レイルズ様。ユン様が城の広場で何かをしようとしています」
「城の広場に?」
レイルズはユンが城の広場に向かった経緯が分からず、思わず、首を傾げた。
(なぜ、城の広場に……あそこにあるのは水路と思われし溝と広場自体が円形状であることしかない。
床には意味不明な魔法陣があるくらいしか――)
レイルズからしても、“黄銀城”の広場の床に刻まれた魔法陣の存在は知っていても、なぜ、存在してるのか知られていなかった。
と、その時――
カタカタ、と机が、床が揺れ始めた。
「なんだ、この揺れは!?」
驚きを隠せないレイルズに“黄銀城”にいたセイが当主部屋に駆け込んできた。
「お父様!? ユンが――!!」
「なに!?」
彼女の叫びにレイルズは席を立ち、すぐさま、城の広場へと駆けだした。
二人が城の広場に駆け込み、目にしたのは広場の床が光りだし、中心に立つユンの姿が映り込んできた。
少々、時間を遡らせること数分前――。
「まっ、見ておけ」
ユンは広場の中央に歩み寄り、中心の丸い窪みに触れる。
窪みに触れるユンは修行の際、先祖――ベルデ・I・グリューエンから言われたことを思いだされる。
「いいか。よく聞け。
“黄銀城”は本来、東部を守るために存在する城だ」
「東部を守るために存在する城?」
休憩を取っていたユンはベルデの話に耳を傾ける。
「あの城は守るための城でもあり、城であらず。一種の装置だ」
「装置?」
「あの城の造りも、城下町の造りも、不思議に思わなかったか?
道も水路も規則正しく整備されてることに……」
「あっ……」
ユンはフラッシュバックで“黄銀城”の街の造り方が規則的だったことに――。
ユンが気づいたのをベルデは目を細めつつ話を続ける。
「あの城も城下町も、もともとは俺が考え、造りあげた場所だ。東部の中心にあって、俺と同じ力を持つ者のみに扱える城。
主をなくして、あの城の本当の力が発動されない」
これまでの話を聞いて、ユンが一つの結論に至る。
「つまり、“黄銀城”はパーフィス公爵の中でも俺と初代当主にしか扱えない」
「そうだ。現代まで、よくぞ城を守り続けたと褒めてつかわす」
ベルデの物言いにムッと不機嫌になるユン。
「上からの物言いがムカつく」
「ムカつかれて、けっこう。で、だ。
城の中心にある広場の中心に窪みがあるだろ? その窪みには必ず両手で触れろ」
「両手で?」
なぜ、両手で窪みに触れないといけないのかユンは些か、疑問に思った。
「俺たちは共通して“人格変性”を持ってる。広場の中心の窪みには俺が呪術を施してあって、異能を一時的に無効化するようにしてある」
「異能の……無効化……?」
ユンはますます、疑問が疑問を呼んで、頭がこんがらがった。
話が徐々に追いつけなくなってるユンにベルデが説明する。
「俺とお前は“人格変性”によって、使える紋章が大きく異なる。右手と左手が輝く紋章がな。
俺が考えた仕掛けってのは、その両方が必要なんだ」
「でも、両方の力が必要なら、自分の意志で出せばいいんじゃあ……」
「そいつは無理なんだ。
先に言っとくが両手の力を同時に扱うのは無理だ。これは既に俺が生きてた時代に立証済み。同時に使用すると身体への負担が大きい。
だから、性別なり、人格なり、“魔力循環系”の流れなり、性格なりで誤魔化して使用してるんだ」
「そうなのか」
ユンは自分の両手を見る。
「俺たちの時代は呪術や錬金術、魔術ってのが副産物だったが、要は使い用だと思ってくれ」
「分かった。要は広場の中心に触れたら、俺の異能が無効化されるってわけだな」
「ああ。そうしたら、両手に目一杯の力を流し込め。
そうすれば、広場の床に刻まれた魔法陣が起動する」
ユンが広場の中心にある窪みに両手を置いて、ありったけの魔力を流した途端、窪みを中心に光が走り、床全体に刻まれた魔法陣が光りだす。
その魔法陣の紋様は幾何学であり、端から見れば、不思議でしょうがないだろう。
しかし、城の主たるユンが触れ、力を流すことで起動する仕組みになっている。
いや、より正確に言えば、両手に摩訶不思議な力の紋章を持つユンにしか起動することができない仕掛けになっている。
ユンが広場の中心の窪みに触れ、力を流した途端、赤色の雷が迸りだす。
「――!?」
「あれ……これって――!?」
「いったい、なにが――!?」
突如、閃光がズィルバーたちに襲いかかり、閃光で目を守ろうと腕で光を遮った。
迸る閃光と雷を肌で掠め取るズィルバーたち。
「これ……前にも感じたことがある……」
「え?」
「ああ。カズが魔法陣の中心に触れた際、起きた現象と同じだ」
ティアが漏らした言葉にシノが反応し、ズィルバーが北部で起きた出来事を思いだす。
広場の床全体が赤い閃光に光りだした。赤い閃光は城の内壁に触れた途端、波紋のように広がっていき、“黄銀城”全体で呼応し始める。
「カズの時と同じだ。
この城全体がユンの魔力と共鳴し始めてる!?」
「え? カズの時と!?」
「って、それより、城が共鳴してるって、どういう意味よ!?」
シノには訳が分からなくて困惑し、知ってそうなズィルバーに説明を求める。
シノから説明を求められても、ズィルバーの答えは――。
「俺も知るか!
カズの時もそうだが、あいつが触れた途端、魔法陣が急に光りだしたんだから!!?」
多少の苛立ちを滲ませて、言い返す。彼の答えにシノが徐々に不機嫌になっていく。
「魔法陣に触れたら、光りだすって、どういう仕組みよ!!?」
苛立ちを撒き散らすシノにティアが頭を小突いた。
「痛っ!? ティア、なにするの!?」
「落ち着きなさい。シノ。カズと同じなら、街全体がユンの魔力に呼応してると思うわ」
「え?」
シノはティアが突拍子もないことをほざき始めて、頭がおかしくなったのかと不思議がるどころか挙動不審に陥るのだった。
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