英雄は精霊に会う。
そうして迎えた翌日の午前中。俺は父親のアーヴリルと俺に仕える執事のルキウスと一緒に屋敷の近くにある森の中を歩いていた。
「父さん。俺たちは今、何処に向かっているんですか?」
俺はアーヴリルに何処へ向かっているのかを聞いてみる。だけど、父さんは答えてもらえず、浮かない表情をしていた。父さんが答えてくれない。ルキウスに聞こうとするも彼も答えなかった。なので、大人しく父さんの後をついて行く。
しばらくは森の中を歩いた。突然、開けた場所に出る。その開けた場所にはお花畑が広がっていた。色とりどりのお花が森のひらけた隙間から入り込む日の光に晒され、元気よく咲いていた。
お花畑の中心に石でできた台座があった。台座には石の剣が刺さっていた。雨や風、日の光に晒されても綻びがなかった。だけど、俺は目の前の光景に心を奪われた。
「きれい……」
「お坊ちゃま。ここは……」
「ここは我が領土にしかない神聖な場所だ」
「神聖な場所?」
このお花畑がどうして神聖な場所なのか。俺は分からなかった。でも、父さんは教えてくれた。
「この場所には精霊がいるんだ」
「精霊?」
精霊って言えば、英雄になる前の俺と一緒に遊んでくれた精霊のことか?
「ライヒ大帝国は神様や精霊を敬う風習がある」
「神や精霊を敬う風習?」
「そうだ。今、私たちがいる、この大地にいる精霊。私たちを見ている神様。それら全てに感謝をして敬う風習がある」
神や精霊たちに敬う風習ね。
「神様や精霊は私たちの目に見えない。だけど、この場所だけは唯一、精霊が見える場所。私たちファーレン家はここを神聖な場所として代々から守り続けている」
「へぇ~」
“神や精霊が目では見えない”、か。どうやら、彼らは人目からこっそりと俺たちを見ているのかもしれない。ここに来て、時代が変わったのを実感する。
すると、父さんはお花畑の中心にある台座に視線を移す。
「彼処に石でできた剣があるだろう」
「うん」
「アレはファーレン家を代々守っている精霊レイン。それを奉っている」
レイン? レインと言えば、神々に認められた聖帝レインのことか!? 彼女が剣のまま。ずっと、台座に鎮座しているのか!?
「でも、父さん。あの石でできた剣が精霊なの?」
「そうだと思う」
「思う?」
これは俺も理解が追いつかない。
「実のところ、私は精霊レインの顔を見たことがない」
「顔を見たことがない?」
「そうだ。我がファーレン公爵家はライヒ大帝国、初期王朝の時から続いている。そして、彼処にある石でできた剣は初代皇帝レオス・B・リヒト・ライヒから賜った精霊剣の一つ」
リヒトから賜った精霊剣の一つ。精霊剣というのは知っている。英雄だった頃の俺は死ぬまで使い続けた。それは、俺が一番知っている。でも、彼女が石でできた剣。石でできた台座に鎮座しているのは知らなかった。
「私は子供の頃。父からこの場所と精霊レインのことを教えてくれた。私も父も精霊レインの顔を見ようと台座に刺された剣を抜こうとした」
「父さんは、あの剣を抜こうとしたの?」
「ああ、抜こうとした。だけど、抜けるどころか拒絶されてしまった」
「きょ……?」
(拒絶? どうして、拒絶されたんだ? 意味がわからないのだけど……)
俺はレインが父さんを拒絶したのか分からなかった。そこに父さんが
「ズィルバー。体調が優れないところですまない」
「どうしたの、父さん?」
「今から、あの剣を抜いてみてくれ」
ん? どういうこと? 意味が分からないので思わず、
「父さん。言っている意味が分かりません」
「……」
俺の聞き返しに父さんの顔に若干、皺ができていた。父さんの手助けをとルキウスが
「お坊ちゃま。旦那様はお坊ちゃまが次期当主として相応しいのか確かめたいのです」
耳打ちで教えてくれたおかげでようやく、話の意味が理解することができた。だけど、疑問に思ったことがあった。
「父さん。それだったら、ヒルデ姉さんやエルダ姉さんにもやらせたのですか?」
質問してみた。すると、父さんは石でできた剣から俺に視線を変えて答えてくれた。
「昔、ヒルデとエルダにもズィルバーと同じように剣を抜かせようとした。だが、二人とも拒絶され、失敗に終わった」
俺は父さんの応えが本当なのかルキウスに目を向けると彼も本当だと言うように首肯した。ここで思ったことは姉さんや父さんが抜けなかった剣を俺が抜けるのかの気持ちが芽生えている。
「お坊ちゃま」
ルキウスが俺の両肩に手を置いた。
「旦那様はお坊ちゃまの体質のことをご心配されているのです」
「俺の体質を?」
「はい。お坊ちゃまの性別を変える体質。その体質を克服させてあげたいというのが旦那様のお気持ちなのです」
克服と言われても、“両性往来者”は生まれつきの体質。その体質をどう向き合っていくのかがネックだと思うのだけど……。
でも、ルキウスのおかげで父さんの気持ちが知ることができたので、
「分かりました、父さん」
「ズィルバー?」
「あの剣を抜いてみたいと思います」
剣を抜くのを言い切った。言い切ったことに父さんは
「良いのか」
聞き返してくるも
「はい」
返事をしてから、俺はこう言い返した。
「父さんは俺のことを心配してくれました。それはきっと間違っていないと思うからです」
俺の言い返しに父さんはほっとするも哀愁をまとい、ルキウスは納得した面持ちで一歩、身を引いた。
俺はお花畑の中心にある台座へと歩を進んでいく。台座の前に歩を止めたら、風が吹き、花弁が宙へと舞っていく。
右手でパシッと剣の柄を掴む。掴んだ瞬間、ドクンと胸の内から。心臓の奥から。身体中に流れる血から。全身から。脈動する、鳴動する、呼応する。
(熱い……熱い……)
理由は分からない。だけど、身体の内側から。血流から。熱が迸る。
(…く、苦しい……)
今の俺はめまぐるしい泥の中。沼の中に全身が浸かっている。
(い、いい、息が苦しい……)
息を吸うことすらもできない。息を吸えば、全身に痛みが走る。痛い。痛すぎる。その痛みは少年の身体。いや、少女の身体には普通なら耐えうることができない痛みが迸る。
『……ねえ……』
身体中に熱を迸り苦しんでいる中。ふと、脳裏に声が過ぎった。
『……ねえ…きこ…てるんでしょう』
(誰? 誰の声? 清らかで安らか。温かくて優しい。そんな声……聞いたことがない)
この少年。いや、この少女の人生の中。いや、英雄だった俺の人生の中でも聞いたことがない声。
いったい、誰なんだ。俺は思わず聞き返した。
『ねえ、ヘルト! 聞こえてるんでしょう!』
怒鳴り声が脳内に木霊した。
感想と評価のほどをお願いします。
ブックマークとユーザー登録もお願いします。